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いやぁ、死んでよかった
今度はちゃんと地上だった。周りを見渡すと驚くほど大草原で、異世界を感じさせられる。
俺は大きく深呼吸して空気を堪能してからゴロンとその場に寝転んだ。そこであることに気づく。
異世界に来たということはアニメなんてものはもちろん存在しない。
つまり、アニメが見れない。
これは由々しき事態である。
アニメが観れない?そんな生活が俺に耐えられるだろうか。
あっちの世界では俺を支えてくれていたアニメ。あの世界唯一の長所、アニメ。俺の生き甲斐だったアニメ。
「もうダメだぁ……おしまいだぁ……」
俺は早くも折れそうになった心を持ち直し、目から溢れそうになった涙もなんとか堪えた。
アニメの件は後で考えよう。今考えることではない。俺が今すべきことはとりあえず街を探すことだ。人と出会わない限りはなにも始まらないのが物語だしな。
そこで俺は身体能力の確認も兼ねて全力で走ることにした。
つい3ヶ月前に、学校の50メートル走で9秒代をたたき出して大恥をかいたことを思い出す。
もうあんな経験はしなくていいんだ。俺は文字通り生まれ変わった。転生したのだ。
俺はクラウチングスタートのポーズをとって走る準備をする。
と、走る前にこの記念すべき俺の第一走に名前を付けたいと思う。
そうだなぁ……、疾走する俺という名のヴァーミリオン……なんてのはどうだろう。
フフフ、意味わかんねぇ。
そして、俺は走り出す。
それがもう初速から速いのなんの。自分でも思っていなかった速さにびっくりして漏らしかけたくらいだ。
どんどん加速していき「え? 俺って新幹線だっけ?」ってくらいのスピードになった俺の気分はさながら速さを極めた兄貴のようだった。
そしてそのまましばらく走っていると町が見えてきた。なんてスピーディなんだ。
嬉しさのあまり、俺は我慢できずにあの台詞を言ってしまう。
「この世の理はすなわち速さだと思いませんかァァ!? ものご……」
言い終わる前に町の外壁までついてしまった。
「ああ……20秒……! また2秒、世界を縮めた……ァ!」
このネタがわかる奴は異世界にはもういない。そう考えると寂しいが、あっちの世界でも同期の奴らでは知ってる奴のほうが珍しかったのを思い出す。大差はなかった。
さて、町まで着いたのはいいが、入り口はどこだろう。今の俺なら外壁を飛び越えるなんてのも可能だろうがそんなことはしない。俺は形式を重んじるタイプなのだ。
遠くから見たところだと中に城のような建物もあったので、ここは城下町だろうけど、門を見つけたとして俺は中に入れるのだろうか。身分証明書も何も持っていないのだ。
とりあえず、入り口をみつけて入れなかったら飛び越えよう。
そう思って外壁を伝って歩いていると、早くも門を見つけた。門の前には門番らしき人が数人立っている。
そこまで行くと俺はさっそく門番へ元気よく挨拶した。
「やっはろー!」
しかし、ここでまた思いもよらぬ事態が発生してしまう。
門番から返ってきた言葉が日本語じゃなかったのだ。
いや、それは当たり前なんだけどさぁ、言葉が通じないとかアリなの?異世界いったらうまいこと言葉が理解できるみたいなアレはないの?
