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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

162/187

リミアの長い長い一日(下)

「洞窟みたいな場所を想像していたけど全然違ったなあ」

「そうね、でも水の竜だというならこっちの方が相応しいかもしれない。凄く、興味深いわ」

 真と響はメイリス湖の中央に浮かぶ島、そこに建つ巨大な神殿にいた。
 どこか古代ギリシャを思わせる造りの神殿は、石のタイルや柱、その一つ一つの構成品が大きい。
 人の住む場所ではないことを二人に感じさせていた。

(……損傷が酷い。遺跡ならともかく、ここは住まいで、しかも魔術や剣による新しい傷も随分ある。真君の言っていた“色々”は、随分と荒っぽいことだったみたいね)

 神殿は外観も、内部もどこも住居というには酷く損傷していた。
 響の見立ては正しく、新しい傷も多い。
 最近この場所で大規模な戦闘があったことを、彼女は確信した。

「水は古来鏡としても使われてきました。水の特性とは、人が思う以上に多様なものです」

 リュカは先頭にいた。
 ゲル状の魔物の上に狛犬のようにちょこんと座っていた彼女は、招待した客人の感想に首を回して応えた。
 上位竜リュカの住まいはメイリス湖中央の島。
 しかし、先ほどまで真たちがいたメイリス湖にはそもそも中央に島などない。
 彼らが今いるメイリス湖は、リュカが生み出した異空間とも言える場所。
 巴のそれとは大分仕様は異なるが、リュカもまた己の空間を持つ竜だった。

(鏡か。鏡面世界とか、そんな感じなのかな。水面の景色って波で崩されたりして不安定なイメージだけど、ここは空間としては狭いけど安定してる感じだ。巴の亜空と似てるけど……ひょっとして水って空間の属性に近い?)

 真は巴の固有能力である亜空と、リュカが作ったであろう今いる空間を彼なりに比較していた。

「リュカ、単刀直入に聞きます。水属性を応用すれば、一時的にでも異空間を構成して保持できるんですか?」

 響は水属性の応用で収納用の異空間を生み出したりできないかと考えた。
 それが出来るなら軍の運用において画期的だと、彼女は思う。
 魔族に少しでも技術や戦術で対抗しなければヒューマンの苦戦は続く、そう理解しているからこその質問だった。

「さて、可能性はないとは言いませんが。この神殿は私の持つ水の特性と、メイリス湖の力を合わせた偶然の結果。私がここに住んでいる理由でもあります。空間を生成するような魔術に一番近いのは水ですが、貴方が考えるような利用方法なら、それは卓越した幻の使い手が一番可能性を持つでしょうね」

「卓越した幻術……。確かに、これだけのこと、容易くは出来ませんか」

「……」

(まんま、巴のことを言ってる気がするな。上位竜の記憶って……実際どうなってんだろう。多分リュカは巴のことを知っていて話している気がするし。にしても、ここはやっぱ亜空とは違う。精々湖周辺程度の広さしかないしな。それも大分ボロが来てる)

 真はリュカの言葉に反応することなく考え事をしていた。
 界を使ってこの領域を把握しようとしている。
 集まってくる情報から、真はこの場があくまで現実のメイリス湖と繋がった場所であり、その気になれば完全に隔離される亜空とは成り立ちが違うことを掴んでいた。 

「さあ、どうぞ。幸い私も今はこのサイズです。ここで十分話が出来ます」

 リュカの招きに従って進んだ先は中庭だった。
 明るく柔らかい光が差し込み、視界には湖も見える。
 テーブルと椅子が用意されており、カップとポットまで置いてあった。
 真と響が席に着き、リュカが底上げされた彼女用の椅子に座る。
 ゲルは器用にポットを掴み紅茶らしきお茶を真と響に淹れ、リュカの視線に一度震えるとずるずると中庭から出て行った。

