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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

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腰を落ちつけて飛び回る

 普段の商人ギルドの集まりとは違う、物凄く濃い時間が終わった。
 最初から結論ありきの議論じゃないから話題もその是非も多彩で……簡単にまとめると僕は真っ白になっている。
 そう、今までのどんな戦いよりも疲れる時間だったと断言できる。
 半ば放心状態で手にしたメモを見ると、そこには僕が必死で書きめた本日の皆様のお話がびっしりと埋まっていた。

「流石は……ツィーゲで名前を売り出してる人達だけのことはあるよ。凄かったな……」

 まあ、彩律さんほか数名は外部の人もいたか。
 一応外見の特徴と自己紹介の内容もメモしてある。
 初対面の人も多かったから、この辺りは早めに頭に入れておかないとな。
 それにしても……アイオンの革命にツィーゲの独立か。
 次から次へと、よくも色々とおきてくれるもんだ。
 しかも最近関わる事件はどれもスケールが大きい。

「ま、突拍子もない事だけど成功の見込みがあるのは何となくわかった。今日のとこはそれでよしとしよ。ただいまー」

「若! お帰りなさいませ!」

 レンブラントさんの店舗に間借りしている我がクズノハ商会の一号店に戻る。
 相変わらず盛況で嬉しい限りだ。
 店内に常駐している四人の店員から口々におかえりの声。
 皆大声で若とか言っちゃうからお客さんからも強烈な視線を向けられ、目が合ったお客さん方に笑顔で会釈しながらカウンターの奥に向かう。
 バックヤード部分から事務所へ行くと、そこには事務仕事に精を出す森鬼とゴルゴンの姿があった。
 店舗の規模が小さいから事務内容も小さいかっていうと、必ずしもそうじゃないんだよな。
 現に二人とも忙しそうだ。

「若様、お帰りなさいませ!」

「ただいま。構わなくていいから仕事続けてて」

 僕を見て作業を止めて挨拶してくれたけど、邪魔したくなかったから仕事に戻ってもらう。
 とはいえ余り使えてない席に着いた僕に、ゴルゴンの方が飲み物を持ってきてくれた。
 結局来ただけで気を遣わせちゃうな。
 上手い事やりたいんだけど中々できないもんだ。

「ありがと」

「いえ、私達も丁度お茶を飲もうかと思っていたところでしたから」

「にしても繁盛してるね。ツィーゲが急成長し出してからお客さんの数も売り上げも右肩上がりだって報告だけど、最近の現場は君から見てどんな感じ?」

「それはもう。数字でご報告させて頂いている以上にやり甲斐のある毎日です。店頭でお買い物をされるお客様の他にも予約や注文をされる方も多くいらっしゃいますから、日に扱う在庫の拡張と職人の増員を求めている状況ですね」

 流通量と職人の増員か。
 確かに何度か僕のとこに上がってきてた。
 何度応じてもすぐにまた同じ要望が来るから、最近は様子見ということで保留していた。
 ただ久々にツィーゲの街を歩いてみて、ちょっと考えも変わってきてる。
 クズノハ商会だけがやたらと売り上げ規模を上げて増益してるわけじゃなく、街全体がとんでもない速度で発展している中での出来事なんだと実感できた。
 比喩じゃなく来る度に街の姿が変わる状態で、今のツィーゲは凄まじい活気に溢れてる。
 それに……やり甲斐のある毎日、か。
 彼女の表情を見る限り、皮肉や悪意を込めた言葉じゃない。
 忙しいと言われるより嬉しかった。

「……職人の増員だけで人手は追いつく? 店の中はこのままで回せそうなの?」

「特にお客様が多い日などは私達もお店に出ていますから、現状人員という面では増やして頂くほどではありませんが……もしかして」

「ん。考えてみるよ」

「ありがとうございます!」

 ロッツガルドは店舗やお客さんの様子もこまめに確認してたけど、ツィーゲは結構任せきりだった部分がある。
 これは反省しないと。

「どの程度増やせるかは未定だけど、現状の確認と聞き取りもしたいから……誰か一人報告書を持って夕食後にでも僕のところに来てもらえる?」

「わ、わかりました!」

 識と相談して、ロッツガルドの日報も参考にして、となるとこの場で詳細まで決めない方が多分正解だろう。
 この先何度となくレンブラントさん主催の寄り合いに参加していく事を考えると、そろそろもう一段階大きく売り上げを上げてもいい頃だとも思う。
 箔がついてきた、って意味でも。
 飲食店でもないのに昼夜とも一般人と冒険者が集まる店というのは実際珍しい。
 そんな立場のまま、クズノハ商会はここまでやってこれた。
 レンブラント商会を訪れる人をお客さんにできる利点があるにしても中々大したものじゃないだろうか。

