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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

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りにゅーある


 どたばたした、濃密で忙しい時間。
 動き出せば早いとは、よくいったもんだ。
 ツィーゲはもちろんのこと、亜空も、そして今回は直接関わってないロッツガルドの店舗まで少々慌しく動いた。
 人員の移動を含めてこの二ヶ月はクズノハ商会にとって大改編の時期になった。

「若、正午にはツィーゲの店舗にお越しください。儂も今日はツィーゲの拡張区域を回る予定ですが午前中に済ませ、そちらに向かいますゆえ」

「わかった。澪と識も大丈夫だね?」

「無論です。澪はもう仕込みに入っておりますし、識はモリスと打ち合わせがあるようですがこちらも朝の内に済むと申しておりました。しかし若。何やら、結局諸国を回っておった時よりも忙しい毎日でしたなあ」

 巴が意地の悪い笑みを浮かべた。
 実際お呼ばれを済ませたからある程度落ち着けるだろうと思っていた僕の考えは全く間違っていた。
 こいつはそれを突っ込んでいるんだろう。

「完璧とは流石に言わないけど、何とか乗り切ったんだからあまり苛めないでくれよ。連日レンブラントさんに引っ付きながら革命に備えた会議にもほぼ皆勤で出席して、ロッツガルドの講師も休まずやりきったんだからさ」

 レンブラントさんに商人や商売の実態を講義してもらいながら、ロッツガルドではジン他先輩生徒と新しく入れた後輩生徒を相手に講義を行い、亜空の皆の意見を聞きながらアイオンの革命とツィーゲの独立時のクズノハ商会のスタンスを調整し。
 あ……思い出しただけで吐きそう。
 二ヶ月前の僕の決断はどれも決めたらやる事が山の様に降りかかってくることばかりだったらしく。
 最初の一ヶ月は一番しんどくて、部屋で一人の時、意味もなく笑ったりしてた。
 寝る時間も殆どなかったもんな。
 耐えきれなくなって力尽きて、従者の誰かに発見されて再起動する感じだった。
 ……僕、明日は思いっきり寝るんだ。
 誰が何と言おうと三時間は寝てやる!

「……お決めになったら逃げないというのは大したものだと感心するばかりですが、見守るこちらとしましては冷や冷やする毎日でもありまして。ともあれ、苛めるつもりなどは毛頭ございません。流石は我らが主と、概ね誇らしゅう思うておりますとも」

「……ありがと」

「ああ、そうでした。午後からの挨拶周りは儂と識もご一緒させて頂きます。是非にとうるさい所が何箇所かありますゆえ」

「わかってる。頼らせてもらうよ」

「さて、この頃の若を見ている分にはそれほど儂らが必要になるとも思えませぬが。では後ほど」

「うん。エレオール商会の代表によろしく」

 本格的な夏を前にツィーゲは長くその位置を変えてなかった外壁を作り直した。
 荒野側に少しと、アイオン側に大分。
 おかげで街に新たな土地が出来て地価も全体的に少し下がったみたいだ。
 またすぐに上がるから価格の下落などごく一時的なものだと、エレオールの代表は土地を買い漁りながら爽やかな笑みを浮かべていた。
 工事の決定や実際の施工で凄まじい金額が動き、当然彼も相当額を負担したのに実にいい笑顔だった。
 つまりそれ以上に儲かるってことなんだろう。
 恐ろしき不動産業界。
 以前エレオール商会から買わないかと持ちかけられた土地は、巴を伴って改めて商談をして、結局購入したんだけど。
 あの金額で「商売をする気がない」のだから、動くお金は日用雑貨の比じゃない。
 冒険者が取ってくる荒野の素材も大概とんでもない値がつくとはいえ、あっちは文字通りの命がけ。
 そう考えると何か理不尽を感じなくもない。
 土地を買った商談以降、ちょくちょくエレオール商会と関わるようになった巴を見送りながらそんなことを考える。

