挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

180/187

花見の宴


 という訳で。
 あれから数日の後。
 今日、僕らは広々とした境内にいる。
 今まさにお花見の真っ最中。
 飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが場を満たしてる。
 最初、神を奉る神殿で飲み食いした挙句に大騒ぎしていいものかと遠慮がちだった住民達も、花見が始まってしばらくした今は存分に楽しんでいるみたいだ。
 色々説明をしたのも功を奏したんだろう。
 ただ……第一回となるお花見に、海に住む幾つかの種族は参加できなかった。
 理由は地理的なもの。
 ここは海からそこまで遠くないけど、面している訳でもない。
 かと言って神社は移動させられない。
 延期して解決策を見つけてからにしようかと思ったその時、セル鯨さんが海を広げて陸を削る許可を求めてきた。
 で、数回先の花見からは是非皆でやりましょう、と。
 海王とサリがとりあえず今回の花見に参加する種族とメンバーを決めてくれて、海の種族と陸の種族の共同工事が一つ決まった。
 そのセル鯨さんも今は酒を飲んで飯を食って、陸と海の隔てなく花見を楽しんでいる。
 ……やっぱり、あの人はセル鯨“さん”だなあ、ははは。
 カニの人は踊り始めているし、マグロの人はしみじみと桜と他の花を見つめてお猪口で亜空産の日本酒をやっている。
 もう一人頑張ってくれたサリは最初僕の傍にいたけど、他を回って来るように言ったら素直に色んな種族の、女中心に和やかに楽しんでいるようだ。
 今も……あれ、いない。
 目でサリを探す。
 ……おーい。
 何故か木の枝の上でぐでーっとなっているサリを見つけた。
 あ、ローレライの人に降ろされてる。
 この場には酒の種類も多様にあるしな。
 あれだ、ちゃんぽんになって酔っ払ったんだろう。
 介抱してくれる人もいるようだから僕が行くまでもない。

「大らかで寛大な神々、ですか。確かに江戸でも神社は縁日、祭の場所として人が集まる場所となっておりましたな。流石に理解し難い部分ではありましたが、やってみてこの目で見て、何となくわかってきたような気はしますな」

 巴は僕と一緒にいる。
 こいつはあまり騒ぐ方じゃなく、しみじみやるのが好きみたいだ。
 まあ、お花見なんてそんなものだ。
 花は言い訳でしかない人もいれば、本気で花を楽しむ人もいる。
 酒が第一な人もいれば、屋台の軽食をはしごするのが好きな人もいる。
 昼が良いって人もいれば、夜が良いって人もいる。
 だからといって喧嘩する訳じゃない。
 人それぞれで楽しむものだと思う。
 他人の楽しみ方を邪魔しなければ、好きにやればいいんだ。

「昔の人も今の人も別に神様を軽んじて騒いでいる訳じゃないからね。根っこに敬う気持ちを持ってさえいれば、自然と行いはおかしなものにはならないんじゃないかな」

 と、僕は思う。
 奇祭と呼ばれるものも沢山あるけど、だからといって神様を馬鹿にしたりはしない。
 騒いでも暴動じゃない。
 もちろん、神様への敬意ってだけじゃなく、また次の祭りまで頑張る、っていう一年のモチベーションみたいなものになっている部分だってあるだろう。
 僕は、そういうのをひっくるめて、お祭りや神社での催しってものが好きだ。
 だからそれが、花見という多少例外的な楽しみ方とはいえ亜空でも出来て嬉しい。
 例大祭や季節の祭りも生まれてくれたら言う事はない。
 既に陸からも海からも、この神社に誰でもすぐに来れるように門を繋げるのは決定事項だ。
 これは絶対にやる。
 気軽に参拝して欲しいんであって、いくら信心からといっても昔の伊勢参りみたく死人が出たり行方不明になったりはして欲しくないからな。

