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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

番外編

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extra29 ゴルゴンさんのお話

お気に入り26000件突破記念、extra29です。
亜空に住むことになった女ばかりの種族、ゴルゴンさんのお話です。
 外に出る。
 これは亜空の住民にとって特別な意味を持つ事がある。
 元々の住処すみかだった荒野に出るのには、さした意味はない。
 それが“特別”になるのは、ヒューマンの領域が目的地になる時だ。
 この場合、亜空の主であるライドウや彼の従者によって設けられた厳しい基準をクリアしないと許可が下りない。
 ツィーゲやロッツガルドにあるクズノハ商会で働く事、また一時的にでも主たちに向こうの街の用事で呼ばれる事は亜空に住む住民にとって重要な意味を持ちつつある。
 別段、ライドウこと深澄真が何か特別な価値を定めたりはしていない。
 されど相当な実力者でなければ許されない許可。
 その事実が彼らの中で価値を生んでいた。
 種族ごとに個人を一人前とみなす儀式や試練はあるが、外に出る許しをもらうことは多くの種族にとってその先の段階の試練として認識されている。

「いつの間にそんな事になった」

「気付かぬ内に、ですな。別に試練として課した心算つもりなど毛頭ありませぬが、どうもそのような事になっているようで」

「別に強くなくても許可はしてるはずだけど?」

「それでも一芸には長けている必要があるわけで。エルドワなどはその典型、奴らは鍛冶の腕が大きく評価になっておりますでな」

「なるほどねえ。で、翼人とゴルゴンが外に出たいと焦ってると」

「はい。ただゴルゴンは難しいものがありますな。無差別無制御の石化能力となれば外に出す前に制御は必須。現状、メガネが外れれば全開発動の有様だったかと」

 亜空にある真の邸宅。
 二人の会話は彼の部屋で行われていた。
 一人は真、もう一人は彼の最初の従者である巴だった。

「ん、誰?」

「識です。よろしいですか」

「……入って」

「失礼します。丁度、私に関わるお話だったのでお邪魔致しました」

「識に?」

 真がノック同様、遠慮がちに入ってきた識に視線を向ける。

「ゴルゴンの件です。以前若様に命じられて彼女達の石化能力制御の道具を作ったのは覚えておいでだと思います」

「うん」

「実はあの後にも道具に頼らない能力の制御について連中から相談を受けておりまして」

「ほう、あの娘達に相談と。識、お前骨抜きにされとりゃせんだろうな?」

 識の言葉に相談と出たのを聞いて、からかう気満々の笑顔で巴が問う。

「巴殿、私はそちら方面はすっかり枯れておりますよ」

「そのナリでそれは無いじゃろ? 報酬は身体で……などと裏でやっとらんのか」

 見た目、識は二十代の若者だ。
 枯れている、と言われて納得するものもいない。
 巴の呆れたような台詞も間違っていない。

「私も人の社会でまあまあ生きていましたからな。女のあしらい方も普通には身につけています。大体、その役はライムが引き受けてくれております。私などよりも若く活きも良い。適役でしょう」

「……なるほど。ライムを人身御供にしたか。あれは女好きじゃからなあ、しばらくは桃源郷を味わうか。……その後を考えると悲惨なものはあるが。あまりライムを苛めんでくれよ、識」

「若いうちは何事も経験ですよ。じき、良い感じに脂も抜けてくるのではないでしょうか」

「ふむ……」

「で、若様。ゴルゴンの石化制御の件ですが」

 考え込んだ巴を横目に一つ頷くと、識は真に向き直る。

「相談を受けて、の後だね。続けて」

「現状でまだ数名ですが、メガネ無しでも制御が出来るようになっております。完全とは言い難いですが、日常に支障が無いレベルには至っています」

「メガネがいらない人が出てきたってこと?」

「いえ。あくまでメガネの補助を自分で行う、といったアプローチですね。メガネを外してすぐに能力が発動する、ということはありませんがメガネなしでは長くはその状態を保てません。そのような状態です」

