和久峻三サスペンス「法廷荒らし!弁護士猪狩文助」 2015.06.26


(振り子時計の鳴る音)
(伊都子)ゼンマイがバカになってる?
(武)かもしれんなぁ…。
骨董品だもの。
もう引退だわ。
ねっ。
そうはいかないよ…亡くなったお義父さんが大切にしていた時計なんだから。
手が空いたらお昼にしてね。
あぁ…。
(室伏)間違いないです。
(高木)了解。
あぁ…いらっしゃい。
(高木)辻武さん…いや鈴木益夫やな。
わかっとるな?あなた…。
なんなのあなた…。
警察です。
ご主人を逮捕します。
逮捕!?さぁ。
ちょっ…。
ご主人の本名は鈴木益夫。
(室伏)15年前殺人事件を起こして逃走中でした。
〜〜
(夏目理恵子)すみませんおじさん。
あの…鶴福院町の65番地ってどんなふうに行ったらいいんでしょうか?
(猪狩文助)鶴福院町65番地…。
えぇ猪狩っていう弁護士事務所なんですけど。
ほぅ…。
猪狩弁護士事務所…。
ご存じですか?あぁ…よう知っとるよ。
教えていただけますか?ついておいで。
〜ああの…。
〜えっここですか?こんなとこ…。
お気に召さんかね?ちょっとびっくり…。
あでもおじさんのせいじゃないから…。
ありがとうございました。
あぁこれこれ…。
まぁいいからお入んなさい。
えっ?入んなさい!いえあの…。
(大音量の音楽)
(野口)せ先生…!
(大音量の音楽)これあの…絵馬買っておきました。
うん?あ…まぁあがんなさい。
(野口)いらっしゃいませ。
さぁどうぞどうぞ。
あの私…。
ご心配いりません。
いろいろとご事情がおありでしょう。
(野口)悩みをおひとりで抱えていては心の病になってしまいます。
野口君…。
その人は客じゃないぞ。
はっ?君も弁護士会からの紹介状ちゃんと読んどるだろう。
えっじゃあこの方が夏目理恵子さん新人の弁護士…。
司法試験に一発合格するのは全受験生のなかの0.2%と聞いとるからな。
どうせそんなインテリとんでもないヘチャムクレじゃと思うとったが…。
おじさん…おじさんが猪狩文助先生だったんですか!?あんまり…じいさんなんでびっくりしたんじゃろう。
あいいえあの…すみませんちょっとだけ…。
(笑い声)かまわんかまわん。
いやみんな言うとるんじゃあんなじいさんに法廷で何ができるとな。
…でも先生知っててとぼけてらしたんでしょう?ずいぶん人が悪いわ。
こういう人なんですよ。
皮肉屋で意地悪でいたずら好きで…。
法廷でもこんなふうだから「法廷荒らし」だなんて言われてるんです。
法廷荒らし?これは…15年前の殺人事件の捜査報告書じゃ。
あんたも知っとるじゃろう?今盛んにマスコミが騒いでおるからな…逮捕された鈴木益夫の奥さんちゅう人がわしの死んだかみさんの遠い親戚にあたる人でな。
その奥さんが3時にここへ来ることになっとるんじゃ。
着いた早々で悪いがなざっとこれに目を通しておいてくれるか?話はあんたに聞いてもらうからな。
えっ?女は女同士というじゃないか。
そのデスクを使いなさい。
おいおい汚いかばんどけんか。
あぁすみません…。
おい野口君…ボーっとしとらんと暇だったら得意のコーヒーでも淹れてやれ。
わかったか?司法試験万年落第生。
先生…そんなこと!なにも夏目さんの前で言わなくたって…!いいじゃないかいずれわかることなんだ。
それにしたってそんな言い方…!早くコーヒーを淹れろ落第生!早く!
(猪狩の笑い声)
室伏:事件の通報は平成4年6月8日午後6時40分頃である。
場所は京都市左京区北白川別当町83番地。
西陣織の老舗の主人本間博氏の自宅
犯罪内容は殺人。
同家の夫人景子…当時23歳が何者かに殺害された。
死亡推定時刻は同日午後4時前後。
帯紐が首に巻かれていたが直接の死因は左側の頸部の切り傷による失血死である。
凶器は果物ナイフ。
テーブルに残っていた接客の様子から犯人は顔見知りと思われた
(室伏)すると…。
特に来客の予定はなかった?
(博)ありません。
今日は亡くなった父の三回忌の法事で朝からお寺さんのほうに詰めておりましたので…。
(室伏)あの…それじゃ奥さんひとりでお留守番を?はい…。
こちらにも届け物があるのでいてもらったんです。
いやそれにしても…奥さんでしょ?先代の法事ですよ。
(郁子)もともと水商売の人ですからね。
古いしきたりやら作法やらもおわかりにならないし。
どんなお友達がいらっしゃったのかもねぇ…。
おいしい!
現場から指紋が合計26検出された
犯人の逃走経路は鍵の開いていた通用口である
(刑事)警部。
近所の聞き込みから有力な目撃情報が得られた。
近くに住む学生が犯行時間帯の午後3時半を少し過ぎた頃本間家のほうから血相変えて走り出てくる20歳前後の若い男を見たという。
人相および年齢風体からひとりの男が割り出された
(大家)鈴木さん鈴木さん!
