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本日クズノハは去り、所によりリミアが大変でしょう
「今、何と仰いましたかなヨシュア様?」
「隠居を勧めに参りました、と申し上げました。アルグリオ卿」
迎え入れた客が口にした余りにも予想外の言葉に、アルグリオは聞き返した。
しかし返ってきたのは先ほどと変わらぬ言葉。
ライドウ他クズノハ商会一行がリミアを去った日。
王国南部にあるホープレイズ家の屋敷に客人があった。
ホープレイズ家の現当主であるアルグリオ=ホープレイズは、その来客を迎える準備の為、まだライドウらが王都にいる間に自らの領地に戻ってきていた。
ならば王都で席を設ければ済んだ、とライドウなら言いそうな非合理的な行動だ。
ただ貴族がアポイントを取る際、どちらが伺い、どちらが迎えるか。
リミア王国では特に面倒な決まりごとが多い。
ヨシュアもそれを面倒だと感じているし、同行している響も内心ではそう思っている。
それでも今は、こちらからコトを荒立てるべきではないと考え、二人はライドウらと一緒に王都を出立し、彼らの見送りがてらホープレイズ領を訪れている、という訳だ。
「……どうやら、冗談ではないご様子。しかしヨシュア様、私に隠居はまだ早い。無論戦場に出ている息子に、いずれ家督は譲ることになりましょうが」
「王家の方針としてライドウ及びクズノハ商会への悪意ある接触は禁じる、と以前お伝えした筈です。貴方はそれに背きました。……まあ、ロッツガルドからの失態も大概情けないものがありますが。ですが、困りましたね。随分とお金もばら撒いたようですが、それで済む問題ではないと既にお気付きかと私は考えておりました」
ヨシュアも自身の言葉を撤回する気はない姿勢だった。
この場にはアルグリオとヨシュア二人しかいない。
ヨシュアの護衛という名目の響や、ホープレイズ家に仕える騎士などは部屋の外に待機している。
「背いてなどおりませんよ。ライドウにはあれから一切手出ししておりませんし、先だって彼らがリミアを訪れる際には当家は宿も提供致しました。お金のばら撒きとヨシュア様は言われるが、あれはロッツガルドや王都の復興を願う善意の寄付。失礼ですがヨシュア様の邪推と言わざるをえませんな。私に責任逃れの意図などございません」
「……貴方と、子飼いの貴族数名が共謀して実行した件は既に露見しております。後日必要なら証拠もお持ちしましょう。アルグリオ卿、クズノハ商会一行がこちらに宿泊した際、明らかに殺害するつもりで暗殺者を差し向けましたね」
「……」
確信を持った言葉だった。
アルグリオは沈黙を強いられる。
この場合、彼の沈黙はヨシュアの指摘が事実だと肯定していた。
同時にアルグリオがそれなりに勘のきく男である、と感じさせるものだった。
彼はヨシュアの持つ情報量や根拠が、はったりの類ではないと即座に判断したのだ。
だから反射的な反論は避け、相手の出方を見ることにした。
それゆえの沈黙でもあった。
「返り討ちにされて終わったようですが、当然ながら大問題です。貴方が領地に迎え入れた暗殺者どもは大陸を股にかけて暗躍する名のある者らばかり。王家の意向を無視したばかりか犯罪者を利用して私刑を実行するなど、貴族の高貴な行いであるわけがありません」
「ヨシュア様、何事にも建前というものがございましょう。私は貴方の暗黙の了解は得られたものと判断して動くに至りました。王の補佐をされているヨシュア様の了解は陛下の了解。まさか、以前ご相談に上がった事実を否定されるおつもりか? あの場には私以外にも数名が同席しておりましたぞ?」
「さて……私にはクズノハ商会を仕留めろなどと命じた覚えも、そのような愚考を認めた覚えもありません。見てみぬ振りをすると約束した覚えも、当然ながらありませんね。私の了解? あの場で貴方達が口にしたつまらない“冗談”を聞き流したことを仰っているなら見当違いもいいところです」
「あくまで惚けると……随分な仕打ちではありませんか」
