2015年06月29日

存立危機事態とは。

最近の自民党及び与党による政治運営を見ていると、憲法とは?戦争とは?立憲主義とは?法治国家とは?民主主義とは?といった事柄を深く考えさせられる。

この歳になってとても良い勉強をさせて戴いている。いかに自分が勉強してこなかったか・・・思い知らされている。

戦争を経験した高齢の方たちが直観的な危機感を抱き、憲法学者や知識人が一様に口を揃えて批判をする安保法制。

これだけ批判が出揃えばいい加減、一旦踏みとどまるというのが筋ではないだろうか。

異常事態だ。これこそ存立危機事態ではないか。自衛という名の侵略戦争が身近に迫ってきている様に感じて仕方がない。

出来ることから少しでも行動を起こしていこう。  


Posted by いちょうえん at 20:20Comments(0)政治

2015年06月25日

自衛という名の侵略戦争。

いよいよ元内閣法制局長官2人が答弁に。

2006年~2010年、安倍・福田・麻生・鳩山内閣で内閣法制局長官を務めた宮崎礼壹さん。

宮崎さんは過去の自衛権の考え方として、個別的自衛権を意味していると主張。

最近の政府(横畠法制局長官)の論理にある集団的自衛権を包括的か限定的かに分離し、違憲と合憲に分ける考え方についても、集団的自衛権の本質は他国防衛であり、それを自国防衛と称して武力行使するのは違法な先制攻撃そのもの、と批判した。

2004年~2006年、小泉内閣で内閣法制局長官を務めた坂田雅裕さん。

坂田さんは中東・ホルムズ海峡を例に挙げ、油が入りにくくなった、備蓄が少なくなったという話まで集団的自衛権に当てはまるなら、満州事変の時の「自衛」と同じ事になってしまう。

更には政府の「従来の憲法解釈の枠内にある」との主張に対し、従来の政府解釈の基本的な論理の枠内ではなく、基本的な論理そのものを変更するものだと述べ、法論理的に成り立たないと結論づけた。

また、「日本の安全保障環境が変化し、他国への攻撃でも日本の存立を脅かす事態は起こりうる」という政府の説明に対し、朝鮮半島有事への懸念・中国の脅威に対する日米安保や在日米軍の規模は従来と変わっていないと反論。

憲法解釈変更が許される条件として、安保環境が変わったとかグローバルなパワーバランスが変化したといった抽象的な言葉でなく、具体的な理由を説明する責任があると指摘した。

また、小林節慶応大名誉教授は独裁政治に向かう宣言をしているに等しいと指摘した。


自衛という名の侵略戦争が着々と近づいてきている感じがする。

いかなる理由があろうとも集団的自衛権の行使は、相手国から見ればただの先制攻撃にしか見えない。

先制攻撃を仕掛ければ当然反撃される。

そうやって戦争に巻き込まれていく。

日本の立ち位置を生かし、人道支援・仲介・対話に全力を尽くすべきだと思う。

目には目を、歯には歯を、抑止力には抑止力を、といった単純な思考回路はいい加減捨てて欲しい。



  


Posted by いちょうえん at 06:27Comments(0)政治

2015年06月23日

横畠裕介内閣法制局長官、上手いことを云う。


民主党の寺田学氏、
「長官はフルスペックの集団的自衛権は憲法違反と言っていて、「違憲かといえば違憲だ。切り出したものは合憲だ」という言い方をされた。例えば腐った味噌汁の中で、一杯とっても腐っているものは腐っている。フルスペックは憲法違反、その中から切り出した限定的集団的自衛権が合憲だ、という理由は?」


横畠裕介内閣法制局長官
「理屈で述べてもわかりにくい。例え話をしたので申し上げるが、要するに集団的自衛権をどう理解するかという事だ。仮にそれ(集団的自衛権)が「毒キノコ」だとすれば、煮ても焼いても食えないし、その一部分をかじってもあたる。じゃあ、フグかもしれない。フグだとすれば毒があるから全部食べたらあたるが、肝を外せば食べられる。そういうものもあるという事だ。」

