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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

番外編

28/187

extra28 クズノハさん②

お気に入り25000件突破記念、extra28です。
感想欄でご好評を頂きましたのでクズノハさんの続きにしてみました。
「リリト、例の調査終わったぞ」

「おお! 流石翼人の方は仕事が早い! 助かります」

 ロッツガルドのとある喫茶店。
 久々に大きな街で羽を休めていた森鬼リリトの席に翼を持つ男が近づき、声を掛けながら向かいの席に座った。

「ふぅ、しかし騒がしい。ヒューマンの街はツィーゲとここしか知らんが、どちらも俺達には賑やかすぎる。この翼のせいで無用な注目も集めるしな」

「私も色々な街や村を回りますが、翼のある人など見ませんから。しばらくは仕方ないでしょうね」

「若様のお役に立てるなら俺もこの程度は耐えるが……。辺境巡りの方が気が休まるのは間違いなさそうだ」

 腰掛けた翼人は、その容姿ゆえに注目を集めるのに辟易しているようだった。
 最初に大きくため息をつき、どこか疲れて見える。

「私に付いたという事は多分そうなりますね。それと、ロバロさん、仕事では俺ではなく僕または私です。私達にとっては“外”は仕事場ですからね」

「……そうだった。ついいつも通り話してしまうな。ん、だが他にも許可された呼称があったような……」

「ああ、拙者かそれがしです。今のところ使っているのを見ませんけど」

「……私、にするかな」

「ええ。最初は意識する必要があるかもしれませんがすぐに慣れますよ。で、調査結果ですが――」

 リリトは満足げに頷くと言葉を区切って周りを見る。
 彼自身もダークエルフを思わせる容姿である程度人目を引いていた上に、今は翼人までいる。
 話の内容は周囲に漏れるとわかる注目のされ具合だった。

「出ましょうか。商会の二階で話を聞きます」

「わかった。他の連中も商会にいるぞ、アクアさんとエリスさんに使われているかもしれんが」

 席を立ち会計を済ませるリリト。
 少し後ろを歩く翼人ロバロ。
 通りでも彼らはそこそこ視線を向けられるが、二人は表情にそれに対する反応を見せる事なくクズノハ商会に戻る。
 商会は今日も盛況で、店内に入りきれない客が世間話などしながら行列を作っていた。
 裏手の勝手口から店舗に入り二階の一室に上がる二人。

「さて、あの大森林に何が入り込んだんです?」

 アノード村の村長から村人の負傷について調査を頼まれたリリト。
 上司である巴に報告した所、彼には部下というか仕事を行う仲間として四人のメンバーを預けられる事になった。
 彼らを監督しながら調査を行い、問題にあたるようにとの指示を巴から受けていた。
 それぞれに役割を割り振った上でリリトは今日、たまたま出来た時間を喫茶店で過ごしていたのだが、調査完了の報告を受けてこうして仕事に復帰している。
 入り込んだ、と聞いたのはリリトが推測する事件の全貌が、森の外からの余所者による犯行といっただったからだ。
 村長が疑った亜人については完全に白だとわかっていた。
 何せ、彼らにも負傷者が出ているのだから。
 さらに武器、鋭い刃物による負傷というのも亜人の犯行を否定していた。
 該当する村に住む亜人はどちらかと言えば武器をあまり用いない種族だったからだ。

「いや、違った」

 だがリリトの推測を否定するようにロバロは首を横に振った。

「外部の犯行じゃない? でも、どちらの村にも動機らしきものはみられませんでしたよ?」

「あの広大な大森林への侵入者はいない。余所者って線じゃなかった。犯人は、あそこに住む魔獣だったよ」

「魔獣? しかし襲撃者は武器を使っていました。私も確認しましたが鋭利な刃物による傷でした」

 かなり大きな、それでいて鋭い刃物による傷だった。
 だからこそリリトは冒険者から業物でも奪ったトロルやジャイアント、または可能性は低くなるがゴブリンやコボルドの仕業ではないかと考えていたのだ。
 トロルやジャイアントの場合、襲われた村人から襲撃者の正体が確認されていないのが気になる部分ではあるし、それゆえにリリトには断定も出来ていなかったが。

「順番に説明する。あの森の外周部の一部にかなり珍しい魔獣の生息域があって、最近そこでボスに対するクーデターが起こった」

「……ふむ」

「で、負けて追い出された方の一団が内部に新しい縄張りを見込んで移動していた。村人が襲われたって場所と痕跡から割り出した奴らの移動ルートを地図に書き込むと……こうなる」

