176/187
神の社
カッとなってやった、でも後悔はしていない。
新聞や週刊誌で定期的に見るようなセリフだ。
ただ自分の行動についてそう思う日が来るとは、異世界に来るまで考えもしなかった。
先日召喚したサマルは今振り返ると他の対処の方が有益だった。
損得で考えれば僕は損な選択をした。
サマルは、元々の道具の姿になって識のラボにいる、というかある。
本人ほどに彼の能力を活用するには相当の研究が必要で、それには人も時間も取られる。
実質僕は日本に帰る手っ取り早い手段を手に入れそこなったことになる。
「……んだけど、やっぱりなあ」
仕事部屋から外を見つつ、口から独り言がこぼれた。
やっぱり僕は後悔してない。
帰れるものなら日本に帰りたい。
こんな糞な世界には長居なんてしたくない。
それは事実だ。
だけど亜空の皆を放ってまでそうしたいかと言われればノーだ。女神との因縁だって何のケリもついてない。
その為に家族を貶められてもそれを堪えてまで帰りたいかと言われてもノーだ。
帰郷を望んではいるんだけど、多分あんまり切羽詰ってはいないんだろうな……僕は。
「それに、こっちの振る舞いやら商慣習やらもなんだかんだで身についてきてる。糞な世界、か……」
それでも亜空やツィーゲみたいに居心地のいい場所もある。
最初は空っぽの棚が並んでたこの部屋も、いつの間にか亜空の皆からもらった色んな物が飾られ、レンブラントさんやザラ代表、それに講師仲間から推薦された本も片っ端から買ってたから今じゃ手狭ですらある。
あの女神が支配する世界でも、だから全部が嫌ってことでもないんだよな。
全体の……五分くらいは気に入ってる部分もある。
五割じゃなくて五分だから、ほぼ嫌いなのは動かないけど。
「ふぅ。そういや日本はそろそろ梅の季節か。それが過ぎれば次は桜。花見で騒ぐ、なんて巴が喜びそうなイベントだ」
菜の花、梅、それから桜。
日本にいた頃は三月になると毎年見て回ったもんだ。
春の花見はやっぱり桜がメイン、だと僕は思う。
が、桜の名所は大抵その時期には屋台が立ち並んでお祭り状態になる。
だから花見を思い出すと視覚的には満開の桜が浮かぶものの、嗅覚的には桜の花の……じゃなくて主に粉物や串物の食欲を刺激する匂いと、アルコール臭が蘇る。
休日や夜なんかは特に。
花見かあ。
桜なら亜空にもある。
適当に見て回った感じだと山桜や河津桜、姥桜が多い。
枝垂桜とか見慣れてるソメイヨシノなんかはなかった。
果物やら野菜に関しては明らかに野生種じゃないようなものまで自生してる亜空だけど桜については園芸種は見てない。
可能性はゼロじゃないんだよな、見応えでいえばやっぱりソメイヨシノが一番ウケが良さそうだし探してみるのも悪くない。
僕個人としては山桜、それも葉桜の状態が一番好きなんだけど桜の花見として企画するなら最初はピンクで満開のあれがいい。
ただ、鑑賞するために植えてある訳でもないからなあ。
花見ができる場所で桜が多く咲いてる場所か。
あるか?
山のことなら山の動物に聞けばわかるか。
よし。
善は急げだ、今から探しに行ってみよう。
「近場の裏山に良い場所があればいいんだけ、……え?」
亜空が、広がった。
僕は何もしてない。
ただ、亜空の拡大は僕の魔力に反応して、その前後で拡大することが多い。
特に僕が寝てる間が多かった。
となると今回は……サマル戦?
結構魔力は使ったし腕の召喚も試した。
少しばかり怒りもしたし……魔力に関することもそれ以外も思い当たることがそれなりにある。
「でも、少し妙だな。随分と小規模な気がする」
拡大は、これまでのはドンと広がる感じだった。
実際亜空で僕らが使っている土地は荒野に対するベースのそれに近い。
つまり殆どの土地は未使用状態の原野だ。
住人も大小合わせて千を超えてるといっても、海に住んでる種族だっているわけで。
大体の感覚だけど今の亜空の広さは女神の世界の地図でわかってる部分とほぼ同じ位。
だけどあるのは国どころか街が二つと村がいくつか。
完全に持て余してる。
最初は箱庭の中に小さな街を作ってた気分だったのに、気付いたら箱庭はどこぞのサバンナに変わってた、そんな感じだ。
今回の拡大は、そんな広大な亜空を作ってきたものとは少し違うものに感じる。
界を使って広がった地域を調べる。
当然新たに出来た土地は端っこだから範囲は亜空全体。
広すぎて詳細を調査したりするのは無理だ。
今は山か谷か平野か川か湖か海か、その程度のことがわかればいい。
これまでの感覚からの予想だと、百キロ四方も拡大してない限定的な拡大だろう。
そうなると異例なほど小規模だ。
「……おい、嘘だろ?」
調査し始めてすぐ、とんでもないものを見つけた。
自分の顔がひくつくのがわかる。
亜空は大概とんでもな所だけど、流石にすぐには信じられない。
ある意味、海の時と同じか、それ以上の驚きを感じていた。
あ、海の時と同じ?