「管理する者もいて、これだけ広々とした場所なら子供に習い事をさせるのにも使えるかもしれませんしな」

「僕としては、習い事とまでいかなくても単純に遊び場の一つになってくれたら嬉しいんだけどね」

「はい。なんにせよ、良いものを贈って下さった神々に感謝ですな」

 再び杯をあおる巴は満足げだ。
 ペースは中々早い。
 巫女さんを巡ってどうにも刺々しい様子だったけど、今はそんな素振りもない。
 同じくそんな様子だった澪も基本的には僕の傍にいるけど、彼女はいくつか出された屋台を回って食べ物を持ってきてくれたりしている。
 既に、花見用に持ち込んだ重箱群だけで食べきれるか不安な量だというのに容赦がない。
 結構食べているつもりなのに、最初よりも増えている気さえするのは多分気のせいじゃないし。
 重箱の数も計算と合わない気がするんだよな……。

「ま、澪は澪で楽しそうだから良しとしようか」

 軽やかに人ごみと酔っ払いをすり抜ける澪を見ていて、食べきるって選択肢は諦める事にした。
 限界までは頑張ろう。
 それでいいんだ、多分。

「若様、参拝の際に吸われる魔力の程度についてですが、基本的に健康を害するほどのものではありませんでした」

「識、今は仕事から離れていいって。大体それはトウダも大丈夫だって言ってくれてたじゃない」

「しかし、やはり個人差があり、かつ一定ではないとなりますと、万が一を考えておくべきで……」

「うん、まあ。ありがとう、識。とりあえずさ、飲んで、食べなよ。それにトウダが咲かせてくれた色んな花を眺めてるのも中々良いもんだよ?」

 トウダは言葉通りに花を咲かせてくれた。
 各種の趣が違う桜、それから夏や秋に咲くだろうものも。
 日本でも温室とかを使って相当環境を整えてようやく目にすることができるだろう光景が、今境内と、それを覆う森に広がっている。
 かなりの見応えだ。
 好きな人は何日でもいられるんじゃないかな。

「いえ! 私としましてはこの地の植生と森の環境についての調査など、やりたいことが山積みですので」

「却下。花見をしなさい。お仕事終了」

「し、しかし」

「識が仕事を始めちゃうと他の人までやりだしかねないでしょ。だから今日はお休み。参拝の件だけで十分過ぎるよ」

「……わかりました」

 うーん。
 識って仕事中毒なところがあるよな。
 彼の言い分としては、僕も寝る事よりも優先してやっていることが沢山あるから、というのがあるんだけどさ。
 僕の場合は、日課については余程の事がない限り必ず毎日やりはするけど……それは仕事中毒とは違うだろうなあ。
 識が言う、大丈夫です、手が空いてます、は言葉のままに受け取ると危険だって最近何となくわかってきた。
 これまたタチが悪いというか、類は友を呼ぶというか。
 識の部下とか関わりが深い人達は結構同じような気質を持っていたりする。
 巴や澪と違って、元々がヒューマンだっていうのも大きいのかもしれない。
 寝るのが気持ちよくなったらしい巴と澪とは違って、識は元々寝るのが好きじゃなかったようだから。
 リッチになってから眠らなくてよくなって歓喜したと以前に言っていた。
 残念ながら僕と契約して人の体を得ても何故か眠らなくてよい体質? いや能力? はそのままみたいで。
 一応職場が同じな訳だから、特殊な体質はある程度控えてもらいたくもある。
 とりあえず大人しく花見をしているようだけど、三十分もつか不安になるな、識の場合。

「トウダ、参拝についてだけどさ。個人差とか一定量じゃない件とか細かいところまでは僕は聞いてないけど、問題になるようなことは起きないんだよね?」

 あの慣例という名の戦いが終わってから。
 僕らとトウダは神社に戻って、彼女から神社を含む三神殿について話を聞いた。
 その中で僕が全く知らなかったのが、参拝、お参り、お祈り、まあ要するに神様の前で手を合わせて祈る行為の副産物についてだった。
 簡単に言えば参拝でお賽銭を使うように魔力も消費するってこと。

「勿論です、もっとも何事にも例外はございますが。個人差につきましては参拝の際に器に奉ぜられる魔力は基本的に割合だからです。万ある者からは百、百ある者からは一、といった具合ですね。実際、普通の参拝で1%も捧げられる事などありませんし」