「さて、と。もうひと頑張りよろしくね。ちょっと寄っただけだから僕はこれで戻るよ。報告の件、よろしく」

「お疲れ様でした!!」

 軽く見たところ亜人の店員だからと軽視されるような空気も店内にはなかった。
 ただレンブラントさんは、そろそろヒューマンの雇用も考えた方がいいと提案してくれている。
 そっちも考えないとまずい時期だろう。
 万が一の憂いを無くす為だとも言っていたけど、もしツィーゲでヒューマンを雇用するとなると……。
 何らかの対策の為だけに雇うなら、レンブラントさんとこから誰か出向してもらうというのもありかな。
 ヒューマンであればいいと言うなら、案山子の如く立っていてもらうだけでもいいわけで、はっきり言えばそれが理想かもしれない。
 有能である必要もなければ有能になってもらう必要もない。
 これまで通りの方針なら亜空で十分鍛えてから店に入れられるんだし、一から店でヒューマンを雇って育てる仕組みを作るのは必要とも思えない。
 この世界派遣社員みたいなものもないからその辺は難しいんだ。
 ロッツガルドのクズノハでやってる学生の一時雇用、要はアルバイトだってかなり珍しがられてる。
 向こうは復興の途中ってこともあって、そういったものに結構寛容だったから反発も思ったよりなかったから助かった。
 実際使うのが講義で見知った一部の学生だというのものも、アルバイトを導入するのをスムーズにしてくれていた。
 ……。
 やっぱり一個考え出すと考えがあっちこっちに分散して自分の中でどんどん難しく感じられてくる。
 もっと簡単に考えればいいって言われもするし、僕の良くない癖だな。
 とりあえずさっきの集まりの内容を整理しておかないとまずいから亜空に戻ろう。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 夕食を終え、僕の部屋に従者四人が一同に集まっていた。

「ミリオノ商会にエレオール商会ですか。確かに今ツィーゲでかなり勢いをつけてきている商会です。どちらもクズノハ商会がツィーゲに出来てからそれまでの中堅どころから頭ひとつ抜けて急成長してきたところだと記憶しています」

「ふーん、そっか。僕からしたら初対面だったけどやっぱ凄い人達か。どっちの代表さんもこっちと仲良くしてくれる感じでかなり好印象だったよ。ミリオノ商会は荒野方面の素材の問屋さん、エレオール商会は土地建物売買が専門だって。うちと競合するようなところじゃないのは嬉しいね。純粋に友人付き合いができそう」

 素材の方は、特に巴と澪は無関係じゃない。
 実際ミリオノ商会の代表さんからは巴と澪、それに僕にまで荒野の素材流通についてお礼を言われた。
 でも素材の買取所から素材を買い取るのがミリオノ商会な訳で、直接の接点は多分無いんじゃないかな。
 律儀な人だと思った。
 エレオール商会にしても、確か今もなんだかんだで持ってる店舗用の土地は商人ギルドの紹介で地主さんから譲ってもらったものだからそこは経由してない筈だしさ。
 そして流石は識だ。
 どっちの商会の事もばっちり知ってた。

「む……エレオール商会……確か……」

 巴が記憶を探るように考え込んでいる。
 ああ、確か土地を買った時に直接動いてくれたのは巴だった。

「知ってる商会?」

「……あ。はい、以前に土地を買った時の地主が懇意にしているのが確かそんな名前の商会、だったような」

「地主さんが懇意にしてるって、それうちとはあんま関係ないじゃん」

「……ですな。まあ土地を持っている事でも特に問題は起きていませんし、世話になったこともないかと」

「それだけか?」

 なんとなくそれ以上の関わりがありそうな気がして聞いてみる。

「恐らく。今思い出せるのはその程度ですな」

 が、答えは曖昧な否定。

「一応エレオール商会からは土地の購入を薦められたんだよ。今持ってる土地に隣接する土地なんだけどさ。これだけ順調に商売をしているなら近々店舗を建てられるでしょうからご参考までに、だってさ」

