もう5年ほど前のことだ。
本当は、その更に1年ほど前に、私はある「心底決意したこと」があったのだが。
当時私は、店を終えて夜中に帰宅すると、毎日眠りにつく布団の中で、一人ただ自分をひたすら愛するアファメーションを繰り返していた。
何とか自己否定を乗り越えるためにね。
そして、その出来事は、それから約1年ほど経った頃に起きた。
夜中(多分22時を過ぎていたと思うが)に自宅(一戸建)の前に、1台の救急車と3台のパトカーが集まった。
救急隊3人と警察官5〜6人が、ぞろぞろと私の家の中に入って来た。
多分近所は、夜中に何事か?と騒然としていたはずだ。
救急車は、私が電話をかけて呼んだものだった。
だが、警察は救急隊が私の電話の様子を聞いて通報したものか、近所から通報がいったものかは分からなかった。
まあ、とにかくその時家の中は嵐が吹き荒れていた。
まだ幼かった下の娘が、ずっと大声を出して泣き叫んでいたからだ。
でも、私はその娘に気を配り、「大丈夫だよ」となだめながらの対応をしていたのだが。
私は、終始冷静だった。
その時息子は、いとこの所に行っていて不在だったが、上の娘は私の全て(事の初めから終わりまで)をしっかりと見ていたはずだ。
でも、警察が家に入ってきたときに、私は心の中で「私の人生は全て終わった」と思った。(絶望した)
私の人生は、ここに向かって流れていたのかと思った。
私は、手錠をはめられ逮捕され、明日のニュースになるのだと覚悟した。
店のことも、その他の身の回りのことも一瞬心配したが、既にそういう状況ではないと全てを観念した。
でも、実はその時のことは、私には大したことではなかった。
結果的には、それより大切なことにつながったからだ。
彼女は、トイレに籠城(ろうじょう=立てこもり)し、その中から救急隊や警察官に向かって気が狂ったように大声で私の悪口を叫んでいた。
「こいつ(私のこと)は、家に全然金を入れないんだ!」、「早く家を出て行ってほしいんだ!」と。
私は、それを黙って聞いていた。
その通りだったからだ。
反論のしようもない。
当時私は、生活費どころか、店の家賃すら彼女に面倒をみてもらっていたのだ。
店を始めて2年半位の頃だ。
だが、結局救急隊も警察も、最後には静かに帰っていった。
私の対応に、とりあえずは安心したのだろう。
救急隊は30分ほどで、「大丈夫ですよ。心配ありません。目はきちんと見えてますよ。トイレに走って入って行った時の様子で分かりました」と言った。
私は、丁寧に迷惑をかけたお詫びをして、引き取っていただいた。
だが、警察はそれからもややしばらく家にいた。
まあ、冷やかしみたいなものだった。
人の家の不幸は楽しいものだ。
結構ずっと家にいた。
無線でガヤガヤと、誰かとずっと何か連絡を取り合っていた。
そのスピーカーから聞こえてくる大きな声が、本当に一番近所迷惑だったと思う。
そして警察は、トイレにいる彼女に向かって、「彼(私のこと)を訴えますか?」と尋ねた。
彼女は警察に、「そんな必要はない!」、「私は誰も呼んでない!」と文句を言い、そして私は警察に「今日はこれ以上問題を起こさないという誓約書」を書いてもらわなければ朝まで帰れないようなことを言われ、それで結局私はその書類に署名し、拇印(指紋)をとられ、更にはその書類を持たされ、玄関先に立たされ写真まで撮られた。
まあ、犯人の記念撮影のようなものだ。
勿論、私は何の抵抗もせずに、言われるままそれら全てに100%従った。
何が起こったのかはどうでもいい。
腹が決まればいつだって、何だって大したことはないのだ。
1. 高校時代に、停学(自宅謹慎)を言い渡され、学校から帰宅させられた時。
2. 同じく高校時代に、サッカーの試合中に鎖骨をばらばらに破壊して、担架で病院に担ぎ込まれた時。
3. 私がまだ小学生の頃、親父がお袋と言い争った後に、「じゃあ仕方がないから、今からお前たち二人を殺して自分も死ぬ」と言って包丁を手にしようとした時。
