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海も真も順調です
「釘を刺されてしまった……」
リミアからの連絡は、予想した通りのものだった。
ずばり御呼ばれの日程について。
出来るだけ早く(先輩がローレルにいるうちに)伺いたいという僕の意見は見事に玉砕した。
色々と用意もありますから、と提案された日時はどれもそこそこ後。
多分一番早くても先輩はリミアに帰ってる。
となれば、澪には留守番してもらうことになりそうだ。
幸い海があるから退屈はしないだろう。そこは救いだ。
「ま、行く日が決まったのは良い事だよな。面倒が一つ済むんだし」
わざわざ口に出して、良い事もあったと思うことにする。
これで面倒くさそうな国の訪問はおしまいだ。
なんか、アイオン王国はレンブラントさんが上手い事やってくれてるらしくて呼びつけられてない。
ローレル連邦には興味があるから、むしろ一度は行ってみたかった。
神殿の方は女神が大人しくしてるからかこちらも大人しい。
世はなべてこともなし。
そんな感じだ。
もう少しの辛抱だな。
それにしても予定よりも早く話が終わった。
僕がさっさと妥協したのが原因だけどさ。
ジン達の成長についての詳細にも少しは興味があるけど学園に戻るのも……。
うん。
亜空の方の仕事を確認でもしよう。
机の引き出しから目当ての書類を取り出す。
今進行している仕事なんかで、僕が見るだろうものを識がまとめておいてくれるから助かる。
「海にとりあえず行ってもらう種族はこれで決定か」
パラパラと資料をめくっていく。
今回は僕の面談の前に、巴達を試験官にして一定期間サバイバルをしてもらうことにした。
サバイバル、なんていうと凄そうだけど要は生活してみるってだけだ。
海と一言でいっても環境は様々、それぞれの種族にあった環境で実際亜空の海で暮らせるものかをテストする。
巴達は試験官兼アドバイザーだ。
その期間に目に余る行為でもなければ試験官としての顔は出さずに終わる。
「陸地にも適応できる種族なのが理想だけど……」
流石にそう上手くいかない。
単純に大型の水棲魔獣は当然陸から縁遠い。
人魚とか、下は魚だ。
いくら人型っぽくても歩くのすら困難だと一目でわかる。
種族的には魔族の亜種になるらしいローレライなんかは基本人型だし、海中より海上の生活の方が多いから余裕で適応してる。
魚に人の手足をつけたギャグみたいな種族も、陸を走り回ったりできる。
その癖種族の名が海王だ。もはや存在がネタに思える。
いわゆる半漁人に良く似たサハギンという種族なんかは得意ではないながら陸上でも動ける。
彼らについてはそんなことよりも頭でピカッと光ってた皿が印象的だ。
河童かと。海河童かと。
そんなわけで水陸両用の種族が港を構えつつ、海オンリーの種族と交流を持つってのが僕が考える理想。
その港と僕の家がある街で交流が持てれば、まあいいかなって。
で、細かい部分は巴達に任せる。
「人魚にローレライにサハギンに海王。海馬に海大蛇に青月に……」
順番に確認しても結構いる。
十種族以上だ。
別に移住枠を競う訳じゃないから、亜空の海に適応さえしてくれれば全員移住で構わない。
あと、他種族に明らかな敵意さえなければ。
海は広いんだからいくらでも住み分けは出来るんだから。
捕食者どころか、元からいる何らかの生き物にエサにされそうならリタイヤしてもらえばいい。
全種族が面談になるか。
それとも一つも残らないか。
……いや、流石に後者はまずいから頑張って欲しいな。
◇◆◇◆◇◆◇◆
嬉しい報告が入った。
海に住もうとしている種族の殆どが亜空での生活に適応できている、とのことだった。
鮫やら巨大なタコやら元からいた生き物に危険を感じてリタイヤした種族が二つほどあったものの、大抵の種族が無事に過ごせているらしい。
このまま進んでくれれば寒い海と暖かい海、どちらにも住人が出来ることになる。