逃亡のあとであった…。
残されていた多くの指紋は殺人現場のものと一致した。
いち早く逃亡した点から考えても犯人であることに疑いの余地はない。
元自動車修理工鈴木益夫22歳に対して全国に指名手配の手続きが取られた…
(伊都子)あの人がそんな指名手配の犯人だなんて…。
(伊都子)ポスターなんかどこかで見たことあるでしょうけど…。
まさかと思うから気にとめたこともなくて。
お名前はなんとおっしゃってました?え?ご主人の名前。
武です。
今でもそうです。
山口武。
山口?辻と名乗ってくれてましたけどまだ籍には入っていなかったんです。
でもこの子が産まれてから約束してくれました。
2年経てば必ず入籍するって…。
2年?今年の6月を過ぎれば…。
時効…。
武さんはどういう経緯で工務店を辞めてお宅を手伝うことになったんですか?父が気に入ったんです。
真面目でお酒も飲まないし。
それに機械に強くって車の修理なんかも上手だし。
時計のこともすぐに覚えてくれて…。
身寄りがないって聞いたから父が工務店の社長に話をつけて来てもらうことに…。
身寄りがない…。
それだけですか?それ以上教えませんか?昔のことは…。
ええ。
それ以上は…。
奥様はそれでよかったんですか?不安はなかったんですか?ありません。
(伊都子)好きだったんです。
武さんのことが…。
好きだったから何も聞きたくなかった。
昔のことを聞くといなくなってしまいそうで。
怖くって…。
(伊都子)父を説得したのも私でした。
父は私の言葉と武さんの人柄を…。
信じてくれたんですね。
はい。
みきちゃんよ…。
早よ大きいなってお母さんの手伝いをしてやれよ。
話し相手になってやれよ。
お母さんを助けてやるんじゃ。
わかったな?ああ…いい子じゃいい子じゃ。
いい子じゃいい子じゃ…。
(鈴木)弁護士さんにはあんまりご苦労はおかけしないつもりです。
私はもう…疲れました。
なんだか捕まってほっとしてるんです。
時効まであと半年…。
でもこれでよかったように思います。
まじめに刑に服して罪を償うつもりです。
鈴木益夫さん。
私たちはいったい誰に雇われたと思うてなさる?国選弁護人ではないということはご存じじゃな。
(鈴木)はい。
(鈴木)それは…。
そうじゃ。
奥さんに頼まれたんじゃ奥さんにな。
奥さんは必死じゃった。
あんたを助けてほしいと。
なるべく刑を軽くしてほしい。
まっできたら無罪にしてほしいとそうおっしゃっておられた。
しかしあんたはもう疲れたとおっしゃる。
刑に服したいとおっしゃる。
それであんたは済むじゃろうが…。
奥さんはいったいどうなるんじゃ?えっ?あのみきちゃんというたかの…。
あのかわいらしい赤ちゃんはいったいどうなるんじゃ?でも私は…。
罪を犯したんですから。
そうじゃ。
あんたは罪を犯した。
じゃからそのときに自首すべきだったんじゃ。
逃げてはいかんかったんじゃ。
なのにあんたは逃げてしもうた。
15年間もな。
そのあいだに家族もできた。
男としての責任もうまれたんじゃよ。
もう自分勝手なことはできなくなったんじゃ。
自分勝手でしょうか?私は…。
そうじゃよ!勝手じゃよ!かけがえのない家族に殺人犯の妻殺人犯の娘という汚名をきせて自分ひとりだけほっとしたと言うておる。
無責任じゃよ!先生…。
何べんもいうがな。
わしはあんたに雇われたんじゃない。
奥さんに雇われたんじゃ。
じゃから奥さんのためにあんたの罪を軽くするように努力をする。
1日でも早く家族のもとに戻れるように努力をする。
じゃからあんたも努力をするんじゃ!なにをすればいいんですか?どうすれば伊都子の気持に応えることができるんですか?黙秘しなさい。
黙秘権は認められておる。
あの事件からもう15年も経っておるしな。
現場の家も取り潰されてなくなっておる。
あの事件の関係者もだいぶ亡くなっておられるしな。
生きておる者の記憶もわしと同じようにだいぶボケかかっておるわ。
じゃから先走って余計なことをいわんようにわしに任せておきなさい。
黙秘。
〜先生あの…。
よろしいでしょうか?私黙秘はまずいと思うんです。
裁判官の心証を悪くするだけですしそれよりも罪を認めて情状酌量で刑期を縮める弁護方針をとったほうが…。
先生!左京区北白川別当町83…。
15年前ここで殺人事件が起きたんじゃ。
だが今は跡形もない…。
人間の恨みや悲しみもこのように消えてしまえばいいんじゃがのう。
裁判というのはおもしろいもんじゃ。
どっちがどう転ぶかなにが飛び出すかさっぱり見当もつかん。
ガチガチの石頭で既成概念に縛られておると本物が見えんようになるぞ。
いいかね?〜
(裁判長)黙秘。
(裁判長)黙秘をするんですね?はい。
(裁判長)弁護人の意見は?え〜。
起訴状記載の事実は否認。
したがって被告人の無罪を主張する。
〜それからですな被告人は有罪を認めておらんのじゃから捜査記録の提出には同意しかねる以上。
捜査記録を全部ですか?はい一切不同意です。
(青山)裁判長!それでは検察は捜査を担当した所轄署の元刑事課長を証人として申請いたします。

(青山)猪狩先生!さすが法廷荒らし。
たいした役者ですな。
おっなんの話ですかな?なにをとぼけてんだ!黙秘はあんたの入れ知恵でしょう?
(青山)何を企んでいるか知らんがこれ以上検察なめたらただじゃすみませんよ!!品のない検事じゃ…。
脅しをかけよった。
〜あなたは事件当時所轄署の刑事課長として捜査の指揮にあたったんですよね?ええ。
捜査の直接の責任者でした。
しかし犯人逮捕に至らぬまま定年退職となって悔しく思っておりました。
ところが最近ほんの偶然のきっかけから被告人の所在がわかった。
そうです忘れもしません。
去年の12月の初めでした。
妻と一緒に四国八十八ヶ所巡りの旅行に行ったときのことです。
徳島の旅館の近くに古い時計店がありましてそこの主人らしい人物が鈴木益男に似ているような気がしまして…。
伊都子:あなた!ちょっと見ててくれる?手汚れてるぞ。
大丈夫大丈夫確信はなかったんですが何か不思議な予感がして胸がこう震えるような思いで…。
それで徳島県警に連絡をなさったんですね?徳島県警の捜査一課に依頼して身辺の捜査を行いました。
(室伏)その結果…辻時計店の辻武という人物が偽名を使っていることが判明したんです。
指名手配の鈴木益男であるという確信を持った。
私はこの14年間肌身離さず犯行当時の鈴木の写真を持っておりました。
その写真でもう一度本人であるかどうかの確認をとってのち逮捕に踏み切ったのです。
証人が現場に到着した際被害者の死体はどのような有様でしたか?その図面にあるとおりです。
(室伏)頭部は真北からやや西に向き手足を投げ出すような格好で仰向けに倒れていました。
八畳間は血の海で縁側にも下の庭にも血しぶきが飛んだと思われる血痕の飛沫が点々と見られました。
重要な手がかりとなったのは縁側に残されていた馬蹄型の二つの血痕だけでした。
馬蹄型の二つの血痕というのはこの1と2のことですよね?
