日曜美術館「我にタブーなし 陶芸の琳派・尾形乾山」 2015.06.28


400年日本の美術に脈々と続く装飾芸術。
俵屋宗達に始まり尾形光琳へと受け継がれ江戸時代その頂点を極めました。
中でもひときわ異彩を放つ人物がいます。
華麗にして大胆。
モダンで楽しくて思わず手に取りたくなる焼き物。
手がけたのは…。
37歳という遅いスタートながら兄光琳が確立したデザイン感覚を陶芸に持ち込み一世を風靡しました。
まるで水墨画がそのまま焼き物になったような角皿。
こうした器を作り出すため乾山がとったある驚きの方法とは?器の裏に書かれた「乾山」の大きな文字。
日本の焼き物で乾山が初めて打ち出した戦略とは?それまでの焼き物の常識を超えて陶芸に新たな世界を切り開いた尾形乾山。
時代を超えたそのデザインはどのようにして生まれたのか。
器に秘められた創作の秘密をひもときます。
「日曜美術館」です。
今日は東京・六本木にあるサントリー美術館で開かれている尾形乾山展にやって来ました。
一緒に乾山の世界を楽しんで頂くのはデザイナーの佐藤オオキさんとそしてこの展覧会を企画した柴橋大典さんです。
どうぞよろしくお願いいたします。
商品パッケージや空間デザイン伝統工芸とのコラボレーションまで。
佐藤オオキさんはその幅広い活動に今世界が注目するデザイナーです。
尾形乾山といえば僕の印象なんですけども切れ味鋭い兄尾形光琳とはもう全くどちらかというと真逆のアプローチで作品を作られた。
そこがやっぱり僕の中ではとても魅力的だなと思っているんですけれども。
やはり乾山といえばアイデアマンという感じですよね。
今見てもすごく新鮮なアイデアをたくさん繰り出していて。
自分もデザイナーとして海外のブランドといろいろお仕事させて頂いてるんですけど海外で暴れている日本発信のスーパーブランドってまだまだ少ないんですよね。
これ何でなのかなってずっと気にはなっていたんですけれどひょっとしたら乾山のブランディング手法というのは何かそこにヒントがあるんじゃないかなとそんな期待はしてますけどね。
それでは展覧会に参りましょうか。
よろしくお願いします。
わ〜!ひときわ目を引きますね。
さあこの形ですけれどもこれ柴橋さん何に使うものなんですか?
(柴橋)こちら「色絵桔梗文盃台」という作品でしてこの上に人数分の杯を重ねてお酒を勧めるという器になっています。
飲み残したお酒はこの中央の筒の中に捨てる事ができるようになっています。
この上に杯を載せる台のような。
へ〜。
器からはみ出さんばかりに咲き誇る色とりどりの桔梗の花。
乾山の発想の豊かさを感じさせます。
これ多分2つぐらいポイントがあるかなと思ったんですけどこの透かし彫りによって下の影がすごく魅力的に見えてるなと。
木漏れ日のような影が下に落ちていてそれによってすごく浮いてるような感じが強調されてるかなとか。
あとはやっぱりこの水平なのがすごいなと思っちゃいますね。
これって職人さんに一番怒られるやつなんですよ。
焼いてるうちにたれてくるんですよね。
かなり完璧に近い水平を…きちっと保たれてますよね。
あと僕さっき裏をちょっと見て気になってたんですけど上がこういうすごく有機的なモチーフというか自然をモチーフにしてるのにドットとストライプ柄なんですよね。
すごくしゃれてる。
(佐藤)そうなんですよね。
完全にこの有機的なシルエットを無視して柄を入れていてたれないようにするために下で何かで支えてやったのかなとか思っていてその支えた時ってやっぱり跡がついちゃうんですよね。
その跡を隠すためにドットとかストライプをつけてそれを生かしちゃったのかなとかいう気がしているんですけど。
