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物騒な慣例
「粗茶ですが」
「ありがとうございます」
「遠路はるばるよくお越しくださいました。この日が来るのを……ずっと待ち焦がれておりました」
神社の中に招かれた僕らは客間らしき部屋に通され、白い肌の巫女さんにお茶を出された。
考えてみれば、神社の中って入る機会なんてそうそうない。
それも祈祷なんかで入れる本殿じゃなくて、巫女さんや神主さんが生活している空間だ。
現代ならそういう人でも家屋は別だったり、敷地の外から通っている人が大半だよな。
思いがけない経験ができた。
「最初に確認しておきたいんですが、貴女は誰から僕に仕えるように言われているんですか?」
「シヴ、大黒天様ですね。こちらの神社と敷地内のお寺、神殿は大黒天様の他にスサノオ様とアテナ様連名でのご主人様への贈り物となります」
僕が会った、元の世界の神様と同じ名前を口にした巫女さん。
僕とあの方々の接触を知っているのはごく限られた人だけだ。
ならこれが罠って可能性は低いのか。
……なんというか、巴と澪と識が巫女さんに向ける警戒が結構なものだからか、僕まで緊張と警戒で構えてしまう。
女神が亜空に干渉してきたことはないし、こちらが驚くくらい最近は大人しい。
嵐の前の何とやらだろうから安心は出来ないけれど、大人しくしている理由の一つである他の神様の名前を騙ってまで僕をハメるのはリスクが大きすぎる。
あれは僕らに何も感じさせずにここに干渉できるほど大した神様じゃない。
若干の敵意すら向けている巴達に、少し抑えるよう目配せをする。
しかし巴なんかはむしろ好意的に巫女さんに色々聞きたがりそうなものなのに、なんなんだろうな。
今のところ、僕の目にはそこまで危険そうな人には見えない。
確かにこの人にはなんとなく、対面していて感じるものはあるけどその正体は僕自身まだよくわからない。
本当に微かなしこりが、心の中にある。
そんな感じだった。
危険だと感じないし脅威でもない以上、直感以前の曖昧な感覚に固執するのもどうかと思う。
「アテナ様ですか。それで白亜のパルテノン神殿みたいなのまであるんですね」
巫女さんが微かに悲しそうな顔をした。
「ご主人様、敬語はおやめ下さい。私は貴方様にお仕えする者。どうぞ、そちらの……お三方に振る舞うよう接してくださいませ」
「はあ……」
と言われてもなあ。
それなりに一緒に生活してきた巴達と同じようにしてくれというのは僕には中々難しい注文だ。
結果、気のない相槌程度で返してしまった。
ある日突然主従関係というのは、あまり慣れてない。
一応魔族のサリはそんな感じだけど、あの子に対して巴達と同じような姿勢で接することは一生ないと思ってるし。
ここまでに適度に奴隷でも買って扱いに慣れていればまた違ったんだろうか。
……性分じゃないんだよな、そういうのは。
「いきなり湧いてきて随分な要求ですわね」
「まったくじゃ。大体名乗りもせぬまま若に儂らと同等に扱えとは、いかにも無礼ではないか?」
「……」
僕の気のない相槌の少し後、巴と澪が巫女さんに文句を言った。
識は特に口を出してこなかった。
ただ、機嫌は悪そう。
疲労とは違う、剣呑な気配を感じる。
「同等にだなんて。巴さん、私はただ皆様の末席に加えて頂きたいと思っているだけです。名前につきましては、これから申し上げようと思っていたのですが少々事情がございまして」
巴?
どうして巫女さんが巴の名を知っているんだ?
僕の名前はともかく、神様たちが巴の名前まで教えた?
