直線です残り80メートル!さあみっちゃんいけ!去年12月山口県防府マラソン。
残り50メートル59分8秒。
いけるぞ!絶対いける!まっすぐ!まっすぐ!目の見えない一人のランナーが記録に挑んでいました。
OK!みっちゃんおめでとう!やった!やったよ!女子マラソン視覚障害クラスのトップランナー…この日参考記録ながら世界記録を1秒上回りました。
しかしこれは大きな目標を達成するための始まりにすぎませんでした。
どうしてもかなえたい道下選手の夢。
それは来年リオデジャネイロで開催されるパラリンピックで頂点に立つ事。
8980!道下選手は25歳の時視力のほとんどを失いました。
かすかに感じる光や色を頼りに走っています。
ラストいきま〜す。
よ〜いはい!自らに課したノルマは1か月400キロ。
道下選手と共に42.195キロを走る…レース前道下選手の足音を繰り返し聞いていました。
走るリズムを体に覚え込ませるためです。
道下選手はロンドンで行われた世界選手権に挑みました。
パラリンピック日本代表の座を射止めるための大事なレース。
しかしコンディションの悪いコースの路面が立ちはだかりました。
悲願のパラリンピック出場はかなうのか。
道下選手の半年を追いました。
大勢の市民ランナーでにぎわうこの公園が道下選手のいつもの練習場所です。
週に6日必ず走る事に決めています。
はいOK。
流して流して。
いいペースだったよ。
いい感じでしたね。
何かあんまり力まずにいけましたよね。
ねえ。
それが何よりの収穫ですね。
道下選手は夫と2人暮らし。
目が見えなくなるまでは調理師の仕事をしていた道下選手。
家事は全て1人でこなします。
お帰り。
ただいま。
短大生の頃アルバイト先で知り合いました。
お帰り。
マラソンに打ち込む道下選手を応援してくれるよき理解者です。
そうね。
そやろ?うん。
いやでも本当そう。
よく見てますね。
学生時代友人と温泉旅行に行った時の写真です。
笑顔がすてきな女性でした。
しかし25歳の時好きで始めた調理師の仕事をやめる決断を迫られました。
子どもの頃から何度も手術を受けてきた角膜の病気が原因でした。
右目は全く見えません。
左目はかすかな光と色を感じる程度です。
仕事をやめてしばらくは家に引きこもっていたといいます。
道下選手に立ち直るきっかけを与えてくれたのが走る事でした。
人が少ない夜の公園で一人練習する事もあります。
手すりが光る。
街灯の光で。
街灯の光や僅かな反射を頼りに走ります。
マラソンに挑戦したのは30歳を過ぎてから。
僅か6年で日本を代表するトップランナーに成長しました。
努力すれば記録が伸びる事にやりがいを感じています。
去年11月道下選手は世界記録の更新を目標に定め練習に取り組んでいました。
1キロごとのスピードを一定に保ちながら走るペース走。
世界記録2時間59分22秒を上回るためには1キロを4分15秒のペースで完走しなければなりません。
自己ベストを一気に6分以上縮める計算です。
なぜ記録にこだわるのか。
きっかけは去年4月初めて出場したロンドンマラソンで屈辱を味わった事にありました。
優勝した選手に10分以上の大差をつけられて2位に終わったのです。
敗因はペースの乱れにありました。
スタート前道下選手は1キロ4分25秒を目安に走る事に決めていました。
しかしレースは設定したペースを維持できない展開となりました。
特に後半25キロ以降大きく失速しています。
優勝したのはスペインの選手。
道下選手を全く寄せつけず金メダルと同時に世界記録を達成しました。
ロンドンから帰国してすぐに世界記録への挑戦が始まりました。
はいOK。
緩めて。
この日1キロ4分15秒のペースで16キロを完走。
順調に仕上がっていました。
道下選手をサポートする2人の伴走者。
堀内規生さんは医療関係の営業マン。
レース前半の伴走を担当しています。
歯科医師の口敬洋さんは後半ゴールまでの担当です。
2人とも道下選手にストレスを感じさせず思いどおりに走ってもらう事を心がけています。
