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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

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リミアの長い長い一日(上)

 メイリス湖は周辺地域を含めてリミア王国に管理されている特殊な湖だ。
 表向きには幾つかの建前があるが、実質はグリトニア帝国と同様、竜との契約により王家が保護している場所だった。
 帝国とは違い、契約そのものが既に昔のものとなり多くの人の記憶から薄れ始めており王家や重鎮の貴族しかその詳細な内容を把握していない有様になっている。
 一般の認識としての現状のメイリス湖は上位竜の縄張りというよりは、リミア国内で一番危険度が高い修練の場。
 ただ四方にある入り口の門で自分の意思で入ることを確認されるだけだ。
 それ以外の場所からも近隣の村に住む猟師などは入り込んでいるし、人の暮らしを助けている森と認識されている。
 深澄真と音無響は二人仲良く馬を走らせて湖に一番近い東門から入場、踏み均されて出来た土の肌が続く道のりを歩いていた。
 ちなみに東門の門番は勇者がこの地を訪れる事を急に知らされ、緊張の極致の中でおざなりになっていたメイリス湖の説明を必死に暗記、無事に披露を済ませた後にはへなへなと膝を突いていた。

「日本じゃ乗馬が出来る、なんて特技に書けるくらいよね。でもここじゃ自然と覚えちゃう」

「ですね。僕もそんな感じですよ」

「馬を全力で走らせた経験はどのくらい?」

「ん、短い距離ですけど二、三度は。先輩はかなり乗り慣れてましたね。よく乗るんですか? それとも、日本にいた時から経験があったとか?」

「ええ普通に乗る位ならね。もっとも、下手に知っていたから馬への慣れと馬上の視点への慣れの他は勝手が違ってかえって難しかったわ。同じようで要求される技術は細かく違うものね」

 メイリス湖は周辺に広がる森や草原、いくつかの丘を含めてまとめて手付かずにされている、巨大な国定公園に近い状況にある。
 魔物を倒すのも逆に奴らの食糧になるのも全て自己責任。
 王都からそれほど離れてはいないものの二人は樹海と呼べそうな鬱蒼とした森を、似つかわしくない会話をしながら歩いている。
 何度か魔物との遭遇もあったがいずれも響が一刀のもとに切り捨てていた。
 真はただ彼女の少し後を付いていっているだけだ。

「ところで、真君。そもそもこの中で生活している人がいるなんて初耳なんだけど、届け物ってなんなのかな?」

「すみません、一応秘密ということでお願いします。もし先方が気にしないようならその時にはお見せするので」

「残念ね。理由はただの好奇心なんだけど、お相手には一応聞いてみてくれる?」

 響は実のところ真の届け物におおいに興味を持っていたがここはあっさりと引き下がる。
 無理に見よう、知ろうとすれば空気が悪くなることは自明でありそこに利はないのだから。

「それにしても……先輩は強くなられたんですねえ。僕の出番なんてなさそうです。確か日本にいた時から全国区の剣士でしたもんね」

 真は響が優秀な剣道の選手であることを思い出して何度か頷く。
 一度会場が近かったために弓道部の試合の後、真は響の試合を見たこともある。
 その時、真の目には響の剣に、剣道だけではなく古い剣術が混じっているようにも見えたのだが、その点には触れなかった。

「一応、私は貴方を守る護衛役だもの。私一人で守れない所なら仲間にも同行してもらっていたわ。私で十分通用する場所だから二人でここにいる、それだけよ。巴さんや澪さんを従える貴方に護衛、なんてものが必要かどうかは別にしてね」

 実質、響は彼女が口にしたように護衛をしているつもりはない。
 響の目的は真と接点を持つことと、彼の監視だ。

「いやリミアに先輩がいてくれて助かりました。澪やライムだと国の方々に信用してもらえないと思っていましたから。力だけあっても……信用はしてもらえませんからねえ」

 真はしみじみと答える。
 力だけで十分なのであれば真は他者からもっと信用されている。
 現時点でも真、クズノハ商会のライドウが胡散臭い存在に見られている原因の多くは彼自身の立ち回りも大きく影響しているが、ある意味で真は多くの人がもっと成熟してから知るであろう“力だけの限界”を実感していた。
 そこに至る経緯はかなり特殊で、実感しているからといって本来得ているべき経験をしてきているかは別の問題だが。
 少なくとも今の真は自身の力の価値を正確に把握してはいない。

「……力は、全ての基本よ。それが十分にあるのなら信用は何らかの形でついて回るわ」

「そんなものでしょうか」

 響はかつて苦手としていた遠距離攻撃を魔術や剣技で補いつつある。
 今も彼女の手から放たれた炎の槍が樹上から飛び掛ってきた獣を貫き、炭化させたところだ。
 跳躍で枝を大きく揺らせた瞬間の先手だった。
 ごく短い詠唱でかなりの威力の魔術を行使する点も勇者の力の大きさを感じさせる。
 もしもロッツガルド学園でこれが出来たなら、それだけで相当のアドバンテージになるレベルの行為だ。
 特殊ではないが、才能と努力によって丁寧に磨かれた基礎。
 何もさせずに仕留めた手際といい、見る者が見れば凄さがわかる。
 その類のものだった。
 響は真の言葉に少し間を空けて意見を述べつつ、ちらりと彼を見た。
 真は目の前で放たれた炎の槍にも、これまでの響の剣にも、驚きではなく感心の言葉を口にしながら同行している。

「個人の間でも、組織でも、もっと大きな社会でも。結局人はその“力”をどれだけ得るかで競争しているようなものよ。基本にして全て、ってやつかしらね」

(私の力は彼の想定内、か。ライムにも本気は見せているし、これは仕方ないことかもしれないわね)

「腕力やら戦闘力やらもですか? 確かにここじゃあ個人の力が軍を圧倒する、なんてこともあるみたいですけど……」

 それは異世界限定の話で、日本では通用しないでしょう?
 と真の目は訴えていた。
 その様子に響は自分の中にある真へのいくつかの推測が消え、同時にいくつかの推測が補強されたと感じた。
 表情には出さず、彼女は言葉を続ける。

「ここでも、日本でも同じことよ。力といっても、それは腕力も知力も全部ひっくるめての“力”よ。自分が得た、そして自分が集めたそれらの力の総合値がその人の社会への影響の大きさを決定する」

「……」

「そして人は群れて行動することで最大パフォーマンスを発揮する動物だもの。例えば友人や仲間、支持者、そういった人が増えればその人たちの力も加算していける。自分ひとりでも大勢でも、力は力よ」

「……なんか、先輩の言ってることと僕の言ってることって同じものを話題にしていないような気がするんですけど」

「いいえ。全く同じよ。ただ見方が違うだけ。私はどんな力でも数値に出来ると思ってる。貴方はそう思っていない。ただそれだけだと思うわ」

「数値ですか。確かにあんまりそういう考え方はしたことないですね。第一、さっきの腕力と知力だと数字にしても意味がないような気がします」

 批判的な意見の真。
 だがその表情には敵意ではなく、疑問が多く浮かんでいる様子で響もそれを察して頷く。
 響はある意図のもと、真に持論を聞かせている。
 力だけあっても信用は得られない、という真の言葉を利用して始めた議論だった。
 真自身はまだそれに気付いていない様子だが、それでも響は構わずに話を進める。
 真と二人でいる時間に、しておきたい事の為に。

