166/187
勝者睡魔
「わかってる? 真君は今私に託されてる数千万もの人の想いの力を本気にもならずにあしらった。見せ付けられた分、私にはあの女神よりもずっと恐ろしく感じた」
真が去った後の渡り廊下に、響は一人残っていた。
どこか自虐的な呟きが彼女の口から漏れる。
「ホント、正念場でこけるタイプだ私って」
イオとの戦い。
澪やライムの勧誘を思い出して苦笑いする響。
肝心なものに限ってすり抜けていくような、もどかしい感覚。
広げた手の指の間を抜けていく風。
どこか似ている、と彼女は感じた。
独白は続く。
「魔族に負けたら終わり、智樹との戦争に負けても終わり、真君が暴走しても終わりか。凄い状態よね。辛うじて最後のだけはまだその後に少しだけ希望はあるけど。女神なき世界か……現状を鑑みれば十中八九小国乱立の戦国時代が待ってるでしょうから、絶望的なのは変わらないわね」
響の頭の中で悲惨な想像が生まれては消える。
魔族に勝ち、帝国を黙らせ、その上で真を力以外の何かで押さえつける。
それが全部出来て初めて響の目的は始まるといっていい状態だ。
彼女自身が凄い状態と口にしたように、およそ不可能に近い状態だ。
それでも、響は退くわけにはいかない。
「それでも最後まで頑張らなきゃ、ね。私を信じて、大勢人が死んだ。私が目指すものの為に大勢殺した。ナバールみたいに身を呈してくれた人もいる。私は諦めちゃいけない。私は、足掻かなくちゃいけない」
響は世界転移の覚醒者として、他者からの想念を力に変える能力を得た。
それもあって、彼女は一層自身にかけられ続ける無数のたすきのような想いを自覚している。
差し出された命と、奪った命を常に自覚しながら響は戦っている。
自分には最後の一瞬まで全力を尽くす義務があると、響は感じていた。
だから退けない。
例え相手がその想いを容易くバラバラにするような力を持っていてもだ。
「本当に……勇者っていうのはやり甲斐のある立場ね」
女神とは、響にとってこの環境を与えてくれた存在だ。
だから彼女に一定の感謝の念はある。
が、それだけでもある。
例えるなら、最初に自分を見出してくれた人、のような認識だった。
残念ながらその上司は尊敬は難しいタイプで諸々の問題がある。
が、数字として優れた利益は上げるので切れないから何とか上手くやっていくしかない。
そんなものだ。
そこまで考えて見て響はため息をつく。
「はぁ……担ぐ神輿を好きに変えられるなら、女神より真君の方が楽だと私も思う。神様扱いしたとしても、祭っておくって建前でいくらでも隔離できそうだもの。でもあれだけ無茶苦茶なことを言ったのに彼からは、女神や……あとはヒューマン差別の部分くらいにしか強い反応を感じなかった。彼にその意思はない。あの子には、建国の意思すらない。いっそあってくれたなら……」
未来の選択肢は相当に広がるのが響にはわかった。
真が王になると、国を立てると宣言したならヒューマンも魔族も絶対に無視などできない。
憎しみに染まった戦争を停滞させてでも優先して取り組まなければならない大問題だからだ。
彼の力を見た者なら誰もがわかる。
それは今存在する全ての国を上回る軍事力を持つ国家が突然誕生するということだ。
少なくとも真や彼の側近が存命の間は、その国抜きでの全面戦争など出来なくなるだろうと響は考えていた。
「王になる気も、神になる気もない。その癖権威には無意識に下手に出て、女神は対等の相手みたいに考えてる。訳がわからないわよ……っ」
すとん、と響の腰が落ちる。
冷たい廊下にへたり込む響。
「腰抜けた。……そりゃそうよね。下手したら私は今ここで冷たくなってたかもしれないんだし。精神だけじゃなくて、身体も恐怖に耐えてたんだなあ」
絶対的な強者。
今の響にとって深澄真はまさにそれだった。
張り詰めていた気持ちがふと緩んだ瞬間、身体がそれを響に思い出させた。
聞きたいこと、勧誘、そして危惧はしていた対立。
先ほどまでの会話は響にとって、薄氷の上に立つ想いで臨んだものでもある。