「……あまり気分のよいものではないのう。儂の名前をお前に教えた覚えはない」
「最低限のことは事前に知らされています。そして失礼についてはお詫びします。申し訳ありませんでした」
「ふん……」
「あー、じゃあ、名前についての事情を聞かせてもらえます?」
あんまり険悪になられても困る。
何とか割り込んで巫女さんに説明をお願いした。
巴の奴、彼女が名前を名乗らなかったことに苛立ってたのか。
「ご主人様は神社の事にもお詳しいようですからご存知かもしれませんが、巫女というものにはいくつかの側面があります」
こっちに意味ありげな視線が送られてきた。
まあ、少しだけど知識はある。
「神社で神事の奉仕や神職の補佐をするのが現代の一般的な巫女ですけど、少し遡ると占いや祈祷、口寄せを行ったりもしていた巫女も各地に沢山いたとか」
「私の場合は本質的には後者の民間寄りの存在ですが、今は宮仕え、前者の役についております」
「今はもう昔ほどはいないイタコやアズサミコが神社で働いてるようなものですか?」
「そうなります。ご主人様には必要なさそうですので、補足の説明などは後日にして、今は本題を優先しますね。私には以前いくつかの名がありました。が、それはすべて私を器とした、私と何らかの存在の合わさった存在の名前というべきものです」
「……」
霊媒とかいうのに、ずっとなってたってことかな。
ってことは口寄せが専門なのか。
「神に仕える巫女としての私もまた、その内の一つ。ですからその名を捨て、こうして新たな主人に仕えることになった以上、私に名乗るべき名前というものはないのです。私は、いってみれば陰陽師が式神を使役する際に用いる紙の人形ですから」
「……ちょっと、よく理解できません」
率直な感想だった。
名前がころころ変わって、その度にリセットされる存在とでも言いたいみたいだけど……。
それは命っていえるのか。
「人として生きてこられたご主人様に、すぐおわかり頂けるものではないでしょう。私のことは、まずは命を持った道具とでもお考え下さい」
にこやかに自分を道具と言い捨てる巫女さん。
その姿はどこかサリに似て……ないな。
あの子はそれでも自分で決めてやらかした。
この巫女さんは言われるままにここにいる感じがする。
「文字通り贈り物ってことですか?」
人が贈り物か。
流石に神様は色々凄いな。
いや、管理人付きで建物だと考えれば海よりは普通か?
どんなセレブでも多分海そのものは作れない訳で。
「はい。ですので主となる真様や、従者として既にご主人様にお仕えしている巴様と澪様。それから……」
巫女さんが識に視線を移した時。
彼女の目の動きに合わせたように僕の少し後ろに座っていた識がコテンと倒れた。
一瞬巫女さんが何かしたかと思ったんだけど、識の姿勢を見て原因がわかった。
正座した姿勢のまま、横に転がってる。
無理に正座しなくてもよかっただろうに。
巴と澪も正座してる。
僕が畳の部屋で自然に正座で座ったのを見て、どうやら三人ともそれに倣ったみたいだった。
ぱっと見ただけだと、二人はまだ平気そうだ。
「も、申し訳ありません」
「隙を見せるんじゃありません」
ビシッと。
言葉とともに澪が懐から出した扇で識の足の裏を叩いた。
うわっ。
あれは厳しい。
「っっっ」
言葉もなく識が悶絶するのも当然の反応だ。
手がなんかわきわきしてる。
その気持ちもわかる。
だけど隙って。
敵地じゃあるまいし。
「ふふ、楽な姿勢で構いませんよ」
「すみません、ありがとうございます」
まだ悶えている識に代わって謝罪と感謝を伝えた。
「そんな……話が長くなってしまって、謝るのはこちらの方でした。皆様のことは前もってそれなりには伺ってきていると、そのようにお考え下さいませ」
言い終えて、お茶を一口。
巫女さんはにこやかな笑みを崩さない。
そつがなくて、上手だ。
……。
ああ、そういうことか。
この人はレンブラントさんとか、彩律さんとか、それからゼフとか。
ああいう類の人達に似てるんだ。
本当の感情に触れている感覚が得難い人種。
レンブラントさんは家族が関わると凄く親しみやすいから半分だけか。
笑っていても安心できないし、怒っていてもそれが本気かわからないタイプ。
今の僕の周りには多いんだけど、だからといって得意じゃない人達。
正直に言えば距離を置いて関係する分にはともかく、直接関わると疲れる。
……神様って試練とか好きそうだからなあ、あのお三方にも僕のその辺りを見抜かれた上での人選とか?