面白い。・・いや、面白くない。
  


Posted by いちょうえん at 16:02Comments(0)政治

2015年06月14日

今朝の新聞記事を読んで。

・日米安全保障条約が違憲であると主張する人は居ない。

・憲法9条2項から読み解くと自衛隊の存在は違憲と考えるのが当然であるが、そのような主張を行う者は少ない。

つまり安保法制に反対する者は、日米安保も自衛隊も合憲としつつ集団的自衛権は認められないと主張する。

憲法は変えず、解釈変更により集団的自衛権を制限付き(安保法制)で認めた方が賢明じゃない?

・・・というような内容の記事があった。


改めて砂川事件、最高裁判決文から。

①憲法9条は自衛権を否定していない。

②他国に安全保障を求めることを禁じていない。

③外国の軍隊は憲法9条2項が禁じる戦力にあたらない。

④安保条約は高度の政治性を持ち、一見極めて明白に違憲無効と言えず、司法審査に馴染まない。

これを踏まえ、1972年に政府見解(内閣法制局)が発表された。

要約すれば、自衛のための措置は無制限に認められている訳ではなく、その措置(行使)は必要最小限の範囲にとどまるべき。

結論としていわゆる集団的自衛権は憲法上許されない。


・・・つまり72年の政府見解と見比べれば判る事だが、今朝の記事の冒頭に書かれていた考え方は、裁判所及び政府のお墨付きの考え方な訳だ。

それを理解した上で、今朝の文章を読み解く必要があると思う。


それにしても一つ思うのは、最近の議論は抑止力=軍事力となっている事。

抑止力=コミュニケーションって考え方は無し?

抑止力=国際的人道支援って考え方は無し?

中国・韓国とは話をしても無駄ですよって事?

現実的じゃないって事かな?

急がば回れ。






  


Posted by いちょうえん at 17:06Comments(0)政治

2015年06月14日

安倍内閣の論理は・・・。


砂川事件の最高裁判決を踏まえ、1972年、内閣法制局が「政府見解として集団的自衛権と憲法との関係」と題した文書をまとめた。

当時の内閣法制局長官は吉国一郎氏。

①国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置は禁じられていない

②だからといって、自衛のための措置を無制限に認めているとは解されない。外国の武力攻撃によって国民の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民の権利を守るためのやむを得ない措置は必要最小限の範囲にとどまるべきだ。

③結論として他国に加えられた武力攻撃を阻止する所謂集団的自衛権の権利は憲法上許されない。


そして現在の解釈の論理は・・・。

①日本を取り巻く安全保障環境が悪化し、他国に対する攻撃であっても、日本の存立を脅かす事態は起こりうる

②「外国の武力攻撃」は当初、日本への武力攻撃とされてきたが、密接な関係にある他国への武力攻撃も含まれる


以上を元に現在の内閣法制局長官 横畠裕介氏は合憲とする。


  


Posted by いちょうえん at 10:48Comments(0)政治

2015年06月13日

1957年7月、砂川事件。

東京都砂川町の米軍基地拡張に反対した学生ら7人が基地に立ち入ったとして、刑事特別法違反で起訴。

59年3月、東京地裁は米軍駐留は憲法9条違反として全員無罪とした為、検察が最高裁に上告。

12月、最高裁は
①憲法9条は自衛権(自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置)を否定しておらず、他国に安全保障を求めることを禁じていない。

②外国の軍隊は、憲法9条2項が禁じる戦力にあたらない。

③安保条約は高度の政治性を持ち、「一見極めて明白に違憲無効」とは言えず、司法審査になじまない」と判断し、一審判決を破棄。

④最終的に有罪に。



今回自民党はこの砂川事件の最高裁判決自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛」を根拠に集団的自衛権を合憲と主張している。