(もう彼は人の括りで考えるような次元にいない。地震、津波、噴火、竜巻……そういう代物に近い。戦うというのは、あまり現実的でもないのだけど……意思を持って動く以上放置もできない。まったくとんでもない化け物になったものだわ)
ふと響は気付く。
自分の中に二つの引っかかりが生まれたことを。
一つはすぐに思い至った。
自分の感情だったからだ。
(なら、どうして私は彼に従わないのだろう? あれは戦力だけなら国を上回る、人の皮を被った化け物だ。おそらくリミアがどう頑張っても彼には勝てない。ならば対応は身も蓋もないけれど媚びるほかないはずなのに)
見下ろす城下の光が少なく、まばらになっているのを見つめて響は黙り込んだ。
(……そうか。憎しみだ。私は魔族を許せない。沢山の村を焼き、人を殺した。そして私の仲間、ナバールも。ああ、だからか)
響は何度か頷いた。
自分の感情と向き合い、それを制御する。
重要なことだが難しい。
その感情が当たり前になりすぎて奥深くに横たわるほど、より難しくなる。
仲間の死を乗り越えるのとは、また別の問題だ。
彼女はようやく、今の真に対して自分が選べなかった選択肢、徹底的に媚びるというのをやれなかったのかを悟った。
(もちろん、私だって彼らを大勢殺した。その人達にだって仲間や家族、恋人がいたはず……。それでも、私は魔族が憎いんだ……。そっか、これが当事者になるっていうことなんだ。戦争の憎悪、こんなに厄介なものなの……)
自分の奥底にもいつの間にか魔族への憎悪が積もっていたことに響は驚く。
確かに魔族は敵だし、憎い相手に違いないが、それでもここまで自分自身がそれに縛られているとは彼女は思っていなかった。
制御できている、とある程度考えていただけに衝撃的だった。
(真君に媚びるということは、彼の思想を表面上だけでも肯定しなくちゃいけない。つまり、戦争の継続が困難になる。だから私は……)
つまり彼女は戦争の継続を望んでいることになる。
口元に手を当てた響は双眸を大きく見開いた。
(出来ないわけだ。私は……仇を討ちたい。そう、イオを殺すまでは……)
なぜ戦争を継続させたいのかを考え、響は答えに至る。
結局、ひどく個人的な理由だと自身に呆れる響。
まったくおかしくないのに、喉から笑いが湧いた。
しばらくして、笑いは止まったが響は立ち上がるでもなく座り込んだままだった。
彼女はもう一つの引っかかり、それが何かを考えていた。
(私は、何に違和感を覚えた? 真君が化け物だと思った時に、確かに感じた。……そうだ、『避難』だ! 彼は世界が混乱する、世紀末になる、と言ったあとにしばらく避難すればいいと言った。それだわ。何故避難する必要があるの? 女神が倒された世界に大混乱が起こるのが間違いない。でもそれは力ある個人や組織にとってはチャンスにこそなれ避難するような状況じゃない。クズノハ商会なら世界一の商会になることだって現実的な範囲のはずよ。なのに彼は避難すると口にした)
強者の口から出る言葉として、響には避難という言葉が違和感あるものに感じられた。
(ただ真君の口から出てもあまり不思議は感じない。避難、か。……安全な場所。つまり彼には世界中が混乱に陥っても安全を確保できる場所があるってことよね。店舗はそれにあたらない。ロッツガルドの変異体事件ではクズノハ商会の店も破壊されてしまっている。それにロッツガルドも、ツィーゲも世界の混乱から逃れられはしない……)
真と関連がある場所を候補に挙げて可能性を考える響。
少しでも真の情報や傾向を把握しておきたい考えからだった。
(! ある。彼がこの世界で最初に訪れた場所。世界の果て。もしあの荒野の奥深くに彼の拠点があるというなら、そこが安全だという前提でだけど、世界の混乱とも切り離されて何年でも穏やかに暮らしていられる。自ら混乱を治めようとも思わない彼なら十分にあり得るわ)
彼女は一時期修練の為に訪れたツィーゲを訪れた記憶を掘り起こす。