 トウダは積極的に住民達と接触していた。
 呼べば即座に近くに現れて答えてくれるのが若干不思議。
 オークやエルドワ、ミスティオリザード、アルケー、翼人にゴルゴン、エマ恐怖症の妖精に……片っ端から挨拶して回ってる感じだ。
 実に社交的。
 僕が考えている彼女の役割からすると、クズノハ商会の事も考えると配置ミスな気がしないでもない。
 ただ、僕は有能だけど条件が合えばヘッドハンティングに応じる人よりはそこそこの能力だけど最後まで一緒に働いてくれる人を求めてる。
 自分が必要とする人の条件ってそれなんだなあと、ようやく気付いた。
 契約前だからというのもあるだろうけど、僕はトウダは前者だと感じている。
 言葉に出来ない何とも言えないしこりというか、わだかまりというか。
 彼女のみならず、この世界で何度か感じていたものの一つの答えかもしれない。
 昭和の会社が従業員に求めたもので、今の考え方からすれば古いんだろうとも思う。
 ただ僕は年功序列はともかく、終身雇用は確実に実践しようと思ってる。
 企業城下町。
 そんな、生活する上での全てを出来うる限り僕らが満たして従業員に報いるというやり方。
 それをやりたい。
 っと、考えが逸れた。

「だとすると、僕なんかは結構捧げる事になるのか」

「はい。ですがそれを全く負荷と感じておいでではない筈です」

「確かにね。最初に参拝した時も特に何も感じなかったし」

「その程度の微々たる魔力だとお考え下さい」

「なら、一定量じゃないっていうのは? それにさっき言った例外も気になる」

「答えは同じものになります。あまりに強く、一心に願い、それを例えば日に何回も、何年も続けたりすると、場合によっては命に関わる影響がでかねません」

「あまりに強く、一心に……」

「ええ、強く願えば多少多く魔力を捧げる事になりますので。この亜空においての神社の立場を考えれば恐らく有り得ないとは思います」

 強く、そしてそれを継続的に行えばの話か。
 確かに今の亜空だと考えにくいケースだ。

「そうだね、確かに今のところ心配なさそうだ」

 皆には、参拝について自分の今の目標を神様に伝えるものだと教えている。
 目に見えない神様に、自分の誓いを表明するようなものだと。
 叶えてくださいお願いします、じゃなくて、自分はこれを目指して頑張っているから十分な成果が出るように見守ってください、って感じ。
 成果に繋がったらまた訪れて感謝し、次の誓いを立てる。
 そうして、女神に対して持っていた神様観とは違う、身近だけど触れられない、そんな神様との付き合い方をして欲しいと思ってのことだ。

「と、私も考えております。識さんの不安ももっともですから十分に調査して頂いて結構です、とお伝えしてありますが」


「皆から捧げられた魔力は器に集まるんだよね? みせてもらったあの珠が、御神体になるってことでいいの?」

 トウダが魔力を蓄える器として見せてくれたのが透明な真球の珠二つと、中に多色の光が揺らいでいる珠一つ。
 透明なのはお寺とパルテノンのもので、光が中にあるのが神社のもの。
 つまり珠の中の光は僕らの魔力だ。
 全部同じ珠ってのが少し気になってはいた。
 御神体は、その有無も含めてそれぞれ違うものじゃないのかと思っていたからだ。

「御神体ですか。ん、そのような解釈で問題ありませんが、厳密に申し上げるなら御神体の卵といったところでしょうか。あの珠は、魔力が蓄積されていく内に具体的な物へと変容していきますから」

「……へえ」

 流石特殊仕様の神社だけある。
 御神体も生まれる前なのか。
 まあ、それもありか。
 大体参拝で魔力を吸われる仕様からして普通じゃないもんな。

「……ちなみに真様。神への祈りで魔力を捧げるのは地球でも同様です。むしろこの形式をとっていない世界は極めて稀です」

「ええ!?」

 心を読まれた!?
 じゃなくて、万国共通仕様!?
 んな訳あるか!