4. 3年ほど前に、夜中に急に具合が悪くなり、一人暮らしのアパートから自ら呼んだ救急車の中で、「ああ死ぬ時ってこういう感じなんだな。悔しいな。何だか孤独だな。でも仕方がないな。これが自分の人生なんだな」と全てを諦めた(認め・観念した)時。
そのように、私の人生には何度か強烈な痛みや恐怖、絶望や死を覚悟する時があった。
でも、大切なことは、その瞬間私は、それらの全てを乗り越えた(何かを変えた)ということだ。
その夜の出来事も、本当に偶然に起きたことだった。
私が救急車を呼ぶとは、彼女は思ってはいなかったらしい。
私が電話をしている最中に、そのことは分かった。
でも、もう既に電話をかけて、消防に状況を伝えてしまっていた。
だが、上の娘に向かって、気が狂ったように「救急車を呼べ!」と叫んでいたのは彼女だったんだ。
「目が見えない!」とね。
小学生の娘が救急車など呼べるはずがないので、それで仕方なく私が呼んだ。
でも、後から分かったのだが、実はコンタクトレンズがずれてしまい、見えなかっただけのようだったんだ。
彼女はその時、全く冷静さを失くしていた。
ていうか、私に反抗するため(うっぷんを晴らすため)、正気を失っていたのだろう。
それとも、隠れて酒でも飲んでいただろうか。
彼女は、もしかしたらずっとそんな出来事を引き起こすことを望んでいたのかもしれない。
全てを私のせいにして、私をやっつけたかった(恥をかかせたかった)のかもしれない。
でも、そんなことはどうでもいい。
とにかく、私はそのことで、後日完璧に自分のことを肯定することができた。
誰に何を言われようと、自分一人で自分のことを愛することができたんだ。
一年前からアファメーションしていたことを、そのとき実際に体験したということだ。
そしてその時私は、望まずに犯罪者となってしまう(引き込まれてしまう)人たちの状況や心境を、少し垣間見たような気もした。
バシャールの言う、「被害者と加害者は一体で物事を引き起こす」ということを実感した。
相手の望む体験をさせるために、それに協力する(力を貸す)ということを感じたんだ。
私は、加害者だったかもしれないし、被害者だったのかもしれない。
だが、その時当事者は、確かに「一体」だった。
でも、私を人前で最大限に否定してくれる人(彼女)は、私にとっては本当にありがたい存在だった。
何故なら、そのお陰で私が自己否定や自己嫌悪の殻を、完璧にぶち破ることができたからだ。
私たち人間は、何がなくても、何を持っていなくても、完璧に(無条件に)自分一人で自己肯定をしなくてはならない。
何故なら、それぞれ自分の人生においては、各自自分以上に価値あるもの、尊いものなどこの世の中には何もないからだ。
勿論、彼女が叫んでいた「お金」についてもそうだ。
「自分の人生(自分自身)とお金のどちらが大切なのか」ということを、私はその時よくよく考えた。
私は、犯罪を犯そうなどと思ったことはなかったが、人生は本当に突然何が起こるかわからないものだとその時痛切に思った。
でも、どうあれ自分の存在以上に価値のあるものなど、この世には存在しない。
そして私は、その時自分自身を最大限に肯定する状況を引き出した。
今日は、何かを、誰かを批判するわけに書いたわけではない。
もう完璧に終わったこと、過ぎ去ってしまったことだ。
ただ今日は、何故だかこのことを書く「必要性」を感じて書いた。
どこかに、これを読むことを必要としている人がいる、ということなのだろう。
でもご心配なく。
すぐに消します。
大切なのは、外側の出来事(状況)ではなくて、自分に起きる心的な(内的な)ことがら(状況)だ。
私は、その時とても大切な体験をさせてもらった。
私が何かを乗り越えた(完璧に変えた)、心的な体験に結びつく大切な出来事だった。
本当にありがたいことだ。
(既に終わってしまったことだから、今は言えています)
では。