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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

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温泉、それは至福のひと時

 一大温泉リゾートや。
 ここは魔の山、一度はおいで。
 じゃなくて。
 ついつい現実逃避しちゃったよ。

「凄すぎる。何だよこのハイパー銭湯屋外温泉編は」

 亜空から霧の門経由でケリュネオンの魔の山へ。
 そこで僕が見たのは、どこぞの温泉地が町おこしをかけて展開したかのような巨大な温泉リゾートだった。
 敷地と外を区切る大きな門からむこうは荒れ狂うホワイトアウトの吹雪。
 何とも非現実的な場所だった。
 薄着で出歩いても、まあ露天風呂だと思えば問題ない気温に調整されている。
 風もなく、静かに控えめな雪が降っていてなんか風情があった。

「見事なものですなあ。流石は巴殿です」

 識も感動している。
 色々な趣向を凝らした沢山の風呂が並ぶ景色は中々見ごたえがあるから当然の反応だ。
 岩風呂をベースに打たせ湯、足湯、五右衛門風呂みたいな一人用まで。
 日本でもあんまりお目にかかったことないレベルな気がする。
 テレビでなら何度か見たような……ってところだ。

「そうじゃろう、そうじゃろう! 儂の自信作じゃぞ! 名付けて大江戸おんせ――」

「まあその名前は却下するとして。魔の山温泉郷でいいんじゃないかな、うん」

「江戸の二文字が入ってないではありませんか、若!」

「江戸の名前を冠する温泉なら、いずれ亜空で作る時までとっておきなよ。これだけの場所を作った経験は間違いなく役に立つんだしさ」

「む、むう。折角の温泉ですから、確かに若が名付けをしてくれるならそれに勝ることなどありませんが……ふむ、亜空の温泉に江戸の名をとっておく。それも良しですな」

 全体に温泉特有の、わずかに硫黄の香りが漂っている。
 その中にヒノキの良い香りも混じっていた。
 岩風呂以外にもヒノキとか木材を使ったお風呂もあるって話だから楽しみだな。
 僕と識の会話に加わってきた巴は既に浴衣姿になっていた。
 言い出すまでもなく、彼女の満面の笑顔からこの温泉が自信作だってことはわかる。

「さて、それじゃ……入るか。僕らが入らないと他の人も使えないみたいだしね」

 最初に利用するのは僕でなければいけないという理由で、ここはまだ誰も利用していない。
 当初予定していた二日で、巴と澪は殆ど温泉としての機能を実現させて入浴可能にしたらしいんだけど、結局そこで巴とドワーフの拘りが炸裂して温泉改良計画が始まってしまい、更に三日工事は続いた。
 で、今日に至る。
 ケリュネオンに温泉を引く計画も順調に進んでいるけど、その三日で加速したのは温泉郷の方だけで配管工事は通常のペースで進んでいるらしい。
 三週間から一ヶ月を工期の目処にして交替制で工事は進んでいると聞いている。
 警備には意外にも海王とレヴィがローテーションを組んで行っていた。
 苦手を克服する良い機会だから、と自ら手を挙げたとか。
 僕とセル鯨についてこれなかったのが結構ショックだったのかなあ、レヴィは。

「では脱衣所はあちらですぞ」

 巴が指差す方に脱衣所の建物がある。
 混浴、かあ。
 まあ識も一緒だし覚悟を決めるしかないよねえ。

「わかった。じゃ、識行こ――!」

「若様ー!」

「ぶっ!? 澪!?」

 何故か脱衣所の方からタオルしか装備していない澪が!
 浴衣!
 浴衣はどうした!

「まだ着替えてらっしゃいませんの? 識も? お前はもうここで脱ぎなさい」

「いや、それは少し。すぐに着替えて参りますので」

「み、澪。ゆ、浴衣あっただろう? 浴衣は?」

「いりません。毎回脱いだり着たりは面倒ですから、タオルで済ませることにしました」

 いりません、って貴女。
 どストレートにも程があるでしょうよ。

「せ、せめて巻いて。腕に掛けてるだけじゃん、それ」

 ちらちらと全裸が窺える。
 まさに申し訳程度のタオル。
 なんて破壊力、いや防御力のなさだ。

「? だって湯の中にはタオルや手拭いは入れないのがマナーですよね。巴さんからそう聞きましたけど」

「うむ! 澪、それで正しいぞ」

 なんてことだ。
 とにかく面倒臭さの排除が第一になっているじゃないか。
 そうなると男なんて常にマッパくらいでいいじゃないかって話になりかねない。
 こういう場所でしかも混浴なんだから男も女も水着着用が望ましいとか思ったりするんだけど。