 ロバロがいくつかの×印と蛇行する線を大森林の地図に書き込む。
 この地図はロバロともう一人の翼人が即席で作った物だが、空から地形を見る事が出来る彼らだけあって中々に正確に出来ていた。
 またラインの方には所々日付が入れられていて、それが魔獣の進行過程を示しているのがわかった。
 アノード村と亜人の村で村人が襲われた場所と、蛇行するラインのその日の進行程度が見事に接近している。

「なるほど、これはほぼ決まりですかね。ところで、どうやって魔獣の進路の追跡、それも進行速度まで割り出したんですか?」

「ゴルゴンがそういう事に詳しかったんだ。おかげでおおまかなルートを俺、私達が割り出して詳細な痕跡の追跡をゴルゴンの姉ちゃんに担当してもらって上手い事やれた」

「ちゃんと協力してくれていたわけですか。良い傾向ですね」

「……よく言うな。そういう役割分担が出来るように仕事を振ったように思えるぜ? 狙い通り、とか言いそうだが?」

「まさか。素直に素晴らしい結果だと思いますよ。しかし、傷口については?」

 リリトは試験官が解答を聞くような雰囲気でロバロに続きを促す。

「その魔獣の尾だ」

「尾? しっぽですか」

「ああ、大きさは馬と同じか少し小柄、特徴は長い尾でそれだけで三メートル近くある。自在に動かせるようだな」

「斬撃を行える長い尾を持った魔獣、ですか」

 それなら負傷者の条件にも合う。
 動きも素早いなら姿を見られなかったのも、考えられない事ではないとリリトは考える。

「一応、私達はサーベルキャットと名付けた。斬るだけじゃなく突く事も出来るようだからフェンサーキャットの方が適当かもしれん」

「キャット、猫に似ているのですかその魔獣。名前はまあサーベルだろうと剣士フェンサーだろうと特に構いませんが」

「殆どそのままだな。体毛の色や模様には個体差があるが、その群れは木の幹と同じ色をしたのが多かったな。だがボスは黒だった。遠目ながら毛ヅヤのいい、宝石みたいな見事な黒だった」

「黒ね。ならボスは便宜上クロと呼びますか。これがその魔獣の仕業ならばクロと話をして事件の解決を図るのが一番ですかね」

 れっきとした魔獣ならば実は言葉は通じる事が多い。
 特殊な能力を持つ魔獣は言葉を解し、時に魔術まで行使する事さえある。
 だからリリトはまず、猫型の魔獣に事の真偽を確かめ、その上で負傷者を出した村との話し合いを行う心積もりでいた。

「だが接近は困難だぞ? 気配に敏感だし耳も鼻もきく」

「なら結界を張ります。翼人とゴルゴンから一人づつ、私のサポートに回ってもらいます。それなら数キロ範囲での結界なら展開できますからね。あとはそれを狭めながら皆でご対面といきましょう」

「途中で確実に破りにくるのが出てくるが、そっちはどうする?」

「それはロバロさんに任せます。上空から監視して万が一にも結界から逃げる個体がいたら処理してください」

「……ゴルゴンの二人が、出来たら連れ帰りたいと言ってたぜ」

「……ロバロさん、そういう事は一緒に報告する癖をつけて下さい。ならそれは巴様に話を通しておきますが……期待はしない方がいいですよ。巴様は厳しい方ですし、それに今回の事件の収拾にはどうしても犯人の血は必要でしょうからね」

「負傷者が出ているから、か」

「ええ。我々はあくまでも村の依頼で動いています。彼らの感情と問題の解決が最優先である事は理解しておいてください」

「わかった」

「はい。なら、他の三人とも詳細を詰めましょう。彼らは下ですか?」

「ああ」

 報告を受けて行動を決めたリリトは部屋を出る。
 そこで、思わぬ人物に出会った。

「あれ、ええっと……リリト、さんだっけ? どうしたの、こんな所で」

「わわわわわわ若様!?」

「っっっ!!」

 開けたドアの影から出てきたのはクズノハ商会の代表、ライドウだった。
 つまり商会で働くリリトやロバロからすると雇い主、亜空に住まう住民としての立場ならば王。
 そんな人物が唐突に出てくればリリトらも流石に慌てる。

