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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

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閑話 ライムと響

 何をしてんだかな。
 ライム=ラテは野営のキャンプから少し離れた場所で木にもたれかかり、そう独白した。

(まったくどうかしてる。これじゃあ本当にパーティでも組んでるみたいだぜ)

 ローレル連邦で巫女チヤの窮地を勇者響と救って以来。
 ライムは彼女たちと行動をともにしている。
 最初はもちろん、上司である巴の命に従い情報収集の為だけだった。
 なのにどういう訳か、ライムは彼らのパーティに溶け込み、今などローレルから勇者響に正式に依頼されたミッションに付き合っている始末。
 人気のない夜の森だが、煙草を吸う彼に獣も魔獣も近寄る気配がない。
 この森にいる生物はライムが、一見無防備に木にもたれて煙草を楽しむ男が強者であると認識していたからだ。
 獣たちの野生の直感が、彼に安心を約束している訳だ。

(……はっきりいって居心地が良い。何十年来の仲間といるような、そんな意識にさせられる)

 ずっと前からの仲間といるような感覚になるのには理由があった。
 何十年来という訳ではないが、響のパーティには以前もう一人剣士がいた。
 女で、名をナバールという。
 ライムも情報としてそれは知っていた。
 彼女の位置に今、自分がいる事も。
 そして、戦闘時に時折感じるすっぽりあるべき場所に収まったような感覚はそれが原因だということも。
 それどころか、ライムはナバールがどんな女性かについても響よりも詳しかった。

(あのナバールが、勇者の相棒とはな。ツィーゲにも一時期いたが……復讐鬼も随分とお優しくなったもんだ。仲間を逃がすために死ぬなんざ、絶対にありえねえ死に方だったろうによ。ま、俺も他人のこたあ言えねえが)

 ライムの知るナバールは魔族に憎悪の刃を向ける復讐心の塊だった。
 目立つ白髪が魔族の血で赤く斑模様になったのを見たのも一度や二度ではない。
 力も金も、全てはより多くの魔族を殺す為。
 そういう女だった。
 だが響やチヤをはじめとする勇者一行から漏れ聞くナバールの話はどれも人間味のある魅力的な女性の話だった。
 これも響がナバールを変えたからなのだろうかと思うと、ナバールはライムが知るあの頃の彼女よりも幸せだったのではないかと、響に対して感謝のような気持ちを覚えていた。

(空しさや狂った笑みの果てに死ぬんじゃなかったんだ。良かった、んだろうよ。しかも、あの踊るような剣技は響の中に生きているときたもんだ)

 煙を大きく吐き出す。
 脳に回るかのような濃密な煙が、少しだけ外へ逃げた気がして、また大きく吸い込むライム。

(響は真に勇者たる存在だ。わかりやすい程に。それはあの女がわざとそれを演じているからでもあり……人々がそれを彼女に望むからでもある。希望の器になる役割を理解した上で受け入れているなんざ、常人の精神じゃねえ。旦那が持ち上げるのもわかる)

 響を観察する内に、ライムは彼女が進んで「勇者」というイメージを被って行動している事に気付いた。
 それは当初、彼にとっても大衆を騙している行為ではないかと思えたのだが……。

(勇者が勇者に望まれる事をそのままに行っている、それのどこが悪くて誰が損をするの? だもんなあ。大したタマだわ)

 確かに響は計算高い。
 ライムも見ていて時に舌を巻く程。
 だが響は誰かを貶めるのに計算をしている訳ではない。
 民が勇者に抱くイメージを否定せず、むしろ肯定して彼らの願い通りに振舞って見せてやる。
 結果彼女は一層支持され、響の為ならと国への協力も厭わない民衆が生まれる。
 響もそんな民衆によってより強い発言力や草の根の支持を獲得していく。
 誰も、損をしていない。
 騙すから悪い、というのは理想家の言葉だとライムも思う。
 多少響の肥大化しつつあるカリスマに影響されてもいるが、ライムもまた真のように響を認めつつあった。
 そして。

(巴の姐さんからの連絡も何度かシカトしちまったなあ。どうかしてるとは思うんだが……。俺、このまま響に付いていくって選択もありなんかな。いや……旦那と巴の姐さんに俺は生き方を変えてもらった身だ。今度は響に鞍替えしますなんざ、格好つかねえよな)

