挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

175/187

細かいことはどうでもいい

 門が開いた。
 極彩色のマーブル模様、目に優しくない変な空間が見えた。
 だからどうした。
 構わず左手をかざす。
 門を取り囲むように魔術で矢を作り出し、撃ち込む。
 相手が大きいから狙うまでもない。
 当然、変な空間と門、両方に矢は命中した。

「でかい上に動けないのか? 偉そうな口を叩いた割りに……っと」

 矢が返ってきた。
 マーブル模様に当たった分か。
 ふうん、そういう能力か。
 叩き込んだ矢の幾つかはあの変な空間に触れていないのに軌道が歪んだりもしていた。
 門だし、僕でも想像できる範囲の特性だ。
 ひょっとしたら、自分自身はあまり戦わないタイプの奴かもしれない。
 飛んできた自分の矢を弾きながら、門の本体を観察する。
 巴と識は別に心配はいらないだろう。
 二人とも自衛は問題ない筈だ。
 そして、そんなことは今はどうでもいい。

「頑丈な門だな」

「正気を疑うぞ、深澄真。貴様、本気で我と戦う気か」

 傷一つない門の扉と枠。

「戦い? まさか」

「ならば今の先制は何のつもりだ」

「ああ、そういう意味じゃない。多分、お前とは戦いにならない。そう思っただけだ」

 冷たく沈む思考が心地良い。
 以前イオと戦った時みたいに雑然としたモノがみんななくなっていく。
 相手を見て、次の手を打ち、そして倒す。

「不遜。傲慢。お前そのものだな。実に愚かしい」

 ん。
 サマルから何か出てきた。
 魔物?

「自分じゃ戦うこともできないのか。愚かしいのはどっちなんだか」

 ぞろぞろと門から出てくる異形の生き物たち。
 だけど……。
 どれも弱い。
 荒野の上の下くらい。
 数匹ならトアのパーティでも問題なく対処できるレベル。
 まあ、門からは既に数十湧いてきてるから普通の街なら壊滅か。
 ただしここは亜空で、いるのは冒険者でもなく僕ら。
 全く普通の街じゃないから意味のない仮定だ。
 全部射殺す。
 どこを射抜けば殺せるか、不思議とわかる。
 楽勝だ、なんて思っていたら。

「……識か」

「出すぎた事かとは思いましたが……」

「……いや」

 今いる分全てにヘッドショットする予定だったけど、突然そいつらがばたばた勝手に倒れていく。
 すぐにその原因に気付いた。
 識の指輪だ。
 広域殲滅にも使える、ニブルヘイムの発動。
 手加減すれば衰弱状態で止められるけど、手加減しなければ根こそぎ命を枯渇させる。
 個体差はあるものの、例外なく僕らに襲い掛かる前に魔物たちは絶命していった。

「我を呼ぶだけの、少なくとも力だけはあるか」

 サマルの言葉にはまだ余裕があった。
 ま、相変わらずぞろぞろ出てくるし、数で押す気でいるのかもしれない。
 中には人型やらエルフやドワーフらしき亜人種族、武装した人間っぽいのもいる。
 人間そのものは相当なレア種族だから似た何かだと思うけど、それもどうでもいいことか。
 向かってくるなら識の霧、ニブルヘイムで死ねばいい。
 超えてくるなら矢をくれてやればいい。
 実にシンプル、悩む余地もない。
 いいね。
 じゃあ、今度はよく狙ってと。

「弓? これはまた、唯一つを選ぶには不向きなものを持ち出す」

「……お前は本当に、僕の心を逆撫でするのが上手い。女神並みだよ」

 アズサを構えた僕はサマルの言葉を聞いた。
 本当に女神と戦う時の為に演習でもしている気分になる。 
 少し静かにさせてやるかと仮面部分を狙い、集中。
 そのまま、放った。