(室伏)そうです…。
(青山)もちろんこの血痕は鑑定させたんでしょうね?言うまでもないことです。
京都府警の科学捜査研究所で鑑定してもらいました。
(室伏)二つの血痕はともにスニーカーのかかとの痕跡だと判明しました。
スニーカーのかかとと聞いたとき証人はどう思いましたか?目撃証言に思い当たりました…。
どんな目撃証言でしょう?
(室伏)事件の当日の午後3時半を少し過ぎた頃に近所に住む学生が自転車に乗って本間邸の西側の坂をのぼっていったところ…。
(室伏)本間邸のほうから血相を変えて走りおりてくるスニーカーを履いた若い男を見たって言うんです。
(青山)犯行時間帯にスニーカーを履いた若い男が本間邸から走り出てきたんですよね?ええ。
ですからこれは間違いなくホンボシだろうということで人相風体を詳しく聞いて自動車修理工で被害者のかねてからの友人だったという鈴木益男を割り出したんです。
〜え〜被害者の本間景子は夫の本間博と姑が法事に行ってる留守中に殺害されたんじゃね?そうです。
夕方の6時半頃に帰宅してびっくり仰天して警察に通報したんです。
ほんとにびっくり仰天したのかね?本間さんはそう言ってました。
そう言ってるだけでお前さんが見たわけじゃないだろ?あたりまえですよ。
その場に居合わせたわけじゃないんですから!しかし本間景子はどうして一緒に法事へ行かなかったんじゃね?
(室伏)それはですね…本間景子は嫁入りしてまだ5か月にもならなかったんです。
それに水商売の出ということもありまして…。
京都の園でクラブのママをしとったんじゃね?ええ。
それでまだ十分に本間家の家風に馴染んでいない嫁を無理に口さがない親戚たちの目にさらすのを躊躇したようなふしが見られました。
しかし主人の父親の法事に出席せんとは家風を重んじる家柄ならなおさらのことじゃ不思議な話じゃのう…。
(室伏)そういえばそうかもしれませんがなにしろ派手な感じの女性で近所でも噂のたねになっていたようですし…。
どんな噂じゃね?浮気女だとか…。
いやあくまでも噂で…。
証拠があるわけじゃありませんが…。
証拠がない?その証拠を捜すのがお前さんたちの仕事じゃないのかね?いやしかし…捜査の目的は犯人の探索であって被害者の浮気相手を捜すことじゃありませんから!何を言っておるんじゃ。
被害者の日頃の生活態度を詳しく調査することが犯人逮捕につながるんじゃろうが!たしかにそうですが…!今回の場合いち早く有力な目撃者が現れたのでそのほうに捜査の主眼が向けられたんです。
被告人を見たという証言があったんでそれにあんたはわぁっと飛びついた。
もっと怪しい人物がおったかもわからんのにじゃ。
軽率だったとは思わんのか!!思いません!!われわれは…そこにいる被告人こそホンボシだと自信を持っていましたから…。
だから軽率じゃなかったかと聞いておるんじゃ!休憩します。
再開します。
それからじゃ縁側に残っていた血痕の鑑定結果についても腑に落ちん。
わずか数センチのミミズが這ったような血の跡でなぜスニーカーだと断定できるんじゃね?つまりあらかじめ主任技官が捜査経過についての先入観があったんでそれに合わせてじゃスニーカーのかかとにくっついていた血痕だと結論を出したんじゃ。
異議あり!弁護人は証人に自分の憶測を押しつけようとしています。
(裁判長)異議を認めます。
弁護人は一方的な推測で発言しないように。
弁護士さんに言わせてもらいますが問題の血痕を鑑定した主任技官は何度も本部長表彰を受けたベテランの専門家です。
惜しくも昨年50代半ばで亡くなられたがそれもあまりの仕事熱心で過労が重なったためでした。
裁判長!現場に残されておった馬蹄型の血痕が2個。
これが犯人が残した唯一の証拠だと見られておる。
したがってその2個の血痕の再鑑定をお願いしたい。
(どよめき)検察官の意見は?再鑑定の必要があるとは考えません。
今更やり直したところで違う結果が出るとは思えません!
