ラスト150mで先行を吸収、苦手のスプリントで勝利ピンチを打開した萩原麻由子の冷静さと思い切り 全日本ロード・女子エリート詳報
栃木県那須町で6月28日に行われた「全日本選手権自転車競技大会ロードレース」の女子エリートは、萩原麻由子(群馬・ウィングル・ホンダ)が2年連続5度目の優勝を飾った。最大のライバルと目される與那嶺恵理(茨城・サクソバンクFX証券)とのにらみ合いは、終盤の手に汗握る攻防へとつながった。勝利を引き寄せたのは、経験に裏打ちされた女王・萩原の落ち着きと、最後の最後に見せた思い切りの良さだった。 (文・米山一輝 写真・田中苑子、米山一輝)
萩原 vs 與那嶺 4年目の決戦
2012年の全日本選手権ロードで、女王として君臨する萩原の前に、彗星の如く現れた新人・與那嶺が立ちはだかった。2人の最初の勝負となったこの年は、萩原がスプリントで辛勝したものの、翌2013年は力を付けた與那嶺が萩原を寄せ付けず、ロードと個人タイムトライアル(TT)の新女王に輝いた。しかし2014年は、本場・欧州で成長した萩原が與那嶺をロード・TTともに下して女王に返り咲きを果たした。
迎えた今年の全日本選手権。21日に行われた個人TTでは、與那嶺が萩原に1分の大差を付けて圧勝した。與那嶺がロードレースも制して2冠女王に返り咲くか、萩原が意地を見せて巻き返すか、いずれにしてもこの2強を軸にレースがどう動くかが注目された。
展開の難しい平坦系コース 続くにらみ合い
レースを難しくしたのが、平坦系の設定となった那須のロードレースコースだ。細かなアップダウンが連続しているものの、地力の差が出やすい長距離の上りがないため、選手たちが集団でまとまって走る展開になりやすい。単騎で集団から抜け出したり、引き離したりすることは難しく、ただ脚力があれば勝てるわけではない。それぞれが勝ちパターンに持ち込むため、駆け引きの力が重要となる。
レースは16kmの周回コースを8周する128kmで争われた。序盤から集団のペースを上げて人数を絞りたい萩原に対し、與那嶺は逆にペースを落とす動きを見せる。自ら決めた勝負どころまでは、一切無駄な力を使わない構えの與那嶺。これを見た萩原も動きを止め、レースの前半4周はほとんど展開がないまま、30人以上の大集団で進んだ。
若手の大逃げから本命対決へ
レースが後半戦に入った5周目、樫木祥子(東京・ニールプライド南信スバル)、中井彩子(宮崎・鹿屋体育大学)、髙田由貴(大阪・ZIPPY CYCLE CLUB)の3人が集団から抜け出した。やがて髙田は脱落したが、樫木と中井は一時、集団に約1分半の大差を付けることに成功する。
メーン集団はしばらく牽制状態が続いた、6周目にようやく追走体勢に。7周目の前半で先頭の2人を一気に捕まえると、コース中盤の最も勾配が厳しい上り坂で、いよいよ與那嶺がアタックを仕掛けた。この動きに追随できたのは萩原と、金子広美(三重・イナーメ信濃山形)の2人。いよいよ有力選手同士のつばぜり合いが始まるかとも思われた。
しかし、600mという短い上り区間は、大集団を完全に破壊するには至らなかった。與那嶺らの逃げは許されず、再び集団が合流。メーン集団は人数を16人にまで減らしつつ、最終周回となる8周目に突入した。勝負はゴールスプリントとなる可能性も徐々に強まってきた。
伏兵があわやの動き
このままゴールスプリントにもつれ込めば、萩原と與那嶺以外にも、少なからず勝利のチャンスのある選手が出てくる。2強を逃すまいと牽制状態になった集団から、22歳の大堀博美(神奈川・YOKOSUKA UNO RACING)が単独アタックを決めた。大堀は残り5kmで、牽制状態の後続に50秒の大差を付けることに成功する。
