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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

五章 ツィーゲ独立編

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次の一手


「早いな。つい先ほど連絡をつけようと人を遣ったばかりだというのに」

 通された部屋で僕に掛けられた第一声はそれだった。
 中では何人かが集まって地図やグラフと睨めっこしている。
 声の主はレンブラントさんだ。
 殺人的な忙しさだと思うけど、何故か顔つやは日を追う毎に良くなっているように見える。
 あまり忙しいと昔を思い出す、若返るな。
 あれ、冗談じゃなくて本気だったんだろうか。

「ちょうどギルドに顔を出す所でした。特に大きな戦況の変化はないようですけど……何か急ぎの御用があるとか」

 室内には大きめの円卓が一つ。
 ツィーゲの戦略を決めたり、政治をしたり。
 今や冒険者ギルド内のこの一室が街の方向性を決める場になっている。
 理由は(ウチを除いて)どの商会よりもセキュリティが万全な場所だからだ。
 冒険者ギルドの内部は場所によって、とある上位竜の悪ふざけのおかげで愉快なレベルの密室になっていたりする。
 大概の魔術を弾き、かつ物理的にもまず覗き見できない。
 内緒話にうってつけな所ということになる。
 ならどこの国もギルドの協力を仰いでそこで会議すればいいのだけど、そこはそれ。
 複数の国にまたがり、いかなる国からも支配されない冒険者ギルドの中。
 大きければ大きいほど、国としてそんな場所で秘密の話はできなくなるようだ。
 ルトは笑っていた。
 別に請われれば貸し出すし、冒険者ギルドとしては外にその情報を漏らす気もないんだけどね、と。
 ……ただし外には、だ。
 あいつは続けて、ギルドの利害に関わるようならいくらでもそれで得た情報を利用させてもらうよと言っていた。
 自分が動いてもいいし、冒険者を動かしてもいい。
 別に他の国に漏らさなくてもやり様はいくらでもある、ってことなんだろう。
 そんなわけで、いくら秘密が漏れなくても国家や領の話でギルドが利用される事はまずなかった。
 ただツィーゲの場合、何を聞かれても冒険者ギルドに対する敵意などない。
 その上、既に戦力として冒険者に頼っている状況だった。
 それぞれの商会の方針を定める会議ならともかく、街の方針を決める会議なら聞かれても知られても困らない。
 むしろ、会議に参加するメンバーにだけ気を払えば盗み聞きされる恐れがないのはおおいにメリットだった。
 だから冒険者ギルドの一室を貸してもらうことにした。
 これまで代官がいた建物を使えるようにするのは後回しでいい、とあっさり決められていた。
 そっちを無理に使う方が色々と、主にセキュリティの面で不安なんだそうだ。
 ちなみにこの部屋については、荒野関連の情報が集まるツィーゲの冒険者ギルドだけにかなり厳重に守られているらしい。
 ルト曰く、壁の耳斬り障子の目潰す。
 覗こうとすると酷いよ、とのこと。
 間諜スパイ、というか被害者の皆さんには合掌するばかりだ。

「そうなのだ。まず先日コランから同盟、というよりも庇護を求める書状を受け取った。この件でライドウ殿の意見を聞いておきたい」

「私の意見、ですか」

 ごく最近のニュースだ。
 僕もこの間聞いたばかりの情報だし。
 レンブラントさんは頷く仕草を挟んで話を続ける。

「これまでの街のように、我々と今後も付き合いを継続する、というものではないが為に我々の間でも取るべき対応について意見が分かれていてね」

 ……。
 そうか。
 庇護を求めるってことは守ってくれってことだ。
 ただ貴方の味方につきますよ、という話じゃない。
 つまりコランはツィーゲに、下に入れてくれって願い出てることになる。
 となると、承諾すればツィーゲはコランに文句を言う輩や手を出したりする輩も相手にしなくちゃいけない。
 ああ、これは難しいよな。
 意見が別れるのもわかる。
 急げば一日、普通に移動しても二日三日程度の距離とはいえ……別の街だ。
 負担は相当増える。

「確かに、今コランも抱えるとなると隙が出来ます。皆さんの意見が分かれるのは当然かと」

「うむ。まさに賛否両論が現状だ。中にはこの街を内から崩すための一手じゃないかと疑う者もいる始末。かといってあまり長考して時をいたずらにするのは自明の悪手。どうしたものかとな」