「っっ!!」

 この世界に来てから少しずつ速くなっている僕の矢が、一瞬で仮面を撃ちぬいて貫通した。
 筋力が速度に比例して向上してるわけでもないんだけど、速くて困る事もない。
 むしろありがたい。
 仮面はど真ん中に大きい穴を開けて破損した。

「だからさ、少しは静かにしろよ」

 欠損を埋めるかのように急速に修復されていく仮面に話しかける。
 ついでに何発か、枠にも矢を放つ。
 全部、きっちりサマルを抉ったけどどれもすぐに修復した。
 動けないだけに他は高い水準の能力を備えているんだろうか。
 なら急所を探さないとなあ。
 手にした弓、アズサを一度降ろして界を展開、同時に集中も加えてサマルを観察する。

「……おお。面白い隠し球持ってんな」

「滅べ」

 その最中、大きく開いた門から出てきたものに僕は素直に感心した。
 これは中々面白い。

「そりゃあ、世界を転々としてるならそこら中から色々拾ってこれるのか。お前はそういうのが得意みたいだもんな」

 出てきてる魔物やらなんやらも統一感ないしな。
 不思議と怖くはない。
 それが僕にとって脅威じゃないのがわかる。
 ミサイルだと思う。
 弾頭が何かまではわからない。
 何故か、確信できていた。
 これは僕を殺せるものじゃない、と。
 サマルの言葉と同時に十数メートルという至近距離から僕に向けて、兵器としか認識できない巨大で白い物体が飛び出してきた。
 当然、僕はどう止めようかと手段を幾つか考える。

「……今度は巴か」

「老婆心ながら、あまり傍観していられる代物ではないと。お邪魔をして申し訳ありませんな」

「いい」

 巴の細工に気付いて確認すると、あいつはあっさりと干渉を認めた。
 突っ込んでくるミサイル数発が僕らをすり抜けてしばらく進むと霞のように消えた。
 腕か魔力体で止めてやろうと思ったんだけどな。

「貴様ら……まさか神格者か?」

 依然続々と魔物達はサマルから吐き出され、馬鹿みたいに死骸の山を築いている。
 乗り越えようとして絶命したり、乗り越えてこちらに向けて転がりながら絶命したり。
 まあ、ちょっとした山状態になってる。

「シンカクシャ? 知らないね、そんなの」

 識のニブルヘイムと巴の有幻無実。
 はあ……。
 こんなものでおしまいか?
 シンカクシャが何かは知らないけど、正直こいつを潰すこと以外今は全く興味が湧かない。

「ふっ、ありえんか。どれもこれも面白い技だが、一芸だけなら神域に達する技能を持つ者など腐る程存在する」

「っ、若。周辺の空間に干渉が」

 巴の言葉より早く、僕はそれに気付いていた。
 門からだけじゃなく、それなりの細工を効かせて召喚が出来るようだ。
 主力の攻撃手段だけはあるか。
 発動前に気付かれてりゃ世話ないけどね。

「よく察知した。本来なら拝む事さえ難しい、名だたる武具の狂乱の舞だ。だが今更気付いても全て手遅れというもの」

「ははっ、ミサイルの方がよっぽどマシだな。今度はソフィアのパクリかよ……」

 僕の背後に出現した一つを皮切りに、次々周辺に現れていく意匠も様々な古今東西の武器。
 それは、刃の竜ランサーと契約した竜殺しソフィアが僕にやってみせた光景に良く似ていた。
 威力は違うかもしれない。
 実はまるで違う術かもしれない。
 だけどその細部を僕が知る事もない。

「ミサイルさえもかき消す貴様らであっても、達人の想念を宿した――!?」

「使い手のいない武器なんてさ、何本あっても同じなんだよ。想念だか何だかしらないけど、実在する達人一人の方が余程怖い。どんな性能、どんな伝説を誇る名品だろうと……達人とセットじゃなきゃ本来の価値はない」

