警察の調べに対し、「男性が車道の方に寄ってきたので、避けきれなかった」と話しています。
田畑容疑者は泉南市議に2回当選し、去年11月までの1年間は、市議会の副議長を務めました。
(黒柳)さあ今日はお客様50代の半ばでますますセクシーな魅力。
女性のファンの皆さんがもう大好きというお客様です。
佐藤浩市さん今日のお客様です。
よくいらしてくださいました。
なかなかトークには出ていただけないお客様ですけどありがたいことに『徹子の部屋』には来てくださるということで。
どうぞこちらにおいでくださいませ。
佐藤浩市さん今日のお客様です。
お座りくださいませ。
ようこそおいでくださいました。
(拍手)19歳でデビューなさいまして今年で35周年ですって?35周年…もう36年近いですねはい。
どんな感じですか?35〜36年やっていらして。
まあたぶんみんなこういう仕事を長く続けてきた人間から見るとやっぱり必ず「あっという間だった」って言うと思うんですけど。
まああっとだとは言えないんですけど。
振り返って…「もう一回35年やれ」って言われたらもう嫌だっていうことも確かにあったけど。
でも考えてみればいいことのほうが多かったなと思うし。
そうやって考えればあっという間っていうのは間違いじゃないんだろうなと思いますけどね。
俳優としては随分色んな役をおやりになったっていうことでは面白い人生だったって…。
うんそうですね。
色んな多岐にわたった役をやれたっていうこと…それは恵まれてるなと思います。
ご自分で選んでその役をやっていらっしゃるんだとは思うんですけど。
拝見する限りにおいては毎回随分違うね色んな人…。
ありがとうございます。
そういうところが俳優の面白いところだと思うんですけど。
でも小さい時なんかお父様に手を引かれて撮影所にいらしたことがある?あっそれはね本当に不思議なもので…。
彼はほとんど家にはいない人だったんだけど。
あっそう。
ええ。
まあだから結局会いに行くのには撮影所だったんですよね。
あっそうなの?でまあ…当時日活か松竹か撮影所に行って…大泉か。
今と違って撮影所ってステージがちゃんと1から12…16ステージまでずっと全部あったじゃないですか。
だからもう当時の自分の…小さい自分から見るとただ広いな…撮影所って。
すごい。
そういうのを…。
子供の頃からそういうところを自分が何をやってるか…。
自分がほとんど僕と接することがなかったんで逆に自分が何をやってるかどこにいるかっていうのを見せたかったっていうのはあるんでしょうね。
僕自身も今…今というか子供がちっちゃい時にそういう思いがありましたし。
ともかく自分が何やってるかだけとりあえずは見せておきたいな。
そういう思いだったんじゃないかなっていうふうに思います。
でもそれがなければもしかしたら俳優っていう仕事にならなかったかもしれないっていう感じあります?それはあります。
確かに確実に…それはもう普通に映画を…スクリーンを通して映画館の中でしかご覧になれないという方がほとんどだと思うんですけど。
やっぱりそういうものを身近に感じてたんでねやっぱり普通のご家庭に育った方と違ってやっぱりそういう芝居とか映画っていうのは身近にありましたよね。
うん…なるほどね。
でもいざご自分がなってごらんになって…。
オーディションでしたっけ?一番最初。
そうですねはい。
やってごらんになって…。
どうなんだろうな…。
どこまで自分が続けていけるかどうかなんていうこともわからず…。
まあオーディションといって三國連太郎の息子だっていうのが名前が先行してればそれで受かるのかもしれないし受かった…そういうことなのかもしれないし。
僕にはわからないけど。
ただまあやってみてそのほぼ…。
映画学科というところにはいて撮影の勉強はしてたんですけど芝居は全くずぶの素人でしたしそれをオンエア…。
どんなもんだってまあ…その時相手が若山の富三郎さんだったんで。
とても厳しい方だったんで毎日スタジオで怒鳴られてて。
あっ本当?はいはい。
ふーん。
逆に言うと優しいですよね。
怒鳴ってくれるという優しさっていうのが。
それは今にはないものだから。
でもやっぱり本当に…。
俺はやっていけるんだろう…やっていける…とか何とかっていう以前の問題でしたね。
とにかくやんなきゃっていうものがねあったでしょう。