 実に商売上手だ。
 確かにいつまでも間借りしているのはレンブラントさんにも迷惑がかかるだろうし、その為の土地はもう持ってるし。
 これが離れた場所にある土地なら即答でごめんなさいだけど、今持ってる土地の隣となると店の用地をそのまま増やせる事になる。
 中々店を建てないで放置してるから周辺の土地も買うかもしれないと見込まれたんだろうか。
 都合よく偶然隣も持ってた、とはちょっと考えられないから。
 当時そこも店だったし、持ち主がいなくなってからも何故か更地にしてあるのも不自然と言えば不自然だ。
 財布が狙われている気がする。
 代表からもらった、土地情報が書かれた紙を巴に渡してやる。
 ツィーゲの土地は高い。
 ただ高いのはわかるけど、それがどの程度かの基準が僕にはない。
 曖昧に知ってるだけだ。
 駅前は高いとか、田舎は安いとか、そんな程度の感覚的なものでしかない。
 だから判断は巴と識に見てもらって意見を聞いてからの方がいい。
 だって、今日の話の何割が実際に実現するのかは別にして、エレオール商会は街の外壁の拡張、つまりツィーゲの土地を増やそうと考えていた。
 ということは最低でも増えた土地を買う現金を必要としている。
 もしかしたら土地を増やす決定の為の運動費用やズバッといえば賄賂、それに外壁を作り直す工事費などでも彼の出費はあるかもしれない。
 となると、この土地が僕をカモにした超ぼったくり価格になっている可能性も十分ある。

「これは……」

「ふむ……」

 紙に目を通した二人はどちらも一瞬目を大きく見開いた。
 驚いた?
 となると……かなり高いか、逆にかなり安い?

「ロッツガルドに比べたら面積を考えると異様な高値だけど、二人から見てどう?」

 別の街だから到底比べられるものじゃないのはわかってる。
 ただ同じ値段でロッツガルドなら十倍以上の広い土地を買える。
 あそこも他の街と比べると地価は高いようだけど、正直ここまで高いかって話だ。
 今持ってる土地とほぼ同じ広さなのに当時の値段の五倍だもんな。
 かなりぼったくられてるんじゃないか、とは疑ってる。
 いくら最初好印象だったからって、流石にそれで商人としてのやり口まで全部は信用できない。

「破格、ですね」

「うむ。これは先方に商売をする気がありませんな」

 え?
 巴も識も予想外の答えを返してきた。

「ってことは、この値段で安いの?」

「ええ。この見積もりをエレオール商会がこちらに提示したというのが信じられない程です」

「ツィーゲの土地の高騰はかなり続いておりますから、エレオール商会が買った時期にもよりますが、この値では向こうに利益はありません。土地には管理費や税もかかりますからな」

「なら……そろそろ店舗を持つ時期かなって思ってたのは事実だから、これは渡りに船ってことか」

 買っちゃうか。
 ケリュネオン関係で多少使ったものの現金は現状有り余ってる訳だしな。

「……しかしこれは、巴殿」

「むう。確かに少し不自然じゃな。若、すぐには決めず一度先方と商談の席を設けるということにしましょう。儂か識が同席できる日取りで近い内に。確認したい事がございますゆえ」

「……わかった」

「若様、ミリオノ商会というところはよく冒険者ギルドの依頼で目にしました。希少素材の確保や、量を必要とする素材関連の収集依頼を出していました。報酬や依頼の数からの想像ですけど、結構羽振りが良さそうな商会でしたわ」

「澪が覚えてるって事は相当依頼の数出してるんだ。代表が巴と澪に御礼を言ってたよ。荒野の素材の流通量が増えたのは二人のおかげだって」

 エレオール商会の代表もだけど、口が上手いんだよ。
 とにかく褒める。
 荒野の素材関連で巴と澪が一定の貢献をしたのは確かだけど、実際素材を街に持ち帰ってるのはトア達みたいな冒険者だ。
 なのにお二人のおかげ、だからなあ。
 褒め言葉を言うだけならタダか。