しかしそもそも集団的自衛権の可否を判断する裁判では無く、あくまで駐留米軍が憲法9条下で違憲か合憲かという裁判だった。

自衛隊発足から5年であり、集団的自衛権を想定する状況に無かった。

当時の砂川事件弁護団は「自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置」の定義は個別的自衛権を指すことに疑問の余地は無いと主張。

事件から50年近くたった2008年春、米国の公文書が明るみに。一審判決の後、駐日米公使が当時の田中耕太郎最高裁長官と非公式に意見交換しており、最高裁判決を作る過程で米国の圧力が働いていたと推測される。結果、正統性が疑われてもおかしくない判決だった。

1959年の砂川事件の判決を根拠に集団的自衛権は行使できると考えるならば、そもそもどうして昨年7月に解釈変更をする必要があったのか筋が通らない。



小林 節教授の話じゃないけど、今の安倍政権が幾ら言葉を重ねても所詮違憲以外の何物でもないなと思うが、いかがでしょうか?


  


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2015年06月08日

木村久夫 遺書6

木村久夫遺書、以下、心に留まった文章を・・。

・彼が常々大言壮語して止まなかった忠義 犠牲的精神 其の他の美辞麗句も、身に装う着物以外の何者でもなく、終戦に依り着物を取り除かれた彼等の肌は実に耐え得ないものであった。此の軍人を代表するものとして東條前首相がある。更に彼の終戦に於て自殺は何たる事か。無責任なる事甚だしい。之が日本の軍人の凡てであるのだ。

・然し国民は之等軍人を非難する前に斯かる軍人の存在を許容し又養って来た事を知り、結局の責任は日本国民全般の知能程度の低かったことにあるのである。知能程度の低い事は結局歴史の浅い事だ。

・労働者、出征家族の家には何も食料はなくても、何々隊長と言はれる様なお家には肉でも魚でも菓子でも幾らでもあったのである。---以下は語るまい、涙が出て来る計りである。

・天皇崇拝の熱の最も厚かったのは軍人さんだそうである。然し、一枚の紙を裏返へせば、天皇の名を最も乱用、悪用した者は即ち軍人様なのであって、古今之に勝る例は見ない。所謂「天皇の命」と彼等の言ふのは即ち「軍閥」の命と言ふのと実質的には何等変わらなかったのである。只此の命に従はざる者の罪する時にのみ天皇の権力と言ふものが用ひられたのである。



  


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2015年06月07日

木村久夫 遺書5

木村久夫遺書、以下、心に留まった文章を勝手に赤字を交えながらいくつか・・。


・此の兵士は戦前はジャワの中学校の先生で、我軍に俘虜となっていたのであるが、其の間、日本の兵士より撲る、焼くの虐待を受けた様子を詳しく語り、其の人には何故日本兵士には撲る蹴るなどの事があれ程平気で出来るのか全く理解出来ないと言っていた。私は日本人全般の社会教育、人道教育が低く、且 社会的試練を充分に受けていないから斯くある旨をよく説明して置いた。
又彼には日本婦人の社会的地位の低いことが大変な理解出来ぬ事であるらしい つまらぬ之等の兵士からでも、全く不合理と思へる事が日本では平然と何の反省もなく行われている事を幾多指摘されるのは全く日本に取って不名誉な事である。彼等が我々より進んでいるとは決して言わないが、真赤な不合理が平然と横行するまま許してきたのは何と言っても我々の赤面せざる可からざる所である。

・日本の軍人には偉い人もいたであろう。然し、私の見た軍人には誰も偉い人は居なかった。早い話が高等学校の教授程の人物すら将軍と呼ばれる人の中に居らない。監獄に居て何々中将少将と言ふ人に幾人も会ひ共に生活しているのであるが、軍服を脱いだ赤裸の彼等は其の言動に於ては実に見聞するに耐え得ないものである。此の程度の将軍を戴いていたのでは、日本に幾ら科学・物資があったとしても戦勝は到底望み得ないものであったと思はれる程である。