(くしゃみ)あんた反対するじゃろうと思うとったよ。
しかし弁護人としてはじゃ納得できんのじゃ。
そのベテランの主任技官とやらをこの法廷に引っ張り出して尋問したいところじゃが亡くなったとあってはそれもできんしな。
しかし事件発生からもう14年も経過してる!現場の家も取り壊されて血痕の残っていた縁側はもう存在しないんだ!当時の記録によるとじゃ136枚もの鑑識写真を撮ったとある。
優秀な専門家ならその写真でもって鑑定できるはずじゃ。
〜はぁはぁ…。
先生。
男の手料理でまことにすまんな。
かみさんが生きとったらもう少しましな料理を食べてもらうんじゃが。
いいえ。
奥さまはお料理がお上手だったんですか?うむ何にもできん女じゃったがな料理だけはな。
ははは…。
騙されたらいけませんよ。
大掃除のときには「何もできん女じゃったが掃除だけは実にきちんと」。
洗濯するときには「何にもできん女じゃったが洗濯だけはきれいに」っていつもこうなんですから。
こらこらこら!何べん言ったらわかるんじゃ。
青いものはいちばん最後に入れるんじゃ。
まずこのキノコ類を入れて出汁をとるんじゃ。
何をさせても万年落第生。
この落第生めが。
先生…。
それは言わないでくださいよ〜。
さぁ早く入れんか。
はい。
先生。
私先生のことがだんだんわかってきました。
ん?見直しました。
裁判だってたとえ無罪にならなくても精一杯被告人のために闘おうと思います。
弁護士の天職として。
そうかいそうかい。
骨身惜しまず調査しますわ。
先生の足代わりになりましょ。
ね?あ?はい…喜んで。
こら君が喜んでどうするんだ。
喜ぶのはこのわしじゃ。
(3人の笑い声)〜
(野口)梅むらあそこに間違いありませんね。
行きましょう。
(芝野)おたくらあの裁判の?えぇそうです。
ご協力いただけますか?〜もう忘れようと思うてるんや。
一ぺんしか言わへんで。
板前のあなたがクラブでどんな仕事をなさってたんですか?料理を作ってたんや。
クラブいうてもちゃんとした京料理の出せる店にしようって二人で約束してなぁそれで始めたんやから。
二人でって…二人で始めたお店なんですか?俺が景子に誘われたんや。
修業してた料亭も途中で辞めた。
今思うと利用されたんかもしれへんな。
食べてみて。
(景子)うん!
(芝野)けど俺は夢中やった。
惚れてたからなぁ。
親父にはさんざん怒られたけど将来は結婚して小料理屋でも開こうっちゅうなこと言いよるしやなぁ。
殺し文句やで。
ころっとまいってしもたんや。
それなのにどうして他の男と?金やがな金。
本間っちゅう奴は西陣織の老舗の若旦那やで。
そんなもん玉の輿やないか。
お店のお客さんだったんですね本間さん。
あぁ初心な奴でなぁ。
(芝野)ひと目惚れや。
景子にしてみたらちょろいもんやであんなボンボン。
若旦那を初めて店に連れてきたんは岩本っちゅう奴でなぁ。
こいつは相当な遊び人やったんやけど…。
何者なんです?岩本って。
式部町のショッピングモールの社長や。
西陣織も扱うてて本間とは先代からの古いつきあいらしいてな。
金もあるし何人も愛人がいるっちゅう噂やった。
男と金と…。
俺にはその頃から景子の正体が見えてきたわ。
〜いいから…
(芝野)俺も含めて男なんかぎょうさんいたんや。
そんなかでいちばん気に入った奴と結婚を決めたら店なんかぽいっと手放しよった。
ぽいっと捨てられたんや俺の夢も。
憎うて憎うてぶっ殺してやろうかと思ったけどあんなふうに殺されてみるとななんかかわいそうでな。
恨みもねたみも水に流して忘れてしまおうって気になったんや。
〜あそこじゃないすか?すみません社長さんいらっしゃいますか?はい。
私夏目と申します。
(店員)社長お客さまが。
(岩本)ええあの店に本間君を連れて行ったのは僕ですよ。
もう15〜16年前のことですが。
よく覚えてますよ。
お連れになった理由は?たまたまですよ。
本間君は大切に育てられたせいか夜の遊びってものをまったく知らなかったんでねちょいと仕込んでやろうと思ったんです。
だけどそれがよかったのかどうか。
といいますと?すっかり惚れ込んじゃいましたからね景子さんに。
プレゼントやなんかでずいぶんお金も使ってたようだし。
相手は海千山千でしょう?心配になっちゃってね騙されてるんじゃないかって。
でも結婚なさったんだから結局は問題なかったんじゃありませんか?まぁどうでしょう。
本間君本人はよくてもご家族や親類はね家柄も育ちも違いますから。
あの日の法事の席でも大変な言い争いがあったようだし。
あの日の法事って?殺された日のですよ。
留守番をしてたんじゃなかったんですか景子さんは?ええ一人で帰っちゃいましたよ法事の途中で。
じゃあ初めはご主人と姑さんと一緒に?そりゃあそうでしょう。
先代の法事なんだから。
僕も親父の代からずいぶん世話になりましたからね。
出席させてもらってたんですよ。
言い争いってどんな?よくわかりません。
来賓の部屋は別でしたから。
ただ景子さんが怒って帰っていくのを見たんです。
景子待ちなさい!景子!離して!〜突然お伺いして申し訳ありませんでしたな。
〜嘘なんか言ってませんよ。
景子が一人で留守番をしていたのは確かなんですから。
だって初めは一緒にお寺にいらっしゃったんでしょう。
どうして警察にそうおっしゃらなかったんですか?聞かれなかったから言わなかったんです。
そんな。
もう忘れましたよ。
15年も前のことなんか。
まぁ落ち着いて。
怒ったらいけませんよ。
どうだっていいことじゃないですかそんなこと!とにかく景子は一人で留守番をしているときに殺されたんです。
あの鈴木って男に。
鈴木益夫が犯人とはまだ決まっておりません。
だったらどうして逃げたんや?
(博)15年も逃げ続けてのうのうと家族まで持ちやがって。
こっちは家もなくなるし母さんも死んでマンションでひとり暮らしや。
本間さんお気持はわかります。
でも私たちは事件の真実をつかみたいんです。
もしも鈴木益夫が犯人だったとしてもなぜそういうふうになってしまったのかしっかりと解明したいんです。
法事の席での出来事警察におっしゃらなかったのは本間家の恥だとお考えになったからですね。
ご協力いただけますか?本間さん!
(寺田)あ失礼いたします。
社長お電話ですが。
ショッピングモールの岩本さんどす。
融資のことやと思いますけど。
もしもし。
〜景子をバカにするということは景子を結婚相手に選んだ僕をバカにするということです。
それがわかっていながら僕にはどうすることもできひんかった。
(博)ワンマンだった親父が死んだばっかりで世間知らずな若社長が水商売の女に騙されたって周りはそう思ってたんです。
景子はひとりで闘っていました。
家柄に合わない育ちが悪い。
財産目当てや。
好き放題に言われながら歯を食いしばって耐えていたんです。
でもあの日はとうとう…。
かつ代:きゃあっ何すんのよこの人は!何さまだって言うのよ!家柄や財産にしがみついてるのはあんたたちじゃないの!