凄い嫌がらせな気もしてきた。
その路線だとこの人は能力的には凄く有能だったりしそうだし。
「僕らのことを知ってるのは了解しました。でも、名前がないって問題については解決してない気がするんですけど」
「ご主人様は支配の契約を結んだ相手には名を授けているとお聞きしています。契約後、私にも名を頂ければ幸いです。他に巫女がいないようでしたら巫女と呼んで頂いても構いませんが」
確かに巫女は、亜空にはこの人一人だけか。
ただ名前がないままってのも酷い話だ。
また名前考えないと。
まあ、神様の紹介だしこの人と契約するのは別にいい。
大体支配の契約は僕にはデメリットがない。
契約自体が可能なら、だけど。
なんとなく秘密主義っぽい雰囲気があるのが少し気になるくらいで、それも契約を結べばあまり問題にならない。
……多分。
「今の僕と契約するのは可能なんですか?」
「おそらく問題はありません。ご主人様はある程度ご自身の力を抑えて契約が結べる方だとか。それでしたら私でも何とか」
識の時みたいなケースか。
あの後識には十三階梯と彼が名付けた随分特殊な能力が宿った。
それも、デメリット……じゃあないか。
「なら、一度家に戻って準備しないと。それとも契約はここじゃないとまずいとか、何か事情があったりします?」
今の所仕事の分担としても識に大分偏っている部分がある。
少なくとも僕よりは仕事できると思うから従者が増えるのも悪い事じゃない。
受け入れていいだ――。
「お待ちを」
「っ、巴? なに?」
「いかに異界の神からの贈り物といえど、それだけで即座にこの女を認めるのは少し問題があるように思います」
月読様サイドの神様からの贈り物なんだから問題ある訳ないのに。
ヒューマンとか女神ならともかく、向こうの神様だぞ?
鼻息を荒くする必要はないんじゃ。
「や、巴。それは大丈夫なんじゃないかな? この人が外から侵入した形跡もなく亜空にいきなり現れたのは僕らも知ってる訳だし。ヒューマンとか女神の罠ってことはないだろ?」
亜空に僕や巴の了解なく侵入してきたのは、この巫女さんと立派な神社……とその他を贈ってくれた神様達だけだ。
「聞けばこの巫女は、神に仕えて今に至るとのこと。そうじゃな?」
「はい。現代まで月読様にお仕えし、雑務をこなして参りました」
巴の問いが巫女さんに向けられ、彼女は代わらない笑顔でそれに応じた。
特別、焦った様子もない。
「それはどうやって証明する?」
「残念ながら、証明するだけの証拠などは持ち合わせておりません」
「お前が誰か別の何者かの意図で送り込まれたという疑念は消せぬということじゃな?」
「はい。ですが私に出来ることでしたら皆様の信頼を得る為、いかなる協力も惜しみません」
「ならば、お前の記憶を儂に読ませよ。身内になりたいというのじゃ。構わぬよな? 無論秘密は守り、口外はせん」
「ああ、巴さんは記憶を読む力がおありですか。ですが私のような、いってしまえばモノの記憶。そうしたものまで読めるものなのですか?」
モノ、ね。
なんだろうな。
少しイラつく。
サリにも感じたものに近い。
「己をモノ呼ばわりするような女が若様の従者になるというのは、私も面白くありませんね」
澪がこれまた巴同様に巫女さんの従者入りに反対してきた。
澪の直感に引っかかるなら結構危険な要素もある?