あとのない集団からは萩原、與那嶺らが追走を開始するが、大堀は残り2kmでまだ20秒差を維持。ピンチに追い込まれた追走グループでは再び牽制状態がみられ、大堀の逃げ切りもあり得る状況となった。ゴールまで残り300mのカーブにも大堀が先行して現れるが、後方からは萩原が追走の先頭に立ち、渾身のペダリングで大堀を追い込んでいく。
そして残り150m、ついに萩原が大堀に追いついた。すぐ後ろに與那嶺、金子を従えたまま、緩やかな上り勾配でのゴールスプリントに突入。しかし萩原のスピードはゴールラインを横切るまで衰えることはなかった。與那嶺の猛追をかわすと、歓喜の表情で左手を高々と挙げた。
経験がささやいた「勝機」
1週間前の全日本選手権個人TTでは與那嶺に完敗を喫したが、その雪辱を果たした萩原。「(前週のTTは)調子がいいつもりだったけれど、走ってみるとすごくきつかった。今シーズンここまで、レースのスケジュールが多かった影響もあったのかな、と初めて気付いた」という。TTの後は那須にとどまり、ロードコースの試走も行いながらコンディションの回復に努め、この日のレースに臨んだ。
5度目の女王戴冠には、「これまでで一番嬉しい」と語る。強力なライバルに加え、大きな集団での展開と、本来苦手とするゴールスプリントでの勝負。萩原本人も「最後まで勝てると思えなかった」という状況の中でつかんだ勝利は、喜びもひとしおだったようだ。
勝利のポイントは「終始冷静に走れたこと」。独自の動きを見せる與那嶺に対し、いら立って自滅せずに、「彼女と一緒に沈没する覚悟で(勝負のタイミングを)待った」と話す。
最後は一人が先行する中、残り500mから失速のリスクを顧みず、ロングスプリントを仕掛けた。「このまま牽制しても負ける(1位は取れない)。ここで行かずにいつ行くの?」という思い切った走りが功を奏した。国内で、アジアで、そして欧州で積み重ねた経験を糧に、一瞬の勝機を逃さなかった。
五輪に向け、それぞれの戦い
ゴール後の與那嶺は、この日の敗因を「スプリント勝負の経験が足りなかった」と分析。一方で「目標はあくまで世界」とも語り、国内選手とのスプリント勝負に勝つ力を付けることには興味がないと話す。今年は世界選手権の個人TTで10位以内を獲得し、2016年のリオ五輪TTの出場枠を手に入れることに全力を注ぐという。
萩原はこの後すぐイタリアに渡り、女性版ジロ・デ・イタリア(イタリア一周レース)「ジロ・ローザ」に出場する。所属チーム「ウィグル・ホンダ」における萩原の役割は、エースのアシストが中心だが、「チャンスがあれば(ステージ優勝を)掴みたい」と意欲を見せる。
またシーズン後半はUCI(国際自転車競技連合)ポイントを獲得し、リオ五輪のロードレース出場枠を手にすることが目標となる。「東京五輪の前のオリンピックなので、いい形で出場を決めたい」と話す。
全日本に関しては今後も、「毎年難しいレースが続くと思う」と話す萩原。與那嶺だけでなく、今年はさらに若い選手があわやという動きを見せた。ジュニアで無敵を誇る梶原悠未(筑波大坂戸高校)も、来年はエリートに上がる。それでも「楽しんで東京五輪に向かっていけたらいい」と語る萩原。その姿は、頂点に立つ女王の風格を感じさせた。
女子エリート(128.0km)
1 萩原麻由子(ウィグル・ホンダ) 3時間48分19秒
2 與那嶺恵理(サクソバンクFX証券) +0秒
3 金子広美(イナーメ信濃山形) +1秒
4 合田祐美子(BH ASTIFO ) +2秒
5 西加南子(LUMINARIA) +3秒
6 中原恭恵(チェリージャパン) +4秒
7 大堀博美(YOKOSUKA UNO RACNG) +4秒
8 江藤里佳子(鹿屋体育大学) +7秒
9 牧瀬翼(ASAHI MUUR ZERO) +9秒
10 吉川美穂(ASAHI MUUR ZERO) +15秒