「王家が礼を言う為に招いた商会への悪辣な仕打ちこそ、随分なものでしょう。……勘の良い貴方なら、これ以上言うまでもなく私の意図は伝わってますね。隠居なさってください。ご長男に家督を譲り、政治の表舞台から消える。貴族の当主としては極めて平穏な身の引き方です」
にこやかにアルグリオに引退を迫るヨシュア。
ライドウを襲撃した暗殺者達はアルグリオらの手によるものであり、証拠は既にヨシュアの手の中にある。
この一件は本来なら領地の切り取り、地位の降格などの重い処罰が併用されても不思議がない失態だ。
当主交替だけで済むならホープレイズ家にとっては悪くない取引でもある。
だが。
クズノハ商会が関わる以上、アルグリオも容易くは頷けない。
間接的にとはいえ、彼らにまたもしてやられて家の力を削がれるなど面白い訳がなかった。
「なるほど、本当に私を排除するつもりですか。しかし、よいのですかな。ヨシュア様」
だからアルグリオは切り札をきることにした。
既に子飼いの貴族は説得されるか無力化させられ、外堀を埋められているだろうことも彼は理解していたが、それでも抗った。
「なにがでしょうか?」
「私は貴方が必死で隠してらっしゃることを知っているのですが」
「……ああ、言い忘れていましたがご長男、先日大怪我をなさいまして。現在城で全力を尽くして治療中です」
「!?」
「大分体の欠損も酷いですが、良くなる事を願っています」
「馬鹿な! そんな知らせは一切聞いていない! それに私はつい先日まで王都にいたのだぞ!?」
「ええ。申し訳ありません、クズノハ商会の件で報告が遅れていたようです。明日明後日にはこちらに知らせが届くかと思いますよ」
「命は、命は助かるんだな!」
言葉遣いも気にせずヨシュアに詰め寄るアルグリオ。
イルムガンドを失い、彼が跡継ぎに考えているのは既に長男だけだ。
取り乱すのも仕方ないことだった。
「もちろんです。そうでなければ家督の話などしません。ああ、私の秘密がどうとか仰っていましたね。何のことでしょうか」
「……」
アルグリオは驚愕しつつ、何とかヨシュアへの認識を改めていた。
彼の知るヨシュアは、王の忠実な補佐。
王位継承権を放棄した上で弟のベルダとの関係も良好な、極めて温厚な人物だった。
ヨシュアが汚れ仕事を請け負っているなどという情報は一切聞いたことがない。
しかし、今アルグリオの目の前のいるのは明らかにヨシュアであり、別の誰かではない。
初めて目にする王子の側面に、アルグリオは追い詰められているのを感じていた。
だがもう王子の秘密を知っていると口にしてしまっている。
言わずに終えても利がない。
むしろ不利を招くと彼は考えている。
こうなれば、何としてでも譲歩を引き出すしかないと。
見事にヨシュアの思い通りに動かされている。
通常なら王族に次ぐ地位を持つホープレイズ家をそう簡単に操れるはずがない。
相手のあらゆるカードを捌けると判断したからこその強気であり、行動だった。
「そちらからお話がないようでしたら、お返事を。ご長男の回復を待って隠居して下さいますね、アルグリオ卿」
「ある」
「……ほう。どうぞ?」
「ではヨシュア王子、いえ王女様」
「……」
「陛下が市井の女に産ませた子が、いつの間にかベルダ様の兄君になっておられる。側室の子ならともかく、貴族ですらない者の卑しい血を持つ貴女がだ」
「……」
「この件が国内にあまねく知れ渡れば、ヨシュア様にとってよろしくない状況になるのは明白。民衆も己と同じ血の王女、それもこれまで国中を騙して王子を名乗ったヨシュア様を絶対に認めませんからなあ」
「……」
「どうです? ここはお互いに上手にやるというのでは。私は当面隠居などしませんが、時がくれば速やかに家督を息子に譲ることを約束しましょう。最早ホープレイズ家を継ぐのはあの子しかおりませんしな。ヨシュア様はそれを認めて頂き、私の隠居の後も、当家にいらぬ手出しはなさらないと約束してください。そうすれば、王子の秘密は私が墓まで抱いていくと誓います」
「ふ、ふふふ」
「……ヨシュア様?」
「うふふ、あはははっ! 墓まで持っていく? 貴方が? それを信じられるとでも? 構いません、暴露できるものならしてみてください」