道下選手と伴走者をつなぐのは50センチのロープ。
こんなふうにならないように…存在消すっていうとあれですけども…給水4からでしたよね。
4〜5キロ置きぐらいに…。
4から5キロごとですね。
世界記録を狙うレースが近づいていました。
山口県で行われる防府マラソンです。
レースを2日後に控え堀内さんと口さんは給水ポイントや道路の状態天候などを確認しました。
レース中道下選手にかける言葉は意識して前向きな表現を使うようにしています。
プラマイじゃない方がいいんじゃないですか?予定より何秒速い遅いって。
どんなに厳しい局面でも前向きな気持ちを持続させる事が伴走者の腕の見せどころです。
防府マラソン当日。
この日は前半の30キロを堀内さん。
残りの12.195キロを口さんが伴走します。
世界記録を意識して取り組んできた1キロ4分15秒のペースを維持できるのか試されます。
(スタートの合図の音)録音した道下選手の足音を聞いて走りのリズムを体に刻み込んできた堀内さん。
序盤道下選手のペース作りに気を配ります。
道下さ〜ん頑張って!この日の道下選手は絶好調でした。
道下選手のラップタイムの記録です。
堀内さんが伴走した前半30キロほぼ完璧に1キロ4分15秒のペースを維持しました。
口さんに伴走を引き継ぎます。
この時点で想定よりも8秒速いタイムでした。
OK大丈夫よ。
34キロ地点まで1キロ4分15秒のペースが順調に続いていました。
しかし35キロでペースが落ちます。
この時口さんはうそをついていました。
実際のタイムは更に3秒遅い4分19秒でした。
競技場に入ってきたタイムは世界記録とほぼ同じでした。
さあ間もなく直線ですよ。
さあ最後スイッチ入れて。
直線です残り80メートル!さあみっちゃんいけ!59分2秒。
残り60メートル!ロープ離していい。
まっすぐいこう!残り50メートル59分8秒。
いけるぞ!絶対いける!まっすぐ!まっすぐ!59分14秒!15秒!あと30メートル!20メートル!10メートル!OK!みっちゃんおめでとう!出た出た出た!やった!よく耐えたよく耐えた!世界新!1秒1秒!1秒1秒更新!
(口)よかったね。
参考記録ながら世界記録を1秒上回りました。
(一同)万歳!万歳!ありがとうございます。
やったね!うれしいうれしい。
もう本当に…。
みっちゃんよく頑張った。
本当によく頑張った。
すごいよ。
この日の結果を受けて道下選手は4月に行われる世界選手権の日本代表に選ばれました。
新たな目標となった世界選手権。
その舞台は去年屈辱を味わったあのロンドンマラソンです。
防府マラソンから2週間が過ぎた今年1月。
3か月後に迫った世界選手権に向けてミーティングが開かれました。
実はマラソンの視覚障害クラスは男子だけがパラリンピックの正式種目です。
女子は来年のリオデジャネイロ大会で正式に認められる事が有力視されています。
ロンドンの世界選手権は重要な通過点です。
(堀内)世界でサブ3ですね。
世界でサブ3。
(堀内)しかもロンドンだし1年ぶりなんで。
調子がよければそこから…。
本格的な練習が始まった2月。
道下選手は足に不調を感じていました。
痛みはありませんが左膝に違和感があったのです。
シドニーオリンピックで陸上の日本代表チームのトレーナーを務めた事もあります。
岩井さんは膝の違和感は道下選手のフォームに原因があると見ていました。
何か変な着き方してますね。
ハイスピードカメラで捉えた道下選手のフォームです。
着地する瞬間左足のつま先が内側に入り込んでいます。
更に蹴り出したかかとは外側にねじれています。
この左足の癖が膝に余計な負担をかけ違和感につながっている可能性がありました。
世界選手権まであと1か月。
道下選手は千葉県で行われた強化合宿に参加しました。
日本代表クラスの選手や伴走者と一緒に練習できる貴重な機会です。
合宿初日の夜。
堀内さんが日本を代表する伴走者からアドバイスを受けていました。
アテネパラリンピックで金メダルを取った選手の伴走を務めました。