「ああ。それでコランにツィーゲから使節を出すのですね。真意を見極めるために」

「そうだ。コランは隣町でしかも港町でもある。既に敵に回っていたらこれは喉元に迫ろうとする刃だ。油断は出来ん」

 つまりレンブラントさんは何よりもまず、コランがこちらに奸計をめぐらせている可能性を危険視しているのか。
 庇護下に加えるかどうかはその次の思案材料だと。
 なるほどなあ。
 でも正直あの街がツィーゲに牙を向けるとは僕には思えない。
 今でこそかなり繁栄して近隣一の港町になっているコランだけど、つい最近までは近くの他の港町と同じ程度の小さな町だった。
 まさに漁村というのがぴったりはまる所だ。
 それが一変し始めたのが、澪があの町を訪れて、少しして識やエルドワを連れて海の幸を獲りだしてから。
 今でもうちの商会はあそこで結構買い付けをしているし、造船について何人か実地で修行していたりもする。
 そんな面々からの報告でも他の国の影なんてないし、それどころかツィーゲ並みの自治を行ってもいたはず。
 かなり好意的だし、今後とも付き合いを、じゃなくて庇護下に入りたいというのは確かに気になるところだけどツィーゲを嵌めるような真似はしないんじゃないだろうか。
 ……いや、それは違うか。
 それでも確証が欲しいからレンブラントさんは人を出そうとしている訳で。
 何か引っ掛かっているにしろ慎重になっているにしろ、僕のように安易に信じる方がまずいんだろう。
 コランの現状はレンブラントさん以下、ここにいる人達ならご存知だろうしな。

「まだ独立を勝ち得た訳じゃありませんから、僕も慎重にいくのが正解だと思います。コランはこちらに表面上は極めて好意的ですから疑念が晴れたなら、独立が確実になり次第庇護下に加えるのでしたら問題ないでしょうし」

 一応好意的な様子もあることを伝えておこう。
 あの辺りの海は海王の皆も良く出かけているようだしね。
 僕には海の良し悪しはわからないけど、セル鯨さん達に言わせるとコラン沖はちょっとした避暑地のような良い場所なんだそうだ。

「……ほう、コランが好意的。そういえばクズノハ商会はあそこで海産物の買い付けをしていましたね」

 別の商会、宝石や鉱石の売買で力を持っている商会の代表が会話に入ってきた。
 五十台位の男性で、小柄だけど身なりはしっかりしている人。
 そのせいで遠目には穏やかな雰囲気を醸し出している。
 だけど目が怖い。
 射抜くような細くて鋭い目。
 三代目とかいう話だけど滅茶苦茶やり手なんだそうだ。
 巴から前情報をもらって、会って、そのまんまな雰囲気の人でびびったのを覚えてる。
 確か名前は、シラーさん。

「え、ええ。今回の使節の中にウチからも従業員を一人同行させます」

「確か、巴殿でしたね」

「はい」

「クズノハ商会の皆さんはコランと特に問題なく商談をまとめている実績がありますから、疑念を晴らす成果についても……期待しています」

 ん、つまりシラーさんは庇護下に入れる方に賛成なのか?
 そうだよな、反対なら警戒しとけ、話はなしだ、でおしまいだ。

「シラー殿はコランを庇護下に加える事に賛成なのですか?」

 一応確認。

「ええ。あの町で時折あがる水晶珊瑚は水属性への強力な耐性を持った防具には欠かせません。以前、少しばかり乱暴に振舞ってしまった事がありまして私どもはコランに出入り禁止の有様なのですよ。この機会に関係をやり直したいと考えておりましてね」

 少しばかり乱暴に。
 絶対少しじゃないな、町に商会ごと出入り禁止とか何やったんだろ。

「食うにも困っていた漁民から珊瑚を買い取ってあげただけなのですが、どうも誤解があったようで。ははは」

 相場の一割とか一分とかで買い叩いたんだろうな、きっと。
 確かに、今回の町と町の話に貢献すれば関係を築き直す良い切っ掛けになるのは間違いない。
 にしても水晶珊瑚か。
 ウチは食い物ばっかりで海で取れる素材とかにはまるでノータッチだった。

「そう、でしたか。私も独立さえ目処がつけばコランとは仲良くできると考えています。私達の商会が両方の町の共栄に尽くしていけると良いですね」

「……。っ、ええ。その通りですね。先代のしでかした事とはいえ、私どもも過去の行いには猛省しておりますから。では、コランの方々によろしくお伝えください」

 僕の言葉に一瞬ぽかんとした表情を見せたシラーさんは、その後すぐに笑顔を浮かべると同意の言葉を述べてくれた。
 そして一礼すると地図の広げられた円卓に戻っていった。

「いいかな、ライドウ殿」

「はい」

「ライドウ殿はコランの裏切りは無いと考えている?」

「確証などは何もありませんが、その、印象では。ただ独立が宙に浮いたままの現状でコランまで抱え込むのは危ないなというのは私でもわかりますので、レンブラントさんの慎重論ももっともかと」

「そう、か。私はね、どうにも二つほど引っ掛かるのだ。なぜ、今ツィーゲ程ではないにせよ大きく発展しようとしているコランが、わざわざ危ない橋とわかりながらツィーゲに庇護など求めてきたか。そこがね」

