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渦巻く夜宴
お久しぶりの更新になります。
zantei改めの投稿となります。
深夜。
街の音もやみ、ツィーゲにもようやく静かなひと時が訪れていた。
とはいえ最近不夜城とも称されるようになったこの街では、場所によっては熾火のように活気が続く場所もあるが。
少なくとも、この部屋に一人残る男の周りは静寂に包まれている。
彼の名はパトリック=レンブラント。
ツィーゲにおいて誰もが認める大商会、レンブラント商会の主だ。
「……」
レンブラントは無言のまま、机に積まれた大量の紙の束に次々と目を走らせていく。
左手で紙を送り、右手はペンを手に時折何かを書きとめていた。
彼が今頭に入れているのは言うまでもなくアイオン王国とツィーゲの情報である。
それも各地に放っているレンブラント商会の目と耳が集め、送ってくる最新の情報。
当然毎日、何らかの報告は彼の元にあがってくる。
革命に乗じてツィーゲの独立を果たそうとする今、その中心人物でもある彼は文字通り寝る時間も惜しい日々を過ごしている。
「……ふむ。まだ難しい所はあるものの……道筋は出来た、な」
これがクズノハ商会の若き代表であればとっくに情報の海に溺れて現実逃避をしていたであろう仕事量。
奇跡が起きても整理までが精々だと断言できる代物だった。
それでも才覚と経験のどちらも駆使したレンブラントは毎日多少の睡眠時間を確保した上できっちりと状況を把握し、アイオン王国で起きる革命とツィーゲの独立について、その見通しを立て終えたようだった。
「随分と慎重ですのね」
「……これはこれは。驚きましたな、貴女が人の部屋を訪ねるマナーを何一つ守らないとは流石に予想もしていませんでしたよ」
「さぷらいず、というそうです。ライドウ様から教わりました」
突然の来客に、レンブラントが非常識への皮肉を混ぜて応じた。
確かに約束も無い夜更けの来訪というだけでも相当に失礼な事だ。
サプライズといって許されるものではない。
「それで納得するとでも? 彩律様。深夜にノックもなく、約束は当然ない。不審者でしかありませんな」
「確かに。ええ、非礼はお詫びします。申し訳ありません。ただ私達はお互い、もう少し深く知り合う必要があると思いませんか、パトリック様?」
彩律と呼ばれた若い女性は、それなりに辛辣なレンブラントの視線と言葉を受け流し、艶やかな口調で彼に流し目を送る。
彼女はアイオンの隣国、同じく大国であるローレル連邦で重職にある人物だ。
その立場を考えると、今彼女は信じられないほどに危うい行動をとっている。
「さて、私はお互いに必要な事は把握していると考えていますが」
対するレンブラントはこれまでの態度を崩さない。
淡々と彩律の次の言葉を待つ。
「あら、昔の様な辣腕を再び振るうというのに、そちらは随分と淡白なこと。私が知っているはずの貴方のお姿とは少し違っているようで」
「ローレル連邦の諜報の力を見せて私に圧力でもかけるおつもりか? 昔の様な手腕を見せても、人格までも昔に戻る方が不自然でしょう。そこまでお調べでしょうに、おふざけになる」
「奥様と娘さん一筋、ですか。どうも……それが私の目には不自然に映るのです。貴方の経歴と性格に照らし合わせると、僅かですが違和感を覚えます。私達は同志となろうとする間柄。ほんの小さな違和感でも無いに越したことはありません。その上でのお誘いだったのですけれど、ね」
「体を重ねれば、信頼し合えるとでも? まあ……共犯者になる時の常套手段であることは認めましょう。が、それは個人と個人の間でだけ通用する錯覚。ローレルの中宮が口にする事とはとても思えませんなぁ」
「……」
「今回の件に当てはめるには、少々規模が違いすぎる。何を焦っておられるのかは存じませんが、そちらの相談になら場合によっては乗りますよ?」
「やれやれ。女としては非常に傷つきましたが、奥様とご家族を一途に愛しておられるのは今納得できました。頭ではどちらに転んでも目的は達成できるとわかってやったことでも、やはり痛いものは痛い。今後は控える事にします」
彩律がレンブラントに向けて呆れたような口調で降参とも取れる言葉を放つ。
彼女の中で、レンブラントに対して抱いていた何らかのしこりが霧散したことがわかる態度だった。
