【坪井分析】次世代のなでしこの形が見えたオーストラリア戦

小澤一郎 | サッカージャーナリスト

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――まずはオーストラリア戦での両チームの戦術的特徴について説明下さい。

日本はオランダ戦と同じ1-4-4-2のシステムで、オーストラリアは1-4-3-3でした。プレーモデルに関して日本がラウンド16のオランダ戦と違っていたのは右サイドハーフの川澄奈穂美のポジショニングでした。この試合では最初からかなり中に入ってプレーしていました。

その狙いは、オーストラリアのアンカー(8番)の横のスペースでボールを受けると同時に、右サイドにスペースを作って有吉佐織に高い位置を取らせることでした。このサイドで相手のマークに混乱を生じさせるという意図が前の試合よりも色濃く出ていました。序盤から岩清水梓がボールを持った時に川澄が最初から中に入ってボールを受けようとする形が何度も見えたので、チームとして完全に狙っていたプレーだと判断できます。

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また、チーム全体としてアンカーの両脇のスペースを使っていく狙いも見えたので、宮間あやが中央でプレーすることも多かったです。左サイドの崩しに関してはオランダ戦同様に宮間、鮫島彩のコンビネーションが確立されていますから、鮫島が宮間のポジショニングや動きに合わせて中からも外からも上がっていました。

中央からの崩しも特に川澄が意識的に中のポジションを取ることで2トップの大野忍、大儀見優季の近くでプレーできていました。大儀見にくさびのパスが入った時の落としに絡むことのできる距離感が形として発生していましたし、逆に川澄がDFラインからの縦パスを受けて、前を向いてFWにボールを預けて絡んでいく形もありました。

そういった意味で、オランダ戦よりもはっきり中に寄った川澄のポジショニングによってチームとして上手く“フエゴ・インテリオール”(真ん中でのプレー)を引き出せていたと思います。

――日本の守備のプレーモデルはどうでしたか?

守備に関しては、オランダ戦分析の最後で言及した通り、前からプレッシングに行くのか、中盤で待つのかという選択に注目していました。結果としては、前からはめにいく守備が選択されました。特に前半に関しては、オランダ戦よりもサイドハーフの宮間、川澄が前線と連動して前から行っていました。ただ、オーストラリアはオランダと違ってアンカー(8番)がセンターバックの間に下りることで日本の2トップに対して3対2の数的優位を作るようなアクションを見せていました。

戦術的にオランダよりもレベルの高いチームでしたが、日本の守備戦術のレベルも高く、大儀見と大野でパスコースを消しながら上手くスライドをしてセンターバックにプレッシャーをかける守備ができていました。中盤では相手インサイドハーフの2人(10番、19番)に対して阪口夢穂、宇津木瑠美のダブルボランチがマンマーク気味にはめに行きました。

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オーストラリアのビルドアップの狙いとしてはアンカーがDFラインに下りてきて日本の2トップに対して数的優位を作り、中盤ではインサイドハーフの2枚が入れ替わりながらボールを受けた上で、前線のウイングに配球していくことでした。

11番(右)、20番(左)のウイングは2人ともスピードがあるので、彼女たちにボールを預けそこから勝負というのがオーストラリアの攻撃の狙いであり形でしたが、日本はウイングへの対応の前段階の中盤に入った時点で前を向かせない守備を積極的に行い、実際ボランチのラインでかなりボール奪取していました。

時折、日本のサイドバックが相手ウイングにはがされることもありましたが、センターバックが上手くカバーリングをして決定機は作らせませんでした。中盤のダブルボランチのところで相手のビルドアップを潰せたのが総体的に日本ペースで進んだ理由です。

――中でも宇津木のパフォーマンスが際立っていました。

戦術的に効いていましたし、オーストラリア戦は「宇津木のゲームだった」と思います。彼女の良さはいくつかありますが、まず一つは日本が攻めてボールを失った時に予測を持ってパスの出どころを潰していた点です。実際、この試合の宇津木は相手カウンターの芽をほぼ摘んでいました。それは彼女の予測能力の高さが成せる技ですし、フィジカル能力も高いので予測を持った守備や球際の強さをコンスタントに90分続けることができていました。

また、ボールを持った時の質も高い選手なので、相手を背負った状態でボールを受けてもバックパスすることなくボールを前進させることができます。彼女のようにビルドアップの預けどころ、ボールを前進させることのできるボランチがいるのは日本にとってかなり大きいですね。