「状況によって倍加したり半減したりするだけで、意味は十分にあるわ。だって、例えばよく同列に並べられたり比較されたりする私と智樹君、勇者の間でも違いは既にあるもの。得手不得手は仕方ないわ。だからこそ総量と同時に多様な種類の力を集めることもまた重要なことね」

「先輩と智樹ですか」

「そうだ。真君の分析だと……っと、どうなるのかしら?」

 言葉の途中で飛んできたやじりのような投擲具を切り払って、そのまま間合いを詰めた響が返す刃で数匹の魔物を仕留めた。
 戻りざまに彼女は質問を続ける。
 一番危険度の高い東門からの入場も響には何の負担にもなっていないことがわかる。

「智樹は、攻めるタイプですよね。装備で強化して先制攻撃の強力な火力で相手に何もさせないで倒すって感じです。多分一番得意としているのもそれで、戦闘、なんでしょうね。魅了もありますけど、あれは抗える人にはあまり意味はないし……」

「けれど魅了は彼の、ある意味最強の武器よ。あれのおかげで帝国内で彼の行いを妨げる者は殆どいない。シンプルだけど高い火力による蹂躙戦法、それに敵対者を容易く自身の支持者に変えてしまう魅了。この二つがあればかなりのことが出来るでしょうね」

「ああ、つまりそれも智樹の力に加算して考えるべきってことですか。問題になることを事前に潰せる便利な能力ですもんね」

「ええ。彼についてももっと聞きたいところだけど、今は真君が私をどう見ているのかの方が気になるわね。私について、を聞かせてもらえる?」

「先輩は……ああ、なるほど。それで僕はそう思ってたのか。やっぱ凄いな……」

「真君?」

 自分への評価を聞けるかと思っていた響が、なにやら一人納得し始めた真に怪訝な顔をした。

「あ、すみません。響先輩は物理戦闘も魔術もどっちもそつなくこなしますし、魔術も多少の得意不得意はあれど万能型。穴があるとしたら遠距離攻撃と火力不足かなって思いますけど、あの反応と速度があるからほぼ問題ないですよね」

「……」

「智樹に比べたら火力は劣りますけどそれ以外は勝ってると思います。それに、先輩の一番得意な分野は戦闘じゃない気がします」

「……へえ?」

「日本にいた時も思ってましたけど、先輩って自分に出来ない事をやれる人間と積極的に関係を持ちますよね。それって凄いと思うんですよ。対抗心とか、お互いに色々邪魔するものはある筈なのに仲良くなるのも上手いし、年が近いなんて思えないほど議論とか、演説とか慣れている感じがしてました」

「私一人で何でも出来る訳ないもの。足りない所を誰かに助けてもらいたいって考えるのは、当然のことなんじゃない?」

「自分一人でも相当なことが出来る人なのに、そんな風に考えられるのは当然じゃないですよ。で、さっきの先輩の話を聞いて思いました。先輩の一番の力ってそれなんじゃないかって」

「褒められているような、そうではないような微妙な言葉ねえ」

「褒めてます。先輩はその人が秀でているのがどんな分野でも、色眼鏡じゃなくその人の力として見られるんだなって。そして特に大きな才能や力を持たない普通の人でも、集まれば大きなことをする助けになるんだってわかっている。その視点というか考え方こそが先輩の一番の力だと僕は思います」

 人にはそれぞれ思惑がある。
 それでも響の周りには人が集まり、彼女に協力し、その上で自分の目的の為に生きている。
 遠くから眺める真の目に、響とその周辺はそう映っていた。
 何でもかんでもそつなくこなす上に、人にも優しい。
 だから真は響を完璧超人だと、天才だと評した。
 響の力への考え方を聞いて少しイメージは変わったものの、真の響への印象は悪くなることはなかった。
 恐らく響の傍にいて、もっと近くで彼女を見続けたなら綺麗ではない打算的な部分も見ただろうが、真と響の間にはそれほどの接点はなかった。
 人を活かす。
 それこそが響の才なのだと、真は心底感心していた。

「ありがとう、嬉しい」

(……やっぱり、馬鹿じゃないわ。限定的だけど人を評価する基準を、ある程度自分の中に備えているタイプなのかしら。彼についてはいくつかお粗末な立ち回りも聞いているけれど……もしかして今いるステージに見合う視点と振る舞いを身につけていない? クズノハ商会はにわかに注目されて成長している商会、考えられるケースではあるわね。注目されて急激に伸び続けているということは潜在能力が高いからなんだけど、その商会の能力と彼の能力が比例していないとしたら? 日本にいた頃の記憶ではこの子は典型的な一芸特化。平均レベルの成績と運動能力、部活方面だけが別格だった、と思う。何とか思い出せた、うろ覚えの記憶だけど)

「いや、そんな。ローレルで少し苦戦したとライムから聞きましたけど、それだって先輩の周りにそういう人が揃ってなかったからでしょうしね。先輩ならもう対策はしてそうです」

 素直に礼を言われて真が照れる。
 日本にいた頃の自分ではありえない場面だと、彼は思った。

「充実した遠距離火力、ね。残念ながらその対策はまだ不十分よ。王都の復興が緊急の案件だもの。一応仲間と私でいくつか試していることはあるけど、まだとても及第ではないと思ってるわ」

(しかしこの世界での彼は明らかに多くの分野に手を出している。商会の業態区分も何でも屋だった。効能、コストパフォーマンスの両面で他の追随を許さない数々の薬品、荒野でも入手が難しいはずの幾つかの素材と食品の安定供給、現代日本を超えているとしか思えない異様な流通速度。ヒューマンが安定して入手するのが難しいドワーフの武具の取り扱い、巴さんと澪さん、それにライムも含めた傭兵団が裸足で逃げ出すレベルの従業員の凶悪なまでの強さ。どれも弓道に特化しただけのことで得られる力じゃない。そもそもこれまでの彼の言動は新進気鋭の商人、とするならあまりに……。となれば……)

「この世界の遠距離攻撃っていうと花形はやっぱり魔術ですよねえ。一撃でいいなら儀式魔術が一番でしょうけど、準備は大変ですしあれは対策もされやすいですから……」

「それに、ある程度即応できる力でなければね。儀式魔術は威力は合格だけどそこが弱いわ。有効距離、威力、命中率。まったく復興もそうだけど自分の非力さが恨めしいわ。同時期に破壊されたロッツガルドはもうあんなに活気づいているのに。私がいて、もっとやりようはなかったのかってつくづく、ね」

(それになにより、この子の日本の臭いの濃さが気になる。この世界に来てもう二年よ? 智樹みたいに絵に描いたようなハーレムを形成している奴だって日本にいた頃とは相当変わっているし、私だって今昔を思い出して出来るだけその頃の自分を引っ張り出してる。なのに彼は、ごく自然体で少なくとも表面上はまだ日本人の臭いがしている。どういうこと? 現実逃避してるにしては彼は世界に関わりすぎているし、どんなスタイルで生きてくればこうなるの?)