荒野にベース以外の拠点の話など聞いた覚えがなかったかを可能な限り鮮明に思い出していく。
そして、彼女は到達する。
元々そんな話題自体が珍しいこともあり、響にとって消去法で“そこ”に辿り着くのは十分に可能だった。
「……蜃気楼都市。考えたくはないけど、それが真君の、クズノハ商会の拠点?」
ツィーゲで幾度か耳にした幻の都市。
結局響はその都市に行かずにリミアに戻った。
しかし、考えれば考えるほどにクズノハ商会と蜃気楼都市の関係性が深まるような感覚を彼女は感じていた。
「荒野のどこかにある幻の都市。それが拠点なら、第一号店がツィーゲにあるというのも、これ以上ない囮になっているような気さえする。荒野が本拠でツィーゲが出店。そう、彼が荒野からツィーゲに出てくるまでの間に既に拠点を得ていたなら……!?」
もう一つ、響は恐ろしいことに気が付いた。
思わず言葉が詰まる。
(拠点にするにはあまりにも荒野は遠い。遠すぎる! 拠点であれば短い期間で戻れる必要がある。ロッツガルドから戻った陛下とヨシュア王子が言っていた。クズノハ商会が頼りにしていた長距離転移の力を駄目にしてしまったと。……嘘だ。駄目に、なってない。彼らは商品の輸送じゃなく“戻る”手段として安定した長距離の転移を手に入れている。だって、避難できるんだから)
響は亜空を知らない。
蜃気楼都市は広大な世界の果てのどこかにある都市なんだと認識している。
異空間とまで読むのは到底不可能なのだから完全な正解に至るのは不可能だとしても、響の考えは真の拠点を言い当てたものになった。
(もしこの世界で距離を完全に無視した商売が出来るなら、店舗を持ちながら世界中で行商なんてさせているのも理に適う。……うん。クズノハ商会もまた女神と同じ、住む次元が違う存在として扱えば……。彼らは戦争に興味がないと明言してくれているし、やりようはいくらでもある)
クズノハ商会との付き合い方を考える響。
同時に今後の魔族との戦争の進み方も予測していく。
(リュカの頼みとは少し違うけれど、真君に世界を壊させないのが妥協できるギリギリなら、まだ動くことは出来る。彼とクズノハ商会のもたらす利益がヒューマンと魔族でイーブンになるように持っていけば……、あとは女神が無事な間に魔族が大きく動いてくれればそれだけ私達に有利に推移させられるかもしれない。もっとも、魔族は女神をも敵視しているのだからこっちはあまり心配はいらないか)
響は立ち上がる。
真が去っていったのとは反対側に渡り廊下を去っていく。
その目は真とクズノハ商会の実力をある程度知ってなお、諦めの光を感じさせない、力強さを感じさせた。
真と響の対話、そして響の独白。一幕が終わった。
渡り廊下とは相当に離れた城の尖塔の一つに人影が座っていた。
本来なら人などいるはずのない尖塔の屋根部分。
真と響の一部始終を盗み聞きしていた彼女は、まず口元、次いで目元まで、笑顔で顔を染めた。
「うふふふふ、決裂。当然です。若様と響は偶然に考えていることの現状が似ていただけなのですから。上手くいきました」
真の従者、澪だった。
澪は真と響が対話に至る流れを作り、誘導した。
だが結果までは操作していないし干渉もしていない。
二人が主張をぶつければどうなるのか、澪はそれが何となく読めていたのだった。
「巴さんから響の評価を聞いた時にぴんときました。大丈夫、絶対に若様とは相容れないと。下を知らない響と、ある意味下からしか見ていない若様ですもの。当然の結果です」
澪が巴から聞いた響の評価。
それは響が未だ自覚できていない無意識の部分に触れたものだった。
巴曰く。
響は弱者の立場を知らない、のだ。
巴は響を「あやつは絶対的な弱者の立場を理解できぬ。何故ならあの娘自身が頑張れば人は結果を出せると信じているからじゃ。どう足掻いても愚者、弱者にしかなれん者もおるということを知らん。まあ、自分がやれば出来てしまうのじゃから、若いあやつがそう考えるのは致し方ないことでもあるがのう」と評した。
実際、響はそう考えている。