でもお父様にはご報告なさいました?それはだから…まあ当然そのオーディション自体を持ってきたのが当時三國のマネジャーをされてた方だったんで。
当然それはやることも知ってたわけだし。
ただこれから生業として役者をやっていくというのはやっぱりその…それをやった事後でしたね。
事後。
事後。
あと。
でも私本当によく覚えてるんだけどなんか1回だけ共演みたいのをなすったでしょ。
なんか本当にすれ違いみたいななんかね…刑事?あっはいはいはい。
なんか…。
はい。
『人間の約束』という映画で僕一番最初だったんですけどね。
ほとんど共演しないっていうのは大事にしたいという思いもあったし。
それとまあなんかね…まあ偉そうにそういうところ高く売りたかったのか…。
一緒にするということを意識的には避けてる部分もありましたけどね。
『人間の約束』ででもちょこっと…。
あれどういうわけだか廊下のところですれ違うみたいなね…。
取調室で軽く見て…三國が取り調べられてて。
それでパッと若い刑事が机の下を見て「失禁しております」っていうセリフを…。
いまだに覚えてますね。
おお…えー。
それは印象的なセリフですからね。
取り調べを受けてる被疑者が失禁してるっていう…。
まあほぼそれぐらいの…。
あと2〜3シーンあったかな?でも一緒にやったのはそれぐらいで。
それから結局次『美味しんぼ』という映画をやるまで20年近く一緒にやってないわけですからね。
そんなに長く?はい。
何かの時に三國さんと一緒に隣り合わせで小さい何か忘れましたけど文化的なお集まりがあってね大使館かなんかで。
司会する人がね「何とかコウイチです」ってこういうふうに言ったのよ。
そしたらちっちゃい声で私に「息子と同じ名前です」って仰ったのよ。
その時にああ息子さんのことをそういう時でもしゅっと思うんだなって…。
フフッ。
思いましたよ。
それぐらい思ってもらわなきゃ困りますけどね。
フフフ…。
かもしれない。
でも残念でしたねお父様こんな…お亡くなりになって。
うんそれは…。
ただある程度年齢も90を迎えてまあ天寿とは言わないけどある程度気持ちの上でのね覚悟はできてたんで…。
まあ…。
うーん何だろうな…しょうがないという言い回しもちょっと適切ではないかもしれないけどああこういう日が来たか…。
まあただ…もう一度カメラの前に立ちたいと思っていてもやっぱり立てないというその現実の中で生きてるつらさっていうのをねそれを考えると…。
そういう意味でのちょっとこう…ほっとした部分はありますけどね。
まあ今本当に皆さんお若くて若くして本当に急逝だなと思われる役者さんの中でいくとまだ長い…。
本当にやりたいことをやってきたんじゃないのかなと思いますけどね。
でも…ご本名が佐藤さんと仰るのね。
はいはい。
佐藤政雄さんと仰るんですか?お父様は。
そうです。
その佐藤政雄さんで生きていた時は少なかったんじゃないかとお思いになる?うーんもうだからもう…本当に…そのまあお別れの会の時でも…やっぱり佐藤政雄というよりは三國連太郎というほうがしっくりくるんでね。
僕自身が見てもやはりなかなか僕の中では佐藤政雄という存在ではないんですよねそれは正直に。
三國連太郎という名前で送ったほうが僕にとっても世間的にもやっぱりしっくりくるんではないかなというふうに思いましたけど。
あれは一番最初の『善魔』という映画の役名だったそうですけど。
三國が亡くなってから宮崎のほうで新聞にこう…短く出てた記事があって読者からの投稿の記事を送ってくださった方がいて。
それを読むと…たぶん上海かな?北京かな?中国でホテルの前たたずんでるとフッと後ろから声をかけてくださった方がいてハッと振り返ると三國だったそうなんですよ。
三國で…。
話をして「僕は宮崎出身なんです」。
「ああそうですか。
僕は宮崎にもいたことがあるんですよ」って。
「静岡で生まれて宮崎にいて。
そして…」「だから僕の芸名を三國連太郎にしたんです」っていう話が載ってるんですけど…。
フフフ…。
ええ。
フフフッ。
嘘ばかりだな。
フフフ…。
申し訳ないけど。
すごいですよね。
確実にそれは『善魔』の木下惠介さんの映画の…役名が三國連太郎だから三國連太郎なんだけど…。
でも亡くなる前にお会いになったって。
病院にですか?そうですね。