「最近はそれほど冒険者の面倒も見ていませんけれど……環が亜空に専念するのなら私達も余裕が出来るでしょうからまた顔を出してみましょうか」

 満更でもない顔の澪。
 効果は抜群ですか。

「暇が出来る、という程になるのはしばらく先になるじゃろうがな。いきなり中を全部任せる訳にもいくまいし」

 巴もまた冒険者の面倒を見る事自体は前向きに考えている模様。
 お前もか。
 かくいう僕もあの場では巴と澪を褒めてもらえてやっぱり嬉しかったしな……。
 新しく従者になった巫女、環が仕事を覚えてくれれば一番楽になるのは識だけど巴や澪の負担も一部は減るだろうから、実際にまた二人がツィーゲで冒険者の面倒を見るようになるかも。

「お二方が動けるよう全力で励みます」

 その環はにこやかに僕らの視線に応じた。

「そうだ。神社と街を繋ぐ門の具合は問題ないようだけど、これから管理していくのにどのくらい人手が欲しい? あそこ相当広いし神社について知ってる人材なんていないから……」

「こちらの街と神社の行き来は快適そのものですね。海の街に住まわれている方々とは工事のお話を明日からでも始める予定です。神社の仕事を手伝ってもらう人材としましては――」

 環からの報告が始まった。
 頷きながら聞いていく。
 まず今この空間に存在する訳ではないとはいえ神を奉る社なのだから、お手伝いではなく正式に神職として勤めてくれる人材が欲しいみたいだ。
 納得だ。
 これは許可。
 次に神社の知識について、僕の記憶から巴がまとめた本の一部を使いたいとのこと。
 まあこれも妥当だ。
 書庫を案内した時彼女は相当驚いていたけど、表情が読み難い環にしては珍しく明らかに興味津々といった様子で巴と話し込んでいた。
 向こうの知識を得るには本が手っ取り早いし、一応使う本の内容について僕と巴で確認すれば問題も起こらないだろう。
 この間亜空で本格的に料理人をやりたいって人も出てきたし、これまでそれぞれの種族の暮らしでは存在しなかった専門職が最近亜空内で生まれてきている。
 なんか感慨深いな……。

「真様が神社で花見の宴を催して下さったおかげで住民の皆さんからの印象は現状かなり良く、信仰の強制などを求めるものでもありませんので――」

 新しく突然に現れた神殿の存在への否定的な心情やそれに基づいた態度もないらしい。
 特に教化なんてする気もないしね。
 面倒が起きないのは良い事だ。
 識をはじめ、巴や澪からの仕事の引継ぎについても環の能力を見ながらになるけど早速始めていく予定だそうだ。
 仕事を覚えるなら少しでも早い方がいいに決まってる。
 勿論、前提として彼女がどこまで並行できるかを見極めた上でだ。
 詰め込め過ぎれば破綻するのは当たり前のこと。
 僕が身をもって何度かやらかしてる。

「といったところですね。あと、私がきちんとお役目を果たしていけるようなら商会のお仕事についても識さんのお手伝いから始められるかと――」

「それは必要ないよ。識が十分やってくれてるからね。環は亜空の中の事を中心に陸と海を問わず色んな種族と意見を交わして欲しいんだ」

 今のところ強いて言えば最初の街は巴と識、海辺に造ってる街が澪と識が主に見て回ってる状況だ。
 環には両方見れるようになって識の負担を減らして欲しいんだよね。

「わかりました。出過ぎた事を申しました、すみません」

「いや。意見をくれるのは嬉しいよ。これからもお願い。で、先に伝えておいた件だけど……識。ツィーゲの店の一日辺りの在庫、増やそうと思ってる。今のツィーゲの活気を見ると増量自体は問題ないと思うんだけど……量はどの程度が妥当かな?」