 二番煎じじゃ更にね。
 その数百八。
 いや百十二か。
 煩悩の数と同じ、とはいかなかった。
 惜しい。
 大した数じゃない、残らず狙撃のイメージに取り込んだ。
 アズサを持ち上げ構える。
 一斉に動き出す武具の群れ。

「失せろ」

『……っ』

 巴と識が息を呑むのがわかった。
 僕が百を少し越す程度の武器を全部破壊したあとのことだ。
 といっても射たのは一回だけ。
 狙い定めた的を、僕の手元から枝分かれした光条が貫いた。
 おしまい。

「……我は神だぞ」

「それハッタリだろ? お前より強そうなの、何人か神様以外でも知ってるけど?」

「偽りなど言わぬ」

「じゃ、弱い神様もいるんだな」

 見つけておいた急所候補が何箇所かある。
 その一つ、門の底部の一部分を射抜いてみた。

「っ!?」

 はは、治りが明らかに遅い。
 当たりか。
 じゃ、『次』だ。

「我は長き時を生き、意志を得て、そして神の格を得た。もう少しで、我はその先に――」

 外枠、こちらから見て左肩部分内側七センチ二ミリ奥。

「残念だったね」

 サマルから痛みの意思を感じた。
 ダメージには確実になってるみたいだな。
 どっちの破損も、明らかに他より修復の動きが遅い。
 魔物も、妙な飛来物も湧いてくる速度が鈍った。
 今まで通りでも識のニブルヘイムと僕の迎撃で完封してるから、鈍らなくても全く問題ないというのに、だ。
 僕からだとサマルの全貌は残骸やら死骸やらで直接は見えないけど、直接見ることにさした意味なんてない。
 わかるならそれでいい。

「……何がおかしい。っぁ!?」

 仮面、右目上部突起。
 ここもか。
 もしかして候補にしたの全部当たりか。
 必殺の急所の類じゃないのか、まだまだ大丈夫そうなのが面倒くさくもあるな。
 話してる途中だったからサマルの言葉も止まる。
 何がおかしい?
 なんもおかしくないよ。
 何を言ってるんだ、こいつは。

「別に。おかしいことなんてない。ただ、お前が無様だなって。そのでかいなりから何をするのかと思えば、ただ門から何かを出してくるだけなんだからな。しかも弱い」

 門扉左、取っ手上部金具。
 門扉右、枠取り合い二箇所。
 続けて射抜いた。

「っっ!? ……ならばっ! 何故薄笑いを浮かべる! 戦いの最中に!」

「まだ勘違いしてたのか? 最初に言っただろう? これは戦いじゃない。単なる蹂躙だよ」

 僕は笑ってたのか。
 別に面白いことなんて何もなかったんだけどな。

「……巴、識。僕って笑ってた?」

「ええ、初めて見るご様子でしたが」

「私も張り付いたような薄笑みを浮かべて弓を構える若様を見るのは……初めてです」

「そっか。面白いどころか、怒ってただけなんだけど。気をつけるよ」

 口元と目元を意識して、無表情を心がける。
 無意識となると癖なんだろうけど、変な癖だな。
 気をつけよ。
 案外、巴とか識が引いてるように見えたのはこれが原因だったかも。

「無様で、弱いと言うか。優れた魔道具として生まれ! 数百年の時の後に意志を持ち! 世界を繋ぐ存在として魂を集め続け! 遂には神の格を得た我を!」

 神の格。
 神格。
 ははぁ。
 シンカクシャってのは、そういうことか。
 神様との違いはわからんけど、まあいいや。
 ってことは、こいつっていわゆる……。

「……なんだ。お前神様っていっても、ちょっと凄い付喪神か」

「なんだ、とはなんだ。貴様などただの人の子だろうが」

「そのただの人の子に負けそうだよね。ごめん、お前さ、僕の中だと神様じゃなくて妖怪枠。どっちかっていうと魔物的な」

「なんたる、侮辱を」

 だってなあ。
 付喪神っていったら大抵は妖怪的扱いじゃない?
 僕の中ではあんまり神様って感じはしない。
 だけど、長く愛用した道具、粗末に扱われた道具に意思が宿るっていう根本の考え方は好き。
 だから道具は大事にしたいと思ってる。
 サマルとかいうコレも、もしかしたらそのどっちかの結果かもね。
 こいつを僕が大事にしたいとは全く思わないけど。
 むしろ壊す。