死ぬ気で頑張れば、人はそれなりの成果を出していける、と。
勿論それなりの、と付く以上は現実に出来る人も多くいるが、世の中にはそれでもどうしようもない層もいる。
環境や才能だけでなくどうしようもない外圧が関係する場合もある。
しかし、その当事者になった訳でもなく、地球でも明らかに恵まれた環境下にある日本育ちで能力も高い響がそれをどこまで現状で理解できるかといえば、巴の言葉通り致し方ない部分はあるだろう。
対して真は強者の視点を持たない。
立場や責任という面でも、彼は自らが本来どのステージにいなければいけないのかを理解できていないのだ。
冗談でも誇張でもなく、力に見合う責任というのなら真は世界の全てを考えて動かなくてはいけないことになるのだから。
「知れば知るほどにわからなくなるからこそ、響は若様を警戒する。そして内側に引き入れられないなら、今あれらがやっている戦争から出来るだけ若様を除外しようとする。でも若様は納得しない」
実に満足そうに澪はクスクス笑う。
月明かりの下で無邪気に笑う澪の姿はどこか狂気も漂わせた危うい美しさを感じさせた。
「だって若様はヒューマンだろうと亜人だろうと関係ありませんもの。並んで困ってれば亜人から助けるでしょうけど、その程度。あの方にとって大事なのは個人。そして、これまでご覧になった中でヒューマンの方が阿呆が多かったから亜人よりになっているだけ。こんなに簡単なことなのに、皆、それがわからないのだからおかしいですわ」
澪は真の本質をそう見ている。
それは正しい。
だからこそ真はまだヒューマンとも関わっているし、同時にいつまでたっても彼が一定以上の広い視点を持つことが出来ない要因にもなっている。
「戦争に関わらないなんて不可能。それで困る人が出るなら若様は動きます。それが将来どうなるかなんて面倒なこと、お考えになる訳がない。未来だの世界だの大きなことばかり考えている響と歩調を合わせるなんて……そもそも夢物語です。若様もこれで気付いてくださったでしょう。大体、未来など未来の者が考えれば良いのです。今を生きる若様が何をしようと、それで世界がどうなろうと。その先に生まれた者にとっては不可避の運命でしかありません」
彼女もまた無茶な論理を口にする。
だが、澪は本来真以外はどうでもいいのだ。
だから真が喜ぶ事が彼女にとって正しいことだ。
雑音が擦り寄ってきて主人が悩んでいるのなら、その悩みの種を取り除きたい。
今回の澪の行動も、理由などそれだけに過ぎない。
ただ、真は不必要なまでに周囲を気にし過ぎる所がある。
だから澪も少しだけ間接的に、動いてみたのだった。
「ヒューマンも魔族も、上の方が本当に鬱陶しい。若様は興味がないと仰ってるんだから、若様の目の届かない所で好きに殺しあっていればいいのです。まったく」
尖塔から澪が消えるのと、その言葉が吐かれたのは、ほぼ同時のことだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「あれ、巫女さん、あ、いや、巫女様じゃないですか」
「……」
部屋に到着する前、思わぬ人物に会った。
先輩のパーティの一員、ローレルの巫女……確か名前はチヤ。
リノンと同じような年頃に見えるから十二、三だろうか。
もう大分夜も更けたというのに、彼女は僕を待ち構えるように立っていた。
服装も多分寝る時のものじゃない。
「ええっと。何か僕に御用でしょうか」
無言のまま、でも僕をずっと見つめている彼女に尋ねる。
「ローレルの巫女、チヤと申します。……まずは貴方への数々の非礼をお詫びいたします。申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げられる。
九十度的な、凄く身体を折り曲げたやつだ。
「いきなり倒れたのだったら、あまり気になさらないで下さい。少しですが事情をお聞きしましたから。その、見えたものについては出来る範囲で教えてもらえると嬉しいですけど」