いやいや。
あの神様達に限ってそれはないだろ。
「まずは敵意や害意がないことを示せと言うておるだけじゃぞ? まったく読めんお前の記憶を、隠さず儂に晒せとな」
「困りました。私は最初から隠してなどおりません。恐縮ですが巴さんの能力が元々、物体にまでは及ばないということでは?」
「ほう……隠しておらんと。そう主張するか」
「事実、これから命を賭けてお仕えする方とその従者の先輩に隠し立てするようなことはありません。澪さん、私の態度につきましてはご主人様にお仕えしていく内、早めに直していきますのでどうか少しの間お許しください」
「……」
「……」
見えない火花が散っている気がする。
いや、間違いなく散っている。
巴も澪も反対なら、契約はなしで神社の管理だけしてもらってもいいか。
別に支配の契約をしろとまでは言われてないんだ。
「……ご主人様はいずれ、神と刃を交えることも考えておられるとか。現状ならばともかく、相手が程度にもよりますが神の座にある存在となりますと、今の私の力では足手まといになってしまいます。支配の契約を結ぶ事は私がお役に立つ上で重要なことと考えております。ご主人様、どうか」
そうだった。
別に忘れていたんじゃないけど、女神との一戦を考えているなら戦力は沢山あった方がいい。
亜空の住人で女神との戦いに直接参加できそうな人は流石にいない。
巴と澪、それに識ぐらいだろう。
そこに一人加わってくれるなら、間違いなく巴達の負担は減る。
馬鹿だな、僕は。
時間ならまだある程度あるんだ、それは巫女さんが皆と仲良くなれる時間だってあるってこと。
僕を含めて皆が無事に済む可能性が上がるなら変な気遣いは無駄どころか害になる。
ここは巫女さんのいった通りだよ。
「確かに戦力があって困ることはない。出来れば誰も欠けることなく女神を、あの虫を屈服させて終わりにしたい」
僕自身の願いを確認するように口に出す。
「まあ、豪気な。神と対峙し、それを討つではなく制し、かつそれを誰一人犠牲を出さずにとは。人の身でそこまでの発言をなさる器、流石は荒ぶる神に気に入られるだけのことはあります」
いざ他人から説明されると何というか、自分が滅茶苦茶なことを言っている気がしてきた。
気が、じゃなくて実際滅茶苦茶か。
そういえば、飛ばされた世界がそもそも変だったから自分の考えがそこまで変だとは思ってこなかったな。
「巫女さんは、僕が女神と戦うと言ったら当然こっちについてくれるんだよね?」
「もちろんです。そもそも支配の契約がある以上、ご主人様に逆らうなどということはありません。そのようなことは起こらないと誓いますが、もし私が信頼できず戦いに加えて頂けないとしても支配の契約は私の反逆を防ぐ保険になりましょう」
実際今の僕はこの人をどう扱うべきか迷ってる部分は、少しある。
だけど支配の契約を交わせば後ろから刺される危険もなくなるってことで。
元々亜空にいるこの人が好き勝手動き回って問題を起こすことも万が一であり得る。
やっぱり契約を結ぶのが妥当だと思う。
よし、決めた!!
「うん。巫女さん、貴女と契約を――」
「若様。私からもよろしいですか?」
またかーい。
今度は識か。
どうしよう、決めたといいながらも彼まで反対だったらと思うと気持ちが揺らぐ。
「なんだよ、識」
「この部屋で話が始まってから、どうもそちらの巫女殿から探るような視線を向けられているように思います」
「……は?」
思わず、間抜けな声が出てしまった。
「面識はもちろんありません。巫女殿、どうか理由を伺いたい」
「識、連続の転移は相当堪えたんじゃなあ。すまん、許せ」
「……はぁ」
巴と澪が不思議な目で識を見た。
かと思ったら巴は珍しく識を気遣うような発言をし、澪は額に手をあてて溜め息をついた。
や、僕も確かに何を言い出すんだとは思ったよ?
でも識は亜空でも学園でも他の街でも、結構モテている訳で。
別に自意識過剰とかじゃない。
僕は気付かなかったけど、巫女さんが識に視線を送っていたのかもしれない。
「目立たぬようにしていたつもりでした。しっかり気付かれていただなんて、はしたない所をお見せしました」
ええ!?