「彼、器用ですねー」

「私の身の回りのことをやってもらっています。あの騒ぎで大分減らされましたが」

「眷属ですか? それとも信者かな」

「“彼女”とミスティオリザードのような関係ですよ、ライドウ」

「ああ」

 献身的なゲルに感心した真の言葉。
 リュカは真にしかわからない答えで両者の関係を表してみせた。

「……リュカ、私は本当にこの場に同席していていいんですね?」

 響は、早速自分にわからない話題を共有しているらしい二人の様子に配慮して聞いた。
 既に同席を許されているが、一応の確認だった。

「もちろん。私は貴女に個人的な興味も持っていますから。是非同席して下さい。ライドウとの話は長くなりませんし、その後、二人で話したいこともあります」

「……わかりました」

「さて、ライドウ。あの方が随分と迷惑をかけましたね。一応問題は収拾したとはいえ、貴方の力なくばコトはもっと大きくなっていたと容易く想像できます。重ねて、感謝を」

「あまり畏まってお礼を言われることじゃありませんよ。それに、一番迷惑をかけられたのは多分グロントさんですし。僕よりあの人を労ってあげた方が良いんじゃないかと」

「グロントですか。白の砂漠は踏破して会ったのでしたね。確かに、私がこのような状態でしたから彼女にも大分負担をかけました」

「ええ」

「ともあれ、ライドウには上位竜として報いねばならないと考えています。貴方は金品などは喜ばないでしょうから、私は魔術書を用意しました」

(魔術書……真君からは時折強い魔力を感じたり、何も感じなくなったり、よくわからない感じになったりする。紫の雲を散らしたあの攻撃といい、やっぱり魔力も強大と考えるのが妥当か。となると、竜の魔術書というのは彼の力を更に肥大させてしまいかねない。でも現状ではそれを防ぐ手はない、か。歯痒い……)

 魔術書、という言葉に響は一瞬警戒を強める。
 強力な魔術師が強力な術を得る。
 それがどの程度の脅威かは響にもよくわかる。

「魔術書、ですか。ありがとうございます」

「おそらく、貴方が必要とする書だと思います。……全てを円満に、良く導くために活用してください。もちろんいくつ持っていっても構いません。案内させますから、これから見てきてはいかがですか?」

「良いんですか?」

 貴方が必要とする、というフレーズに真は素直に反応した。
 何かと事情を知っているらしいリュカが、真に必要なもの、として用意してくれた魔術書。
 当然興味はあった。

「もちろんです。私からのお礼を受けてくれましたし、報酬も受け取ってくれるのならこちらとしては嬉しい限りです。中庭の向こう、湖沿いの通路に案内を待たせておきます。堅苦しい話は終わりということで、私はしばし響と話がありますから」

「すみません。ありがとうございます」

(今までで一番真面目な感じの上位竜だな、リュカって。正直調子狂うよ)

 真は席を立ち、リュカに示された通りの廊下を進んで、残る一人と一匹の視界から消えた。

「……」

「……」

 真の背が消えるのを見ていたリュカと響の間に無言の時間が流れる。

「……真君を退席させて、私と話したいことがあるのはわかりました。ただ私は、どちらかといえば貴女は私より真君よりの立場だと思っています。理由をお聞きしても?」

 これまで沈黙していた響がリュカを真っ直ぐ見据えて発言する。

「察しが良いですね。私が見込んだ通りの人物のようで安心しました、響。二人になりたかったのは、貴女に頼みたいことがあるからですよ」

「頼み、ですか? 上位竜の貴女が、私に?」

「不思議ではないでしょう? 女神とて、勇者に頼みごとをしているのですから」

「……」

「私は見ての通り、今はあまり力を振るうことが出来ない身。本当ならこうなる前に貴女に接触できれば良かったのですが予想外の事態が起こり、それは叶いませんでした」

「色々あって、ですか」

「無論、頼みごとをするのですから事情は後ほど話しますよ。……響」

「なんでしょうか」

「ライドウを封じてください」

「っ!!」

 予想外のリュカの言葉に響の息が詰まる。
 驚きを目に残したまま、続くであろうリュカの言葉を彼女はただ待った。

「封じるといっても、物騒なことをしろとは言いません。具体的には、彼をこれ以上成長させないでもらいたいのですよ。そのお目付けをしてほしいのです」

「どういう、ことでしょうか?」

「貴女も既に気付いていると思いますが、あの者は非常に危険です。既に、この世界に住む全ての存在にとっての脅威といえましょう」

「……それほどですか」

「私達上位竜は人と亜人の諍いなどに本来は介入しませんし、興味もありません。はっきり言ってしまえば、どちらがこの世の春を謳歌しようと構いません。だからこそ精霊はともかく、上位竜は此度のヒューマンと魔族の戦争に積極的には関与してきませんでした」

「……」

 力ある存在として周知されながら今起きている戦争に上位竜達は殆ど干渉していない。
 帝国騎士の一人に加護を与えているグロントは、戦争があろうとなかろうと定期的に人に力を与えている試練の竜だ。
 例外はランサーだったが、彼とてヒューマンに協力していたわけでも魔族に協力していたわけでもない。
 ソフィアとの契約で、お互いの目的の為に動いていただけに過ぎない。

「しかし、人も亜人もその他のあらゆる種族をも含めてこの世界のことを考えた時、今未曾有の脅威になっている一人のヒューマンがいます。それがライドウ。深澄真です。彼の出方次第では私も動かなくてはいけません」

