「あおぞら銀買収」はなぜ迷走を続けるのか
そもそも「株式を手にする理由」からして食い違う、現在の有力株主オリックスと有力買収候補の三井住友。外資と金融庁の理屈もぶつかるなかで、もつれた思惑の糸は容易にほぐれそうもない。
一月二十四日のあおぞら銀行の臨時取締役会。ソフトバンクが売却する約四九%の株式買収に名乗りを上げた、三井住友銀行、米投資ファンド・サーベラス、米GEキャピタルの三社の幹部による買収後の経営戦略のヒアリングを終えたあとの役員会議室には、あおぞら銀の幹部だけが残っていた。
さんざん論を尽くした議題が、また蒸し返された。焦点は、どの買い手候補に対してデューデリジェンス(買収価格を算定するために必要な買収先の資産査定)を認めるか。この議論は昨年末以来、数えて四回目となる。
三井住友銀は、あおぞらの子会社化をも視野に入れているという。議論が二時間を超えようとしたとき、一部幹部が「三井住友銀への資産査定を拒み続ける理由が対外的に説明できない。議論の先延ばしはあおぞら銀の経営にも影響を与えかねない」と指摘する。ここでようやく「(あおぞら銀買収後の)経営戦略や事業計画等の調整を要する」との条件付きながら、三井住友銀と米サーベラスの資産査定受け入れが大筋で決まったのだという。
「古い金融」と「新しい金融」
「二人の面子争いだ」。あおぞら銀の買収劇を巡って、関係者が口々に絵解きする“面子を争う二人”とは、三井住友フィナンシャルグループの西川善文社長と、オリックスの宮内義彦会長である。
宮内氏はあおぞら銀の社外取締役も務めている。「旧財閥系銀行トップ」vs「財界の新興勢力代表」――こんな構図になるのだろうか。二十八歳で入社したオリエント・リース(現オリックス)で、企業買収を繰り返しながら事業を拡大した財界のニューカマー・宮内氏は、いまや小泉純一郎首相の諮問機関「総合規制改革会議」の議長をはじめ、経済同友会副代表幹事や経団連常任理事などの要職につく。二十四日の臨時取締役会の際に開かれたヒアリングの場で両者は顔を合わせるが、「西川氏の落ち着き払った語り口のなかにも、宮内氏への敵愾心にも似た感情が垣間見られた」と、関係者は振り返る。
西川氏と宮内氏の間に個人的な確執があるのかどうかなど、本当のところは知る由もない。ただ、日本の金融ビジネスの潮流の変化を背景に置いて見れば、二人の面子を形づくるもの、それぞれ背負って立つものが、ぶつかり合うのはよくわかる。
「この数年は、リース、融資を中心としたビジネスから、エクイティ(株式など)投資へのシフトを図ってきた」(オリックス社長室広報グループ・機谷俊夫課長)というオリックス。つまり同社にとってはあおぞら銀行株を保有することも、出資とリターンの関係から成功か失敗かを判断すべき「投資」の一環なのである。
その新たなスタンスは、融資先から得られる金利収入を柱とする旧来の日本型金融ビジネスの否定だと言うことができる。住友銀行時代から数えて六年もの間、同行トップに君臨し続ける西川氏が、こうした考え方を面白く思うはずはない。専務時代には住友銀の経営を揺るがしたイトマン事件処理の陣頭指揮をとり、頭取に就任してからもダイエーや熊谷組の再建問題を何とかしのいできた。そんな西川氏にとって、銀行とは単なる投資先ではあり得ない。企業のリスクを引き受けて融資という成長の原資を提供する、金融の「機能」そのものであることが、銀行の存在価値になるはずだ。
一方で、あおぞら銀に対するオリックスの出資比率は持分法が適用されない一四・九九%にとどまるが、現在の筆頭株主ソフトバンクは「機関銀行化」の指摘を恐れて経営にはほとんど関与していない状態だ。そのためオリックスは、OBの丸山博氏をあおぞら銀の社長に送り込んで実質的に経営を掌握するという「美味しい立場」(あおぞら銀関係者)を獲得している。
しかもオリックス側の表現を借りれば、あおぞら銀はオリックスを「ビジネスのパートナーとして選んでくれる」(前出のオリックス・機谷氏)という、憎からぬ“親戚”なのである。実際、出資後に買収した旧日本債券信用銀行グループの不動産会社「日本地所」や、あおぞら銀と共同出資して設立した「あおぞらカード」、さらにあおぞら銀と提携関係にある広島総合銀行の子会社「広島総合リース」の買収など、あおぞら銀を配下に置くことによって、オリックスは効率よく事業を拡大することができた。