さすが作り手のいろんなところまで想像力が。
実際は分かんないですけど。
そもそもこの盃台でしたっけそうしたものというのはもともとあったものなんですか?形としては。
主に漆漆器で作った盃台というものはあったんですけれどやはり乾山はこれを焼き物に置き換えたという一つそこでアイデアが。
なるほど。
当然杯を載せている時は台としての役割があるんですけれど杯を載せていない時ももう十分オブジェとして鑑賞に耐えうる仕上がりになっていてこのまま何か花を生けたいなという感じにもなりますよね。
物の休み時間を休ませないと。
使っても休ませててもずっと使われてるという。
(佐藤)そうですね。
尾形乾山は町人文化が栄えた江戸時代中期に活躍しました。
京の都きっての裕福な呉服商の三男として生まれます。
幼い頃から着物のきらびやかな意匠を目にして育ち和歌や書など豊かな教養も身につけます。
焼き物を作り始めたのは37歳の時。
鳴滝の地に窯を築きました。
この場所が都の西北乾の方角にあたる事から窯の名前を「乾山」と名付けたのです。
当時は他にも多くの窯が点在ししのぎを削っていました。
カラフルなモザイク柄が印象的な初期の作品。
300年前とは思えないモダンなデザイン。
さまざまな釉薬の発色を試す色見本だとも言われています。
乾山は遅まきのスタートを取り戻そうとするかのように熱心に研究に励みます。
薄闇に浮かび上がるのは雪を頂く富士。
その白さは器の地の色をそのまま生かして表現されています。
この器には乾山が初めて陶芸に持ち込んだある特徴があります。
それは器に記された「乾山」の文字。
焼き物にこれほど大きく窯の名前を入れるのは前代未聞でした。
従来器に印を入れるのは共同の窯で焼く際作者を見分けるためでした。
しかし乾山にはそれとは別のある意図があったといいます。
窯の名前をね大きく入れるという事はやはり…それ以来現在まで作家は自分の痕跡を署名を焼き物に入れるというのはそこから始まりますよね。
更に乾山は他の窯にはないオリジナリティーを出すためある意外なものを焼き物に取り入れます。
それは文学。
若い頃から漢詩や和歌に親しんだ乾山ならではの器です。
絵を手がけたのは乾山の5歳上の兄尾形光琳。
自在な筆遣いで描かれた牡丹の花。
葉にはまるで水墨画のようなぼかしが施されています。
絵に添えられた書は乾山によるもの。
牡丹の花をたたえた中国の漢詩です。
実はこの形式は「詩画軸」という水墨画の伝統に倣っています。
一人が絵を描きその余白に別の人が絵に合った漢詩を書き入れ絵と書の響き合いを楽しみます。
紙に描かれた詩画軸をそのまま焼き物にしてしまった斬新な発想。
焼き物と文学のコラボレーションという乾山の試みは貴族など当時の文化人の間で評判になっていきます。
きれいな正方形の角皿が並んでいますね。
この角皿は歌人藤原定家が四季の移ろいを詠んだ十二首の和歌をテーマにしています。
旧暦の正月は柳の枝でさえずるウグイス。
二月は桜の下でたたずむキジ。
三月は藤とヒバリ。
裏にはその月ごとの和歌。
乾山の筆によるものです。
当時人気の高かった定家の和歌の世界を乾山は焼き物で表現してみせました。
道理で本当に自然豊かな植物と鳥たちが生き生きと描かれてますもんね。
裏に和歌が書かれてるという事なんですね。
はい。
すずり箱の蓋をイメージしてるのではないかと考えられます。
そういった故実がありましてそれに倣った器なのではないかと考えられます。
そもそもじゃあイメージとしてはひっくり返して蓋としても活用できる事をヒントに作られた?