「まったく、妻に疑われでもしたら私の一日が最悪になるところだ。貴女も傷ついたらしいが、私にばかりリスクがあるこんな手段は金輪際止めてもらいたい」
レンブラントはため息を吐きながら彩律の行動を非難した。
無理もない。
深夜に、執事さえ遠ざけて仕事をしていた筈なのに部屋には妙齢の女性がいた。
明らかに男に分が悪い状況だ。
「ローレルとしましてもこの一件は非常に重要な案件ですから。不確定な要素は、例え個人的な印象であっても確かめておきたかったのです。何分にも、一番の不確定要素であるクズノハ商会には触ることができない状況ですので、ね」
「クズノハも、ライドウ殿も極めて簡単な存在ですよ。気持ちはわからないでもないが、彼らは誠意には誠意を、刃には刃を返す。実にシンプルな論理で動いています」
「そのシンプルさがどこまでいくのかわからないのが、時に恐ろしくもあるのです。国の政に関わる身としては余計に」
「まあ、どこまでも、でしょうな。実に気持ちがいい」
「女神を信奉し、精霊に仕える身としましては貴方程には割り切れぬものです」
今度は彩律がため息混じりにレンブラントの言葉に非難の色を込めた言葉を返した。
「はははは! 割り切れぬ、ですか。割り切れぬなりに我々に協力を申し出てクズノハ商会にも恩を売ろうとする。貴女は先ほど、どちらに転んでも、と仰ったが。その行動原理でこれだけの決断力を有する。いや、実に恐ろしい方だ」
「貴方程ではありませんよ。世の全て、これまで己が属した常識を切り捨ててもライドウ殿に傾倒するなど、まさしく狂気の沙汰でしょうに」
「いやいや、存外に私達は似ているのかもしれませんな。だからこそ、信頼はともかくとして、信用はできる。私は貴女のその強かさを高く評価し、下される判断を信用していますよ」
「……私も、貴方のその狂気、それを支えている信念は信用しています。例え何があろうと貴方はクズノハ商会を裏切らないとね。だからこそ、彼らとの対立を避けたい私は貴方を信用できるのです」
「まったく。つまり何の問題もないという事です。我々は――」
「良い関係を築いていける、ですね」
「ええ」
「わかりました。静かな夜を邪魔して御免なさい。改めて謝罪しますわ、パトリック様」
「いえいえ。次からは約束を取り付けた上でお願い致しますが、歓迎いたしますよ。あ、そうだ。折角なので私からもひとつ、伺ってもよろしいですかな?」
「もちろん。なんなりと」
「貴女の行動や提案から少し疑問に思ったのですがね。果たして“貴女にとって”巫女とは一体どのような存在なんでしょうな」
「……っ。そうきますか」
「ローレルの諜報能力だけを見せ付けられるのも、不公平かと思いまして」
レンブラントも当然、彩律の情報は集めている。
行動や提案から。
それは建前だ。
彩律について情報を集めていたからこそ彼女について疑問に思う事。
その一つをレンブラントは尋ねてみせた。
「……私にとって、あの方は……」
「あの方は?」
「妹であり、娘であり、そして君主でもあります。いえ……違いますね」
「……」
ゆっくりと紡がれる彩律の言葉をレンブラントは沈黙をもって待つ。
「きっと……彼女は私の、何を賭してでも守りたいもの、なのでしょうね」
そうして改められた言葉に、レンブラントの目が驚きの光を宿した。
「ほう……それは、また。中宮たる者にとって、当然巫女は重要な存在でしょうが、突き詰めれば代わりがいる存在だと受け止めているとばかり……」
「代わり? 確かに本来はそうあるべきでしょうが。私にとって巫女はあの方一人。ふふ、中宮としては資質を問われる答えですね。これは内密に願います」
「当然です。しかし、なるほど。これで私の方も幾つか貴女に感じていた疑念が解けました。この時間を私にとっても有意義なものにできた。嬉しい事です」
「それは何よりです。では、お休みなさいませ」
「良い夢を」
来た時と同じように音もなく扉を閉めて彩律が退室した。
再び部屋に静寂が戻る。
「ふ……狂気の沙汰なのはお互い様か。判断基準が“当代の”巫女の安全だというのなら、あの思い切った偏りにも納得できる。これは思わぬ収穫だったな」
一人になった彼が呟く。
「巫女への配慮を欠けば寝首を掻かれるかもしれんが、翻せば巫女への配慮を怠らず、受け入れる限りあの中宮は信用していいという事になる。これまでより格段に奴の真意の所在を掴み易くなるのは実に有難い……」
ローレルの中宮から協力の申し出があった時、レンブラントは当然のことながら相当警戒した。
