ラディカル・ラブ クィア神学入門
『ラディカル・ラブ クィア神学入門』
神への忠誠心!
異性愛ではない在り方を、神は愛してくれている。そして、人間はその神の愛に応えなければならない。
先鋭的な神学者たちが、多様な人間界の愛の有り様を、主の示し給うたものとしてここまで論じるのだぁあぁ。読んでみないかい?
ラディカル・ラブとはジェンダーやセクシュアリティの事柄を含むあらゆる境界を消し去るほど極端な愛であると定義される。
神の啓示、あるいはカミングアウトは、神と人間との境界を消し去るという意味で、ラディカル・ラブの行為であると言える。それは、神が神と人間との隔たりを打ち破り、私たちに向かって手を伸ばしているということである。
結婚の定義は社会的に作り出されたものであり、常に変わり続けているものである。たとえば、聖書の時代には一夫多妻制が認められていたし、アメリカでは1967年に最高裁が違憲と判断するまで、異なる人種同士の結婚が禁止されていたのである。
三位一体は複数愛を支持する人々のモデルとなりうる。なぜなら三位一体は婚姻や同棲パートナーにおける二項対立的関係性を脱構築するものだからだ。
ニューキャッスル大学の神学者ローランド・ボアもまた、ヤハウェを人間との関係における性的な「攻め役」と考えた。ボアは、ヤハウェが人間とSMの関係にあると論じる。
ヴァージニア・モレンコットは、イエスはインターセックスだったのではないかと仮説を立てている。
もしイエスが本当に処女懐胎の結果生まれたのであれば、イエスの誕生は生物学者が呼ぶところの「単為生殖」であったことになる。だとすれば、イエスはX染色体を二つ持っていたことになり、つまりはイエスが染色体的には女性でありながら、表面的には男性であったことになる。
ケッセルは、イエスは男性であっただけではなく「女性でもあった」と述べ、それゆえに「完壁な人間」だったと結論づけているのである。異性愛主義的な神学では夫と妻の結婚の絆を「自然」なもの、あるいは神によって定められたものと考え、男女の相補性を強調する。しかし処女の母として、マリアはこの異性愛主義的な神学を脱構築していると言える。
神の愛の「クィア」な本質を感動的に示す『ラディカル・ラブ クィア神学入門』パトリック・S・チェン著 工藤万里江 訳/新教出版社 書評:富田正樹 pic.twitter.com/8MGsrJfsJv
— 教文館キリスト教書部 (@kyobun3f) 2015, 2月 12『ラディカル・ラブ クィア神学入門』
パトリック・チェン
新教出版社
ともあれ、すごい本です。
たぶん2015年拝読のベスト本にランクインすると思う。