新国立競技場のデザインを担当したびたびメディアに登場するザハ・ハディド氏。ザハ氏がどんな建築家なのかは意外と知られていないのではないかと思います。
ザハ・ハディッド(ザハ・ ハディド、ザハ・ハディードとも表記、Zaha Hadid、1950年10月31日 - 、アラビア語表記:زها حديد)は、イラク・バグダード出身、イギリス在住の女性建築家。現代建築における脱構築主義を代表する建築家の一人。( ザハ・ハディッド - Wikipedia )
公式サイト
2500億円をデザインするアンビルトの女王とは?
アンビルト(unbuild)とは、構想や計画図の段階で建てらていない建築のこと。途中で頓挫したり、イメージだけを提案するデザイン画も含まれるようです。*1
ザハ氏は独立後、10年強ほど実作品をつくる機会には恵まれませんでした。この頃、数多くの計画案やデザイン画を発表しています。それでアンビルトの女王と呼ばれたようです。その後、インテリアではありますが札幌のムーンカフェを皮切りに実作品を世に送り出します。*2
現在、ザハ氏の完成建築は世界中にたくさんありますので、アンビルトの女王という呼び名も過去のものでしょう。
都民は建設費500億円を払うんですから、ザハ・ハディドという建築家をもっと良く知っておくべきではないでしょうか。
そこで代表的な作品をリストアップしてみました。実際に出来た完成作品から見ていきましょう。調べていくとザハ氏のデザイン世界にけっこうハマりました。
A.完成作品
完成した年代順に幾つかピックアップ。ザハ氏のデザインの変遷が見てとれます。
1.ヴィトラ消防ステーション / Vitra Fire Station(1993年)
最初に完成した建築作品です。実質上のデビュー作です。もともとは消防署として設計された建物です。現在は家具メーカーのヴィトラ社の展示スペースとなっているようです。
庇がカッコいいですね。でも建物から受ける印象は普通ですよね。少し角度を変えて見てみましょうか。
横から見た写真です。印象がガラっと変わりました。見る角度によってデザインがぜんぜん変わるんだなということが分かります。コンクリート打ち放しの外観のせいなのかわりと受け入れやすいデザインじゃないでしょうか。
さらにに裏側にあたる面を見て見ましょう。
壁が斜めになったり、建築の要素がバラバラで非調和を表現しています。これが脱構築主義の建築家と呼ばれる理由です。
ここで脱構築主義をふり返ってみましょう。
建築における脱構築主義(Deconstructivism、Deconstruction、デコンストラクティビズム、デコンストラクション)とは、ポストモダン建築の一派であり、1980年代後半以降、2000年代に至るまで世界の建築界を席巻している。出典元:脱構築主義建築 - Wikipedia
いわゆるデコン建築のことですが、
外観は、伝統的な建築様式ともモダニズム建築の箱型とも違う、アンバランスで予測不可能かつ刺激的なもので、ひねられたりずらされたり傾けられたりと、コントロールされた混沌とでもいうべき様相を呈する。
ということです。垂直線、水平線だけでつくられる箱型建築ではないということですね。ファッションとしてのデコン建築ブームは終了していますので、この建築は古典的な感じさえします。
公式サイトの作品紹介
Vitra Fire Station - Architecture - Zaha Hadid Architects
2.BMWセンタービルディング/ BMW Central Building(2005年)
BMWの生産ラインもある工場ですね。ドイツのライプチヒにあります。
生産ラインとオフィス部分の融合がクールです。分離された用途を融合させることで、プログラム的にも脱構築してみたという感じでしょうか。建築的にはまだおとなしい印象です。
公式サイトの作品紹介
BMW Central Building - Architecture - Zaha Hadid Architects
3.オードラップゴー美術館 / Ordrupgaard(2005年)
デンマークにある美術館です。一体としてつくられたようなシームレスなデザインです。ザハ氏のデザインした部分は増築部分になります。
内部は北欧っぽいなごみのデザインです。奥に置いてあるフリッツ・ハンセンのチェアは脚が短くて日本ではあまり見たことがありません。いい感じです。
オードラップゴー美術館の案内
4.ノルドパーク・ケーブル駅 / Nordpark Railway Stations(2007年)
オーストリアのインスブルックにあるノルドパーク・ケーブルの駅です。ザハ氏は4駅デザインしています。面白いですね。色もきれいです。説明を読むと氷の形態にインスピレーションを得たとあります。新しい空間体験です。
氷の質感が表現されていて内部も面白いですね。ザハの現在のデザインに至る源流を感じさせるデザインです。個人的にはこの建築が一番気にいりました。
公式サイトの作品紹介
Nordpark Railway Stations - Architecture - Zaha Hadid Architects
5.国立21世紀美術館/ Museum of XXI Century(maxxi)(2009年)
ローマにある美術館です。デビュー作系統の外観デザインはかなり洗練されてきました。デコンデザインもピークを迎えつつあるような感じもします。