 環から識に視線を移し、同時に話題も変える。
 っと。
 識の言葉の前にドアがノックされた。

「失礼、致します」

 入室を促すと、見るからに緊張した若いエルドワが震える声と一緒に部屋に入ってきた。
 ……左手と左足が一緒に出て歩いてる。
 実際にこれを見るのは小学校の行進の練習以来だな。
 緊張でなってるのを見るのは初めてかもしれない。

「ご苦労。幾つか聞きたい事もあるでな、少し残れ」

「は、はい!!」

 報告書を受け取った巴が声を掛ける。
 ツィーゲの店の店員が一人この場に来る事はもう皆に伝えてあるからそこは問題ない。

「……そう気負うな。なんなら酒で口をしめらせておくか? 話しやすくなろう」

「大丈夫です!!」

 でもエルドワの彼が全く大丈夫に見えない。
 一応見て確認すると、巴達も皆僕と同じ事を考えているのがわかった。
 店員で、って言ったのがまずかったかな。
 押し付け合いになって罰ゲーム的な決められ方をしたとか?
 ちょくちょく店に顔を出しているようだから常勤じゃなくてもベレンさんとかを名指ししておいた方が無難だったかな。
 しかし……ここに来るのってそこまで緊張することなのか。
 このままだとまともに話を聞けるか不安な様子だったから、用意してあった飲み物の内アルコール入りの軽いものを巴が選ぶ。
 巴の手から注がれる鮮やかな緑色の液体、それを震える両手でグラスを持って受けたエルドワが、促されるまま一気にそれを飲み干した。
 ドワーフの基準からすると香りがする程度の弱いお酒だから一気飲みしてもぶっ倒れる事はなく、十分ではないにしろ結果的に彼は落ち着いてくれた、っぽい。

「それではっ、報告書の内容についてご説みぇいしゃせただだ」

 駄目だ。
 駄目そうだ。

「いや待て。報告書は実によく出来ておる。こちらから尋ねるから、お前はそれに答えてくれればよい」

 ……巴の助け舟。
 おお、参考になるな。

「確かに、よくまとめてあります。これはゴルゴンのユメミ辺りが書いたものでしょう。あれは事務もよくこなしますから」

「仰る通りです、識様!」

 ゴルゴン……。
 確かに事務所に一人いたな。
 ユメミ、ああ。
 名前で彼女の事を詳しく思い出せた。
 第三陣でツィーゲに出た娘だ。
 もうちょっと活発な感じだったけど……面影は記憶にあるゴルゴンと今更だけど一致する。
 女性なんて化粧と服と佇まいで幾らでも別人に以下略。
 回ってきた報告書に目を通す。
 ちなみに僕が見る順番は最後。
 へえ、綺麗な字で読みやすく書かれた報告書だ。
 褒めるのもわかる。
 読む人を意識しているのが僕でもはっきりわかるよ。
 色々数字の比較を出してくれてるから現状の把握や今回挙げられてる要望、その動機が大体見て取れる。
 ……これ、僕用のお手本にとっとこうかな。

「では今のクズノハ商会の客筋じゃが――」

 巴から始まった質問が、時に識からのものに変わりながら続き、エルドワもそれに答えていく。
 時間にして十五分程度が過ぎた頃。
 役目を負えたエルドワが隠し切れない疲労感を見せつつ退室していった。
 精魂尽き果てた感じだ。
 その後具体的な数値を決定して明後日からその数字でいく事に決まった。
 これでようやく本題に入れるな。

「うん、これでツィーゲの店も捗ると思う。ふぅ……じゃあアイオン王国の革命とツィーゲの動きなんだけどさ」

「レンブラントが起こるというのなら、恐らくアイオンで革命が起きるのは間違いないでしょうな」

「同感です」

「私もそう思います」

「……」

 環以外が巴に賛同する。
 事情も状況もわからないんだから、環の沈黙はまあ当然だ。

「なら、ツィーゲの独立はどう思う? クズノハ商会がある以上無関係って訳にもいかないし」

「これもあの男、レンブラントがやろうとしている以上、波乱はありましょうが成るのではないかと」

 巴は僕と大体同じことを考えていた。
 正直僕もレンブラントさんがやるって言ってる以上、結構な勝算があるんだろうと思ってる。

「これまでもアイオン王国のツィーゲというよりも荒野の玄関口ツィーゲという印象の方が圧倒的ですし。アイオンがさして街の役に立っていないのでしたら独立を考えてもおかしくはないと思います」