「……」

 そこは僕も気にかかる。
 普通に今後ともよろしく、独立できてもできなくても、上手に変わらぬお付き合いをさせてもらいますよ。
 と自分達に安全な密約を申し入れてくればいい。
 ツィーゲもそれで満足なんだから。

「そしてもう一点。こういっては何だが、今回の一件でコランはある程度ツィーゲにかかる火の粉が飛び火してそれなりの被害が出ると私は考えていた」

「え?」

 それは初耳だ。

「あそこを落とせばツィーゲへの橋頭堡になるからね。だが、あの町には未だ何の被害も無い。彼らには自衛の為の戦力も満足に無いはずなのにだ。ツィーゲに行き過ぎなまでに媚びる態度、被害を被っていない現状。疑うなという方が難しい」

「は、はい」

「だがライドウ殿には何か違うモノが見えているようだ。使節の帰りを待ち、その報告次第だが私も過ぎた疑念ならば持ち続けては道を誤る。困った事に今の私がそれをすれば街が滅ぶ。確かに、ここ最近のコランとの関係はそれなりに良好だ。庇護下に入れるという選択肢はコランが本当にそう考えての提案だというなら十分考慮に値する魅力的なものに違いない」

 僕が見ている、という何かを見抜こうとしてかレンブラントさんの目がシラーさんばりに鋭くなる。
 やめてー。
 そういうのはザラさんだけで十分ですって。
 トラウマが蘇るわ。

「ま、まあその。本当に根拠なんかないんですけどね。ほら、どうせコランもツィーゲも荒野との境界になってる山脈を背にしているようなものじゃないですか」

「む、確かに大雑把にいってしまえばそうだね。どちらもアイオンの西の端。ややずれているとはいえ南北の違い、海に面しているかどうか、荒野に続いているかどうかの違いはあるが」

「だったらいっそまとめて城壁をどかーんと作って、一つの街にしちゃえばばっちりだったりとか」

「……? ツィーゲとコランをかね。……っ!!」

「ツィーゲは土地がなくて困ってるわけだし、どうせ国に喧嘩売ってるし、黄金街道からコランまでいっそ外壁伸ばしちゃえば人口だって今の何百倍だって許容できて……って何を言ってんだ僕は。ロッツガルドでも一つの街だけでそこまでの規模なんてないのに」

 あっちは学園都市とその周辺都市をまとめて学園都市群とするなら相当広い所だけど、一つの街だけではそこまで広くない。
 というか僕は一体何を言ってるんだろうね。
 馬鹿みたいな事を。
 ここは現代日本とは全く違う。
 あまりに大きな街なんて作れるわけないのに。

「コランまで……一つに? いや、だがそんなことは……。あの問題さえ片付けば、しかし……まさか……」

「レ、レンブラントさん? すみません、ちょっと用事を思い出しまして……」

「……いや、私の方は最初からおまけだ。悪いが、二つ隣の別室に行ってくれ。時間を割いて欲しい」

「え、でも」

 心ここにあらずのレンブラントさんが僕を呼び止める。
 妙な事言っちゃって穴があったら入りたい恥ずかしさなのに!

「そこに彩律殿が来られている。ツィーゲの『盾』の件でお話があるそうでな。是非、ライドウ殿にとのことだった。すまないが、頼む」

 顔を寄せて、ぼそりと。
 レンブラントさんがその名を口にした。
 ツィーゲ独立に関して裏で動く、ローレル連邦の中宮の名を。
 これが本命の用事。
 恥ずかしいからって逃げるわけにもいかないな。
 冒険者、トアさんが不安に感じていた事案でもある。
 正確には、レンブラントさんの前からは逃げられるし。

「っ、わかりました。では、私はこれで」

「うむ。手間をかけて済まない。……一日で端から端まで歩けぬような、街。荒野に面し、広大な土地ばかりか海まで手に出来るだと……? これは、危険を承知で火中に手を入れる時……か?」

 まだ何か呟いているレンブラントさんを置いて、僕は彩律さんが待っているという部屋に足早に向かった。
ご無沙汰しておりました。久々の更新になります。

唐突ですが一つ、お知らせがございます。
既にご存じの方もおられるかもしれませんが、先日6/10よりアルファポリスのサイト内で漫画版月導が連載開始致しました。
こちらは毎月第二水曜日の更新予定になっています。
漫画版の月導も是非ご覧頂けましたら幸いです。
漫画を手がけて下さったのは木野コトラ先生で、ネームを見せて頂いた時はその丁寧さに驚きました。
とりあえず作者個人としましては、絵で動く真達を見られる日が来て本当に嬉しい思いでいっぱいです。

それでは失礼致します。

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