・特に満州事変以後、更には南方占領後の日本軍人は、毎日利益を追ふ商人よりも根性は下劣なものであったと言ひ得る。


  


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2015年06月06日

当然すぎる憲法学者の見解。

4日の衆院憲法審査会で参考人招致された憲法学者三人が痛快な意見を表明してくれた。

自民、次世代など推薦の長谷部早大教授は、なぜ集団的自衛権が許されるのか、どこまで武力行使が許されるかも不明確で憲法違反、立憲主義にもとるとした。

民主推薦の小林慶大名誉教授も同じく集団的自衛権は憲法違反、もし国会が多数決でこの安保法を通すなら憲法軽視、立憲主義に反すると言う。

維新の党推薦の笹田早大教授は、自民党政権と内閣法制局が作ったギリギリの憲法解釈を踏み越えた法案だと話し憲法違反とした。

当然の意見としか言いようが無い。

日本の憲法はいつからこんなにも軽視される様になったのか?
立憲主義とは時代により捉え方が大きく変わって良いものなのか?
一内閣が憲法解釈を大きく転換させる事が公権的解釈として許容される範囲なのか?

これは憲法改正だ護憲だという話では無いと思う。秩序の問題、ルールの問題。何をするにもルールが秩序を保つ。

選挙で選ばれたが最後、何をするでも国民の意思だと言わんばかりの安倍首相。

民主主義とは多様な意見を持つ皆が話し合って一つの方向性を見出すことだと思う。

そして最終的に仕方なく多数決を行う。

しかし少数派だった意見もしっかり考慮する。

これが民主主義だと自分は認識している。

民主主義を無視した手段は戦前の軍部を彷彿とさせる、と戦争経験者は語る。

改めて戦争へと向かった歴史を学び、民主主義を見つめ直す時期だと思うのですが。
  


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2015年05月21日

木村久夫 遺書4

木村久夫遺書、以下に心に留まった文章を勝手に赤字を交えながらいくつか・・。


・日本は凡ての面に於て混乱に陥るであろう。然しそれで良いのだ。嘗ての如き、今の我に都合の悪きもの意に添はぬものは凡て悪なりとして、腕力を以て、武力を以て排撃して来た我々の態度の行く可き結果は明白であった。今や凡ての武力、腕力を捨てて、凡ての物を公平に認識、吟味、価値判断する事が必要なのである。それで之が真の発展を我々に与へてくれるものなのである。

凡てのものを其の根底より再吟味する所に、我々の再発展がある。ドグマ的な凡ての思想が地に落ちた今度の日本は幸福である。それを見得ないのは全く残念至極であるが、私に更にもっともっと立派な頭の聡明な人が之を見、且指導を行ってくれるであろう。何と言っても日本は根底から変革し、構成し直さなければならない。若き学徒の活躍を祈る。

・私の葬儀など簡粗にやってくれ。盛大は更って私の気持を表はさないものである。墓石は祖母の横に建ててくれ。私が小供の時、祖母の次に立つ石碑は誰のものであろうかと考へた事があったが、此の私のそれが建つなどとは此の私にも想像がつかなかった。然し之はあくまで一つの大きな世界の歴史の象徴であろう。墓の前の柿の果、それを私が喰う時がやがて来るであろう。

・更って文句をブツブツ言ふ者に陸軍の将校の多いのは曾ての自己を棚に上げた者で、我々日本人にさえも尤もだと言ふ気は起らない。一度も俘虜を使った事のない私が斯様な所で一様に扱われるのは全く残念ではあるが、然し向こふ側よりすれば私も他も同じ日本人である。区別してくれと言ふ方が無理かも知れぬ。
  


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2015年05月20日

木村久夫 遺書3

木村久夫遺書、心に留まった文章を赤字を交えながらいくつか・・。


日本の軍人、殊に陸軍の軍人は、私達の予測していた通り矢張り、国を亡ぼした奴であり、凡ての虚飾を取り去れば私欲、其の物の他に何物でもなかった。今度の私の事件に於ても最も態度の賎しかったのも陸軍の将校連中であった。之に比ぶれば海軍将校はまだ立派であったと言い得る。

