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これでいいのか聖教新聞
お付き合いで聖教新聞をとり始めてもう2年。なかなか集金に来ないわ、来たら2ヶ月分持ってくわ、1万円出したらおつり持ってないわ、立派だった学会もすっかりダレている。面倒だから銀行引落しにしたが、もしかしてワナに落ちたかな。 なら分かった、読むのはツラいがこれから毎日聖教新聞の辛口批評を書く、一般人バカにしないでよ。
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これでいいのか聖教新聞 6月20日
えー、候補のいない時はさておき、今の学会の団結ってその程度なんですか。 初めて知りました。
これでいいのか聖教新聞 6月20日
え?皮肉0%です。皮肉と感じられるということは、学会員さんたちは選挙時に投票先を自分で検討しておられるということなんでしょうか?
これでいいのか聖教新聞 6月20日
えーっと、きちんとした学会員としての立場に立つ限り、投票先に検討の余地など全くないんだろうなと思っているんですが。
これでいいのか聖教新聞 6月20日
仏も昔は凡夫なり われらも終(つひ)には仏なり いづれも仏性具せる身を 隔つるのみこそ悲しけれ    平家物語
これでいいのか聖教新聞 6月20日
今日の寸鉄 18歳選挙権成立。政策・人物本位の「選択肢」たり得るか―政治家は襟正せ 創価学会の人たちは、今まで候補者を政策・人物本位で選んだことがあるのかな? もうそろそろ条件反射で選挙活動するのはやめたらどう。
これでいいのか聖教新聞 6月20日
今日の寸鉄 環境対策で日中の協力体制を強化。今こそ多角的な交流進め、平和の礎を 「バカか」 いえ私が言ったんじゃありません、公明党の浜地雅一衆院議員のお言葉でございます。
これでいいのか聖教新聞 6月20日
今日の寸鉄 「始まりはすべて小さい」哲人セネカ。一人の友に誠実な対話を。広布の大願胸に 今の学会員の心をよく表している。 本来折伏というのは有力者に対して行ってこそ意味がある。 少なくとも日蓮はそうした。 でも今の学会の折伏は、弱くおとなしく反論しない人をつまんでいくやり方だ。
これでいいのか聖教新聞 6月20日
我が友に贈る 妙法の力は無限だ! 「祈りとして叶わざるなし」 破れぬ壁はない。 大確信で進みゆけ! 昔の学会に確信があったのもすべてが実験前だったから。 もう50年も70年も信心経験を経てきてあれもこれもといろんな結果は出てるはず。 それを昔とおんなじセリフじゃ白けるよ
これでいいのか聖教新聞 6月19日
今日の寸鉄 高齢者は支えられる側でなく社会支える人材―白書。多宝会がそれを証明 むかし学会を支えていた若き青年部員たちは多宝会となり、今も学会を支えている。もはや若者には頼らない。
これでいいのか聖教新聞 6月19日
今日の寸鉄 学会の皆様は試練の中で益々強く成長する―インド博士 能忍、そこに栄光の道が 試練ってなんだ。 カーストの悲哀か、ヒンズー教徒による創価学会への差別か。 書けよ。
これでいいのか聖教新聞 6月19日
今週のことば 人間革命は会うことから 広宣流布は語ることから 皆が幸福をつかむ 創価家族の世界へ 一人でも多くの友を! 人間革命も広宣流布も海の上に浮かんだ蜃気楼。 行っても行ってもつかめやしない。 ふと気がつけば夜の海、星よりほかになんにも見えない。
これでいいのか聖教新聞 6月19日
我が友に贈る 誠実に話せば 必ず心は通じる。 正義の語らいには 必ず信頼が輝く。 さあ人間の中へ! 心が通じるかどうかは話の中身次第だ。 頭から自らを正義と決めつけるのをやめよ、正義か邪悪かは話を聞く方が判断するからそのつもりで。
これでいいのか聖教新聞 6月18日
そうそう、学会首脳にとって最初は単なる道具に過ぎなかった聖教新聞が、今では金の成る木聖教新聞としてそのために働いてる。もう南無聖教新聞如来と唱えて拝めばいい。
これでいいのか聖教新聞 6月18日
今日の寸鉄 将来偉業を果たすと期待されてこそ若者は大成―哲人ラッセル。青年を信じ励ませ 僕はね、将来君がきっと大きな人物になると思って期待しているんだよ。 なれるよ、君なら絶対学会の大幹部になれる。