(郁子)およしなさい景子さん!縁を切りたければ切りなさいよ!こっちだって切ってやる!待て景子。
意気地なし!景子!正直言うて景子は怒ると手のつけられないところがありました。
ひどくヒステリックで常識を超えて暴力的になるんです。
でもそれは彼女が強いからやったとは思えない。
強いからじゃない?ええ。
そうじゃなくてひどく悲しい哀れな…。
景子が生まれたのは日本海の荒波が打ち寄せる貧しい漁村だったそうです。
そこで恵まれない少女時代を過ごして中学を卒業するとすぐにこの京都へ…。
慣れない都会で傷つきながら一生懸命もがくようにして…。
本当は弱い女やったのかもしれへんけど弱くては生きられないんですよ。
〜ここですわ。
ああ…。

(野口)足元気をつけてください。
はい。
あっここです。
ここ…。
(松子)あっいらっしゃい。
お〜来たか。
(野口)お疲れさまです。
飲み物は?あっどうぞどうぞ。
あっ。
(野口)いつもの。
(松子)いつもの。
わあ〜おいしそう。
同じのでいいですか?あっはい。
なんでも食べてください。
ここは先生の第二事務所みたいなもんですから。
アハハハ。
何を言っとるんだ。
第二夫人の邸宅と言ってくれ。
すみません…。
(松子)なに言ってんです。
いい歳して。
なにを言っとるんじゃ。
歳は関係ないわ!わしは今でもなこの燃えるような恋がしたいんじゃ。
ハッハッハ。
年寄りの冷や水って言うんです。
お疲れさまです。
あっお疲れさまです。
先生今日はどこへいらしてたんですか?うん?うん…。
海を見てきたんじゃ。
海?うん。
悲しい海じゃった。
海を見てきたなんて先生この忙しいのに。
僕と理恵子さんはずいぶん歩き回ったんですよ!もしかしたら私もその海見てきたような気がします。
そうかな?なにを言ってるんですか理恵子さん。
もう酔ったのかな?今日歩いたところは式部町と硯屋町と…。
シ〜!酔ってるのは野口ちゃんのほうよ。
えぇ〜!?〜丹後へ行ってきたよ。
君と景子さんの生まれ故郷じゃろう?もうどのくらい帰っておらんのじゃ?君たちが通っておった中学へも行ってきたぞ。
お元気そうじゃった。
担任の原崎先生だ。
君の家にも行ってきた。
じゃが残念じゃが誰もおられんかった。
そりゃあ無理もない。
指名手配の殺人犯の家族じゃもののう…。
誰にもなにも言わずにひっそりと姿を消されたそうじゃ。
ただ景子さんのご両親は健在だった。
人がなんと言おうとご両親にとって景子さんはとてもよくできた娘さんだったそうだ。
月々の仕送りも忘れることはなかった。
ご両親にとっては親孝行な優しい娘さんだったそうだ。
(嗚咽)君と景子さんはちいちゃい頃から仲がよかったそうじゃないか。
中学の頃は二人でよく海へ遊びに行ったそうじゃな。
じゃから学校を出て京都へ行っても二人は励ましあって生きているだろうとそう思うておられたらしい。
だからわからんとおっしゃっておられた。
なぜあんたが景子さんを殺してしもうたのか。
それがわからんと。
わからないんです。
僕にも…。
どうしてあんなことになったのか…。
好きだったんです僕も。
でも景子は京都へ出てからどんどん変わっていった。
僕から離れてひとりきりでどんどん僕の手の届かないところへ…。
園という町がそうさせてしもうたのかのう。
景子さんが結婚なさったことは誰にお聞きになったんですか?知らなかったんです。
本人も言いません。
あの電話があるまで…。
(鈴木)15年前のあの日工場の昼休みに…。
ああ…久しぶり
(鈴木)突然でした。
会いたいって言うんです。
今すぐ会いたいって。
(鈴木)それで家には今誰もいないからって。
〜景子:どうぞ
(鈴木)はじめのうち景子は思ったより落ち着いて見えました。
(鈴木)こんな立派な家の人と結婚できてよかったな。
(鈴木)僕はそう言いました。
なによこんな家。
え?丹後の家に帰りたい。
丹後の海が見たい。
あなたのせいよ!私がこんな家に来たのもこんなに酷い目にあうのも!なに言ってんだよ。
弱虫だったじゃない!私をちゃんとつかまえてくれなかったじゃない!ねぇ抱いて…抱いて!お…おい。
景子!憎いの!この家も親戚たちも夫も憎いのよ!だから仕返しをしてやる。
ねぇ抱いて抱いて。
(鈴木)おいっ!やめろよ!
(鈴木)仕返しで抱くなんてそんなこと出来ない!
(鈴木)いやだ!離せよ!だったら死んでやる!死んでやる!やめろ!やめろバカ!バカなことはやめろ!景子!放してはなして!落ち着け!お前!だったら一緒に死んで。
(鈴木)おいやめろ!
(鈴木)景子の力はすごく強く本気で僕を殺すつもりだと感じました。
(鈴木)ただ…突然呼び出された僕にはそんな覚悟はなかった。
(鈴木)死にたくなんか…なかった。
(鈴木)あとは無我夢中でわかりません。
(鈴木)ナイフは景子のどこかを刺しました。
(鈴木)僕は死にたくなくって。
景子?景子!うわぁ!
