千の証言・投稿:<一時帰宅>盲目の祖母の手を取り体を触らせた叔父=福岡県行橋市・沖本ミツヱさん(90)
2015年06月22日
それは大東亜戦争中期のころだった。8人きょうだいの長男だった私の父は、陸軍軍曹として中国方面に出征していた。
四男の叔父も子供4人を残して軍艦「加賀」の砲撃の任務についていた。「(長崎県)佐世保で砲術の先生をするから、もう戦地に行くことはないだろう」と言っていたが、妻である叔母が子供4人を連れて佐世保に面会に行った時は、もういなかったそうだ。海のもくずと消えた。叔父27歳、叔母25歳だったが、叔母はその後一生独身で通し95歳で天寿を全うした。
6人の男児と2人の女児をもうけた祖母は、結核で次男と五男を亡くし、看病と落胆で60歳ぐらいの時に盲目になった。鹿児島、宮崎、広島と治療に行ったがダメだった。
末弟で六男の叔父は旧(福岡県立)豊津中3年生で海軍に志願、入隊した。この叔父がある日突然、帰って来た。お別れに帰ったのであろうと誰しもが思った。
叔父は盲目の祖母の前に座り、手を取って自分の体を触らせた。頭、顔、手と足先をなでさせた。祖母は気丈にも涙を見せなかったが、取り巻いていた親戚の人たちは皆泣いた。70年以上を経た今もその光景は鮮明に脳裏に焼き付いている。
タイのバンコクで通信兵をしていた叔父は部隊長と同じ飛行機に乗っていて、飛び立つ前に爆撃されたそうだ。この叔父を覚えている者は親戚でもわずかしかいない。私たちが思い出してあげないと本当にかわいそうだ。
20歳で亡くなった叔父の遺族年金を一度もいただくことなく、祖父母は他界した。