私自身、この2試合の宇津木の「チームに必要不可欠なパフォーマンス」を見て、次世代のなでしこジャパンの形が出来たと感じています。「若手の台頭」という表現はできませんが、宇津木がこのチームに欠かせない存在になったというのは今後の日本女子サッカー界にとって大きな収穫です。

これまでのなでしこジャパンのボランチには澤穂希という絶対的な存在がいたわけですが、宇津木のように澤の次の世代の選手がチームに必要不可欠な存在となったということは世代交代が上手く行っている証です。

――岩渕真奈の得点が生まれたのが87分とはいえ、90分を通してなでしこジャパンがボールと主導権を握り、チャンスを作りながら、チャンスを作らせない展開が続きました。佐々木監督も選手も「いずれ仕留められる」と感じていたようでしたが、この試合の展開をどう見ていましたか?

一つだけ懸念していたのは、中3日(日本)と中5日(オーストラリア)の回復時間の差によって日本が終盤に走れなくなる時間帯が来るかもしれないという点です。気温が高く、ピッチは人工芝ですから暑さで体力が消耗した時に回復期間の違いによって残り10分、15分でもしかするとオーストラリアにペースを握られる可能性もあると考えました。しかし、実際にはオーストラリアが早い段階で走れなくなりました。

その要因は、日本が長い時間ボールを持っていたからだと思います。ボールを支配するということは、心理的にも有利に立てます。自分たちがボールを持っているから自分たちのリズムでプレーできるし、逆に相手は受動的にボールの後追いをする必要があります。主導権を握ることの重要性を見た試合でもありました。

あとはやはり、ボランチのところで相手の攻撃を潰せていたのも大きかったです。もし中盤のラインで止めることができず、オーストラリアのカウンターを食らっていたら、後ろに何十メートルとチーム全体がスプリントする必要が出て来ます。ボールを支配するのみならず、高い位置でボールを奪い返せたというのは消耗を最小限に抑えることができた要因の一つです。

――オランダ戦で課題として挙がったDFラインがズルズルと下がり過ぎる現象は改善されましたか?

オランダ戦と比べると無意識にズルズル下がる感じはなかったですね。ただ、岩清水は熊谷紗希よりも先に2、3メートル下がってしまう癖があるので、この試合でも1度危ないシーンがありました。

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54分に宇津木からのパスを受けた阪口が人工芝に足を取られる形でコントロールミスをし、相手10番に奪われショートカウンターを受けた場面ですが、奪われた瞬間の岩清水は無意識にラインを下げてしまって20番をフリーにしました。結果的に20番が1対1で仕掛ける前にシュートを打ってくれたお陰でGK(海堀あゆみ)が難なくキャッチしましたが、無意識にラインを下げてバイタルからドリブルでスピードに乗られる方がやられるリスクは高くなります。

――とはいえ、なでしこジャパンが警戒していたオーストラリアのウイング(11番、20番)のドリブル突破や彼女たちへのスルーパスは90分を通して上手く消していました。

基本的にサイドバックからのビルドアップで目の前のサイドハーフに出す縦パスというのは敵にとって読みやすいコースですから狙えますし、角度がないので後ろ向きで受けることになります。前半31分に11番が後ろ向きで受けながらも有吉と入れ替わってドリブルを仕掛けたシーンがありましたが、そうしたシーン自体少なかったですし、日本は1人がはがされた後のスライド、カバーリングも良かったです。

そうなるとオーストラリア側から見てチャンスになるのは、サイドチェンジをしてスペースがある状態でウイングにボールを付けるか、高い位置で奪った時のカウンターとなりますが、そこで阪口と宇津木の中盤の守備が効いていてボールを奪う回数がかなり多かった。特に宇津木はカウンターの起点をことごとく潰していました。

ただ、逆にオーストラリアのプレッシングにも工夫は見えました。事前のスカウティングで日本のサイドバックが高い位置を取ってくるのがわかっていたので、オーストラリアの3トップは序盤、サイドバックのマークを捨ててセンターバックにプレッシングに行くことがありました。12分のオーストラリアのファーストチャンスはそのプレスにより生まれたものです。

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その場面では、鮫島が熊谷にバックパスしたボールに対して右ウイングの11番が鮫島へのパスコースを切りながら熊谷にプレスをかけ、1トップの17番も岩清水へのパスコースを消しながらプレスをかけ、相手を背負った状態の宇津木へのパスを上手く誘導しました。実際、日本は熊谷から宇津木にパスを出したところでボールを失い、相手のショートカウンターを受けました。(※最後はエリア内に侵入した17番へのパスを岩清水がスライディングでカット)

そのプレスに序盤こそ戸惑いましたが、その後の日本の最終ラインはワンタッチでボランチに入れてフリーになった有吉を使うなど落ち着いた対処を見せました。オーストラリアの3トップが前から来る時は、逆に3トップとインサイドハーフの間が大きく空くので、そこに対して岩清水や熊谷がエントレ・リネアス(ライン間で受ける動き)をかけて受けるシーンが何度かありました。ビルドアップに関してはやはり日本は女子サッカーの中でもレベルが高いと思います。

――川澄を中に配置してフエゴ・インテリオール(真ん中でのプレー)を機能させる以外の日本の攻撃についてはどう評価されますか?