(鈴木)後先も考えず頭の中が真っ白になって。
(鈴木)遠くへ。
なるべく遠くへ。
ただそれしか…。
〜正当防衛を立証出来るんじゃないでしょうか。
いやそれは難しいのう。
検事調書を全面的に覆さなければならん。
それよりもこの15年前の捜査報告書じゃ。
被害者の首に帯紐が巻いてあったとあるがそれが死因ではない。
被害者の左側頸部の切り傷。
これが致命傷じゃ。
それに違いあるまい。
これを見てごらん。
血の海じゃ。
それにな鈴木益夫の言うておることが本当だとすれば縁側にスニーカーの跡が付くわけないんじゃよ。
そういえば…玄関から出て行ったって言ってましたよね?うん。
いやそれよりもじゃ。
客として迎えられておるのに土足で上がったということは考えられんじゃろう。
じゃから家の中にスニーカーの跡なんか付くわけがない!鈴木益夫さんは私たちに嘘をついたんでしょうか?そんなことはあるまい。
あの当時の警察の報告書など読むわけがないじゃないか。
嘘のつきようがないんじゃよ。
じゃあいったいなぜ…。
〜スニーカーの跡ではない?犯行現場の血痕はスニーカーではないとおっしゃるのか?
(森本)はい。
スニーカーではなく革靴のかかとだと考えます。
これはなんとも予想外ですな。
京都府警の技官の鑑定がかくも簡単に覆されてしまうとは。
(森本)私の鑑定したところでは革靴と判断せざるをえなかったわけです。
その判断の根拠は?靴底に打ち込まれている釘の痕跡が残っているからです。
釘?そうです。
様々な倍率で写真を拡大したところ釘と推定される映像の部分が検出されました。
(森本)拡大した写真は鑑定書に綴じこまれていますからよく注意してご覧になればわかるはずです。
うん…これが釘の跡か。
いやそう言われてみるとそうも見えるがの。
しかしじゃ。
この二つの血痕が犯人のものであるということを大前提にして検察も警察も捜査を進めておるがこれがスニーカーではなく革靴だということになるとその大前提が崩れてしまうことになるがの。
(森本)その点についてはなんとも言えません。
私はただ血痕の鑑定を裁判所に依頼されただけですから…。
証人にお尋ねしたい。
これは事件当時の鑑識係のミスかもしれませんが
(青山)問題の鑑識写真は真上から垂直にではなく幾分…斜めから撮影しているように見える。
その点お気づきでしたか?気づいておりました。
しかし修正のしようがありませんので。
斜めから撮影されたことは知ってはいたが修正を施して鑑定することまではしなかったわけですね。
(森本)やむをえません。
その角度が事件記録のどこにも記載されていないんですから。
〜検察側としましてはもう一人新たな鑑定人を申請したいと考えます。
また鑑定ですか!?
(青山)森本鑑定人の供述にもありましたようにこの鑑識写真は斜めから撮影されています。
ですから修正を加えたうえで鑑定し直すべきと思います。
(裁判長)弁護人の意見はどうですか?何度も鑑定を繰り返したところでますます訳がわからなくなる。
100年経っても裁判は終わりません。
弁護人としては断固反対じゃ!
(青山)斜めに撮影された写真が鑑定の資料になったとすればこれこそ重大な誤りに至らないともかぎらない。
垂直のものに修正したうえで鑑定すべきだ。
「角度がわからん」では修正のしようがあるまい。
だいたい斜めに写真を撮ったのは捜査側の落ち度なんじゃ。
それを棚に上げて再々鑑定せよとはそれを盗人猛々しいというんじゃ!
(野口)へぇこれが過去帳…。
(安子)平成4年ですやろ?
(安子)本間家の先代の三回忌…。
(野口)こうしてちゃんと記録してあるんですねぇ。
(安子)はいそうです。
うちの檀家総代で長いおつきあいですさかいね…。
あのときのことはよう覚えてますわ。
あの若奥さんのことも?えぇあの若奥さん…。
けど警察には余計なことは言うてへんのです。
本間さんのご迷惑になるといけませんしね。
それにあの日途中で帰らはったん若奥さんだけやなかったんです。
えっ!じゃあ他に誰が!?えぇ…。
(田中)こんにちは!
(田中)花屋です。
(安子)おおきに。
献花をお届けにまいりました。
どうもご苦労さんここ置いといてください。
はい。
(安子)おおきにご苦労さん。
(田中)受け取りお願いします。
裁判所もだらしがないわ再々鑑定を認めるなんて。
検察のゴリ押しです。
まぁまぁしかたなかろうのぅ。
だってせっかくこっちに有利な鑑定が出たのに。
わしにゃあわかっとったんじゃ。
検察は必ず再々鑑定を申請すると思うとったよ。
それで不利な結果が出たらどうします?うん…?あぁ…再々々鑑定を申請するんじゃ。
そのうちに何がなんだかさっぱりわけがわからなくなる。
証明力もなくなる。
そうなれば疑わしきは罰せずで無罪になるかもしれんぞ。
ワッハッハ。
もしもし…あら野口さん。
こっちは今裁判所を出たとこ。
…花屋!?あの日お花を届けたとおっしゃるんですか本間家のご自宅に。
はいお届けしました。
15年前ですよ間違いありませんか?そんなん間違いない…間違いありまへんがな!あのあと奥さんが殺されたんですよ!そんなもん殺人事件なんて初めてですから。
時刻まで覚えてるんですよ。
4時12分。
…4時12分。
あの日はね4時半からテレビでボクシングの中継があったんですわ。
それが観たいから早よ帰りとうて何回も時計をチラチラチラチラ見てたんです。
ほんまですよ!奥さんがちゃんと受け取ったのかね?はい。
〜田中:すみませんこっちハンコお願いします〜
(田中)なんか様子が変やなぁとは思うたんですけど早うテレビが観たかったもんですから。
おおきに4時12分か…。
〜生きておったんじゃ…。
死んではおらんかったんじゃ!鈴木益夫が家を飛び出して自転車にぶつかったのが3時半。
〜景子さんが花を受け取ったのはそのあとです。