「千人の魂なんて要求してるんだし、化け物で十分じゃん。化け物ってのもさ、言われてると意外と慣れるもんだぞ。神様より堅苦しくないし、第一似合ってるよ」

「許さん。絶対に許さん」

「ははは、奇遇だね。僕も全く同じ気持ち」

 仮面裏、顎部分輪郭から内に三ミリ。

「……馬鹿め」

 声もなく射抜かれておいてまだ減らず口を喚く元気があるのか。
 もうそこら中砕かれてボロボロなのによくもまあ。

「……まさか、そんな」

「どうした、巴?」

 意外な方向からの驚きの言葉。

「ここは儂と若の空間。そして我々のどちらも許可しておらぬのに……退去など叶う訳が。奴の特性とでもいうのか?」

「逃げる気か。減らず口じゃなくて捨て台詞だったのかよ」

 巴も僕も奴が亜空に留まるよう、空間への出入りを禁じている。
 なのに、巴の口ぶりでは奴は逃げるつもりでいるらしい。

「貴様などにやられるものか。いずれ我が相応しき地位を得たその暁には、必ずこの世界ごと貴様らを皆殺しにしてくれる」

「若、こやつ逃げます。空間への干渉を止められませぬ!」

 空間操作に特化した神、に近い存在だからか。
 神の格を持つことの先にまだ段階もあるのかねえ。
 サマルはそれが自分に相応しいと考えているみたいだし、あるんだろうなあ。
 それが神だっていうなら、神の格を得る事と神になる事の間には何か違いがあるってことなんだろう。
 あいつ自身が言ったように、一芸だけなら神クラスの真似が出来る奴はそれなりにいるんだから、サマル自身が転移に関してそういうことが出来ても、まあ不思議はない。
 亜空に閉じ込めようとしているのに無理を通されようとしているのもね。
 それにしても巴が焦って声を上ずらせるのは中々にレアだな。
 ちょっと和んだ、下らない雑音が心に混ざった。
 サマルを潰すには感情は邪魔だからいらないのに。
 はぁ。

「場所も、記憶した。お前もお前の下僕も、お前の世界も、そして原初の世界に住むお前の家族も、いずれ必ず我が」

「絶対に逃がさない。そう決めてるんだよ」

「!?」

 赤色のコートはやっぱり速くていい。
 死骸の山を越えて簡単にサマルを触れる場所まで来れた。
 隠す必要もないから魔力体を可視状態で展開して挨拶代わりにサマルを殴ってみる。
 手応えは普通にあった。
 急所でもないから修復は早いけど、ダメージがない訳じゃない。

「その力、貴様が我を化け物と呼ぶか。お前こそが化け物だ」

「神だと喚いた以上、人の子程度を相手にして逃げるなよ」

「その気味の悪い顔でそれ以上話すな、化け物よ」

「また笑ってた? 癖みたいだ、悪いな。……ん?」

 サマルを掴んでいる感触が急激に希薄になった。
 本当に逃げる気なのか。
 あの変な空間を使って逃げるのかと思ったけど、考えてみたらそれはおかしい。
 あれは門の扉を開けた場所にあるものな訳で、サマル自身がそこに入るってのはあべこべだ。
 門がサマルなんだから。
 その門全体が少しずつ透明になっていく。
 同時に薄れていくサマルの気配。