「趣味の悪い女じゃなあ、これが好みとは」
「巴さん、好みは人それぞれですわ。識のような残念なのでも、それが好きという女もいるでしょう」
「知的な方には、惹かれますね。それに足を痺れさせたり、可愛らしいところもお持ちのようで。とても好ましいです。あ、ご主人様も同じくらい可愛らしい方だと感じておりますよ」
「……ふん」
「前言は撤回します。ただの悪食となれば、人それぞれでは見過ごせません」
なんだろう。
澪に対して全力でお前が言うなと諭したい。
大体、さっきの巫女さんを擁護するセリフ。
あれ識の部分を僕の名前に置きかえたやつを学園で何度も聞いた覚えがある。
それも色んな人から。
「……そう仰られては、あまり追求も出来ませんね。貴女の異性の好みまでは流石にまだわかりませんし。ただ……私は貴女のような女性と親しく付き合いたいとは全く思いませんが」
きっぱりと識が拒絶を返す。
凄い。
この短い時間の付き合いで相手に貴女のような女性とは親しくしたくない、とか僕だと絶対浮かんでこない。
「それは残念です。でしたらせめて同僚、友人として良き付き合いができることを願うばかりです」
こっちも凄いな。
僕なら以下略。
二人とも笑ってるし。
改めてみると、巴と澪も冷たい笑みを浮かべている。
巫女さんは和やかな笑みで、識は挑戦的な笑みだ。
僕は、苦笑。
精一杯筋肉を動かして、なんとか苦笑。
「……ああ、その。僕としては戦力は欲しい。向こうがどれだけ強いかわからない以上、こっちは出来るだけのことをして挑みたい。だからこの巫女さんと契約したいと思ってる。亜空の安全面とかも一応考えた上でだ」
『……』
何とか言葉を場に割り込ませる。
三人と巫女さんが沈黙した。
「……どう、かな」
誰も賛成も反対もしてくれないから少し不安になって反応を求める。
「どうと問われましても。若がそう決めたのであれば、我らは従うのみです」
「はい。ご決断に従いますわ」
「私も、若様のお決めになったことであれば異論は申しません」
ほっ、良かった。
「ただ」
う、巴だ。
何か条件でも出してくる気か?
「なに?」
「出来ればこの者に、若の世界の……出来れば現代に関わる質問をしてみてはいただけませんか? 儂にはこの女の記憶がまるで読めません。なまじこのような能力を持っている所為か、読めぬ相手を簡単には信じられぬのです。小心者の従者と笑われましょうが、お願い致します」
硬い表情で僕を見据える巴。
まあ、それで三人が安心できるなら構わない。
僕だって、現代日本の知識をこの巫女さんが持ってるなら、今よりも信用できる。
そうだな。
なんにしよう。
「巫女さんは当然、現代の日本についても知っているんですよね?」
一応の確認。
「はい。受肉して動き回ったことは稀ですが、ある程度のことならわかります」
本当に感情の読めない表情だ。
単純に笑顔を受け取れば、好意的に見える。
これもまた単純だけど、美人が一見自然な様子でそうしているから効果も高い。
日本にいた頃の僕なら疑念も持たずにへらへらしてたのは間違いない。
「なら、これから質問をしても大丈夫ですよね?」
「それで少しでも私への疑念が薄まるのでしたら大歓迎です。どうぞ」
「わかりました」
「折角ですから、ご主人様に関わるようなことをお聞きくだされば、大抵のことをお答えできると思います。一つの世界の知識全てを知るというのは私如きでは無理ですが、日本、それもご主人様のご趣味などについてはあちらで勉強して参りました」
誘いかな?
でも……僕の過去も含めて周辺の知識を持っているというなら疑いは確かに格段に減る。
女神はそこまで詳しくないと思うから。
逆に月読様ならその辺も詳しそう。
だったら、まずは……。
「なら、僕が毎月買ってた雑誌、月刊黄昏は何日発売?」
僕の生活に密着した問い。
多分巴達でもわかるまい。
黄昏は時代劇の巨匠から新進の気鋭までを結集した、日本の月刊もので多分一番重くて一番厚い劇画雑誌だ。
時々ジオラマ企画やお城企画で本体よりも更に大きい付録がつく。
それでいてお値段は税込みでワンコインという、いつ休刊廃刊になってもおかしくない壮絶なサービス精神を持っている。
そんな無茶を僕が生まれる前からやっていて景気の浮き沈みにもびくともしない、別名不沈艦。
なのに一般の人への知名度は何故か低い。
「月刊黄昏ですか。二十日です」
そ、即答した。
「……正解です」
「巨大な財閥が趣味でやっているだけあって、絶大な安定感のある雑誌ですね」
むしろ僕の知らないことまで知ってる。
あれ、財閥が出してたのかよ。
どこだ、その素敵な財閥は。
「巴、この人大丈夫だと思うよ」
「若。わずか一問でにやけないでくだされ。他にも適当な問いを、さあ」
だって黄昏知ってるんだぞ?