お互いに目を瞑るというアルグリオからの提案を笑い飛ばしたヨシュア。
用意していた手札を何枚か残して終わらせることができると確信し、ヨシュアは脅しを跳ね除けた。
「暴露してみろと。正気を疑いますな」
「手札にもならぬものを、勝手に晒しておいて……よくいうものですね」
「っ」
「仰るとおり、私は女です。そして母は庶民です。アルグリオ卿の情報は合っています。確かにこの件が外に漏れれば王都は混乱するでしょうし、リミアは大きな隙を諸外国に見せることになります」
「……そうですとも。だからヨシュア様は私の提案を呑むしかない。そうでしょう?」
アルグリオの言葉の前にあったわずかな間を、ヨシュアは見逃さない。
「一瞬躊躇ったそれが、全てを語ってくれています。私が女であるなどという情報……知れ渡って一番困るのは私達王家と貴方達貴族じゃありませんか」
「王家の問題ではありますが、我らには問題ではありません」
「わかっておいでの癖に。戦争もない時代、平穏な国でならこの情報は大変価値がありますし使いようも多いです。ただ他種族と戦争している状態では手札ですらない、使えない情報に過ぎません」
「……」
「今リミアが隙を晒せば、再度魔族が侵攻してくるかもしれません。もしそれがなくとも戦線維持を名目に、グリトニア、アイオン、ローレルは様々な内政干渉をしてきます。ヒューマンは一枚岩ではありませんからね」
「現実はどうあろうと、未だにヒューマンの多くが魔族との戦争が勝利で終わる事を当然だと信じているから、か……」
アルグリオにも戦況は見えている。
彼とて戦場に幾度も立っているし、魔族との戦争は生き残りを賭けた深刻な戦いであることも理解している。
だからこそ次男のイルムガンドに指揮、戦闘能力の両方を高いレベルで備えさせる為にロッツガルドに出していた。
アルグリオは青臭い理想を口にし、それに酔う傾向があったイルムガンドには戦場で働いてもらい、代わりに長男を領内に戻して跡継ぎとしての教育を施す気でいた。
「ええ。ただ私とてこれだけの事をし、卿をはじめ多くの貴族に大鉈を振るうのです。近く私の秘密については城内で一定以上の立場を持つ方には明かし、同時に城を去る準備もします。つまりは皆様と私で相討ち、ということですね」
「道半ば、いやまだ始まったばかりの改革を投げ出すと?」
「大きな改革を為すには私はあまりに危うい。大きな爆弾も持っていますからね。だから、この国を変えていく主役は別の方に既にお願いしています。それに……私が女であると知ればベルダも次代の王として覚悟を決めるでしょうし」
「……勇者、響か」
話題としては物騒で、しかも重大ではあったが勇者が同行するほどかといえばそれ程でもない。
なのに響が護衛の名で一緒に来た理由を深読みするアルグリオ。
「さあ、それは舞台からではなく客席からご確認頂ければ」
ヨシュアは終始慌てることもなく、自身の進退についてでさえ淡々と穏やかに語っていく。
血筋も性別も、本来王の傍に仕えることすらできぬ立場であるとヨシュアは理解している。
口ぶりからもその意図は十分にアルグリオに伝わっていた。
そして、どう切り返しても何をしても結果は相討ち以上で終わらせるという決意も。
「……ふっ、負けですな。いや参りました。実に鋭い牙を隠しもっておられた。完敗です」
しばらくの空白の時間を過ごしたあと。
アルグリオは一転憑き物が落ちたような晴れやかな表情になり、ヨシュアと同じく穏やかな顔でそう言った。
「ご理解を得られて嬉しいです、アルグリオ卿」
「なに、既に私もジジイです。丁度良い機会と考えましょう。喜んでもらえるのなら是非もありません。まあ、隠居暮らしの餞別に一度ダンスにでもお付き合い頂ければ文句もありませんな。無論、女性役はヨシュア様で」
「その程度でしたら喜んでお相手をさせて頂きます。では、お話もまとまったことですし私はこれで失礼します。また、後ほど」
「はい、後ほど」
にこやかな笑顔で立ち上がるヨシュア。