「やだなあ、そんな化け物に遭ったような驚き方は勘弁してよ」

「そうじゃぞ、お前ら。若に失礼じゃろうが」

「巴様まで!?」

「ぉぉぉ……」

 巴までもが階段から二階に上がってきてこの場に居合わせ、リリトはともかくロバロは大分パニックに陥っていた。

「あれ、巴。珍しいなこの時間に店にいるなんて」

「ちと外回りの連中と話がありまして。もう済みましたので若に挨拶だけして戻ろうかと思っておったところです」

「なるほどね。その話はリリトさんにはしなくていいの? 彼も外回りでしょ、確か」

「……若。あまり親しくない者にはさんづけをする、というのは悪い事ではありませんが。森鬼や亜空の者は呼び捨てにしてやってくだされ。儂や澪が呼び捨てでこやつらがさんづけでは居心地も悪いですぞ? あと今回はリリトには関係の無い地域でしたので問題はありません」

「どうか、どうかリリトとお呼びください!」

「……そっか。それもそうだよね。ごめん。えっと……そっちの翼人の彼は何て名前だっけ」

「ロ、ロバ、ロバッ」

「ろば? それはまた変わった名前だね」

「はぁ。何をテンパっておるんじゃ。若、これはロバロと申します。先日それなりの実力に達しましたのでリリトに預けて様子を見ておるところです」

 巴が嘆息してロバロの言葉を補足する。
 ロバロから見れば、族長が身を硬くして報告を行い、嘆願などをしにいく相手である。
 不意打ちから自然体で振舞うのは相当難易度が高かった。

「リリトに、ロバロね。何にせよ仕事ご苦労様、折角ロッツガルドに来たんだから少しは息抜きしなよ?」

「お気遣いありがとうございます!! 休憩を頂いておりましたが、これから仕事に戻る所です!!」

 ロバロほどではないものの、リリトも相当に緊張していた。
 森鬼の中でライドウに気楽に話しかけられるのは傍に仕えることが許されているアクアとエリス位であり、ライドウこと真は彼らにとってやはり特別な存在だった。

「……確かお前らはどこぞの森の村の事件を調べておったな。丁度良い、進捗を聞こうかの」

 巴がふと宙を眺めて彼らの仕事を思い出す。
 彼女はすぐにリリトが今手がけている仕事を把握して、報告を促す。

「はい! 現在、村を襲ったであろう存在を特定しまして確認に向かうところです」

「ほう、存外に早かったの。で、お前の推測は当たっておったか?」

「……いえ、残念ながら。特殊な魔獣の仕業と思われます。それと、魔獣につきまして巴様に一つお願いが出来まして」

「聞こう」

「その魔獣、外見は馬と同程度の大きさを持つ猫で、長い尾を刃物の様に扱えるようなのですが。調査にあたったゴルゴンがその魔獣に興味をもっております。出来れば亜空に連れて帰りたいと申しておりまして、巴様にそのご判断を頂きたく」

 猫、というフレーズで真が興味を惹かれて顔を上げたのにリリトは気付かなかった。
 もちろんロバロも。
 そして巴は亜空に連れ帰るという発言に苦い表情を見せた。
 それを見たリリトもやはり、という顔をする。

「リリト。亜空に連れて行くのは簡単な事ではない。能力的な問題はもちろん、そ奴らの意向もあろう。如何にゴルゴンがそう願ったとて、好きにせよと儂が言えると思うか?」

「……はい」

「第一、尾を刃の如く使えるだけのでかい猫など連れ帰ってどうする気じゃ」

「よろしいでしょうか」

 ロバロが巴の言葉に手を挙げた。

「なんじゃ」

「ゴルゴンの意見としては、その猫の魔獣は飼い慣らせる可能性がそれなりにあり、かつ騎乗にも耐えそうだと申しておりました。便利な尾もありますので開拓などにも使えるだろうとも」

「騎乗用か……考えは悪くないが。いや、だが猫が乗り心地が良いとも思えん。やはり許可は……」

 巴は気付いていなかった。
 猫と聞いてから真がニコニコし始めたことを。
 小さく猫、猫と呟いていたことを。

「巴!」

「うおっ!? 若? 突然なんですかな?」

「それ、僕は賛成」

「……は?」

「その猫、彼らが納得してくれるなら亜空に来てもらおう。面倒はゴルゴンが見るつもりなんだよね? 魔獣みたいだから別に飼い慣らせなくても仲間として受け入れればいいんだし!」