「僕だけじゃなく、身内や仲間、亜空にまで手を出すって言ってるお前を、見逃せると思ってるのか?」

 だとしたら大馬鹿だ。
 僕はもう多くの命を殺めてる。
 その報いが僕や、僕の周囲に及ぶことは覚悟してる。
 でも、何もせず看過するとは全く考えてない。
 勿論今回もだ。

「見逃せずとも、打てる手があるとは限るまい。少なくとも、距離も時間も存在せぬ場所を住まいとする我を捕らえるような空間操作への造詣があるのなら、そもそも我を呼ぶ必要もないであろうからな。さらばだ」

 もう殆ど透明になり消えかかっていたサマルが別れの言葉を口にした。
 魔力体はもう、サマルの体を掴めない。
 なら、界だ。
 もうサマルから攻撃はこない。
 というか消え去った。
 空間に存在するサマルの痕跡を探し、見つける。

「逃がさないって、言ってるだろう」

 サマルがいた場所で見つけた空間の綻び。
 傷口を縫った時みたいな、不恰好な合わせ目が見える。
 既に端々から元に戻りつつあり、空間の修復が始まっているのがわかった。
 ケリュネオンでマグマ運搬に使う予定だった腕を呼び出す。
 イメージ通り、二つの腕が僕の両脇に出現した。
 特に手入れをお願いしたりはしていなかったけど、曇りのない輝きを湛えてる。

「若、奴はもう」

「手遅れだと、僕は思わない。だから、見てればいい」

 巴がサマルがこの亜空から離れたことを示唆する声を掛けてきた。
 だけど僕は、全くそう思わなかった。
 まだ大丈夫だと、僕も、僕の力もそう思っていた。
 白銀の腕を空間の傷口に突っ込む。
 裂け目に突っ込まれた手が、戻ろうとする空間の力に抗って強引に引き裂こうと震える。

「まさか、奴の逃げた痕跡を」

「追う、と?」

 巴と識がその光景から僕の行動を予測する。
 はずれ。
 どこかに行こうとしているあいつを追う気なんてない。
 僕はサマルをこっちに、亜空に引きずり戻すだけだ。
 ミリミリと少しずつ裂かれていく空間の綻び。

「……さあ、出来るだろ? どんな攻撃も握り潰す、僕はお前をそういうものとして創ったはずだ。本当に僕が創造をしたというなら、お前は閉じかけた空間位、裂ける」

 腕が僕の意思を反映して一層強く、空間を不自然に裂いていく。
 修正する力より、白銀の腕が傷口を裂く力の方が強い。

「開け、た」

 識が呆然と事実を口にした。
 白銀の両腕は徐々に力を増し、どこかで空間の抵抗を圧倒したんだと思う。
 一気に引き裂かれたその場所には、サマルの門の中の光景に似たマーブルな空間が展開されていた。
 世界と世界の間ってこんな感じなのか。
 サマルの言葉が確かなら、ここに落ちた人間はどこぞの世界に転移したり、そのまま朽ち果てたりする、そういう場所なんだろう。
 霧を介して亜空と女神の世界を行き来する時には見たことのない場所だ。

「っ。若は、あの者を追い、そして……故郷にお戻りになるのですかな。奴を従わせ、使えば不可能ではないことです」

「……? サマルを従わせる? 嫌だよ、あんな奴と同じ空気なんて吸いたくないし。それに従わせるってことは、扱いに差をつけても巴達と系列的には同じにするってことだろ? そんなのお断り」

「ですが、故郷には、想いもおありでしょう?」

「どうしたんだ、巴? 確かに日本には帰りたい。でも……今の僕にはお前達がいる。亜空の皆もだ。日本に帰れてもここに戻って来れないなら、そんな選択にはまるで意味がない。虫にちょっかいをかけられるのも鬱陶しいし、言ってやりたいことも山ほどある」

「若……」

「女神の事を全部片付けて、その上で僕はいつか日本に帰る。だけど、お前達とはずっと一緒だ。少なくとも、望んでくれる限りは、ずっと。だから今は、例え可能でも帰らない」