「でしょう? 温泉は勉強しました。さ、若様。お早く」

「あ、ああ」

 まずいな。
 浴衣の巴も結構無防備な感じだったけど、澪は最早無防備を通り越して漢らしい。
 あのスタイルと見た目であれをされると正直目のやり場に困る。
 いっそ目隠しでもするか。
 界があればとりあえず困らないだろうし……。
 湯冷めとか、のぼせるとか。
 正直今日は自信ないぞ……。
 そんなことを危惧しながら、かなり大きな脱衣所に識と二人で入る。

「これはまた……広いな」

「ハイランドオークや海王の者らも不自由なく使えるように作ったと聞いていましたが……確かに」

 天井も凄く高いし、広々している。
 入ってすぐ左手に何故か冷気を放つ桶があり、覗いてみるとそこには黄色味がかった液体が入った瓶が沢山ある。
 ……フルーツ牛乳か!
 わからん。
 巴が本当はどこを目指してこの施設を作ったのか全くわからん。
 少なくとも江戸の湯治場だけじゃないのは確かだ。
 混浴以外にどこに昔の湯治場っぽい雰囲気があるというのか。
 いや、この広さだけに探せば鄙びた湯もある、かもしれない。

「ま、適当に空いてる所を使おう」

 出やすいように入り口付近がいいな。

「いえ。若様、あれを」

「ん?」

 識が指差す通路の先を目で追う。
 ……。
 おいおい。

「暖簾に若、識って……僕らはあそこを使えってこと?」

「ですな。参りましょう」

 どうして脱衣所まで分けなきゃいけないんだか。
 苦笑しながら暖簾をくぐってコートを脱ぐ。
 腰のベルトも緩めながら奥に進むと……。

「中で更に僕と識が分かれてる訳ね。まったく、妙な拘りだな。この分だと巴と澪にもそれぞれ個室の脱衣所があるのか?」

「とにかく、すぐに着替えて参ります。お二方をあの格好でお待たせするのも心苦しいですから」

「わかった」

 識と別れる。
 しっかし。
 上半身裸になりながら呆れる。
 脱衣所というか、本当に部屋だ。
 外以上に空調は管理されてて快適そのもの。
 テーブルにベッドにソファまである。
 飲み物も何種類か置いてある。
 何か凄い。
 脱衣所どころか、僕ならこれだけのスペースがあれば生活できるな、ホントに。
 男なんて脱ぐだけなら何分もかかるもんじゃないから当然すぐに準備は出来る。
 脱いでタオルを腰に巻くだけだもんな。
 予備として一本肩にかけて暖簾をくぐる。

「識、行けるかー?」

 まだいなかった識を呼んでみた。

「はい、ただいま」

「……識、それなに」

「何と申されましても……何かおかしいですか?」

 出てきた識は腰に巻くだろうタオルを長い髪を持ち上げてまとめるのに使っていた。
 美容院とかで洗髪の後やってもらうような感じだ。
 そして下はマッパである。
 堂々たるものだ。

「……もう一個タオル持っておいで。で、腰に巻こう」

「おお、タオルは湯の中に髪が入るのを避ける為のものかと思っておりました。腰にも巻くのが温泉スタイルでしたか。では」

 そっか。
 湯舟の中に髪が入る心配をするほど伸ばした事なんて無かったから気付かなかった。
 識の気遣いも間違ってないように思えるな。
 それに身内しかいないんだから腰を隠す必要も別に……。
 でも、つけてても別にいいよな。
 なんだかんだいっても恥ずかしいものは恥ずかしいし。
 戻ってきた識と一緒に外に出る。
 同じ場所で待っていた巴と澪に合流した。

「お待たせ」

「若様、最初はやっぱりヒノキのお風呂ですよね? 若様はヒノキの香りがするお風呂が好きだって、以前仰ってましたから」

「そうだね。あるなら最初はヒノキ風呂に行ってみたいな」

「では、こちらですぞ!」

 まだ始まってもいないのに既に目のやり場に困りながら。
 僕の異世界初温泉が幕を開けた。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「これは、素晴らしいですなあ。肉体や精神の疲労が湯の中に溶け出していって、代わりに穏やかな気持ちが入り込んでくるような……。実に……良い」