無論現在に至るまで彼の中で彩律への最低限の警戒心は解けていない。
しかし、彩律の行動原理の一部を掴めた事でレンブラントの心中で彼女の行動に納得はできつつある。
大きな前進だった。
「だが、どちらに転んでも、か。確かにこの件でローレルは絶対に損はしない。実に巧妙な位置取りだ。あの女、商人としても相当やれたろうな。この国にもあんな官僚がいくらかいれば……と思わんでもないな、まったく」
それでも彩律が抜け目無い人物である事は疑いようがない。
有能だが良きパートナーとして付き合っていくには骨の折れる、そういう相手だとレンブラントは改めて認識した。
「ともあれ、やるべきことはしてきた。その自負もある。あとはか細くも正しい道を選び続けるのみ。俺に出来る事など、もうそれくらいしか残っとらんのだしな……」
後悔しない為に力を尽くした。
部屋の灯りが消える前。
レンブラントの最後の言葉には、その思いが込められていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
クズノハ商会リニューアルオープンから数日後の夜。
レンブラント邸にかつてないほどの商人が集められていた。
ツィーゲで商いを生業とする者にとってレンブラントからの招待は実質強制召喚に等しい。
それも文言の中に「可能な限り必ず代表が」と添えられていた今夜の催しである。
豪華な広間に、見劣りしないだけの料理。
それらを前にしても顔色が優れない商人も数多く見受けられた。
「おい、ライドウもいるぞ?」
「当然だろう? まだ店舗を新しくして日も浅いんだ。ロッツガルドにとんぼ返りって訳にはいかないさ。いくらレンブラントさんのお気に入りでもな」
「なんだ、もうあいつに媚びを売る気かよ。変わり身の早さは相変わらずか」
「言ってろ」
室内で談笑しているライドウに、悟られることのない視線を向けた数人が小さな声で話している。
彼らはこれまでツィーゲの商人が集まる会合や寄り合いといったものにあまり出席してきていないライドウがこの場にいることを怪訝に、そして不快に感じていた。
つまり、クズノハ商会によろしくない印象を抱いているグループだ。
割合で言えば全体の二割から三割といったところ。
この街で商売に従事し、野心を持ち、若く、ある程度の才能を持ち合わせつつも十分な好機に巡り会えずにいる人物達でもある。
「いやいや、それでも最近はミリオノ商会さんにはやられっぱなしだ。参りますよ、まったく」
「幸いにもギルドからも冒険者からも良くして頂いております。ですが、ここのところ私どもに良い風が向いてくれている理由は……」
「やはりレンブラント商会と上手に付き合っておられること、ですかな?」
「それは皆様も同じでは? どうも、違う風が加わっているようでしてね」
「……ほう?」
「そちらとは是非今後も上手くやっていきたいですからね。我々は潰し合わなくてもいい。そうでしょう?」
「教えて、頂けると」
「もちろん。とても簡単で、絶対に守らなくてはいけないルールと一緒にお教えします。いいですか? “誠実に”クズノハ商会と付き合ってみることです」
「クズノハ?」
トーンを落とした声量で男が少し前まで商売敵だった相手と話をしている。
会場の所々に出来た幾つかの人の塊、そのうちの一つで続いている会話だ。
それらには皆共通した特徴があった。
最近急激に成長した商会達がその中心にいる、ということだ。
彼らはそれぞれ予定された相手を巻き込み、予定された話を聞かせている。
クズノハ商会の名前だ。
普段なら相手の策を疑うだろう。
だが、今夜は少し事情が違う。
話をしている相手も、話を打ち明けられた相手も、クズノハ商会の後ろが何かを知っていて。
燻る若手とは違いレンブラントがこの街を実質掌握していることをも知っているという点だ。
そのクズノハ商会はとんでもない規模の店をオープンさせたばかり。
当然、周囲のサポートがないとそれは実現できない。
ろくに街にすらいない若い代表がやった事としてはにわかに信じられない事実ではあるが、彼の為にレンブラントが街の通りの名称まで変えてみせた。
決定的な事実だった。
「で、ではエレオール商会が抑えていたあの土地はあのライドウ、殿に献上するためだったとでも?」
「その通り。まあ勝率は高いと踏んだ上での賭けでしたが……あの通りの店を建ててみせた。行かれましたか、皆さんは?」
「ああ。正直あれは……悪い冗談だ」