生き返ったのかも…。
たわけ!一度死んだものが生き返るわけはないじゃろう!しかしな…失神したのを死んだと勘違いするのはよくある話や。
もうひとりいたんですね?…うん。
あの部屋を血の海にした奴がの。
その血を革靴で踏んだ者がの…。
そやつは花屋が帰ったあと現れて果物ナイフで景子さんを襲った。
しかし盗まれた物はないおそらく怨恨じゃ。
それにそやつはなあの日景子さんがあの家にひとりきりでおることを知っておったんじゃ。
ああっ!!なんじゃ!?先生!うん?実は住職の奥さんが法事の当日途中で帰った人間がもうひとりいたって。
なに!?誰よそれは。
岩本隆明ですショッピングモールの社長の。
岩本が真犯人なんでしょうか?いやそれはわからん。
法事の席を中座したあとどこで何をしておったかじゃ。
でも…鈴木益夫は無罪ですね。
うん…。
立証できますね。
確かに花屋の証言は有力じゃ。
しかしあのしつこい検察を黙らせるにはもうひとつな…花屋の記憶違いではないということをな…。
15年も経って関係者の記憶が薄れていることは今までこっちの武器だったのに今度はこっちが困らされるわけですね。
あぁ…皮肉なもんじゃが致し方あるまい。
でも急がないと真犯人が別にいるとなるとそいつはもうすぐ時効を迎えることになるんですよ。
時効!?そうよ時効よ。
長々と裁判を続けている間に真犯人は自由の身になってしまうわ。
先生…どうしましょう?うん…。
忘れたこと…?えぇ…15年前あなた法事の席を中座しておられますな。
(野口)住職の奥さんが思い出してくれたんです。
会食が始まる前にひとりだけお帰りになったって。
そうでしたか…。
何か急用があったのかな…。
店に戻ったのか…家に帰ったのか…。
お話するほどのことではなかったんですよ。
いやわしらはな…それが気になるんじゃよ。
どうでもいいことなら言うべきじゃった。
そうすれば裏づけが取られて完璧なアリバイが証明されておったんじゃ。
いまさらなんなんだ…。
(岩本)犯人はもう捕まってるじゃないか!ところがのぅ…岩本さん。
わしらはそうは思うとらんのじゃ。
鈴木益夫は犯人ではない。
本当の犯人はのぅ…彼がいなくなったあと現れてあの座敷を血の海にした男じゃ。
その血をのぅ…革靴で踏んだ男じゃ!その人は景子さんを憎んでいてあの日景子さんがひとりでいることを知っていた人よ。
それが僕だって言うのか!?証拠があるのか!?ない…証拠があったら即逮捕じゃ。
だったら帰ってくれ…失礼だ!だいたい君たちは弁護士だろう…。
逮捕の権限なんかないじゃないか。
じゃからこうして…お願いに来とるんじゃよ。
これには人の一生がかかっておる。
罪のない人間が罰を受けようとしておるんじゃ。
法事の席を中座したあとどこへ行って何をしたのか教えてください。
疑いが晴れたら私たちは引き下がります。
忘れたよ…15年も前の話だ。
殺人事件があった日だぞ!花屋だって覚えてたのに…。
岩本さん…あんたにも良心はあるんじゃろう…。
あったら少しは心が痛むはずじゃ。
あんたの代わりに罪を背負って苦しんでおる男がおる。
その男を支えて妻や子供が懸命に耐えておる。
助けてやれるのはあんただけなんじゃ。
いいかげんにしろよ!僕は知らん…関係ない。
岩本さん…あと2週間じゃ。
あんた…それを狙うとるんじゃろう。
時効じゃよ…時効…。
殺人の時効はのぅ…刑事訴訟法によると15年と決まっとるんじゃ。
あんたその計算がちゃんとついとるんじゃろう。
先生駄目です!2週間…時効…。
あんたは法の死角に逃げ込んで何の罪にも問われずにのうのうと生き延びようとしておる!わかっとるわい!先生…。
このバチあたりめが!あ…。
〜2週間なんてあっという間よ!憎たらしい…。
飲みすぎですって…理恵子さん。
理不尽よ…誰が決めたのよ時効なんて…。
死んだ人は生き返らないんだから…殺人に時効なんかいらないわ…。
悪酔いしますって…理恵子さん。
先生もまずいわよ…言ってしまうんだもん。
あれは余計でした。
そうですよ…先生がいけません!先生が。
そうじゃ…わしが悪いんじゃ。
〜博…どうしたんだ?こんな時間に…。
話をつけに来た。
話…?融資の件…なんとかしてくれるのか?このショッピングモールは今後は僕が引き継いでやっていく。
なに!?負債をすべて引き受けると言ってるんや。
嫌なのか?ここを乗っ取ろうというのか?アハハハ…バカを言うな。
このままじゃ…どうせ借金を抱えて倒産や。
君がいちばんようわかってるやないか。
それはそうだが…。
となると俺はどうなるんだよ。
1,000万円でどうや?それを元手にして知らない土地で一からやり直せばいい。
1,000万円…俺にくれるのか?ただし…条件がある。
なんだ?証言台に立ってほしい。
〜証言台に立って15年前の真実をすべて話してほしいんや。
貴様!あの弁護士に…。
景子はあんな女や。
いまさら…犯人を恨む気持はない。
ただ…夫として妻の身に何が起きたのか本当のことを知りたいんや。
そうでないといつまでも…心の整理がつかないんや。
わかるやろう?もちろん…時効が成立してからでええよ。
証言をしたあとは君は逮捕されることもなく1,000万円の金を持ってどこかへ消えればええ。
そうすれば鈴木益夫とその家族も救われる。
すべてうまくいくやないか…。
返事は今すぐやなくてもええよ。
待ってるよ。
〜〜長かったのぅ…。
15年長かったのぅ。
被告人にとっては地獄のような逃亡生活じゃった。
しかしあんたは普通の暮らしをして会社も立派に大きくした。
しかしどうじゃった?苦しかったんじゃないかね。
胸にしまい続けた15年…不安で不安でしようがなかったんじゃないかね?弁護人立証主旨はなんですか?弁護人はこの証人の岩本隆明が本間景子殺しの真犯人だと申し上げます。
なにぃ!?