なんとなく通じるもんだと思ってたけどこんなのどうしようもないじゃん。
俺がまごまごしていると、周りの門番がぞろぞろと集まってきた。
門番達は何かしら俺に話しかけてくるのだが言葉がわからないんじゃねぇ。
てか神様の奴まったく俺の転生後のことを考慮してないな。これ詰みじゃん。
そんな事を考えていると一人の門番がいきなり怒声を上げた。
驚いてそっちを見るとその門番は腰に下げた剣に手を添えて、いつでも抜刀できるように構えていた。
俺に斬りかかろうとしているのは一目瞭然。
とりあえずこれは落ち着いてもらわないといけない。だけど言葉が通じない。
こうなるとジェスチャーしかないな。
そう思った俺は手でなんとか手で表現するがちっとも伝わらない。というより俺も何を伝えればいいのかもわからなかった。
そういえば、人々は神の怒りを沈めるために供物を献上するという。
俺もそうすればいいのではないだろうか。
しかしあいにく手ぶらな俺には献上するものがなかった。
さてどうしようということでこんにゃく。あるではないですかこんにゃくが。
俺はすぐにこんにゃくを創造してその門番に差し出した。
これを、食べて、ください。というジェスチャー付きだ。
すると門番はこんにゃくごと俺の手を払い、また怒声。こんにゃくは地面へと落ちてしまう。
ですよねぇ。
でもまあなんてもったいないことをするのでしょうかこの人は。
俺は落ちたこんにゃくを拾って、手で砂を落とす。
多分この門番の人はこれが食べ物だということがわからなかっただけなんだ。
そう思った俺はこんにゃくを一口。
これは食べれるものですよー、というアピールだ。
そして再び新しく創造したこんにゃくを門番に差し出した。
「どうせ毒だろう! 人に化けた魔物め!」
「どうします? やはり捕えますか?」
「いや、斬る!」
ん?なんだ、急に門番達の言葉がわかるようになったぞ?
どういうことかと思って俺は手に持ったこんにゃくを見つめた。
「これ翻訳するこんにゃくかよ!」
俺はこんにゃくを地面に叩きつけた。
ーーー
さて、あれから会話ができるようになった俺は、とにかくあの状況を打破しようとあることないことを話しまくった。
それが功を奏したのか、戦闘にはならなかった。
当初は俺が見知らぬ言葉を話すもんだから門番の人達は俺がてっきり人に化けた魔物だと思っていたらしい。だから斬りかかろうとしていたみたいだ。
言語が分からないだけでそこまで思われてたってことから考えると、この世界の言葉は統一されていると考えてもいいだろう。まあ統一されてないにしろ、ほんや○こんにゃくがある俺にとっては些細なことだ。
当然だが、言葉が通じるようになっても俺が怪しいやつだという認識は変わらないままで、その上、服装がおかしかったもんだから、俺は異教徒じゃないかと疑われてしまっていた。
予想はしていたが、やはり異世界の人から見ると制服はおかしいらしい。
そのせいで結局俺は町に入れなかったのだ。
だから現在、俺は外壁周りをうろついている。
門から入れないのなら外壁を飛び越えよう、そう思ったのだが、こんな真っ昼間に外壁を飛び越えたりしたら目立つはずだ。
それは少し恥ずかしいので、どうしたことかと思案中である。
夜まで待つという手もあるが、そんなに待つのは正直面倒だ。俺も早く異世界イベントを堪能したいわけだし、そんなお預けをくらうみたいなことはしたくない。
そうだ、掘ろう。
それは急に思いついた名案だった。
外壁を飛び越えるんじゃなくて、外壁の下を掘り超えればいいのだ。なんてナイスアイデア。
そうと決まればさっそく掘ろう。
だけど道具がないと辛い。スコップとかドリルなら創造できるかと思ってやってみたのだが、やはりこんにゃくしか出なかった。
なんで創造できないんだろう。今思えばこれって結構ヤバイんじゃないだろうか。創造ができないとなると、この先不便なことになりそうだ。
ああ、ドリルさえあれば穴も簡単に掘れるのだがなぁ。やはり手で掘るしかないか。
そう思って手で穴を掘ろうと思ったその時。
俺は驚愕した。
両手がドリルになっていたのだ。
「はい?」
一瞬見間違いかと思って目を擦ってみようとしたのだが、手がドリルなのでうまく擦れなかった。
まあ手がドリルに見える見間違いもないか、そう考えるとこれは現実だ。
しかしなんで急に?創造が成功したのは分かるが、なぜ成功したのだろうか。
成功といっても俺は手がドリルに変形するようなイメージで創造したわけじゃないので、そう言えるかどうかでは怪しいのだが、それでも進歩といえよう。
調子づいた俺はドリルで有名なあのロボを創造してみようとした。
こんにゃくが出た。
「ふぅ」
……やっぱり創造には色々問題があるらしい。成功率だろうか?熟練度だろうか?なんにせよじっくり調べる必要があるだろう。
「さて、掘るか」
創造の事は後回しにして、俺は地面にドリルを添えた。するとドリルはギュィィーンと音を立てて勢い良く回転しだした!