「クズノハ商会には遠距離攻撃が得意なのも何人かいるんですが、流石に大事な従業員ばかりでお貸しできそうにありませんね。すみません」

「……ローレルで凄まじい攻撃を放った人も、その一人? あれは出鱈目な距離から爆弾も真っ青な破壊力を維持して最先端の兵器みたいな命中率だったんだけど」

(これまで私と智樹の情報を整理して勇者の共通点を考えたことがある。そのうちのいくつかは彼にも該当するのかしら。容姿は恐らく召喚される条件じゃない筈。ある程度以上の才能や特性は必須だろうけど、ならこの子も私との共通点がいくつかある? いえ、真君と私と智樹の共通点、ね。私が智樹と共通するものの中であまり一般性のない部分から検証するべきかしら。一番は元の世界への執着なんだけど……彼は違いそうな気もするのよね)

「あー、あれですか。そんなに変でしたか?」

「変じゃないわ。凄かった。クズノハ商会と揉めると王都クラスならともかく、大抵の都市は一撃でなくなるかもしれないのね、って背筋が凍りそうだったわ」

(女神はもう帰る事は出来ないと言っていた。智樹も私もそれを納得してここに来ることを望んだんだから執着なんて大きくはない。それは、時々日本の食べ物や平穏な暮らしにあの頃とは違った価値を感じはする。でもそれだけ。この世界がくれたものの方が私には大きい。智樹もそうだろう。むしろあの男、あれだけやりたい放題のハーレムを形成しておいて日本に帰りたいとか言った日には、女として魔王よりも先にあいつを討伐しなくちゃいけないわ。どこぞの帝国貴族が智樹の子を産んだって未確認情報もあるし。事実妊娠中の娘は数知れずだし)

「あ、あはは」

「あれをやったのって、私の知ってる人? 巴さんか澪さんかな?」

(まあ、それは置いておくとして。となれば次に気になるのはアレかな。勇者の素養として考えると現実的には納得できるけど、二人とも“そう”となると少し気になってたことでもあるわ)

「実はエルダードワーフが作った凄い武器で、その、僕が……やりました。その、意味もなく都市を破壊するなんて僕は絶対しないんで、クズノハ商会の交渉手段って訳でもないってわかってもらえれば、はい」

 ドワーフの武器で、と強調した上で真が白状した。

「っ!?」

(聞いて……って、なんですって!?)

「まさかそこまでの代物だとは……あははは」

 そこまでの代物、とは真の場合あの攻撃位なら驚くほどのものじゃないと思っていたのに、という意味だったが、響は通常多くの人がそう解釈するであろう意味で受け取った。

「真君が、あれだけの攻撃を放ったの!?」

「ええ、まあ」

「……一人で、なのね?」

「? はい」

 念を押す響の言葉に真は頷く。

「……」

「先輩?」

「そっか、真君は遠距離攻撃のエキスパートって訳か。流石にびっくりしちゃった」

(彼への対応、半分以上のプランが脱落だわ。まずい。となれば、ますますあれは聞いておかないと先の見通しがつかなくなる)

「元々、弓だけは得意でしたから。この世界でも頼りにしてます」

「ところで、真君。あれだけの実力を身につけるのは並大抵のことじゃなかったと思うんだけど、一つ聞いてもいい?」

 真はこの世界でそこまで修練という意味で人外の苦労をした訳ではない。
 むしろ彼がその方面で苦労したのは人並みの体になるまでの幼少期であり、日本にいた頃の話だ。

「答えられることでしたら」

 響の問いかけに、真は彼が商人になってから決まり文句のように言うようになった便利な言葉で応じる。

「真君は、ヒューマン、亜人、魔族を殺したことがある?」

「なんで亜人と魔族を分けるのかわかりませんけど、ありますよ。一応ですけど戦場も経験がありますし」

 真はあっさりと肯定する。

「真君は魔族も数ある亜人の一つだって考えるんだ? でも、そう。あるんだね」

「酷い仕打ちを受けたり、殺意を向けられたり、襲い掛かられたり。この世界だと正直本当に命に関わりますから」

(魔族も亜人の一種族に過ぎない、ね。ヒューマンの勢力にいれば滅多に聞ける言葉じゃない。私だって最近まで魔族は魔族であり亜人とは別だと無意識に思っていた位だもの。なら彼の目には今起きている戦争が魔族という虐げられた階級による革命のように見えているかもしれないのね。厄介な……。それに、殺人を簡単に肯定した。日本で道徳を学んだ人間なら、いえ、先進国の教育を受けた人間であれば人の命を奪うことには強い抵抗を持つはず。それは生半可なものじゃない。戦場でも人を殺すことが受け入れられず、何も出来ずに自らの命を散らす兵士が少なからずいるって資料を見たことがある。人を殺せる人間、その一線を越えられるというのはそれだけで一つの特性ともいえる。昔調べたら軍隊ではその忌避観を麻痺させるための訓練が当たり前に組み込まれているほど。なのに私も智樹も真君も、三人が三人ともそれを克服して今も生き延びてる。これは偶然?)

「確かに、そうね。私も戦場で魔族を沢山殺しているし、刃を向けてくる亜人も、そして……ヒューマンも何人か手にかけたわ」

「僕の場合は、知り合いを殺されたのがヒューマンを殺すことになった最初の切っ掛けでした」

「知り合いを……それは、辛かったわね。うなされたり、殺してしまった人の数が頭から消えなかったりはない? 大丈夫?」

(ナバールを失ってからしばらくは、私も本当に精神的に追い詰められてた。例え敵であれ、命を奪う行為はストレスには違いない。心が参っている時には余計にね。今はもう夢にも慣れたけど、真君はどう感じているのか。智樹は話してみた限り強がっていた。でもあの分なら今頃はもう開き直っていると思う。彼は私よりも先にあの変な空間で能力を得たようだしね)

「? いいえ? 最初はこれで人殺しか、なんて思いもしましたし悩みもしましたけど。確かに僕はその後も沢山の命を奪ってますけど、それは殆ど相手も了承している場でだけですからね。あとは弱肉強食が全盛の荒野とか」

 荒野のサバンナ的な摂理を思い、真は苦笑する。
 しかし響はその前の彼の言葉に目を一瞬だけ見開いた。

「了、承?」

 表情は平素の彼女のそれに戻っていたが、声は少し掠れていた。

(なに? 今一瞬、物凄い悪寒が、背に……)

「戦場で武装して戦っているなら、それは命のやりとりを納得してるってことでしょう? それにもしそこが戦場じゃなくても誰かを殺した経験があるなら、どこかで誰かに殺されたとしても流石に文句は言えないんじゃないですか? それは、先輩や僕も同じですし憎悪なんてどこでどう巡るか想像しきれるもんじゃありません。僕の頭では予測しきれないって、そこはもう諦めました」

「……な、なら。戦うことを決意した人や、誰かを殺してしまった人なら、真君は殺すことに躊躇いは……ない?」

「必要なら、ですけど。ただ、誰も進んで殺しはしませんよ?」

「っ、それじゃあただの快楽殺人を繰り返す人になってしまうものねえ」

(真君……本当に何事もないように淡々と答えて……。演技では決してない平然とした態度。これは、まずい……まずい、まずい、まずい! 彼は私が考えている中でも、いえ、それ以上に危険な存在だ。どうしてかわからないけど、まだ日本人の感覚を無意識に持っているから接しようはある、筈だけど。この子にとって命は、どこまで……軽いの?)