ちょうど僕が…僕は本当めったに三國の病室を訪れることなく…。
まあ嫌だっていうのもあったんですけどね。
たまたまニューヨークに行かなきゃいけなくて。
ちょっとまあ空けるんでフッとこう…病院のそばを走ってたんで顔を出して。
そしたらまあ本当にその時は彼もちょうど起きてて機嫌もよくて…。
「車椅子で散歩行くか?」って言ったら「ああ行こう」って。
へえー…。
まだ桜の時期だったかな?まあちょっとぐっとこう…車椅子を押して外出したら1分もしないうちに「寒い」って言うからすぐ帰ったんですけどね。
フフ…。
フフフ…。
何だよ。
だったら行くなんて言うなよ。
でもその時はそう思ったでしょきっとね。
息子と車椅子に乗って外を見るのもいいなとお思いになったんでしょきっとね。
でも不思議…不思議な写真っていうかあなたとお父様との並んでいらっしゃる写真があってめったにこういうのないと思うんだけども。
これ偶然なんですけどこれ何かの時にお撮りになった写真なのね。
佐野史郎さんがね撮ってくだすったんですってよ。
何枚か色んな写真があって…。
ロケーション?まあおやじが元気な時…。
これね芳雄さんち…原田芳雄さんのところで毎年年末に餅つきをやるんですよ。
お寺みたいな家ですね。
そこのお宅で毎年集まってて。
ええ。
まあ芳雄さんとうちも浅からぬ関係なものですから。
それで毎年参加してて三國も顔を出してっていう…。
でもあれですよねお父様いらっしゃらなくなるとやっぱりどういうのかしらね…私わからないけど。
やっぱりお線香を上げたりとかそういうこととかなんか…する感じってあります?まあまあ日課になりましたねやっぱり。
まあとりあえず線香を上げて撮影に行く時…まあそうじゃない時でもとりあえず…頑張るよって。
あとはうちの家族含めて犬のことまで今日一日見守ってやってくれ。
あっそう。
っていうのが日課にはなりましたけどね。
すごいですね。
見守ってくださりそうな感じがする…やっぱりね。
へえー。
まあ寂しいですよね。
うん…。
なんかさっきお線香を上げてお父様に拝む時におたくの亀…。
亀もいますけど犬も…。
犬のことまでもお願いすると仰ったけどそれはペット?そうですねはい。
2年ほど前になるのかな?もう。
1年以上前か。
亀ってどんな亀ですか?亀はケヅメリクガメっていう…。
ケヅメリクガメ?リクガメなんで…。
今結構もうこれぐらい大きくなっちゃったんで。
初め小さかったの?初めもうペットショップで見かけた時これぐらいで。
ちょうど女房と結婚した時にペットショップで見かけて1匹飼って…。
まあ可愛いもんでもう1匹飼ったんですけどね。
まあ結構もう成体になっちゃうと…幼体じゃなく成体になっちゃうとある程度強いんですけどどうしても寒さには弱いんで。
でもこんなちっちゃい亀あるでしょ?子供が飼うような。
これがこんな大きくなっちゃうの?これぐらいですね。
だんだん大きくなるの?もちろんだんだん。
急にはならなかったですけどね。
フフッ。
何十年ぐらいでこんなになるの?結婚なさってからだから。
結局22〜23年もう。
こんな大きくなるの?ええ。
大体60年ぐらいの寿命なんで。
えー…。
やっぱり長いんですね亀ってね。
それとやっぱりあと彼ら生き物はやっぱり賢いんでこれ以上自分が大きくなると厳しい生活するのが…と思うと一応そこで大体大きさストップするんですよ。
へえー…。
でもケヅメリクガメ…大きさ普通でこれぐらい…。
可愛いところあるんですか?ああいうものは。
可愛いは可愛かったんですけどもあんまり僕は今もう面倒も見ず…ほったらかしなんでフンッて顔をしてますけどね。
あと犬も飼っていらっしゃるんでしょ?犬も飼っています。
犬は何ですか?犬はトイですね。
ああトイプードル。
じゃあ可愛い?やっぱり可愛いですね。
やっぱりトイでもなんかみんな顔がこう違いますよね。
何となく目が大きくて…。
そうそう。
真ん中に集中してる犬らしい目もあればちょっと離れてるのもいて。
うちはちょっと離れ目なんですけどね。
あんまりこう小型犬…座敷犬を飼ってるっていうイメージでもないんでちょっとどうかなとは思ったんですけど。
友人から…妻のほうの友人から譲り受けて。
まあでもやっぱり情は移りますよね。
可愛いですよね。
最初はもうなんかこういないと悪さするし邪魔くさいなと思うんだけどそのうちねやっぱりどうしても情が移っちゃうんで。