 ライムの悩みはそれだった。
 本来よりも三倍は早く地面に落ちていく煙草の吸殻。
 彼の身の振り方への苦悩を示している。
 響の振る舞いは、ライムから見てこれからも見ていたいと思わせる類のものだったらしい。
 彼女の方からは最近、パーティに恒久的に参加してほしいなどとは言われていない。
 恩義あるクズノハ商会から無断で従業員を引き抜くというのは、やはり申し訳ないから、と。
 響はそういっていた。
 だがもしも一緒にいる内にライムが心変わりしたのなら、真に改めてお願いをしてみる、とも言っていた。
 あくまでも強制ではない勧誘。
 円満になら歓迎なんですよ、とライムに語りかけているようだった。
 それでライムは揺れていたのだった。
 気まずく、クズノハ商会に連絡を取れていない原因はそれで、同時にそれはライムが少なからず響に傾いている事も意味していた。

(ん。響か。珍しいな、一人で俺の方に来るたあ)

 ライムが上を向いたり下を向いたりしていた顔を横に向ける。
 そちらに響の気配を感じたためだ。

「気配はしっかり消したはずだったのにな。ライムには参るわね」

「何か用かい?」

「今日はご飯別にするって言ってたでしょう? 一応、協力者には気を遣っておかないと」

 響は慣れた笑顔でライムに持っていた木皿を差し出す。
 ライムの視線が皿にきた所で、響は芝居がかった様子で皿にかぶせてあった布を取り払った。
 周囲に香り野菜と肉汁が生む匂いが広がる。

「気を遣うって自分から言っちまったら……なんだかなあ」

「ライムが相手だとあんまり飾って見せなくてもいいから楽なのよ。前にも話したでしょ? そう振舞う意図に悪意がないなら演技も悪いものじゃないわ」

「……俺は部外者なんだが」

「でも手伝ってくれてる。ローレル連邦からの依頼にまで協力する必要なんて無かったはずなのにね。商会の下見には必要ないんだから」

「……それ、蒸し料理かい? どうやって厨房でもないのにそんなもの作ったんだか知らないが、折角だ。もらうわ」

「あら、ご名答。蒸すって言っても難しいものばかりじゃないわ。便利に使える調理法も幾つかあるの」

 ライムに料理を渡しながら響は解説を始める。
 話題を変えたい意図に乗ってくれた響に若干感謝しながらライムは料理に手をつけた。

「うめえ。いつ勇者廃業してもあんたは大丈夫だな。今日のも巫女さんと響が作ったんだろ?」

「ありがと、その通りよ」

「肉と野菜の相性も考えて、下味もつけて、か。勇者の癖に家事もこなすってのは、なんてーか厭味がねえか? 世の他の女性に対して」

「出来て困るものでもないわ。貴方だって、煙草を吸う癖に随分と味に敏感じゃない。それも厭味なんじゃない?」

「……こりゃあ参った」

 その後は黙々と料理を平らげるライム。
 響も沈黙を嫌うでもなく時折話を振りながらその場に留まる。

「ごちそうさん」

「はい。綺麗に食べてもらえると気分がいいわ。作った甲斐も持ってきた甲斐もあったってものね」

「んで? ご機嫌取りだけに来た訳じゃねえだろ?」

「貴方の胃袋を掴みにきたのは本当よ?」

「そういうのはベルダの兄さんにしてやんな。うちにゃあ澪の姐さんをはじめとして料理好きも多いんだ。この位じゃ掴ませねえよ」

「残念。……明日の事よ」

「紫の雲かい。森を腐らせながら結構な速さで迫ってるらしいな」

 響の気配の変化に合わせて、ライムも真面目に応じる。

「ええ。間違いなく強い毒性を持ってる。酸性雨なんて生易しいものじゃないわね。逃げ出してくる生き物が少ないことを考えるともっとやばい何かだと考えた方が妥当でしょう」

「動物たちが逃げ遅れる程に、か。大事おおごとだ」

「私たちの中で周囲に風を展開しながら、戦闘もこなせるのは私とウーディだけ。雲の規模と危険性を考えるとチヤちゃんとベルダはバックアップに回ってもらうしかない」

「緊急だったから全員で来たもんな、あんたらは。だが、俺も風を展開しながら戦うくらいのことはできるぜ?」

「……貴方を私たちって括りで考えていたら、私はここには来てないわ」

「成る程な。つまり攻撃役に俺も加われと」

「ええ、お願い」

「ストレートだな」

「……」

 真に対して感じるのとは違う、手を差し伸べたくなる雰囲気をライムは感じていた。
 そして、その時点で答えも決まっていた。
 まずくなったら撤退すればいい、と内心で線引きはしたがライムは頷いた。

