the whole chocolateclassic 9

2015.06.24 09:35|ショコラ・クラシック
「いったい、いつまでレントハウスにいるつもりなの? スヨンの部屋はジニョクと同じように毎日お掃除してるし、家具もそのままにしてあるのよ。はやくこの家に帰ってきて、ジニョクのそばにいてあげてちょうだい」

ジニョクの母親は、リビングに入って来たスヨンの顔を見るなり、早口でしゃべり始めた。自分の息子が魔性のゲイとつきあっていることなど知らない母親は、すぐに家に戻るよう要求してくるが、ジニョクにフラれたスヨンは、ソヌに遠慮して、ただ黙って話を聞いていることしかできない。

「ジニョクは絶対、何かを隠してるのよ。あの子は優しいから、私や主人の前では無理して明るく振る舞ってしまうの。ジニョクが本音を言えるのはスヨンだけなんだから、いつもそばにいてあげてちょうだい。ねえ、本当は何か知っているのでしょう?」

早口でしゃべりながらも、エプロンをかけたジニョクの母親は、手際よく動いている。
ティーカップに熱い紅茶を注ぎ淹れ、手製の焼き菓子を切り分けて皿にのせると、スヨンの前に置いた。
アールグレイの濃厚な香りもどっしりとした甘い焼き菓子も、スヨンの好物である。

「ジニョクが弱味を見せることができるのはスヨンの前だけなのよ。あの子が今何を考えて何をしてるのか教えてちょうだい」

好物である手製の菓子を食べながら、耳慣れた早口の声を聞いていると、本当の家に帰ってきたような気がしてくる。
スヨンは誘拐事件のことで苦しんできた母親に、ジニョクが記憶を取り戻したことを伝えたかったが、子供の頃から何度も言われ続けた言葉を思い出して、やめた。
誰にも言うなよ、悪夢に怯えすがりついてきたジニョクの表情は、大人になった今でもスヨンの脳裏に焼き付いている。

「奥様が心配するようなことは何もありません。若は大丈夫ですよ」

誰にも言いませんから、ジットリと汗に濡れた震える背を、何度撫でてあげたことだろう。
スヨンは、意を決したように本家を出ると、弟のリヨンが住んでいる家へと向かって行った。

いくつか電車を乗り継いで歩くこと数分。高級住宅街の真ん中にスヨンの父親の家はあった。
もう何度か来たことがあるのだが、スヨンはこの家の外観を見るたびに、思わず苦笑いしてしまう。
成金である父親の趣味なのか派手好きな義理母の趣味なのか、周囲の家を圧倒するほどケバケバしい外観なのだ。

インターフォンを押すと、待ち構えていたのか、すぐに弟のリヨンが出てきた。
他の家族には聞かれたくないのであろう、リヨンは二階の自分の部屋にスヨンを案内する。
途中、広い廊下で義理の母親とすれ違ったが、挨拶をするスヨンに対して声をかけることもなかった。

「男のヒトを好きになるなんて初めてなんだ。兄さん、いったいどうしたらいいと思う?」

部屋に入るなり、恋の悩みを訴える弟にスヨンは困ってしまった。
どうしたらいいも何も、ソヌはジニョクの恋人である。
スヨンは血を分けた弟のためなら何でもする男だが、今回ばかりは別だった。
自分の中で最も大事なジニョクを差し置いて、弟の恋を応援するわけにはいかなかったのだ。

「ソヌさんを抱いた時から、もうソヌさん以外のことは考えられなくなってる……」

考え込んでいたスヨンは、一瞬聞き間違えたのかと思いながら、サングラスを外してリヨンの顔を見た。
しかし、リヨンの顔が案外と真剣なことに落胆して、おそるおそる質問する。

「……リヨン、ソヌさんを抱いたって……本当なのか?」
「本当かって、あたりまえだろう。でなきゃ、こんなに苦しむこともない」

不器用なリヨンが嘘を吐くとも思えない。
スヨンはあっさりとジニョクを裏切ったソヌが信じられなかった。
弟のリヨンが一方的に好きだと言っているだけで、ソヌは相手にもしていないと思っていたのだ。
魔性のゲイにとっては、高校の頃から好きだったジニョクでさえ、飽きたらポイする男のひとりだということか。

「リヨン、ソヌさんには恋人がいる。もう手を出すのはやめるんだ」

スヨンは、吐き捨てるように言うと立ち上がって部屋を出た。
玄関を出る際に、義理母に声をかけたがやはり無視される。
弟があっさりジニョクの恋人を寝取ったことが腹立たしいのか、今日にかぎって、来訪を知っているくせにお茶さえ出さない義理母が妙に気に触る。

スヨンは急いでレントハウスに戻ると、荷造りを始めた。
本家に帰って、ジニョクのそばにいるつもりだった。
それが正しいことなのか、スヨンにはわからなかったが、ソヌに対する遠慮はすでに消え失せていた。

不器用なスヨンが荷造りを終えたのは、深夜近くだった。
真っ暗な夜の闇を抜けて、スヨンが本家に辿り着くと、門扉の前にジニョクがしゃがみこんでいる。

「若っ、こんなところで、どうされたんですか? ご気分でも悪いんですか?」

驚いたスヨンがジニョクの肩を揺さぶると、酔っ払いが顔を上げた。
橙色の外灯に照らされた端正な顔は、いつになく機嫌が良さそうだ。

「ご気分? 悪いわけねえだろ。オレ、今、最高にイイ気分だから」

相当酒を飲んだのか、普段滑舌の良いジニョクは呂律が回っていない。
立ち上がったジニョクは、フラフラと覚束ない足取りで歩き出そうとするが、スヨンの胸に倒れ込んでしまった。

「まったく、頼りないヒトだ……やはり、私があなたをひとりにしておけるはずがないんだ……」

久しぶりにジニョクの身体に触れたスヨンは、嬉しそうに笑う。
しかし、ジニョクを抱え上げようとした瞬間、スヨンは顔色を変えた。
開いたシャツの隙間からキスマークのついた鎖骨が見えたのだ。
鎖骨についたキスマークは、たった今つけましたとばかりに、ほんのりと赤い。

「……あ、えっと、若、今夜は誰と一緒だったんですか?」

やっとのことで声を出したスヨンに、上機嫌のジニョクは笑いながら答えた。

「スヨンの言うとおり、絶世の美女に出会えたよ。彼女こそ、オレの理想の女だ……」

抱き上げたジニョクの身体からは、キツイ薔薇の香りがする。
スヨンは、妙な不安を感じながらも、ジニョクと一緒に懐かしい本家へと帰っていった。



久々の更新です、続きを書いていきます。

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