・大東亜戦以前の陸軍々人の態度を見ても容易に想像される所であった。陸軍々人は余り俗世に乗り出しすぎた。彼等の常々の広告にも不拘、彼等は最も賎しい世俗の権化となっていたのである。それが終戦後明瞭に現れて来た。生、物に吸着したのは陸軍々人であった。

・大風呂敷が往々にして内容の貧弱なものになるとは我国陸軍が其の好例であるとつくづく思われた。我国民は今や大きな反省をしつつあるだろうと思う。其の反省が今の逆境が明るい将来の日本に大きな役割を与えるであろう。これを見得ずして死するは残念であるが世界歴史の命ずる所、所詮、致し方がない。

ハワイで散った軍神も今となっては世界の法を侵した罪人以外の何者でもなかった。

・凡ての原因は日本降伏にある。然し此の日本降伏が全日本国民のために必須なる以上、私一個人の犠牲の如きは涙を飲んで忍ばねばならない。苦情を言うなら、敗戦を判ってい乍ら此の戦を起した軍部に持って行くより為方はない。然し、又更に考えを致せば、満州事変以降の軍部の行動を許して来た全日本国民に其の遠い責任がある事を知らなければならない。日本人は凡ての面に於て、社会的、歴史的、政治的、思想的、人道的、試練と発達が足らなかったのである。凡て吾が他より勝れりと考へ、又考へせしめた我々の指導者及びそれらの指導者の存在を許して来た日本国民の頭脳に凡ての責任がある。

  


Posted by いちょうえん at 14:41Comments(0)政治

2015年05月19日

木村久夫 遺書2

以下、遺書から心に留まった部分を勝手に赤字を交えながらいくつか・・・。


・日本は負けたのである。全世界の憤怒と非難との真只中に負けたのである。日本は無理をした。非難する可き事も随分として来た。全世界の怒りも無理はない。世界全人の気晴らしの一つとして今私は死んでいくのである。否殺されていくのである。之で世界人の気持が少しでも静まればよいのである。それは将来の日本に幸福の種を残すことだ。

・私は何等死に値する悪はした事はない。悪を為したのは他の人である。然し今の場合弁解は成立しない。江戸の仇を長崎で打たれたのであるが全世界からして見れば彼も私も同じく日本人である。即ち同じなのである。

・彼の責任を私が取って死ぬ、一見大きな不合理ではあるが、之の不合理は過去矢張り我々日本人が同じくやって来たのである事を思へば矢鱈非難出来ないのである。彼等の目に留まった私が不運なりとしか之以上理由の持って行き所はないのである。

日本の軍隊のため犠牲になったと思へば死に切れないが、日本国民全体の罪と非難を一身に浴びて死ぬのだと思えば腹も立たない、笑って死んで行ける。  


Posted by いちょうえん at 09:50Comments(0)政治

2015年05月18日

木村久夫 遺書

木村久夫とは?

元陸軍上等兵。
インド洋アンダマン海のカーニコバル島守備隊の民政部に配属され英語を駆使し仕事をしていた。

陸軍が米泥棒としてとらえた住民が、信号弾を打ち上げて英国側に連絡していたことを供述。
英語のできる木村らに取り調べが任された。

民政部に引き渡された三人のうち二人は体中に陸軍からの拷問を受けた形跡があった。
そのうち高齢者の一人は取り調べ後収容先で死亡、もう一人は逃亡後に自殺。木村が得た自白に基づきスパイ組織が解明される。
取り調べは陸軍に移りスパイを続々と拘束、拷問。80人以上が軍律裁判抜きで処刑。