「メガバンクではなく、小さくてユニークな独自性のあるバンク」(機谷氏)という、オリックスが投資先に期待している理想像の具体的なイメージはいまひとつ判然としない。が、少なくとも「子会社化して中小企業向け融資のための銀行にするのが狙い」(金融業界関係者)と見られている三井住友の思惑とはかなりのへだたりがありそうだ。
「宮内はあおぞら銀行の取締役会で、『三井住友のデューデリジェンスを受け入れるな』などとは一切言っていないと言っている」(機谷氏)。それでもエクイティ投資家としてのオリックスにとって、投資先であるあおぞら銀の経営権が三井住友の手に渡るというのは、やはり有り難いとは言えないシナリオだと見るべきだろう。
いわば「古い金融」と「新しい金融」の理念がぶつかり合っている買収劇の筋立てを、さらに錯綜させているのが“外野”の利害関係者たちの介入である。ここには各種法律を盾に取った、金融当局の動きも一枚噛んでいる。
象徴的なのは、昨年四月に施行された改正銀行法の制定だ。サーベラスがあおぞら銀の少数株主から同行株式を買い増す準備を着々と進めていた当時、金融庁は銀行法を急遽改正、金融機関の株式を二〇%以上保有するには当局の事前認可を必要とするという条項を盛り込んだ。まさに「サーベラスが大株主になって経営の実権を握るのに待ったをかけた」(金融業界関係者)としか思えないタイミングである。
さらに金融庁は今年一月に、貸出先や事業内容などの顧客情報を、あおぞら銀がサーベラスに漏洩させていたと指摘。場合によっては業務改善命令を含めた行政処分を科すと通知した。驚いたのはあおぞら銀である。同行にとってこの金融庁からの指摘は、「一年前に解決したはずの問題」(あおぞら銀行経営企画部・原田政明広報室長)だった。あおぞら銀の丸山社長は、昨年春の金融庁検査で同様の指摘を受け「始末書」を同庁に提出していたのだから。
米投資ファンドによる買収後、積極的な債権回収を行なって取引先を震撼させた新生銀行(旧日本長期信用銀行)の再現を恐れたのか、三井住友銀があおぞら銀買収を検討していることが明らかになった際には、金融庁上層部は「ほっと胸を撫で下ろした」(金融庁関係者)という。今回のあおぞら銀買収問題で、トップ自ら同行に足を運んで買収後の経営方針を滔々と語る西川氏の様子を、「金融庁の意向を汲んだパフォーマー・西川氏らしい動き」(銀行関係者)だと見ている向きは多い。
“適切”でなかったソフトバンク
こうした「稚拙な妨害」(サーベラス幹部)に、サーベラス側は不快感を募らせた。同ファンドの特別顧問ダン・クエール氏は昨年十一月に来日し、自民党の相沢英之・元金融再生委員長など、金融行政に影響力を持つ複数の議員と面会している。
先代ブッシュ政権の副大統領であるクエール氏の来日は、金融庁の恣意的な判断で買収を妨害されるようなことがあれば「日本の金融市場の閉鎖性を日米問題として指弾するよう、いつでもホワイトハウスを動かす」という「無言の圧力」(関係者)に他ならない。「転売により売却益を狙うハゲタカファンドは好ましくない」といった理屈は、すでにリップルウッドが新生銀行を、あるいは米ローンスターが東京スター銀行などを買収している以上、その説得力を失っているというわけだ。
サーベラスに関しては、宮内氏が同ファンドのアドバイザリーボードに入っていることにも注目しておく必要があるだろう。金融機関に出資して二〇%以上の「主要株主」となる場合、どういった買い手が適切なのか、金融庁が下す事前認可の具体的な基準はまだ明らかになっていない。リップルウッドのティム・コリンズCEO(最高経営責任者)も「新生銀行売却の意向を漏らしている」(大手銀幹部)とされ、内外の多くの金融関係者は、今回のあおぞら銀の買収合戦に関して金融庁がどのような裁定を下すか、新生銀行の今後を占う意味でも注視しているようだ。
日債銀(現あおぞら銀行)の譲渡先選定を巡る論議を記録した金融再生委員会議事録では、ソフトバンク・オリックス・東京海上火災の国内連合に決めた過程に触れられている部分はことごとく墨で塗りつぶされている。結局は、ソフトバンクがあおぞら銀行の大株主として“適切”ではなかったからこそ、保有株を売却することになったのではないか。次の買収先の決定過程も透明化されないのであれば、いずれまた同じような騒動が繰り返されるだけだろう。
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