「シリアルキラーとか、冗談じゃないですよ」

「命は、大事よね。だって、人が持つ一つだけの、かけがえのない大切なものだもの」

「ええ。誰もが一つだけですけど持っているものです。一つしかないのにどうして、それを奪ったり、食い扶持に利用したりする人がいるんですかねえ。兵士になる人なんかは大切なものを守るって気持ちがあるんでしょうから、それでも一瞬一瞬充実して生きているんでしょうけど」

 絶景といって間違いない、澄み切った美しい湖の姿が徐々に木々の切れ目から姿を見せ始めていた。
 けれど、響の頭にそれを楽しむ余裕は一切ない。
 彼女の中では、真をどうするか、予定していた話をそのまま切り出して良い相手なのか。
 そればかりが渦巻いている。
 真が湖が見え始めていることに気付き、響に指差して教えるも彼女の相槌はどこかそれまでよりも気のないものだった。

(誰もが持っている当たり前のもの? 食い扶持に利用する? まるで一枚しかないから大事に使わないといけないけどカジノのコイン程度の重さじゃないの。なんて、軽い。あまりにも命が軽過ぎる。真君は、おそらく何千、何万の命を奪ってもそこが戦場であれば戦争であれば相手も納得して死んでるんだと考える。いえ……それどころか私の、最悪の予測が当たっているのなら、今こうして私と話している彼は既に大量虐殺をやってのけている。その上でこんな考えを口にしている可能性もある……。どうして彼と私の間でここまで戦闘力に差が出たのかはわからないけれど、今はそれよりも彼に何らかのブレーキを用意しないと危険過ぎる。どうする……どうしよう……やはりここに来る日程が早かったかもしれない。チヤちゃんから彼のイメージを聞いてからならもう少し具体的な対策が組めたかもしれない。でもその場合、澪さんやライムが暗躍するだけで彼は一人でもここに来れたし、二人きりになる機会さえなくなった可能性も高い。っ! そうか澪さんがやけに協力的だったのは……私に彼の力や危険性を見抜かせるため? そして、真君やクズノハ商会の邪魔をするなら大国だろうとどうなるか、理解させるため? 基本あの遠距離攻撃で都市を破壊しつつ……。個々の戦場では分断できないクズノハ商会の補給線で支えられた、一騎当千をも蹴散らす怪物たちが軍を潰す。今私が把握しているだけの戦力でもリミアさえ落とせるじゃない。なんて、伏兵よ……)

「これは期待できますね、メイリス湖。用事済ませたら少しだけでいいんで、時間とってもらえますか? じっくり見ておきたくて」

「……ええ」

「そういえば、ローレルの巫女、チヤさんでしたっけ? あの子、大丈夫ですか? ショックで寝込んでいるって聞いて、どうにも気になってるんですけど」

「……それは、貴方を見て倒れたから?」

「う、やっぱそうなんですか? あれって何が原因なんでしょう? 正直、僕にはよくわからなくて」

「あれは、私の所為よ。ライムから巫女の力について報告を受けていないの? あの紫の雲のことは知っていたようなのに」

「巫女の力?」

 真は響の言葉に首をかしげる。
 巫女の目について、ライムは巴に報告した。
 そして、巴は識や澪と色々と対策を考えていた。
 ただそれは実を結ばず、結局澪は何も対策しないという対策をして巫女と対面した。
 真はそれについて何も知らない。
 必要なことは報告するよう従者に頼んでいる真だが、全ての情報を報告するようには伝えていない。
 何故ならそれをされても自分が処理しきれないからだ。
 報告を読んでいるだけで、聞いているだけで日が暮れてしまう。
 だから真は従者にある程度のフィルターを任せている。
 巫女の目については、リミア行きの前に耳に入れておこうという話になりはしたが、結局流れた。
 澪の自信満々の対策に任せるという結論になった。

「チヤちゃんはローレルでその人の本質というか、本性というか。つまりその人自身でも気付いてないような素養も見抜いちゃうような魔眼を得たのよ」

「心眼みたいなもんですか」

「かもしれないわね。実際彼女にしか使えないし、ようやくオンオフが自分の意思で出来るようになったからリミアに戻ってきたんだけど。先だっては私がその目で真君と澪さんを見るように伝えたの」

「……ということは、澪の何かを見てショックを受け、僕の何かを見てぶっ倒れたと?」

「そうなるわね。何を見たのかはまだわからない。チヤちゃんには悪い事をしたわ」

(私が感じている悪寒や違和感ですら強烈なんだから、チヤちゃんが見たものはとんでもないものかもしれない。でも私を見た時は光ってるけど私のままだった、らしいのよね。真君から私が感じている不吉さがチヤちゃんにはどう映ったのかしら。あの子だって結構な経験を積んできているし、大抵の事で気を失ったりしないはずなのに……)

「かなり、凹む情報ですね、それ」

(心眼ねえ。まあ僕に実害があるものとも言い切れないし、巴達もそれで知らせなかったのかな? 実際、ぶっ倒れたの向こうだしなあ)

 巫女の目のことを知らされていなかったことを真はあまり動揺せずに納得する。
 本性や素養などは、調べてもらえるならむしろありがたいことなんじゃないか、程度に彼は考えていた。

「目が覚めたら、貴方のイメージを聞くから知りたければ教えてあげる。自分も知らない何かを知れるかもしれないわよ」

「いいんですか? 聞いちゃっても。実は興味あります」

「その場に同席できるかはチヤちゃん次第だけどね。また倒れてもらっても困るから」

(隠す、騙す、は下策。とてもじゃないけど敵にできる子じゃない。かといって今の真君じゃあ味方でいてもらうのも怖くて仕方ない。最上策は隔離。世界の誰も彼を利用できない環境を作る為には……)

「……キャーパタン、ですもんね」

「私の目にはごく普通の青年なんだけどねー。この世界では、まあ苦労しそうな容姿だって同情するくらいで」

(まず手元に、目の届く範囲にいてもらうのが全ての起点。そして、何とか彼が大事にするもの、守ろうとするもの、その傾向を把握しないと……。魔族との戦争も継続中だし、戦後まで状況を進められても帝国の智樹が暴れだすのは目に見えている。今だって王都の復興とリミアの膿みを出し切るので手一杯なのにとんでもないモノが目の前に出てきて。安っぽいSFに出てくるような世界消滅爆弾そのものじゃないの。全部乗り切るには今から動かなきゃ詰むわ。本当に、どこまでもやり甲斐のある世界ね。もしかしてあの女神って試練の神様なのかしら)

「苦労、結構しました」

「その辺りは貴方の用事を済ませてからゆっくり聞かせてね」

 一気に開けた二人の前方の視界。
 大きな湖が陽光を反射してただただ美しい。
 響と真の通った後はそれなりの死骸があったが、そんな殺伐とした現実を洗い流すような光景が広がっていた。
 真と話をしながら彼への印象と評価を相当変化させた響。
 湖に到着した彼女が考えていたのは巫女チヤの覚醒はいつになるか、という限りなく現実的なものだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 一方その頃。
 巫女は目覚めていた。
 ベッドで仰向けに横たわったまま目だけを開いて一言も発さず。
 彼女は静かに呼吸だけを繰り返していた。

(澪さんが蜘蛛。災厄の黒蜘蛛。信じられない、けど。本当だ。私にはあの人が、あの時と同じ巨大な黒い蜘蛛に見えた。……ううん、同じじゃない。二つ、違った。一つは爛々として本能しか窺えなかった目が凄く静かで穏やかな目になってた。もう一つは……首輪)