 識は首まで湯に浸かって温泉を堪能していた。
 目じりも下がって口元には自然な笑みが浮かんでいる。
 体を伸ばして本当に気持ちよさそうだった。
 熱すぎず、ぬるすぎず。
 多分四十度くらいじゃないかな。

「疲労回復、肩こりにも効くんじゃぞ。ついでにストレスも吹っ飛ぶ、まさに健康増進の湯じゃな!」

「ただ湯に浸かるだけではないと思っておりましたがこれほどとは。脱帽です、巴殿。この木、ヒノキでしたか。これも良いですなあ実に落ち着く香りです」

「うむ! 若から話は聞いていたが実際湯を張って、こうして入ってみるとその良さが引き立つ。濡れると滑りやすくなるのが難点じゃったがそれもきっちり対処したからのう」

 巴は自信満々に識に応じながら風呂を楽しんでいる。
 確かにヒノキ風呂はいい。
 こんなに良いものだったんだなあって、改めて思ってる。
 足元が滑りそうで実は気にしてたんだけど、それも杞憂だった。
 どういう加工をしたのか、全然滑らない。
 湯舟の中はまた別の加工をしてあるのか、こちらもざらついたような感触はまるでなくてただただ気持ちが良い。

「……」

 ただ……。
 両脇に巴と澪がいるのがかなり居心地が悪い。
 パーソナルスペースって何ですか、って至近距離に二人がいる。
 識は僕の正面で幸せそうにしている。
 そして僕の両側で巴と澪がまったりしている、という訳で……。
 正直身動きするだけで緊張する。
 色々言いたいことはあるんだけど、上手く言葉になってこない。

「……ここのお湯は、透明なんだな」

 温泉というと、結構色がついていることも多い。
 僕が掘り当てた時は流石にそこまで確認してなかったけど、ここは無色透明みたいだ。

「いえ、若干乳白色のようですが、こうして湯を張っても少しだけ濁る程度の弱い色のようですな。別の場所にある立ち湯ではもう少し色が濁りますぞ」

 巴が答えてくれた。
 立ち湯っていうのは聞いた事がないけど……多分立ったまま入る風呂なんだろうな。
 深いプールみたいなもんだろうか。

「そっか」

「若、この二年色々ありはしましたが、こうやってのんびりと過ごす時間は……幸せですなあ」

 巴が、普段中々見ない穏やかな笑顔、優しい目で言った。
 二年という時間を他人の口から聞くと長い時間のようで、でも振り返ると凄く短かったように思える。

「うん。たまには、こんな日があるのもいいな。いつも、ありがとうな。みんな」

「何を仰いますか。儂は幸せと申したのです。だから、礼などは不要ですよ若」

 真っ直ぐに見られると、やっぱり気恥ずかしい。
 肌が触れる距離だしな。
 それに……浮いてるしな。
 流石に年頃になってからは姉さんとも妹の真理とも一緒に風呂なんて入ったことはなかったから知らなかったけど。
 女の胸って大きいと浮くのか……。
 頭に血が上ってくるのを感じる。
 動こうにも、どうにもだし、こりゃあのぼせるのは確定かもなあ。

「そうです。お礼なら常々私達が申し上げたいのですから。若様に会えてから、沢山の得難い経験に出会えました。美味しいものも、楽しいことも、全部。だから、ありがとうございますは私から言わせてくださいませ若様」

 澪の頭が僕の肩に当たる。
 ちなみに首まで浸かると早々にのぼせそうだったから、僕は少し浅めに入っていた。
 湯から出ていたその肩に澪が頭を乗せてきた。
 おおおおお。
 このままだと色々まずい!

「う、うん。じゃ、ちょっと髪でも洗ってくるよ。洗い忘れてたから。二人はゆっくり――」

「では、改めてお背中など流しましょうかな。一の従者としましては是非」

「な、なら! 私は前を綺麗にします!」

 脱出用に残しておいた最後のカードを切った僕は何とか立ち上がる。
 だけど、巴も澪も勘弁してくれなかった。
 巴には背中を流すカードを切られてしまった。
 澪には最初から何も通用しなかった。
 前ってなんだ。

