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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

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冬といえば……

 今思えば、リミアって本当に豊かで過ごしやすい土地にある国なんだなと。
 国境近くまで見送りにきてくれた響先輩と巫女のチヤさん、それにヨシュア王子他数名の姿を思い出す。
 僕らの見送りにしては随分と豪勢に感じたけど、どこかへ出かけるついでもあってのことらしい。
 それならまあ、納得か。
 チヤさんは最後まで打ち解ける事もなく、終始硬い表情のままだった。
 先輩の傍から離れたりもなかったし、僕は余程怖い存在になってしまったみたいだ。
 響先輩とヨシュア王子の好意的な態度も、チヤさんがあんな様子だからあの二人のも仕事って部分は大きいんだろうなと、邪推してしまう自分にちょっと凹んだ。
 ……どうも、事務的というか必要だから頑張ってそうしている巫女を見ていると、リノンと同じくらいの年齢の女の子とはどうしても思えなくて、僕の中であの子はチヤさんになった。
 チヤちゃん、って感じじゃないんだよなあ。
 先輩はそう呼んでたけどさ。

「しかしまあ、初めて来やしたけどケリュネオンってなあ雪しかないんすか?」

 ライムだ。
 そうだった。
 リミアが豊かだったと思った原因でもある、この雪景色。
 茶色の地面なんて見えやしない。
 ここが街の外というのもあるけど雪国そのもの……いやそれを通り越して人が住む場所なのかと疑いたくなる。
 正直見飽きてきたし、街まではまだ何十分かは歩く距離だ。
 飛ぶか。
 国境警備の翼人とミスティオリザードの所に先に顔を出しておきたかったから、直接エヴァのいる街には転移しなかった。
 ついでに雪なんて珍しいしちょっと歩こうかと思ったのが間違いだった。
 道の両サイドに寄せられた雪が壁の如くそびえていて閉塞感もあるし……これ毎日やってんだろうか。
 やってるんだろうな、そうしないと道が雪で埋もれてわからなくなりそうだから。
 恐るべし北方。
 魔族の領内まで行くと雪原から氷原になるからなあ。風もえらいことになってる。
 雪かきしても暮らせる場所なだけマシか、ケリュネオンは。

「雪、おおいに結構じゃありませんの。甘く煮詰めた果実の汁などをかければ立派なデザートですよ、ライム」

「姐さん……氷菓子の類は暑い時は美味いっすけど流石にこの寒さじゃあ」

 澪の発想は、多分日本人なら一度は想像した事がある人も少なくないとは思う。
 ……小学生とかカキ氷大好きって人なら。
 何十分か見てるだけで既に真っ白なだけの同じ風景で見飽きてきた僕は、ちょっとそういう気分じゃない。
 実際除雪作業が日課になっている人は絶対想像しないだろう発想だとも思うよ。

「普段は氷を削る手間がありますから、これだけ降る場所なら満足いくまで食べられますわ」

「一度に食べ過ぎると頭がキーンってなるよ、澪。この分だと街までは同じ景色だろうし、飛ぶか」

「はい、若様」

「助かりやす旦那」

 何故か雪から食べ物の話題になっていた二人も内心は僕と同じような気持ちだったのか、即答で乗ってくれた。
 霧の門でケリュネオンで現在唯一の街に飛ぶ。
 場所は冒険者ギルドケリュネオン支部の二階。
 この街に来る時は大体ここに転移してる。

「あ、新しい冒険者のか――」

「馬鹿! クズノハ商会の方だ! 代表のライドウ様と護衛の澪様、それに……」

 常駐してる職員さんが僕らを冒険者と勘違いした。
 のを、即座に相方の人に突っ込まれた。
 間違えた人は初めて見る人だし、転勤して間もない人かな。
 もっとも、訂正した職員さんもライムは初めて見るのか言葉に詰まっている。

「ライム=ラテです。クズノハ商会で雑用をやらせてもらってやす。元冒険者なんで、まあ俺には気楽にしてください」

「元冒険者の経歴でもクズノハ商会の従業員になれるんだ……」

「お前はもう黙ってろ」

「あうっ、す、すみませ~ん」

 ライムの自己紹介にピントのずれた反応を返す新人職員さん。
 別にクズノハ商会は冒険者を雇わない、なんてことはないんですけど。
 先輩からの二度目の突っ込みは手も加わっていて、彼女は頭をさすりながらライムに謝った。

