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神宮……
「やっぱり、一人みたいだな」
「若でもとなると、間違いありませんな。このような広大な敷地に一人とは考え難いんじゃが……」
巴が何やら考えこんでいる。
神社の敷地に入っただろう僕らに、今の所おかしなことは起きてない。
ただ、このだだっ広い敷地に人はどうやら一人しかいないことがわかった。
動いている様子はない。
こちらを待っている、ってことか。
「神域にしては、妙な感じです」
澪は不思議がって周囲を見渡しながらついてきている。
識も似たようなものだ。
「女神の神殿とは全く違います。これも神域だというなら、神とは一体……」
答えの得られなそうな考えにはまってるのが、ちょっと違ってた。
それにしても。
澪にならって周囲を観察する。
背の高い木々が立ち並んでいる。
どれも見上げるほど高い。
玉砂利の道、広がる森。
作り上げられた雰囲気は静かで、厳かで、なのに居心地がいい。
作ったのが本当の神様だからなのかねえ。
神話の森とか、神代の森って言葉が合いそうな場所だ。
「まさに神社に相応しい。これだけ広いなら神宮とか大社とかの方が似合うかもね」
「それほどですか。これは社の方にも期待できますなあ」
巴が目を輝かせている。
心なしか鼻息も荒い。
僕としては、奥で待ってる人が“いつ”からここにいるのかの方が気になるとこなんだけど。
場所を考えると神主様か。
でもこれ大黒天様のお土産だか贈り物だったはずだ。
なら日本風のお寺か寺院が妥当なんじゃないかと。
落ち葉一つない石段を登っていく。
手入れはしっかりされているらしい。
この広さを一人でやってるのかと想像すると苦行以外の何者でもないけど、そこは多分魔術とかそういうのを使ってるんだろう。
「もっと厄介で、トラップも満載の森かと思っていました」
澪、それどこのダンジョン。
神社でそれやっちゃ駄目だよ、多分。
まあ僕も敵意の欠片もない空気には確かに拍子抜けした。
考えてみれば海だって特に何が仕掛けられていた訳でもない。
普通に管理人つきの神社をプレゼントしてくれたんだろ。
亜空には神社とかお寺はなかったから。
「おお、見えてきました。あれが若様の世界の神殿でございますか」
識の言葉通り、視界正面に見慣れた神社の建物が現れた。
実際見ると大きいな。
やっぱりかなりでかいわ。
「お、おおおおお!」
巴が震えてる。
滅茶苦茶感動してる。
思わず苦笑いが浮かぶ。
ただ、苦笑はすぐに凍りついた。
ふと左右に見えた別の建物の所為だ。
なに、これ。
「あの、若様? 私の目には随分と統一感がないように見えるのですけど。正面と右は、まあ少しは似ているようにも見えますけど。左のあれは雰囲気からして全然違いませんか?」
「う、うん」
澪の問いに頷くことしかできない。
確かに澪の言葉通りだったから。
「むしろ左のあれだけは女神の神殿の名残を感じるといいますか、私からすれば見慣れた神殿に近いものがあります。正面と右は全く未知の神殿ですね」
「……うん」
識の言葉にも納得。
左の建物はむしろ女神の神殿に近い雰囲気がある。
少なくともここにはそぐわない。
一応だ。
神社の敷地内にお寺があるのまではわかる。
僕の常識の中にもある。
いわゆる神宮寺だ。
神護寺とか神宮院ともいう、神仏習合思想の表れの一つ。
神社を守るお寺とかってニュアンスだったと思う。
宮寺とか別当寺って呼び方に変わるとお寺が神社を管理運営する意味合いが強くなるとかなんとか。
僕が趣味で知ってるのはそこまで。
お寺と神社も現代はともかく、バトってた時代は当然ある訳だから神宮寺にしても寺と神社の関係はそれぞれだとは思ってる。
「……若、儂は非常に感動しているんですが何やら水を差すものが左手に見えるのですが。あれも神社ですか?」
「あれは、違うね。というか正面のは確かに神社だけど、右手のは寺だよ。で左のは、外国の神殿」
「やはり右は寺ですか! では神宮寺という奴ですな! 東照宮における輪王寺のような? ほうほう、これがそうなのですか」
実例知ってるのか。
流石は巴だ。
権現様ってのはお寺で仏様の仮の姿のことだしね。
しっかし……。
「浮いてるなあ、あれは。神社は懐が深いといっても、これは深すぎるような……」
「外国の神殿。若様の世界では神の教えは複数あるのでしたな」
「まあ、ね。それでいうとここには三つの宗教があることになるね」
「三つ、ですか。それはまた随分と混沌としていますね」
