NNNドキュメント「ガマフヤー 遺骨を家族に 沖縄戦を掘る」 2015.06.22


沖縄
足元の土の中にはあと何人の骨が眠っているのか
戦争中ガマと呼ばれる洞窟に隠れ死んで行った人々
そのガマで遺骨を掘り続ける人がいます
沖縄の方言でガマフヤー
70年前アメリカと戦争し敗れた日本
ガマの中は焼き尽くされました
死者は20万人を超え女性や子供までもが巻き込まれました
その骨を家族の元に帰す日まで掘り続ける

沖縄県浦添市
住宅開発が進むこの街に今も日本軍の塹壕が残っています
丘の上に大きく枝を広げるウスクの木
(具志堅さん)アメリカ軍の手りゅう弾の破片なんです。
その木の根に抱かれるように日本兵とみられる遺骨が見つかりました
ここは激戦の地でした
(具志堅さん)日本軍の…これてき弾筒っていうんですけども。
50ミリてき弾筒っていってこれぐらいのその信管なんですよこれ爆発してる跡が分かるんですよ。
具志堅隆松さん
ガマフヤーとして沖縄戦で亡くなった人の遺骨を掘り続けて来ました
「亡くなった方の最後の姿をとどめておきたい」
あおむけなんだけどこっちの足が捻転してるんですよ。
あの…これ脛骨腓骨。
(具志堅さん)大腿骨…大腿骨2本。
で脛骨…脛骨。
そばにこの腓骨って細いのがあるんですよ。
(具志堅さん)例えばこういうふうな状態になってたのかな…。
あるいはここの足がこうひねっててね。
(具志堅さん)ここ左手。
自分の肘よりかちょっと大きいね。
そして歯が残った下顎
「それはもはや骨ではなく人なのです」
(具志堅さん)この方だって名前が分からないからどこの方っていうのが分からないんだけどでも親もいればもしかしたら子供もいたかもしれんし。
それ考えるとねどうにかして帰してあげたいですよね。