 チヤは考えていた。
 あの時。
 リミアに訪れたクズノハ商会一行を見た時のことを。
 最初に出てきたライムは以前と同じだった。
 ジオラマのような景色つきで浮かぶ大樹の姿。
 見ていて安心する、チヤが見た中でもトップクラスのイメージのまま。
 次に現れた黒髪の女、澪を見た時チヤは思わず叫びそうになった。
 馬車から現れる、巨大な黒い蜘蛛。
 ソレは特に暴れるでもなく、ただ自分を見つめるチヤに笑みを浮かべた。
 口元に手をあて、何とか声を押さえて少しでも冷静であろうと彼女は気持ちを静めようとした。
 そして、気付いた。
 以前遭遇した黒蜘蛛とは違う、知性さえ感じさせる目と、その首輪に。
 首輪には鎖がついていた。
 蜘蛛は首輪と鎖に、時折愛おしそうに触れる仕草を見せた。
 少なくとも嫌がっている様子はなかった。
 そして、その鎖の先は馬車の中に伸びていた。
 クズノハ商会代表、ライドウ。
 ついに当人が馬車から降りてきた。
 最初は心眼を使わず、ライドウの姿を直視したチヤ。
 ヒューマンとしては稀に見る不細工だが、それだけの人物。
 魔力も知覚できないし、ライムや澪と比べると一目で弱いとわかるほど。
 商人だという話だし特に不思議でもなんでもない人だとチヤは感じた。
 そして、チヤは心眼でライドウを見た。

(鎖を、持ってた。蜘蛛の首輪から伸びる鎖を)

 それは真っ白な、卵みたいにツルツルした感じの人型だった。
 小柄で、ライドウ自身のシルエットに似ているようにも見える。
 彼を見るまでにチヤはそんなイメージの人たちを数人見ていた。
 土で作った人型のような人もいたし、メタリックな色合いの人もいた。
 数少ない例から、何かに縛られている人に共通したイメージなのかもしれないとチヤは推測として考えていた。
 それらに共通するのは人型であり無貌であることだけ。
 手足が長いイメージもあったが、それは個人差があってチヤにはまだそれが何を意味するのかわかっていない。
 こればかりは経験不足の面もあり、仕方ないことだった。
 ライドウのイメージは左手に大きな、凄く綺麗な弓を持っていた。
 そして右手には、三本の鎖。
 鎖の一つは蜘蛛に伸び、残る二つは彼方に伸びていた。

(鎖の意味は支配とか、奴隷とか、そんなものだと思う。弓は使っている武器。ただ凄く綺麗で大事そうに持ってたからそれだけじゃないかもしれない)

 最初はチヤもライドウのイメージを冷静に観察できた。
 鎖とか弓とか、白という色の意味を考えたりも出来た。
 あるものに、気付くまでは。
 それは首あたりだったと、チヤは記憶していた。
 その場面の記憶を手繰ろうとするだけで全身に震えが走る。
 しかしチヤは一度目を閉じ、意を決したように見開くと体の震えを止めて記憶と向き合った。
 失態を繰り返すことはしたくなかった。

(そう、確か首だった。その一部だけ、ツルツルした表面がひび割れてて、真ん中が黒かった。小さなシミかと思ったけどそうじゃない。あれは空洞、穴だったんだ)

 その時のチヤは目を凝らしてその黒い何かを見ようとした。
 そして、見た。

(ナニカがいた。いた? あった? わからない。でも、あの目……。ただ見られているだけなのに、私の頭の中に色んな死のイメージが次々に叩きつけられてきた。何度も何度も殺されたみたいだった。直感でしかないけど、あれは生き物じゃない。本来なら目なんてないナニカなんだ。それがあの人の中から外を見ている。興味深そうに、キョロキョロして)

 イメージのひび割れから覗く目と向き合ったチヤは恐怖に全身を鷲掴みにされて感情のまま悲鳴をあげた。
 叫んでも彼はいなくならないし、何も解決しない。
 そんなことはわかっていたが、それでもチヤは叫ぶしかなかった。
 混乱と恐怖が頭を満たすとああなるんだ、と醜態を晒した時の自分を振り返るチヤ。
 これまでの人生で味わったことのない経験。
 果たして次にライドウや澪と会った時、平静でいられるかといえば、今のチヤにその自信はなかった。

(そんなものを中にしまった人が、あの黒蜘蛛を支配しているなんて……。彩律はお姉ちゃんと同じ賢人様だろうから是非いずれはローレルに、って話してたけど。駄目だよ、あの人は駄目。他の二つの鎖だってナニに繋がっているか全然わからないし……)

 魔族や魔王はチヤにとってはまだ理解できる敵だった。
 人を敵視する亜人や魔物との戦いもだ。
 今チヤは生まれて初めてその根拠がわからない、どうしてよいかわからない巨大な不安に包まれていた。
 原因はもちろんライドウだ。

(クズノハ商会、って何なの……? 絶対ただのお店なんかじゃないよぅ……) 

 見たものを報告しないといけないと理解しながらチヤはベッドから出られなかった。
 ただ、未だ言葉をかわしてさえいないライドウへの印象は既に最悪になったと言えた。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「ん……先輩、こっちです」

「真君がここに来るのは初めてなのよね?」

「はい」

「なんでこっちだってわかるの? 地図も持ってなかったはずよね」

「それは、湖まで出れば案内の人がいる場所は教えてもらってるので」

「ふぅん、そう……」

 湖畔を歩く真と響。
 迷いなく歩いていく真に響が理由を聞いていた。
 真の答えは半分嘘だ。
 案内の者が湖周辺に来ているのは本当だが、実際には真は自身の能力である界でその位置を特定している。
 今の彼は魔力体も展開しておらず、界は周辺情報の調査だけに使われていた。

(これから行く場所を考えると、マテリア・プリマは使わない方が良さそうだよな。しかしマテリア・プリマって略すとMPでまんまマジックポイントな名前で何かなあ。反対にPMにすると有害っぽい名前になるし。ルトってセンスないんじゃないかな、僕が言えたことでもないけど)

 完全に観光モードで緩んでいる真。
 対して響はかなりの緊張状態にある。
 真への対策を考えていることもあるが、そこまでなら響にとっては許容量。
 今の彼女が普段なら残している余裕まで失っているのは、メイリス湖にいるある存在と真との接触を警戒してのことだった。
 響はここに上位竜であり“瀑布”の二つ名をもつリュカが住まいとする場所だということを知らされている。
 かつてランサーと接触した経験を持つ響は、一般人が知る以上に上位竜について正しい認識を持っている。
 直接会ったことはないが、地域では信仰さえされている存在であるリュカ。
 無闇に触れ合って良い存在ではないと彼女は理解していた。

(リュカに会ったことはないけれど、メイリス湖と周辺の秩序を保っているのは間違いなくその竜。信仰を向けられているのも恐れよりも恵みへの感謝が根元にある。この湖と周辺の森に棲む魔物は森の外までは出ないし縄張りを広げもしていない。この不自然な状況には竜が関わっていると見て間違いない。事実この湖から齎される水も、広がる緑の恩恵も相当なもの。猟師は昔からこの森の外周部分には出入りしているし、湖から続く何本もの川の流域には街が栄えている。つまりリュカは人と共存できない竜じゃない。なら、不要な諍いは避けるべき。……真君に殺させる訳にはいかない)