識の言葉はもっともだ。
「まずは正面の神社、神道」
正面を示して識に教える。
「次に右手のお寺、仏教」
「ふむふむ」
「最後に左手、パルテノン神殿、だと思う。敢えて分類するならキリスト教?」
「何ゆえに疑問系なのでしょうか?」
「原型は原型で残ってるけど、歴史に呑まれて変化を繰り返して、結局の所その宗教に取り込まれたようなものだから、かなあ」
「つまり既に教えとしては残っていないのですか」
「まあ、そうなるのかな。僕が知ってる限りだと」
ギリシャ神話は何教と名前がついて現代に残っているものじゃない。
ギリシャからローマに引き継がれ、オリンポスの神々も名前を変えユダヤ教に影響を与えながらローマ皇帝の次の崇拝対象に落ち着いた。
でもそのユダヤ教から生まれて力をつけたキリスト教が後にローマ皇帝の公認を受けて他の宗教を駆逐していく、って感じだったはずだ。
実際ローマには他の民族の神話も流れ込んだりして、キリスト教は当初から混ぜこぜというかハイブリッドみたいなものって印象を受けたのを覚えてる。
クリスマスも遡ればローマの神様の祭りだったって説もあるんだっけ。
えっと、確か……サターン。
ん、何か違った気もするな。
でも古いゲーム機とソフトの名前を思い出して笑えたのを覚えてるからサターンで間違いないな。
冬至かなにかのお祭りだったか。
学校で習ったことに毛が生えたようなものだから人に講義できるような知識でもないのに、ちょっと頑張ってしまった。
たまにはいいとこ見せたい時もある。
「キリスト教というと、世界的な宗教の一つでしたね。確か仏教もその一つだったと記憶しています」
「うん、当たり。ちなみにキリスト教は一神教だけど、あの神様が登場する神話は多くの神様が登場する。だから無理に分類しない方が正解かも。ごめん」
「いえ」
「ギリシャ神話教とか、ヘレニズム教とかつけてもいいような気はするけどね。今現在宗教として残っていないからねえ。神話は世界的に有名なんだけどなあ」
「不思議な教えもあるのですね、若様の世界は」
「あはは……」
「しかし、元は多くの神がいたのに今はただ一人とは。バトルロイヤルでもやったのですか? 神々は」
バ、バトルロイヤル。
ある意味合ってるかもしれない。
実際戦ったのは人間達で、代理戦争的なものだったとしてなら。
「識、そこは蟲毒じゃろう。より強い神が他を食らって後世に名を轟かせたんじゃ」
巴、蟲毒はちょっと。
バトルロイヤルでも蟲毒でも、殺し合いには違いない。
宗教の歴史は血生臭いものとはいえ、強ち間違いじゃないように思えてくる僕にも問題ありだなあ。
「ま、まあその辺りにしておいて。お寺の方は巴が言ったように神宮寺っていう在り方もあるから不思議じゃないんだけど、左の神殿の方は見たことがない。パルテノン神殿って奴だと思うから、神宮パルテノンとか宮パルとか呼べばいいんかなあ」
真っ白だし、石造りだし。
明らかに雰囲気が違うのである。
付近の木々も見覚えのない種類だ。
「語呂が悪いですなあ。一体どうしてあのようなものが?」
「それは、何となくわかる。ここに来た神様を覚えているだろう?」
「ええ。あのお三方ですな」
「きっとあの方々それぞれの神殿、なんだよ。正面がスサノオ様か、もしかしたら月読様。右手が大黒天様で、左のがアテナ様だろうね」
「ほっほー。ということは亜空にはそれぞれ別の体系の神々がわざわざ来ていたということですか。興味深い」
あ。
そうか。
アテナ様ってことはあの木、オリーブかもな。
確かアテナ様とオリーブの木は関係の深いものだった。
ローマのミネルヴァ様だったら別の木かも。
だけどギリシャの神殿とローマの神殿の区別はさすがにつかないし、ご本人がアテナって名乗ってたんだから合ってる気がする。
オリーブの木、見たことないしなあ。
熟して真っ黒になった実を見たことあるだけだ。
「で、気配は正面の神社からだ。向こうから出てくる気は全くないまま。折角来たんだから、一度お参りはしておこっか。それは礼儀かなって思うし」
「ここはどのような作法でいくのが正解ですかな、若」
「普通に二礼二拍一礼でいこうよ。違ったら教えてくれるでしょ、奥の人が。ほら、あそこに手水がある。澪と識に使い方を教えてやってよ、巴」
「承りました! 澪、識、ついてくるがいい!」
結構大きくて立派な手水舎があった。
巴を促すと待ってましたとばかりに澪と識を連れ、手水の使い方を実演しながら教えている。
一面に砂利が敷き詰められた広い空間。
右手に見える寺と左手に見えるパルテノン。
