韓国で高まる外交的孤立感


 韓国の場合、日本と違ってその置かれた地政学的環境や歴史的経験から、周辺国との関係には古来、きわめて敏感である。歴史的には対外関係悪化はしばしば戦争や侵略という事態につながり、民の生存が直接影響を受けるという経験を重ねてきたからだ。

 ここでも余談になるが、いま、韓国ではNHKにあたるKBSテレビが年初から「光復70周年記念番組」と銘打って大河歴史ドラマ『懲毖録(ジンビロク)』を毎週末、放送している。

 このタイトルは16世紀末、日本の秀吉軍の侵攻である韓国でいうところの「壬辰倭乱」(文禄・慶長の役)の際、それを迎え撃った韓国朝廷の重臣、柳成竜が書き残した回顧録そのままである。したがってドラマの主人公は柳成竜である。

 余談の余談でいえば、韓流ファンにとっては先刻承知のことだが、韓流スターの草分けの一人であるリュー・シウォン(柳時元)はその直系の子孫として知られる。柳家の古宅は慶尚北道・安東の民俗村「回会村(ハフエマウル)」にあって観光スポットになっている。

 周知のようにこのときの“日韓戦争”は、明(中国)征服という豊臣秀吉の野望がきっかけだった。しかし朝鮮出兵ののち、途中で秀吉が死亡したため日本軍は撤退した。韓国からすれば結果的に日本を撃退した勝利の戦争ということになるが、実際は日本軍の侵攻で長期間(あしかけ6年!)、戦場となった韓国は大打撃を受け疲弊する。

 もう一つ余談を重ねれば、ソウルに語学留学した1970年代後半にこんなことがあった。留学生仲間の日本人の話で、下宿先でカセットラジオが無くなったことを話題にしたところ、同じ下宿の韓国人から「そんなことでガタガタいうな。秀吉軍が韓国でしたことに較べれば何でもないじゃないか」と叱られたという。

 この「壬辰倭乱」の愛国ドラマは韓国版・忠臣蔵みたいなものである。昨年は日本水軍との海戦で勝利した「救国の英雄」李舜臣(イ・スンシン)を主人公にしたスペクタクル映画『鳴梁(ミョンリャン)』が、観客動員1700万人突破の史上最高を記録している。十六世紀の歴史がいまに生きていて、国民ドラマとして繰り返し刷り直しが行なわれているのだ。

 「壬辰倭乱」の“日韓戦争”は、途中から明軍が韓国支援に加わったため“日中戦争”になる。韓国朝廷はとくに休戦交渉にあたって日中のあいだで右往左往する。この稿を書いているとき、KBSドラマの展開はそのあたりに差し掛かっている。

 『懲毖録』(日本語版は平凡社の東洋文庫)は日本の侵攻を予期できなかったことや、韓国側の内部混乱、そして日中韓の外交葛藤など自己批判を込めた記録である。東アジア情勢が流動化するなか、光復70周年記念として大河ドラマに選ばれたのは理由があるのだ。

 そんな韓国だから、日本と首脳会談さえまだ一度も開かれていないという長期間の不和や緊張には、間違いなく不安が伴う。しかも国際関係では最大の頼みである米国さえ日本寄りとあっては、不安はいっそう募る。それに韓国と共に日本非難の“歴史共闘”をしてくれていたはずの中国さえ、日本との首脳外交に応じ実利外交に転じた。韓国に外交的孤立感が生まれても不思議ではない。

 思えば不思議なことだが、韓国は今回の安倍首相の訪米に対し“妨害工作”に官民挙げて狂奔した。その関心は訪米前から始まり、メディアはまるで韓国の首脳が訪米するかのような興奮ぶりだった。事実、韓国紙のワシントン特派員は「2013年5月の朴槿惠大統領がワシントンを訪れた時より忙しかった」(5月11日付『東亜日報』)と述懐している。

 最大の関心事は歴史問題だった。それも日米の歴史問題ではない。日韓の歴史問題である。端的にいえば慰安婦問題だ。とくに安倍首相に米議会演説で慰安婦問題に関し、いかに謝らせるかだった。先のワシントン特派員は「安倍総理が第二次世界大戦中の日本軍慰安婦など過去史の蛮行を認め謝罪するかどうかは、すでに韓民族の自尊心がかかった状態だった」と書いている。

 そしてその間、韓国外務省の北米局北米一課は“米日課”といわれるほど米国での反日工作に励んだというのだ。

 そのため韓国はまず安倍首相の国賓訪問ということにイチャモンを付けていたが、次は在米韓国人や親韓派の米議員などを動員し議会演説阻止に動いた。「アベに免罪符を与えるな」というわけだ。議会演説やむなしとなると、今度は演説に謝罪の文句を入れさせようと必死になった。

 この過程で例によって本国から、いまや国際的にも反日名士になった元慰安婦の老女が“動員”された。彼女らを押し立てた安倍非難の反日パフォーマンスが、ホワイトハウスや議会前などで執拗に展開された。