アルグリオも負けぬ笑顔で立ち上がり、ヨシュアを見送った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「お疲れ様、ヨシュア」
「ええ疲れました響。ですが、ホープレイズも家督を譲る流れで決着しました。これで古い体質にしがみつく貴族の派閥は崩せたも同然です」
「王家の意向に半数以上の貴族を敵を回す。そんなことはまともな考えでは出来ない。あとは外部からの干渉に目を光らせてさえおけば、自然と彼らの力も削がれていくわ」
ヨシュアが部屋にいた響の労いに応じる。
普段響が王子に向けている敬意はなりを潜め、二人の間に流れる空気は親しい友人同士のようだった。
「響の考えに感化された若手の貴族が跡継ぎになる家も多い。捗りますね、ここからは」
「で、あのご老人にはどの程度見せたの?」
「思ったよりもこちらの札は切りませんでしたね。こちらの命に背いてクズノハ商会を襲った事実は証拠付きで抑えていることと、私が女だということ、それに長男が城で療養中であること。このくらいでしょうか」
「……貴方の秘密より、ここの不正蓄財で責めた方が良かったんじゃない?」
「向こうの切り札だったようで、あちらから切り出したので切り返しました。暴露などすれば諸国にリミアの国力が削られてお前もただでは済まないとね」
「ご老人、やはりもう退陣する時期よね。手札ですらないことも理解できずに話すなんて」
響が呆れたようにため息をついた。
「クズノハ商会襲撃の件を伝える前にも、周辺を大分潰して余裕を奪っておいたのも良かったかもしれません。ほぼ、想定内の結果で終わりました。一応不正に協力した貴族への処置を寛大にして欲しいなど、殊勝なことも言っていましたね」
「ほぼ?」
「……流石は大貴族とでも言いましょうか。最後に負けを認めたような晴れやかな顔で隠居を了解したのですよ彼は」
「殊勝……いえ、老獪ってことか」
言い直した響。
殊勝な態度ではなく潔い態度でもなく。
アルグリオがその場を綺麗に取り繕った意図を察してのことだ。
「その通りです。激昂して暴れる可能性も見込んで追い詰めたのですが、隠居の話を切り出してからは長男の件を除いて比較的冷静でした。あの様子だと、油断は出来ませんね。まだ蠢くぞと宣言されたようなものです」
「面倒な……長男っていう逃げ道を残しておいてやっぱり正解だったわ」
ヨシュアが響の言葉に頷く。
「アルグリオ卿がもう一人の息子まで失っていたら、私と彼は正しく相討ち、リミアは混迷の中に落ちていました」
「一瞬、彼にはあそこで死んでもらって現当主が死ぬまで待つ長期戦も考えたんだけどね。考えてみればホープレイズほどの大貴族なら子種なんてそこら中でばら撒いてるだろうし、跡継ぎなんてぽこぽこ出てくると思ったから長男を助けて恩義を感じさせる方にしたのだけど」
「……響。それはアルグリオ卿を侮り過ぎです。彼には確かに愛人も多く血を引く子供は数多くいますが」
「あのさ。その話を聞くと更にあの老人への評価が落ちるんだけど。むしろ過大評価してたって気分になる」
「ですがそれは周知の秘密。跡継ぎとして、子供として認めているのは二人だけでした。死んだイルムガンドと、戦場にいた長男だけ。愛人は子供が出来ると十分な手切れ金を渡してさっさと捨てていましたからね」
「……」
アルグリオの非道を、大した事ではないように淡々と話すヨシュア。
対して響は愛人を次々に捨てる振る舞いに微妙な表情で応じた。
「その子らの内何人かが血縁を武器にホープレイズ家に入り込もうとしましたが、卿は例外なく始末しています。遊びは遊びであり、家に関わらせる気はないという意思表示です。もし長男が死んでいたら親類の誰かを指名して家を継がせたでしょうね」
「なら最初からそんな遊びをするなって言いたくなるわ。まあ、ホープレイズの家を守ることについては徹底しているのは良くわかったけど……血筋にとことん拘るのね」
「良くも悪くも、彼は貴族ですから。あれで従順な民には無法な真似も少なく、優しく寛大な主人でもあるのです。不作の年には税を猶予したり、人が増えるに従ってご自身の身銭を切って耕作地や仕事を増やしたり」