確かに、概ね懐かしい光景だ。
つい、亜空にいることを忘れそうになる。
思い出すなあ、色々。
手水は「てみず」が主流なのか「ちょうず」が主流なのか、舎は「しゃ」か「や」か。
全部合ってるだけにどう呼ぶべきかが実に悩ましい。
ちなみに僕は「ちょうず」と「ちょうずしゃ」で落ち着いているんだけど、これが人によって全く違ってるわけで。
僕の周囲では興味ないって奴が大部分ながら、聞くと「てみず」と「てみずしゃ」が一番多かった。
良い機会だ。
亜空は「ちょうず」で染めてやろう。
他の読みを教えなければ一択なんだからな。
くくく。
なんてことを考えてたら三人が手水を使い終わったみたいだ。
僕も行って手早く手と口を清める。
蛇や竜の口から水がブシャーと出たりはしてなくて、石で出来た水盤は自然石をくり貫いたような形になっていた。
水盤の底からこんこんと水が湧き出しているのか、水面には常に波紋が出来ている。
さ、お参りするか。
先頭に立って多分中身は空だろう賽銭箱の前に立つ。
亜空の神社であることを考えて巴が作った亜空の貨幣を入れる。
一両を四人分で四枚。
続いて鈴があったので縄を握って上についている鈴を大きく鳴らした。
「僕のあとに続いて同じようにすればいいからね。当然のことだけど、敵意なんかは抱かないこと」
三人とも頷く。
まず軽く一礼。
深く二度礼をし、拍手を二つ。
そしてまた礼をする。
最後に軽く一礼。
最初と最後のはご挨拶みたいなものかもしれない。
なんか、凄く懐かしいな。
月読様、僕はまだなんとか生きてます。
今は無理だと言われた日本への帰還を目標にしていますが、やり残した事もあり、そちらを優先して片付けたいと思っています。
今後僕がどのようになるにせよ、貴方が仰ってくれた「自由に、好きにしていい」というお言葉は僕の支えになっています。
どうぞお体を大事に、心安らかに回復に努めてください。
最後の礼は少し長くなった。
顔を上げて、大きく息を吐く。
「はい、おしまい。おつかれさま」
三人に向き直る。
気配が、動いた。
僕らの左手、本殿の中だ。
変わらず、敵意はない。
接触もないが、かなり近い場所に移動した。
参ったな、昇殿参拝となると経験がない。
祈祷なら子供の頃にあったのかもしれないけど、覚えてないんだよなあ。
気配の方向を見る。
ん?
社務所、いや授与所か?
お守りとかあるし。
……えー?
「どうやら、あそこに来いということのようで」
「若様をコケにされているようで、あまり面白くありませんわ」
「あの鈴を鳴らすのは神への挨拶にあたるのだと、先ほど巴殿から聞きました。それに合わせて動いたのかもしれませんね」
「ま、行ってみようよ。少なくともお寺とパルテノン神殿も先に回って来いって言われてないだけありがたいよ」
正直パルテノンのお祈りの仕方とか知らないし。
授与所に行くと、そこには幾つかのお守りや絵馬、破魔矢などが並べられていた。
現代と異なる所は、どれも確実に魔力を帯びた品だってことか。
お守りというと、どれもアミュレットに近い受動的な印象がある。
でも、ここにあるのはタリスマンのような能動的な効果を感じた。
余程効果が強いお守りなんだろうか。
引き戸で向こう側、本殿の内部とは区切られている。
が、確かにいる。
「そろそろ、僕らは対面してもいいんじゃないですか?」
思い切って声を掛けた。
呼応するように静かにカーテンが開き、そして戸が開いた。
「っ」
三つ指突いた巫女さんが一人。
そこにいた。
手じゃなく、術で戸を開けたのか。
本人は深く頭を下げたままだ。
なんだろう、怖くはないし、強さもそこまで感じないのに、妙に息苦しい。
心理的な圧迫というか、上手く言えない何かを彼女に感じた。
無意識に息を呑む。
すると、彼女がゆっくりと顔を上げた。
白い、余りにも白い、人ではありえない肌。
黒い髪、やや明るい茶色の瞳、それに巫女の衣装は一瞬彼女が日本人であるかのように思わせる。
でも、肌だけは彼女が人であることすら否定している。
化粧とも思えない、塗料のような白。
でも純白じゃなく、そこに僅かな青みを感じさせる。
僕の目には、どこまでも作られた印象の色に映った。
「はじめまして、ご主人様。私は月読様の巫女をしておりましたが、このたび真様にお仕えするよう仰せつかりました者です。末永くよろしくお願い致します」
穏やかな微笑みを浮かべながら、彼女は僕をご主人様と呼んだ。
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