「……石化の制御はできつつあるけど、まだ外に出すのは不安だね」

「もう少し時間があれば若様から合格をもらえるレベルには出来るかと思います。お伝えしたかった事の一つはそのご報告です」

 識からゴルゴンの近況を聞いた真は苦笑いしてゴルゴンの街に出たいという申し出に否定的な様子を見せた。
 真自身は無自覚だったが、彼の各種族に対する外出の基準は厳しい。
 外見で判断して、能力で判断して、人柄で判断する。
 オークやリザードマンなどはごく限られた状況を除いてはヒューマンの目に触れるエリアには出る事を許されていない。
 外見をまずクリア出来るドワーフや森鬼でも、余程力が無ければ商会勤務を認められないのが現状だ。
 ゴルゴンという種族からすれば格段の進歩とみなしていい今回の識の報告でさえ、真は結果的には駄目だと言っている。
 悪意もなく、むしろ亜空の住民には過保護な彼だからこそ厳しくなる面かもしれない。 

「それで、もう一つというのがゴルゴン達からの若様へのお願いでして。私が預かってまいりました」

「お願い?」

「ゴルゴンには個人を示す名前がございません」

「え、ないの?」

 真の間の抜けた返答。
 言われて思い返してみて、彼はゴルゴンの名前を知らない事に気付く。
 族長さん、お姉さん、妹さん、ゴルゴンさん。
 大体こんな感じで済んでいた事に真は思い至る。

「あまり他の種族と多人数で関わる事がありませんから、これまで不自由もなかったようです。目を覆って生活する事に慣れたおかげで相手の気配や匂い、魔力を含めた能力を鋭敏に感知して個人の特定が出来たせいもありますね」

「確かに、あの人たちの感知能力は石化能力に隠れて見えにくいけど凄い精度だよね。広くないけど精密、みたいな」

「名は外に出るには必要になります。彼女達のやる気にも繋がりますので是非若様に――」

「待て、識」

「巴殿?」

「言いたい事はわかるし、ゴルゴンの言い分も適当なものだろう。だが、若様自らが名を与えるとなると問題にならんか?」

「……やはり、そう思われますか」

「特別扱い、とも取れる。これまでに若が直接名を与えたのは儂らくらいじゃからな」

「先日、若様がミスティオリザードを召喚して名前を与えました。前例はあるといえばありますが」

「あれはしかし識別する記号のような……名前といえば、あれも名前じゃがなあ……。そもそもあ奴らには名前があるし、若のつけた名は称号のような扱いになっておるぞ」

 巴と識が亜空に与える影響を含めて色々と議論を交わしている。
 真はといえば、名前、名前、とぶつぶつ呟いていた。

「まあ必要なものではある。若では駄目だからと儂が考える羽目になるのも面ど……いや、ゴルゴンどもの願いに反するし」

「ですからいっそ若様にその路線で名をお考え頂くというのが一番良い方法かと」

「……うむ」

「……はい」

 二人は何やら含みのある沈黙の後、大きく頷きあった。

「女の人の名前なんてそうそう数が思い浮かぶものじゃないよね、難しいなこれ」

「そこで若」

「お、巴? そっちの話は終わった? 僕の方は難しいよ、名前っていきなり言われてもねえ」

「その名前ですが。儂らのような名前ではなく、アオトカゲのように、一見人名のようでなく、かつどこかに統一性があるもので複数用意して頂けますかな」

「……? 一見人名じゃなく、統一性がある?」

「現状、ゴルゴンが外に出る為に必要というだけですからな。外に出る際に名乗る号のように扱うのが無難かと」

「号……って。あれ、一気に難易度が上がった気がするんだけど……」

「それでは、よろしくお願い致します」

「お忙しい中、失礼致しました若様」

「え、あれ? 巴、識?」

 パタンと閉まる扉。
 真は机に肘を突いてしばらくの間悶えることになった。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 それから一週間ほどが経った。
 難しい顔をしている真がゴルゴンの集落にいた。
 その実、寝不足から顔色が優れないだけだったりするが。
 彼の前には四人のゴルゴン。
 そしてその後ろにはさらに大勢のゴルゴンたち。
 全員が集まっている。
 普段では見られない光景だ。
 真の表情とは対照的に、ゴルゴンたちは総じて期待に満ちた顔をしていた。