「こいつ、動くぞ!」
すこし感動しながらそのまま力を入れると土を急速に削っていき、どんどん進んでいった。
「突き抜けたなら俺の勝ちィィ!!」
そんな事を叫びながらどれくらい掘っただろうか。とにかくそろそろ外に出るだろうなぁって所だった。
ガチンッと硬い何かにぶつかる。
なんてこった、硬い石に当たってそれ以上掘れなかったのだ。
だがこんなところでへこたれる俺じゃない。
繰り出す大技の前にスゥと一呼吸溜めた。
そして足に力を込めて開放する。
「ドリルゥゥブレイクゥゥゥゥ!!!!!」
繰り出された必殺技の前には硬い石もこんにゃく同然、たやすく突き破ってしまった。
着地、そして太陽の光…………は、そこにはなかった。
おかしいな、そう思って周りを見渡すと、目の前にはこれでもかってくらいぶっとい鉄格子があり、そして薄暗い部屋。
あー、はい、牢屋ですねここ。
「おい! 誰だかしらねぇが穴開けてくれたぞ!」「なんだなんだ」「やいのやいの」
突如集まってきた囚人達に俺は思わず後ずさる。それぞれがこれ人殺してるだろってくらいヤバい目つきで、こんなのにたかられたらいくら新幹線並に走れる俺でもチビってしまう。
……ってなるのが過去の俺だ。今は違う。
何度でも言うが俺は生まれ変わったのだ。こんな奴らにチビってるようではこの先魔王も倒せない。
俺は武者震いしだしそうな足をなんとか抑え、とりあえず第一声を発する……というところでいきなり後ろから大きな声で話しかけられた。
「アンタすげぇな! この魔密鉄鋼で作られた床を壊しちまうなんて!」
そのデカすぎる声のせいで驚いた俺は「ぶホッ!」なんて間抜けな声を出してしまう。
「ちょ、声デカすぎだろお前……、マジで心臓に悪いよ」
周りからも「うるさいぞジャック! 看守来たらどうするんでい!」というそれまたデカイ声でツッコミが入った。
「わりぃわりぃ! それはともかく俺はジャックっつうんだ。一応ここのボスやってる。すまねぇな、俺らのためにこんなことさせちまって」
そう言って握手を求めてくるジャックに俺も右手を差し出した。
ドリルだった。
「んだこれ?」
「あ、ごめん。ちょいまち」
俺としたことが、すっかりドリルを直すの忘れていたのだ。
こんなのちょちょいのちょいで直して………………
あれ? っかしーな。直らないぞこれ。
「ごめん、今握手できないわ」
「なんで? ああ、そうか。掘ってきたから汚れてんだな手が。そんなとこに気ぃ使うなんておめぇいい奴だなぁ」
「え? うん。まあね」
俺は内心かなり焦っていた。ドリルが直らないなんて予想外すぎる。どうやったら元に戻るんだろうこれ。
「ところでお前の名前なんて言うんだ?」
「あ、レイヤっす」
ドリルの事ばかり考えすぎて俺の返事はテキトーな物になっているかもしれない。
それもそうだ。これは一生問題である。
「レイヤな、覚えとくわ。ほんと感謝しきれねぇぜ、ダチ公! んじゃまたな!
おーい、お前ら行くぞぉ!」
『うーす』
やっべ、マジなおらねぇこれ。マジどうしようヤベェ。
ちょ、直れ、このっ。
「あ、直った」
俺が直れと念じまくっているとドリルは突然消えてしまった。
本気で焦ったぜ。いやぁ、良かった。
てか本当に使い勝手悪すぎだろこの能力。
「で、ジャックさんでしたっけ? ん? いない?」
気付けば先程までいた数十人の囚人がすっかりいなくなっていた。
んーぁ分かってる、俺が開けた穴から逃げていったんだろ?
「俺とんでもないことしちまったんじゃ……」
ちょっとちょっとちょっと、ちょっと待てよ。
「おーい! マジで戻ってこい! おい! カムバッァァァク!!!」
穴に発した俺の声は、ただ木霊しただけだった。
+注意+
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