じっと見つめているのは道下選手のランニングフォームです。
中田さんは道下選手のある重大な欠点を指摘しました。
中田さんが注目したのは道下選手の腕の振り方でした。
右腕は肩から肘にかけて前後に大きく振っています。
ところが左の腕は肘がほとんど動いていません。
腕が振れていない事で前に進む推進力が失われていると言います。
更に左腕は道下選手の左足の癖とも関係していました。
左の足の方がつま先の着く時にこっち側向いて入ってます。
だからやっぱりあれか…腕ですか?腕が振れない事が原因となって左足に負担がかかっている。
中田さんはできるだけ早く腕の振り方を直す事を勧めました。
中田さんのアドバイスはすぐに道下選手に伝えられました。
(堀内)事実左腕が振れていない事によってやっぱり遠心力の問題とかもあってですね左足がどうしてもバランスが崩れてるんじゃないかという事も考えられなくはないねっていう。
一案ですよ。
ありました。
今すぐできる事とリオに向けて改善していく事というのは分けなきゃいけないと思ってて全体的なフォームをロンドンに向けて変える事は無理。
やりやすくないし。
フォームを変えるためには半年近くの時間が必要です。
間近に迫ったロンドンは今のフォームのままで臨む事を決めました。
左腕が振れない原因はどこにあるのか。
実は並んで走る伴走者との関係が深く関わっていました。
マラソンに関しては左に伴走者がついてもらう事が多くなって…いろんな方に走って頂くようになって自分の中で…もちろん伴走者もいろんな方がいるので…
(取材者)合わせるとおっしゃいましたけど本来…伴走者が合わせてくれるのが一番理想的ですよね?道下選手にはレースを走る堀内さんと口さん以外にも一緒に走ってくれる大勢の伴走者がいます。
10代から70代まで。
ジョギングや体力作りの軽い練習につきあってくれる仲間たち。
走力も経験も全く違いますが一人一人の力が道下選手の練習を支えてきました。
普通の例えば…ロンドンの世界選手権まで残り2週間。
いいですか?いいですか?いきます。
よ〜いはい。
この日道下選手は本番を想定した練習に臨みました。
パートナーはロンドンで前半の伴走を担当する堀内さん。
1キロ4分15秒のペースで20キロを走ります。
しかし半分も走らないうちにペースダウン。
途中で練習を中断しました。
実はこの前日予定していた別の伴走者がケガをしたため練習がキャンセルになっていました。
伴走者がいなければ走りたくても走れない現実に直面し気持ちが落ち込んでいました。
家で何か例えば…4月の10日とか家でクサってましたよ。
フフフ…。
今日走れないやって…。
多分私の中で…う〜ん…。
結構追い込んできてたので…4月下旬ロンドン。
世界選手権まであと3日に迫りました。
レース中盤の23キロ付近で口さんが一人でコースの下見をしていました。
去年道下選手は路面のうねりやヒビ割れに足を取られ後半の失速につながりました。
だからもう下りがあるよっていう…。
本当に何か飛び降りるみたいな感じになっちゃうから。
失敗を繰り返さないために念入りな下見をする口さん。
去年特に苦戦したポイントには3回足を運びました。
来年のパラリンピックに出場する事を最大の目標にしている道下選手。
今回の世界選手権で誰もが納得する結果を出さなければならないと考えていました。
3時間を切るタイムで金メダルを取る。
そのため1キロごとのタイムをこれまでより更に1秒速くすると宣言していました。
ところがレース前日。
3人で打ち合わせをしていた席で突然道下選手が方針の変更を伝えました。
頑張って下さい。
頑張りましょう。
この3日前日本盲人マラソン協会から「世界選手権で3位以内に入ればパラリンピック日本代表の最有力候補として推薦する」と告げられました。
記録を狙いにいくのかそれとも確実にメダルを取りにいくべきか。
道下選手は揺れていました。
ファイブフォースリーツーワン…。
(スタートの合図の音)2015年のロンドンマラソン。
世界選手権は5か国から集まったライバルとの戦いとなりました。