って、ことは……。
一つの可能性が頭に浮かんだ。
「若ーー!!」
丁度その時、巴がノックもせずに部屋に飛び込んできた。
……窓から。
あー、そりゃノックはできないな。
ともかく凄いテンションなのは間違いない。
「巴、ちゃんと入り口から部屋に入ってくれよ……心臓に悪い」
「廊下を走る手間が惜しいのですよ! 今の、今、亜空にですな!」
「落ち着けって。わかってるから、多分」
「わ、若はどうしてそんなに落ち着いてらっしゃるか!? 一大事ですぞ!?」
「なんていうか驚き過ぎて一周したところに僕以上に取り乱した人が来たからな。こう、ストンと。海も大概だったしな」
それに、思い当たることがあったのも大きい。
巴は面白いほどに取り乱している。
亜空をおそらく誰よりも知っていて、元々空間魔術にも深い知識がある彼女だからこそ、こうなっているんだろうと思う。
「海の時はまだ、一応、理解できる部分も辛うじてありました! ですが今回は、これは絶対にありえないのです! この亜空の生成が、儂と若で成されたとするならば絶対に!!」
「まあ、そうだろうけど。あのさ巴、理解できる現象かどうかは別にして僕も巴も全く関わらなくても亜空は変化することがあるってのは海の時にわかったでしょ?」
「それは、あの異界の神々の奇跡で、まあ」
「多分さ、今回もそれなんじゃない? まだ何かあるようなことを仰ってたし」
「若……ですが」
「すぐに調査に行こう。でも起こった事はもう、可能性云々じゃなくて起きた事として受け入れなきゃ。僕はね、考えるだけ無駄なことも世の中あるって最近わかった気がするんだよね」
大体、合理性とか確率とかで考えてたら生きてるのが辛くなりそうだっての。
僕の場合、けちのつきはじめになる異世界に来る確率の時点で既に何個ゼロが並ぶことやら。
「……悟りの境地、ですかな?」
巴が感心したような、それでいて心配したような、微妙な表情で僕をまじまじと見つめてきた。
断じて違う。
「いや、諦めの境地だね。人生、色々起こる時期ってのがあるんだなって割り切った。僕は理不尽その他諸々を諦めることにした。ただし前向きに」
「諦め……。前向きに諦めるというのはまた、素晴らしい処世術ですな。ふむ」
「何を納得してるかは追及しないけどさ、調査、巴は行くだろ?」
「勿論、お供しますぞ。なにせそこには――」
「ああ」
「人工物がありますからな」
「人工物があるからな」
僕と巴の声が重なった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
結局、調査に向かうことになったのは僕と巴の他に澪と識。
従者全員だった。
桜探しに裏山に行く予定が転移を繰り返して三十分ほどの長旅に早がわり。
拡大で出来た土地があまり調査を進めていない方向だったのもあり、一番転移が苦手な識に合わせて安全な転移を繰り返しての三十分。
僕、というか識以外の三人にとってはピクニックみたいな感覚で間違いないけど、識にとってはかなりの強行軍だったようだ。
一応、その土地と目的の人工物が視界に入ってから、つまり今は彼の回復を兼ねて歩いて目的地を目指している。
「相変わらず転移が苦手じゃな、お前は」
巴が土気色の顔でヒューヒュー息をして歩いてる識に呆れた顔を向けた。
「あれだけゆっくり移動したのになんてざまです」
澪もフォローしない。
それどころか追撃を加えている。
この二人は息一つ乱れてないし、苦痛も感じてないみたいだからなあ。
実のところ僕もそっちなんだけど、ただ一人、識だけがかなり疲れている。
僕から魔力を送りながら回復を早めていても、まだ辛そうだ。
「申し訳、ありません。久々に、長距離の転移を、繰り返しましたので、不覚を、取りました」
亜空と外の行き来が出来るようになってからは、識はあまり長距離転移は使っていない。
亜空を介して外に作った転移ポイントに飛ぶ方法を使ってる。
僕も基本的には彼と同じようにしてる。
そっちの方が楽だからだ。
識は元々転移があまり得意じゃないのもあって、不便を感じない程度に使えるようになってからはあまり長距離転移の練習はしてないと言っていた。
指輪にそんな能力でも付与したら、と聞いたら指輪の能力は創造するものじゃなくて既にあるものらしく、ブランクリングはなく、しかも転移に関する能力を持った指輪もないんだとか。
多様な力を発揮できる識の能力にも意外な落とし穴があったもんだと思った。
「歩くのも辛いなら少し休憩してもいいよ?」
「いえ、大丈夫、です。魔力も、頂いて、おりますから、じきに、回復、します」
「そう。参考までに聞きたいんだけど、今どんな感じの疲れがあるの?」
辛そうだな、と思いつつ足取りは一応大丈夫そうだったから好奇心に負けて聞いてみた。
ま、識の目もこの先にあるモノへの好奇心で爛々としているから許してくれるだろう。
好奇心は偉大だ。
遠いって言ったのに、行くって聞かなかったからなあ、識。
「たと、えるなら……、三十分、全力疾走、でも、したような感じです」
「あ、ああ……そっか」
死ぬって。
三十分も全力疾走なんて想像できない。
というか空間転移って肉体的な疲労が伴ったっけ?