(柴橋)裏返しても文字が出てきて。
普通絵付けって載せていくような感じなんですよね。
色を筆の先で盛り上げていくというか載せていくような感じで描くんですけどこれって何か水墨画みたいにサササッと描いてますよね。
まさにもう「絵」ですもんね。
紙に絵を描いてるがごとく滑らかな筆運びが伝わってくるようですけど。
まるで白い紙に描かれた絵のような乾山の器。
一体どのようにして作られたのでしょうか。
陶芸家の田端志音さんは乾山の焼き物に魅了され長年研究を重ねてきました。
今回乾山の角皿を作る工程を再現してもらいました。
乾山の使った角皿の土というのはもともとこんな茶色いというか赤い土なんですね。
目指すのは白い器。
乾山はここである大胆な方法をとります。
目をつけたのは装飾に使われる白い化粧土。
これを水に溶いたいわば泥水で器全体をコーティングしたのです。
乾くとまるで紙のような白さに。
乾山はこの白をどうしても作りたかったんだと思うんですね。
和紙のようにこの上に字と絵を描いてお軸のようなものを作りたいと思った。
そのためにはこの和紙のようなこの白い土が必要だったんだと思ってます。
絵付けに使うのは…。
こういうふうな泥ですね。
鉄分のすごく多い泥で鬼板って言います。
鉄は焼けるとどっちかと言うと焦げ茶色とか黒になります。
ですから墨で描いたのと近い色になると思います。
乾いた器に筆を走らせると紙のように染み込んでいきます。
これこそ乾山が求めたものでした。
一般の絵付けは焼いたあとに施します。
器が絵の具をはじくのでぼかしなどはできません。
乾山の考え出した方法は焼き物の絵付けの表現の幅を大きく広げるものでした。
絵付けをした器に焼くと透明になる釉薬をかけて焼き上げます。
窯から出すと茶色い泥で描いた線は墨の色に変化し見事一幅の水墨画のような器の出来上がりです。
しかし…。
釉薬の方が縮みが少ないので土の方の縮みの方が大きいもんですから焼いた時にこの白化粧と上の釉薬がこういうふうに持ち上がってしまうんです。
白いコーティングと地の土の収縮率が違うため絵を定着させるのは容易ではありません。
しかし理想の器を目指し困難をものともしない乾山の姿が見えてくると田端さんは言います。
陶磁器を作る家の人というかそれを家業にしてる人は多分考えない事だったんじゃないかなと思います。
乾山は素人。
陶磁器に関しては作る事が素人だったという事ととても文化人で漢詩だとか和歌に長けてたのでそういった事を文化をこの器の中に焼き込んでみようという気持ちがあってそれが今見ても新鮮な感じがするというところだと思います。
その魅力というかそれに惹かれたと思います。
見れば見るほどもう絵ですよね。
これは実はかなりデザイナー的な視点なんですよねやっぱり。
泥を使ってコーティングをして白磁風に見せる。
しかもその白磁ではできないような表現を生み出すというのは既にあるものを使いまわすようなそういう発想なんですよね。
これは自分もデザイナーとしてよくやってるんですけどやっぱりメーカーというのは最先端の技術とか最新のものに対して意識はすごい行くんですよね。
そこで戦おうと。
そうするとちょっと古くなった技術型落ちの技術というのはどうしても部屋の隅っこにあるというか誰もあまり注目しなくなるんですけどそういうのを実は転用したりとか組み合わせる事によって新しい価値が生み出せるんじゃないのかなというのは自分は常々思っていまして。
料理で言うと前者はシェフの料理ですよね。
もうプロの一流の。
(佐藤)最高の食材を用意して最高の環境で作るおいしい料理なんですけど後者の方は主婦の料理みたいな感じで冷蔵庫を開けて余っている食材でこんなもの作れるかなという事で作った料理が意外とおいしいみたいなそういう主婦的な感覚で作るというのはデザイナーにとって実はすごく大事だったりするんですよね。
(柴橋)おっしゃるとおり基本的に乾山で使われてる技法というのはそれまでの京焼で培われてきた技法がベースになっていまして乾山が全く新しく開発した技法というのは実はあんまりないんです。
そういった既にあるものを組み合わせて新たな価値を生むといったような事が乾山の作品のすばらしさになっています。
乾山の人物像見えてきましたね。
ゼロから1を生み出すという事よりも1を100にも1,000にもする方が能力として長けてる人だったのかもしれないですよね。