「わかった、手伝ってやるよ。ったく、もうどんだけ響に貸したか。ちゃんと覚えてるだろうな?」

「本当に助かるわ」

 満面の笑みでライムに感謝する響。
 彼女は一つ頷いて、言葉を続けた。

「ライムの好みなら、お嫁入りでもして一生かけて恩返ししましょうか?」

「タチの悪い冗談だぜ……。勇者の男になんぞ、なりたくもねえよ面倒くせえ」

「ばっさり!?」

「俺は女は全部好きだが、結婚を望んだ事は一度もねえ」

「……刺されるわよ、その内本当に」

「その忠告も聞き飽きてる」

「あーあ、振られた。私諦めが悪いからまたいつか再挑戦するわね」

「へこまないねえ、流石は勇者」

「それじゃあ、明日はよろしくね」

「任された」

 響が戻っていく。
 ライムは一言だけ答えてその場に残った。

(旦那……)

 夜はまだ長い。
 再び悩むライムだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 射程。
 それこそが勇者響の持つ最大の弱点かもしれない。
 彼女の戦闘能力は日々上昇してはいる。
 だが、遠くを攻撃する技術に関してはどうしても近接のそれに劣る。
 今回の相手は雲だ。
 遥か上空にある。
 攻撃を加えようと思えば、当然そこまで攻撃を届かせる手段が必要になる。
 もしくは、そこまで接近する手段が。
 響には後者しか選択がなかった。
 そして彼女に同行する魔術師ウーディとライム。
 可能な限り雲に接近し、次第に濃く撒き散らされる様々な毒と嵐のような風、触れれば確実に体に害を及ぼすだろう色付きの雨を防ぎながら、彼らは考えていた限りの攻撃を放ち雲を散らそうとした。
 実際のアタッカーは響とウーディの二人。
 ライムは彼らのサポートに回っていた。
 相手が大きな雲である程度以上の接近が出来ない以上、こうなるのは必然でもあった。
 響は今、空にいた。

「奥の手だったんだけどな。穿孔せんこうでも駄目か……どうしたものかしら。もっと近づくしか……ない?」

 口調はまだ余裕があるが、表情はかなり硬い響。

「冗談言っちゃいけねえな。これ以上は接近できねえよ。大体、穿孔? 剣圧をあんな風に変化させて飛ばすなんざ、十分化け物レベルだ。胸張っていいぜ」

 ライムは本心からの感想を響に返す。
 遠距離への有効打として、響が考えていたのが剣圧を弾丸のように飛ばせないかという突拍子のないものだった。
 だが、彼女はそれをやってのけた。
 今はまだ神器の力を借りてやっと。
 そして全力で放つにはライムのサポートも必要とするが、じきに単独でも放てるようになるだろう。
 異常なまでの発想とそれを可能にする成長。
 ライムは響を見てきて、真が彼女を評価する理由を肌で感じてきたが、それでも今回の切り札は彼にとって驚きだった。

「一点への攻撃力なら私よりも上じゃないですか……。まったく、この年でまだ上を目指せと尻を叩かれようとは。勇者一行というのは年寄りに優しくないですねえ」

 ウーディもため息混じりに苦笑する。
 彼の攻撃もまた、雲に有効な一撃を加えられていない。
 はっきりいって、彼らは手詰まりだった。

「こりゃあ、無理だ。一度戻って対策を練る。それが今選べる最高の選択だ」

「……戻れば、幾つかの村が被害に遭うわ。確実に」

「人は避難させられる。村はまた作れる。……まあ別の場所にだが」

「ウーディ、何か手は?」

 響とウーディが地上にいるメンバーとも念話でやり取りをして、ギリギリまで打開策を考える中。
 ライムには一つ考えがあった。

(姐さんに連絡すれば、何とかなるかもしれねえ。多分、この雲は荒野産のナニカ。来た方向から見ても間違いねえ。姐さんや旦那が何か知ってるかもしれねえ)