 乗り気だった。
 真は、それはもう乗り気だった。
 なぜなら彼は猫が好きだったから。
 そしてこの異世界において、サイズは彼に特に問題をもたらさない。
 精々が撫で甲斐があるとか、ブラッシングが大変かも、程度のものだ。

「若、能力の確認もなしに何をいきなり仰るので?」

「巴。日本人は猫と共に生きてきたんだ。なのに亜空に猫がいない。これは問題だ。和を目指すお前にも大きな問題だ」

「そ、そうでしたか?」

「そうだ! ほら、眠り猫とかもあるだろ? 陽だまりや縁側で丸くなる猫はそれだけで絵になるんだよ」

 馬と同じ程度の大きさ、と言われている以上縁側は無理だ。
 巴は一頻り眉間に皺を寄せると、閉じた目を開いた。

「……だそうじゃ、リリト」

「え、巴様?」

「若がそう仰せなら儂の意見などどうでもよい。その猫に気があるなら連れてきてよい」

「本当に、よろしいので」

「くどい。若が良いと言っておる」

「は、はい!」

「片をつけたら、報告書をまとめるんじゃぞ。さっさと行け!」

「失礼します!」

「失礼します!!」

「よろしくねー」

 リリトとロバロは真と巴に頭を下げて、落ちたかと疑うようなスピードで階段を駆け降りていった。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 夜。
 静まり返った森の中枢近く。
 予めアノード村と亜人の集落には騒がしくなるかもしれないと報告した上でリリト達はコトに当たっていた。
 作戦通りサーベルキャットの群れを含めたエリアを、二人のサポートを得たリリトが結界で包んだ。
 即座に異常に気付いた魔獣は警戒し、行動を開始したものの結界への攻撃は失敗に終わっている。
 森鬼が自らの得意なフィールドで使う結界、しかもゴルゴンと翼人のサポートを受けて展開している。
 多少変り種の魔獣程度では突破など出来ない。

「リリト先輩、無理を言ってすみませんでした。多分お許しはもらえないだろうって思ってたのに」

「……奇跡が起きただけです。私は何もしてませんよ。まさかの鶴の一声がありました」

「??」

「若様が連れ帰ってもいいと仰いましてね。巴様が押し切られました」

「っ、へえ!? 若様にもあの子達の愛らしさが伝わってたのかなぁ」

 リリトの結界をサポートしているゴルゴンの女性が事の成り行きに驚く。

「どうやら猫がお好きなようでしたよ」

「……猫、か。ペットの話題から距離を縮めるって手も使えそうねー」

 周囲を警戒しながらリリトの脇を歩いていたもう一人のゴルゴンが何やら考えこんでいる。

「それ、私が使おうと思ってるから駄目!」

「馬鹿ねえ、こんなもの使ったもの勝ちに決まっているでしょ?」

「むうぅ」

 凶悪な魔獣との接触を控えているとは思えない雰囲気。
 その後も結界は順調に縮小していき、上空で作戦の推移を見守るロバロも特に仕事をする事なく時間が過ぎていく。
 もう一人、リリトの結界をサポートしている翼人の男も寡黙なためか場にはゴルゴン二人のとりとめの無い話ばかりが流れていた。
 世間話だったり、ファッションの話だったり、少々下世話な話だったりと話題もころころと変わるが二人は混乱した風もなく楽しんでいるようだ。
 リリトも亜空の外に出るようになり、こういった女性の会話にも慣れていた。当初はあまりの無軌道ぶりに混乱しかけたのは彼にとっての良い思い出でもある。

「……あら、お喋りもここまでみたいね」

 他の仲間を手で制して周囲を警戒しながら進んでいたゴルゴンが一歩前に出た。
 リリトらの中で一番近接戦闘能力が高いのが彼女だった。
 次いで、というかほぼ互角なのがリリトだが彼は今結界を展開している。
 ゴルゴン二人はどちらもメガネを着用しているが、前に出た方が振り返ることなくメガネを外し後ろのリリトにそれを放った。
 結界とは違う、特殊な力場が周囲に満ちていく。
 だがメガネによって封印されていた筈の彼女らの生来の特殊能力、石化は発動しない。

「ナツハ、いつの間に眼のコントロールなんて覚えたんです?」

 リリトが少なからぬ驚きで戦闘モードに移行したゴルゴン、ナツハの背に声をかける。
 ちなみにゴルゴンは他種族からみた“名前”を持たぬ種族で、彼女らの名前は全部真が命名している。