何かがないからそれを嘆くのではなくてないからこそできる面白い事がないかなというふうにかなりポジティブというか前向きに物事を捉える人なのかなと思いますけどね。
本当にいろんなデザインの蓋物がここに集まってますね。
こちらは「蓋物」と呼ばれる乾山の代表作の一つ。
蓋には金や白黒で重なるように描かれた松。
内側には軽やかなタッチの波の文様。
このテクスチャーがすごく気になりますよね。
表面の質感といいますか。
外はすごくざらっとしていて思わず触りたくなるような感じだし内側は逆に艶感があるというこのコントラストは色だけじゃなく面白いですよね。
(柴橋)では皆さん突然ですがここでクイズです。
こちら表に松の絵が描かれています。
内側には波の絵が描かれています。
この2つで実は1つの意味を発するような仕掛けになってるんですけども何かお分かりでしょうか?えっ?突然のクイズ。
(佐藤)何でしょうね。
松に波ですから…。
正解は「洲浜」という光景を表してるのではないかというふうに。
海辺の砂浜に松が生えている光景です。
その砂浜はこの土の質感がそれを表してるのではないかと。
(佐藤)このさらっとした砂の感じと水の感じという事で質感を変えてるという事なんですか。
やられたな。
(柴橋)やはり松といえば冬でも緑の葉をつけて不老長寿のシンボルでもありますしその洲浜というのも日本古来から神様が現れる光景として伝えられてきたものですので恐らくこちらは非常におめでたい席で使われたんじゃないかなというふうに考えられます。
(佐藤)ちゃんとコンセプトがあるんですね。
面白い。
この柄は…梅ですね。
はい。
こちらは梅と波を組み合わせた蓋物。
蓋にちりばめられているのは梅の花。
内側には渦巻く波の文様が描かれています。
(柴橋)こちら実は梅の花の形にくりぬいた型を使ってまるでプリントのように梅の花を重ねていったというそういった作品になっております。
それこそ琳派の技法の真骨頂というか。
(佐藤)反復する…反復感ですよね。
コピーアンドペースト。
デジタルっぽい雰囲気ありますね。
(柴橋)まさにそのとおりですね。
実は乾山の兄である光琳に同じようなモチーフが登場するんですけれどもそちらどういった作品か分かるでしょうか?また出ましたねクイズが。
梅と…。
(佐藤)波。
あっ「紅白梅図屏風」。
はいそのとおりです。
国宝の。
梅と水流。
(佐藤)こんなに変わるんですね同じモチーフでも。
(柴橋)同じ兄弟で同じモチーフを扱ってもこれだけ差が出るというまるで兄弟対決のような作品になってますね。
面白いですね。
ご存じ兄光琳の代表作「紅白梅図屏風」。
枝を広げかれんな花を咲かせる紅白の梅。
大きく渦巻く文様で表された水の流れが絵に躍動感を与えています。
対象をデザイン化して表現する。
光琳の卓越した造形感覚が発揮された作品です。
弟乾山が同じモチーフで作った焼き物。
紅白梅の色は大胆にも青黒白で表現しました。
リズミカルに重ねる事で奥行きを生み出しています。
流水の文様を器の曲面に沿って全体に描く事で波があふれ出るような勢いが感じられます。
乾山は光琳が確立した琳派ならではのデザイン感覚を陶芸に取り入れる事で器の世界に無限の広がりをもたらしたのです。
乾山デザインの真骨頂と言えるのがこちらの蓋物。
蓋の表を勢いよく走る紺と白の線は生い茂るススキ。
金彩は夜露にぬれたススキを月明かりが照らすさまだと言われています。
そしてこの器の最大の見どころ。
自然を描いた外側とは打って変わって内側は幾何学的な文様。
これは貴族の衣装によく使われた「業平菱」と呼ばれる柄。
業平とは平安時代の歌人在原業平の事。
ススキと業平菱の柄という組み合わせにはある意味が秘められているといいます。
「伊勢物語」の「東下り」。
都を後にした貴族の男が武蔵野へと至る場面です。
主人公は美男で和歌に長けた在原業平と言われています。
この器のススキの文様は武蔵野を業平菱は業平自身を表すと捉えればこの組み合わせで「東下り」の情景を描き出していると言うのです。
ある一種の共通イメージをみんなで持つ事ですよね。
ですからススキ武蔵野業平という事は一種の一体となった連想ゲームですから。
それがむしろ当時こういうものを使った上層の人々のね…使う人が蓋を開けて初めてそのコンセプトに気付くという事ですよね。
そういった使い手側との会話のようなやり取りが作り手と使い手のコミュニケーション。
まさにそれって今世界的なトレンドになってるんですデザイン界においては。