宮間と鮫島の左サイドは出来上がっているので今更触れる必要もないでしょう。フエゴ・インテリオールについては、川澄、宮間が中でプレーすることで大儀見、大野、川澄、宮間の4人が絡んでコンビネーションプレーを発生させる構造になっていましたし、実際中央での細かいショートパスはオランダ戦よりもつながっていました。ポスト役の大儀見にとっても選択肢は1つ増えていたと思います。

ショートカウンターについては、相手センターバック2枚の間のスペースを大儀見、大野、岩渕が早いタイミングで狙っていました。そこに早いタイミングでスルーパスが入っていたので、カウンターの狙いどころもプランニングされた中で徹底されていたと思います。

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86分に最終ラインからのビルドアップをカットした阪口から岩渕がCBの間で受けて、左足でシュートを打ったチャンスがありました。(※シュートブロックされてコーナーキックとなる)カウンターをあのスピード感で実行すればチャンスになる可能性は高まりますし、阪口が3タッチ目でラストパスを出したようにボールを奪って2タッチ、3タッチで素早く前線にパスを入れていくカウンターの精度は高まっていると思います。

この決定機に象徴されるように、私の中で岩渕はドリブラーではなくマークを外す動きの上手いアタッカーです。マークを外して相手の背後を取る動き、DFラインのギャップに対して斜めに走りこんで決定機を作れる選手で大野とは違った脅威を相手に与えることができます。

――準決勝の相手はイングランドに決まりました。戦術的ポイントは?

試合を重ねる毎に、サイドと中央のコンビネーションプレー、カウンターのクオリティは上がっています。オランダ、オーストラリアとの2試合を見ても、攻撃、守備、カウンターのプレーモデルは固まってきましたので、こうした形ができてくるとチームには自信が生まれてきます。「こうすれば上手くいく」というものが今の日本には出てきていますから、攻撃面ではチャンスの回数と質を上げて行ってもらいたいですね。

守備に関しては基本オランダ、オーストラリアとの2試合で見せた中盤のラインを高く設定して高い位置でボールを奪う、相手のカウンターの芽を摘むやり方を継続してもらいたいですが、この先はより対戦相手の個の能力も上がりますし、イングランドが前線のターゲット(19番)めがけてロングボールを放り込んでくるような攻撃を選択してくればセカンドボールを拾うためにボランチのラインは下がります。

イングランドがダイレクトな攻撃を仕掛けてくれば、前から行きながらも背後をケアする守備、DFラインとボランチの距離感を詰めることが重要になり、より複雑な戦術アクションをおこなさければなりません。そうした臨機応変な対応、戦術能力が試される試合になることは間違いないですが、今のなでしこの選手たちは個人としてもチームとしても十分そうした能力を持っていると思います。まずは序盤にイングランドがどういうビルドアップを狙いとして持ってくるのかに注目して準決勝を見たいと思います。

【プロフィール】坪井健太郎(つぼい・けんたろう)

1982年、静岡県生まれ。静岡学園卒業後、指導者の道へ進む。安芸FCや清水エスパルスの普及部で指導 経験を積み、2008年にスペインへ渡る。バルセロナのCEエウロパやUEコルネジャで育成年代のカテゴリーでコーチを務め、2012年には『PreSoccerTeam』を創設。現在マネージャーとしてグローバルなサッカー指導者 の育成を目的にバルセロナへのサッカー指導者留学プログラムを展開中。昨年『サッカーの新しい教科書』(カンゼン)を上梓し、その的確な戦術分析能力と戦術指導に注目が集まっている。

小澤一郎

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。多数媒体に執筆する傍ら、サッカー関連のイベントやラジオ、テレビ番組への出演も。主な著書に『アギーレ 言葉の魔術師』(ぱる出版)、『サッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若き英雄』(著|ルーカ・カイオーリ/実業之日本社)など。株式会社アレナトーレ所属

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