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向う家(や)に かがやき入りぬ 石鹸(しゃぼん)玉 (芝 不器男) 不器男の持ち味であるモダンなファンタジスト的な資質がよく出た一句でしょう。子どもらが吹くシャボン玉がふうわりと飛んで向かいの家の塀を越えました。ただこれ、都会の情景ではありません。不器男が暮らした四国は南伊予の新緑の美しい山中の村でのこと。のどかな春たけなわの一日です。 「墨象の芸術家」篠田桃紅さんは、1913年のお生まれといいますから今年100歳を迎えられました。なお矍鑠として現役の作家活動を続けておいでです。「百の記念」と銘打っての特別展が、虎ノ門の智(とも)美術館で開催しています。今月の26日まで。篠田桃紅、気になる存在でした。「前衛書家」というより、「墨象のアーティスト」と呼ぶほうがふさわしいでしょう。1956年から58年にかけて滞在したニューヨークでは、当時の現代美術界を席捲した「抽象表現主義」の真っ只中で、バリバリの現代美術家に拮抗した鋭角的な作品を残しています。そんな初期から近作まで31点を観ることが出来ます。智美術館、初めて訪ねました。虎ノ門駅から歩いてきて、これは急勾配、胸突き八丁の江戸見坂を登りきると、ちょうどホテル・オークラの向かいにこの瀟洒でスタイリッシュな美術館の空間が待ち受けていました。ふーん、敷地内に建つ大正期の洋館もステキですね。 展覧会カタログをデジカメで接写します。上の3点、順に「Tenjo/天上」(2002年)、「Quest/問」(2000年)、「Golden Tablets/金言」(2011年)です。「天上」は墨と和紙が素材の超モダンな掛け軸、といったところですね。茶室に掛けても面白いでしょう。「問」にはふんだんに銀箔が使われてますが、銀箔は他の作品にもよく登場します。「金言」は、新古今和歌集の和歌4首を、桃紅流の手蹟で書いたもの。西行や定家の歌の他に、式子内親王の「桐の葉もふみわけがたくなりにけり かならず人をまつとなけれど」が選ばれています。この歌、ほかの作品にも使われてますね、お気に入りなのでしょう。新古今的な美意識が、ポストモダンな?様式感覚と見事に調和しています。これが98歳の作!! 続いてが最新作です。2012年に制作された「Water/水」と「Fire/炎」のペアになった2作。「水」では銀泥に金箔が使われています。作品が展示された地下の空間は、陰翳の支配するなかによく計算された照明が効果的な光を与えていて、これらの作品の生命をうまく引き出しています。 今回の展示のなかでは一番の力作でしょう、「CommemorationT&U/祝T&U」(1983年)と、こちらは落ち着いた「Rekishi/歴史」(2005年)の2点です。「祝」のほうは、今回の展示のキューレーションを担当する、桃紅さんの画商でもあるノーマン・トールマン氏夫妻の銀婚式を祝って作られたそうです。高さが2メートルほどの対になった大作ですね。これには惹きつけられていました。 篠田桃紅さん、出発時点の1956年のころから、スタイルは一貫している、と言えば言えるのでしょう。それが2013年の今日、とりわけ新しく感じられる、というのが不思議です。また創作エネルギーが百歳を迎えても衰えることがない、というのは驚嘆します。あやかりたいなあ(笑)。 映画の世界にも100歳を越えて現役監督といえば、ポルトガルのオリヴェイラ監督がいますが、こちらは「暗殺の森」や「ラストタンゴ・イン・パリ」などで若くして巨匠の仲間入りを果たし、その後も「1900年」や「ラストエンペラー」といった大作を産み続けながらも、この10年間は病気のために活動休止状態だったイタリアのベルナルド・ベルトルッチ監督72歳の新作、それを観てきました。シネスイッチ銀座で上映しています。邦題は「孤独な天使たち」、うーん、原題は「IO E TE」ですから、「ぼくときみ」というのでしょう、なんでこんな安手の感傷的な題にしたのかな。いや、それにはわけがあるようです。それに触れる前にまず、主演の少年俳優ヤコポ・オルモ・アンティノーリ(1997年生まれですから撮影当時は14歳)と、義姉役のテア・ファルコと、映画内のスティールを紹介しましょう。 ストーリーは、こうです。孤独癖の強い少年が学校のスキー合宿に参加すると母親を偽って、大きなアパートの地下室で一週間自由を満喫する計画が、偶然にそこに入り込んだ義姉、それでも写真を撮る現代アーテストと称する、グレた義姉に邪魔され翻弄されながらも、互いのこころを開いてゆく、という青春賛歌?です。ベルトルッチ監督といえば、ハリウッド女優のリブ・タイラーを主演させてイタリアはトスカーナで撮った「魅せられて」のような、瑞々しい青春映画も撮れるわけですから、こういうタッチのものもあり、でしょう。観終わってそれなりに気持ちのいい映画でした。まあ「名作」とまでは言えないでしょうが。 で、邦題の「孤独な天使たち」ですね、それは映画のなかに出るデヴィッド・ボウイが歌う大ヒットナンバー「スペース・オディティ」のイタリア語ヴァージョンが関係するのです。