「ここじゃ上手くやってる方だが、あれだけの店を建てるだけの蓄えがある筈もない。ロッツガルドでも相当稼いでいるということか……」
「私が知っているのは土地の売買に関する事だけですが、ライドウ殿は全額現金で一括払いでお買い上げ下さった。実に、珍しい買い方でしょう」
「なん、と……」
「あの広さの土地をか。珍しいというよりも、あり得ん」
少し離れた場所でエレオール商会の代表も似たような話をしていた。
どちらの商会の代表もレンブラントから今後の事を先んじて教えられ、彼とは深い関係を構築している。
最近の成功もレンブラント商会と関わりを深く出来たことが強く影響しているのは間違いない。
今彼らの周りにいるのはツィーゲで中堅に属する商人たちで、レンブラントもそこそこ注目している層にいる者たちだった。
やや遅い段階ながら情報を与えてもよいとレンブラント達に判断されて今夜の会話に加わる事ができた訳だ。
全体で見れば三割弱。
ライドウを面白く思っていない若手と併せて今日招かれた商人達の大体半数になる。
それに少ない需要を満たす特殊な商会や、特に強い野心を持たない個人商会、ようはクズノハに積極的な関心を抱かない現状無関係な者達が四割近く会場を埋めている。
業種が異なったり、客層が異なったり。
同じツィーゲにあってもクズノハ商会に殆ど関わらない商会も少なくはないのだから当然だ。
「……ふぅ」
つけ慣れないネクタイを緩めて給仕からグラスを一つ受け取ったライドウは人ごみからやや離れた場所で一息つく。
多くの視線が様々な思惑で彼の動向を気にしているが、微妙に牽制し合ってすぐに近づく者はいなかった。
流石の彼も人目があるとわかる場所では服装を崩したりはしない。
ある程度は察した上で気を抜いたわけだ。
「今頃レンブラントさんは老舗の皆さんと最終確認か」
会場に招かれた残る一割ほど商人は、このツィーゲで長く商売を続けてきた老舗の代表たちだ。
彼らは現在の街の活況にも確実に対応し、その名を落とさず勢力を保っている。
肩書きや表向きはレンブラント商会と並ぶ、或いは上に位置する商会もそれなりにある。
彼らは招かれてすぐ、レンブラント商会によって別室に通され、この場には顔を見せた程度だ。
レンブラントは今日、アイオン王国の動きについて商人達に公開する。
根回しの段階は過ぎたということだ。
もっとも、開示される内容にクズノハ商会の立場やローレル連邦の関与は含まれないが。
「……」
ライドウは吐き出そうとしたため息を押し込め、服装を直す。
そして手にしたグラスを空けると、会場に戻った。
時間だった。
彼が再び商人達の集う場に戻った数分後。
今夜のホストであるパトリック=レンブラントが、ここにいる誰もが知っている大物達とともに現れ、場の空気が一気に変質する。
別室に行った大物達と今登場した人物の数が一致しているのを見てライドウが僅かに眉をひそめる。
前々からある程度の話を通している、とはレンブラントから聞いていたが本当に全員を納得させたとは中々に信じがたかったからだ。
とはいえ、ライドウから見たレンブラントは完全無欠のスーパーマーチャントだ。
そこで行われた密談の詳細を深く考えるよりも、ライドウはレンブラントへの呆れにも似た感動を抱いていた。
「――さて」
招待に応じてくれた事への感謝、現在のツィーゲの活況への商人一人一人の尽力を讃える言葉、そんなありきたりの台詞を短く述べたレンブラントは鋭い光を目に宿して語り始める。
「残念ながらこのアイオン王国が革命の火に焼かれる事が確実になった。君たちは……我々はどう動く?」
問いかけるような口調でレンブラントの演説が始まった。
アイオンの革命。
ツィーゲの独立。
「……叶うとも思ってはいないけど。願わくば……王国も帝国も、魔族も。この件に関わってきませんように……」
レンブラントの言葉で室内に熱が生まれていくのを感じながら。
ライドウはそんな呟きを漏らした。
関わると決めてしまったからだ。
だから、アイオンの側に知己や、悪く思っていない勢力が味方をして欲しくはなかった。
覚悟がないからではなく、覚悟を持ってしまったからこその、呟き。
この革命がどこまで波紋を広げるか。
それは、女神にさえ予測できなかった結末に向けて動き出した。
四章はこれにて終了です。
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