住人に対して土地が異様にあるのが亜空。
それは当然海にも当てはまるから、色んな場所に住んで情報を集めてくれるならこれほどありがたいことはない。
隅々まで自分達で探索しなければいけないのだとしたら相当大変な事になるし。
「とまあ、概ね問題はありませんな。在来種の生き物とコミュニケーションをとり始めているものもおります。懸念していた海の種族同士の諍いなどもおきておりません」
特に問題もないまま巴の報告が結ばれた。
「良かったね。リタイヤした種族は残念だったけど、今後クズノハ商会で関われることがあったら協力するって言っておいて」
「既に伝えてあります。ヒューマンの漁師と問題が起こりそうなら相談に乗るとも」
「流石、サリもうまくやってる?」
「初仕事とあって張り切っておりますな。特におかしな動きもありませんぞ」
「そ」
久々の学園での講義から数日。
亜空での移住テストも順調に進んでいる。
凪の海のように、静かなもんだ。
「ところで若。識から聞きましたが、ロッツガルドの学生が随分と成長していたようで?」
「ん、ああ。凄いよ、誰も彼も立派になった。最初に予定したところまで鍛えちゃうとやり過ぎになりそうだし……もう教える側に回ってもらう方が良いかなって」
「教える側、ですか。連中からはそれよりもっと強くなりたいとせがまれるでしょうなあ」
「教える事で出来る成長もあるよ。それに、もっと強くっていってもさ。もう学園で最強クラスなんだよ? 同学年で言えば余裕で最強。これ以上鍛えて差を広げなくてもいいんじゃない? 多分ヒューマン同士の戦争とか、大抵の種族との戦闘になっても十分に活躍する程度だと思うから」
「……なるほど。少々興味がありますので、あとで識に情報を見せてもらっても構いませんかな?」
「もちろん。ただ、学生に変に干渉しちゃ駄目だよ? ミスラなんて巴に鍛えられたからか随分おかしな能力まで習得してるんだから」
「気を付けましょう」
本当に。
巴が鍛えたミスラが切っ掛けになって、ジン達は物凄く成長していた。
各々が特殊な能力を身に付けて自分の個性をより際立たせて強くなろうと努めた結果だろう。
ロッツガルド学園にいる時点て、元々才能はある子達だ。
高く目標を見据えれば伸びていくのはある意味当然かもしれなかった。
そう考えると僕や識はその手伝いをしただけなんだろうな。
新しく入れる子もジン達のレベルに仕上げて後は個人の成長に任せれば十分強くなる。
講師としてどこまで学生を鍛えるかの目安も見つかってこちらも順調だ。
実にいい。
「じゃあ。……巴、これから時間ある?」
「また、ですかな? 移住希望種族の面倒を見ねばなりませんので今日お付き合いするのは難しいかと」
「……そっか」
残念だ。
「若の世界の環境を再現するのは相当疲れますでな。次に時間を取れるのは、若がリミアに発たれる前日になりましょうか。申し訳ありません」
「わかった。忙しいのに無理をさせているのはわかってるから、いいよ」
「……あー、若。ちと、よろしいですかな?」
巴?
突然苦い顔をした巴が僕に尋ねてきた。
ああ、念話か。
話しながらでも器用に念話できるのは僕も見習いたいとこだ。
どうしても、どっちにも集中するってのが難しい。
慣れ、で何とかなるなら訓練してみようかなあ。
「なに? 念話?」
「はい。ライムからでした」
「へえ。先輩たちと一緒にいるんだっけ。なんだって?」
「……ええ、大したことではありませんが。あの紫の雲、先日のアレでは完全には散っていなかったようです」
「……やっぱり。何か手応え薄かったんだよな。まだそんなに経ってないけど、もう悪さしてるとか?」
「はい。で、今ライムと響らで対処しているようなのですが、どうもまずい様子」
「響先輩でも?」
「の、ようですな」
信じられない。
響先輩なのに。
あの程度ならどうとでもしそうなのに。
もしかして遠距離攻撃関係の手札が薄い、とか?