「……ただし国に納めるべき税は誤魔化し、切った身銭も結局はその民から出た税金で全ては私服を肥やすためのもの」
「……ですから、良くも悪くも、なのですよ。事実ホープレイズ領は暮らしやすいと評判で、彼は優れた領主と評価されているのですから」
リミアにおいて、ホープレイズ領は暮らしやすく豊かな領であると周知されている。
入ってくる民は多く、出て行こうとする民は少ない。
人々が従順である限り、アルグリオは彼らにそれなりに報いる政治をしていたからだ。
もちろんそれは実際には搾取か、巧妙な搾取かの違いでしかないが。
だからこそ、ホープレイズの影響下にある土地ではクズノハ商会の評判は悪い。
あることないこと、尾びれもついて噂が流れているから当然だ。
流布する噂の中で統一されているのはクズノハは悪、ホープレイズは善である。
住まう民衆にとって問題の無い、むしろ自分達のことを考えてくれている優れた領主様であるアルグリオが悪になるわけがないのだからこれまた当然のことだ。
更に王家に納めている税金も、不正を働き過少申告した額であるとはいえ他のどの領よりも多い。
ホープレイズと敵対する商会など、例え王家の招待であっても歓迎しない貴族や民衆も多かった。
それを、響とヨシュアは利用した。
古い体質の貴族至上主義を破壊する一手として。
ライドウ襲撃から始まり、リミア滞在中に彼らに対して負の行動を取った輩を悉く割り出していった。
商会の協力者としてライム=ラテの助力も得て計画は順調に推移していき、多くの貴族をそれまでに揃えた不正の証拠と併せて沈没させていくことができた。
クズノハ商会は餌にされた訳だ。
ちなみにライドウはこの事を知らない。
なにせ全ての妨害は彼に届いていないのだから。
彼はただ巫女を倒れさせたことを若干気にしながらのんびりとリミアの復興の様子を眺め、適度に商売の話を聞き流していただけだ。
澪はある程度胡散臭い気配を感じていたが降りかかる火の粉を払うだけに留めていた。
彼女にはそれ以上の目的、主であるライドウに響は相容れぬ存在だとわかってもらおうとの思いがあったからだ。
ライムは暗殺者の襲撃その他の報復を約束すると響に説得されていた。
内心怒りを感じていたライムは、商会にとっても損は無いと確信して協力することにしたのだ。
「でもそうなると、長男に多少の恩を着せたところでホープレイズ家はまだ篭絡できそうにないわね。やっぱり長期戦は覚悟しなきゃ駄目か」
響は戦場で死に掛けていた所を助けたホープレイズ家長男を思い出す。
親に忠実であり、若いが若さを感じさせない男だと彼女は感じていた。
当主になったとしてもアルグリオの影響は強く受けると確信できる。
面倒は続きそうだった。
もっとも、クズノハ商会のおかげで大分事態は進んだのだから全体的に見ればプラスの展開である。
落胆はしていられないと響は気持ちを切り替えた。
「アルグリオ卿の操り人形のままのあの方では家督が移ってもあまり意味はありません。ですから」
「?」
そうね、と同意しようと思っていた響はヨシュアの言葉がまだ続きそうなことに怪訝な表情になる。
「変わってもらうことにしましょう」
「……どうやって?」
「殿方を変えるのはいつの世も女性でしょう?」
「そう断定するのは、創作の読みすぎ聞きすぎだと思うわよ……」
「そうですか? 私が耳年増であることは認めますが、実際有効な手だと思いますよ? 少なくとも試す価値は十分にあると考えています」
真顔で話すヨシュア。
「やってこちらに損は無いと思うけど……」
響の言葉の歯切れが悪い。
「今彼は無くなった右腕と痩せ細った両足を見て絶望しています。人を落とすのは傷心の時が良いという話もありますから」
「すぐにやるつもり?」
えげつない話だが、響は内容に突っ込まず現在治療中の彼に誰かを差し向ける気なのか尋ねた。
時期として有効であるとは響も考えているようだ。
「既に始めています。彼の看護に当たっているのは全てそれなりの家の子女で経験のある実力者だけ、容姿や年齢についても彼の女性遍歴を調べて好みの者を集めました。六人ほど」