「ま、理不尽がどうのと思ったところで……僕もその彼から土地を買ったし普段も親しくさせてもらってる。外壁の中の土地には、需要と供給の他にも安全の値段も上乗せされて決まってる訳だし、第一その値で欲しい人もごまんといる。街の中だからって巨額の取引なら命も絶対に安泰な訳じゃないしなぁ」

 それで成り立っている以上、どこかでバランスが取れている。
 どこまでギリギリを見極めるかは商人の嗅覚次第なんだから、僕なんかだと転げ落ちているような際どい所にエレオール商会の代表は立っているんだと思う。
 僕はといえば、そこまで鋭い嗅覚なんて当然持っていない。
 レンブラントさんに教えを受ける内にはっきり自覚できた。
 だから安全圏でそれなりの商売を続けている。
 そして新たに買った土地と以前から持っていた土地に店舗を建て、ここツィーゲでも遂に独自の店を持つ決心をした。
 折角だから在庫の増量やら店員の増員やら店から上がってきてた要望を大いに聞き入れた結果、かなりの大型店舗になってしまった。
 で、今日がその店のオープン日という訳だ。
 朝から、いや前日の夜から従業員の皆が忙しく動き回っている。
 流石に疲労も窺えるけど、概ね表情が明るいのは僕にとって救いでもある。
 巴も澪も識も、今日は一日ツィーゲにかかりきり。
 臨時の助っ人として、ロッツガルドからアクアとエリス、ライムも連れてきているから、まさにクズノハ商会総出のイベントだ。
 しかし……。

「アイオンで動きがありそうなこの頃に、クズノハ商会がツィーゲにでっかい店を開く、か」

 別に開店にも日取りにも、込めた意味はない。
 ないけど、妙な意思表明にも取られそうなタイミングではある。
 今更行く道を変える気もないんだから気にするだけ無駄、されど自分の間の悪さを自虐するのもまた自由、と。
 実際にはレンブラントさん達によって色々コントロールされた上での開店日なのかもしれないけど、それを言い出したらきりがないし。

 コンコン

 ん。

「どうぞ」

 ノックに応える。

「若」

「エリスか。どうした?」

「開店のお祝いに、って商人連中やら冒険者やらが湧いてる」

「……ああ、そうか」

 そういえばレンブラントさんから聞いてた。
 開店前の時間に開店祝いを持って挨拶に来る連中がある程度いるだろう、って。
 本来商取引で付き合いがある人だとかは開店後に挨拶にきたり、またこちらから挨拶に伺ったりするけど、冒険者だったり顔見知りでない商人なんかは開店の前に来るのが慣例なんだそうな。
 冒険者なんかは開店待ちのお客に回る事も多いから、そうした挨拶に来るのは商人が殆どだということだったけど。
 それにしてもこんなに早くからか。
 まだ開店まで大分あるのに。

「わかった。すぐ行くよ。やっぱり商人が多いかい?」

「今のところは冒険者の方が多い。多分奴ら、お祝いを言った後は開店待ちの列に並ぶ算段」

「あ、なるほど」

「今この時なら普段は声を掛けられないクズノハ商会のトップに顔を見せて名乗れる、と考えているのが多数だよ。ちなみに開店待ちの行列は折り返しを何度もさせながらも前の通りを物凄く埋めている。こればかりはロッツガルドでは見れない光景……見たくないけど」

「行列も順調に育ってるってことね。了解。整理してくれている子達に他の迷惑にならないように、って伝えておいて。話自体は街に通してあるから大丈夫だけど、並んでるとお客さんもイライラして色々あるだろうからね」

「抜かりなく」

 目の端を一瞬輝かせたエリスが親指を立ててサムズアップしてみせた。
 ……アクアと混ぜないと個人的にはアクが強すぎるって感じるけど、これでエリスもお客さんとは上手くやってる娘なんだよなあ。
 売り上げも結構なものだし。
 四階の事務所から出てエリスを伴って一階へ。
 新生クズノハ商会は地下一階地上四階という豪華な構造だ。
 ツィーゲではちらほら三階まである建造物は見かけるようになってきたけど、四階は滅多に見ない。
 おかげで建物だけで目立つ事が出来るという、ありがたいおまけになってる。
 さてと、開店祝いにきてくれた人達は、っと。
 うお。