「街の様子を見に来ました。エヴァ、それからルリアはどこにいますか?」

 漫才に付き合う為に来た訳じゃないのですぐに用件を話す。

「この時間なら……お二人とも館にいるかと。少々、想定外の降雪が続いておりまして、一層寒くなっていく現状と併せて会議の最中の筈です」

「やっぱ、この雪の量多いんだ」

「除雪に相当の人員と費用がかかるようで、湯水の様に魔術を使えばその場しのぎの解決は出来るのですが……。今後同じような問題が起こるのは容易に想像できますので根本的な解決手段を模索しているとか」

「詳しいですね」

「冒険者ギルドとしましても、冬は雪で街に閉じ込められる、というような事態は好ましくありません。良い対策には協力を惜しまぬ考えです。勿論、上の許可も既に」

「この街、いえ国にとって冒険者ギルドは大きな力です。今後ともよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 深々と頭を下げられる。
 クズノハ商会はこの街の物資の殆どの供給に関与してるし、それなりに扱われている。
 こういう対応もここでは慣れてきた。
 会議中とのことだったので念話は使わずにのんびり街の様子を見ながら行政の中枢になっている一際大きな建物を目指す。

「まだまだ活気が足りないっすね」

「ツィーゲやロッツガルドと比較するのはそもそも間違いだよ、ライム」

「それはわかってやすが、ギルドといい、街の景気を上向けるにゃ色々足りてねえ感じはあるかと」

「まあ、ね」

 雪壁の狭間を歩いていた時ほどじゃないにせよ、街に入ってもなお圧迫感というか閉塞感はある。
 しんしんと降り続ける雪、真っ白に積み重なっていくそれが街全体を無言で追い詰めてる、みたいな。
 環境が圧倒的に違うからなあ。
 エヴァやルリアの家が領地にしていた土地はこれほど雪深くなかったそうだし。
 この場所自体、半分こっちの都合で街を作らせているってのもある。
 何か力になれればいいんだけど……。

「美味しいものが生まれる土壌そのものがありませんわね、今のこの街には。生まれたてというより、死にかけですわ」

 容赦ないな、澪。

「言いすぎっす、姐さん。言いたい事には同意っすけど」

「エヴァも、頑張ってはいるんだろうけどねえ」

 僕もライムも、澪の言った後半部分には納得だ。
 澪が言うところの、美味しいものが産まれる土壌、っていうのは活気の有無を指しているのかもしれない。

「これは! ライドウ様、澪様。ようこそおいでくださいました」

 しばらく歩くと、僕らの姿を確認した館の門番が背筋を伸ばして歓迎してくれた。

「特に連絡はしてなかったんだけど、エヴァとルリアの顔を見に来たんだ。会えそう?」

 すぐには無理ならもう少し街を歩いてもいい。
 そんな風に軽く考えて尋ねる。

「……住人ではない方の意見が、今は重要かもしれません、とのことです。すぐにご案内します」

 念話で誰かと話したんだろう、門番は僕らに道を開けた。
 ここに今常駐しているのは……エマか彼女の友人のはずだ。
 いや……もしかしたら彼女らに見出されたヒューマンか亜人かも。
 中からやってきたハイランドオークに案内されて会議室……を通り過ぎてエヴァの私室の前に。
 会議中なんじゃ?
 余程上手くいってないのか。
 多分僕ならいるだけで胃が痛くなる空気なんだろうな。

「どうぞ」

 オークのノックに中から声が。
 エヴァの声だ。
 声の様子からでも疲労が伝わってくるな。

「久しぶりエヴァ。この寒さと雪で随分困っているとか」

 ケリュネオンに来てからのエヴァは年上ながら、僕に敬語を使われるのを嫌う。
 慣れるまでは物凄く違和感があったけど、今は何とか普通に喋れていると思う。

「ライドウ先生」

 真正面から見たエヴァは確かに凄くお疲れの様子。
 化粧とか髪型とか、服装とか。
 本来彼女が絶対に手抜きをしない部分に少しずつ、手抜きが混ざっているのがわかる。
 日本にいた頃の僕なら絶対にわからなかったな。
 こっちに来て身についた、役に立つかどうかわからない特技の一つだ。
 ヒューマンは標準レベルで搭載してる能力だけど。

「正直……人手が足りません。人を、人を動かすお金もですね。除雪に適した魔術を使える人材を育成してもいるのですが、流石にすぐに対応も出来ず。禁句ですが、冬だから……と諦めたくなる状況です」

「その分だと、開拓や開墾は進んでないですか」

「ええ。今までに広げた畑を耕して作物を育てる、というのは進行していますが当初予定していた広さは確保できませんでした」

「これだけ雪が降ったら仕方ないですよねえ」

「やりようは……あると思うんです。でも、なにぶん私に経験も知識も無いのが問題で。貴族だった頃、北方の領地を持つ貴族の領地経営を学んでおけば少しは違ったのでしょう。本当に、昔の私はなにをしていたのか……」

