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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

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誘いと答え

「どう? リミアは」

「大きな国ですね。この世界で一、二を争う大国なんじゃないですか?」

 先輩からの曖昧な問い。
 具体的に聞かれたら違う答えがあったかはともかく、僕はリミアへの感想を述べた。
 貴族の横行など悪い印象はいくつかあるけど……。
 良い方となると大国、以上の印象が無いというのが正直なところでもある。

「ふふっ、大国ね。正しいわ。でもね、実際には私や貴方が想像する大国とは大分違う、適当な国でもあるの」

「適当?」

 大国が適当でやっていけるとは思えない。
 より多くの人が住むから大国だろう。
 となれば、それらを管理する優秀な制度がないと国は成り立たないんじゃ……。

「例えば人口。真君はリミアの人口はどの位だと思う?」

 じ、人口?
 この世界に来てから全く気にした事のない話題だな。

「……リミアは国土も広いですし、多分何千万とか何億では?」

 国土だけ見ればその位いてもおかしくなさそう。

「正解はわからない、よ」

「は?」

 なにそれ。
 ずるくないか?

「この世界、人口なんてまともに把握してる国はリミアを含めて殆どないの。私が知る限り、それを把握してたのはツィーゲのみね。しかも情報を持っていたのは国の役人じゃなくて一商会だった」

 マジか。
 というか、ツィーゲ?
 一商会?
 ……一つしか該当しない気がする。
 今の激増した人口やらの把握も出来てるんだろうか、レンブラントさん。

「難しいんでしょうね……多分」

 人の数の把握……住民票、いや戸籍か。
 待てよ、日本だとそれなりに昔からあった筈……。
 ということは困難じゃあないのか。
 余程混迷の時代でもなければ。
 今のこの世界は戦争はしているけど、始まった時期を考えると出来ていてもおかしくない?
 資料が焼失して人の記憶も途絶えるほどの混乱っていうと……日本だと応仁の乱の頃、とか?
 あの時代って以前、中学の頃自由研究で調べてもよくわからなかったんだよな。
 敵が味方になったり、両勢力の頭同士が同じ陣営に属してるのに戦いは継続してたり、気付いたら戦国時代に移行していたり。
 多分今はそんな感じではないしなあ。

「やる気がない、やる意味を見出していない、ただそれだけよ。領地のある程度の収穫を報告されて、その報告から税を決める。そんなシステムじゃ人口の管理なんてする意味は薄いわ」

「は、はあ」

 土地で税金を決める、か。
 確かにそうすれば国はあとの事を貴族に任せればいいのか。
 丸投げな気もするけど収入がしっかり入るなら問題もなさそうだ。

「だけど国が力をつけようと思ったら放置は出来ない課題よね。実際、リミアの民は現状で五千万から七千万はいると読んでるけど国庫に入ってくるのはその半分程度の税収に留まっている。不正もやりたい放題って訳」

「半分……残りは、横領ですか」

 貴族専横の代名詞だもんなリミア。

「ええ。事後承諾になって申し訳ないけれど、貴方にも協力してもらってこの辺の改善は今進めているところ」

「僕ですか?」

 何かしたか?

「凄く助かったわ。ありがとう」

「いえ、あまり実感がないですがお力になれたなら……良かったです。というか先輩、改善とか、そんなことまでしてるんですか」

 結構国の根本に関わってる気がする。

「改善は日本の特技だもの。異世界だから使えないってことはないでしょう? 例えで人口なんか挙げたけど、この世界は色々とより良く変えられる事も多いもの」

 言いすぎでしょ先輩。
 改善なんて世界中でやってますよ地球なら。

「まあ、使えないことはないでしょうけど……随分この国に入れ込んでるんですね?」

「……ここは私が召喚された国よ」

「それは知っています」

「私が知っている人も、私を知っている人も一番沢山いる国。大勢から想いを託された国。大事に考えるのは、当たり前じゃないかしら」

「すみません」

 何というか、責められている気がして謝ってしまった。
 まあ、僕も亜空のことは大事だし同じようなものだろうか。
 それならわかる気がする。
 亜空と違ってリミアは他の国と地続きで、敵がいれば攻められるけど。