なんかそういうふうな生活でいいんじゃないかっていう。
なんか犬のねなんか…。
なんかやっぱりそれぐらいこう気持ちがささくれ立ってる時でも何となく癒やしてくれるという存在があるっていうのはね…。
やっぱり亀も癒やしてくれはくれたんですけどね亀に比べると…。
亀ね…。
やっぱり犬のほうがなんか毛があるせいかよっぽどこう気持ちがほっこりするんですよねなぜかね。
ふわふわしているものっていうのは可愛いですよね。
私好きなんだけどふわふわしているのはね。
でもお料理はあなたお得意なんですって?なんか。
嫌いではないです。
お酒なんかお飲みになったりする時のなんか…なんていうの?おつまみみたいなものもお作りになるんですって?かみさんが忙しくて出てる時とかは「別にいいよ」って言って何となく…。
「だったらわかったわかった」って言って…。
黙って飲んでるの?そうですね。
最近ちょっとだから北海道去年映画のロケでしばらく行ってて向こうで山わさびにはまって。
山わさびって意外に何でも合うんですよ。
へえー。
これ山わさびだったらあれが合うんじゃないかなとか色んなことやってみてしばらく山わさびにはまってました。
山わさびはそのまま食べられるわさび?食べれます。
大体醤油漬けになってるやつで。
わさびって元々山のものなのになんで山わさびっていうんだろうっていうのは僕の中では今でも疑問なんですけどね…。
すいません。
失礼しました。
だけど普通ってわさびって切って食べたりしてもすごく辛いじゃない。
でも山わさびは割と食べれるんじゃないですか?多少まろやかですね。
だからさすがに普通のわさび…。
お寿司でわさびが間に入ってるのは別としてわさびを白いご飯の上にのっけて食べようとは思わないけど山わさびは白い炊きたてのご飯の上にのっけて食べてもオーケーなんですね。
おいしそうね。
話違うんですけど息子さんはなんかあなたが初めてオーディションをお受けになったぐらいの歳になったんですって?今。
そうですね。
まだ18…もうちょっとですけどね。
でもご自分のたぶん…その頃と比べると子供ってどうですか?少しだけ気持ちがわかってしまう分逆にきついなっていうのもありますけどね。
やっぱり自分がそうであったように彼も世間…一歩外に出ればどういう色眼鏡で見られるのか。
どういう物言いをされているのかというのはやっぱり何となく感じるものっていうのは子供っていうのは大人が思うより敏感に察知しているんですね。
相手が何を考えて…。
特に小さい時からもう既にね。
逆にそういうふうな生活をしてきたんで僕自身が。
だからやっぱり彼なんかもそういうふうに思ってる。
そういう部分ではすまんなっていう思いはあるのと逆にそういうことに早くから慣れてくれると色んなものの見方もできるし…。
まあただ単にひねくれるだけかもしれないけど。
でもなんか自分の好きそうなものはありそう?まだわかんないです。
またそういう人間…僕なんかそうだったけどやっぱり言わないですよ。
言わない?そうなんでしょうねきっとね。
今度お撮りになった『愛を積むひと』という映画なんですけど。
これ北海道の美瑛町っていうところで撮ったの?美瑛という町ではい。
でもこの映画だけでなしに北海道だけですごいいっぱい映画お撮りになったんですって?そうですね。
根岸さんの『雪に願うこと』が帯広で撮って紋別っていうところで『アンフェア』という映画を撮って函館で森田さん…お亡くなりになった森田芳光さんで1本撮ってそれとこの映画の次にまた釧路で…。
えー。
1本別の映画を撮って。
すごい。
すごいですね。
まあ…見てくれはどちらかというと南方系な顔立ちだとは思うんですけどねなぜか北の映画が多いんですよ。
それでこの今度の映画なんですけど。
これは今度の映画白髪?白髪。
地毛は…。
あれだけ白いんですけどね。
これそう?アメリカの原作だと70代の老夫婦の話なんですけど。
これはハーフリタイアした50代半ばっていう設定にしてはいるんですけど。
なんかちょっと今までと違う感じでやりたいなと思って。
これはなんか奥様が先にいなくなっちゃう?はい。
亡くなった妻の手紙が見つかる。
やっぱり自分の死をわかっていた妻がやっぱり僕はどうやって今後一人で生きていくかっていうことに対して手紙の中で書きつづってくれるんですよね。
