金子明友『身体知の形成(上)―運動分析論講義・基礎編』

(明和出版,2005年)

 

序章:身体知分析論の道

 

・身体知の概念

 ―ここで用いる身体知の概念は、オランダの心理学者、生理学者ボイテンデイク(1957)が提唱した「身体知」という術語に由来する。

 ―身体知は、「新しい出来事に対して適切に判断し解決できる身体の知恵」(p.2)を意味する。単なる知識ではない。

 ―身体知の議論が対象とする身体は、生理学や物理学が対象とする「物質的・物理的身体」ではない。「生命的身体」=「今ここに息づいて動きつつ感じ、感じつつ動ける身体」(p.2)である。「動感身体」とも言い換えることができる。生命的身体の持つ運動能力をここでは「身体知」または「動感身体知」と呼ぶ。

 ―発生始原の身体知:今ここに居合わせている私の身体が分かる

  自我中心化の身体知:私が動くときのコツをつかむ

  状況投射化の身体知:カンを働かせて動くことができる

 

・運動研究の方法

 ―科学的運動分析:身体を対象化し、生理学的なエクササイズや、物理学的な物体運動として身体運動をとらえ、ひとつの法則に従った原因と結果の関係を解明する。機械論的な観点で運動を分析する。デカルトやニュートンの自然科学的運動理論。運動分析の対象物は、いちど数学的座標系の物体運動に還元してから分析される。機械論的な精密学の系譜。

 ―発生論的運動分析:身体運動を、「生身の私の身体が行う動感的自我運動」としてとらえ、「今ここで動いているそのこと自体」を分析する。目的論的な観点から運動をありのままに記述する。私が直接経験している自己運動が、最初の分析対象となる。フッサールやメルロ=ポンティの現象学、ヴァイツゼッカーのゲシュタルトクライス理論など。超越論的な厳密学の系譜。

  ※身体運動の分析analysisや説明explanationではなく、現象学的な記述descriptionがまずもって求められている。

 ―科学的運動分析では、モノとして客観化された運動がすでに完了したものとして運動を計測する(「不動の連続(ベルクソン)」として計測する)。今ここで動いている生き生きとした動感、現在運動そのものは分析対象に取り上げられない。

 

・発生論的運動分析の特徴(ボイテンデイクの指摘する三つの特徴)

 ―自己運動:他者の運動ではなく、自己自身が「動ける感じ(キネステーゼ)」をともないつつ動いていることをとらえる。三人称ではなく、一人称の視点での運動。

 ―主体性:自ら動きつつ感じる主体性。任意の物体の運動ではなく、生命あるものの運動にともなう主体性。ここをとらえて初めて、他者の運動にともなう主体性をとらえることができる。「私と君の相互において、お互いに動いている感じのわかる身体が共有できる」(p.23)のでなければならない。このような間主観的なキネステーゼが、運動の伝承の根底にある。

 ―身体性:生き生きと運動する私の生身にありありと感じられる動感。三人称的な運動感覚ではなく、「動いている感じ」のこと。

 

 

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