 真の存在は響にとって上位竜を倒すかもしれない存在になっていた。
 いや、彼女の中では既にリュカを凌ぐ存在と見ていた。
 それは響は真の素性を掴むための数々の予測の中の一つを念頭においてのこと。
 今の響には真が、触るな危険、髑髏印が隙間なく貼られた危険物そのものだった。

「あ、いました」

「え」

 真に言われて響が真の示す方向を見る。
 遠くの水辺に確かに何かが見える。

「あの人ですね、案内の人。一応、その先に先輩も同行していいか聞きますね」

「ねえ、真君。当たり前のことを念押しするようで申し訳ないんだけど、この湖には主というか、イメージとしては水神様みたいな存在がいてね」

「水神様ですか。上手いこと言いますね。確かに東洋の竜とかだと、まんまそうですもんね」

「っ、メイリス湖に何がいるか、知っているのね?」

「いるか、って……。まあ一応は。来る場所の基礎知識くらいは知ってますよ。上位竜のリュカの領域ですよね、ここ」

「……それ、公にはなってない筈なんだけど。この近くの村とか、ここから続く河川流域にある街のいくつかでは伝承として伝わっているだけで」

 響自身は王族から直接契約の話を聞いているのでそれらの伝承を見たのは事後のことだ。
 ただ上位竜の名前をリュカと知っていて、かつメイリス湖にいると確信しているように話す真の様子が響には引っかかった。

「僕は今回の配達の依頼人に聞きました」

「ちなみにその依頼人については教えてもらえるのかしら? 私は日本人で勇者だけど、リミア王国に属するのも確かなこと。流石に上位竜と問題を起こすような真似はさせられないわよ」

「……依頼人の方は一応、後日当人に確認してからにさせてください。仕事ですし、わからないことは言わない方が無難だと思いますから。でも、間違ってもリュカと問題を起こすような用件じゃないので大丈夫ですよ」

「わかったわ、真君を信用する」

(請けた仕事には、一応の責任感はあるのね。ただ、あの、真君があの人っていった相手。魔物よね? となると依頼は冒険者ギルドからじゃないと見るのが妥当か。一体誰に何を渡す気でいるのか……)

 彼女の予測通り二人が辿りついた場所にいたのは人ではなく魔物だった。
 響が遭遇した魔物で中の上程度の強さを彼女に感じさせた魔物は敵意を見せず、近付いてきた二人を迎え入れた。
 これまで魔物とは戦闘しかしていない勇者にとっては、実に困る反応だ。

「どうも。話は通っていますよね? 配達にきたライドウと申します」

 コクリ、と魔物は頷く。

(言葉が通じてる? 真君の能力?)

 響の耳には日本語として意味が通じている真の言葉。
 でもそれは魔物に通じる言葉ではない。
 だが実際に魔物は真の言葉の意を理解しているようで、響はそれを真が何らかの能力を使用しているからではないかと推測した。

「はい、そうです。ここに持っています。あと、もし良かったらなんですけど、リミア王国の勇者響さんが一緒に来たいようなんです。大丈夫ですか?」

「……」

(話、をしているのよね多分。私には人間大のゲル状の塊が震えているようにしか見えないけど。念話? でも真君は普通に話しているし……)

「ありがとうございます。え、今ここでですか? わかりました」

 響が色々考えている間に話はまとまったのか、真はゲルに礼を言い、そして何かを乞われたらしく肩から背負っていた布袋を前に出してその口を開けた。
 現れたのは大きな卵。
 球形の何かだろうと考えていた響の予想の範囲内のものだった。

「……真君、それは? 卵なのは見ればわかるんだけど」

 ただ聞けば卵と返してきそうな真の反応を踏まえて響は予めその先の説明を求める。
 かなり大きな卵だ。
 少なくとも響は見たことがない。

「あまり見ることってないですよね。これは竜の卵です」

「竜!?」

 思わず語気が強くなる。
 メイリス湖は上位竜の領域だ。
 その場所で竜の卵のやりとり。
 一瞬で相当デリケートな問題になりかねないと、響は焦りを覚える。

「はい。リュカの卵なんです。僕は帰郷のお手伝いって感じですかね」

「リュッ! カッ?」

「先輩? 流石にびっくりしました?」

 世にも珍しい人目を気にせずに意味不明な言葉を放つ響に、真は冗談が受けた時のように楽しげに話す。
 響からするとそれどころの驚きではなかった。本当の素だ。
 それが自分を笑わせよう、楽しませようとする類の冗談なら、響はちゃんと相手が喜ぶ対応を酌んでその通りにしてみせる余裕があっただろう。

「なん、でそんなものをロッツガルドにいる貴方が持ってるの」

 乱れそうになる呼吸を抑え込んで、響が何とか次句を続ける。

「それはその、色々ありまして」

「……リュカの卵と言ったわね? とすればそれはリュカの子供になるわけでしょう? まさか上位竜の卵を略奪した馬鹿がいたの!?」

「え……ああ。リュカの卵ってそういうんじゃないですよ。これはリュカ本人です。少し前に色々ありまして」

「本人!? あのね真君。いくらなんでもこれは、色々ありまして、で切り抜けさせてあげられないわよ? リュカはリミアの領土に住む竜。私も完全に無関係じゃないんだから」

「それは、その。この人達に聞いてみないと何とも……。って、え? ちょっと?」

 響が説明を求める。
 何と伝えようかと考えていた真は不意にゲルの方を見た。
 そこには体の一部を伸ばしてハンマーのような形に変化させたゲルの姿。
 何やら真に伝えた上での行動のようだが、当の真にもその真意はわかっていないようだ。
 そしてゲルはそのハンマーを一気に振り下ろした。
 当たり前に卵にぶつかるゲルのハンマー腕。
 そして当然のように大きな亀裂が卵に入る。
 むしろ粉砕しなかったのが凄いというべきだろう。

「セーフ? というか意外と丈夫だな」

「ちょっ」

 真と響は呆然とその様子を眺めていた。
 ゲルはそれ以上行動せず、卵の前で佇んでいる。
 三者の空間を沈黙が支配する中、何かを叩く音がし始めた。
 卵、その内部から聞こえる音だと響が気付いた。

「冗談でしょ、ここで産まれるっていうの?」

「あ、今のは孵化のアシストか」

 あまりの事態に真と響の冷静さが逆転していた。
 そのまま見守ることしばし。
 ついに亀裂の中心から厚い殻が持ち上げられた。
 殻を持ち上げながら頭を突き出す鳥の雛のように。
 手乗りサイズの竜の頭が卵から出る。

(一体、何が動いていてどうして上位竜がいきなり孵化とかしようとしてるのよ。真君は大して慌ててもいないし、彼にとってはこんな破天荒なのが日常だとでも?)