「……未曾有の脅威」

 響はリュカの考えが極めて自分に近い事を直感する。
 この竜は、真の危険性を自分と同じ感覚で理解していると。

「人は水の如く移ろいやすく、柔軟な器を持ち、如何様にも変化する生き物。本来、その変化は見守るべきもので貴女達の中から旧態を打ち破る革命者が出てもそれは自然の流れというものです。しかしライドウはそれですらない。彼はただ破壊するだけです。何も生み出さない。旧態も現状も未来も、ただ破壊する。そうする可能性を色濃く持つ存在です」

(ほぼ同じ考えね。真君は、敵対が確定した存在と戦うことを躊躇わない。そして命を、おそらく自分のも含めて凄くドライに捉えている。問題を解決するために障害を例え殺してでも排除する。この流れを自然に受け入れてしまっている子だ。その先は、多分見ていない。そして見通せずとも、踏み出す)

 リュカは、ソフィアに討たれて彼女に存在を一時的に吸収された。
 響との接触を考えていたリュカにとってこれは大きな誤算だった。
 だが、そのおかげで彼女はライドウという存在を二度のソフィアとの対戦、そして卵の中、ルトの分析を通じて相当に知ることが出来た。
 その上で最初に彼女が考えたことは、すぐ傍にいたとある存在への罵声だった。

 どこまで自分勝手にてめえの楽しみを追求するつもりだ、この○○! 世界をなんだと思ってる、××どもが!!

 八割がルトへ、二割が巴に向けられていた。
 その後に続く声にならない怒りも、伏せざるを得ない非常に汚い罵声も。
 リュカが何周も生きている中で久々の激怒の主張だった。
 だから、メイリス湖に生前(?)目をつけていた響も来た時、リュカは心からこの偶然に感謝した。
 そして自重というものを捨てることにした。

「少なくとも以前の彼はそんな素振りもない普通の男の子でした。あんな隠しようもない異常性は多分持っていなかったと思うんですが……」

「考えられる原因はこの、世界でしょうね。家族からも平和な常識に満たされた世界からも離れ、これまでそれで納得していたはずの“あちら”の考えが少しずつ剥がれ落ちてしまった。それでも今も卵の薄皮程度にはその道徳や倫理が生きていますから、それが響の知る以前のライドウの残滓と言えるでしょう」

「この世界に来なければ埋もれていったであろう異常性……。つまり、来てはいけなかった人ってことですか?」

「まさに。本来なら彼だけがこの世界に召喚されていただろうことを考えると、今の状況はある意味奇跡的ではありますが」

「……それはどういうことでしょう?」

「上位竜の長が女神と繋がりを持っています。その者の情報ですから確かですが、本来この世界とえにしがあったのはライドウだけなのですよ」

「つまり、イレギュラーなのは真君じゃなくて、勇者として呼ばれた私達?」

「はい。そして恐らくそれが、私の推測ですがライドウの負い目にもなっています」

「負い目? それは、どうして?」

 響はリュカの推測の根拠を尋ねる。
 もっともだ。
 響も智樹も、女神から事情を聞き世界の転移を了承した。
 確かに十分考える時間があったかと問われれば違うが、己の意思で選択したことだ。
 だから勇者になったことは、例えイレギュラーだったとしても、誰かに、真に負い目に思ってもらうことではない。

「あくまで推測です。折を見て貴女の目で耳で確認してください。そしてもし、合っていたなら」

「……私がそれを何とも思っていない、むしろ筋違いだと思っていることは黙っておけ、と?」

「……理解が早くて助かります」

 相手が勝手に負い目を持っているなら、それは正さず利用すべきだとする考え。
 二人の認識は一致していた。

「正直、真君の危険性については私も感じていました。確信になったのは今日ですが。期待に沿えるかはわかりませんが、彼とは上手く付き合っていかねばならないと思っています」

「それで結構です。戦場に慣れさせず、出来るだけ戦争から遠ざけ、本人が商人であることを良しとするならその動きを助けてあげてください。当面はそれが一番のはずです」

「根本的な解決策は、流石にありませんか?」

「一つ、ありますが。彼はともかく彼の周囲がそれを納得しないでしょうね。もしもそれらの説得が叶うなら一番の方法が、今彼が見に行っているものでもありますが……」

「っ、それは?」

「簡単です。召還の儀式、その手法ですよ。私としては最高の解決策ですが……今の状況を考えれば実現は不可能でしょうね……」

「召喚? いえ、召還ですか! つまり日本に帰る方法!! それなら!!」

 響はリュカの示した解決策に一気に瞳を輝かせた。
 確かに、その方法ならば、この世界にさして未練もないであろうライドウを同意の上で完全に隔離できる。
 誰もが不幸にならない最高の方法だと彼女には思えた。
 が、同時にリュカがそれを不可能だと残念そうに言ったことが引っかかった。