 澪はツィーゲの街の意識を指摘した。
 正しい認識だと思う。
 ツィーゲはベース程じゃないにせよフロンティア精神溢れる街だ。
 僕が訪れた頃から既にアイオン王国に帰属しているという住民の意識が薄かった。

「自衛さえできるなら独立はメリットしかありませんね。ただ……」

「なに?」

「その街の自衛について、やはり大国による目に見えぬ庇護というのは大きいものがあるかと。……しかし、ロッツガルドといいツィーゲといい、若様が店を出す街はなにかと賑やかになりますなあ」

 ……。
 た、ただの偶然だし。

「……独立を目論むのに革命はよいタイミングだとは思います。が、ツィーゲは巨富を生み出す街。アイオン王国とローレル連邦という二つの大国、近隣の中小国家が寛容に自治を許すとは到底思えません」

 環はツィーゲの地理的、経済的な条件から独立の難しさを口にした。
 第一アイオン王国がその利を簡単に手放したりはしないだろう。

「その辺りはレンブラントさんも周辺の有力者に根回しをしているようだけどね」

「ええ、レンブラントという商人が巴さんも認める程の者ならそうした手抜かりはないでしょう。ですから独立は成ると私も思っているのですが、その維持がどこまで出来るのかと考えてみると明るい材料ばかりではありません。ヒューマンは魔族と戦争をしている最中であり、そんな中での内輪もめは望ましくないのは自明の事です。果たしてリミア王国やグリトニア帝国が黙っているのかどうかも……」

「うーん」

 確かに魔族ならアイオンの革命やツィーゲの独立宣言が生み出す混乱を利用して何かをするかもしれない。
 戦争相手が自分から隙を晒してくれるんだから何もしない方が損とも言える。
 そうなると各国からツィーゲに非難が集まるって展開もあり得る。
 それは、どうなんだろう。
 結構なデメリットになる気もするな。

「そもそも何故ローレル連邦が秘密裏にとはいえツィーゲの独立に手を貸すのか、その意図もよくわかりません。下手をすれば数年後にはツィーゲの所属がアイオン王国からローレル連邦に変わるだけ、という結果に終わることもあるのでは」

「彩律さんがいうには理由はツィーゲに少し前結構世話になったから、ってことだったな」

 以前荒野から流れ込んだと思われる有害な紫色の雲がローレルで大きな被害を出した事件があった。
 その解決はライムから連絡をもらって僕も手伝った、というか雲自体は僕が仕留めたんだけど、表向きは響先輩の働きで何とか食い止められたことになっている。
 あの時の紫雲の事後調査でローレル連邦からアイオン経由でツィーゲに協力要請があり、レンブラントさんが直接の対応を務め、大いに協力したんだとか。
 だから今度のはそのお礼らしい。
 言われてみればローレルにとって今回の協力はリスクの方が圧倒的に多い気がする。
 或いはツィーゲは協力したけど、アイオンは調査に対して何らかの妨害をしたとか?
 ともあれ環はローレルがツィーゲを狙ってるケースを案じてくれた。
 それもアリと言えばアリなんだけど……。

「いくらローレルの中宮の発言とはいえ、大国が動く理由としてはひどく不自然です」

「環よ、まだ一度も外に出た事がないというのに随分と世情に詳しい話しぶりじゃな?」

「外に出る許可は頂いておりませんが、その分これまでの記録はきちんと読ませて頂きましたから。もちろんこの世界独特の事情にはまだ不慣れな部分もありますから、間違えている部分はご指摘頂けると嬉しいです」

「ほう、勉強熱心じゃの」

「一日も早く真様のお役に立ちたいですから」

 ……まーた変な火花が散ってる。
 二人とも不穏な笑顔を浮かべててちょっと怖い。
 しかし、これまでの報告書やら何やらに目を通しただけでこれだけ話せるのは凄い。
 そうだよな、環はツィーゲもアイオンもローレルもロッツガルドも知らずに話してるんだ。
 それは念頭に置いて、僕も彼女が変な勘違いをしている部分は指摘してあげないといけないんだな。