(どよめき)
(どよめき)さぁしゃべってもらおうかのぅ。
15年間隠し続けてきたことを。
楽になるぞ。
〜私にとって景子は世の中でいちばん憎い女でした。
(岩本)園を転々としていた頃から目をかけて店を出すときは金も貸してやったのに…あの女は私をバカにしたんです。
あんた…景子さんに惚れておったのかね?…とんでもない惚れてるなんて。
何人もいる遊び相手の一人ですよ。
あの女の素性知ってますか?表面は着飾っていても中身は育ちの悪い貧乏人です。
(岩本)そんな女が…この私を言い寄ってくる他の男たちと同列に扱ったんです。
この私をですよ!出資金まで出してやったのにあんたを放り出して本間社長と一緒になったのをそのことを言うとるのかね?
(岩本)あの女はカネです。
カネのためならなんでもする。
当時本間君はまだ世間知らずのボンボンでね女遊びなんてしたこともなかった。
景子みたいな女にとってみれば赤子の手をひねるようなもんですよ。
だけど…本間家の親類縁者はそうはいかなかった。
(岩本)そればっかりはあの女にとって計算違いだったんだ。
相当な抵抗があったようじゃね。
あの事件当日景子さんがひとりで留守番をするはめになったのもそのためじゃった。
そうです。
(岩本)私はそれを知ってましたから法事の席を中途で抜けたんです。
二人:すみません。
いやもうお帰りですか?あちょっと…〜
(岩本)本間家の近くでタクシーを降りました。
(岩本)なんのケジメもつけずに後足で砂を蹴るように結婚したことについての責任を問い詰めたかったんです。
〜景子。
どうしたんだ?いったい何があったんだ!
(岩本)いったい何があったのか初めはかたくなに黙り込んでいる景子の口を私は執拗に問いただしてやっと口を開かせました。
(岩本)先に来た男が景子を殺しかけて逃げていったというのです。

(岩本)今殺せば先に来た男に罪をかぶせることができる。
そういう計算が働きました。
景子:ううっ!〜なるほどのぅ。
いや聞いておるぶんにはひどく身勝手で惚れた女への逆恨みのように聞こえるが…。
人間にはそれぞれ考え方があるからのぅ。
でどうじゃな…すべてを打ち明けた今の気持は。
えぇ…弁護士さんのおっしゃるとおり幾分ホッとしました…。
うん。
こんな私でも15年はきつかったんですよ…。
しかしまぁ…無事に時効を迎えたことだしこの際私も裸一貫身ぎれいになって再出発しようと思いましてね。
君は何を言ってるんだ?時効だなんて…弁護人に言われたのか?えっ!?猪狩さん!あんたまたやったな?〜どうしたんだ…時効だろう?15年…15年経ったんだろう?刑事訴訟法254条の2項には起訴された被告人がいわゆる人違いの場合にも真犯人に対する関係では時効停止の効力が及ぶという解釈がある。
なんだ?どういう意味なんだ…。
鈴木益夫が起訴された時点で君の時効も停止しているんだ。
〜そうじゃったのかい…。
いやいずれにしてもこれで鈴木益夫は無罪じゃ…晴れて無罪ということじゃ。
そうじゃな?裁判長。
先生…。
貴様…!騙しやがったな!貴様!!
(廷吏)やめなさい!
(裁判長)静粛に!
(岩本)騙しやがったな!離せ!!静粛に!やめなさい!
(裁判長)静粛に!
(廷吏)やめなさい!やめなさい!!
(岩本)離せこら!離せ!!
(裁判長)閉廷…閉廷します!
(すすり泣く声)〜これでよいかな?はい…。
うん…ではお元気で。
〜やっぱり法廷荒らし…。
よくわかりました。
(猪狩)ん?先生…。
本当は全部わかってたんでしょう?時効のこと。
知ってて騙したんでしょう?騙した?バカこけ!わしは生まれてこの方な人を騙したことなんかないぞ。
うそ先生は詐欺師です。
法律スレスレだわ。
法律なんてものはな人間の幸せのためにあるんじゃよ。
そうじゃない法律なんてのはクソくらえじゃ!アッハッハッハ!アハハハ…。
(野口)お〜い!お〜い!ん…?あっ。
お〜い!お〜い!先生!理恵子さ〜ん!いい景色ですよ!こっちのほうがよ〜く見えるわよ〜!お〜い!上がって来〜い!〜走れ〜!!走れ〜!3歩以上駆け足じゃ〜!〜ハハハ…あいつはまるで子どもじゃな!それが野口さんのいいところです。
〜ハハハ…。
フフフ…。
2015/06/26(金) 13:00〜15:00
テレビ大阪1
和久峻三サスペンス「法廷荒らし!弁護士猪狩文助」[字][解]

交際関係が派手だったという被害者と容疑者の関係とは?老いた偏屈弁護士が、鋭い勘と観察眼で事件の真相に迫る!

詳細情報
番組内容
弁護士・猪狩文助は、型破りな発想で裁判を進めることから “法廷荒らし”の異名を持っていた。ある日、猪狩は新人弁護士の夏目理恵子とともに、15年前に起きた京都の西陣織老舗店夫人・本間景子殺人事件の容疑者・鈴木益夫の弁護を担当することに。事件後鈴木は、偽名を使い逃走を図っていたが、時効間近に逮捕されたのだ。
番組内容続き
鈴木の妻・伊都子は、夫の過去に驚愕するものの、救いたい一心で弁護を依頼したのだった。2人の間には娘も生まれたばかり。愛くるしい赤ん坊を前にして、猪狩はできるだけ鈴木の刑を軽くしようと心に決めるのだった…。
出演者
猪狩文助…藤田まこと
 夏目理恵子…片瀬那奈
 野口耕一…小林正寛
 本間博…勝村政信
 青山義信…白井晃
 本間景子…大路恵美
 辻武/鈴木益夫…田中実
 辻伊都子…大寶智子
 岩本隆明…尾美としのり
 森本泰史…北見敏之    ほか
原作脚本
【原作】和久峻三
【脚本】古田求
監督・演出
【演出】岡屋龍一

ジャンル :
ドラマ – 国内ドラマ

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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2/0モード(ステレオ)
解説放送あり
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