美術館の内部です。脱構築主義の内部空間なのでこれでいいのだとは思いますが、何となく乗りきれていない印象も感じてしまいます。
ザハ氏としても新しい空間体験というか次のステップに進みたいのかもしれません。
公式サイトの作品紹介
MAXXI: Museum of XXI Century Arts - Architecture - Zaha Hadid Architects
6.ロンドン・アクアティクス・センター/ London Aquatics Centre(2011年)
ロンドンオリンピックで使われた水泳競技会場ですね。遠景はロンドンの景観に馴染んでいるように見えます。曲面を多用するザハっぽいデザインになってきました。
近くに寄るとものすごい迫力です。新国立競技場の迫力が想像されます。
内部です。普通な感じです。葛西のプールもこんな感じだったのではないでしょうか。
公式サイトの作品紹介
London Aquatics Centre - Architecture - Zaha Hadid Architects
7.リバーサイド・ミュージアム/Glassgow Riverside Museum(2011年)
グラスゴーの工場のメタファーなのかのこぎり形状に具象性を感じさせるデザインとなっています。
内部はイギリスおたくが泣いて喜ぶような展示物が目白押しです。レトロデザインにはザハのデザインにも匹敵するパワーがあるようす。
公式サイトの作品紹介
Glasgow Riverside Museum of Transport - Architecture - Zaha Hadid Architects
8.ヘイダル・アリエフ・センター / The Heydar Aliyev Center(2012年)
アゼルバイジャンの首都バクーにある文化施設です。曲面を多用した凄いデザインです。こんなの見たことありません。ザハの代表作ではないでしょうか。内部はいったいどうなっているのでしょうか。
かっこいいですね。スター・ウォーズに出てきてもおかしくないぐらい洗練されてます。LEDだから曲面の照明もきれいにできるんですね。
公式サイトへの作品紹介
Heydar Aliyev Centre - Architecture - Zaha Hadid Architects
9.東大門デザインプラザ / Dongdaemun Design Plaza(DDP)(2013年)
これはソウルで実際に見ました。ザハの最新デザインという感じです。新国立競技場もこの系統になるのでしょうか。ヘイダル・アリフエフ・センターとかこのDDPのつるっとしたデザインに対して、新国立競技場は2本のキールを残すということですので、武骨なデザインにならないかちょっと心配です。
昼間の全景です。夜景とはまた違った印象になります。物質感が強くなるんですね。
ハフィントンポストの記事には本人の説明があります。記事内容は否定的な内容になっていますが、肯定的に捉える人もいます。韓国版のタイトルは「星から来た曲線の異邦人、地球人とうまく付き合えるか」。隣国がどうザハのデザインをどう受けとめたのかも重要な視点だと思いました。
新国立競技場の設計者、ザハ・ハディド氏が韓国に造った建物もすごい
10.ウイーン経済大学ラーニングセンター / Library and Learning Centre University of Economics Vienna(2013年)
ウイーン経済大学(WU)のラーニングセンターです。壁が傾いているだけでなく、さらに建物頂部に大空間の重しまで乗って不安定感に拍車をかけています。
内部が凄いです。スター・トレックで描かれたようなSF空間もすでに現実になりました。
公式サイトの作品紹介
Library and Learning Centre University of Economics Vienna - Architecture - Zaha Hadid Architects
11.ジョッキー・クラブ・イノベーション・タワー/ Jockey Club Innovation Tower(2014年)
出典:http://www.zaha-hadid.com/architecture/jockey-club-innovation-tower/
香港理工大学のデザイン系の施設です。すごいデザイン密度です。ビクトリア・ピークのコンペで勝利したのがキャリアのスタートですから香港は特に思い入れの強い土地かもしれません。コンペ案のドローイング・イメージを彷彿とさせます。
出典:http://www.zaha-hadid.com/architecture/jockey-club-innovation-tower/
内部もかなり洗練された脱構築デザインです。
出典:http://www.zaha-hadid.com/architecture/jockey-club-innovation-tower/
これはザハ氏の公式サイトに掲載されている写真です。学生がコンピューターでデザインしている風景ではなく、手作業の風景の写真をアップしています。ザハ氏の建築デザインはコンピューターによる設計が可能にしたようなところもありますが、イマジネーションとこうした手作業が大事だということでしょうか。
公式サイトの作品紹介
Jockey Club Innovation Tower - Architecture - Zaha Hadid Architects
B.アンビルト・未完成作品
ザハ氏はアンビルトのデザイン画がかっこいいんですね。未完成作品も含めています。
12.The Peak Leisure Club(1983年)
出典元:http://www.zaha-hadid.com/architecture/the-peak-leisure-club/
1983年にザハ氏はビクトリア・ピーク山頂に建つクラブハウスのコンペで優勝します。この提案で一躍有名になるわけです。いわゆる香港の百万ドルの夜景が見れる場所です。
出典元:http://www.zaha-hadid.com/architecture/the-peak-leisure-club/
提案がそのままグラフィカルなアート作品になってるわけですね。諸事情により建てられることはありませんでした。この作品以後、長いアンビルトの時代に入っていきます。
公式サイトの作品紹介
The Peak Leisure Club - Architecture - Zaha Hadid Architects
13.新国立競技場(2019年)
出典:https://www.jpnsport.go.jp/newstadium/Portals/0/NNSJ/first.html
新国立競技場のコンペ当選案です。ザハ氏のデザインの変遷だけを見て、このデザインを見ると素直にカッコいいと思えるから不思議です。
一方では、建築は歴史や都市の文脈のある具体的な敷地に建てられるということを考える必要があると思います。コストや技術の問題もありますが、このデザインやスケールが具体的な場所に建てられるということの是非が問題ではないかと思います。
しかし、旧国立競技場はすでに解体されてしまいましたので、よりよいものをつくるという選択肢しかなくなりました。
出典:http://www.jpnsport.go.jp/newstadium/Default.aspx
コストオーバーによる修正案です。よく言われているようにデザインとしては後退した感があります。別物のようです。
この修正案を見る限り、ザハ氏はデザイン監修という立場でも100%の力を出しているか判断できないものがあります。
日本の建築家が今後どの程度関わるか不明ですが、力を合わせてよりよいものをつくって欲しいものです。実際にどんなデザインになっていくのかも今後細かく発表されることが期待されます。
公式サイト
トップページ | 新国立競技場 | JAPAN SPORT COUNCIL
14. 北京新空港 / Beijing New Airport Terminal Building(2019年)
出典元:http://www.zaha-hadid.com/architecture/beijing-new-airport-terminal-building/
新国立競技場と同時期に完成する北京新空港のデザインです。
出典元:http://www.zaha-hadid.com/architecture/beijing-new-airport-terminal-building/
これはちゃんと出来れば名建築になる予感がありますね。
出典元:http://www.zaha-hadid.com/architecture/beijing-new-airport-terminal-building/
ちょっと大きすぎるのではないかということも心配されているようです。
公式サイトの作品紹介
Beijing New Airport Terminal Building - Architecture - Zaha Hadid Architects
15.アル・ワクラ・スタジアム / Al Wakrah Stadium (2022)
出典:http://www.zaha-hadid.com/architecture/al-wakrah-stadium/
2022年のFIFAワールドカップで使用されるスタジアムのデザインです。カタールに建ちます。抽象性が増してさらに斬新なデザインとなっています。女性自身?に似ているということで話題になっていましたが、実際にはカタールの伝統的な漁船をモチーフにしたようです。
出典:http://www.zaha-hadid.com/architecture/al-wakrah-stadium/
構造的にはキール構造のようです。屋根にある大きな骨組が新国立競技場で一本300億円とか言われているキールです。かろやか系統のデザインにはならないようです。
公式サイトの作品紹介
Al Wakrah Stadium - Architecture - Zaha Hadid Architects
16.アブダビ・パフォーミング・センター / Abu Dhabi Performing Arts Centre (開館年未発表)
出典:http://www.zaha-hadid.com/architecture/abu-dhabi-performing-arts-centre/
アブダビのデザインはさらに進んでいます。
模型の写真です。アラブ首長国連邦の首都アブダビに出来る文化地区の模型ですね。ザハの建築の向こうに見えるクラゲのような形をした建物はルーブル・アブダビ美術館です。あのルーブルです。設計はジャン・ヌーベル。今年の12月に完成します。一番奥に見えるのはグッゲンハイム・アブダビです。あのグッゲンハイム美術館の別館です。設計はフランク・O・ゲーリー。2017年に完成します。アート好きには今後注目のスポットですね。
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出典:http://www.zaha-hadid.com/architecture/abu-dhabi-performing-arts-centre/
天井のガラスの形状が不定形なので不思議な印象です。新しい空間体験です。
公式サイトの作品紹介
Abu Dhabi Performing Arts Centre - Architecture - Zaha Hadid Architects
C.デザイン作品
ザハ氏は建築のほかテーブルウェアやアクセサリーも数多くデザインしています。
17.Celeste Necklace & Cuff(2008)
出典:http:// http://www.zaha-hadid.com/design/celeste-necklace-cuff/
これは女性アクセサリーのようですね。これは2008年のデザインですが、こういうモチーフがあとで建築デザインに使われているような感じもしました。
出典:http:// http://www.zaha-hadid.com/design/celeste-necklace-cuff/
実際に身につけた人です。つけごごちはどうなんでしょうか。
公式サイトの作品紹介
http:// http://www.zaha-hadid.com/design/celeste-necklace-cuff/
18. Aura - Villa Malcontenta(2009年)
出典元:http://www.zaha-hadid.com/design/aura-villa-malcontenta/
これはアート作品のようですね。ここでも同じモチーフが建築にもあらわれてきいることがわかります。古いフレスコ画の空間にふたつがともに引き立つような緊張感をつくりだしています。東大門デザインプラザや新国立競技場の場合もソウルや東京にこうした対比の効果を狙っていたのかもしれません。
公式サイトの作品紹介
Aura – Villa Malcontenta - Design - Zaha Hadid Architects
19.Liquid Glacial Table(2012)
出典:http://www.zaha-hadid.com/architecture/liquid-glacial-table/
これはものすごくきれいなテーブルですね。倉俣史朗のミスブランチもきれいですよね。倉俣史朗を超えることができるのかといった感じです。
公式サイトの作品紹介
Liquid Glacial Table - Architecture - Zaha Hadid Architects
20.Unique Circle Yachts(2013-)
出典元:http://www.zaha-hadid.com/design/unique-circle-yachts/
ヨットのデザインですね。新国立競技場の原案に似てますね。
出典元:http://www.zaha-hadid.com/design/unique-circle-yachts/
あらゆる部分がデザインされています。ゴージャスです。
公式サイトの作品紹介
Unique Circle Yachts - Design - Zaha Hadid Architects
誰が公共デザインの在り方を判断するのか
ザハ・ハディド氏のデザインの変遷を簡単に見ていきますと、単なる建築ではなく、芸術作品であるように思えました。新国立競技場のデザインをザハ氏に任せるにあたって、ある意味芸術作品を購入するんだという認識があったかどうかが気になりました。そうした理解なくして、ザハ氏のデザイン意図通りの建築デザインを実現するのは難しいでしょう。
ザハ・ハディド氏のデザインが斬新なのか奇抜なのか日本にまだ早いのか分かりません。しかし、新国立競技場のデザインプロセスがうまく機能しなかったことは事実ですので、今後は建設費を負担する市民ひとりひとりが公共デザインの在り方を考える時期に来てるのではないかと思いました。
ザハ・ハディド作品集
Zaha Hadid: Complete Works 1979-2013
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全作品を網羅している作品集です。英語です。
ザハ・ハディッドは語る (The Conversation Series)
- 作者: ハンス・ウルリッヒ・オブリスト,ザハ・ハディッド,瀧口範子
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ザハ氏のインタビューです。しかし、ドローイングや作品がなにより雄弁にザハ氏の考え方を語っているようです。
2014年展覧会のオフィシャル・ブックです。 展覧会の公式サイトには札幌のムーン・カフェの写真が掲載されています。
ザハ・ハディド[展覧会について]|東京オペラシティアートギャラリー
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