「今日は私達の為にわざわざお越し頂いてしまって申し訳ありません。ですがこの日を迎えられたこと、これ以上ないほど嬉しいです」

「これはツィーゲに出るための一歩と考えてもよろしいんですか、若様」

 一列に並んだ四人のゴルゴンの内、真ん中の二人が真に話しかける。

「僕の前にいる四人については、そうだね。ライムからも切実に頼まれたし、族長さん達がツィーゲとロッツガルドにゴルゴンの皆が出る一陣になるんじゃないかな」

 真の言葉を受けて四人の顔に喜色が浮かぶ。
 他のゴルゴンからは彼女らに羨望が向けられた。
 四人はゴルゴンの中で最初に石化能力制御を真が納得するレベルに高めた実力者だった。
 その中には族長姉妹が含まれている。
 面目を保ったというところだろう。

「じゃが、族長と妹が揃って外に出るのは許さんぞ。種族のまとめ役が亜空にいない状況は好ましくない」

 真の後ろに控えていた巴が補足する。
 巴と澪、それに識もこの場にいた。

「はい、承知しております。当面私どもは亜空内でやるべき仕事が山積みですし、能力を高めたのも立場ゆえの意地のようなもの。ですからこの二人が外に出る第一弾になるでしょうね」

「ええー! 私出れないの!?」

「当たり前でしょう。私一人に全部押し付けるつもりなの、貴女は」

「う、うーん……残念。でも確かにこっちのお仕事もあるもんね、仕方ないか。あとのお楽しみってことにしよ」

「そうなさい」

「じゃあ、四人が外に出る際の名前なんだけど」

『……!!』

 真の何気ない言葉がゴルゴンの間に緊張を走らせ、微かにあったおしゃべりも静まる。
 何故か真の後ろの従者三人もピクリと反応する。

「族長さんはムツキ、妹さんはハツハル、おかっぱの貴女はカスミ、ウェーブ髪の貴女はソメヅキ。以上です。あくまでも外で名乗る名前なんで、亜空では好きな名前を個々で名乗っても構わないよ」

「ムツキ……」

「ハツハル……」

「カスミ……」

「ソメヅキ……」

 ゴルゴンはそれぞれ自分に染み込ませるように呟く。
 一方真の背後にいた従者三人は小さく息を吐いた。

(儂は船の名をこっそり提案しておいたが、外れじゃったか)

(私が助言した花の名ではなさそうだ。何かお考えがおありだったか)

(お菓子じゃありませんでした。巴さんか識の考えかしら)

「じゃ、解散。カスミ、ソメヅキは族長さんときちんと話し合いをした上で僕らに報告してね。巴と識で詳しい時期と配属を詰めてもらえる?」

「考えておきましょう」

「承りました」

 従者が頷くのを確認して、真は手を振ってその場を去る。
 澪だけがその後を追っていく。

(巴と澪、それに識まで提案してくるんだもんなあ。誰のを採用しても角が立ちそうじゃないか。難易度鬼だったわ……)

 結局、ゴルゴンの名前は真が資料室から持ち出した一冊の本から引用する事に落ち着いた。
 亜空の誰かが知っている訳でもない名なので誰が気にする事もないだろうが、真は一応それを机の鍵付きの引き出しにしまっておくことにした。
 その後、カスミとソメヅキはツィーゲに勤める事になり、外の評判は二人によってゴルゴンに広まっていく。
 結果、好奇心とやる気が振り切れたゴルゴンの努力によって真はすぐに第二陣の名前をつける事になる。
 沢山あるやつにしといて良かった。
 真がそう呟いたのは四回目の名付けを終えた時のことだ。
ご意見ご感想お待ちしています。
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