「はいはい。巴も環もその辺でね。独立後の構想の詳細は今回全部は出てなかったし、色々聞いてみるよ。一緒に来て欲しい時はできるだけ時間作ってくれると助かる」

 どういう形で協力していくかも含めて、僕にとっては今はまだ情報を把握しないといけない時期だ。
 それに、うーん。
 自衛か。
 現状でもツィーゲはアイオンが常駐させているいくらかの戦力に頼った防衛をしていない。
 だからそこは僕としてはそこまで気にしていなかった。
 現状からそう変わるものではないから大丈夫だと考えていた。
 でも、“アイオン王国の”ツィーゲっていう名前が生み出す無形の防御力まではあんまり考えていなかった。
 大国の裕福な街と、単体で自治を行っている裕福な街。
 外からちょっかいをかけるとしたら後者の方が圧倒的に仕掛けやすく感じる。
 外に必要不可欠な資材を提供していたり、荒野に対して一番深い情報を有しているツィーゲだけど、だからここには手を出してはいけないなんて事にはならないし。
 むしろ自分達の勢力に入れて利益を得たいと考える方が自然な気もする。
 協力より同盟より、可能であるなら吸収が一番大きな利益を得られるのは間違いない。

「いつでもお声掛け下され」

 巴の言葉に他の三人も同意してくれた。
 ありがとう。
 ストレートな感謝の言葉が出そうになったけど、気恥ずかしさから心の中でだけ呟いた。
 レンブラントさんの考え、彩律さんの思惑。
 あの二人が今回の件で僕に本当はどこまでを望んでいるのか。
 そんなことを考えるのも勉強になるかもな。
 ツィーゲの独立宣言にアイオン王国がどんな対処をするのかも気になる。
 あと、大国の中の街が独立しようとする。
 これは間違いなくヒューマン同士の諍いだ。
 多分今回女神の出番はないし、やろうと思っても最近のあいつの状況を考えるとできないんじゃないかな。
 虫の事は気にせずいられるだろう。
 ここのところ結構世界中を回ったけど、それもしばらくおしまいになるかな。
 そう、腰を落ちつけて……。
 ん?
 独立やら革命やらの件でここに腰を落ちつけるとして……ロッツガルドの講師と向こうの商会をほったらかしにする訳にもいかないし、ケリュネオンも定期的に見に行く必要があるよな。
 それって相変わらず飛び回ってるような……。

「それにしても、若。結局ローレル連邦には遊びにいきませんでしたな。四大国制覇は次の漫遊までお預けですか。残念ですが、その折には是非儂を供に」

「ちょ! ちょっと巴さん、何をどさくさ紛れに! それは抜け駆けというものでしょう!? 外出禁止中の新人とえこ贔屓の識はともかく、そこはきちんと話し合いをして私が行きます!」

 ……えこ贔屓してる気はないんだけどね。
 それに外出禁止って子供みたいな。
 何気に僕にも毒が降りかかってるんじゃないかな、澪。

「話し合いをするのは構わんが、行くのは儂じゃ。ローレルには若の世界の文化が形を変えて一部継承されていると聞く。ここを儂が若と回らずしてどうする!」

 ……あ。
 話し合いをして私が行きます、ってそういえば変だよね。
 ハナからねじ伏せますって言ってるようなもんだよね。
 しかし巴も譲らない。
 こいつがローレルにそこまで思い入れがあったなんて知らなかった。
 だけどさあ。
 確かに何個か大国を回ったし旅行気分がなかったとまでは言わないけど。
 巴。
 漫遊ってのはちょっと、人から言われると傷つくんだけど。
 それなりに真面目に行ってたし、緊張だってしてたし!

「いいでしょう、ならば存分にHANASHIAIましょうか!」

「望むところよ!」

 もう好きにやってくれ。
 なんとなくこの二人が話しあうと僕にもとばっちりが来る率が高い気もするけど止める気力がない。
 識と環も触る気はないようで静観を決め込んでいる。
 例え従者が増えようと、ツィーゲで独立の気運が高まろうと。
 亜空はいつも通りだなあ。

 
遅くなりました。
ご心配おかけして申し訳ありません、今回は生存報告代わりの更新ということで。
ご意見ご感想お待ちしています。
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