(……西洋型かあ。湖を縄張りにしてて水属性を何よりも得意とする回復にも長けた竜ってんだから蛇型を期待してたんだけどな。巴だけなのかね、蛇竜は。うわ、雛の癖に可愛くない殻の破り方だよ)

 蛇型の竜を予想していた真は出てきた竜の頭と爪を見て、西洋で描かれる竜のシルエットに近いリュカの姿を見てのん気な感想を抱いていた。
 頭を振ったり、体を振ったりして殻を振り払う仕草も彼は期待していたが、リュカは手乗りサイズながら爪を使って極めて冷静に殻を割り体を出していく。
 その瞳が湛える光は無邪気でも無垢でもなく、既に大人のそれを思わせるものだった。
 リュカは落ち着いて殻から出ると小さな手で何か宙に紋様を描き出し、孵化数分で魔法を行使した。
 周りにあった卵の殻は急激に凍りだし、塵と砕けて消え去った。

(後始末まで自分でするんだ)

 真はこの竜の子供、可愛くないなあなどと考えていた。
 リュカは首の調子を確かめるように左右に何度か動かし、まず魔物を見た。

「私が不在の間、よくここを護っていてくれました。お前達も増やしてやらなければいけませんね」

 竜の口から流暢な共通語が流れた。

(生まれつき話せるとかさあ、もうこいつ卵のままでもKIAIで帰ってこれたんじゃないの? 生まれた直後からこれとか聞いてないぞ? ルトの奴……。ゲルさんは喜んじゃってるからまあ良いんだけどさあ)

 真の不満はさておき、ゲルはこれまでで一番大きく震えていて、さほど透明度の高くない体の中にいくつもの気泡ができたりしていた。
 そしてリュカが真と響に顔を向ける。
 ルトや巴、その他上位竜とそれなりの面識がある真は普段どおり、対して響はその身を硬くした。
 彼女にとってはまともに上位竜と会うというのは初めてのことだ。
 ランサーの時は戦闘だったし、戦ったのは主に識。
 響が上位竜と話をするというのは、これが初めてといってもよかった。

「……ライドウ、あの気分屋の困った方の願い、よく聞いてくれました。私をメイリス湖に帰してくれたこと、感謝します」

「いえいえ」

「後ほどゆるりと話をしたいのでもう少しお付き合い願えますね?」

「今日の内に戻れれば問題ありません。ですよね、先輩?」

「あ、ええ。大丈夫です、リュカ、様」

「ふふふ、様などとつけなくて構いませんよ。リミアの勇者、響。必要であったかはともかく、ここまでライドウを護衛してくれたことに感謝します。そして今なおリミア王家との契約が守られている事にも感謝を。私からの誠意として、ライドウと同じく、貴女も私の住まいに案内しましょう。人を招待するのは久々のことですが」

「ありがとうございます」

(聡明な竜ね。複雑な事情がありそうだけど、少しでも話が聞けるならそれに越したことはないわ。それに……リュカも、真君に何か思うところがあるみたい。勘だけど)

「では、頼みます。ライドウ、響。どうぞ心安らかにそのままで」

 ゲルに目線を送るリュカ。
 その目に応えるようにゲルの体が大きく膨らみ、広がっていく。
 口を開けるように体が開き、リュカと真、響を包み込んだかと思うとそのまま湖にダイブして沈んでいく。

「陸と湖の間。そこに私の住む空間があります。じきに着きますからしばらく水中の景色でも楽しんでいてください」

 ゲルの体は濁っていたが、薄くなって膜状になっている今なら容易く外を見ることができた。
 どこかの水族館が売りにしそうな水中の景色が三百六十度広がる。

(陸と海の間ならぬ陸と湖の間、かあ。あ、やっぱ魔力体オフにしといてよかったな。包んでもらう時に困らせるところだった)

(冷静に。自分の底だけは常に冷たく、状況を見据える。どんなにきつくてもその余白を持たずに考え動いた先に最良の結果なんてない。余白は余裕ではなく生命線。焦るな、今が例え戦争とその後を左右するんだとしても。ベストが得られなくても最高のベターを諦めない。それが今の私の役目)

 メイリス湖の一日はまだ続いていく。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 王都アスタ。
 その復興状況は芳しくない。
 王家の財、貴族の財、騎士や住民の努力。
 投じるべきものを適切に使ってもなお、季節にも阻まれ中々思うようには進んでいない。
 更地になるまで破壊された都市ならかえって復興は早かったかもしれない。
 しかし多くの瓦礫や抉られた道、実際の復興はまずそれらの除去から始めなくてはいけない。
 更にこの世界では魔物の存在や戦時下ということもあり、まずは街の外壁の修復から行わなくてはならない。
 通常の街の復興速度と比べるなら相当早いペースではあるが、今回の王都の場合、同時期に破壊され奇跡的な速度で復興を為しつつある別の都市があった。
 学園都市ロッツガルドだ。
 王都の都市としての規模はロッツガルド学園と同程度。
 いくつもの衛星都市を持つ部分も二つの都市は似ていた。
 だが、破壊された状況からの復興速度においてロッツガルドは凄まじかった。
 惨事はほぼ同時期だというのに、ロッツガルドの情報はアスタにも届き、そのあまりにも早い状況の進み方に、王都に住む住民も貴族も自らの街の復興策に何か問題があるのではないかと疑った。
 結局、リミア王家はロッツガルドに復興協力の要請を出した、
 ロッツガルドの復興に多くの学生や魔術師が投じられたことは広く知られていて、リミアでも同様の手法をとるべく勇者響が使者にたって要請がなされた。
 あと一ヶ月もしないうちに思惑はそれぞれだろうが、多くの学生や術師が王都の復興に参加することになるだろう。
 この要請が通ったことは、同時にロッツガルドがもうそれだけの術師を必要としていないことの証明でもあり、かの都市が既にかつての姿を取り戻しつつあることをも示している。
 世界有数の規模の都市がたった数ヶ月で惨状からのV字回復をする。
 今回のロッツガルドの復興は今後も長く語られていくことは間違いない。

「随分とゆっくりなものねえ」

「ロッツガルドが早すぎるんでさ。ウチが手伝ったこともありやすが、あそこは魔術師の宝庫です。指示する奴と実行する奴が上手く組み合わさった結果の奇跡とでもいうべきもんじゃねえかと」

「それに折角作り直せるんだから外壁はもっと遠くに作って街の内部を広げれば良いでしょうに。ここには考える頭をつけた者はいないのかしらね」

「……姐さん。外壁ってのは街の命です。一から作り直すのはそれだけで一大事業っすよ? 今回は幸い根元は無事みたいっすからそのまま再建するのは十分妥当な判断です」

「……ああ、それで移転も通らなかったのね。度々魔族からちょっかいをかけられる立地には問題も多いってわかりきってるのに」

「響といくらかの貴族を中心とした一派で移転も主張したらしいんすが、この状況では無理でしょう。無理にやれば新しい王都が出来た頃には住人が何割残っていることやら」

 アスタを案内されていた澪がその遅々とした復興の状況に苦言を呈する。
 ライムは現実的な状況から今のアスタはよくやっている方だとフォローするが、澪の表情は全く納得していない。
 それに彼は黙って次の場所に案内するべく先導している第二王子にもちらちらと視線を送って気を遣っている。
 なにせ、彼にも澪の言葉は確実に聞こえている。
 いくら城を出る時に礼儀などはお気になさらず、と言われているとはいえ言葉通りに受け取るライムではない。
 澪がヨシュアに喧嘩を売っているのではないかと冷や冷やしながら二人の間で右往左往していた。