木村は処刑には関与していなかったが容疑者を棒で打つなどし、死亡させた罪でB級戦犯に問われた。
取り調べ段階では陸軍参謀らから命じられたことを明かしていたが、シンガポール戦犯裁判では上官ら真相を話すことを禁じられ、終始あいまいな供述に徹した。結果、司令官と木村ら末端の兵5人が死刑を宣告された。
木村は真相を告発する文書を二度、連合国軍の地区司令官に英文で提出したが認められなかった。

続く。
  


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2015年05月17日

「187人のアメリカ歴史研究者らの声明」

最近アメリカの歴史研究者が公表した「日本の歴史家を支持する声明」という記事がありました。

自分なりに大事な部分を抜き出したいと思う。


・戦後日本が守ってきた民主主義、自衛隊への文民統制、警察権の節度ある運用と、政治的な寛容さは、
日本が科学に貢献し他国に寛大な援助を行ってきたことと合わせ世界の祝福に値するもの。

・しかし祝福されるにあたり障害となるものがあると認めざるを得ない。それは歴史解釈。特に慰安婦問題。
しかも韓国・中国によってゆがめられてもいる。

・結果的に歴史学的な考察の究極の目的である、人間と社会を支える基本的な条件を理解し、その向上にたえず努めるという
ことを見失ってしまっているかのよう。

・正しい歴史への簡単な道はない。軍関係資料のかなりの部分は破棄されており、女性を調達した業者の行動はそもそも
記録されていなかったかもしれない。しかし、女性の移送と慰安所の管理に対する日本の関与を明らかにする資料は
歴史家によって相当発掘されている。また、元兵士その他の証言だけでなく公的資料によっても裏付けられている。

・慰安婦についての正確な数は永久に確定されることはないだろう。しかし最終的に何万人であろうといかなる数に落ち着こうとも、
日本帝国とその戦場となった地域において女性たちがその尊厳を奪われたという歴史の事実は変えることができない。

・女性が、強制的に慰安婦になったのかどうかという問題について異論もあるが、大勢の女性が自己の意思に反して拘束され、
恐ろしい暴力にさらされたことは、すでに資料と証言が明らかにしている。特定の用語に焦点をあてて狭い法律的議論を重ねることや
被害者の証言に反論する為にきわめて限定された資料にこだわることは非人道的制度を取り巻く、より広い文脈を無視することに
他ならない。

・過去の全ての痕跡を慎重に天秤に掛け、歴史的文脈の中で評価を下すことのみが公正な歴史を生むと信じている。
この種の作業は民族やジェンダーによる偏見に染められてはならず、政府による操作や検閲、個人的脅迫からも自由でなければならない。

・過去の過ちについて可能な限り全体的で、でき得る限り偏見なき清算を、この時代の成果として共に残そう。


実は腑に落ちない部分もありましたが、それでも自分は全面的にこの声明を支持している。
  


Posted by いちょうえん at 09:37Comments(0)

2015年05月16日

花屋だけど・・・。

世界で起きていることについて、自分なりにニュースを噛み砕き発信したいと思う。

これは店で働く忙しい家族に伝える為でもある。

従軍慰安婦

憲法の解釈変更

沖縄の米軍基地の辺野古移設

世代間格差や教育格差などの各格差問題

一票の格差

憲法9条

特定秘密保護法

集団的自衛権

インフレ・デフレ

民主主義


ゆっくりゆっくり書き綴っていくつもりです。






  