「おい、エリス。これはちょっと凄い数じゃないか、おい」

「おい、と。二度言ったからには大事な……」

「……何か名刺持ってるのまでいるし」

「うっわ。スルーしたし。ボケ殺し、反対ー」

 エリスはとりあえず放置して通用口の周囲に集まった人達を改めて見る。
 湧いてる、とはよく言ったもんだ。
 中には、最近レンブラントさんが面白がって使い出したおかげで妙に広がりつつある名刺を持った連中も結構いる。
 多分お祝いの品だろう物と一緒に手に持っていたりひらひらさせているのはどうかとも思うけど、一部冒険者も所有するほど名刺って定着しつつあったのか。
 ロッツガルドだと見ないものだけに何か新鮮だな。
 僕も今日来てくれた商人の方々にはサプライズの一つとして名刺を渡そうと思ってたけど、あまりサプライズにならないかもしれない。
 レンブラントさんの影響力ってここまで凄いか。

「まあ、行くしかないか。折角来てくれたんだし」

「迷うまでもなく若しかいないわけだから凄いことになると思うよ。どうする、10秒ルールとか必要?」

「なんだそれ。10秒で次の人にってこと?」

「そそ、秒数はともかくね。適当なとこで私が、あーりがとーごーざいまーす! って背中を押して次に行ってもらうって寸法」

「……どこの握手会だ。でも頼む。もう二、三人連れてきて一緒に対応してくれる?」

「お任せあれ~。名刺やら贈り物やらはちゃんとまとめてわかるようにしておくから、後で確認よろしく、サー」

 謎の敬礼を残してエリスはとことこ店の方へ消えていった。
 言動はともかく。
 まあ、使える優秀な娘なのは確かだよな。
 最近は前よりもそう思えるようになった。
 じゃあ、クズノハ商会代表として働き始めるとしますか!
 通用口を開けて僕の長い一日が始まった。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 地下一階。
 取り扱い品目、武具全般。
 会員向けに武具販売、一般客向けに修理や相談の窓口。
 満員御礼。
 一階。
 取り扱い品目、食料品全般及び澪監修の飲食処。
 満員御礼。
 二階。
 取り扱い品目、薬品全般。調合相談もあり。
 満員御礼。
 三階。
 取り扱い品目、日用雑貨及び趣味の雑貨。亜空産の陶器、工芸品等。
 満員御礼。

 ここまでは、まあ開店当日ということもあって予想の範囲内だ。
 最高の状況予測って意味でだけど。
 でもさ。
 四階。
 事務所。
 満員御礼。
 これはどういうこと!?
 無事に開店して、店にお客さんが流れ込み、少しした辺りで何もなく順調に営業ができているのを確認した僕は、巴と識を伴って周辺とお得意様の一部に挨拶周りに向かった。
 予定していた事だ。
 関係者の方々にも挨拶に来ると予告してくれた人にも、その間は店を空けますと伝えていた。
 とはいえ若干急ぎながら挨拶を終えて店に戻ってみればこの有様だ。
 事務所部分の四階にも人が溢れていた。
 事前にお祝いに来てくれた人達についてはちゃんと開店前に全員と顔を合わせてお帰り頂いたし、当日には来れないからと送られてきたお祝いの品についてもきちんと捌ききったというのに!

「あ!」

 誰かが口にしたたった一言で僕に視線が集中する。
 間違いなく僕を目的に集まった人達なんだと確信させてくれる行動だ。

「おおかた、店の繁盛振りに危機感を覚えた連中でしょうなあ。直後に行動する行動力は評価できぬこともないですが、ウチを過小評価する眼力は見込みなし。さて……」

 巴が小声で呟いた。

「中にはツィーゲの外の商人もおりますな。取引先として繋ぎをつけたいというのもいるのでしょう。それでないにせよ、これだけの箱に見合うだけの人の入り方ですから、代表に挨拶をしておきたいと思うのは商人としては当然の行動かもしれません」

 識も小声で呟いた。
 にしたってだよ。
 これからレンブラントさんも来るのに……。
 ええい!