ユーザーが参加型というんですかねこれなんかもそうですけど蓋を開ける事で初めてデザインが完結する。
なのでユーザーがものづくりに参加してるようなそういう感覚になるんですよね。
以前チョコレートケーキとお皿をデザインした事がありまして口さんというパティシエの方とやらせて頂いたんですけれどチョコレートのケーキがあってそこの脇に色鉛筆の形をしたチョコレート。
味が違うんですよ。
ミルクの量が違うのでミルクチョコレートからビターチョコレートまで何種類かあって鉛筆削りが添えられてるので自分で食べる前にそのチョコレートの鉛筆を削って上に振りかけて味を完成させて食べるというのがあったんですけどまさにそれと一緒なんですよね。
自分の気持ちに合わせてカスタマイズできるというか自分の手で完成させるそういうデザイン。
どうしてここまでいろいろ先取りされているんだろうって。
(佐藤)何かいたずらっ子的なちょっとユーモアのセンスがある人なのかなという気はしますね。
こうやったらびっくりするかなとかという事を常に意識してたのかなそんな気はしますけどね。
(柴橋)まさにそういったところが京都の人というか遊び心がある。
江戸時代中期経済が豊かになり食文化も発達し始めます。
50代を迎えた乾山はそんな時代の流れに合わせるかのように本格的に食器を手がけ始めます。
懐石料理で使われる器です。
目を引くのは菊の花をそのまま切り取った器の形。
乾山オリジナルの発想です。
菊の花の背景は金彩で埋めるというぜいたくなつくり。
食事の席を華やかに彩る乾山の器は当時の人々の心を捉えました。
日本有数の乾山コレクションを誇るMIHOMUSEUM。
畑中章良さんは以前乾山の器を用いたある試みをしました。
乾山の器にかつてのように料理を盛りつけたのです。
竹の絵が描かれた角皿には竹串に刺した田楽を。
百合の向付にはまるで雌しべのように鯛の刺身を盛りつけました。
乾山の向付でも最高傑作と言われる器を見せてくれました。
百人一首にも詠まれた紅葉の名所奈良・斑鳩の龍田川がモチーフです。
皿に描かれているのは川の激しい流れにもまれるもみじの葉。
この器に料理を盛りつけた時気付いた事があると畑中さんは言います。
(畑中)料理も物ですから盛りつけるとその場所を占有しますよね。
という事はこの絵が隠れます。
その隠れた状態で残ってる所そことのバランスといいますかそれが絶妙なんですよねこの「龍田川」の場合は。
器が料理を包み込むいわゆる包容力といいますかね。
一見ぶつかり合いそうな皿の絵と料理が不思議と調和し一体感を生み出した事に畑中さんは驚きました。
(畑中)この食器の形そのものが葉っぱの形をしてますのでシルエットとしてもみじが目に入ってきますので非常に奥の深いデザイン性がこの向付には込められてると思いますね。
この向付には更なる乾山の演出があるといいます。
鍵となるのは絵付け。
よく見ると一枚一枚全て違います。
ああいや僕はこうだこういうの浮かんできたという…そういう役割も当然乾山は意識してますので。
絵柄の違いで楽しめてそこから話題も広がる器。
サービス精神旺盛な乾山の姿が見えてきます。
表面的な部分では分からない隠し玉といいますかそれこそ本当に玉手箱といいますかね手品のようなこれこれというような面白さ楽しさが乾山の器にはありますのでお客のレベルによって読み解いていくといいますかねひもといていく。
「わ〜きれいだな」でそれでも十分いいと思いますね。
そういうある意味懐の深さといいますか奥の深さがこの「龍田川」も含めて乾山の焼き物にはあると思います。
このスペースは何やら水流がイメージされているような場所ですが。
こちら龍田川にまつわる作品を集めたコーナーになっております。
懐石料理の席で人数分の料理を入れ客がめいめい取り回すのに使われた器です。
料理を取り分け終わると器の底に描かれたもみじが姿を現す仕掛けになっています。
(柴橋)こちらまるで龍田川が渦巻く一瞬を取り出したかのような造形になっています。
器の外と内側にもみじが波にもまれて流れていく様子が描かれておりますけれどもまるで器の枠組みを飛び出していくかのような勢いに作られています。
乾山は描いてるのは全て自然の風景を描いているのがもしかしたら何か乾山の一つのこだわりがあったのかなというふうにも感じたんですけれども。