 だが、と彼は思う。
 響に惹かれ連絡を何度か怠った身でそれはあまりにも都合が良すぎると。
 既にプライドなど真たちに破壊された彼だったが、それでも躊躇があった。
 助けを求める理由が、私的で、そして勇者を助けたいという思いも含まれたからだ。

(いや。迷っている暇はねえ。これが、最後だ。時期的にも、もう俺も帰る頃だし。これで村何個かの人が、ガキどもが救えるなら悩む必要はねえ。響の助けになるのは結果だ。ただ、それだけだ)

 ライムは悩み、悩み、決めた。
 上司である巴へ念話を放つ。
 巴は、すぐに応じた。

(姐さん、ライムです)

(……久しいな。そちらは、居心地が良いか?)

 見透かしたような巴の言葉。

(っ。すいやせん。俺は……勇者に……)

 取り繕おうとした考えをすぐに捨て、ライムは巴に全て話そうとした。

(いや、構わん。少々意地の悪いことをした。すまぬな。それでも連絡をしてきた。それでよい。用件はなんじゃ?)

 だが巴はそれを制し、要件を促す。

(今、ローレル連邦に紫色の雲が被害をだしていやす。俺の読みではこれは荒野の気候が漏れたんじゃねえかと)

(近い所じゃな。その認識でも間違いはない)

(それで何か打開策をご存じないかと)

(……ふぅ。随分と、入れ込んだもんじゃな)

(姐さん。響の本質は共存共栄を第一としたもんです。旦那とも俺らとも、うまくやっていくことは出来るんじゃ)

(奴が、その第一の考えを捨てぬ内はな)

(え?)

(……仮定じゃが、もし響が考えを翻せば若を最も傷つける存在にもなりうる。若を傷つける存在に対する対応は……一つじゃよ)

(……警戒はどうしても必要っすか)

(と思うておる。これは若には話しとらん、お前にだけじゃぞ? 若には政治家には気をつけて下さいと言っただけじゃからな)

(……)

 ライムは返答に困る。
 響は、真と手を取り合える。
 そう進言したにも関わらず、巴は更にその先を見ていた。
 ならば自分に何を言えるのかと、彼は言葉を失った。

(それとな、ライム。お主はまだ若をわかっとらん)

(は?)

(その雲で実演してやろう。その場を動くな。そして動かすなよ、誰も)

 巴との念話が途絶える。

「響、ウーディ」

 ライムはただ何か予感がして、一緒にいた二人に呼びかける。

「なに?」

「どうしました?」

「ここを動くな。それと、下の二人にも同じ事を伝えてやってくれ」

 そう言いながら、全力で周囲に感知をめぐらせる。
 引っかかるものが……あった。

(門が開いた! 出てきたのは……翼人? 二人だ)

 感知の範囲ギリギリで亜空の門が開いたのをライムは感じ取る。
 偶然ではない。
 確実に巴が、彼にわかるような位置で門を開けたのだ。
 白い翼を持った人が、黒い翼を持った人を抱きかかえて遥か上空に上がっていく。
 翼人。
 亜空の住人だ。
 響やライムらがいる場所よりもずっと高い場所。
 積み重なる紫色の雲よりも、もっと高く。
 翼人は上がっていった。

(何だ? 何がおきる?)

「ライム、何か手を考えたの? 話してくれない?」

「手は……打った」

「え?」

「だから……動くな。何もせず、見ていてくれ。最良を望むなら」

 ライム自身、何が起こるのかわからない。
 だから話せる事も殆ど無かった。
 翼人が今度は、ライムにわかるギリギリの場所で停止した。

(確か……黒い翼人の中には他者と情報をリンクできる奴がいるらしいが……“誰”と?)