「……貴方にも、この国を好きになって欲しい。そう望むのは、難しい?」

「っ」

 先輩の目が、真剣一色に染まった。

「真君。この世界、そして女神。確かに向こうの世界とは常識からして大きく違うわ。納得のいかないことも、理不尽もあるでしょう」

「……」

「貴方が女神に良い思いを抱いていないのも知っているつもり。この際、それを捨てて欲しいとは言わないわ。ただ、この長い戦争を終わらせる為に……私に力を貸してくれない? もちろん、戦争をしろとも言わないわ。物資を適正な価格で譲ってくれればそれだけでいい」

「……」

 リミアに物資を供給するってことか。
 先輩に力を貸すだけならまあともかく、戦争を終わらせるのに協力するってことはやることが物資の供給だけでも僕がヒューマン側につきますよってことになる。
 つまり間接的にだけど戦争に参加するってことに。
 うん、無理だな。
 これは断るほかない。

「……どう?」

「すみません。無理です。個人的に先輩の頼みを聞いて物を売るってだけなら構いませんが」

「そう。“戦争を終わらせる為には”協力してくれない、ってことね」

 ……あー。
 先輩が言葉の前半を強調した意味は僕にもわかる。
 既に魔族との関係も、疑われているのか。
 流石に確証はないだろうから罪を問うたりはできないと思うけど……。

「クズノハ商会は、必要としてくれる全ての方に扉を開いていたいと考えています。その、中立という立場で協力するだけにさせてください」

「あのね真君。……私は女神の行い全てが正しいとは思っていないわ」

「っ!?」

 先輩!?
 いや、勇者がそれを言ったら駄目じゃないっすか!?

「彼女は私達が思ういわゆる“神様”じゃない。ちゃんと個性があり、人格を持っている。この世界で彼女以外の神の存在を聞いた事はないから唯一の神には違いないでしょうけど」

「……」

 そうだ、あんなのが神様であってたまるか。
 先輩が言ってるのは多分お天道様的な意味での神様だろう。
 そういう神様には僕も会ったことはない。
 でも。
 あのくそ女神がこのままのさばっていて良い訳がないとは思える。

「世界を管理し見守る存在、多分実在の神様というのはそんな仕事をしてる方々なんでしょうね。正直、今となれば性格には問題がありそうな女性だと思うわ」

「先輩……」

「でもね、真君。例え彼女がどんな存在でも、私達とは住んでいる場所が違う、言わば関係ない存在よ? 私だって、あの夜出会ったのが最初。それまでは神の存在も信じていなかったしね。つまり彼女は私達にとってその程度、短い人生でほんの一瞬だけ触れ合っただけの存在じゃない」

「……」

「そんなものに負の感情を抱いていてどうするの? 世界に存在する当然の理や現象に難癖をつけるようなものでしかない。無意味じゃないかしら」

「先輩は……どうして」

「え?」

「先輩はどうしてこの世界に来たんですか? 向こうでは、成功を約束された勝ち組の人生があったのに」

 まったくわからない。

「……私がこの世界に来た訳が知りたい?」

「ええ」

「本来なら得るべき機会もなかっただろう無関係な私が、どうしてこの世界にいるか、気になるの?」

「!」

 先輩は、知ってるのか?
 僕と僕の親のせいで二人の勇者が召喚される機会ができてしまったことを。

「……面白そうだと思ったからよ」

「おも?」

「それはね、日本の生活に戻る願望が全くないとは言わないわ。でも私はあの時、あの一瞬。確かに異世界の方が魅力的だと、そう感じたの。だからここにいる。結局、あの時の私が感じた一瞬の気持ちが理由の全てなんでしょうね。あれからこの世界でどんどん縁が出来て、もうそう簡単に離れられないわね」

「一瞬の気持ち」

 先輩には、今はもう日本に帰る気はないんだな。
 そんな気持ちが伝わってくる。
 少しは帰りたいとも思っている、なんて言いながら先輩は微塵も郷愁を感じさせていなかった。