Posted by いちょうえん at 19:38Comments(0)政治

2013年06月07日

退院へ。

昨日無事に退院した。

しかし同室の子の事を思うと、素直に喜べないのが本音だった。

自分達が居なくなると、この大きな相部屋には彼一人となる。

またゲームに没頭する事だろう。

あんなに広い部屋に小5の男の子一人。

やることがない。

入院が長引き、またイライラするんだろう。

退院出来ない自分へ、そして治してくれない病院へ矛先が向く。



この4日間、自分は彼を観察した。

落ち着きの無い子だなぁ、うるさいなぁ、生意気だなぁ、ゲームばかりして…、これが第一印象。

その日の午後、彼の仲の良かった隣ベッドの友人が退院した。

午前中、何度も友人に、「ねー、何時に帰るの?家はどこなの?会いに行けるかなあ?もう病院には来ないの?」

しつこく聞いていたが、午後友人が退院した後は一転、生意気な彼がベッドでずっと泣いていた。

必死に声を殺して泣いていた。看護師さんに見つからぬ様。

やっぱり小5の子供だった。

この時、大の大人である自分が見て見ぬ振りは無いだろうと思い彼に話しかけ、スマホの縮小地図で友人の家と彼の自宅の近さを伝えた。

二度と会えないなんて事は無いんだ、という事をじっくり伝えた。随分彼は落ち着いた。


それからは息子と彼の2人のお相手をする事にした。

彼はとにかく食事を残す。病気のせいなのか好き嫌いが激しいのかは判らなかった。その両方かも知れない。

そして朝から夜寝るまでゲームをして過ごし、薬を飲むのを嫌がる、おしっこを取るのを嫌がる、看護師さんの言う事を聞かない、と、かなり我がままし放題だった。

しかし時折看護師さんに話す言葉がつらい。「本当は早く死んで欲しいんでしょ?早く居なくなって欲しいんでしょ?」「どうだっていいよ。」

「どうせ治んないからもういいよ。ほっといてよ。」

小5の子供がこんな事を言う。

実際に彼は数本の点滴が体に刺さり、おびただしい量の漢方薬、薬を服用していた。

そしてまた、看護師さんは蹴られても暴言を吐かれても気に留めることなく、懸命に向かい合っていたのもとても印象的だった。


段々自分にも見えてきた。

20回以上の入院、15回以上の手術、それでもまた今回三週間の入院と2回の手術。

一日の大半を一人で、それもベッドでやり過ごさなければならない、でも本当は遊びたい盛りの小学5年生。

寂しさ、せつなさ、やるせなさ、あきらめ・・・、彼の中にはきっと色んなモノが渦巻いている。

それが結果として今の彼の行動として表れるのか。

ご両親も忙しいだろうし、遠い。細かいところまで手が回らないのはなんとなく分かる。

彼が歯ブラシを持っていなかった事にも気付いた。

自分の子だけ歯を磨き、向かいの子は歯を磨かない。しかも彼は息子より一週間早く入院している。

つまり一週間は歯を磨いていないと云う事実。同じ人間、同じ子供で、病室で、うちの息子は父親が常に付き添い、歯磨きをみて、勉強をみて、話をして。

一方彼はずっと一人で…。自分は翌日売店で歯ブラシを買い、彼に渡した。ここを退院しても次は歯医者に通う事になっちゃうよ、と。

それからは食事もおしっこも薬も少々おせっかいを焼かせてもらった。ところが不思議と自分の言う事を聞く。

父親を求めているのか、厳しさを感じたいのか、…今でも分からない。

とにかく彼の父親がいたらこんな感じかな?と思いながら接した。



そして昨日、息子は退院した。

また彼には一人ぼっちの寂しい時間が増える。


息子は退院を心より喜んだ。

しかし、彼にとってはとても悲しい事。


自分は伝えたい事を伝え、息子は握手をして退院した。


昨夜は退院祝いに家で焼き肉を焼いた。

息子は病院食から解き放たれ喜んで食べた。


しかし心のどこかで何かが引っ掛かる。


この事を忘れぬ様ココに書き記す。
  


Posted by いちょうえん at 16:16Comments(0)

2013年06月05日

入院 その2。

折角だから今日も書いてみる。

昼頃、手術室へ向かう我が子。

あまりの気丈な姿に泣けてくる。

一方病室ではある男の子と初めて会話をした。

彼は隣の友人が居なくなり、ベッドにうつ伏してひどく泣いていた。

もう会えることは無いと落胆する彼に、その友人の住む・・県・・市と彼の住む・・県・・町の距離をスマホの地図機能を使い説明をした。

あたかも近くに有るように縮小気味の画面で。(実際車があれば行ける距離)