 白い翼の翼人に対して、黒い翼を持つものらは飛べる高度で劣る。
 だからあのように抱きかかえられているのだとライムにもわかる。
 つまり、必要なのはあの黒い翼人の方なのだと。
 彼らの特性に気付き、その相手を推理しようとしたライムだったが……答えはすぐに出た。

「っ!! 何!?」

「いかん、防御をっ! 間に合わないっ!?」

 響とウーディの言葉よりもほんの少し早く。
 ライムもソレに気付いた。
 もっとも、速度を考えればその差に意味はなかったけれど。
 彼方から紫の雲を、そして響らを目掛けて極太の光が奔る。

「っ」

(俺は、用済みってことですか? 姐さん……)

 ライムはどこか達観した気持ちでそんな事を考えていた。
 だがそれも、ライムがまだ彼のことを、己が主と決めた男の事を理解していなかったからに過ぎない。
 巴の言葉は色々な意味で正解だった。

(旦那……。まあ、旦那にやられるなら……元々あの人に拾われた命だしな。俺みたいのでも、死後の事はちゃんとやってくれると不思議と信じられるしよ……)

 潔いまでに死を受け入れ、そして目を閉じるライム。
 この一撃がどこから放たれたものかは彼にはわからない。
 だが。
 翼人がリンクしていたのが真である事はライムにも察せた。
 つまりこれは。
 真の一撃。
 光は響らの目前にまで迫り。
 瞬間、無数に弾けて彼らを器用に通り過ぎ、細かな光の筋になったそれは紫の雲に突き刺さっていった。

『……』

 言葉がなかった。
 響もウーディもライムも。
 その中で意味合いの違う沈黙を保っていたのがライム。

(ああ……本当に)

 強引に引き千切られた雲が、散り散りになっていく。
 響と真を比べるなら、ある一点を除いて響が上だとライムは思っている。
 それは、今もまったく変わっていない。
 だが。
 その一点の持つ意味を、彼は過小評価していたのかもしれないと思った。
 いや忘れていたのだと気付いた。

(俺はこの力に、如何なる不利をも問答無用でねじ伏せるこの力に、魅せられたんだ。そうだ、俺は……あの亜空だいちさえ所有する旦那の行く末を……見てえ)

 響に対してライムは、未だにある程度の好意を抱いている。
 しかし彼はツィーゲでの記憶を、鮮明に思い出した。

(……途中で降りるにゃ勿体ねえ。俺はクズノハ商会のライム=ラテだ)

「さて、帰るか。終わったしな」

 紫の欠片もない青空を見て、ライムは未だ沈黙する響とウーディに話しかける。
 周囲にはまだ真の魔力の残滓が残っている。
 あれだけの術を行使し、付近にいた三人には傷一つ残さない離れ業を行った真の。
 ライムは誇らしいような、呆れるような、不思議な笑みを浮かべていた。

「……これが、ライムの奥の手?」

 響が微かに震える声でようやく口を開いた。

「……ああ。勿論、神殿の時と同様あんたらの手柄にしといて問題ないぜ」

「何をしたのかは教えてもらえないの?」

「わからねえ」

「え?」

「わからねえよ。俺はただ相談しただけだ。あの雲の事を知っているかもしれない人に、何か手はありませんか? ってな」

 憑き物が落ちたかのような清々しい顔で響に応えるライム。

「なんという……」

「本当にな。呆れるよなあ。笑うしかねえ」

 ウーディの言葉をすべて肯定する言葉だった。

「クズノハ、商会……」

 恐らく響はある程度の事実を既に推測している。
 だが、今はその言葉を呟くだけに留めた。
 下手な発言をライムに聞かれるのを防ぐために。
 ライムの心の変化も、彼女は直感で察していた。

「俺もそろそろ帰らねえと。向こうで仕事が山積みだわ」

「そう……楽しかったのに残念。彼、ライドウ殿がリミアに来る時は是非一緒に来て欲しいわ。これでお仕舞いなんて寂しいもの」

「旦那から頼まれりゃ、そうするさ。俺も楽しかったぜ、響」

 空から地上へ帰還し、チヤとベルダ両名に合流する一行。
 ローレル連邦から依頼され、見事紫の雲を撃退しローレルの民を救った勇者。
 響の名声はまた一つ高まった。
 成功と言える結果だろう。
 けれど、合流する少し前。
 響は唇の端を噛んだ。
 強く。

(ライム……私は……)

 響が最も強く望んだものが、その手をすり抜けた。
 彼女はそれを理解していた。
 そうした感情を表に出さぬようにしていた響だったが、今回は出来なかった。
 悔しいと、喉元まで気持ちがこみ上げた。
 辛うじて言葉には出さなかったのは彼女の意地か。
 どちらにせよ。
 ライムを介した響と真の勝負は、真の預かり知らぬ所で彼の勝利に終わった。
ご意見ご感想お待ちしています。
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