 それは悔やんでも仕方ないことだろうに。
 エヴァ、相当疲れてるな。
 ブツブツ言ってるのがちょっと怖い。

「こっちから派遣しているエマ達にしても、これだけの降雪となると経験はない筈です。最初の一年なんですし、当初の計画に拘らず無理のないペースで進めるのが一番ですよ」

 まだ外国と関わるまで数年の余裕はあるんだしさ。
 急ぐだけじゃ駄目でしょ。

「そういう訳にはいきません!!」

「っ、え?」

 予想外の反応だった。
 エヴァは急に声を荒げた。

「一年一年、無駄に出来る年なんてないんです! ケリュネオンにとってどれだけ時間が大事か、わかって……ますよね、ライドウ先生なら。すみません、怒鳴ったりして」

「い、いえ」

 こんな事態は予想外なんだし今年は対策練るだけでいいんじゃないかと思っていたとは、口にできない雰囲気になってしまった。

「エマさん達も凄く力になってくれています。発熱する野菜も幾つか紹介してもらって、全てではないですけどケリュネオンの土地にも合ったものは畑に植えています。成長も早いですし周囲の雪をそれなりに取り除いてくれるので重宝しています」

 初耳だぞ、そんな野菜。
 ……いや。
 僕が教えてもらった荒野やら亜空やらこの世界やらの野菜でも、温かいものはなかった。
 収穫すると普通になるなら知らないのも当たり前か。
 農作業そのものには僕は殆ど関わってないんだから。
 育てている最中の特性までは知ってるものの方が少ない。
 精々亜空の作物は土地の栄養を多く必要とするから外に種が流出すると笑えないことになったりする、くらいだ。
 発熱する野菜かあ。
 荒野産だろうな。

「畑の位置さえ見失いそうな雪の量ですしねえ。あ、でも雪が溶けるだけだと周りの土とか水でぐちゃぐちゃになりません?」

 雪がなくなる訳じゃない。
 溶けるだけだろうから、当然溶けた雪は水になる。
 畑、使えるのか?
 漏れなく水田みたいになりそうなんだけど。

「水についても一緒に植える相性のいい根菜がありますから問題ありません。もちろん、水を外に出して川に流す水路も設けています。ただ……」

「ただ?」

「畑から少し離れると水路そのものが凍結するんです。更に言えばこの街周辺を流れる、街の中に取り入れている一番重要なものを含めて三本の川は現在全て凍ってしまっていて使いものになりません」

「……」

 川が凍る?
 あまりに馴染みのない言葉に一瞬思考が止まった。
 ……いや、あー、凍るか。
 そりゃ流水だからって水なんだから、寒ければ凍るよな。
 魔族の港も秋の終わりから春まで殆ど使えない状態で、不凍港は喉から手が出るほど欲しかったらしいし。
 海が凍るなら川だってそうなって当然だ。

「底の方は凍っていないようで、完全に利用できない訳ではありません。生活用の水については雪を溶かせば何とでもなります。余計な人手と手間であることは否めませんが」

 エヴァさんは額に手を当てて小さくため息をついた。
 なるほど、結局堂々巡りになってしまっているわけか。
 人手不足と、その原因にもなっている雪と寒さ。
 せめて街中とか日常でそういう手間を減らせれば楽になりそうだよなあ。
 例えば……。

「もし、皆様に何か思いつくことがあれば参考までに、どんなことでも構いませんから聞かせてもらえれば助かります」

 おお、思いつきを口にしようと思っていたところにありがたいお言葉。

「街の雪や耕作地の雪について、人の手間を減らせれば少しは他のことにも手を出せるってことですよね?」

「はい」

「なら、今街と畑で使っている用水路とか上下水道の菅、貯水に使う樽や壷……それに家の屋根なんかを凍らなくて軽く熱を発するようなものに変えるというのはどうでしょう?」

 雪の積もる場所に最初から熱を持たせておいて、雪が片っ端から溶けるようにすれば楽になる。
 足元は終始水に濡れていることになるけど作業量を考えれば実用的じゃないかと思う。

「それはもう、一部で取り入れています。ドワーフの方からの発案で採用したのですが、絶対的に生産量が足りません。それにもう作ってしまった家や水路については大規模な工事が必要になるので、思うように進んでいないのです」

「あ、もうやってましたか」

「ライドウ先生が魔族の方と商談をされに行った際、下水用の水路は見えにくい配置にするよりいっそ地中に埋めちゃった方がいいんじゃないかと言ってくれましたよね?」

「確か、言いましたね」

「その際、ドワーフの方が思いついたのです。一定以下の温度になると、熱を帯びて凍らない特性を持つ陶器製の菅なのですが。現在屋根や工事用の資材としても応用され始めています。ただ生産が追いついていませんから効果を見せてくれるのは来年からになりそうです」