これでいいのか聖教新聞 6月18日
1人1部、誰だってそう思います。でもそうなったら困る人がいるんでしょう上の方に。みんなそれで食ってるんですから。
これでいいのか聖教新聞 6月18日
今日の寸鉄 「題目を本当に唱えれば折伏したくなるものだ」恩師。自行化他の勝利道 昼間から酒かっくらっていた戸田城聖だから言える言葉。 折伏できる人はできるができない人はできない、特に今の世では。 ねこにまたたびじゃあるまいし、都合よく題目でコロッと人間変わってたまるものか。
これでいいのか聖教新聞 6月18日
今日の寸鉄 SGIは行動・提言・展示を通し人類に善をなす―ウルグアイ識者。平和のために邁進 この世の中カネのある奴は強い、それだけは確かだ。
これでいいのか聖教新聞 6月18日
信心なくばできずと言ったのは悪い意味ではないです。 75部40軒みたいなことについては当然中央も知ってると思います。昔から創価学会は数字の競い合いで大きくなってきたからです。75部40軒が40部40軒になったと言えば上からキツイお叱りを受けるんでしょう。
これでいいのか聖教新聞 6月18日
我が友に贈る 雨天時の車の運転は くれぐれも注意! 視界が悪くなり スリップの危険も。 油断を排し無事故で! 事故注意を促す言葉が多いな。 守ってくれるべき仏様も、雨天のタイヤスリップまでは面倒見きれないからそこは自己責任でってこと。
これでいいのか聖教新聞 6月18日
まず75部40軒にびっくり、自転車で1時間40軒も大変だし手数料600円で遅刻お休み厳禁でしょうから辛い。雇われてるんじゃなくて委託されてるわけですね。ぐぐってみると世間の新聞配達はざっくり時給1300円。信心なくばできず。
これでいいのか聖教新聞 6月17日
私は聖教新聞社にではなく創価学会に2000円弱支払っていることがよくわかりました。
これでいいのか聖教新聞 6月17日
新聞啓蒙の活動から契約までは学会がやるのに、配達は組織が違うというのはチトいかがなものかと。
これでいいのか聖教新聞 6月17日
それはすばらしい。基本的に学会は数字を追い求める各組織同士の競争社会だと思っていたので。
これでいいのか聖教新聞 6月17日
ま、学会青年部の信仰心もその程度ということですね。若いやつらは朝弱いから。
これでいいのか聖教新聞 6月17日
無冠の友なんていうキレイな言葉一つで使われて、その上多部数購読までさせられたんじゃ浮かばれないね。学会員にとってはそんなことはタブーなんだろうけど。
これでいいのか聖教新聞 6月17日
それはわかりました。私が思うのは創価班だの牙城会だのという無償で働く組織がありながらどうして新聞配達班がないのかということ。雨の日も風の日も雪の日も新聞配達に歩くおばちゃんたち、その時間に若い青年部員はなぜ寝ていられるのかという疑問です。
これでいいのか聖教新聞 6月17日
一般紙と変わらないというのはにわかに信じがたいですが、販売店に近い人かどうかによっても違うでしょう。要はたくさんいる青年部員にサクッと配らせればいいのです。でも若者を使うと最低賃金に引っかかるからできない。結局高年齢主婦層を動かして「無事故で」などと。
これでいいのか聖教新聞 6月17日
ウチ(アパート2階一番奥)に新聞入れてくれてるのも年配のご婦人。だからよけいに無理せずなんていう虚言に腹が立つ。無理するしかない仕事なんだから。創価学会はちゃんとその労力に見合うだけの幸せを与えてるのか、聞きたいね。
これでいいのか聖教新聞 6月17日
今日の寸鉄 列島に梅雨前線。無冠の友の日々の労苦に感謝。呉々も無理せず無事故で 記事書くのは楽だが配るのは大変なんだよ。 無理せず、とはよく言えたもんだ。 大雨だろうが頭痛がしようが休めないのが新聞配達、無理を強いているのが無冠の友というものだ。 大本営は前線の労苦を知らない。
これでいいのか聖教新聞 6月17日
今日の寸鉄 言葉は魂の息吹である―ギリシャ哲人。自分自身の歓喜を語れ。大情熱は必ず通ず そりゃ歓喜があればいくらでも語れるだろうがね。 あるのか?歓喜が。