クラスでも名前知ってたのさえ数人だった僕の愛読雑誌を。
発売日まで即答だぞ?
良い人だ。
少なくとも悪い人じゃないと思えてきた。
仕方なく、その後も質問を続けたけど、巫女さんは全部の質問にほぼ即答してみせた。
流石に現代日本を知っているのは疑いようがない。
一応僕に関係が薄い分野も試したけど結果は変わらなかった。
「巴、この巫女さんは間違いなく向こうの世界の人だよ」
「ほぼ正解というのが逆に気に入りませんが、一応の納得は致しました」
「澪も、この巫女さん料理も得意なんだって。メニュー増やすのも捗るんじゃない?」
「お台所に入れるかどうかは私に任せて頂きますけれど。そちらの知識もあるのはわかりましたわ」
「識、あっちの魔術にも詳しい人がいれば研究も色々進むんじゃないかな」
「純粋に意見を聞くだけなら、有益だと思います。淀みない答えには、疑う余地が見当たりませんでした」
「ありがとうございます、皆さん。新参者ですが、よろしくお願いしますね」
……なんだろう。
胃がちょっとキリキリする。
「それはまだ、気が早いのう」
「え?」
巴?
「若の従者になるには慣例となっている行事が一つある。当然、お前にもやってもらわねばならぬ」
そんな慣例、僕自身が知らないんだけど?
うん、そんなことを決めた記憶は全くない。
なのに澪と識が思い当たるのか、楽しげな表情を浮かべて巴のセリフに頷いている。
マジか。
僕と契約を結ぶのに、なんで僕が知らない慣例なんてものがある。
慣例なんてのは、要は繰り返しやってきたことが習慣として定着したり、決まりごとになったりするあれだろ?
僕が巴達を従者にする際に必ずやった事なんてそれこそ契約の儀式くら……あ。
まさか。
「それは存じませんでした。喜んでやらせて頂きます。その慣例とはどのようなことでしょうか?」
ちょ、それは。
「なに、難しいことではない。ちょっと若と全力で戦ってもらうだけじゃ」
「……は?」
やっぱりかー!!
「それこそ……若を殺す気で、のう?」
巫女さんの目が点になったじゃないか!
「そんな物騒な慣例があってたまるか!?」
「まあまあ、若。結果は見えておりますが様式美というものですぞ? 儂も澪も識も、若と契約を結ぶ前には全力を尽くして戦ったのですし」
「それは、まあ、そうだけどさ」
「新たに従者に加えんとする者の、最低限の能力は見せてもらうのが、筋というもの。言葉だけならいくらでも虚言を吐けますからな」
確かに、この巫女さんの実力も能力の方向性も知らない。
ただ漠然と、巴達相手にも臆した様子はなかったからそれなりに強いのは確実かなと思ってた。
で、僕をどうこうするような強さは持ってない程度だろうって。
澪も識も当然だとばかりに頻りに頷いて、巴の言葉にのっかっていた。
「でも殺す気ってのはさあ」
「皆、そうでした。それに、契約を結んでしまえば本気では戦えませぬ。今しか出来ぬことですぞ」
「うーん……」
「私としたことが。力も見せずに従者の末席に加わろうとは、確かに皆様に失礼な行為でした。ご主人様さえ納得して下さるなら、私の方は喜んでやらせて頂きます」
う、巫女さんは結構武闘派か。
怯むどころか前向きだ。
巴達は僅かに目を細めて彼女の言葉を受け止めてる。
僕の方に殺す気がなければ、まあ大事にはならないか。
殺意の有無でいえば、巴達に対してもなかった訳だし。
澪だけちょっと怪しいかもしれないけど。
「じゃあ、ちょっと広い場所にでも移動してやるか。流石に神社の敷地内ではやりたくないから」
いくら巫女さんの方が構わないと言ってくれたとしても、僕の方がそれは嫌だ。
皆に外に出るのを促す。
「そうですな」
巴もそこには拘らず、出ることを了承してくれた。
巫女さんはともかく、神社自体はこいつも気に入っていたし当然といえば当然の反応か。
「お気遣いありがとうございます、ご主人様。私が他の方に誇れる能力など精々速さくらいですが、精一杯全力を尽くします。胸をお貸しください」
「あ、こちらこそ」
速さ。
それが巫女さんの武器か。
てっきり陰陽師っぽい術でも使うか、薙刀とかで戦うかと思った。
いや、速さはそのどちらとも共存できる。
むしろそれを自分から晒すのが不自然じゃないか?