「いつの間にって……これが出来ないと外になんて出してもらえないもの。知らなかった?」

「知りませんでしたよ。巴様も若様も特に何も仰ってなかったですし」

「ふふ。私もあんたがそんな丁寧な言葉遣いをしてるなんて知らなかったからおあいこね。と、偉そうに言ってみてもまだ完全じゃないんだけどね。とりあえず不意にメガネが外れても周りを石にしない程度の制御よ」

「……これは一歩先をいかれましたかね。最近修行の方はサボリ気味でしたし……今度手合わせするのが少し怖いですよ」

「前は私の負けだったっけ。んふふ、次は前みたいにはいかないわよー。私としては、こっちの腕よりも識様か若様を落とす方にレベルアップしたいんだけどね、あの二人そっちにはとにかくガードが固いから。ホント、少しはライムを見習ってくれないかしら」

 バツが悪そうに頭をかくリリト。
 実は戦闘能力では同じレベルであるとして対戦の機会の多い二人だった。

「リリト先輩、少し様子が変わったみたい。何か考えている、のかも?」

「ウヅキも妙に気配を探るのが上手になってますね。この分だとロバロとエギも相当強くなっていますか。これは、楽が出来そうで嬉しい誤算です」

「いや、僕は……そんなに強くなってないよ。正直、なんで選ばれたのかもわからないんだ。僕なんて真面目くらいしか取り柄ないし」

 他のメンバーに比べて明らかにネガティブな発言をしたのは黙々と仕事をしていた翼人。
 エギと呼ばれた彼は優しげな顔立ちと細い体つきから想像される通りの控えめな性格だった。

「今回はエギに荒っぽい仕事は無いわ。安心してリリトを手伝ってれば大丈夫」

 ナツハが髪を波打たせながら気楽な口調でエギを安心させる。

「来ます! 前方正面から四、左から二、右からも二! それから……上!? 上からも一匹! それにロバロさんにも! 嘘、空を走ってる……」

「ウヅキ、落ち着いてください。ロバロには念話を――」

「もうしました!」

「なら結界の維持に全力を。エギ、側面の奴らがナツハを抜けるようなら――」

「左は終わったよ。右の掃討に入るね」

 魔術による淡く光る槍を数本投じた後に応じるエギ。
 手にはもう新たな槍が用意されている。

「……あー。ナツハ、正面にしゅうちゅ」

「ん、なに?」

 指示しかけたリリトは言葉を止める。
 正面にあったは石と化した木々と、ナツハに襲い掛かろうとした三匹の魔獣の石像。
 灰色に染まった景色だった。 

「いや、何でもない」

(本当に、何もやることなかったな)

(空を走ってきた猫の始末、終わったぞ。いやびびったね、若様と同じような事しやがったからつい思いっきりやっちまった)

 心中で呆れながら独白したリリトに、上空にいるロバロからの念話が届いた。

(お疲れ様です。それじゃあ降りてきてくれますか)

(わかった)

 短い念話が終わる。

「リリト先輩! ナツ!」

 ウヅキが大声でリリトを呼んだ。
 そう、戦闘とも言えない圧倒的な力の差があったとはいえ、まだ終わってはいない。上から迫る魔獣、そしてナツハの眼をかいくぐった正面の一匹が残っている。

「まあ、こんな眼を見たら正面じゃなくて後ろから仕掛けようと思うわよね。でも……それは私達も最初に対策する事だって、わからないものかしらねえ」

 ゆっくりと正面の石化が進んでいく中。
 ナツハは敢えて頭上を越えて背後から一撃を加えようとしてきた魔獣に、視線を向けずに呟いた。

「上手に死角を利用してここまでやったのだから、貴方は石にはしないであげる」

 彼女らがつけた名に違わず、長い尾がしなる刃になってナツハの首に迫る。
 しかし。
 それは硬質化した彼女の髪に絡め取られ、魔獣はそのまま投げ飛ばされて石になった木の中に叩き込まれた。
 同時に森の闇にも紛れたが反撃は……なかった。
 もう一匹。
 闇に紛れた魔獣がいた。
 彼はその黒い体毛も味方して、まさに闇に同化していた。
 ナツハではなくリリトを狙ったその尾、爪、牙はいずれも鋭く樹上から迫った。

