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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

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不死鳥の如く

「は~、見事なもんだな。あれが悪さをしてる紫の雲か」

 荒野のとある場所。
 見上げた先の空にあるまさに紫色の積乱雲。
 お灸みたいな形で見事な大きさと高さだ。
 青い空に紫の雲。
 圧巻だな。

「かなり大規模ですな。これは、場所といいそれなりの被害を出すかもしれませぬ」

 紫の雲が今出ているなら見てみたいと行った僕に同行してくれたのは巴。
 素早く出現しているエリアを調べて僕を連れてきてくれた。

「場所? ここって荒野のどの辺り?」

「かなり東の方ですな。前方に見える山脈が荒野とそれ以外の地を分けております」

 切り立った山々を指す巴。
 当然その向こうは見えない。

「東……って事はツィーゲとは関係ないのか。ベースもないし、被害はどこに出るの?」

「ローレル連邦でしょうな。山脈の向こうはローレル領です。確か……それほど重要な場所も大きな街も地図では存在していませんが。森や川はあるでしょうからそれらは被害に晒されるかと」

「荒野ってのは本当に広いねえ。ローレルとも接してるんだ」

 地図じゃあ荒野の正確な描写は無いからわからなかったな。

「山脈が大分続いとりますから、ローレルには接しているという感覚は無いでしょう」

「確か今はライムがいるんだよね?」

 響先輩がローレルにいて、ライムはその動向をこちらに伝えてくれている。
 行動を共にしているらしくて、詳しい情報が巴のところに届いているようだ。

「ええ。もうそろそろ戻らせようかというところですが」

「ってことは響先輩達もリミアに帰る頃ってことか」

「見込みでは。ちと、ここ数日奴と連絡が付かぬので推測になりますがな」

「ライムなら大丈夫でしょ。先輩もいるんだしね」

 巴が少しだけ、面白くなさそうな顔をする。

「あの者、響とはそれほどの人物ですかな。確かに頭の回転はそれなりのような気がしますが、若がそこまで持ち上げる人物には正直」

「響先輩は天才だと思うよ。一つ上とはとても思えない。僕の弓とかは異能とか奇才とかって類だと思うけど、先輩は本当に、何でも出来る人だから」

「ちと、過大評価では?」

「そうかな?」

「確かに優れている面はあります。が、若の方が余程突出した存在だと、儂などには感じられますな。若の響への評価は、言い難いですが憧れなどが多分に入っているのでは?」

「……かもね。僕が先輩に抱いてたイメージそのままなら、そもそも先輩はこんな異世界になんて来るような人じゃない。その辺りはこの前聞けなかったし……まあ、憧れが混じってるのは認めるよ」

「若が響に依存する事はないでしょうが。あの者は戦士としてよりも政治家としての才に優れているようにも見えましたので、いらぬ事かもしれませんが、ちと忠告までに」

「ありがとう、巴。気をつけるよ」

 といっても。
 あの響先輩が僕をはめるなんて事はないだろうけどさ。
 その理由がそもそもない。
 智樹はともかく、先輩は大丈夫だと思う。
 智樹についての忠告も、暗にくれたんだしさ。

「……それで、若。あの雲はもう十分堪能しましたかな?」

「呼びかけても反応はなし。対話は不可能みたいだね。余地はあると思うけど……そこまでする必要はないだろうな」

「では、もう戻っても構いませんな? 午後からは講義で、リミアからの連絡も入る予定だとか。識は一足先にロッツガルドに行っておりますし、若もそろそろ」

「うん。講義にも使えそうにないね。あとは……」

 僕はアズサを呼び出して矢を番える。

「若?」

「放っておくとあれがローレルに流れるんでしょ? あそこは一応異世界人の受け皿になってくれている国らしいからさ。ちょっと助けておこうかなって」

「それなら被害が出てからの方が恩が売れますぞ?」

「ははは。何ていうのかな、別に恩を売りたい訳じゃなくて……」

「情けは人のためならず、の精神ですかな?」

「それも、少し違うなあ」

 矢を番えて、十分に狙いを付けた状態で巴に答える。
 狙いを付けた場所は並行して界を展開して見つけた核らしき部分。
 雲を形成するガス状の生物の密度が一際濃い一点。
 多分あそこを射れば少しは効果もあるだろうと思う。
 巴が言った事は近い気もするけどどこか違う。
 適当な言葉はないか記憶を手繰る。

「ああ、そうだ。ご恩送り、に近いかな」

 矢を放って、それからしっくりくる言葉を見つけて僕はそれを口に出す。

「ご恩送り?」

「異世界人としてこの世界に落ちた日本人達をローレルは匿ってきてくれた。思惑は別にして、それで助かった人は沢山いたと思うんだ」

「まあ、そうでしょうな」

「だから、そんなローレルの行為に僕が恩を感じて、それを返すみたいな。それは僕が受けた恩ではないけれど、ね」

「それは、先人の日本人がそれを望んだのでしょうか。会った事もなく知りもしない者への行いに恩を返すとは、儂にはよく、わからぬ感情ですな。この件に見返りを求めぬというのも」

