昔なら、しょっぴいた
木村:昔だったら――権威主義的な政権の時代だったら、そんな人はすぐにしょっぴいたでしょうね。でも今は、できない。
現在でも法律的にはやってやれないことはないのかもしれませんが、韓国は国民から少しでも批判を浴びそうな決断は下せない国になったのです。
鈴置:韓国人から聞いたことがあります。1960年代、赤信号を無視して警察に見つかると、綱を張った空き地に半日間ほど、立たされそうです。現在の大統領のお父さん、朴正煕(パク・チョンヒ)政権時代の話です。
教えてくれたシニアの韓国人は「独裁政権はそうやって、無秩序な韓国人にルールを叩き込もうとしたのです」と、どこか懐かしげに語ったものです。1987年の民主化直後の話です。
木村:かつての韓国はジェットコースターのような国でした。悪くなる時は急角度で落ちる。1997年の通貨危機が典型的なケースです。でも、良くなる時は一気に上昇する。危機後の韓国です。
今は、恐ろしく悪くなるわけではないけれど、かといって画期的に良くなるわけでもない。国が大きくなったので「MERS」によって外国からの観光客が減っても、沈没しはしません。
でも、仮に「MERS」が片づいても明るい材料はない。追い上げてくる中国に打つ手がなく、動きがとれない――という恐怖が広がっているのです。
アップ・ダウンするジェットコースターの軌道が突然、平らになった。激しい上下動はなくなった代わりに、高空で前にも後ろにも進めなくなってしまった――といったところですね。
「ラクダ」と自己防衛
「皆で前に押そう」と誰かが言い出さないのでしょうか。
木村:そんな掛け声をかけるリーダーは今の韓国にはいません。仮に、そういうリーダーが出てきても、その声を信じて付いていく人は少ないでしょう。韓国の政治家、さらにはエリートに対する不信感が広まっているからです。
だとすると、お客さんたる個々の韓国人は自分で問題を解決するしかない。最も簡単な方法は「止まった車両から降りる」ことです。
鈴置:ワセリンを鼻の穴に塗ればMERSを予防できる、といった怪しい情報がネットで広がりました。「政府の出す情報は信用できない」という意識の裏返しです。
「MERSの感染源の病院名を広めると処罰するぞ」と脅されたり、「ラクダを生食するな」と政府に言われたら、個人は自衛に乗り出すでしょうね。
鈴置:少し前までの韓国なら、問題が発生すれば国が全力をあげて解決しました。少なくともそうした姿勢を見せました。でも今は、問題を前にして手をこまねくというか、立ち尽くしてしまう感じです。
2018年の平昌の冬季五輪も準備が進まず、日本との共催論や開催返上論まで出ました。「朴槿恵政権が担当するのは開会式まで。閉会式は次の政権下だから、現政権はやる気が起きないのだ」と解説してくれる韓国人が多い。昔の韓国なら、そんな「非国民的な発想」は許されなかったでしょう。