これまで転移して息が乱れたことってないんだけど。
「何を若様に疲れたことを自慢してるんですか、お前は。馬鹿ですか」
「いや、澪。聞いたの僕だから」
「いいえ若様。識のペースに合わせてゆっくり移動したのに、当の本人が息を荒げてその上疲れた自慢など……お馬鹿の極みですわ」
そもそも識は自慢もしてないし。
呼吸が乱れて顔色がちょっとあれなだけだ。
「そ、そういえば澪。空間転移の術って身体にもきつい疲労感なんてあるの? 初耳なんだけど」
話題を変えて識から矛先を逸らすことにする。
「えっと……私は特に感じたことはございません。上手に使えば大丈夫、という感じでは?」
感じって。
澪は魔術を直感的に使えるからあまり参考にはできないか。
少なくとも疲労は感じたことないと。
それも澪の場合体力も凄まじいから余計になあ。
「……適当なことを若に教えるでない。若、空間転移系の魔術は通常、距離に応じて相応の魔力と体力を消耗します。亜空への転移、亜空からの転移はまた事情が少し違いますがな」
「そうなんだ。僕は特に感じたことないんだけど」
「え!?……えーーー?」
あ、識が物凄い絶望的な顔で僕を見てる。
えー、が長い。
尾を引いてるのが見えるようだ。
「若は元々体力がおありな上に馬鹿げた身体強化を常にやってますから、他人を参考にしても意味がないでしょうな」
「馬鹿げたって……」
「残念ながら事実ですぞ。空間転移クラスの魔術を他人に教授することなどないと思いますが、その折には何冊か関連書物で常識を学ばれてからの方がよろしいかと」
「……そうする。ありがと」
なんだろう。
識のフォローをしようと思って話題を変えたら何故か僕が凹んだ。
「転移陣などは魔力の消耗と体力の消耗、両方を軽減して実用的な範囲に収める為のものですな。澪が言ったような、上手に使えばというのは論外ですが体力の消耗だけなら身体強化で軽減することも可能ですぞ」
「なんだ、じゃあ識もそうすればいいじゃん」
「若、識は指輪を四つほど使ってその様なのです。のう、識?」
「……」
識は巴の言葉に応じる様子もなくうなだれてトボトボ歩いている。
見れば確かに彼の指に基本戦闘時には使ってる能力強化の指輪があった。
いつの間に。
そこまでして全力疾走三十分って一体……。
「ま、これに懲りたら一番苦手だかなんだが知らぬが、転移も鍛えておくことじゃな。従者が主に気を遣わせてどうするんじゃ」
……。
いや、巴はその言葉を己に向けてあと何十回か言ってみろと。
この前なんかお前、飛鳥京がどこにあったのかとか、もう武士とか関係ない上に歴史学とか考古学のレベルが高校クラスを超越した質問してきやがったくせに。
わかりませんよ。
奈良のどっかじゃないんですかと言いたい。
平城京以前は遷都も多かったようだし、下手したら飛鳥時代の何回か遷都した都の複数が飛鳥京って名前でもおかしくないんじゃないか、あの辺り。
日本の歴史をどこまで遡る気なんだ。
恐るべし江戸愛。
僕でもそこまで遡ってないし、詳しくもない。
江戸時代以前については多分人並み以下だろう。
なのに巴は他にもよりにもよって面倒臭そうな戦国時代のマイナーどことか南北朝時代とかにまで興味を持っている始末。
そこは焼き討ちとかも多かっただろうし一次史料の紛失も凄かった、つまり日本史でもかなりの暗黒時代っぷりじゃないかと。
僕程度の知識でも世紀末とかヒャッハーな感じがするし。
「若?」
「ん? 悪い、考え事してた」
「それは、お邪魔をしました。やはり、あの建物のことですかな?」
巴はそれでも、総じて上機嫌だ。
亜空に突然出現した人工物の正体を目にしてからは特に。
それは複数の建物だった。
僕も姿は視認した。
界で詳細な配置も把握済みだ。