『……』

 それなりに良いこと言ったような気がするのに二人とも無反応だとちょっと恥ずかしい。
 巴の奴、さっきといい今といい、和ませるなってのに。
 サマルに対しても、何というかムカつくのにさっきまでみたいな心地良い感じにならない。
 ただ腹立たしいだけだ。
 損した気分だ。
 サマルを潰す、壊す、殺す。
 その明確な目的の為に他の全部が頭の中からどいていってくれていた、シンプルで心地よい精神状態が遠のいてしまった。
 何故か体の内から伝わってくる、僕に出来る筈の事を、その確信のままに実行していく爽快な気分も、今はもうない。
 なんていうか、いつもの自分に近い感じだ。
 ……あれ?
 というか、僕は何でサマルを潰したかったんだっけ?
 ん……、そうだ。
 父さんと母さんを侮辱されたんだ。
 だから怒ってたんだな。
 目的を忘れるなんてどうかしてた。

「……では、これからどうされるのでしょうか?」

 識だ。
 フリーズから先に回復したのは識だった。

「簡単だよ。サマルをここから引きずり出す」

 ただ、僕がこれからやることはあんまり変わらない。

「ど、どうやって!?」

「こう!」

 大きく開いたマーブルな空間に僕は手を突っ込んだ。

「わ、若! なにを!?」

「空間の裂け目に手を!?」

 そんな驚くことか?
 ついさっきまで僕が散々射抜いた相手だし、特に疑うでもなくこうすればいいって思えたんだけどなあ。
 ほら。

「いた。なんだ、やっぱ出来るじゃないか」

「いたって……」

「若が手を突っ込んでいるのは……完全に相手の、それも未知の領域ですぞ?」

「サマル……逃がさないって――」

 手応えあり。
 フィッシュオンだ。
 右手だけ突っ込んでたけど、左手も突き入れてサマルの扉、その取っ手のどっちかを掴んだ。
 で、思いっきりこっち側に引きずり出してやるべく、全力で引っ張った。

「言っただろうがーー!!」

 マーブル空間からボロボロの門が出てきて、力任せにやったからか手を離した瞬間勢いのままに空を飛んだ。

「っっ!! いきなり手が、何が、何が……お前、深澄真!」

「おかえり、サマル」

 もう開いておく必要もなくなった空間の裂け目は一瞬で閉じた。
 つまり、白銀の腕が空いたってことだ。
 思い通りに動かせる腕が。
 サマルはお空の旅をしているから魔力体じゃあ僕もそこまで行かないと手が出せない。
 でもこの腕なら……やれる。

「貴様はー!」

 サマルの門が全開になった。
 そこからちょっと前のルトのブレスを思わせる太い光が何本か僕に放たれてきた。
 苦し紛れの反撃すらパクリ、しかも最後も劣化版か。
 実体化させた魔力体で光を全部受け止める。
 負傷どころか、魔力体を再構成させる必要もなかった。

「威力は完全なまま、無詠唱と同じ状況だぞ!? 全て初見の筈だ、お前に見せた攻撃は今は無き世界の技と術なのだぞ!?」

「無詠唱は慣れてるし、似たようなのは殆ど経験済み。妖怪枠どころか、再生怪人枠だな、お前」

「既に転移状態にある者を空間から引きずり出すなど、ありえん、ありえん!」

「さて。ただ殴るだけ、じゃあかわいそうだから……白銀の腕のラッシュ……いや命名、白銀ラッシュだな」

「若、そのセンスは……」

「若様、ただ殴るだけ、の方が幾分奴も救われるかと」

「じゃ、白銀ラッシュで最適だ。いけ! タコ殴れ! ついでに抉れ!」

 テンション上げても巴が和ませる前ほど良い感じにならないな、あーあ。
 サマルを追って二つの腕が空を飛び上がっていった。
 そして標的を捉えると即座に殴り始めた。
 急所とかは特に関係なく、手数重視でひたすら殴っていく。
 修復する分、終わりは相当先だろうな。
 まあ、もう少し早めるけど。