「澪殿とライム殿はかの奇跡の都市ロッツガルドを見ておられるようですから、もっともなご意見かと。王都の現状は我々としても頭の痛い問題で、一刻も早く、と気持ちばかり急いでしまうのも事実。響が主張した王都の移転も考えるべきことでしたが、現状王都の機能と街並み、人々の生活を取り戻すことが先決となり今回は見送られました」

「悠長なこと。冬の間に終わるのかしら」

 本来、都市がそんな速度で立ち直ったりは出来ない。
 短くとも数年をみて計画も立てられるべきことだ。

「格好だけでも整えねばなりません、なんとしても。ああ、お二方。こちらです。ここから外壁の上に登れます。城から見るのとは違う王都の姿が見られるかと思いますよ」

 ヨシュアの言葉通り、外壁の一部に小屋の様な建物が作られていて、そこから長く続く階段があった。
 三人はそのまま外壁の上に出て、王都の内と外を一望する。

「こりゃあ……ロッツガルドから人が来るって話ですが、それでも何とか格好がつくまでに半年はかかりそうな……」

「流石はライム殿、見事な見立てです。我々がロッツガルドからの救援の内容を知り議論した結果、最速でその位ではないかと。響はまだいくらかは早められるだろうと話していましたが」

「その頃にはもう魔族が攻めてきますわ。復興中だから攻めてこないなんて理屈は通用しませんから」

(澪姐さん。この話はそろそろ止めておきやしょう。こりゃあリミアの問題ですし、ロッツガルドの救援も来やす。俺らが首を突っ込んでも、まあ、良い結果にはならねえんじゃねえかと。旦那も何も仰ってませんでしたし)

(……ライム。貴方も一度桂剥きになりたいのかしら)

(かつらっ!?)

(大体、そのロッツガルドの復興だって、どれだけ若様が手伝ったと思ってるんです。事実を、正しく理解させるのがまず第一なのです。黙ってなさい)

(いや、あの)

(黙ってなさい、いいわね? 若様には私からきちんと話をします。お前は私に合わせていればいいんです)

(……了解っす)

 どうにも黙っていられなくなったライムが澪に念話を使う。
 しかし逆に抑え込まれて尻尾を丸める結果に終わった。
 そもそもライムと澪では立場も力も違いすぎる。
 真っ向から澪をどうこうするのはライムでは不可能だ。
 精々多少の方向転換を促すのが限界といえる。

「では、クズノハ商会のお二人には何か良い手がおありですか?」

 ヨシュアが澪に対案を求める。
 当然の言葉だった。

「もちろん。よろしければ、今少しお見せしましょうか?」

 ニコリと笑ってなんでもないことの様にヨシュアに応じる。
 その様子を見ていたライムは表面上いつもの様子だったが、内心ではごろごろ転げまわっていた。

(うあああ! まただ! またあの笑顔だ! 旦那、早めに帰ってきてください! 無理、これ俺だけじゃ絶対無理っすからぁぁ!)

 何をする気かはライムにはわからない。
 ただ。
 何かをやらかすことだけは彼にも確信できる。
 痛かった。
 ライムはただただ胃が痛かった。

「是非」

 ヨシュアがやや鋭い目で短く言葉を紡いだ。

「はい。……そうね、ヨシュア王子。あの区画は瓦礫が山積みですね。まだ手付かずのようにも見えますけど」

「あの地域にはまだ手を入れられていませんね。その向こうに見える部分も、それから左手もそうです。まだ瓦礫さえ整理できていません」

「人はいるのかしら」

「立ち入りは禁止しています」

「なら少し魔術を使ってもよろしいかしら?」

「……どうぞ」

「ふふ……」

 澪は言葉を口にしない。
 懐から扇を取り出し、それを破壊されたままの街並み、瓦礫ばかりの場所に向けた。
 ヨシュア王子は澪の様子と瓦礫を交互に、注意深く見つめている。
 ライムはもう、瓦礫よりも更に遠くを見つめて薄く笑っていた。

「やりますわ」

「っ!?」

 澪の短い言葉。
 扇が示すその場所は一瞬で地面に張り付く黒い渦を残して何もなくなった。
 黒い渦に呑まれて瓦礫や土砂があらかた消えてしまった。
 ヨシュア王子の右手が口元に当てられる。
 目元の表情はわかりやすいほどに驚きを示していた。

(やった。やりましたよー、旦那ぁ。ロッツガルドの復興も俺らの手回しがあったってこと、多分見事に知られましたぜー。そりゃ旦那は住んでいる街を一緒に復興しただけだって思ってらっしゃるから口止めなんぞ大してなさってませんでしたけどね? 俺は隠した方がいいんじゃねえかなあ、なんて思ってたわけなんす。澪姐さん、ぶっ壊す気です、色々と)

 長いため息と一緒に口から何か漏れ出しそうなライムの心の声が空しく響いた。

「それに向こうと、左もそうでしたね。なら」

 澪は続けて二箇所、瓦礫を消し去って見せる。
 優先順位があるとはいえ何ヶ月もそのままだった惨状を一瞬で消し去った。

「一体どんな魔術ならあんなことが。闇属性にあんな魔術などあったのか……? それにアレに呑みこまれた物はどこに?」

 澪の術ですっかり更地になった場所を見つめたまま、誰にでもなくただ呟くヨシュア。

「それはこれから出しますわ。外壁の外ならとりあえずどこでも良いのでしょう?」

 誰に向けられたものではないヨシュアの呟きに澪が応じる。

「あ……キャンプのある場所は避けて欲しい、が」

 これまでのクズノハ商会への丁寧な応対が頭から抜け落ちていたヨシュアが、工事の担当者と話すような口調で応えた。
 ただヨシュアと澪の関係からすれば、この口調でもまったく問題はない。
 むしろこれまでが丁寧すぎたとも言える。

「構いません。なら、あの辺ですわね」

 澪も特に王子の変化を気にすることなく話を続けている。
 もとより彼女は王子の態度など気にして動いていないというのもあるが。
 街の外に扇を向けて、そして宙に黒い渦を生み出す。
 遠方で黒い渦から土砂や瓦礫が次々と落下して鈍い振動と低音を、外壁の上にいる三人の耳に届けた。

「なんて、強力な魔術」

「強力? この程度ならあと何百回でもやれますわ。この街の瓦礫や廃材なんてその気になれば一日で外に出せます。ライム、これでどのくらい再建までの時間は縮まりますの?」

「……そっすね。多分二ヶ月は短縮できるんじゃないっすかね」

「あらあら簡単なこと」

「澪殿、ならそのお力を貸してもらえるのでしょうか? この街の復興を助けて下さると、そう仰るんですか?」

「若様がお戻りになったら改めて確認しますが、まあ今日一日程度なら問題ありませんわ。若様もいなくて暇ですし」

「今日一日だけとて、なんとありがたい言葉! もちろん、お礼は致します。すぐに担当者を連れて参りますので何卒、ご協力下さい!」

「担当者はどうでもいいですけど、王子? 貴方が一緒にいることが条件ですよ? クズノハ商会の澪がやることを貴方のその目で見届けて頂くことが」

「私などでよければこの目に焼き付けましょう」

 陽はまだ高い。
 にわか復興支援をすることになった澪とライムの一日はまだまだ長くなりそうだった。

上下という構成のため更新日をずらしました。
ご意見ご感想お待ちしています。
+注意+
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