「帝国の智樹君も同じでしょう。もし前日、翌日に女神から聞かれていたらまた答えが違ったかもしれない。違う勇者が召喚されていた可能性、私と彼が今も日本で平和に過ごしていた可能性は十分にあるわ」

「……っ」

 そうだよな。
 その日、その一瞬だけで、二人は勇者になる事を決めた。
 決断は決断だ。
 でも自分が考え抜いた結論かと言えば、やっぱり違う。

「別に真君を責めている気はないわ。そんな顔をしないで。話を続けるけど、世界にとって神の干渉は絶対でも何でもない。この先、世界もどんどん変わっていくでしょう。早く戦争を終わらせてヒューマンと魔族のいざこざを落ち着かせることが出来れば、それだけ世界を変えることに時間を使えるのよ」

「世界を、変える?」

「そう。すぐには無理だけどヒューマンが亜人を蔑視しなくなる、お互いが協力しあう社会への道筋を、作れると思うの」

 ヒューマンの考え方そのものを改革するってこと?
 でもその考え方の根底が女神の教えにある以上、不可能に思える。
 大分マイルドな精霊の教えでも、亜人はヒューマンに劣る存在であるとされているんだぞ?

「勇者だからって、それはあまりに綺麗事じゃありません? この世界の大多数であるヒューマンの多くが信仰する宗教がそんな社会を否定してる世界ですよ?」

「その可能性は真君自身が示してるんじゃない? ロッツガルドと、ツィーゲで。それをヒューマンの社会全体で起こすのだって不可能じゃないでしょ? 自ら変わろうとするヒューマンを、女神が強制的に修正できるとは思えない。彼女の行いは何十年分か確認してきたけれど、彼女は自身に従順で美しいヒューマンを寵愛する傾向があるだけで、己の意思で違う考えを持ったヒューマンを粛清したりはしていない。少なくとも表立っては」

 先輩は女神の世界を内側から変えようとしてるのか。
 でもそれなら僕と考えも近くなりそうなのに、どうしてこんなにも先輩を遠く感じるんだろう。

「だったら、先輩。女神なんてこの世界に存在しなくても、例えば別の神様が席替えでやってきても、構わないって事ですよね」

 別の神様っても、特に思いつく神様はいない。
 もののはずみだ。
 でも先輩もそう思ってくれるなら協力関係を持つのは可能だと思った。
 亜人を差別しない社会の方が良いと思ってくれるなら、魔族とだって話し合いが出来る。

「……女神がいなくなっても?」

「た、例え話です」

 実際、戦って僕が勝って女神にお仕置きした場合。
 女神がこれまでと同じようにこの世界を管理できるかわからない。
 その場合、しばらく神様がいなくなるか代わりの神様が来ることになるんだと思った。

「それで、世界に一切の影響が出ないなら私は構わないわね。ただ」

「ただ?」

「女神がいなくなるということは、従者たる精霊も消え、彼女という世界の管理者がいなくなり、この世界の基幹にもなっている魔力にもどういう影響が出るかわからない。その上、祝福や加護が失われ神殿の地位が失墜。女神の教えそのものが廃れる恐れもあるわ」

「……」

 僕は、そんなことまでは考えていない。
 女神が力を失って、最悪滅んだ場合のこの世界のことなんてどうでもいいから。
 匿いたい人がいるなら先に亜空に入れておけばいいし、元々は女神がいなくても存在はした世界なんだ。
 その頃からルトとかはいたようだし、人が住めなくなることもないと踏んでいる。
 だからそれ以上は考えようとも思ってなかった。
 だけど先輩は、女神が滅んだ時のことも想定しているようだった。

「その時が仮に平和であっても、世界はあっという間に大混乱、地獄が始まる可能性が非常に高いでしょうね。特に、女神の寵愛でこの世界の主人のように振舞ってきたヒューマンは他の種族から目の敵にされかねない」

「確かに、可能性はありますね」

 というかそうなるだろうな。
 祝福もなくなるんだから、本当に実力があればともかく、大抵のヒューマンは痛い目を見るんじゃないだろうか。
 それに共通語までなくなるならバベルの塔みたく滅茶苦茶になるかも。
 これまでみたいな大きな国は作れないだろうから、世界の覇権が別の種族に移るかな。