恐らくやはりその自然の風景を見て癒やされるというか感動するというのがある意味最大のエンターテインメントだったのかもしれないと考えるとそこにどうひもづけるか。
結局デザインとかアイデアもそうなんですけど人というのは全く知らないものには感動しないんですよね。
拒絶するんですよね。
やっぱり自分の頭の中にある引き出しというか過去に経験したものと照らし合わせながら「これは昔感動したあれだ」みたいな事でリンクした瞬間にすごく感動する。
実際にそれを見ていなくてもそれを思い出して感動するというのが頭の多分からくりとしてあってデザインで感動するメカニズムというかからくり仕組みというのをきちんと理解しないと多分こういうコンセプトは出てこないしそうなると自然をモチーフになったりするのかもしれないですよね。
(柴橋)よく見ますと縁の方に透かし彫りがなされていまして波の形を強調するようなものになってます。
(佐藤)これがあるとないとではだいぶ違いますよね。
(柴橋)平面と立体の交差する所に生まれた器というようなまさに乾山の独壇場という。
(佐藤)実は自分もデザインしてる時そこはすごくうまみがあるエリアなんですね。
2次元と3次元の間にある自分は「2.5次元」と呼んでるんですけど例えば一番最初に見た盃台とかも2次元の花を浮かせて3次元的な効果を出したりとかあとは内と外。
蓋物とかはそうですよね。
内と外で別の絵を使うというのはこれは2次元だけではできない事だし3次元だけでもできない表現なんですよね。
究極の2.5次元の作品なんじゃないのかなというのはちょっと感じましたね。
それを飄々とやってのけてる乾山が恐ろしくも感じるというか。
先にコンセプトがあってそれを実現していくというそういう作り方をしてるというのがやはり乾山の一つの一番の特徴だと思います。
今日はこんなにもたくさんの乾山作品を見てきて少しでも人物像みたいなところが感じ取れたというのがものすごい大きな収穫でしたね。
今日お話の中にも出てきたようにほんとに情熱あふれてるんじゃないのかとか。
自分も同じで皆さんとお話しをしてるんですけどものすごいたくさん乾山さんとしゃべったような気分で「何か話し疲れたな」みたいな感じは…。
いろんな側面を見せて頂いたような感じはしますけどね。
乾山のすごさというのは究極の素人力じゃないかなと思いました。
自分自身もそうなんです。
プロになっちゃいけないと。
スペシャリストになっちゃいけなくて素人の目線って常に持っていないと面白いアイデアは出てこないと思うんですけど簡単に言うとそれは受け手側の事しか見てないんですよね。
こうしたら受けるかなこうしたら盛り上がるかなというそういう考え方でものを作ってるからこそいろんなアイデアが出てくるのかなという気もするのでまさにヒントってそこなんじゃないのかなと。
受け手側がどうリアクションするかなどう反応するかなという事をもっと考えていく事で日本のものづくりというのは変わっていくんじゃないかなより魅力的になるんじゃないのかなというふうに今日は思いましたね。
今回は本当にどうもありがとうございました。
(一同)ありがとうございました。
2015/06/28(日) 20:00〜20:45
NHKEテレ1大阪
日曜美術館「我にタブーなし 陶芸の琳派・尾形乾山」[字][再]

陶芸の琳派、尾形乾山の特集。京の呉服商の家に生まれ、“素人”ゆえの自由で大胆な発想で、革新的な作品を次々と生み出した。現代のクリエイターをも刺激する魅力に迫る。

詳細情報
番組内容
今年は琳派400年。4月の尾形光琳に続き、光琳の弟でもあり、陶芸に革新をもたらした尾形乾山を特集する。乾山は、京都の呉服商の家に生まれ、本格的に陶芸を始めたのは30代半ばを過ぎてから。一からの出発でありながら、“素人”だからこその自由で大胆な発想で、斬新な作品を次々と生み出し、「乾山」の名を、京都を代表するブランドに仕立て上げた。その発想の秘密を、新進気鋭のデザイナー・佐藤オオキさんが読み解く。
出演者
【出演】デザイナー…佐藤オオキ,【司会】井浦新,伊東敏恵

ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

OriginalNetworkID:32721(0x7FD1)
TransportStreamID:32721(0x7FD1)
ServiceID:2056(0x0808)
EventID:34766(0x87CE)

カテゴリー: 未分類 | 投稿日: | 投稿者: