もっとも真実に近い文を書こう。とある教育メディアがシリコンバレーで生まれた話
上杉周作と申します。Twitterのアカウントは@chibicodeです。個人ブログはこちらです。このたびは実験的に、Mediumで教育に関するメディアを立ち上げてみることにしました。
ぼくは3年前から教育についての意見を不定期に書いていたのですが (参考1/参考2/参考3)、最近になって書きたいことが増えたのと、まわりに教育について考えている方が増えてきたので、そういう方々にも寄稿してもらえるようなメディアがあればいいのでは?と思い立ったのです。ぼくは教育とテクノロジーの交差点に興味があるので、メディアの名前はDigital Nativeにしました。適当です。
さて、初めが肝心と言いますが、一本目の記事を何にするかで迷いました。迷った結果、自分がいま働いている会社について書くことにしました。
前置き①: EdSurgeについて
ぼくは現在、シリコンバレーにある教育メディア企業・EdSurge社で働いています。2012年9月にデザイナー兼エンジニアとして入社し、いまはリードエンジニアとして新規事業チームで働いています。創業者を除くとぼくは社員4人目でしたが、現在EdSurgeは社員20人以上の会社に成長しています。
ぼくが言うと説得力が落ちますが、EdSurgeはエドテック(教育×テクノロジーの造語)分野のメディアとしてはアメリカでトップクラスの知名度を誇っています。
インディーズのような分野でトップクラスでも意味がありませんが、2015年の現在、エドテックはアメリカでは小さい分野ではありません。日本と比べ、学校現場でITやアプリ・ウェブサービスを導入する取り組みが進んでいるアメリカでは、エドテック企業の市場が確立されつつあります。
弊社の調査によると、アメリカ国内のエドテック企業によるベンチャー資金調達は、2014年だけで13.6億ドル (約1700億円) を超えました。日本の全ベンチャーの資金調達額を合わせても2014年で1154億円。アメリカのエドテックベンチャーが集めた額の3分の2です。エドテック企業は、日本国内ではまだまだ少数派であることを考えれば、日米の差は大きいかもしれません。
さて、エドテックのメディアであるEdSurgeの目的は、この大きな市場を第三者目線で監視しつつ、市場の拡大に貢献して利益を得ることです。
前置き②: EdSurgeの事業内容
この2年半、日本からシリコンバレーを訪ねられる方と会うたびに、「EdSurgeって何をしている会社なのですか」と飽きるほど尋ねられたので、弊社の事業内容を簡潔に説明します。今しばらくご辛抱ください。
- ニュース: エドテックに関わる時事ネタやコラムを無料で配信しています。弊社の記者による記事と、ゲストライターの寄稿による記事があります。「TechCrunchの教育版」に近いかもしれません。そして創業以来いちども休まず、毎週無料メルマガを発行しています。またスポンサー付きのコンテンツもあり、そこで収益を上げています。
- エドテックのデータベース: エドテック企業が提供するアプリやサービスにまつわるデータを独自に集め、利用者向けに無料で公開しています。たとえばサービスの料金体系や、利用に必要なITインフラ、そして先生によるレビューを載せています。執筆時点で、1500以上のアプリやサービスが登録されています。「価格.comの教育版」に近いかもしれません。
- 求人などの広告: エドテック業界の求人情報や、イベントなどの情報を載せていて、それぞれ掲載費を請求しています。
- 市場調査報告書: エドテック市場について弊社のアナリストが調べた結果を、有料のレポートとして投資家や他の調査機関などに向けて販売しています。
- カンファレンス: およそ月に一度のペースで、アメリカ中の地方都市圏でカンファレンスを開いています。カンファレンスには、エドテックに興味がある地域の先生数百人と、エドテック企業数十社を招待し、お互いに意見交換をしてもらいます。先生からは参加費を取らず、企業側から参加費を、そしてスポンサー様からスポンサー代を頂いています。カンファレンスの雰囲気は、以下のビデオを見れば分かるかと思います (2分30秒)。
EdSurgeはこれら以外にもう一つ、会社の命運をかけた新規事業を開発していて、ぼくはそのチームでエンジニアをしています。この事業について書くと長くなるので、英語が読める方はこちらとこちらを読んでみてください。べつに読まなくても大丈夫です。
また、スポンサー付きコンテンツ・求人・市場調査・カンファレンスはジャーナリズム的にどうなのかという疑問を抱く方もいますが、社内のマネタイズ部門とジャーナリズム部門は独立していて、利害の対立が起きない運営手法をとっています。詳しくはこちらをご覧ください。
本題: 社長・ベッツィーのスピーチ
1年ほど前に新入社員が何人か入社したとき、社長のベッツィーがEdSurge設立に至るまでの経緯と、今後のビジョンを語ったスピーチを全社ミーティングで行いました。
そのスピーチがあまりにも見事だったので、ぼくはすぐさまiPhoneで録音をし、「これ、あとで文字起こしして、日本語に訳してぼくのブログに載せてもいいか」と聞いたところ、彼女は快く了承してくれました。
ただ、かなり長いスピーチだったので、1年以上も手がつけられませんでした。しかしながら、EdSurgeというメディアが生まれた話を、Digital Nativeというメディアの最初の記事にするのは洒落てるかなと思い、必死こいて翻訳を終えました。(ちなみにぼくは昨年「ビジネス・イン・ジャパン」という、一万単語以上ある名記事を翻訳しました)
ちなみにベッツィーは、ジャーナリスト歴が今年で30年になるベテラン記者で、EdSurge設立以前はフォーブス誌でExecutive Editor (編集主幹)をされていました。また、大学生と高校生の息子さんがいます。ほんとうに素晴らしい方で、ぼくもおよそ3年前、彼女の人間的魅力に惹かれてEdSurgeに入社したようなものです。
それでは、彼女が全社ミーティングで行ったスピーチをご一読ください。合計10パートあります。
①「もっとも真実に近い文を書こう」
わたしはもう30年ちかく記者をやっているけれど、いつも頭の片隅においているのは小説家・アーネスト・ヘミングウェイが残した言葉です。筆が進まないとき、かれはパリの自宅の屋根に登って、自分にこう言い聞かせたそうです。
All you have to do is write one true sentence, the truest sentence that you know.
「おまえが知る限り、もっとも真実に近い文を、ひとつだけでいいから書くんだ。」
もっとも真実に近い文を書く。わたしも、そんな記者でありたいと願い続けてやってきました。人々が力をもち、変化を起こし、世界がすこし良くなるとき、その裏にはかならず、真実を伝えた誰かの存在があると思うのです。
さて、みなさんはわたしが職場を転々としたのち、フォーブス誌で長年働いたのをご存知だと思います。いろいろなことをやらせてもらったし、お給料も驚くほどの額を貰っていました。しかし、いつしかわたしの仕事はジャーナリズムとはかけ離れたものになっていました。真実を伝えるよりも、ページビュー数を稼げるからといって、スティーブ・ジョブズの肝臓にまつわる噂話などを書かされていたのです。
フォーブスに入って11年が経とうとしたころ、わたしは会社を去りました。辞めるのは怖かった。なにせ当時(2009年)は大不況のまっただ中でしたから。わたしの夫も記者だったのですが、わが家はお金に余裕があるとは決して言えませんでした。他の家庭と同じように、なんとか家計をやりくりしていたのです。
いっぽうで、人生は短いし、世のために何かしたいという気持ちもありました。記者時代、成功者を取材するたびに「夢中になれることを見つけるのが大事だ」という言葉を聞いていたものですが、わたしもいざ仕事をやめてやっと、「自分が夢中になれることは何だろう?」と考えてみたのです。
答えは簡単でした。わたしが仕事以外のすべての時間を費やしたこと、すなわち子育てと、そして世の中について学ぶことでした。
記者は学習者です。記者という仕事の本質は、なにかを学び、それを噛み砕いて、世界に発信することにあります。そんなわたしが学習対象として面白いなと感じたのは、わたしの子供が通っていた学校のITインフラでした。
②「だから、テクノロジーを授業で使うつもりはない」
わたしはフォーブスでテクノロジー部門の担当だったのですが、ここから5キロほど離れたところにある、息子が当時通っていた小学校では、テクノロジーの進歩とはまったく縁がないように感じたのです。
これは何かがおかしいと思いました。なぜ学校がテクノロジーを使いこなせていないのかは知る由もありませんでしたが、同時に、学校にテクノロジーの波が押し寄せるのも時間の問題だと思ったのです。
会社を辞めたあと、わたしは一年間、地域の学校でテクノロジースタッフとしてボランティアをすることにしました。年収は6ケタ(訳註: 日本だと4ケタ万円)からゼロになり、机の下にもぐってパソコンの電源プラグを抜き差しする日々がやってきたのです。
350人ほどの生徒がいる小さな学校でしたが、学校のパソコンすべてを見渡すと合計6つの異なるOSが使われていて、つねに不具合の対応に追われていました。また、学区全体では生徒が5千人以上いたのですが、IT担当者は3、4人しかいませんでした。だから助けを求めても「忙しいから無理」と突っぱねられてしまうのです。
先生がテクノロジーを授業に活かそうとしても、はじめはそれを使いこなせなかったりで、うまくいきません。すると、良い先生であればあるほど、テクノロジーを使うのを早々に諦めるのです。生徒は待ってくれないからです。先生が授業中、パソコンやタブレットと格闘しているあいだに、生徒は気が散ってしまいます。
わたしの学校の先生はみな、「テクノロジーで授業を良くしたいけれど、どうすれば良くなるか分からないし、分からないまま使うと逆効果。だから、テクノロジーを授業で使うつもりはない」と仰っていました。
③「どうやったらこれが授業の役に立つのか、一緒に考えてみませんか?」
1年間学校で働いて、先生とはどういう人たちなのかを学びました。
「学校のパソコンがどうしても使いこなせず、IT担当者に手取り足取り教えてもらうたびに、バカにされている気分になるんです。」
とある5年生の先生の言葉でした。かれはとても素敵な先生なのですが、そう思う気持ちも分かります。
わたしは昔Scientific Americanで、高度で専門的な科学の記事を書いていました。かりに、次のような冒頭の記事を読んだとしたら、あなたはどう感じるか思い浮かべてみてください。
「この記事は量子力学についてですが、たぶん読者のあなたは量子力学の基礎すらご存知でないのでしょうね。それでは本題に入れないので、基礎から説明してさしあげましょう。」
たしかに、世の中のほとんどの人は量子力学について何も知らないのでしょうが、このような上から目線では読む気が失せるはずです。なのでわたしはScientific Americanで記事を書くとき、次のような語調で書くよう心がけていました。
「この記事を読もうとしたあなたはたぶん、知的好奇心にあふれている素敵な方なのでしょう。量子力学のことを知ろうとしてくださり、とても嬉しいです。」
テクノロジーが分からない先生と話すときも、できるだけ同じように接しました。
「少しでもテクノロジーのことを理解しようとしてくださり、ほんとうに感謝しています。どうやったらこれが授業の役に立つのか、一緒に考えてみませんか?」
そう歩み寄れば、話を聞いてもらえるものです。
たいへんでしたが、やってよかったと思うこともありました。パソコン音痴のとある先生が、初めて授業でテクノロジーを使ったとき、それはもう生徒に大人気で、三者面談では親御さんからも感謝感激雨あられだったそうです。彼女はその後わたしに「オーマイゴッド、最高!」と言ってくれました。
テクノロジーが学校に浸透していないのは、先生のせいではないのです。テクノロジーの捉えられ方・語られ方・使われ方が、教育業界では成熟していないだけなのです。
④「ある意味、ペンが切磋琢磨を産むのです」
学校のボランティア活動からはいろんなことを学びましたが、「わたしだからこそできること」はなかなか見つかりませんでした。そんな2010年の夏の日に、わたしはとある夕食会に誘われたのです。Hacking Educationという、サンフランシスコで行われている夕食会で、わたしがフォーブス時代にインタビューしたことのある起業家が主催していました。
かれはどちらかというと、鳴かず飛ばずの起業家でした。シリコンバレーの多くの起業家のように、実績よりも自分を大きく見せるのが得意なタイプ。そんな彼が主催した夕食会に、初回は15人、二回めは30人、そして三回めは70人ほどが出席したのですが、わたしはその三回めの夕食会に呼ばれたのです。
会場は小さな飲み屋だったのですが、人が多すぎてバーまでたどり着けません。ドリンクをあきらめて腰掛けると、たまたま隣にいた男性に声をかけられました。
わたしは教育について無知も同然だったので、その場しのぎに上の息子がハマっているダンジョンズ&ドラゴンズの話をしたら、男性もダンジョンズ&ドラゴンズが大好きだとわかり、会話は大いに盛り上がりました。わたしも高校生のころにダンジョンズ&ドラゴンズをやっていたのですが、彼は「せっかくの機会なので、もう一度遊び方を学んでみて、息子さんとプレイしてみたら?」と言ってくれました。
彼と別れたあと、主催者である鳴かず飛ばずの起業家・ジョンとも話す機会がありました。たしか、こんなことをジョンに言ったと思います。
「ジョン。この夕食会で起こってる現象を、わたしは記者時代に何度も見たことがあります。
業界が新しく生ま変わるとき、まず最初に、この夕食会のようなことが起こります。その業界についてはド素人だけど、他の分野では優秀とされる人たちが集まり、その業界がどう変わるべきかを語り合うのです。しかもただ業界の不満を言うだけではなく、実際に行動に移す人も現れます。
第二に、鳴かず飛ばずのうさんくさい投資家が、あたらしい取り組みをどこからか嗅ぎつけ、『出資したい』と持ちかけてきます。
そして第三に、これまた鳴かず飛ばずの記者が寄ってきて、あたらしい取り組みや、まだ小規模な投資の動向について記事を書くのです。
わたしは、赤ん坊のように小さな分野が立派な業界に成長するために、この記者の存在は欠かせないと思っています。記者がペンを執ることにより、あたらしいことに取り組んでる人たちが、似たような取り組みを行っている人たちを知ることができるからです。
その記者の記事を読む人は、『なるほど、こいつはこういうことをやってるのか』『うーむ、こいつも似たようなことをやってる』『じゃあ、わたしでも同じことができるかもしれない』『いや、ぼくはこいつらがやっていないことをしよう』と考えだします。ある意味、ペンが切磋琢磨を産むのです。
わたしも記者をやっていました。もしかしたら、わたしも教育分野で同じことができるかもしれない。」
わたしが長々とまくしたてたあと、ジョンはすこし考えて、
「じゃあ、ぼくの友人のマットと話してみたらどうだい。彼もきみと似たようなことを言ってたよ。」
と言って、マットを紹介してくれました。
⑤「教育とテクノロジーで何かしようって話をしてるんだけど、あなたも一緒にどう?」
マットも同じ夕食会に参加していたのですが、そのとき彼はすでに帰宅していたので、後日ふたりで会うことになりました。マットは大学を卒業したあと、3年間中学校の講師を務め、その後4年ほどシリコンバレーのメディア企業を渡り歩き、メディア運営を手伝いながら教育のライターもしていました。
マットとは、お互い驚くほど意気投合しました。「著名メディアや著名ブログは、テクノロジーによる学校の変化については記事を書けないはず。あたらしい取り組みの数はまだ少なすぎるから、そんなものを書いていたら、かれらにとって何よりも大切なページビュー数が増えない。だからわたしたちみたいに、ページビュー数を気にせず、とにかくこの業界のことを知りたい、という人しか書けないよね。」と、こんな具合に彼とは話が弾みました。
別れ際に、マットは「ぼくが仕事を請け負っているInigralという会社で、プロダクトの責任者をやっているニック・パントってやつも、きみと話が会うと思うよ」と告げました。ニック・パント。どこかで聞いたことがあると思ったら、あの夕食会でダンジョンズ&ドラゴンズの話をした男性でした。名刺をもらっていたので、すぐさま彼に電話をしました。
— ニックさん久しぶり! こないだの夕食会でダンジョンズ&ドラゴンズの話をしたベッツィーです。いま、あなたの会社の知り合いのマットと話してて、教育とテクノロジーで何かしようって話をしてるんだけど、あなたも一緒にどう?
— もちろん! ぜひ手伝わせてほしい。
— あ、でもあなたは仕事があるのよね。
— うん、仕事はしてるよ。
— でもわたしたちを手伝いたいの?
— うん、手伝いたい。
ニックも教育とテクノロジーに興味があり、当時彼はInigralという、アメリカの大学に校内用のSNSを販売する会社で働いていました。デザイナーのニックは情報を整理するのが好きで、次々と生まれる教育向けアプリやサービスの「まとめサイト」を作りたいと思っていました。
そしてニックはさらに、彼の元同僚のオーガスティンを紹介してくれました。オーガスティンはエンジニアをしていた前職を辞めてヨーロッパで長期休暇をとり、アメリカに戻ってきたばかりでした。ニックと会うことにとなったとき、同じく教育に興味があったオーガスティンも一緒に来てくれたのです。
⑥「あなたが知るべきことだけを書きます。それ以外のことは一切書きません」
気づいたら、わたしはマット・ニック・オーガスティンと4人でカフェに座っていました。彼らのことをほとんど知らないまま、一緒に起業しようと決めてしまったのです。旦那との結婚を決めたときよりも自分の直感に従ったかもしれません。いま思うと、この4人ではじめるのを決めたのは間違ってなかったと確信できるのですが、当時は冷や汗ものでした。
われわれ4人は、最初はメールマガジンからはじめようと決めました。これはメディア運営の経験があるマットの考えでした 。ブログの世界では、たくさんの記事を書いたメディアが勝ちます。ページビュー至上主義に走ると、質より量を重視しがちです。
わたしがワシントン・ポスト紙で記者をやっていたとき、「何を書くか」よりも「何を書かないか」が大事だと気づきました。大手新聞社には膨大な量の情報が舞い込んできます。そのなかには真実の物語と、虚偽の物語が混ざっていて、どれを選ぶかが記者の腕の見せどころというわけです。
記事を大量に書かないと埋もれてしまうブログメディアと違い、メルマガはこの取捨選択がやりやすい。「あなたが知るべきことだけを書きます。それ以外のことは一切書きません」という方針が読者にも歓迎されるのです。
肝心のメルマガの内容はというと、購読者が毎週の配信を読み終わったあとに「わたしも行動しよう」と思えるようなものにしました。「わたしも行動しよう」の連続こそが、教育とテクノロジー業界の発展につながると考えたからです。新しい取り組みを紹介するのはもちろん、教育とテクノロジーをまたぐイベントや求人をメルマガで紹介しました。
もちろん、はじめは「求人を載せてほしい」と依頼してくる人はいなかったので、わたしが求職者になったつもりで、人力で求人情報を探しました。グーグルやアップルなど、教育事業にも力を入れている大企業のサイトや、教育以外の職も載っている大手求人サイトを片っ端からあさり、メルマガにコピペしていました。
そして2011年の2月16日に、めでたくメルマガ第一号を発行し、同時に会社も設立しました。4人で決めた会社の名前は「EdSurge」になりました。
(訳註: EdSurgeの名前の由来は「教育 (Education)」と「急増・殺到 (Surge)」です。また、Surgeには「電圧・電流の急増」という意味もあり、教育にテクノロジー(電気機器)の波が押し寄せてほしい、という思いもこめられています。)
⑦「情報が全くないのなら、値段が安いものしか買わないぞ」
EdSurgeを起業したあと、わたしは生まれてはじめて大規模なエドテック(訳註: 教育×テクノロジーの造語)のイベントに行きました。ワシントンDCで行われたこのイベントの目玉は、教育向けのアプリやサービスを作っている起業家によるプレゼンコンテストでした。観客席には投資家と、テクノロジーに興味がある地域の先生方がいました。
そこで驚いたのは、起業家と先生方の温度差でした。起業家に「イベントについてどう思いましたか?」と聞くと、だいたい「まあまあかな、会いたい人にも会えたし」という答えが返ってきました。しかし先生方に同じ質問をすると、みな「最悪のイベントだった」と声を荒立てるのです。
どうしてか聞いてみたところ、一人の先生は「起業家たちが使う用語がまったく分からないし、かれらは投資家やほかの起業家と話すばかりで、使い手であるわたしたちと話そうとはしなかったからです。それに、わたしの授業で役に立たそうなアプリやサービスはひとつもありませんでした。テクノロジーに失望しました。」と仰っていました。
記者として30年やってきましたが、製品やサービスを「提供する側」と「受け取る側」で、ここまで深い溝を見たのはエドテック業界が初めてでした。
このことを知ったとき、わたしが経済について書いていたころに記事にした、カリフォルニア大学のジョージ・アカロフ教授の研究を思い出したのです。ノーベル経済学賞を受賞した彼は、「レモンの市場」と題された論文で有名になりました。
(Wikipediaより: 「レモン」とは、アメリカの俗語で「質の悪い中古車」を意味しており、中古車のように実際に購入してみなければ、真の品質を知ることができない財が取引されている市場を、レモン市場と呼ぶ。)
アカロフ教授の研究課題は、「かりにあなたが馬の調教師で、だれかがあなたに『この馬を買いませんか、ただしこの馬に関する情報は一切教えません』と話を持ちかけたとする。調教師は、いくらなら馬を買うべきか?また、市場全体がこのように機能していたら、市場は長期的にどうなるのか?」というものでした。
彼の研究によると、このように情報の非対称性がある市場では、良いものを売る人は市場から撤退してしまうそうです。なぜなら、買い手は商品についての情報があまりにも足りないとき、「どうせ安かろう悪かろう」と考えます。すると、買い手に「情報が全くないのなら、値段が安いものしか買わないぞ」という心理が働きます。その低い値段で良いものを売ったら元がとれないので、良いものを売る人はいなくなります。結果、低品質のものばかりが市場にあふれるのです。
エドテックでもまったく同じことが起きているとわたしは確信しました。教育向けのアプリやサービスをつくる起業家と、それを使う先生側とのあいだに、明らかな情報格差があるのです。テクノロジーに詳しくない先生側は、「どうせ授業で使い物にならない可能性が高いのであれば、タダのアプリやサービスしか使わないぞ」と考えます。しかしそれでは起業家も儲からず、だれも教育向けに良質なアプリやサービスを作ろうとは思いません。
(訳註: 無料でも成功しているアプリやサービスは、Facebookなど一般消費者向けに多いですが、それはユーザーの個人情報をもとにした広告収入があるからです。教育においては、生徒の個人情報はいわゆる「聖域」ですので、それをもとにした広告収入は見込めません。それゆえ、学校向けのアプリやサービスはどうしても有料化し、学校や行政区にライセンスを買ってもらうビジネスモデルが不可欠です。)
⑧「エドテック市場をペンの力でなんとかしなければ」
この発見は、EdSurgeのミッションの一部になりました。エドテックで新しい取り組みをしている人たちをつなげるのも大事ですが、新しい取り組みがどのように先生の役に立つのかを、わかりやすく伝えていかなければと思ったのです。このアプリやサービスは何の役に立つのか、いつ役に立つのか、なぜ役に立つのか、反対に何の役にも立たないのか。これらを第三者目線で発信しなければなりません。