「そういった世界への影響が一切ない方法でやるというなら、私は構わないわ」

「なら、先輩が言うような影響が出るのだとしたら」

「命を懸けてでも抵抗するわ」

「……命を懸けてもですか」

「もしもそんな事を画策している人がいるのだとすれば、それは魔族と同じよ。世界に対するテロリスト。平和に暮らす多くの人を無慈悲に追い込み命を奪う、悪意しかない行動といっていい。一番被害を受けるのはヒューマンだろうけど亜人も例外なく巻き込まれるのだから」

「テロリスト。魔族は別の種族で、彼らの国家を持つ、戦争相手では? 戦争なのにその言い方は、少し偏ってないかと」

 テロリストとは、予想外の言葉だった。
 魔族との戦争をテロとは。

「ええ。本来なら拮抗さえ出来る筈がない規模の種族との、何か言ってきても弾圧で事が済んでいたような少数民族と大国の間に起きた戦争のようなもの。だから女神も焦って勇者を呼んだんでしょうね」

「魔族が少数民族……」

 ロシアとか、中国とかの民族闘争や侵略を想像する。
 ゼフの言葉を思い出す。
 確か彼は魔族の人口は多く見積もっても現状百万か百五十万だと言っていた。
 リミアが先輩がいったように何千万かの人口なら、ヒューマンの人口は大体その四倍以上だろう。
 四大国っていう位だからそこから予想してだけど。
 五千万だとして二億?
 二億対何百万。
 他の亜人が加わって何千万にはなってるのか?
 元々魔族は種族混成部隊が基本だ。
 いやヒューマンにしても多分最低値に近い数字だし……。
 どっちにしろ、戦争ってレベルじゃないなこれ。
 先輩が例えたように、小さな内乱に近いレベルだ。
 量より質ってとこがあるこの世界とはいってもなあ。
 魔族が善戦してるのが正直凄いわ。

「魔族の主張は、突き詰めれば女神の否定であり、彼女への報復……とまではいかないまでも待遇の改善を求めるもの。それはこの世界が何千年と過ごしてきた基本的な社会制度の拒絶よ」

「彼らは、そうしなければ滅んでいたかもしれません」

「随分、魔族の肩を持つのね」

「女神の彼らへの差別はそれだけ苛烈だったと、何かで見ました。なら、魔族の行動は生き残る為に仕方ないものなんじゃ」

「ええ、今回の挙兵は彼らにとって避けがたいものだったでしょうね」

「なら!」

「もう手遅れだったということよ。彼らはそうなるまでに何とかするべきだった。蔑まされた自らの境遇を少しでも良くして、ヒューマンに自分達を認めさせるべきだった。武器を持って彼らと戦う以外の方法でね」

 そんな、無茶な。
 女神が率先してあっち行けって追い込んだようなもんだろ、魔族に関しては。

「それは流石に無茶じゃあ」

「魔族とヒューマンの歴史も一通りは見たわ。勿論、ヒューマン側の史料からだから偏りはあるでしょうけどね。ただ、魔族がヒューマンに友好的に振舞った過去はそれほど多くないわ。そして多くない事例の中でも長続きしたものは一つもない」

「歴史。ヒューマンと魔族の歴史ですか」

 僕は大雑把にしか知らないな。

「魔族にとってヒューマンは圧倒的な多数であり、しかも一つの宗教でまとまった、個体の戦闘能力でも勝る相手よ? 本来なら戦うという選択肢自体が正気じゃないわ」

「……ですよね」

 女神の祝福で魔力面でも魔族はヒューマンに押され気味だっただろうから、いいところなしのはず。
 考えれば考えるほどに魔族もよくヒューマンと戦い続けたもんだ。
 まあずっと戦争をしていた訳でもなく、基本的には差別と弾圧に耐えていたんだろうけど。

「でも魔族はヒューマンと何度も戦い、負け、それでもやり方を変えてない」

「……」

「何度も機会はあったでしょうにね。他の亜人と同じ様にヒューマンの中に入っていく機会は」

「え?」

「私ならそうするわ。大きな相手で、自分達の戦力でどうにもならないなら内に入り込み、相手を変える。自分達が入り込む余地を作り出し、そして同化する。それも少数の側が生き残っていく数少ない方法の一つじゃない?」

「ヒューマンの中で奴隷として生きろと?」

「……奴隷階級からのスタートからでも、這い上がっていくことは出来るわ。でも彼らは最後まで剣を持った。私は彼らを滅ぼす気までは無いけれど、もうそのギリギリまでは追い詰めてみせなければ誰も納得してくれないでしょうね。少なくとも今の彼らの国を運営している者、軍属の者、その協力者位は全員……」

「納得って、それだって女神の歪んだ考えが原因じゃないですか」

 あいつさえ馬鹿な教えで世界を汚さなきゃ、こんなことにはならなかった。
 あんな女神が存在することがそもそもの問題なんだから、いずれ相対しなければいけないんじゃないか。
 だったら、多少今生きてる連中が困る程度なら、女神の広めたおかしな考えを世界から排除した方がよっぽど良いじゃないか。

「女神の歪んだ教え、か。でもそれがここでは全世界で信仰される宗教よ。圧倒的な少数が武器を手に変えられるものじゃない」

「だから、甘んじろと。女神の教えは仕方ないものだから魔族を再起不能にするのも仕方ないと。さっさと同調して奴隷にでもなんでもなって生き残ることを選択しなかったのだから、もうそれ以下の扱いを受けるのは仕方ない。先輩はそう考えているんですね?」

 なんか、腹が立ってくるな。
 誰だって虐げられれば文句の一つも言いたくなるだろう。
 理不尽な理由で差別されれば、抗いたくもなるだろう。
 そんな時でも冷静に状況を見て、先々のことを考えて、種族の存続により良い方法を取り続けるなんて。
 出来なくて誰が責められる?
 どこまでもどこまでも理性的に振舞うなんて、そうそう誰にでも出来ることじゃない。
 そんなことを思いながら、つい。
 先輩にきつい物言いをした。

「そうよ」

「っ!」

 先輩が困った顔の一つもするかと思っていたかと言われれば違う。
 でも、多少の逡巡はあると思っていた。
 先輩からの即答は、僕の言葉を詰まらせた。

「さっきも言ったけど。魔族とヒューマンはもう、手遅れ。この戦争の終結無しにどちらの種族も前に進めないでしょう。それだけ両者の間には憎悪が積もってる。これは当然リミアで戦ってきた私も例外じゃない。女神の教えや彼女への依存、亜人差別、他の全ての問題への取り組みはこの戦争の終わりから始めること。この一点はもう動かし様がないわ。誰にもね」

「誰にも?」

 本当に?
 どっちとも繋ぎをつけられるクズノハ商会なら、もしかしたら上手く立ち回れるんじゃないか?
 ……いや。
 それ以前に、僕がさっさとあの虫を反省させればそれで大分変わるんじゃ。

「誰にもよ。例え神でも無理ね。魔族に家族を奪われたヒューマンはその憎しみを胸に成長し、彼らへの刃になる。ヒューマンに家族を奪われた魔族も同じね。この負の記憶の連鎖は……消せないわ」

 先輩が一瞬辛そうな顔をした。
 今の先輩は氷の様に冷たい、そして淡々とした表情で話しているからその一瞬は妙に印象に残った。
 記憶は消せない、か。
 ロッツガルドは結果的に随分と住みやすくなったけど、確かにああいう方法でもないと記憶を消すのは難しいか。
 その人口が多ければ多いほど大量虐殺になっちゃうしな。

「憎しみに悲しみ。簡単に消えてくれるもんじゃないですよね。それは、わかります」

 やっぱり、早く女神を何とかしないとな。
 先輩はあとの事を気にしているようだけど、結局あいつがこのままいる限り元凶が残ったままだ。
 虫の態度を改めさせないと。

「ごく少数の魔族が圧倒的多数のヒューマンと女神を相手に戦争をする。世界の多くの人々が望みもしない革命を目指すテロリストの起こした、この狂気の戦争を私は一刻も早く終わらせたい。真君、もう一度言うわ。私達に力を貸して。お願いします」

 先輩が深く頭を下げた。
 だけど僕の考えは変わらない。
 むしろ、先輩は現実的に考えすぎるんじゃないかと思っていた。
 どうせ女神の好き勝手やったこんな世界、価値観を変えるにしたってゆっくりやってたらどうしようもない気がする。

「……先輩、僕ももう一度言います。お断りします」

「率直に言わせてもらうけど、貴方のクズノハ商会の姿勢は魔族にも利益を与えかねない。戦争をしている両者に物資を提供する行為は、死の商人のやることよ? クズノハ商会は戦争を望み、そこで利益を得たいと考えているの?」

「いえ。僕も戦争はどちらかと言われればない方がいいと思います。ただ僕は、やはり全ての原因はあの女神で、あいつさえ考えを改めるなら幾らでも打てる手はあるんじゃないかと、そう思います」

「どういうこと? 女神が原因だとしても、なら真君は何をする気でいるの?」

「クズノハ商会は求めてくれる人がいればいつでも歓迎していく方針で間違いありませんが……僕個人としては女神を、あいつを一回引きずりおろしてやるのが良いんじゃないかと思うんですよ」

「女神を、引きずりおろす……」

 先輩が短く呟いて絶句した。

「確かに一時的に世界は混乱するかもしれませんし、使える魔術に制限もかかるかもしれません。ヒューマンと亜人も世紀末状態になるかもしれませんけど。それでも、あいつがふんぞり返って居座り続けている神の座からぶっ飛ばしてやるのが、実のところ一番良い解決策なんじゃないかと」

「……どう、やって?」

「まあ、力で」

「力って。それに、世界の混乱が仕方ないって相手は神よ? 仮に貴方がそれを圧倒したとしても、彼女の代わりが貴方に勤まるの!?」

「圧倒って。それはわかりませんし、第一、僕はあいつの代わりなんてする気はありませんよ」

「じゃあ、神をただ滅ぼすってこと?」

 先輩の頭がふらりと揺れて、彼女はそのまま頭を抱えた。
 いやいや、滅ぼす気もないし。
 半殺しより少し先までやれば、別に良いかな。
 なんだかんだで僕も生きてるし、巴達と会えたのもあの虫がいたからだし。

「いや、神様ってあれだけじゃないから多分色々やってる内に代わりの神様も来ますよ、きっと」

「……まるで他の神に会ったことがありそうな話しぶりね。まあ、私も妙な場所で胡散臭いのには一回会ってるけど」

「なんというか、あの女神の知り合いっぽい別の神様には会った事があったり」

「……だから、女神の考えを力ずくで変えさせるっていうの? それで起きる影響は一切考えずに」

「いざとなれば混乱が落ち着くまではしばらく避難してれば良い訳で」

「本当に、ヒューマンの危機には冷淡ね。亜人差別はしないけど、ヒューマン差別はするんだ」

 !?
 いやいや!
 ヒューマン差別なんてしてない。

「僕は亜人差別もヒューマン差別もしてませんよ」

「……本気で言ってるんだ。だったら重症ね」

「どういうことですか」

「真君の言動ってね。色んな場所で、ヒューマンはこれまで女神と好き勝手やってきたんだから仕方がない、って意識がちらついてるの」

「そりゃ、ヒューマンが随分好きにやってきたのは事実でしょ?」

 それは差別じゃなくて事実だ。

「ええ。でもそれで彼らを反対に冷遇するのはどうかしら。差別ではないの?」

「ヒューマンはこの世界の圧倒的な多数を占める強者ですよ。どうして彼らに差別なんて言葉を当てはめるんですか」

 差別は、社会的な強者が弱者にするものじゃないか。

「だから?」

「え?」

「支配者層に向けてなら差別的な扱いをしても差別ではない、と言うつもり? ヒューマンが亜人に向ける視線は独特なものがあるけれど、気付いてるかしら、真君も時折ヒューマンにそんな視線を送ってたわよ。ここでも、ロッツガルドでもね」

「う……」

 視線と言われても自覚はない。
 ただ、差別的な扱いを強い層に向けてならしていいのかと聞かれると、それは駄目だと思う。

「ねえ、私や真君はこの世界の仕組み的に言えば部外者よね。ならそれまでの歴史的な経緯は度外視して、ヒューマンにも亜人にも平等に接するのが差別しない人物の態度なんじゃないの? 目の前に困っている人がいたなら、それまでの暮らしぶりや社会的な地位とは関係なく手を差し伸べるべきじゃないの? ヒューマンなら好き勝手やって良い思いしてきたから我慢しろ、亜人はかわいそうだから助ける。それってヒューマン差別って言わないかしら」

「でもヒューマンは、亜人を都合の良い奉仕者として扱い続け、それを省みることもなく生きてます。大体そんな聖人みたいな目で、あいつらの事も見れませんし」

「だから。私達の常識で考えるから、そんな風に思ってしまうの。ここは日本じゃなくて異世界なの。この世界の常識が、ヒューマンも亜人もそうなってる。そもそも魔族はその常識と喧嘩して戦争を起こしてるのよ?」

「……間違った常識です」

「日本人としては、ね。貴方がヒューマンを冷遇する根拠は、ヒューマンにとっては至って常識的なことで、なぜ批判されるかも理解できない人が殆どよ。ヒューマンだって、亜人への態度や美への執着を除く場面で彼ら同士の間では、差別を憎む感情もちゃんと併せ持ってるわ」

「除いちゃいけないものを除いて話されても、納得なんて出来ませんよ」

「根本の認識を変えていくには、戦争を終わらせてからの時間が必要なのよ。だけど、それも女神を力ずくで、なんて考える真君がいたら全部ぶち壊しになってしまう」

「別に、僕は負けるかもしれませんし先輩は先輩で戦争すればいいんじゃないですか。少なくとも、僕は僕の考えで動きます。いくら先輩でも、何でも肯定して従うって訳にはいきません」

「負けてくれたなら、どれだけか……」

 手摺りに両腕を預けて先輩の身体が折れる。

「……十分ありますよ。相手はあんなんでも一応神様なんですから」

 顔が隠れた先輩から漏れた、僕が負けることを期待するような呟き。
 ここまで話してそれが先輩にとって嬉しい流れなのはわかる。
 多少ショックはあるけど、仕方ない。
 先輩は女神と僕が戦うのは全面的に反対の立場みたいだからな。
 かといって、先輩が言うようにあとの世界に何の影響も出ないようにしてからあいつと戦うなんてまるで考えてない。
 こんな世界の管理なんてお断りだし、神様になんてなりたくもない。
 そんな無駄な事を手配するよりも元の世界に巴達と戻りながら亜空とも行き来できる方法を探す方が余程大事だ。

「貴方が負けるところを想像できないのよ」

 恨みがましそうに拗ねたような顔を僕に向ける先輩。

「そ、それはどうも」

「距離が遠すぎるとか、範囲が広すぎるとか、数が多すぎるとか。そういうのなら私自身がどうにも出来ないのもわかるけど。直接斬りかかれる相手で全くどうにも出来る気がしなかったのは初めてだもの。……それも、今の私が全力でやってなんてね」

 今の先輩が全力でやって、か。
 やっぱ界みたいな能力を獲得してる線が濃厚かなあ。
 じゃないにしても何かあるな。

「や、先輩も強かったですよ? 流石勇者って感じで」

「全く本気じゃなかった癖に。へえ。じゃあ魔王とどっちが強かった?」

「……魔王と戦ってれば答えられるんですけど」

「なら、イオとは? 白い人」

「……。あの凄い攻撃力ならイオにも勝てるんじゃないですか?」

 実際、イオと戦うってことはあの人の再生をいかに上回るかだろうからなあ。
 かといって向こうの再生切れなんて待ってたらとんでもない持久戦になる。
 どこかで一気に攻めきらないといけない、と思う。
 先輩は何度かあいつに痛い目見てるんだっけか。
 確かに相性最悪に近そう。
 でも今の先輩ならイオを破りそうだ。
 そう考えるとおっかない人だよな。
 あの強面の巨人よりも更に強いってことなんだから。