先輩、剣を持ってたしな。
「ローレルへの手助けって自分でいっときながら中途半端なのは、かっこつかないよなあ。響先輩にまで迷惑を掛けるのもアレだし、僕が何とかするよ」
「……頼めますか」
「うん。ただ、あの群体ってのはどうも前のやり方だと駄目な気がするんだよね……手応えも薄かったから。一応、考えている事はあるんだけどある程度近付かないと駄目そうだし」
せめて相手の位置をある程度把握したいところだ。
「では、翼人が以前若との模擬戦で使った戦術を応用してみては? 離れた場所にいる相手と情報を共有する、アレです」
「ああ、なるほど。使えるね、きっと。じゃあそれでいこう。なら僕は狙えそうな場所に移動しないとね」
「丁度見晴らしのいい山があります。距離は多少ありますが、若なら問題ありませんな?」
「アズサと魔術があるからねえ。実質射程は気にしなくてもいいようなもんだよ、僕は」
「では、どうぞ。儂は翼人をそちらに送りますので情報の共有というものを確認しながらコトに当たってくだされ」
「了解」
「若」
「なに?」
「ライムと勇者が近くに浮いているようですのでついでに何発かお見舞いしても構いませんぞ? 特にライムなど」
「なんでライムにそんな事しなくちゃいけないんだよ」
巴が開けてくれた門に、アズサ片手に入ろうとしていた僕を呼び止めて彼女がおかしなことを言った。
「……なに、最近少々弛んでおるようですから気付けにと思ったまでです」
「怖いこと言うね、お前も」
「響にも良い刺激になるかもしれませんぞ?」
「やだよ。あとでバレたらどう弁解するんだよ、まったく」
「……いってらっしゃいませ」
「うん、すぐ戻る」
門の先は説明通りの山頂だった。
まさに三百六十度のパノラマ。
絶景だ。
そして遠くの空に明らかな異物が一つ。
紫のシミにも見えるそれが問題の雲だとわかった。
「結構大きくなってるな。前ほどじゃないけど」
弓を構える。
矢を番える。
標的の雲はかなり遠方だけど、この世界に来て魔術を併用するようになった所為もあるのか、外す気がしない。
届くかどうかも気にしなくなっていた。
見えるなら当てられる。
そう、自然に思えてきている。
ただあの雲の場合、塊が沢山の個体の集合体だから一つの的と見てはいけないんだと何となく思う。
前回の反省で感じた事だけどね。
「さて、翼人のリンクは……」
翼人の登場を待っていると紫の雲から少し離れたところに彼らが出てくるのがわかった。
二人か。
すぐに彼らから念話が入り、僕に情報を送っていいかを確認された。
当然OK。
短い念話を終え少しの間を置いて、僕の頭に紫の雲をここよりもっと間近で見ているような奇妙な風景が浮かんだ。
目にしている遠方の雲と、頭に浮かぶ間近の雲のギャップが少し気持ち悪く感じた。
目で遠くを見ながら、同時にモニターでその場所のアップを見ているような感覚だ。
でも慣れてしまえば便利かもしれないな。
おかげで響先輩と仲間の魔術師、それにライムが浮いている場所も鮮明にわかる。
座標を記します、と翼人から続報が入った。
頭に浮かんでいる雲と先輩達の景色に方眼紙みたいなマス目が刻まれ、色んな数字が浮かびあがった。
ふうん。
翼人はこうやってお互いの間で情報をやりとりして狙いをつけていたのか。
確かにわかりやすい。
感覚に頼った僕の狙撃にはあまり必要なものではないけれど、攻撃地点の誤差をなくしていくには有用だと思う。
翼人にお礼を言って、待機するように伝える。
「見えているあの紫の雲を射抜く。脳裏に浮かぶ景色の、雲だけを射抜く……」
不思議な感覚だった。
まっすぐ狙う感覚はいつものもの。
でも同時にモニターの中の景色に狙いをつける。
日本にいた頃には考えられないような離れ業なのに、狙いは定まった。
いや、まだだ。
先輩たちを避けるだけじゃ駄目だ。
そして雲の核みたいな部分を射抜くだけでも駄目だ。
もっと、もっと、もっと、もっと。
雲を形作る命の一つ一つを意識して、その全てを、そして繋がりを標的に。
曖昧に射抜くんじゃない。
そのためには……。
「……」
集中状態を保ったまま。
僕は番えていた矢を下ろす。
今回は、これじゃない。
必要なのは矢というよりも術の触媒。
同時に無数の標的を射抜くには弓術と魔術、両方必要だから。
エルドワに作ってもらった様々な種類の矢から一番魔力を蓄えられる種の矢を選び、再び番える。
琥珀色の矢。
「先輩たちを避けて核を射抜きつつ、全ての雲を連鎖的に殺す……」
脳裏に浮かぶ雲が、僕が定めた無数の照準で埋め尽くされる。
やれる。
静かに矢を放つ。
しばらくは矢のまま宙を進んだものの、すぐに琥珀の矢は砕けていき、代わりに視界を埋めるほどのでかい光の塊になって紫の雲に迫っていった。
そして少しすると、その光の塊が炸裂した。
よし、できた!
先輩たちを避けて雲の核を射抜き、同時に散弾として散った部分が個々に狙いをつけた標的を貫いたのが僕に手応えとして伝わる。
殺した。
前回と違ってそう実感できた。
「ふぅ。仕留めた」
翼人も見届けたようだ。
こちらに向かって飛んでくる。
一人抱えているけど、凄く速い。
彼らに手伝ってもらって、僕の弓の可能性はもっと広がってくれた。
嬉しい。
弓は僕にとって代えがたいものなんだと、再確認した気がした。
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