わたしはさらに同じイベントで、オークランド学区 (サンフランシスコ近郊の都市) のITを統括している男性とも話をしました。彼によると、オークランド学区は彼が就任するずっと前に、1千万ドル (約10億円) を投じてIBMのソフトウェアを購入していたそうです。しかし、そのソフトウェアが現場で使われることはありませんでした。ソフトウェア自体は、大企業向けには役に立つものでしたが、学校内の環境では使い道がなかったそうです。その1千万ドルは水の泡になりました。
それだけのお金があれば、どれだけの先生を雇い、学校の設備を良くできたことか。
彼の話を聞き、テクノロジーの記者として、納税者として、そして何より二児の母としてやるせない気持ちになりました。使い物にならないテクノロジーのみが学校に届いてしまう。あらかじめそう仕組まれている市場が許せませんでした。わたしが納めた税金が、誰の役にも立たずドブに捨てられているのも許せませんでした。
この日以来、わたしの頭のなかは「エドテックについて書いたら面白いかも」から「エドテック市場をペンの力でなんとかしなければ」に変わりました。
ここ20年を振り返ると、テクノロジーは、教育以外のほとんどの分野を変えてきました。たとえばオフィスワークだけを見れば、20年前はオフィスワークは「朝9時から夕方5時まで」「会社で」やるものでした。しかし今は、コストコからでも、デトロイトのカフェからでも、家のリビングでもオフィスワークができます。テクノロジーによって、仕事とプライベートの垣根が無くなったのです。
では教育ではどうでしょう? いまだに学習は「朝8時から昼3時まで」「学校で」やるものという考えが一般的です。これは時代遅れだと思います。
(訳註: アメリカの学校にも宿題はありますし、テスト勉強はありますが、これらはあくまで「復習」であるから、ベッツィーは従来の学習を「朝8時から昼3時まで」「学校で」やるものと表現したのだと思います。)
みなさんの子供世代が、いま以上に情報が溢れかえる社会を生き抜くにはどうすればいいか。答えは、学校の中だろうが外だろうが、夕方だろうが夜だろうが、テクノロジーを駆使して常になにかを学べる環境を与えてあげること、そして情報の取捨選択を練習する機会を与えてあげることだと思います。
EdSurgeは「学ぶ人」の味方でありたい。生徒も「学ぶ人」であれば、先生も「学ぶ人」です。そして学びの質をあげるには、学びに使うツールを知る必要があります。
いままでは紙とエンピツで学ぶことが殆どでしたが、これからはアプリやサービスで学ぶことのほうが多くなります。そのときに、どのアプリを使えばいいか、どのサービスをどう使えばいいか知らないと、効率的に学べません。
この部分をもしEdSurgeが助けることができれば、それを通じて大勢の「学ぶ人」に力を与えられれば、その「学ぶ人」たちの頑張りによって、世界が良くなると思うのです。
⑨「貧困層の子がソフトウェア会社に騙された」
「学ぶ人」の味方でいるためには、時には批判も必要です。はじめにも言いましたが、もっとも真実に近い文を書くのがわれわれの仕事です。真実を言うのが難しいときこそ、真実を言わないといけません。まったく役に立たないアプリやサービスであれば批判するし、生徒や先生のためにならない運営を行う学校や団体も批判します。業界が前に進むためには、誰かがそう言わなければいけないのです。
ただ、もし批判をするのであれば、EdSurgeは生産的な批判をします。
つい最近、われわれはロサンゼルスにある実験的な学校、Hybridハイスクールに関する記事を書きました。南カリフォルニア大学の傘下にあるこの実験校は1年半前に発足し、おもに貧困層の子を受け入れ、授業時間の9割をとある会社が作ったソフトウェア教材で教えることにし、テクノロジーの力で学力格差を解決しようとしました。しかし結果は散々で、ほとんどの生徒は1年後、入学前よりも学力が下がったのです。