魔力での感知をしようとすると、あそこは何も感じられない空白の地帯に感じられる。
だけど肉眼で見たり、界を使用してみると確かに存在する。
特殊な結界でも張られているのかもしれない。
またそうであってもまるでおかしくない所だ。
「うん、それもある」
「若様、よろしいですか? 先ほどから気になっていたのですけど、あれはなんなんでしょう?」
澪がまっすぐ先を指さす。
彼女が指しているのは更に数キロは先にある建物じゃない。
僕にとっては見慣れた、“門”だった。
サマル繋がり、ってことはないんだろうけどさ。
昔訪れた平安神宮を思い出させる巨大な鳥居。
見間違えるまでもない形状、確かに鳥居だ。
そこからは森の中に道が続いている。
「あれは、鳥居だよ澪」
「トリイ?」
「やはり! あれが鳥居ですか若! ううう、実物をこの目にするのは初めてじゃ! よいか澪、あれは神の住まいへの門じゃ。真ん中を通ってはいかんのじゃぞ、それからな――」
巴が興奮気味に澪に色々と作法を教えている。
澪は一瞬しまった、って顔をしたけど時既に遅し。
見事に巴に捕まってしまった。
鳥居のくぐり方やら、手水の使い方、参拝方法など。
何故か一般的な方法とは違う出雲大社の方まで解説し始めた。
普通は二礼二拍一礼だけでいいだろうに、あれじゃ混乱するだけだ。
そこまで説明するなら四拍じゃなくて大祭でも通用する八拍の方も教えてあげればいいのにな。
日本人なら大抵知ってるだろうけど、異世界の澪が知ってる訳ないし、知ってて意味があることとも思えないけど、さ。
鳥居に着いたら、僕からも澪と識に簡単に参拝について教えておこう。
「やはり、若様が仰っていたもので間違いなさそうですか」
ようやく回復した識に僕は頷く。
「みたいだ。まだ遠いけど、鳥居があるってことは、あそこからが参道ってことなんだろうね」
「サンドウ、ですか」
「あ、ごめん。簡単に言えば、ここから――」
流石にここに門前町とかはないみたいだ。
本当に簡単に浅く伝えればいいか。
詳しく知りたかったら巴の生贄に、じゃなくて生徒になって教えてもらえばいいし。
「神社の影響下にある場所に入るってこと。ま、神殿に例えるなら神殿に続く、お祈りに行くための道って感じに捉えればいいんじゃないかな」
「神殿……神社とはやはりそういった目的の建物なのですね。この亜空に神の存在とはあまり良い感じはしませんが……」
「例外はあるけど物凄く大らかな神殿なんだと思っておけばいいよ。何が待ってるかは、行ってみてのお楽しみだ。だけどそこまで気を張る必要は、多分ないんじゃないかな」
「大らかな神殿、という言葉が既に矛盾しているように思えまして……大らかですか、大らかな神殿。まるで若様のような一般人と言われているような難解な……」
僕の伝えたイメージで識が更に混乱したみたいだ。
そんなにわかりにくかったかな。
良い感じだと思ったのに。
まあ、僕みたいなどうのこうのを含めて識は少し放置しておこう。
そう、亜空に出現した人工物の正体は……神社だった。
多分だけどもう一つの神様の贈り物、で間違いないかと思ってる。
神様からの贈り物が神社って、当たってたらかなりシュールな気がする。
それも、広大な敷地に複数の建物を含むかなりの代物。
全貌は森に阻まれて全部は見えない。
正直、界で把握してなお、よくわからないものもあって実際見て回らないとどういう代物かはさっぱりだ。
朱塗りじゃなく、多分石で出来ているだろう巨大な鳥居へと僕らは進んでいった。
お久しぶりです。
現実感のない非情な世界から戻って参りました。
復帰一発目ということで意外性重視の時間に更新してみました。
ご意見ご感想お待ちしています。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。