「倒れた件だけではありません。夕食の席も、一度も同席できていませんでした」
「体調が優れないと言われて、気分を害したりしませんよ。仕方ないことじゃないですか」
確かに、食事は先輩やヨシュア王子とかとは結構一緒だったけど、巫女さんは一回も一緒じゃなかった。
一回なんて明らかに食事の用意までしてあって席もセッティングしてあったのに来なかった。
多分あの時のはドタキャン的な何かだろうと思うけど、それにしたって体調不良で食事できないなら責任なんてないだろうに、小さいのにしっかりした子だな。
「ありがとう、ございます。私の非礼はローレルの非礼と受け取られても仕方のない事ですので、そう言って頂けると助かります」
しかし硬い。
年相応の雰囲気じゃない。
謝ってもらうほどのことはないんだけど、この子が僕に何を見たのかは確かに気になるんだよな。
こんな子が取り乱して卒倒するような何を見たのかってね。
「……」
だから黙って次の言葉を待つ。
「私は、クズノハ商会の皆様の本質を無遠慮にも覗こうと致しました。巫女の力とはいえ、軽蔑されても仕方ない行為です。貴方が望むのならその結果をお答えするのは、私の義務かもしれません」
「いや軽蔑とかそういうのはあまり……」
大体、先輩がやらせたってことだし。
それにもし、こんな年頃の子が人の中身を見る力なんてもらったら、使ってみたくなっても不思議はないとも思う。
巫女さんはあんまり年頃の子供として括れない気もするけど、まあ。
「ライムさんに見たのは、優しい巨木でした。雨に濡れた、青々とした葉がキラキラ輝いていて……住処にしているのか、幼い竜の姿も見えました。暗示するものまでは私にはわかりませんが、あの方がとても好ましく思える、そんなイメージでした」
優しい巨木。
それに幼い竜、ね。
なるほど。
この子は本当に、この子にしかわからないものを見ているんだな。
でもそれは、真実を多く含む、本質に触れるようなものである可能性が高いと。
「澪さんは、黒くて大きな蜘蛛でした。災害の蜘蛛、です。首には大きな首輪がついていて、蜘蛛はその鎖付きの首輪を愛おしいものとして扱っている様子でした」
澪は正体をばっちり見抜かれたのか。
しかし首輪か。
多分それって契約を暗示しているんだろうな。
ってことは……その鎖は僕に繋がっているとこの子には見えた?
「ああ、澪については色々ありまして。ご覧のように今は見境のない怪物ではありません。大概の場合、以前よりは安全なので……」
「……騒いだところで、状況は何一つ好転しないと結論が出ています。ご安心下さい」
「そうですか。……よかった」
「そして、貴方は……全身真っ白な無貌の人型でした」
白い人形ってことか?
いや、それだけじゃないよな。
だったら倒れるほどじゃないだろう。
「白い、顔のない人型ですか。またどういう意味あいかよくわかりませんね」
「すみません。私自身この力に目覚めたのは最近で、見えたものが意味するものを正確に把握することはまだ出来ません」
「いえ、責めている訳じゃありませんから」
「ただその白い人型にはヒビがありました。小さなヒビ」
「ヒビ……」
「そこには……っ。失礼しました。そこには、とてもおぞましいものが存在しているように、私には、見えました」
おぞましいって結構な言葉だ。
外見はともかく、本質でも僕は不細工路線なのか。
流石に凹むな。
「見ただけで倒れるほど気持ち悪いものですか?」
「わかりません。長い時間直視した訳ではありませんから」
「はあ……」
「……」
「……」
「お願いです! 私には、出来る事はないかもしれませんが! どうか、アレを、表に出さないで下さい! 貴方が御自分を商人だと仰るなら! どうか!」
「うお、えっと、ちょっと落ち着いてください」
少しばかりの沈黙があったかと思ったら、巫女さんが切羽詰ったように詰め寄ってきた。
しかも頼まれたのは僕にはどうしようもないようなこと。
大体、アレって何だ。
流石に自分でも何かよくわからないものを表に出すも出さないもないぞ?