わたしたちはここでペンを置き、「貧困層の子がソフトウェア会社に騙された」という物語にすることもできました。しかし、学校や先生に話を聞き続けたところ、「その後」の話が明らかになりました。
2年めに入ったHybridハイスクールはシカゴ学区のエドテックの専門家・オリバー・シーキャット氏を招き、彼の助言のもとに改革が進みました。先生が運転手に座り、ソフトウェアが助手席に座る、1年めとは真逆の授業モデルを構築しました。
また、1年めはソフトウェア教材を学校側が購入していましたが、2年めでは先生ひとりひとりに3千ドルの財源を与え、ソフトウェア教材を自由に選べるようにしました。
上記のように、先生を中心に据えた教育改革が功を奏し、Hybridハイスクールに通う貧困層の生徒は、2年めに大きく成績をアップさせます。半数の生徒は、他の学校に通う中間層の子どもと同じ成績を取れるまでになりました。
・・・と、最終的にはこういう物語をEdSurgeは伝えたのです。間違いを間違いと言うのと同じくらい、正しいことを正しいというのも大事です。
⑩「テクノロジーが分かるギークはクールだ」
締めくくりに、わたしが80年台後半にニューヨークで新米記者をやっていたときの話をします。ブルックリンのパーティーで出会った男性との会話を、わたしは今でも覚えているのですが、こんな内容でした。
— 君は何をしてるの?
— 記者をしています。
— いいですね。何について書いているの?
— テクノロジーについてです。
そう言ったとたん、彼は嫌な顔をしてどこかに行ってしまいました。テクノロジーは当時、ぜんぜんクールじゃなかったのです。
エンジニアが我が世の春を謳歌している今のシリコンバレーからは想像がつかないかもしれませんが、ひと昔前は「ギーク」とか「エンジニア」はネガティブな言葉でした。「ギーク」とは、短すぎる短パンを履き、ヨレヨレのシャツを着て、瓶底メガネをかけ、コミュ障であるという意味でした。今と違い、「ギーク」にポジティブな意味はありませんでした。
しかし90年台に入ると、テクノロジーがわれわれの人生を変えた以上に、われわれがテクノロジーに対して抱くイメージが変わりました。Wiredという雑誌が93年に創刊され、「テクノロジーが分かるギークはクールだ」というメッセージを送りました。それ以来、テクノロジーの「クールさ」は年々上昇しています。
わたしは、テクノロジーがクールになったのと同じように、学ぶこともクールになる世界を、いつも夢見ています。「先生はつまらない人たち」だとか、「勉強は嫌々やるもの」だというのは古い考え方です。
学ぶことは、人類が最も人類らしく生きる手段です。学ぶことは、与えられた人生を最も充実させる秘訣です。
みなさんの子供世代が大人になるころには、学ぶことは今よりもっとクールになっていると思います。そしてEdSurgeが、そんな世の中の立役者になれればいいなと思っています。
ありがとうございました。そして新入社員のみなさん、ようこそEdSurgeへ!
読んでくださり、ありがとうございます
あとから聞いた話ですが、ベッツィーさんは殆どアドリブでこのスピーチをしたそうです。ぼくもいつか起業することがあれば、これくらいのストーリーとビジョンをアドリブで語れなきゃなあ、と思いました。
そして後日談ですが、創業メンバーのマットとニックはその後EdSurgeの非常勤相談役になり、現在の経営陣には別の男性が加わっています。
このメディア・Digital Nativeにはこれからちょくちょく教育の記事を書く予定ですので、よろしくお願いします。また、「自分も教育について何か寄稿したい」という方はshu@chibicode.comまで連絡願います。