ちょっといいですか?見て。
はいはい。
ちょっと見てみますね。
『愛を積むひと』です。
本当だいい景色。
これ美瑛町の…。
すごい。
美瑛町。
全く丘の上に家が何にもないところにこの場所を提供してくださって家を1軒本建築で…。
本当に?ええ。
すごい。
これを?この家を建てさせてもらったんです。
へえーすごい。
(上田紗英)「これ預かってたの」
(小林良子)「篤ちゃん」「この手紙を読んでいるということは私はもうあなたの傍には居ないということですね」
亡き妻から届いた手紙
それが彼とそこに集う人々を新たな人生へと導いていく
(小林篤史)「塀を完成させたいんだ」「良子のためにな」塀をそこにお造りになるっていうことをあれして。
これ『釣りバカ日誌』をお作りになった監督が撮った…。
そうです。
朝原さんが撮って。
スタッフも結構ほとんど『釣りバカ』のスタッフが多かったですね。
ちょっとパッと見たんだけど監督があなたの後ろ姿をご覧になると三國さんに似てるって。
ああもうこれはしょうがないですね。
さっき見て私もそう思った。
またね少しこう丸く丸くしてたんで。
余計に…うん。
ふとそういうふうに思うんで。
まあシャレで「じゃあもう一回お願いします」ってNGが色んな条件で出るじゃないですか。
「じゃあ次三國でやります」とか色々言って軽く現場を和ませながらやってましたけども。
でもさっき本当にそっくりだったんでびっくりしましたけども。
でも今のは奥様がいなくなっている話なんだけどこれをおやりになってみたらいかに今現在の奥様に依存してるかっていうふうにもお考えになったんですって?いやいやもう本当そうですよね僕なんか。
っていうかやっぱり日本の男子って昔月に1回こうこんな袋を持ってきて「はい」って渡して女子がかしこまってこう「ありがとうございます」っていうその一日から始まるわけじゃないですか。
でも実際問題は「ありがとうございますはい」っていうのが実はこっちがやっぱり家で大きいんですよね。
やっぱりその上でたなごころで遊ばせてもらうというのがたぶん一番僕は日本の夫婦って実はそれが一番いいんじゃないのかなと思ってるし。
そうですね。
現実的に自分もそうだし…。
あんまりそんなこと言っちゃうと女房に怒られちゃうけど。
でもまあいざとなればやっぱり奥様はね頼りにしていらっしゃると思うからいざの時はね。
その時にはね我々は…。
そうそう。
いざの時は男がやっぱり出ていかなきゃなんないっていうこともあると思いますけど。
でも北海道…さっき仰って何本?7本?北海道で撮っていらっしゃるっていうけど。
本当に奇麗ですね景色が。
いやー素晴らしいところです。
「mostbeautifulvillagesinjapan」っていう「日本で最も美しい町村」っていうふうにいわれているところらしいんです美瑛っていうのは。
あっそうなの?やっぱり。
「美瑛」って不思議な字書くんですよね。
「美しい」に…。
王へんの「瑛」です。
なんか泣いちゃうっていうね。
そうなんですよね。
あの家…ずっとまだ今でも残ってますから。
そうですか。
今みんな見れるようになってます。
面白いですよね。
どうもありがとうございました。
いつも拝見してますよ。
2015/06/19(金) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋 佐藤浩市[字]
〜父・三國連太郎が逝って2年…その胸中は〜佐藤浩市さんが今日のゲストです。
詳細情報
◇ゲスト
俳優・佐藤浩市さんがゲスト。
◇番組内容
19歳でドラマデビューして35年…俳優として様々な役を演じ続けてきた佐藤さんのルーツは、子供の頃に訪れた父・三國連太郎さんの映画の撮影現場だったという。父が亡くなったのは2年前、最後に入院先の病院を訪れた日の父・三國連太郎らしい思い出話を語る。トークは苦手…と、あまりプライベートを語る事が無い佐藤さんの素顔を黒柳さんが聞き込み!?18歳になる息子への想いや、妻への依存度も!?少し照れくさそうに語る姿は必見!
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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