歌詞の内容は英語版の宇宙モノとはまったく違って、「ロンリーボーイ、ロンリーガール」とあるように、少年少女の孤独な心情を歌うもので、なかに天使も出てきます。この曲は、地下室で暮らすふたりが接近してダンスするシーンで用いられ、とても印象的。まるでこの映画のテーマソングのようです。ベルトルッチもインタビューに答えて、この曲がこの映画の主題に大きなインスピレーションを与えたと言っていますから、まあ仕方ないのかな(笑)。いや改めて、「スペース・オディティ」という楽曲が良くできた、素晴しいものであるのを認識した次第ですが。 さても主役を演じた14歳のヤコポ君もたいしたものでしたが、僕は義姉役のテア・ファルコという、現在27歳の女優にけっこう惹かれています。というのは、役と同じように、写真家でもある彼女は、作家としてすでに国際的な評価を得ていて、また映画でも紹介される彼女の写真作品というのが、実に魅力的なのですよ。映画では、金に困った彼女が、アート好きのボーイフレンドのオジサンに作品購入を持ちかけて買ってもらうことになるのですが、その作品画像が少年のコンピュータで示されます。それが実にいいので、映画を観ながら、「ああ、この写真家は誰だろう、エンドクレジットに気をつけないと」と思っていたくらいです。そして好運なことに、その画像は、テア・ファルコ自身のHPでちゃんと見ることが出来るのです。(劇場パンフレットに載っています。)こちらです。 http://teafalco.com どうぞご覧になってください。写真家にして女優、天は二物を与えましたね。 さて、いよいよ今週末から小樽文学館では瀧口修造展が始まります。僕も参加してきます。東京に戻るのは20日月曜です。また詳しくここで報告をしましょう。お別れの引用句は、「北へ帰って行ったピアニスト」グレン・グールドを論じて実に文学でした、この評伝からです。 「グールドはグールドを超えた存在でありたいと願ったのだろう。自分が作ったわけではないテクストに最良の表現を与えることが要請される演奏家とは別なものになりたかったのだ。彼は自分の父親にして母親であり、しかも自分から産み落とされた存在でありたいと願った。彼をピアニストのしかるべき流派のなかにおくことはできない。彼の後を継ぐピアニストもまたいない。」 (ミシェル・シュネデール 『グレン・グールド 孤独のアリア』(千葉文夫訳)) |
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智美術館は立地、たたずまいからしてお洒落ですよね。以前陶器の展覧会で行ったときも壁に篠田桃江さんの作品がそのまま描かれていましたが、あれは常設なのでしょうか。素敵に年を重ねてなお盛んというのは素晴らしいですね。 |
あけみ・る。 2013/05/16 13:13 |
「あけみ・る。」さま、智美術館は現代陶芸が専門のようですね。はい、エントランスの壁の篠田作品は、あそこに常設のものです。ここではいずれ篠田桃紅展は開かれねばならなかったのですね。展示空間もじつに作品の雰囲気にピッタリです。川崎のアルテリオ館なら、そのうちベルトルッチ作品を上映するのではないでしょうか。 |
ミニヨン 2013/05/16 22:55 |
日経新聞夕刊の「こころの玉手箱」欄の寄せられている桃紅さんのエッセイには驚くことが多いです。特に、5月16日のNY画廊の主、ベティー・パーソンズの話しは「ヘェ〜」の連続でした。 |
熊鷹@ゆらくらす 2013/05/18 16:28 |
ゆらくらす様。ミニヨン様はいまごろ小樽にお出かけですよ。クリュニー中世美術館は二年ほど前に訪ねて、むき出しの壁など建物そのものの醸す雰囲気に甚く感激いたしました。まさかあのほとんどのタペストリーが日本に来るとは思いもよらなかったのですが、すでにプロジェクトは深く静かに進行していたのですね。それにしても「わが唯一の望み」なんて。 |
あけみ・る。 2013/05/18 22:33 |
昨日さいたま芸術劇場で観たコンドルズの新作「アポロ」でも冒頭「スペース・オディティ」が効果的に使われていました。最近ボウイは小ブームなのでしょうか。新作を出した影響なのかしら。 |
ゆりなみん 2013/05/19 06:37 |
「仕事の流儀」是非みたいです。情報有難うございました。 |
あけみ・る。 2013/05/20 12:28 |
皆さま、先ほど小樽から戻りました。「熊鷹」さん、「貴婦人と一角獣」、ぼちぼち訪ねる予定です。そう、リルケの『マルテの手記』にこれが登場しますね。「現物」を確かめてきます。クリュニーが修復中とかで、このお宝の持ち出しが許可されたのでしょうかね。また志村ふくみさん、27日のNHK「プロフェッショナル」に出演されるのですね。それは耳寄りな情報を頂戴しました。ぜひ見ます。しかし篠田さん100歳、志村さん88歳、ともにお若いです。 |
ミニヨン 2013/05/20 22:23 |
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