「お待たせをいたしました。当商会代表、ライドウと申します。本日はご来店まことにありがとうございます。これより御用向きを伺わせて頂きますので今しばらくお待ちくださいませ」

 すっかり反射で出来るようになった笑顔を浮かべながら全員に向けて挨拶。
 その後気合で、それでもどうにもならないから巴と識にも手伝ってもらって全員の相手をしていった。
 澪は一階で全力で働いていたから動かすに動かせず、それでも途中で待っている人向けに簡単な一品料理と飲み物を提供するという形で協力してくれた。
 気を利かせてくれたのか、澪はツィーゲではあまり見ない和食よりの料理を準備してくれた。
 下の料理屋でお出ししているものです、と伝えると珍しそうにしながら大体のお客さんは手を伸ばしてくれた。
 待っている人の間を埋めてくれる有難い手助けだ。
 どうしても時間が足りなくなるようなら残りの人にはお帰り頂こうと考えていたけど、結局その必要なく挨拶や商談にきた人の相手を終えることができた。
 もっとも、商談については今日は受け付けていないから後日改めて、と詳細な話までは突っ込んでいない。
 担当の割り振りを含めて仕事が増えたけど、詳細な商談までまとめようとしたら確実に破綻していたし、これは仕方ないと思うほかない。
 僕にはレンブラントさんや、この街に数人いる天才的な商才はない。
 それを補いうる長年の経験もない。
 短時間で相手から持ち込まれた商談の総合的な損得までも判断しきるのは無理だ。

「つ、疲れた。予想外の仕事だよ……」

「それでも、レンブラントが来るまでに全部終わらせたではありませんか。いや、お見事」

「いくつかはモノになりそうな商談もございましたし、予想外ではあれど無駄な時間ではありませんでした。お疲れ様でした」

 どこか温かな視線の労いが返ってきた。

「あとはレンブラントさんが来てくれたら今日の予定はお終いか」

「はい。その後はどうぞ、ごゆっくりお休みを。明るくなるまで睡眠を取るがよろしいかと」

「ええ、明日は一日ゆっくりお過ごしください。今日の売上などご覧になりたい資料についてはこちらでまとめておきますので」

「そうさせてもらうよ」

 今日ばかりはアイオンの動きもどうでもいい気分だ。
 今夜どかんと動こうものなら全力で八つ当たりしてくれる。

「にしてもさ、お祝いの品々ってのはあそこまで大量になるんだね。片っ端から亜空に置くようにしたから置く場所は困らなかったけど、下手したらあれ営業に支障が出そうだよね」

「それだけ、クズノハ商会への注目が大きいのでしょうな」

 巴の返答に頷きながらも開店祝いの贈り物を思い出す。
 一応、奴隷と生き物以外はお断りすることなく頂いておいた。
 後でそれなりの物をお返ししなきゃな。
 店の方は日暮れを迎えてなお、人の入りが凄い事になっているけど事務所には少し落ち着きが戻ってきている。
 ……この分だと澪のとこは恐ろしいことになってそうだな。
 あいつ自身は元々毎日出るつもりはないって話をしていたけど……開店初日が最初で最後にならなきゃいいけど。

「いやいや、恐ろしいな……これほどの賑わいとは。上から下まで隙間がない」

「レンブラントさん」

「挨拶が遅い時間になって申し訳ない、ライドウ殿。開店おめでとう」

「ありがとうございます。時間通りですから、どうかお気になさらないでください。私の方こそお迎えに出れず失礼致しました」

「ライム君が応対してくれていたよ。気にしなくてもいい。なんでも飛び込みの商人連中まで丁寧に対応していたそうじゃないか。さぞ疲れたろう」

 見ればレンブラントさんの後方にライムの姿が。
 すぐに僕らに一礼して彼は階下に戻って行った。
 お疲れ様。

「まだまだ、もう少し余裕をもって約束のお客様をお迎えすべきでした。先ほどつい口にしてしまいましたが、疲れたなどとはとても言えたものじゃありません」

「ふふふ。まあ、あれだ。いくら若い内でも行き過ぎた完璧主義は長続きするものではない。無理はしどころを弁えた方がよろしい。もっとも、その辺りは頼りになる側近の意見に素直であれば問題なかろうがね、君の場合」