「……」
もう既に計画が始まっている事に絶句した響。
見舞いがてら自分の考えに少しでも理解を寄せてくれれば、と考えていた彼女は行かなくて良かったかも、と思った。
ヨシュアの邪魔をすることになりかねないからだ。
「結局、我々でどうにもならない欠損は腕だけのようですからね。六人がかりの治療と看病で足が元通りになり体が普通に動かせるようになる頃には誰かに手はつけるんじゃないですか?」
「やっぱりあの腕は駄目か。でもヨシュア、彼が看病についた女の子に手を出したといっても、付き合ったり結婚したりまで行く可能性は低いんじゃないかしら? 変えるというならそのくらい濃い関係が必要だと思うのだけど」
響が彼を助けた時、右腕は腐り果て、その毒が更に体を侵そうとしていた。
両足も千切れる手前の状態で、見た目には完全に手遅れだった。
助かったのは幸運もかなり絡んでいたと見て良い。
その場で右腕は切り落とし、応急処置だけして一応その右腕も持ち帰ったものの、響もあの腕はもう駄目だろうと考えていた。
そして事実そうなったようだった。
むしろ足が繋がっただけ、当時力を尽くした治癒魔術師達の奮闘が称えられていることだろう。
「その六人が彼を落とせれば良し。遊ばれて終わるとしても……一応本命は別に用意しています」
「本命?」
「触れ込みとしては一流の治癒魔術師としてですが実際は嫁候補一番手ですね」
「チヤちゃんは絶対駄目よ」
一流の治癒魔術の使い手と聞いて、冗談混じりに響が仲間の名を出した。
「そんなことをしたらローレルとの外交問題どころか一気に戦争に発展してしまいますよ」
「なら安心。で、私の知っている人?」
「いいえ。ホープレイズから見ると少し格下の家の次女です。バツイチ子供なし」
「彼、そういうのが趣味?」
「人妻だろうと未亡人だろうとお構いなしですね。ただ珍しく年上が好きなようです」
「リミアの貴族って十代過ぎると女は価値を下げていくって発想だもんね、基本。女性としてはまだまだこれからが盛りなのに、その点では馬鹿ばっかりだわ。ならその次女さんも出戻り売れ残り路線……ってことは必死?」
「もう二十三ですからね。内心相当焦っているとは思います。ここ一年は縁談もありませんでしたし、こちらの提案に飛びついてきました。相手はホープレイズなのですから当人からも両親からも文句などありませんでしたね。即答です」
「その方が本命? 大丈夫かしら」
「演出も協力もしますから期待できると思っていますが」
「うーん」
弱いのでは、と響は考えていた。
二十三で離婚歴ありというのはリミアでは相当に女性として価値が低い。
男だけならともかく、親を説得するのは容易ではない。
ハードルが高いし期待も出来そうにないと彼女は考えていた。
「まあ、欠損した右腕を献身的に治療して元に戻すのですから印象は強いでしょう。更にそれが自分の好みと一致して家柄も問題ないのであれば、女性の方もやる気はあるのですから最悪側室か愛人にはなれると見込んでいます」
「……腕を治すですって? 今無理って言ってたじゃない」
「我々には無理です。ですがライドウにホープレイズ家のことは伏せて相談してみたところ、その位なら生やせると軽く言われました」
「あの、今尚黒っぽい紫色をしているらしい肩口から腕を生やす?」
「魔術ならすぐにでも、と澪殿を寄越そうとしてくれたのですが。流石にそれをやるとホープレイズ家絡みと周囲には気づかれますから丁重にお断りしました。薬を中心にした治療で済ませることは出来るかと尋ねたら、これも問題ないと。勿論、物が物だけにそれなりの値はしましたが買い求めました。用法を完全に習得させてから腕を治療する彼女を投入予定です」
ロッツガルドでクズノハ商会に絡んで妨害した上に暗殺者を差し向けた首謀者でもあるホープレイズ家である。
ライドウとはいえ、それに感づけば断るかもしれないとヨシュアも考えていた。
だが逆に、後々アルグリオ辺りに対しての嫌がらせ程度の手札としても使えそうだとも彼女は考えている。