巫女さんを何とか落ち着けながら、頷けない頼まれ事に困る。
我に返った巫女さんは、肩で息をしながら相変わらず緊張しきった表情、同様の原因で硬くなったままの全身といった有様。
「も、申し訳ございませんでした」
「あの、よくはわかりませんが僕もそれなりに頑張りますので、あまり気にしない方が……物騒なものをご覧になったかもしれませんが、未来予知などではないようですし」
「おね、いえ……響様から伺ったのですが、貴方は女神様を信仰していないとか。あ、責めているのではありません。後学の為に、精霊様でも学問でも、何であっても構いませんが貴方が拠り所とする教えや考えをお聞かせ願えませんか?」
「は? 教えや考えですか?」
「はい。女神様の教えや、そこから派生した四属性の精霊様の教え、そして一部の学者が信奉する学問の真理。そういったものです」
「……ありませんねえ。僕は宗教にはあまり興味がありませんし、かといって科学が全てかといわれるとそれも違うと思いますから……。拠り所ですか、うーん」
「……」
巫女さんは僕を見て唖然としている。
すぐに何かしらの考えが帰ってくるかと思っていたんだろうか。
そんな無茶な。
「一応、弓道という武道を学んだ経験から自分の中にルールはありますが、それでも?」
「お聞かせ下さい」
「難しいことでも何でもないのですが。やると決めた事は己の力でやり遂げる、というものです。自分が決めたことなんですから誰かに頼るのではなく、己の規律として遵守する。色々曖昧ではあるんですが、そんな感じです。実際今まで生きてきて、そう決めた事なんて一個しかありませんし」
「それは、何でしょうか」
人の話を聞き慣れているのか、なんかこの巫女さんは話しやすいな。
……子供だっていうのも原因の一つかもしれないけど。
「弓を続けるってことです。僕が今後どんな進路を選んで、どんな職に就いて、どんな場所で生活することになっても。一生、弓は続けると決めています。ただそれだけです」
「……そうですか。継続するという事は何にせよ強い意思を必要とします。困難ですが素晴らしいお考えかと」
「ありがとうございます。何か僕が慰められた気がしますが」
「やると決めたら、絶対にやる……」
「巫女様? ところでお加減はいかがです? まだ病み上がりでしたら念の為に薬を差し上げますが」
「は? あ……け、結構です」
「そうですか。でしたらもう夜も遅いですから部屋にお戻りになっては? よろしければ途中までご一緒しますし」
「一人で戻れます。お気遣いだけ頂いておきます。夜分に失礼致しました。お休みなさいませ」
「お休みなさいませ」
僕はいくつの女の子と話していたのか。
そんな印象が最後まで残った。
「あ、旦那。おかえりなさい。さっきまで巫女が来てましたぜ? そこでお会いになったんじゃありやせんか?」
「ああ、会ったよ。一人でこの部屋に来たんだ、彼女」
「ええ。旦那に謝りたいって言ってやした。気にする人じゃねえし、伝えておくから戻って寝てろと言ったんですが聞きやせんでしたので」
「そ。まあ話もそんな感じだったよ。優しい巨木さん」
「は?」
「白いのっぺらぼうは寝るよ。お休み」
「はあ。お休みなさい旦那」
リミアから帰る日も近い。
響先輩のホーム、リミア王国。
居心地はそれなりに良いだろうなんて思っていた所もあったけど……想像よりは、しんどい訪問になったなあ。
僕には先輩のように国や世界、更に全体の未来なんて考える力はない。
一人一人の事さえわからないのに、何百万の人の意思、種族の意思の結晶である国の事なんてわかる訳がない。
魔王や先輩、各国の王様とかにはそれがわかっているんだろうけどさ。
商会の従業員全ての事情や動向も把握しきれてない僕には荷が重い話だ。
出来ないけど取り組むべきか。
出来ることを追求するべきか。
亜空に戻ったら巴や識にも話を聞いてみるか……あ、帰りについでじゃないけどケリュネオンにも顔出すか。
……あと、ゼフにもちょっと話を……。
考え事をしているから、というか。
色々あった上にもういい時間だったこともあって、思考は途中で途切れることになった。
睡魔最強。
ようやく蛇口から人間に戻れた気がします。
長かった。
現在は胃腸をリハビリしているところです。
寿司とオムライスと焼肉がリハビリになればいいんですが。
こういう時に限って美味しい話題がくるのは法則ですね。
来月前半の食生活は少々荒れる予感がします。
体調不良に関して、たくさんのご心配をいただきました。
ありがとうございます。
少しの不規則更新で済んで私もほっとしました。
真や響をはじめ、登場人物の考えに賛否様々な感想を寄せてもらえているのを見るのは、沢山の方に読んでもらえて考察してもらえているんだなあと嬉しい限りです。重ねてお礼を言わせてください。
あとがきが長くなりました。
ご意見ご感想お待ちしています。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。