……はぁ、こんなことを考えている時点で相手の術中にいるような気がしてならない。
やっぱ苦手なタイプなのも間違いないな。
三人の手前思考をかき乱されて負ける訳にはいかない。
それはあんまりにも情けないから。
僕は僕の戦い方を貫く。
その上で三人が安心できるように彼女の手札も開かせて、勝つ。
自分がやらなきゃいけないことも、巴に期待されてることも今の僕なら何となくわかる。
僕らは一旦神社の敷地から出て、来る途中に見かけた開けた原野に向かった。
「これは良い場所ですね」
「存分に力を振るえそうかの?」
「はい」
「若も準備はよろしいですか?」
「いつでもいいよ」
「では、儂も下がります」
巴が僕に一礼して澪と識のいる場所に下がっていった。
当然そこも何か線引きされた訳でもない場所だけど、あの三人なら攻撃や防御の余波が飛んでいっても防ぐだろうから心配はいらない。
目の前の白い肌の巫女さんに集中すればいい。
「私の方は万事整いました。ご主人様の準備が整いましたらお知らせください」
「……」
腰に大小、手には薙刀か。
それに懐にも何か忍ばせてるな。
万事整った、か。
武器で武装するなんて随分人間臭い戦い方をする人外みたいだ。
「ご主人様?」
契約を結ぶと決めて、これから仮にとはいえ殺し合いをする相手。
いつまでも敬語ってのはおかしいか。
敬語はやめて欲しいって向こうから言われてたことだしな。
「いつでもいいよ。さっき言ったようにね。一応殺す気でって言われてるんだから、僕の都合なんて聞かなくていいよ」
「あら……」
……いきなり発された凄絶な殺気。
ご主人様と呼んだ相手に即座に向けるようなものじゃない。
口元の笑みに、終始柔らかだった視線に、初めて感情の火が灯った気がした。
「っ」
目を離していないのに巫女さんの姿が掻き消える。
これが速度によるものだっていうなら、余りに度が過ぎた代物だ。
直後、狭く濃く展開していた魔力体に衝撃が伝わる。
少し遅れてまばらに生えた草が揺れた。
転移って無茶な術にもまあ、異世界で慣れてきたから消えただけなら驚かないんだけどね。
本当にタネもなく速さだけでこれか?
「挨拶代わりとはいえ、無傷とは驚きました。流石です。ところで……私、今はまだ名もない巫の身でございますが。名無しと呼ばれるのも巫女と呼ばれるのも、この場にはそぐいません」
どこからか、彼女の声がする。
姿は見えないし、気配はそこら中に点在していて捉えきれない。
明滅する強い光みたいに、明らかにこっちを撹乱する気で気配と殺気を放ったり抑えたりしてるのがわかる。
大きく息を吸い込んで深呼吸。
慌てることはない。
どうせ、長丁場になる。
今は、ただ会話をすればいい。
「それで?」
「ですから、仮の名を一つ、お教え致します。昔、そう呼ばれたこともある名を」
「助かるよ。正直、巫女さんって呼ぶのも何だかなあって思ってた」
会話の最中にも何度か斬撃の衝撃が加えられる。
それとは異なる、魔術らしい衝撃もだ。
どちらも全く見えない。
素直に大したもんだと思う。
誇るだけのことはある。
前から、横から、背後から。
僕には届いてないけど、一方的な攻撃が加えられてる。
「ふふ。トウダ、かつてそう呼ばれたことがございます。ほんの短い間だけ」
「トウダね、了解」
聞き覚えがあるな。
といっても、さっきの自己紹介を聞いた限り、それが何かの助けになる確証はない。
思い出すより今戦ってる彼女自身に集中した方がいい。
名前がいくつもあるとか、色んな存在と混ざったとか、一々気にしたらきりがない。
とりあえずの彼女の名。
それでいい。
力の方は……これから見せてもらえるんだから。
ご意見ご感想お待ちしています。
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