「……儀式の完遂に千人ほどの人命が必要な上に、召還しかできないのですよ。しかも強制ではなく当人の同意がなければ儀式そのものが成立しません」

「千人……」

 響は考える。
 それが今後のこの世界にとって多い犠牲か少ない犠牲か。

「ライドウには特殊な交友関係も多く、深い関係をもっている相手にはこの世界の者も少なからずいます。あまりに現実的ではないのですよ」

「それは巴さんとか澪さんですか」

「……ええ。厄介なことです。澪という者については貴女の仲間、チヤが知っているでしょうね。戻って聞くといいでしょう。確実に言えるのは巴にしても澪にしても、召還への同意を得るのは不可能だということでしょうね。元々この世界の住人である者は召還の儀式に同意してもライドウと同じ世界には行けませんから」

「……」

「響、良いですね。戦闘ではなく、別の方法で彼を変え、何とか平穏の中に封じてください。ライドウは貴女や帝国の勇者とは力の器そのものが違います。あれは突然変異であり、力で対抗するのは愚者のすることです。人がどれだけ大きな器を作っても海は収められません。比較する以前の問題です」

「力の器……」

「この世の力を全部一つにしても戦いが成立するとは思えません」

「なら、まさか女神でさえ」

「……もし、女神が直接世界に降りて彼と戦うようなことになれば」

「……」

「この世界の秩序は根底から破壊されることになるでしょう」

「馬鹿な」

「私はそれを確信しています」

「……」

 リュカはこう言っている。
 真は女神を下す力さえ既に持っていると。
 流石にそこまでの意見は響にも容易くは受け入れられない。
 彼女は当面、ライドウについての一つの意見として聞いておくことにした。

「貴女は女神の作った世界を表裏ともに知り、それでも内から変えようと考える事が出来る者です。私はその姿勢に心打たれました。非力の身ゆえ加護も契約もしてあげられませんが、私、上位竜“瀑布”のリュカは勇者響の協力者になることを約束しましょう。この世界を、私は響に託します」

「……先ほども言っていましたけど、リュカはどうしてそんな体に?」

「ああ、まだ説明していませんでしたね。実は私、少し前に竜殺しソフィアに殺されてしまいました」

「……え?」

「そして私の他に紅璃と夜纏も殺してその力を得たソフィアを、ライドウが無傷で半殺しにしました」

「……ええ!?」

「で、ソフィアは我らの長によって始末され。解放された私達は上位竜の長に卵状態で管理され、今ライドウが各地に配達している、という訳です」

「……」

「あれは魔族とも繋がりがありますし、響はきっと大変苦労すると思います。男なら確実に若くして毛髪を無慈悲に失うことでしょう。しかし、貴女なら全ての事情を酌んで、最良の結果を導き出せると信じています」

「ちょ、魔!?」

 次々と知らなかった事実を明かされて響がリアクション人形と化す。
 つぶらな瞳でまっすぐ響を見ているリュカが小さい体に似つかわしくない破壊力で次々に彼女を追い込んでいた。

「ふう。話したら、少し気が楽になりました。肩の荷が下りた気分です」

「お、下ろさないでよ!! 魔族って何よ、どうやったってそれじゃ対立する時がくるじゃない!」

「……頑張ってください、響」

「協力者なのよね? さっきそう言ったわよね? 今まとめて言うことじゃなくて、もっと前に教えてくれるべきなんじゃないの、色々!?」

「すみません、ずっと死んでいて今日生まれ変わったばかりなので。見聞はできても伝えられない状態でした」

「なんなのよ、それ……死ぬってなによ、もう……」

 椅子から立ち上がった響は腰が抜けたように再び着席する。

「それでも、響は折れません。貴女の本質は挑戦者。そして貴女は天才です。人の力を振り絞って何とかこの世界と、ほどほどに女神を守ってください」

「なんだろ、物凄く、疲れた」

「戻ったら巫女の話を聞きなさい。そして、出来るなら一度ライドウと手合わせをしてみると良いでしょう。そうすれば、貴女にもきっとわかります。私が見て、恐れたものが」

 リュカの言葉にも響は応えない。
 俯きがちに目を閉じ、状況を把握しようとしているのか、ただ憔悴しているのかわからない沈黙を守っていた。

「……一応、召還の話と説得。それから手合わせはしてみます。やるしかないなら、抱えて前に進むしかないのはわかりますから」

(旅人の服を脱がすのは北風じゃなくて太陽、和藤内を負かすのは虎じゃなく老母、か。現実に戦争やってる最中に反対の手でそれをやることになるとはねえ。クズノハ商会と魔族を相手に両面戦争してる気分だわ……)

「頼みます。ああ、ライドウにはこれまで通りの対応でお願いしますね」

「事情を話したのは私ならそれをやれるから、でしょう? なんとなく貴女の性格わかってきました」

「頼もしいこと」

 響は立ち上がって、真の行った書庫を目指す。
 リュカは響の肩に乗って彼女と同行する意思を見せた。

「そうだ、響。短い時間なら私も大きくなれますから、帰りは私が送りましょう。貴女の名に箔もつけられます」

「少しでもプラスに利用できそうなものは、この際もらっておくことにします、ええ」

 竜に乗って帰る事の意味を考え、即座に申し出を受ける響。
 大量の情報を聞き、しばらくは眠れない日々が続きそうだと、彼女は小さくため息をついた。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 巨大な竜に乗って王都に帰還した響と真。
 夕焼けの空に飛来したリュカの巨躯は王都の民を驚かせたが、響がその背に乗っていることが知られると大喝采で迎えられた。

(あれ、瓦礫が大量に外に出てる。まだロッツガルドからは救援は来ていない筈だから……澪がやったのかな)

 いつも通りの卵配達を終えた真は有益な魔術書を何冊もリュカから貰いうけ、上機嫌だった。
 世界と世界の間を自在に転移する。
 それに使えるかもしれない術式が記された魔術書の存在は真を夢中にさせた。
 響とリュカが話を終えて彼を迎えに行った時も、真は魔術書を真剣に読み進めていたくらいだった。
 外壁の手前でリュカから降りて彼女に礼を言った真と響はそのまま城に戻り、別れた。
 食事までのわずかな間だが。
 真は澪とライムに会って一日の報告会、響はリミア王とヨシュア王子、そして王の側近を集めて緊急会議。
 緊迫した雰囲気の中、リュカのことを説明していく響。
 もちろん、リュカとの話の内容はおいそれと話せる内容ではなく、響が本来感じていた危機感はその場では伝えきれなかった。
 更にヨシュアから報告されたクズノハ商会の復興支援能力についても報告がされ、何度かため息が漏れた。
 一方真はといえば、復興の手伝いをした澪を褒め、ライムを労い。
 卵を配達し終えたことと、リュカからもらった魔術書を澪に見せていた。リミア側とは対照的に終始和やか進行である。
 そして。

「澪さんは黒蜘蛛だよ、お姉ちゃん」

「……勘弁してよ」

「本当だよ。それで。あのライドウって人は、その黒蜘蛛、澪さんを支配しているか、飼ってる」

「……はぁぁ」

「お姉ちゃん」

「なに、チヤちゃん」

 目覚めていたチヤに響は会いに来ていた。
 この日の夕食はクズノハ商会と王族、それに勇者とそのパーティだけで催されるよう既に手配が終わっている。
 流石にチヤについては同席が可能かどうかわからず、その意思確認の意味も込めてのお見舞いだった。
 心眼を使わせたことは最初に謝罪してあるが、それについてはチヤの方から謝罪は不要だと怒られていた。
 無理にイメージについては聞き出そうと思っていなかった響は自らその話題に触れ話し出した巫女に深い感謝を覚えたが、その内容に顔をひくつかせた。

「あのライドウって人は絶対に駄目だよ。戦うのも仲良くするのも駄目。あの人はみんなの中にいていい人じゃないと思う。出来るなら、クズノハ商会にも関わっちゃ駄目」

「チヤちゃんにはあの人はどう見えたの?」

「……白くてツルツルした人型のイメージだったけど、中に凄く駄目なナニカがいたの」

「人型のイメージは何回か聞いたけど、中っていうのは初めてね?」

「白い部分が少し割れてたの。そこから、少しだけ見えた」

「割れて……。つまり白の人型が彼の、そうあろうと思っている姿? それが綻んでいる? でも白って。これまでそんな色のイメージはなかったわよね?」

「うん。でも純白だったよ」

「どちらにせよ、危ういイメージなのは十分わかったわ。解釈をすぐに決定しない方がいいってことも。ありがとう、チヤちゃん。もうあの人たちを心眼で見なくてもいいからね」

「……うん。でも必要だったら、またやるからね」

「それにしても澪さんが黒蜘蛛ね。一回遭遇しただけでその後は遭遇報告さえないのは不自然だとは思ったけど……まさか商会の従業員とは、予想外もいいところね。つまり私は、自分を瀕死まで弄んで気まぐれで帰った相手に、後々修練を助けてもらって武具までもらったってことか……。なにやってんのよ、ほんと」

 自虐的な呟きが言葉の最後に響から漏れ出す。
 彼女の言葉には珍しく、悲痛な響きだった。

「ライドウって人は多分、もっと強いんだと思う。それに澪さんは支配を嫌がってないみたいだった。あと……」

「うん、続けて」

「あの人のイメージは、支配の鎖を三本持ってた。だから、あと二人澪さんみたいな人がいるよ」

「二人、ね。うん。大体見当がついてるわ」

「そうなんだ。流石お姉ちゃんだね」

「……ねえ、チヤちゃん。今日の夕食、クズノハ商会の人達と一緒だけどこれる? 辛かったら部屋で食べても良いよ?」

「行くよ。私は、あの人たちに失礼な事しちゃったんだから。謝っておかないと」

「怖くない?」

「機嫌を損ねちゃってリミア王国とローレル連邦に迷惑をかける方がもっと嫌だから、だから大丈夫」

 年不相応の顔をした巫女が、毅然と言い放った。
 一瞬唖然とした響も、すぐに喉元で嬉しそうな笑いを発すると、頷いた。

「それとね、食事が終わったら余興ってことで私、一度彼と戦ってみようとおも――」

「駄目!!」

 響の言葉を遮って

「……手合わせ、よ。殺し合いじゃない。私の推測だけど、彼はそういうのなら安全なはずなの。それに、もし危険でも……どうにも見極めないといけない相手なのよね。人から言われたのもあるけど、私自身必要なことだとも思えるし」

「あの人は、智樹さんより遥かに危ないよ? 多分だけど、魔王より……」

「うん、わかってる。同感だよ、チヤちゃん。きっとね、他の手もあると思うんだけど、実は私も、少し試したくなってきてるの」

「あの人を……じゃなくて、お姉ちゃん自身を?」

「そう。もう私欲では動かない、とそう考えていたんだけど。まだ私も駄目だね。全てをぶつけて、彼と、自分を、知りたいの」

「……じゃあ、私も見てる。怪我してもすぐに治す」

「お願いね。駄目な勇者でごめんなさい」

「私にとって響お姉ちゃんは最高の勇者様だから、駄目じゃないよ!」

「……うん」





◇◆◇◆◇◆◇◆





「まさかこんな申し出を受けてもらえるなんて思ってもいなかった。ありがとうライドウ殿」

「いえ。僕も少し考えている事があって。勇者様と手合わせできるなんて、それだけで自慢できますよ」

 つつがなく夕食を終えた二時間ほど後。

「観客は少ない方がいいでしょうけど、これ以上は無理だったわ」

 城の裏手にある騎士達の訓練で使われる場所で、真と響が対峙していた。
 響の言葉にあるように、離れた場所に観客が少数ながらいる。
 勇者のパーティとリミア王、ヨシュア王子、それに数名の貴族。
 そしてクズノハ商会の澪とライムだ。

「構いませんよ」

(試したい事やったら適当に負ければいいんだし)

「お互い真剣に、全力でやりましょうね。で、終わったら一緒にお酒でもやりましょ。少しは飲めるでしょう? これだけの夜じゃ申し訳ないもの、おもてなしするわ」

「少しは。喜んでご一緒します」

(先輩は異様に強そうだよな。無理矢理飲ませはしてこないだろうから早めにお茶にすればいいや)

 真の気持ちを知ってか知らずか、響は手合わせながら真剣勝負であることを念押しする。
 対する真の方は、既に手合わせの後の事を心配していた。
 二人の間の距離が開いていく。
 真が持つ武器が弓であることに配慮してか、剣士の間合いより随分と二人は離れていた。

「じゃあ……始めましょう」

「はい」

 短いやりとり。
 だが場の緊張は一気に増した。
 響は銀帯からホルンを召喚し、一気に本気の武装を展開する。
 強く輝いたホルンと銀帯が彼女の体のごく小さな面積だけを薄く隠し守る。
 神器の形成する不可視の防御フィールドが響に高い耐久力を与える。
 同時に速度が強化され、抜き放った風属性のバスタードソードが更にその速度を累積して強化する。

(とにかく速度と火力に特化。メイリス湖で見た通りだ。当たらなければどうということはない、ってタイプ。先輩、おとこだ。防御力はそれなり、あの露出もメインは速力か。徹底してる。……ってか、その上さらに魔術で身体強化かよ。フルブースト、先輩は初手から全開か)

 真は弓を手に、魔力体を展開して響の様子を観察していた。
 そして、格好の相手だと確信する。
 魔族領で創造を為した後、真は自分のイメージについて少し気付いた事があった。
 それを試してみようにも中々丁度良い相手がいなかった。
 真は響で試そうとしていた。
 命を奪ったりする気はない。
 傷も後遺症など残す気もない。
 そう考えると、真も気楽に響との“真剣勝負”を受けることができた。

(弓は矢をまっすぐ放つ。ブリッドや魔力で作った矢ならともかく、実体のある矢ならそういうものだと僕は決め付けてた。この世界ならもしかして、もっと凄いことだって出来るんじゃないかって思うんだよな)

「……ふっ!!」

 日本刀のようにバスタードソードを片手で構えて真を見ていた響がその場で剣を薙いだ。

(っ、居合い!? 違う、剣圧)

 うっすらと色づいた剣圧が波打って真に迫る。
 無論、それは真の魔力体に阻まれて消えた。
 しかし、衝撃や土ぼこりで真の視界が塞がれる。

「……」

(まるで居合いだった。剣圧を飛ばすとか、凄い勇者っぽい)

 焦ることなく、真は弓を持ち上げて右手に矢を持つ。
 番えることはせず、ただ待ちの姿勢で響の動きを待っていた。
 真が展開する魔力体の背に斬撃、ついで右、左、また左。

(もうあれだけの間合いを詰めた。亜空の狼よりも速い、かな)

 視界も回復しない状態で、真は次々に響の攻撃に晒される。
 しかし、どれも魔力体に阻まれ、真に届かない。
 響の剣から焦りは感じないが、斬撃と斬撃の間隔が徐々に開き、彼女が分析している様子が窺えた。

「あ、いた」

「物凄い防御力ね!」

 真の正面に響の姿。
 やや身を屈め、躊躇いのない一閃が真に放たれる。
 その一撃が見えない魔力体を切り裂いた。
 付与した魔力もさることながら、速度といい真の目に追えない斬撃だった。

「鞘もないのに、どうやって居合いなんて」

「風を鞘にするだけよ? ようやく、まともに攻撃ができそ――っ!」

 響の次の一撃は発動の前に潰された。
 真が再構成した魔力体の腕が、力任せに彼女を地面に叩きつけていた。
 そのまま押さえつけられて響の動きが止まる。
 それでも彼女は剣を離していない。

「風を鞘って……どういう発想ですか!」

「ぐっ! 確かに手応えはあったのに、このっ!」

「っっ」

 またも真の魔力体が砕ける。
 真の目に見える魔力体の腕、響を押さえつけたその腕に何かが貫通したようになり、そこから一気に構成を壊された結果だった。

(銃撃? いや、先輩はそんなものを使ってない。剣で、何かをやった。しかし、全身をバネみたいに使ってよく動く! 拘束は難しいな)

 響の放った謎の攻撃の強力さに驚きながら、真は距離を取った響の姿をようやくその目にしっかりととらえた。
 矢を番え、そこにいる響に集中する真。

(何とか、穿孔ならあの拘束を解ける。それに多分あの私を押さえつけたのが真君の防御である。つまり、もっと威力を上げた穿孔なら真君に届く可能性はある。だけど、この程度?)

「……」

 真は響に照準を合わせた。
 そこで響は気付く。

(矢は回避できると思ってたけど、確かあの子は異様な命中率を誇っていた。それが私の風を応用した居合いみたいにこの世界で昇華されていたら? ……いいわ、必中なら必中でも。体に触れた瞬間に叩き落せばいい)

「……」

「……」

(矢を払って、居合いで防御を裂く。間髪いれずに全力の穿孔で逆に一矢ってとこかしら。でも、動かない。動かないなら……こちらから誘うまで!)

 響の姿がかき消える。
 真には土ぼこりの有無など関係なく、その姿が全く追えない。
 ソフィアの速さと響の速さは全く違った。
 響は虚実を混ぜて人の目や意識を利用した、感覚的な速さをも活用している。
 ライムが初見ではお手上げだと考えたように、非常にタチが悪いと言える。
 辛うじて追えたソフィアの時とは違い、響の速さは真にとっても完全にお手上げだった。

(やっぱ、全然見えないわ。いいね。これでいい。これじゃなきゃ)

 真は目を閉じて、かき消える前の響の姿を脳裏に浮かべる。
 そして、その彼女を的に矢を放った。
 目を開けた真は魔力体が破壊されるのを感じた。
 響の攻撃が鋭さを増してその威力はどんどん高まっているように真には感じられた。
 何かしらの力なのかもしれないが、今の彼にはそれはどうでもいいことだった。
 魔力体もなくなって、真は駄目もとで界を使い響の位置を把握しようとする。
 そこには剣を持つ右腕側の肩を矢に貫かれた響がいた。
 痛みと驚きで動きを止めた彼女だから、真も位置を掴めたのかもしれない。
 それほど今の響は速かった。
 そして彼女は驚くべき行動に出た。

「左手!?」

 剣を左手一本で持ち直し、そこから無理矢理に彼女の奥の手である穿孔を放ったのだ。
 斬撃の波が螺旋状に捻られて一点を貫く形状で真に迫る。
 真は一瞬魔力体を展開するのを忘れ、それに魅入ってしまった。

(……鞘抜きで居合いとか、剣圧をあんな威力で飛ばすとか。まともに剣を浴びせられない相手にそれだけでやれるだけでもとんでもないのに、剣圧を弾丸にしてぶっ放すとか。あの人の頭どうなってんだよ……っと、まずっ)

 既に目前に迫った響の穿孔。
 見入った所為で魔力体の展開も全部は間に合わない。
 弓を持つ左手ではなく、自由な右手にだけそれを纏わせて真は穿孔を受ける事にした。
 不完全とはいえ、初めて響が真に届かせた一撃。
 胸の前に出された右手が響の魔力を帯びた剣圧と接触する。

「っ、これは……強い、っ!!」

 はじめ握り潰そうとした真だが、それが無理そうだとわかると受け止めていた右手をやや強引に体の外に逸らそうとする。

「っ! 穿孔を、手で!?」

「っしゃあ!」

 真の右手から後方に逸らされた穿孔が地面に突き刺さり轟音を立てる。

「……」

「てて……すみません、もう戦えそうにないです僕。降参です」

 右手を痛そうに振ってみせる真。
 その手からは赤く、血が滴っていた。
 真の負傷を見た澪の眉がピクリと上がったが、それだけで彼女は特に動かなかった。

「……私も、ちょっと無理みたい。引き分けねライドウ殿」

(いつ刺さったのか全くわからなかった。もしこれが頭なら、意味もわからないまま私は死んでいた。力の器が違う、か。真君にとって私は戦うに値する相手ですらないのね。これだけ圧倒的だと張り合う気すら失せるわね)

 響も肩に突き刺さった矢を抜いて、じわりと広がる赤い染みの中央に治癒の光を当てていた。
 真に何をされたのか全くわからぬまま。
 殆ど動いてもいない弓を持った真に空回りさせられた挙句この始末。
 まともな動きは矢を番えた時と、自分の奥の手を手掴みされた時だけ。
 響は自分の負けだと、理解していた。
 その上で、腹立たしいながら最初から負けるつもりだった様子の真に配慮して引き分けと宣言した。
 流石にあの後で攻め直して茶番のように負けを宣言されるのは響にとっても面白くない。
 内心苦々しい気持ちを抱きながら、響は真との勝負を終わりにした。

(やっぱ、当てる時のイメージを刺さった所まで進めると“ああ”なるんだな。なるほど。いつもよりも集中が固まるまで大分時間が必要だったのは、それだけ難易度が高かったのか? にしても、僕はあの時、あの場所にいた先輩のイメージに向けて射た。それが実際に跳ね回っていただろう先輩に思い描いた通りに当たった。我ながらいよいよ弓道でも弓術でもなく胡散臭い代物になってきたな。対女神用にはこれでも足りないかもしれないけど、少し自信ついた)

「ん、良い感じ」

 小さく呟いた真。
 彼は自分の意図していた事がそのままに実現できて満足だった。
 負けて終わる気でいたのが引き分けになったこともあまり気にしていない。
 真ではなく響の様子を見て澪が満足げに笑っていたが、扇に隠れたその笑みに気付いたのはライムだけだった。
 そして彼が見てみぬ振りを決め込んだために、誰にも知られずに終わることになった。
 リミア王国にとっての長い長い一日はこうして終わった。

長めのお話を最後に持ってきて、この作品の遅めのクリスマスと早めのお正月ということで。
情けない話ですが少々収まらなかったので、リミア編はもう少し続きます。

それから「月が導く異世界道中」1巻と2巻の電子書籍版が「電子書籍パピレス」様と「どこでも読書」様で同時に取り扱い開始になりました。
電子書籍の仕様などは詳しくわかりませんが、お値段が一冊500円となっておりますのでお買い得ではないかなと思います。手にとって頂ければ幸いです。

また、来年の更新予定ですが年始はのんびり休もうと思っておりますので多分10日くらいからの更新になるんじゃないかと思います。
予定は未定ですが、一応目安までに。

長文失礼いたしました。
それでは皆様良いお年を。
ご意見ご感想お待ちしています。
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