ガマフヤーになった理由はかつてくわを持ち息子の骨を捜し続ける年老いた母親の姿を目にしたからです
以来30年沖縄各地をボランティアで堀り続けて来ました
沖縄県内で見つかった遺骨は全て遺骨収集センターに持ち込まれます
しかし骨が見つかっただけでは一体誰なのかその身元を特定することはできません
この上腕骨だけは両端そろってるかなと思われるんでその…。
(具志堅さん)あと…。
身元の特定にはDNA鑑定が行われますが丈夫な歯は重要な資料です
一昨年ガマフヤーの具志堅さんにとって忘れられない発見がありました
かつて日本軍が住民の墓を陣地として使っていた場所
開発工事の作業中に見つかった遺骨の身元を特定することができたのです
もうどこで遺骨が出て来てもおかしくないような場所ですよ。
整地をしていたショベルの先端に衝撃がありました
掘り進めると鉄かぶとや水筒などの遺品とともに全身の遺骨が見つかり歯も残されていました
さらに本人につながる決定的なものが見つかりました
そこには「田畑」と掘られていました
まず印鑑だったですね印鑑が一番大きかったですね。
・「田畑」という印鑑が?・そうですね「田畑」って…。
でそれ以外のものってのはあの〜身元特定にはつながらないですね名前を書いてるわけではないんで。
そこに眠っていたのは北海道出身の陸軍伍長田畑耕三さんでした
遺骨の発見を知った家族が具志堅さんに問い合わせ国にDNA鑑定を申請しました
その結果血縁関係が認められたのです
嬉しかったですよ〜ホントに嬉しかったですよ。
うんそれでもうすぐ具志堅さんに電話入れました。
一番先にええ。
・具志堅さん何ておっしゃってました?・いや〜ちょっとね「よかったね〜」とかそれはちょっと覚えてるんですけどもね。
「そうですか〜よかったよかった」って確か言ってくれました。
出征してから73年後
ようやく父が息子や娘の元に帰って来たのです
(田畑さん)ちょろっとねねっ。
(女性)わぁ〜ホント〜。
(田畑さん)ねっねっ。
立派なね。
歯とかかな…。
(田畑さん)これが喉仏…これがね。
(女性)でもよくこんな太いさ骨がねあったね。
(田畑さん)ねっこれちゃんとほら歯までね。
わずかに記憶に残る父の面影
(田畑さん)婆ちゃんとも会えるしう〜んよかったね。
(田畑さん)ねっよかったねホントおかえり。
納骨のひと月前99歳になる妻雪子さんとも再会を果たしました
「耕三さんでしょう?よかったね」
沖縄では今も毎年100体を超える遺骨が見つかっています
政府は12年前からDNA鑑定を始めましたがそれには印鑑など名前が分かる遺品も一緒に見つかるなどの条件があるため身元が判明したのはわずかに4人
その見つかった遺骨をDNA鑑定して家族の元へ帰すっていうそういう法制度を作ってほしいっていうふうな…。
もう70年たったからいいだろうじゃないんですよ。
これは国策の犠牲者です。
あ〜どうぞどうぞ。
具志堅さんは全ての遺骨のDNA鑑定を実施するよう国に陳情を行って来ました
「戦争という国策で死亡した人の遺骨に対して国はDNA鑑定をする責任がある」
遺骨と共に上京して大臣に訴えました
沖縄県内においては毎年100体近くの遺骨が出てます。
一昨年においては151体出てます。
この毎年出てる100体近くの遺骨と希望する遺族とを照合作業を続けてほしいやってほしいっていうのが私が沖縄戦の遺骨収集を通じて考えている最終的な国に対する要望です。
さらに沖縄の住民は着の身着のままで逃げたため身元につながるものを持っていませんでした
はじめまして具志堅と申します。
「遺骨返還の科学的手法であるDNA鑑定の導入を考慮すべきである。
なぜなら沖縄戦戦没者の半数以上は沖縄県民であるからである」。
戦争で家族11人を亡くした女性
いまだに誰も見つかっていません
戦争中一家で暮らしていた家が今も残っています
両親や兄弟など家族11人を戦争で亡くしました
(金城さん)ここに避難させられて父親に。
それでこっちから出てあっちに行った途端に爆弾が落ちて…。
弾の跡が結構あるんだよね。
破片の跡だよね。
破片の跡ですよね。
次々と上陸して来る米軍
日本軍は逃げ惑う住民と共に沖縄南部に追い詰められます
金城さん一家は近くにあった自然の洞窟に避難します
既に100人以上の住民が逃げ込んでいました
(金城さん)ここにいた時に上に憲兵が来ているということで。
・憲兵が?・うんで子供でも怖かった。
たくさんいましたよ。
・知らない人?この近所の方がたくさん…・
(金城さん)はいもう戦争っていうのはみんな知り合いであろうとなかろうとみんな入れてくれますよ。
これはもう自然壕ですもんね。
その後アメリカ兵によって保護されましたが家族はバラバラになり宜野座村の収容所に着いた時には祖母と2人だけになっていました
その祖母も収容所で亡くなり近くの共同墓地に埋葬されました
かつての墓地は今パイナップル畑になっていました
何かそこら辺だと思う。
うん。
様子がすっかり変わっているからね。
祖母の記録があるなら確認したい
金城さんはこの日村が保管する埋葬された人の名簿の中から祖母の名前を探します
そこには427人の氏名本籍死亡した年齢などが記されています
(男性)ほとんど分かんないですね。
(金城さん)あ〜これはさっきあったような…。
(男性)金城さんの…。
(金城さん)はい。
(男性)載ってないかな…。
(男性)最初にこの比嘉平助さんがずっと持っていたものが紆余曲折を経て宜野座村に最終的には来るんですけどその時点で一部失われてたり読めなかったりまぁこんな感じで欠損してますよね。
ですからまぁこういう部分にもしかしたら記載されてる可能性はあるのかもしれないです。
(金城さん)あ〜そっか。
私こういうものから今日は見つかるのかなって期待していたんだけど…。
やっぱりないか。
破れかけた名簿
70年が経ちその状態は完全なものではありません
祖母ウサさんの姿は幼い頃の金城さんの記憶の中だけに残されました
沖縄本島最南端の喜屋武岬にガマフヤー具志堅さんの姿がありました
(男性)向こう…具志堅さん…。
多くの日本兵と住民がアメリカ軍に追い詰められて最期を迎えた場所です
これまでたくさんの遺骨が見つかっています
ここかなり厳しくない?
(具志堅さん)これから…これから行きましょうか。
(男性)こっちから向こうに出たほうがいいかもしれない。
田村広志さん
父の遺骨を何とか見つけ出したい
千葉県から具志堅さんを訪ねて来ました
母親の遺品の中から父の死亡者名簿が見つかりました
そこには「田村要祐戦死沖縄本島喜屋武岬」と書かれていたのです
父要祐さんが徴兵されたのは広志さんが2歳の時でした
(具志堅)田村さん試しにこっち掘ってみませんか?ここもだいぶ何か出そうな感じ。
そうですか。
こっち側も。
何か埋もれて…。
いやいやあの…どっちみち向こうも掘るんですけど。
海岸沿いの大きな岩の下へ潜り込んで地面を掘り起こします
こっちやりますよ出しますから。
岩のすぐそばで骨の一部が見つかったという知らせが入りました
(具志堅さん)ここから肋骨やら…。
(田村さん)あ〜出ました?
(具志堅さん)うん。
(田村さん)あ〜そうですか…。
しかし肋骨だけでは一体誰なのか知るすべはありません
それでも…
いやもしかしたらね会えるかもしれないなっていうふうに思って。
見つけ出したいなと思ってますはい。
多分どっかで捜し出されるのを待ってると思うんだよね親父も。