 矢で射抜いた場所がぽっかりと空き、そこを起点に紫の雲が散っていく。
 なんとなく、手応えが薄い。
 対象を射抜いたのは確かなのに、その感覚がどうも、偽者臭い。
 射手なら感じる独特の感覚がそう思わせる。
 でも連結している大元は確実に射抜いたんだし、あとは大した災害にもならないよな、多分。
 はっきり言ってしまえば、“殺した”感覚がしっかりと手元にないのが違和感になっているだけだ。
 確認しようにも、時間は確かにないもんな。
 まあ、ローレルに何かあるようならライムから報告がある。
 それから対処しても大丈夫だろ。

「どうしてこんな事したのか、なんてそれ以上は僕にも良くわからないよ。ただ日本人がお世話になったなら、って思っただけだから。ご恩送り、と言ったのも後付けなんだから」

「まだまだ儂の勉強が足りておりませんか。精進せねばなりませんな。何にせよ、お見事でした。あれなら大災害になるような悪さはできんでしょう」

「あ!」

 しまった!

「どうされました?」

「サンプル。識も興味あるって言ってたんだった!」

「それならもう採取して亜空に送ってあります。少量ならさした害もないですからな、苦労でもありません」

「……良かったー。じゃ、戻ろうか」

「御意。海に移住させる連中については若の案で選抜しようと思います。今日は一日、儂も澪もそちらにかかりきりになりそうです。これもメザシを七輪で焼く為だと思えば苦労でも何でもありませんがな、ふふふふ……」

「こたつとみかんも用意しとけー」

「いやいや、楽しみですなあ」

 さて、久々のジン達はどうなってるかな?





◇◆◇◆◇◆◇◆





[さて、久しぶりの講義だが]

 僕と識が学園の屋外フィールドで学生達と対面している。
 だけど気になるのは真剣な表情の生徒よりも注がれる大量の視線。
 見学に来ている学生の実に多いこと。

[見学が多いな]

[怪我をしないように控えてもらいたいのだが]

 後半は見学に来ている生徒に向けて文字を出す。
 が、戻ってきたのはその位は気にしないという旨の返事ばかり。
 以前はこれで大抵は散っていたのにな。
 まあ怪我してもいいというなら、別に良いか。
 内容としても事務局には申請している通りのものなんだし。

[熱心なことだ。まあいい。いつも通り、模擬戦と反省の組み合わせで進める]

 ジンが静かに手を挙げた。

[なんだ、ジン?]

「相手は誰でしょうか。それに応じて俺達も陣形などを変えていきたいので」

 色々考えて予習はしているらしい。
 実に熱心。
 高校生活を送っていた頃の自分と比べると恥ずかしくなるね。 
 でも、今回はそれでは困る。
 本当の所の実力を見ておきたいから。

[まずは全員で新しい相手に挑んでもらう。反省は後ほど宿題で提出すること。その模擬戦のあとで近接戦闘組や魔術・遠距離戦闘組、もしくはお前達の自己申告によるパーティ分けで再度模擬戦を行い、反省と検討をする。これが今日の予定だ]

「あ、新しい相手ですか」

 ジンの言葉を待つまでもなく、生徒達の間に緊張が走る。
 実際、傾向と対策なしで彼らがどの程度の強さなのか。
 一度じっくり見た上であとどの位鍛えるかを決めたかった。
 ……じっくり見られる程なら、既に合格ラインに到達しているような気もする相手だけど。

「まさか……識さんとか先生、なんてことはないですよね?」

 アベリアがおずおずと聞いてきた。
 ?
 あれ、世紀末風味の学園で無双を味わったせいで頭が温くなってるのか?

「私や若様が相手をする訳がないでしょう。そんな思い上がりではいらぬ怪我をしますよ、アベリア?」

「すみませんっ!!」

 僕の代わりに識が言ってくれた。
 こりゃあ、まだまだしごかないと駄目かなあ。

[では準備を]

「ライドウ先生! いつも通りという事は基本的に……何でもあり、ですよね?」

 ユーノが確認してきた。

[当然だ。もてる全てで抗え]

「わっかりました!!」

 何か、隠し玉があるみたいだ。
 識に案内されて生徒が位置につき、そして陣形を展開していく。
 ……前衛中衛後衛とスタンダードに別れてる。
 何が起こるか分からないから基本的なもので迎え撃つ、か。
 奇策に出ないのは自分達への自信の表れかもしれない。
 さてと、じゃあびますか。
 忙しい二人だから時間厳守でいこう。
 念話で状況を確認し、そして亜空との出入り口を開く。

「……」

「……」

 現れたのは二人。
 周囲を見渡して相手を確認した彼らは、僕に一礼してジン達を見据え構えを取った。

「じゃあお願いするよ。エマ、アガレス」

 小さく二人に向けて呟く。
 両名が頷くのを確認して、僕は戦場になるだろう場所を離れる。
 今回ジン達の相手はハイランドオーク。
 術師筆頭のエマと戦士筆頭のアガレス。
 小柄な女性のエマと二メートルを超える巨体であるアガレスであることを差し引いても同じ種族か、と思うほどに体格差があるけれどこれでも遠距離ならエマが勝つ。
 さて、どうなるか。
 というか何分持つか、かなあ。
 次いで識に目配せをすると意図を察してくれた。