 つまり今の事態への解決にはならないと。
 そして既に来年以降を見越して半分着手もされてると。
 安易すぎたか。
 流石はエルダードワーフ。
 こっちに人はあんまり回せてないけど、彼らは少ない人数ながら最大限に頑張ってくれてるんだなあ。
 ふう、ローレルからのドワーフ引き抜きも考えてあげないと申し訳ないかも。
 だって環境自体は火山もそれなりにあるからドワーフには悪くないって聞いてるし……。
 ……?
 火山?
 火山と言えば鉱石色々……だけじゃなくて……硫黄の臭い……おお!
 温泉だ!
 そうだよ、ドワーフの住環境とか鉱物資源とかじゃなくてさ。
 これだ!
 昔家族で行った旅先の記憶が一気に蘇ってきた。

「温泉だ!」

 唐突に大声を出してしまった。
 しかし閃いた。
 いや思い出した。

「温泉? 確かローレルの地方で使われている言葉ですね。湧き出る温水、というような意味だった気が……」

 エヴァは温泉を知っていたのか、味気ない言葉ながら口に出した。
 違う。
 温泉とはそんなちゃちな言葉では説明できないものなんだよ。
 入ってよし、ものによっては飲んでよし。
 入浴好きの日本人にとってのソウルの一つ……ってのは今はいいや。

「単なる温水と理解されるのは正直複雑な気分ですが、それです」

「その温泉が、どうかしましたか? まさか、ここケリュネオンでも温泉が出ると?」

「可能性は十分にあります。が、思いついたのは温泉の利用法です」

「ええっと……温泉はかなり暑い地域でしかこれまでに出ていない筈です。それに、ケリュネオンが健在であった頃も温泉があるなど聞いた事もないですし、その利用法と急に言われましても」

 エヴァさんが困惑している。

「温泉は寒い場所でも出ます。僕が昔行った場所では冬、効果的な除雪方法の一つとして温泉が使われていました。なにしろ年中温かい水が出ているわけですから」

「……つまりその場所では周りは雪や氷があるほど寒いのに、湯気が立つような温かい水が年中流れていると?」

 おお、物凄く疑った目をされた。
 でも温泉は別に地域の気温には関係なく出る、と思う。
 ここだとそうじゃないのか?
 一応、ローレルの温泉も見ておくか。

「そうです。まあ、今大事なのは今凍ってしまって困る場所や積雪が苦になる場所で温水が出るようにすればいいんじゃないかと。少なくとも人の手間はかなり減りますよね?」

「確かに、実現できればそうですが。冒険者ギルドも雪かきの依頼が大量にありすぎて、他の依頼を探すのが困難になっているような有様ですし」

「屋根とかは正直思いつかないですけど、主要な道とか、川から引いて生活用水に使っている水路はこれで対処できるんじゃないでしょうか」

 考えれば考えるほど使えそうに思えてくる。
 ありがとう、名前も忘れた温泉街。

「つまり、ライドウ先生はこの状況で温泉を探せ、と仰るんですか?」

 正面に腰掛けるエヴァの表情があからさまに「それなんて無茶ぶり」って訴えてきた。
 ……僕ってそんな無茶苦茶いう奴だと思われてるのか。
 なんだろうな、少し切ない。
 温泉探すくらい僕らでやるし、そこから始めて街に引くまでを考えたらすぐにやれる案じゃないことくらい僕でもわかる。

「いえ、それは僕らで目処をつけます。それにそちらにも工事は必要でしょうから今の街の状況を見る限り無理でしょう。要は温水があればいいんですから、当面はそれで凌げば大丈夫です」

「……当面の温水はどこから?」

「それもばっちり考えてあります。任せてもらえれば明日か明後日には取り掛かりますよ。実費で」

「クズノハ商会が動いてくださるなら、こちらの負担は減りますのでお金は何とかしますが……いえ。わかりました。他に進めなくてはならないこともありますので、ライドウ先生の実績を信じます。先生率いるクズノハの国取り話は、ケリュネオンの酒場では定番の話題ですから」

「……実費プラスその話からクズノハ商会と僕の名称を削るのも報酬ってことで」

「誇るべきことですのに」

「心の準備が出来てません」

 放っておいたらケリュネオンの建国にいつも付きまとう話題になってしまいかねない。
 ジャンヌダルクよろしく、亡国貴族姉妹エヴァとルリアが立ち上がって奇跡が起きた、ってなノリで是非捏造しておいてください。

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