「白い人からのお墨付きなら自信つくわねー。……あいつには、どうしても勝たなきゃいけないし」

「はあ」

 何度も戦場であってれば因縁の一つも出来るってとこだろうか。
 僕にはあまりないな。
 あの女神以外には。

「ん」

 先輩が手摺りを離して、背筋をピンと伸ばして直立した。
 剣道やってたからか、姿勢もいいな先輩は。

「クズノハ商会とライドウは、困ってる皆の味方、ってことね。うん、わかった」

「は?」

 い、いいのか。
 助かるけど。
 どれだけリミアにだけ協力しろって迫られても頷けやしない訳だし。

「その上、反女神全開の困った人だと。まあこっちは秘密にしておいてあげるけど」

「っ、どうも」

「多分女神も聞いちゃいないでしょうしね。王都襲撃辺りから、祝福や加護はともかく、全くといっていい位反応がないもの。今何を考えているのかも謎だわ」

 反応が、ない?
 つまり神殿からの声にも、勇者の声にも応えてないってことか?
 王都襲撃……そうか、あの神様達が女神と会った辺りからってことになる。
 何か動けないような約定がなされた? 
 僕は聞かされていないはずだけど……。

「妙な話もしちゃったけど、そうね。私も一応、将来的には女神の世界への影響や歪みを排していきたいとは思ってるんだって知ってくれてたら、それで十分かな今日の所は」

「大分遠い将来としては考えているんだ、とは感じました」

 僕らが死んだずっと後、位には。
 だから、先輩が遠く感じたのか。
 この人は、必ずしも自分が掲げた目的を自分自身で達成しようとはしていない。
 一つずつ確実に、自分で無理なら未来に先送りしようとしている。

「人は想いを繋いでいくということができる種族よ。そうする事で、時間を上手く味方につける事が出来る種族でもある。何もかもを自分だけで自分の世代だけでやろうというのは、無用な痛みと目的の歪みをもたらしかねないわ」

「自らがやろうと決めた事は何としても己でやり遂げる。僕はそれを素晴らしい事だと思います。時間は記憶を薄れさせますし死後、先の世代が自分と同じ気持ちでいてくれる保証もありませんから」

「全体を、この世界の社会を信じて動こうとは……思えない、のよね」

「先輩が教えてくれたように、僕の根底にはどこかヒューマンを差別する意識があるんだと思います。頭では先輩のいった事がわかっていても心に入っていかないのはそういうことだと。今すぐヒューマンや彼らの変化を信じろと言われても、無理です。すみません」

「……わかってもすぐに消せるものでもないわ。謝ってもらうことでもない。これからはお客さんの一人として、よろしくね真君」

「はい……こちらこそ」

 近いようで、僕と先輩は遠い。
 わかりたくなかったけど、わかってしまった。
 智樹に感じた嫌悪とは違う、こうあって欲しくなかった差異を感じた感じ。
 先輩は、今の女神の世界そのものを受け入れている。
 その上で日本人として感じた違和感を世界に伝えてゆっくりと変えていこうとしている。
 膨大な時間がかかるのも、承知の上なんだ。
 僕は、そんな事は関係なくあの女神に反省させてすぐにでもヒューマンと亜人が対等な関係になるのが自然だと考えている。
 例えそれで、どこにどれだけの被害が出ようとお構いなしで。
 僕は……この世界や女神から見たら、ただの凶悪なテロリストなのかもしれないな……。
 それでも元の世界に僕が望む形で帰れる手段さえ見つかれば、僕は動くと思う。
 女神と一戦交えるために。
 その時は先輩とも戦うんだろうか。
 僕とあの人の間で戦闘が成立するとは思えないけど、先輩から剣を向けられるのは出来れば避けたいな。


絶賛体調不良で更新も不安定になりそうです。
申し訳ありません。

一つお知らせです。
月が導く異世界道中3巻ですが、K-BOOKS秋葉原店様でステッカーの特典を付けて頂けるそうです。詳細はよくわかりませんが、同日発売のアルファポリスのいくつかのタイトルにつけていただいた特典の一つのようです。
直前で知ったのでこのような時期にお知らせすることになり、申し訳ありません。

ご意見ご感想お待ちしています。
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