「あ」

 湯舟のへりに置いてあったタオルを手にした澪の姿が視界一杯に映る。
 思わず間抜けな声を出してしまった。
 だってダイレクトだよ、しょうがないよ。
 一糸纏わず湯に濡れた澪の体は……今日ほど異世界に来てばっちり回復した自分の視力を恨めしく思ったことはない。
 やばい、と思いつつ後ずさった僕の背に柔らかな感触。

「大丈夫ですかな、若」

 巴だった。
 ああ、もう駄目だ……。

「……ふぅぉ」

 自分でも出したことのない謎の弱弱しい声を出して。
 全身から力が抜け、ついでに意識も遠くに飛んでいった。
 識、なんでお前は普通に風呂を楽しめるんだよ……。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「ちと悪ふざけが過ぎたか。ふふ、初々しい方じゃ」

「……私は全然ふざけてませんでしたけど。凄く、楽しかったです」

「じゃな。儂も楽しかった。若に言った事も全部本当のことじゃしな。ふざけたのは背中を流すくだりだけじゃ。しかし澪、前を綺麗にする、が悪ノリじゃないのはちょっと驚きじゃぞ」

「う……だって」

「しかし、若様がここまで混浴を意識されているとは思いませんでした。向こうの世界では普通の習慣なのでは?」

 言葉に詰まる澪に代わって識が巴に尋ねた。

「……若の生まれるずっと前の時代まではな。年頃の男女は温泉でもあまり混浴はせんようじゃ」

「なるほど……ですが、それでも私には意外でしたね。若様のこのようなお姿は」

 真専用の脱衣所、という名前の部屋。
 そこに従者が三人揃ってベッドで赤い顔をしている真を囲んでいた。
 といっても澪はベッドの傍にある椅子に腰掛け、真をうちわで扇いでいる。
 そして巴と識が澪の横で立ったまま話している形だった。

「ほう、どうしてそう思うんじゃ識?」

「……常々若様が私達に言っているように、本当に家族や仲間としてだけ意識しているのならあそこまで慌てたり、こんな風にのぼせたりはしないでしょうからね」

「……ふむ」

「もちろん、若様の言葉に嘘はないでしょう。ただ、巴殿と澪殿に対して若様は……」

 識はそこで言葉を止めた。
 言おうか言うまいか、悩んでいるようだった。

「なんです、識。言いかけたならちゃんと最後まで言いなさい。気持ち悪いじゃないですか」

「ええ。そうですね」

 澪の言葉で決心したのか、識は頷いた。

「きっと若様は巴殿や澪殿を、異性としてもちゃんと意識されているんだなと。そう思いました」

「……ほう」

「……え」

「家族のように濃く、しかし同時に異性でもある。若様もさぞ戸惑ったのかもしれませんね」

 識が苦笑する。
 共存できないはずの認識が同時に存在するのは、想像するだけでも厄介で、真の心中を察すると識はただ苦笑するしかなかった。

「それが本当なら嬉しいことじゃな」

「若様が……私を……」

 一方、識の仮説を聞いた二人はそれぞれの反応を示した。
 巴は飄々と、澪は真っ赤になってぶつぶつと何事か呟いている。

「さて、若がお目覚めになったら教えてくれ、澪。儂は温泉を他の者にも開放してくる。楽しみに待っておる者が大勢おるからな。好評なら年間フリーパスを二両、いや気分も良いから一両で発行してやるかのう」

 亜空でだけ通用する通貨、両のことを口にしながら巴が歩き出した。

「あ、巴殿。若様にリュカの書物にあったあの件を話すのは……」

「夕食後でよかろう。第一、風呂に入ってすぐ汚れるかもしれんことをするのは御免じゃろ」

「……ですね。では、後ほど」

「うむ」

「若様が……本当に……?」

 巴が出て行って、それでも澪はまだ自分の世界にいったまま帰ってこなかった。
 うちわを扇いだまま、幸せそうに真を見つめていた。
 この日亜空の住人は温泉を知り、それは大いに好評を得た。
 だが一番幸せを味わったのは、澪と……巴だったのかもしれない。
間が空いてしまいました。
申し訳ありません。
理由はもう本当にしょうもない、更新したつもりで忘れた挙句数日ぶっ倒れたという、何やってんだという状態でした。
今年は一月にやらかしてからどうも良くありません。
ここ十年近く、動けなくなるような体調不良なんて一度もなかったのに困ったものです。
ともあれ回復しました。
音沙汰もなくすみませんでした。

今回は閑話のような、一応本編です。
次から四章最後のお話になっていきますので休日といった感じですね。

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