「本当に、彼らには助けられています」

 どこまでやるべきで、どこまで突き詰めるのか。
 その辺りのバランス感覚は本当に難しい。
 経験を積む内にある程度は身につくものだそうだけど、レンブラントさんからみて今日の僕は入れ込み過ぎに見えるのかもしれない。
 開店初日ってこともあるけど、少しなりふり構わず動きすぎだろうか。
 だとしたら反省だな。

「うちに間借りした時には妙にすんなりと始まってしまって、ライドウ殿も実感がなかったかもしれないが……その顔を見ると今日は十分に感じているようだね。店を開いたという、実感を」

「はい。これからツィーゲで根を張っていけるよう、精進していきますよ」

「既に十分張っているさ。ツィーゲを覆うほどの大樹になることを期待しているよ」

「そんな」

「私も負けてはいられないな。単にツィーゲの大商会としてだけではなく、観光名所としてもクズノハ商会はこれから一層の集客を見込めるし、事実そうなるだろうからね」

「現状でもレンブラント商会は半ばそうなっていると私などは感じますが」

「二枚看板と見られた時にレンブラント商会が見劣りせんように、だよ」

「まさか……」

 思わず苦笑してしまう。
 そんな僕を見たレンブラントさんが直後それまでの柔和な表情から真剣で鋭い表情になって口を開く。

「……そんなクズノハ商会の動向について、ツィーゲからアイオン王国へは碌な報告がいっていない。こちらで意図的にさせてもらっていることだが、私の読みでは今日クズノハ商会が大々的に開店したことで、このクズノハ商会はアイオン王国にとって大きな不穏分子になるだろう」

「……はい」

「切っ掛けの一つと言えばそれまでだし、今更この国の大きな流れを変える事など出来る事でもない。更にいえばクズノハ商会を的になどさせんし、奴らが相手どるのはこのツィーゲの街そのものだ。それでも、すまんな」

「いえ。正直にいいますが、今夜派手に動くんじゃないならアイオンの動きは今だけはどうでもいい気分ですし」

 本気で余裕がなくなるくらいに疲れてるから、今の本音はまさにそれだ。
 うちの開店をレンブラントさんがどう利用しようと、味方がすることだ。
 別にいい。

「……ははははっ、そうか。では長居は止めておこうかな。これは私からの開店祝いだ。あとで開いてみてくれ」

 レンブラントさんが席を立って帰ろうとする。
 渡されたのは丸まった書類、っぽいもの。
 あ、待てよ。
 確かライムに案内されて階段から来てたな、レンブラントさん。
 ならアレを紹介がてら使ってもらおうか。
 どうせもらったこれも何かびっくりするようなものだろうし、ならこっちもちょっとサプライズしよう。

「お待ちください。お帰りならこちらへどうぞ」

 そういって彼を呼び止めて廊下の奥に案内する。
 到着したのは廊下の突き当たり、そこにある扉。

「行き止まり、いや、部屋?」

「どうぞ」

 先導して扉に触れる。
 音もなく両サイドに扉がスライドして開く。
 促されるまま入ったレンブラントさんと一緒に僕も中の狭い部屋に入って壁に触れる。
 閉じる扉。
 そう、これは地下一階、地上四階の構造になった時に思いついた現代の設備。
 文明の利器、エレベーター様である。
 ちなみに動力は搭乗者の魔力。
 この場合は僕。
 壁をスケルトンにして外から見えるようにしようという提案もあったが恥ずかしかったのと、防犯上危なそうだったから却下した。