「あー、いくらなんでもそれは嘘でしょ。向こうで参拝しててもそんな感覚……」

「魔力そのものを殆どの人間が認識できないのですから、当然です。使えもせず、感知もできぬものをごく少量失ったとしても人間に害などありませんしね。翌日どころか半日も経たずに回復している量ですし」

 マジか。
 確かに魔力なんて日本で意識したことはなかったけど。
 神社に行く度に魔力を少しずつ神様に捧げてたのか……。
 いやお寺もか。
 それに、教会も?
 あ、教会は一回も行った事がなかったな。

「なんだろう、知られざる世の裏側を見た気がする」

「いずれ遥かな未来にでも地球で魔力が人の知るところになれば、立証される機会が来るかもしれませんね」

「……うーん」 

「と、そのような話は置いておきまして。御神体については、そう遠くない内に一応の形にはなるかと思われます。真様の魔力だけでも膨大ですから。ただ完成となりますと、それでも長い時間が必要になるでしょう。何か変化がありましたら報告致しますので、今は漠然と楽しみにしていて頂ければ」

「わかった」

「では、また住民の皆様と真様の話をして参りますね」

「花見が終わったら、巴達の立会いで契約をするから。覚えておいてね」

「はい。どのような名を頂けるか楽しみにしていますね」

 トウダがいなくなった。
 お、ゴルゴンさんとこに出現したな。
 あの人達と僕の話って悪い予感しかしないけど。
 かといって、多分フルスイングのガールズトークが展開するんだろうから、とても聞きたいとは思わない。
 女性だけの話というのはあれで結構えぐい。
 男にとっては、間違いなく聞かない方が幸せな事だって断言できる。
 まあ僕も姉と妹がいる身だから、自分の家で、しかも部屋にいてさえ、時にその欠片が聞こえてくる。
 だからえぐいってわかるんだけどさ。
 トウダはきっと何事もなくゴルゴンにも適応して会話を楽しむだろう。
 そっちは心配いらないから、僕はこれ以上向こうを気にしないようにしよう。

 ……宴もたけなわ、か。
 こっちに来てから色んな国に行って、色んな人に会ったけど。
 やっぱ、僕はここがいいな。
 皆姿かたちは違うからぱっと見た感じは混沌そのものなんだけど……ね。
 この場所は、絶対に守らないとな。
 亜空は、僕が異世界に来てやってきたことの軌跡そのものでもある。
 そういう意味でも、今のこの景色は目に焼き付けておかないと、と思う。

「若様ー」

「澪。もう食べ物は……って、ソレ何?」

 ソレも、何もなく識だ。
 見間違える訳もない。
 でもどうして識が澪に小脇に抱えられてぐったりしてる?

「そう仰らずに、オークの者がやっていたのですが、この“お楽しみホイル焼き”は中々の可能性を感じました。是非一度若様にもと思って」

「いや、澪。それは……ありがたくいただくけど、その識はどうしたの?」

「これですか? 装備を整えて何名かと森に入ろうと密談していましたので落としておきました」

「落と……」

「折角のお花見だというのに、この上なく無粋ですわ。巴さんとトウダと話して、これほど盛大にとはいかなくても、定期的に縁日をやろうと日付の相談などもしておりましたのに、識ときたら」

「まあ、確かに無粋だね、うん……」

 落とすのはどうかと思うけど。
 それにもう縁日の話とかしてるとか凄いな。
 巴もいつの間にかゴルゴンの方にいるトウダと一緒にいるし。
 ついさっきまであそこに澪もいたってことか。
 で、視界の範囲内に識もいて何やら森に行こうとしていたと。

「その辺に転がしておいても皆も迷惑でしょうから、場所があるここに持ってきました。目につかない所に投げておきます」

 投げるか。
 それってどっかの地方じゃ捨てるって意味もあるよね。
 じゃなくて。
 投げるな。
 捨てても駄目。

「いや、僕が預かるよ。横に寝かせておくから」

「そんな、若様の膝枕だなんて!」

 誰が膝枕っていった。
 しないよ!
 無駄に動きにくくなるだけだし。
 そうか、澪も大分飲んでるな。
 酒に飲まれはしないと信じてるけど、多少のタガが緩むのはあるかもしれない。

「いや、ただ寝かせておくだけだから……」

「ではそれは私が代わりに!」

 聞いちゃいねえ。
 まあ、これもここの日常だし僕のやってきたことの軌跡でもあるんですけどね。
 ちょっと前の良い感じの決意とかそういうの……返して欲しいな、なんてちょっとだけ思った。

ご意見ご感想お待ちしています。

また、差し替えたダイジェストが一部抜け落ちていたので付け加えました。
申し訳ありません。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