「……」

 リリトは落ち着いていた。
 気配は既に把握していたし、武器も両手にある。
 いつの間にか手にしていた黒塗りの短剣。
 これが彼の武器。
 一撃目の尾による刺突を上を見もせず払う。
 次に同時に迫ってくる爪と牙を器用に身を捻って空振りさせた。
 無駄の無い最低限の動きだった。
 そして距離をとるべく地を蹴ろうとした脚に短剣を突きたて、短い詠唱を加える。
 それだけで短剣が魔獣を大地に縛りつけ、一歩動くことさえ許さない。
 さらに残る一本を首筋に当て、空いた手で魔獣の動きの一部を封じる。
 地味だが、実に手早い。

「さて、魔獣ならば言葉は通じますね。話をしましょう」

 威圧のこもった笑顔で制圧した魔獣に話しかけるリリト。
 こうして戦いとも言えない夜の捕り物劇は終わった。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「どうでした? 結果は?」

「良い感じです。アノード村の方は魔獣の骸を持って事情説明に行った結果、生き残った魔獣とは共存関係を築いても良いと言ってもらえていますよ」

「亜人の方も好感触だ。始末はクズノハ商会に任せるってよ。鉱石の買取量を増やしてほしいとは言われたが」

「ロバロさん、お疲れ様です。ここの亜人って石と話せる変わった特技があるんでしたっけ。亜空には誘わないんですか?」

 ウヅキが戻ってきたリリトとロバロを迎える。

「硬質化した皮膚といい、結構人離れしているのは確かですね。それもあって辺境に住んでいるのかもしれません。我々が詮索する事ではありませんが」

 ロバロに代わってリリトが答える。
 彼らとの付き合いはリリトが一番長いのだから不思議なことでもない。

「亜空に来る気はないようだし、今の付き合いが一番ってことでしょ? 別にいいじゃない。サーベルキャットの方も上手く解決して初仕事は無事終了! なんだし?」

 ナツハは事件の無事解決ですっかりリラックスしていた。

「元の群れのボスには話をつけましたしね。何匹か殺しはしましたがクロもこちらの要望を理解してくれて亜空に来ることを了承してくれました。これで巴様と若様にも良い報告ができますよ……あーよかった」

 リリトは最後に真のことに触れて心底安堵した声を出した。
 彼にとって一番のプレッシャーはサーベルキャットを亜空に連れて行けるかどうかという一点だっただけに重い荷物を降ろした心持だろう。

「楽しみだね、ナツ。あの子達もこれで亜空の仲間だよ」

「馴染むまではそれなりに大変だと思うけどね。特に実力的に」

「大丈夫だよ、きっと」

 ゴルゴンも要望通りに魔獣を亜空に連れていけてご満悦だ。
 結局のところ。
 アノード村と亜人の集落にはサーベルキャットの脅威を何匹かの暴走と説明し、それを片付けたことで終息したとリリトは報告した。
 実際の骸は説得力を持ち、また残ったサーベルキャットとは縄張りを分けることで共存関係を構築する提案もしていた。
 アノード村も亜人の集落も、外部からの干渉が多くなることを望まない節があり、サーベルキャットが森の外周部で目を光らせてくれる事はメリットとして受け止めたようで概ね好意的に受け止めてもらえた。
 これからすぐに、とはいかないだろうがアノード村と亜人の集落の間でもクズノハ商会を介して物資の行き来も生まれそうな雰囲気もある。
 これはリリトにとっては嬉しい誤算だった。

「じゃ、早く帰ろうぜ? 次の仕事は幾らでもあるしよ」

「ロバロさん。もう少し穏やかに話して下さい。アノード村でも怖がられてましたよ」

「口調さえ優しければいいってもんでもないのによお。あの村の連中はリリトに騙されてるぜ」

「失敬な」

「あははは! それは言えるわよね、だってリリトの戦闘スタイルってまんま暗殺者っぽいし。物腰が柔らかくても実は暗殺者でした、じゃサギよね、うふふ」

「確かに」

「うん、それは私も思いました」

「……皆さん、立場的には私が上司だって事忘れてませんよね? 今回の報告書まだ上げてないのも、忘れてませんよね? 覚悟は出来てるんですね?」

 一仕事終えたリリトらの賑やかな会話が帰路に響く。
 次の仕事が同じメンバーで、しかも寒い魔族領である事を彼らはまだ知らない。
 クズノハさんの活躍はこれからも地味に続く。
ご意見ご感想お待ちしています。
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