「ついでに、っと」

「……今度は何を?」

 何故か相当引いた識が僕に尋ねてきた。
 巴はひくついた様子で空を見上げている。

「え、撲殺だけじゃ温いから射殺の要素も混ぜようと思ってさ」

「……お手にされているのはドラウプニルですよね? エマと長老から渡された廃棄予定の」

「うん。指輪を混ぜたブリッドってさ、僕は実際の威力をまともに見てなかったんだよね。良い機会だろ?」

「確かに、中々頑丈な相手ではあります」

「だよね。識、エマの所にいってもっと廃棄予定の奴もらってきて?」

「は、はい」

 とりあえず手持ちの数十個をまとめて掌の上に出す。
 威力と精度も最優先に改良したブリッドを同じ数だけ僕の周囲に展開。
 皆からはもうそれはブリッドじゃない、と言われたかわいそうな術だけど僕は気に入ってる。
 はじめ球状で現れ、後ろから引き絞られるように矢の形状をとっていくブリッド。
 やがて十分に鋭くなったブリッドは次に捻れて螺旋状になる。
 うん。
 待機状態になったことを確認して狙いをサマルに定めつつ指輪を一個ずつ中に入れた。

「まずは一個から。構えー撃てーってね」

 全弾発射。
 殴られ続けるサマルに着弾、爆発。
 おお。
 結構威力上がるな。
 あ、ちなみにその間も腕は休まずサマルをタコ殴り中。
 まだ原型があるから奴の頑丈さと修復能力も中々のものだ。

「若様、持ってまいりました」

 識が抱えて持ってきたのは大きめの洒落た宝石箱。
 中には真っ赤な指輪が一杯。

「弾の準備は十分と」

 用意する間も絶え間なくサマルにブリッドのガトリング形態を浴びせ続けながら。

「さあ、今度は二つ混ぜてみるか」

 わざと急所を狙わずに修復能力を存分に発揮させたまま。
 僕の蹂躙は続いた。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「儂はな、若をからかうのは程々にしようと心底思った。正直先ほどのは肝が冷えた」

「まだ程々にからかおうと思ってらっしゃるのが凄いです、巴殿」

 静かな草原で、巴と識が死骸の山を前に話をしていた。

「上で殴り続け、下からは撃ち続ける。まあアズサが汚れるからと、弓はあの後使っておられなかったが」

「サマルは結局、落ちてくることさえ出来ませんでしたね」

「何度か門からの召喚をしようとした節はあったな。成功したか失敗したかはわからんが状況が微塵も変わらんかったのは確かじゃ。高度に関しては落下どころか上昇気味じゃったように思う」

「物言いはともかく、サマルからは確かに上位精霊やルト殿を凌ぐ強大な力を感じたのですが、あれは私の勘違いでしたでしょうか」

「儂も感じておったよ。儂とお前で相手をするなら絶対に勝つ事は出来ぬな」

「この亜空で巴殿を無視して無理に帰るなどということをされては、流石に追いようがありませんから。出してくるものがあの程度なら負けることもまたなかったと、思いもしますが」

 識が真の戦い、いや蹂躙を振り返る。
 サマルの攻撃手段である門からの召喚、その内容は識から見て十分対処可能なものに映っていた。
 十三階梯を使いこなし始めている識は十分戦えると感じていたのだ。