そして結局、澪やライムに疑念を持たれない様細心の注意を払いながらもライドウに話を通した。
「薬で、腕を……」
「錠剤と塗り薬だそうです。魔術の補助は必要ですがとんでもない技術ですね。今はおおいに助かりますが」
「そんな薬が世界中にばら撒かれるのか」
複雑な表情で呟く響。
喜ばしい側面と、厄介なことになる側面を同時に思い浮かべた為だ。
「思惑通りにその七人の誰かと結婚、他何名かを側室か愛人にしてくれればやりやすくなるでしょうね。皆、そのお膳立てをしたのが誰で何を求めているかを知っている娘ばかりなのだから」
(本音を言えば、礼を尽くしてアルグリオの子供であるアベリアを、アベリア=ホープレイズとして招き……首だけじゃなく全身を取り替える手が打ちたかったけれど。何の伝手もない彼女なら臣下は私や響の意に賛同する者ばかりを送り込めるから。ただあの娘は……クズノハ商会、というか彼の教え子だものね。不確定要素が多過ぎて流石に使えなかった。商会からの協力が得られれば最高だけど、万が一不興をかって他国を優遇されたりでもしたら元も子もないもの)
本来考えていた考えの一つを心中で思い返し、苦笑するヨシュア。
ロッツガルド学園の奨学生アベリア。
彼女がアルグリオの愛人の子であることは調査済みだった。
故にアベリアがホープレイズ家を良く思っていないことも知った上で、場合によっては弱体化に協力願おうともヨシュアは考えていた。
ライドウとの関係を考慮した結果、この案が実行に移されることはなかったが。
「……ヨシュアは十分に王様やれる気がするわよ。もう女王様になっちゃってもいいんじゃない? もしベルダ君が何か言うようなら私が説得してあげるし」
「冗談はやめてください。私に王の器などありませんよ。王とは、人を惹きつける強い力を持っていなくてはいけません。大国であればあるほど、個人の政務能力などより象徴として担ぎたいと国の民、臣から思われる者こそが王となるべきなのです。実務能力を持った者など、厳選すれば幾らでも見つかるのですから」
「担ぎたいと思われる象徴が王の器、かあ。女王ってのも凄い印象だし十分な資格だと思うよ?」
「それは物珍しさに過ぎません。ベルダにはつい手助けしたくなる、応援したくなる、そんな魅力があります。ただその魅力が彼よりも強く、しかも実務能力も備えているのが……貴女なんですけどね。響」
「私は王家の血は引いてません。最初から除外」
「一つ手順は増えますが十分方法はありますよ。私としては将来的にはそれが理想ですね。リミアが女王を迎えるならそれは私ではなく貴女であるべきです」
「もしもし。頼れる親友で協力者でもある麗人が、私に弟との結婚を勧めてきます。どうしたらいいでしょうか」
「是非受け入れてください。道は広く開けておいてあげますから。その後も遠くから見守るつもりですしね」
「……勘弁してよ」
未だ課題の残るリミア王国。
響を中心とする変革の勢力が、王都の復興とともに力をつけてきている。
ここから内部で激動を起こすことになるリミアの起爆剤になったのが、規模としては異例ながら名指しの招待を受けた変わった商会であることはどこにも記録に残らず。
ただ一部の人の記憶にだけその名を留めた。
散発的な戦闘はあるものの事実上休戦の冬。
クズノハ商会とライドウが世界に大きな影響を与える存在であることは、確実にリミアのみならず各勢力の上層部で暗黙の事実として刻まれていった。
少し期間をあけてしまいました。
来週までどの程度パソコンに触れるかわからない状況が続きそうです。
次回までは予約済みなので次は四日後ですが。
また三巻についてご指摘頂いたのですが、「森鬼」の読みは「しんき」ではなく「もりおに」です。私が気付いて修正をお願いした時には手遅れとのことで、増刷でもない限りは修正できない状況でした。
既に三巻目ということで、実質修正は難しいかと思います。
四巻以降は「もりおに」になりますので、お許し下さい。
それでは、ご意見ご感想お待ちしています。
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