「うおっ!?」

「大丈夫、下に下がっているだけです。落ちているような感覚はないでしょう?」

「う、うむ。落ちるというか、ゆっくりと降下しているような……不思議な感覚だな」

「これで上下の移動を行うんです。まだお客さんに使ってももらうほどの規模でやるかは決めてないですけど、一応従業員用で採用してみました」

 一階に到着。
 やっぱり階段より格段に楽だ。

「……いやはや、とんでもない発想をする者がクズノハ商会にはいるのだね。いやとんでもない」

「あはは、驚いてもらえました?」

「贅沢者の魔力の無駄遣いとみるか、魔術の生活への浸透とみるかで意見は別れるかもしれんが……私は新しい技術や製品というものは好奇心と試行から生まれるものだと思うタチだからね。大いに驚いたし、それ以上に感動し、もちろん評価したよ」

「……そこまで言って貰えるとは思いませんでした」

 一回の食品売り場を遠い目で見つめながらレンブラントさんが長いため息をゆっくりと吐き出すような口調で語った。

「ライドウ殿。末永く、よろしく頼む」

「こちらこそ」

 待たせていた馬車に乗り込んでレンブラントさんが帰っていく。
 あの人、新発明とかに弱いタイプなのかな。
 そういう一面はこれまでに見たことがなかったけど、大富豪とかが発明やら芸術やらのパトロンになるのは歴史が証明してるからおかしいことでもない。
 今のところは魔力のコントロールやら、広さと消費魔力の効率やらの問題でお客さんが使うには少々問題があるエレベーターだけど実装に向けてちょっと指示してみようかな。
 多分どういう形にせよ動力としてエレベーターガールならぬエレベータードワーフとかエレベーターオークが必要になるけど。
 エレベーターのために人を増やす、か。
 うーん。

「若、レンブラントは帰ったようですな」

「お見送り、お疲れ様です」

「ああ、巴、識」

「で、若。奴は何を置いていったのですかな。あのレンブラントだけにちと気になりまして」

「その紙が娘二人との婚姻届だと澪殿が色々危険になりますしね」

「やなこというなよ、識。それにあの親馬鹿なレンブラントさんがこんな風に娘を差し出したりするわけないだろ?」

 と言いながらも若干の不安を感じる。
 恐る恐る紐解いて巻かれた紙を開く。

「地図?」

 それは地図だった。
 それもツィーゲの地図で、クズノハ商会がある区画のものだ。
 地図が開店祝い?

「ふむ、これが開店祝いとな」

「……若様、巴殿」

「識?」

 何かに気がついたのか、識が一点を指差す。
 ええっと?

「ほう、なるほど。やはり面白いことをする奴じゃの」

「え、ええっ!?」

 それはツィーゲの中央から放射状に伸びる大通りの一つ。
 確か、リメイシィ通りとかいう名前「だった」通り。

「これ、そ、そこの道のことだよね?」

 一応確認する僕。

「間違いありませんな。今日からそこの通りはクズノハ通りだそうですぞ、若」

「あの男には、まったく……。この街でどこまでの事が出来るというのでしょうな。確かに面白いですが」

 巴と識は感心したり、驚いたりしながらもどこか冷静だ。
 いや、こんなの普通呆然とするしかないだろう?
 識が指差した通りの名前。
 そこには確かにクズノハ通りと記されていた。
 モノじゃなく、名前をプレゼントとは。
 それも、街の通りの。

「何か……凄いことになってきた気がする……」

 そんな僕の呟きが夜の闇に呑まれて消える。
 じきにアイオン王国では革命が起き、折を見てツィーゲは独立を宣言する。
 その流れの中で少なからず戦いも起き、僕も当事者の一人として関わる事になるだろう。
 通りの名前が変わる、よりも遥かに凄い事がもうすぐに起きようとしているのだけど。

 それでも……。
 背後の店の賑わいを見て、聞いて。
 この町の賑わいと活気は失わせたくない。
 そう、思った。
お久しぶりです。
長らく更新が滞りまして申し訳ありません。
少々修羅場になっておりまして、近況は活動報告にて大まかにご報告させていただいております。

次回更新は今月内ということで、ご容赦下さいませ。

ご意見ご感想お待ちしています。
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