「ミサイルだけは肝が冷えたがな。あれは消したからともかく、まともに受けようと思ったらコトじゃ。若は受けられると踏んでおられたが、儂とお前にはちときつい」

「ミサイル……巴殿が幻に変えたアレですか。若様はどこか楽しそうな様子も見受けられましたね」

「若のいた世界の兵器と似ていたからの。その姿に懐かしさを感じたのかもしれぬ」

「巴殿が警戒されるほどの威力でしたか」

「面倒な弾頭じゃった。サマルには儂らに手加減する必要などなかったのだから当然じゃがな」

 巴がちらりと地面の一角を見た。
 そこには一般家庭の玄関扉が一つ、転がっていた。
 サマル、だったものだ。

「最早、見る影もありませんね」

「付喪神。長く使われた道具に意思が宿り変質したもの、か。若の世界の言い伝えの受け売りじゃが、不思議な存在じゃの。儂も知らんかった」

「この世界では存在しないものでしょうね。私も聞いた事がありません」

 真の蹂躙が終わった後、サマルは白銀の両腕によって大地に帰還した。
 叩きつけられる形でエスコートされたサマルは既に扉の原型を失っていた。
 あのまま滅ぼされるのだろうと思っていた巴と識は、攻撃を止めてサマルに近付く真を不思議に思った。
 そして、中々見ることのない真の一面を見たのだった。
 真はサマルに言った。
 殺したらそれでお終いだし、お前は楽になるだけだと。
 だから、やめたと。

「お前が頑張ってきた長い時間の成果、それでいいや。でしたか」

「ああ。契約で魂を得て己の存在を高めてきたこやつから力を根こそぎ抉り取るなど、存外若は器用じゃった」

「結局ただの魔道具に逆戻り、いや意思は最初から備わっている分、今度付喪神になるまでの時間は多少短くなりますか」

「かもしれぬし、そうならぬかもしれぬ。にしても哀れじゃなあ。外に出せぬ意思など、拷問に近いぞ。南無」

 巴が扉に向けて合掌した。
 弔いの意を感じたか、識もそれに倣う。
 僅かな沈黙が草原に訪れた。

「明日にも私の研究室に運び込みましょう。死骸も始末しないといけませんね」

 物を考える事は出来ても口にする事はできぬ魔道具となり、更に一夜野晒しにされると決まったサマル。
 ついでに翌日からは実験体としての日々がスタートである。
 目も当てられない、とは正しく彼の事だろう。

「何かに使えるものもあるかもしれぬ。人手は幅広い種族から募るか」

「はい」

 人に魔物に武具の骸。
 夜の闇の中、累々と転がるそれらに向けられる二人の目は冷たい。

「では、儂らも戻るかの。澪の茶碗蒸しが冷める」

「そうでしたね。……巴殿」

 背を向ける巴に識が、少し間を置いて声を掛けた。

「なんじゃ」

「良かったですね、若様はあくまで亜空と我々と、一緒にいたいと思っていてくださった」

「……うむ」

「正直、私はサマルの出方次第では若様が向こうの世界にお帰りになり、そして……」

「戻らぬかもしれぬと?」

「ええ」

「馬鹿者が」

「申し訳ありません」

 軽く頭を下げる識。

「ああ、本当に馬鹿者じゃ。戻るぞ」

 巴が霧の門を開く。

「じゃが、それは儂もじゃな……」

 識の耳に届いた微かな巴の声。
 顔を上げたその時にはもう先輩従者の姿は無く。
 そして識はその言葉の意図を確かめようとも思わなかった。
 ただ柔らかな笑顔を浮かべて彼女の後を追う。
 安堵とともに屋敷に戻った巴と識。
 真に今すぐ日本に帰るつもりはない。
 怒りで笑みを浮かべた彼は危険。
 帰還の術式よりも大事な事を知ることができた二人にとって、今日という日は価値あるものだった。

 これが今月最後になるかもしれません。
 確定申告から体調不良を繋ぎに消費増税直前駆け込み的受注生産最短納期は三月以内でいつですか物理的限界を知ってますか攻撃がオーバーキルです。
 すみません、支離滅裂でした。
 増税そのものには反対しておりませんが、それに伴う諸々にやられかけております。
 最近なろうもろくに開けていないのでメッセージへの反応が遅れております。お詫び申し上げます。
 それでは、ご意見ご感想お待ちしています。
 失礼します。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