「父の手掛かりはどこかにあるのではないか」
日が暮れるまで捜し続けました
戦争が終わって70年
沖縄は開発が進み街の姿は日々変わって行きます
この丘はあの大きなウスクの木があった場所
ガマフヤー具志堅さんがほぼ全身の遺骨を見つけた所です
しかし丘の上に上がると…
(鳥の鳴き声)
(鳥の鳴き声)ふぅ…。
ふぅ…。
(具志堅さん)あの木のさ根っこ切る時に…。
木も痛みを感じるのかなと思ってたよ。
あの木の根っこがさその遺体を両側から包み込むようにして守ってるような気がしてさ。
何かこうその遺体をず〜っと70年間守ってたのかなと思うと…。
(鳥の鳴き声)
(鳥の鳴き声)
(鳥の鳴き声)
28歳でガマフヤーになり32年間掘り続けて来た具志堅さん
政府は今年になってようやくDNA鑑定の対象を広げて行く方針を示しました
暗闇のガマの中
ここはかつて次々に日本人が死んで行った戦場でした
「せめて遺骨を家族の元にお帰ししたい」
沖縄のガマフヤーの変わらぬ願いです
今続々と台頭する全国のブランド米
・トップブランドって認めていただきたいですからね・
産地の生き残りを懸けたし烈な戦いに迫ります
お〜!2015/06/22(月) 00:55〜01:25
読売テレビ1
NNNドキュメント「ガマフヤー 遺骨を家族に 沖縄戦を掘る」[字]

戦後70年の沖縄で、戦争中の遺骨を掘り起こし、家族に帰そうとする人がいる。ガマフヤー(地元の言葉で「ガマ(壕)を掘る人」)は発見遺骨のDNA鑑定を政府に訴える。

詳細情報
番組内容
沖縄戦の死者は民間人を含め20万人以上、しかし遺骨となって発見されても身元を示すものがない場合がほとんどで、個人の特定は困難だ。戦後70年、遺骨を掘り起こし、家族の元に帰そうとする「ガマフヤー」(沖縄の方言で「ガマ(壕)を掘る人」)がいる。具志堅隆松さん(61)はボランティアとして取り組み、政府に「全ての遺骨のDNA鑑定を」と訴える。遺骨が発する声なき叫びに耳を傾けて欲しい…ガマフヤーの願いだ。
出演者
【ナレーター】
玉川砂記子
制作
日本テレビ

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント

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