10キロ地点トップで通過したのはロシアの選手。
46秒後道下選手が3位で通過します。
4分15秒のペースで走り続ければ40キロ付近でトップの選手に追いつく計算でした。
中間地点では後半を伴走する口さんが待ち構えていました。
来た来た来た!この時トップとの差はおよそ2分。
このままペースを維持すれば十分射程圏内です。
23キロ。
口さんが念入りに下見を重ねたポイントにさしかかりました。
最も走りにくいと考えていた路面を前半とほぼ同じペースでクリアします。
継ぎはぎだらけのアスファルトの路面が続いていました。
ここでペースが狂い始めます。
口さんもふだんと違いました。
走りながら後ろを振り返っています。
ゴール前最初に入ってきたのはロシアの選手。
2時間58分23秒。
世界記録を1分近く更新して優勝しました。
トップから遅れる事5分。
道下選手がゴールに向かいます。
結果は3時間3分26秒3位。
メダルは獲得しましたが国際大会で3時間を切る目標には及びませんでした。
う〜ん。
いや〜この日のためにどんな事やってきたかなっていうのは思ってましたね。
すごいやっぱ苦しかった事とか…みんなからかけてもらった言葉とか思い出しながら絶対…絶対いけるっていう思いにつながるような思い出せるような要素をプラスになりそうな要素を頭からどんどん引き出していってましたね。
何かのきっかけで変わらないか変われ変われって思いながら走ってましたね。
ですね…。
ああ涙が浮かんできた。
でも本当そうですね。
でもねそのためにきつい練習をやってこないといけないんだなっていう事もね今思いますね。
もっともっともっと引き出しをその時引き出せる引き出しを増やさないと世界で勝てないなって思いますね。
ロンドンから帰国した道下選手が堀内さんと口さんに送ったメールです。
そこには次の目標に向かって克服すべき課題が書かれていました。
男とか女とか視覚障害だからどうこうと関係なくて人としてすごいっすね。
こんなに決めた目標夢に対して貪欲にいけるんだっていうのはまあ自分はできてないしあそこまでできる人って知り合いにいるかな。
あんまいないかもしんないですよね。
やっぱり勝たせてあげたかったし決してそれができない訳ではなかったと思うので悔しいなというのとちょっと申し訳ないなという気持ちですね。
彼女をもっとリズムよく走らせる疲れさせないとか展開ですね。
そこにはまだ工夫の余地があったんじゃないかなというふうにやっぱりすぐに思いました。
マラソンランナー道下美里選手。
リオデジャネイロの舞台に立つその日まで挑戦は終わりません。
世界が核戦争の危機一歩手前の緊張にあった時代…2015/06/25(木) 01:30〜02:15
NHK総合1・神戸
アスリートの魂「終わりなき挑戦 視覚障害者ランナー 道下美里」[字][再]
視覚障害者マラソンの第一人者、道下美里選手、38歳に密着。去年、国内レースで参考記録ながら世界記録を上回る快挙を達成。伴走者とともに、世界一を目指す日々を追う。
詳細情報
番組内容
道下選手は角膜の病気のため、25歳で視力のほとんどを失い、30歳を過ぎてマラソンを始めた。主婦をしながら行う練習のノルマは月間400km。雨風の日も休まず走り続ける。道下選手に欠かせないのが50cmのロープを握り合って走る伴走者の存在だ。道下選手の力を最大限引き出すため、リズムを崩さない歩幅や腕の振り方など工夫を重ねてきた。4月のロンドンマラソンで世界一になったのか。道下選手と伴走者の挑戦を追う。
出演者
【語り】仲村トオル
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – スポーツ
スポーツ – マラソン・陸上・水泳
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音声 : 2/0モード(ステレオ)
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