初めてスマホのグーグル地図だか何だかが、人の役にたった瞬間だった。

彼は元気を取り戻した。

話を聞けば1才の頃から入退院を繰り返している。

既に入院は20回以上、手術は15回以上と。

今回は数週間にも渡る入院と手術。

彼は長きに渡る入退院生活に飽きている。

そしてやることが無く、一日中ベッドの上でゲームをしている。

動かないから食欲がない。

点滴が外れない。

イライラする。

看護士さんに反抗的。

新しく出来た友人は常に先に退院して行く。

寂しい、つまらない。

一方病院が自宅から遠いため親もあまり付添い出来ない。

歯磨きをずっとしていない(歯ブラシを入院時から持ってきていなかった)。等々・・・。

負のループにはまりこんでいる様に思える。

体を動かしたり、走り回りたい盛りの子供にとってこれは本当に苦痛だろう。

大事な大事な日本の宝が、こんなところで、もがき苦しんでいる。

早く病気が治ることを願ってやまない。

先ずは歯磨きから・・・。  


Posted by いちょうえん at 06:01Comments(0)

2013年06月03日

入院。

自分が入院する訳では無いが、今日から暫く入院の付き添いをする。

時間は膨大に有るので、この機会に病室で色々調べたり、前々からやらなければ成らないと思ってたことをしようと思う。

ところで先程思った事を1つ。

入院生活の長い患者は互いに仲良く成っており、やはりどちらかの退院が決まると寂しいようだ。

言葉の隅々にその雰囲気を見て取れた。

そうだよな、長く長く入院してればつまらないよな。

友達は明日退院だけど、自分はいつになったら退院出来るの?と、本当はお母さんに聞きたくて仕方が無いのだろう。

けれどきっと聞いても期待通りの返事は返って来ない。


病気かぁ・・・。

ここは長野市からは遠い。

  


Posted by いちょうえん at 21:23Comments(0)

2013年05月29日

警察官様にお世話になる。

今年もまたやってしまった。年に一度の大失態。

昨年4月は夜中に鐘鋳川用水路に転落。顔まで水中に沈んだ。

そして今年は…。

自宅とは逆方面に歩いた末、どこかで倒れていた(寝ていたとも云う)らしい。

近くを通りがかった方か、近隣の方からの通報で警察の方がパトカーで来た訳だ。


自分の記憶が回復したのはパトカーの中だった。

自分「…・???、あれ…すいません、自分はなんでこちらの車に乗ってるんですかね??」

警察官様「人が倒れていると近所の方から通報があったんですよ。だいぶお酒飲まれている様ですね。」

警察官様「救急車を呼ぼうか迷ったんですけどね、自宅の場所を話せる様だったからお送りしています。」

自分「え…、そうでしたか、ところで自分はどちら辺りで倒れていたのでしょうか?」

警察官様「・・・・の辺りですよ。」

自分「えっ、そんなところですか?あ~、本当にすいませんでした。ご迷惑をお掛け致しました。」

警察官様「気をつけて下さいね。」

…といった感じで、遠いところから自宅まで送って頂きました。

いや、ほんと自分が怖い。

ご通報頂いた方、警察の方にこの場を借りお詫び申し上げます。これからは気をつけます。  


Posted by いちょうえん at 10:29Comments(0)

2013年05月23日

大町マラソンの募集。

ついに来た…。


この大会、自分にとっては鬼門だ。

ゆっくりゆっくりマイペースで走るのに苦しくなる。

長野マラソンではそんな事無いのになぁ。

慎重に事を運ぼうとするのだけど、なかなかどうしてうまくいかない。

だからこそ走りがいがある。

長野マラソンもいいけど、やっぱりこの大会の異様なキツさが癖になる。  


Posted by いちょうえん at 15:00Comments(0)