医療分野で必携、進化する「クリスパー・キャス」、いまや知らぬは「もぐり」?
遺伝子切断だけにとどまらない実力 西川伸一 THE CLUB

遺伝子を特定の場所で切断する。画像はイメージ。記事と直接の関係はありません。(画像:Hiroshi Nishimasu, F. Ann Ran, Patrick D. Hsu, Silvana Konermann, Soraya I. Shehata, Naoshi Dohmae, Ryuichiro Ishitani, Feng Zhang, and Osamu Nureki)

遺伝子を特定の場所で切断する。画像はイメージ。記事と直接の関係はありません。(画像:Hiroshi Nishimasu, F. Ann Ran, Patrick D. Hsu, Silvana Konermann, Soraya I. Shehata, Naoshi Dohmae, Ryuichiro Ishitani, Feng Zhang, and Osamu Nureki)

 「クリスパー・キャス9(CRISPR/Cas9)」の利用のほとんどは、キャス9(Cas9)のDNA切断能力を使った遺伝子編集だった(クリスパー・キャスについては前回の記事を参照、前回の記事はこちら)。

 「ガイドRNA」があれば、キャス9はゲノムの特定の場所に結合する。この性質を利用したさまざまな技術の開発が進んでいる。

遺伝子を自由に制御する

 例えば、生きたまま細胞内の遺伝子を見る方法が開発されている。

 さらに最も期待されるのが、特定の遺伝子の発現やエピジェネティックな状態を自由に調節する利用だろう。

 今回紹介する10月23日号に掲載された2編の論文は、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の同じグループからの研究で一つのセットになっている。

 タイトルは「タンパク標識システムを遺伝子発現と蛍光イメージングの増強に使う(A protein-tagging system for signal amplification in gene expression and fluorescence imaging)」と「CRISPRを全遺伝子レベルの発現抑制と活性化の調節に利用する(Genome-scale CRISPR-mediated control of gene repression and activation)」だ。

 最初の論文では、細胞質内で働く抗体を開発したものだ。細胞内で標識をする方法、「サンタグ(SunTag)法」について紹介している。

 遺伝子を改変して、蛍光タンパク質を融合して標識する方法はもはやルーチンになっている。

 もっと蛍光シグナルが強く光ればいいなと、誰もが感じていた。複数の蛍光物質で標識できればいいという考え方がある。とはいえ、蛍光物質が大きくなると、標識すべきものがうまく機能を維持できないのが問題だ。この課題を解決するために、短いペプチドと呼ばれる物質の繰り返しであるサンタグで標識する方法が生まれている。サンタグには、細胞の中で作られる蛍光付きの抗体と呼ばれる物質が付くことで強く光らせることを可能とする。

 原理は簡単だが、抗体を生きた細胞質内で機能させることはそう簡単ではない。

 試行錯誤を繰り返し、ついにシステムを完成させ、生きた細胞の中で単一分子を追跡できる技術に仕上げた。

 この技術を次にキャス9に応用している。キャス9にサンタグをつけることでどこの遺伝子に結合しているかを見えるようにできるわけだ。

 ただし、今回の論文では、光らせるのではなく、遺伝子の情報からタンパク質を作り出す「転写」を促すような仕組みを作っている。

 「VP64」と呼ばれるタンパク質を組み合わせている。研究グループは、この方法が期待通り使えることを確認している。

 細胞の中のあらゆる遺伝子でもコントロールできるわけだ。VP64を使えば、転写を進められるし、「KRAB」と呼ばれる物質を使えば抑制することもできる。

49種類の遺伝子を自在に操る

 次の論文は、遺伝子の転写をキャス9で活性化したり、抑制したりしている。遺伝情報全体であるゲノムレベルで遺伝子の発現をコントロールする方法を開発しているのだ。

 ここで開発が必要なのは、ガイドRNAをどう使えばよいかだ。全遺伝子でどのガイドRNAを使うかを決める必要がある。

 実際には、49種類の遺伝子をコントロールするためのガイドRNAを試し、最適な使い方を調べている。

 遺伝子を抑制するための方法、活性化するための方法を発見。全ての遺伝子について2種類ずつガイドRNAを設計し、全遺伝子分について特定の遺伝子がオンになっているもの、オフになっているものを作り出している。

 このような細胞があると、がんが増える時どの分子が必要か、あるいはどの分子が抑制するのかなどしらみつぶしに調べることができる。

 実際、この研究でも毒素に関わる分子を網羅的に調べ、特定できていなかった分子を発見した。

がんでもiPSでも重要技術に

 膨大な仕事で、これ以上詳しく紹介することは差し控えるが、今後がん細胞やiPS細胞などにも導入され、さまざまな細胞の中のプロセスに必要な分子の同定が行われるだろう。

 このような網羅的技術は大学や研究所だけでなく、創薬企業に重要な技術だ。iPS細胞と組み合わせたシステムを簡単に企業が利用できるようにすることもiPS研究で助成を受けている研究グループの使命だと思う。


文献情報

Tanenbaum ME et al.A Protein-Tagging System for Signal Amplification in Gene Expression and Fluorescence Imaging.Cell. 2014 Oct 8. [Epub ahead of print]

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25307933

Gilbert LA et al.Genome-Scale CRISPR-Mediated Control of Gene Repression and Activation.Cell. 2014 Oct 8. [Epub ahead of print]

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25307932

 

西川伸一 THE CLUB
 医療と健康の情報サイト「Medエッジ」スーパーバイザーの西川伸一が、世界の動きをウォッチし、潮流として注目したい新しい話題を解説します。単純なニュースとは一線を画する特別なコーナーの意味を込めて「THE CLUB(ザ・クラブ)」の名を付けています。

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西川伸一(Medエッジスーパーバイザー)

1948年生まれ。京都大学医学部卒。熊本大学医学部形態発生部門教授、京都大学医学研究科分子遺伝学部門教授、理研発生再生科学総合研究センターグループディレクターを経て、2014年8月より「Medエッジ」スーパーバイザー。京都大学名誉教授。

ウェブサイト:http://www.mededge.jp