一ノ谷
公民館はヨロズ相談所みたいなもので,様々な方が様々な質問を持ってこられる。正しく答えられることは少ないが,頼られると断ることはできない。
先日は,ある方が訪ねてこられて「この地方(広島県北部)では,昔から盆踊りに『一の谷』という曲を踊ってきた。一ノ谷とこの地方と何か関係があったに違いない。それを教えてほしい」と聞かれた。
関係があるだろうと言われても…。盆踊りで歌われるいわゆる「口説き」は,歌舞伎や御伽草子に題材を取ったものが多い。例えば「八百屋お七」とか「安珍清姫」とか「石堂丸」とか。そんなことを言っていたら全部地元の歴史と関わりかなければならないことになりますよと,よほど言いたかったが,そこは心優しい(?)私。何か相手の気に入る答えを探してみることにした。
調べてみたら,どうも広島県の庄原地方に平敦盛の妻「玉織姫」が逃げてきたという伝説が残っていて,「一ノ谷」の角付け芸が古くからあり,そこから広島県民謡「敦盛さん」が生まれたことを知った。
もちろん敦盛の奥さん云々の話は眉唾物だ。芝居では妻も子もいたことになっているらしいが,16歳の敦盛に本当に妻子がいたのかどうかは不明。仮にいたとしても庄原まで逃れてきたというのは信じがたい。これはいわゆる数ある「平家伝説」の一つだろう。悲劇の主人公,平敦盛に対する親愛の情と,この地方が歴史上の事件と少しでもつながりがあってほしいという人々の願いとがこうした伝説を産み,育ててきたのだと思う。安芸の国は平家とも縁の深い土地柄なのでこの種の伝説は生まれやすい。
いずれにしろ,平家伝説が生まれ,それが角付け芸になり,民謡になり,盆踊りにもなったのでしょうよというような説明をした。来られた方は満足をしてお帰りになった…か,どうかは知らない。