「始め!」

 合図と同時に先手必勝とばかりにジンとダエナが特攻してくる。
 体一つダエナが速い。
 彼が学園祭の前から身に付けていた能力。
 身も蓋もなく言えば全能力強化、ダエナ自身は二段階目と名前を付けていた。
 開幕から使ってるな。
 ジンの瞬間強化に比べると燃費は悪いけど、一回り強くなるというのは中々魅力的な術でもある。
 あの分だとアガレスが動かないなら接敵時点では何秒かダエナが先行しそうだ。
 中衛から後ろは動かず、オークを警戒しながら術の詠唱を始めていた。
 あと、前衛でも盾役のミスラは様子見らしく開始地点に留まっている。
 威圧されたり油断したりはない、か。
 アガレスは筋肉の塊みたいなマッチョだし、エマは逆に着ぐるみのような無害な外見をしている。
 初見ならビビるか侮るかしそうなものなのに、大したもんだ。

「蹴散らす」

「ええ、そういうと思いました」

 前方を向いたままアガレスが発した短い言葉に、彼の後ろにいたエマが応じた。
 直後アガレスの体を暗く赤い光の膜が包んだ。
 表面には文様が浮かび上がり、彼の迫力が更に増した。
 それを見たダエナが速度を緩め、ジンも両手に剣を持って構えを見せる。
 惜しい。
 勢いのまま取り付いた方が正解。

「ふぅぅっ……」

 ショルダーガードを前に出し、得物であるハルバードを反対の手で持ち。
 重装備のアガレスが体に力を貯めて息を吸い込み、わかりやすい溜めを作る。
 これから突進しますよ、と言わんばかりの構え。
 いや、まさにそのままなんだけど。

「っ!」

「ダエナ、散るぞ!」

「了解っ!」

 迫力に押されて逡巡したダエナをジンが動かす。
 判断が早い。
 ジンの危惧した通り、アガレスが光を纏ったまま突進を仕掛けた。
 まさに力任せのオークのダッシュ。
 普通なら今のジンの判断で十分間に合った。
 でもエマの術の分がある。
 ケリュネオンでは持てる力の限りにアレで飛来して一番槍の武勇をあげた猛者がどうとかって聞いたな。
 アガレスが飛んだら笑えないだろうな、ほんと。
 左右に散ったジンとダエナの間をアガレスが駆け抜け、彼らに突風とエマの術の光が触れる。

「げえっ!?」

「衝撃波、それに、熱!? っ、ぐぅっ!! このっ!!」

 触れてもいないのに車にでもかれたかのように生徒が二人転がっていく。
 ジンは喋る余裕がある辺り、逆らわずに自分から飛んだかな?
 無傷ではなさそうだけど戦線離脱でもなさそうだ。
 ダエナも、まだ大丈夫そうだな。向上させた能力が助けになったか。
 だけど突進の先にいる生徒はどう乗り切るかな?
 アガレスの攻撃はまだ始まってもいない。
 だけど、妙だ。
 彼の動きが少し鈍ったような。
 ジンかダエナが何かした?

「ミ、ミスラ……よろしく?」

 アベリアが障壁を展開してミスラから距離を取る。
 疑問系なのは、自身が展開した障壁が申し訳程度にしかならない事、あの攻撃の威力を推し量れずにいるからかも。
 続いてイズモとシフも障壁を展開してミスラをサポートし、退避。
 シフを庇う形でユーノも退いた。
 ……役割とはいえ、軽くイジメじゃないだろうかと思う。
 術師メンバーは皆、攻撃用の魔術も既に発動直前の状態で維持している。
 少し前はひいひい言いながら挑戦していた事ももう全員が出来るというのも凄いけど。
 あれらはこの後発動する訳だ。アガレスに向けて。
 ミスラ……。

「怖い。マジで怖い。どでかい鉄塊が強化魔術つけて突っ込んでくる……防いでも後ろから俺もろともぶっ放される。なんで俺、壁役選んじゃったかなあ」

「怯えが顔に出るとは未熟……む?」

「……でも。巴さんよりは幾分マシ!」

 開き直ったか。
 確かに巴の特訓よりはアガレスの方がマシだろう。
 ワーストかバッドかを選ぶってのは理不尽だけど。

「……ほう」

 三人分の障壁をさしたる減速もなくぶち破ったアガレスのショルダーガードと、ミスラの構える大剣が鈍く重い音を立てて激突した。
 普通に考えれば体格差もあってミスラが吹っ飛ぶけど……流石は防御一筋頑固一徹のミスラだ。
 上手に受け流しも活用してる。
 相当の衝撃とダメージはあっただろうけど、アガレスを止めてみせた。
 彼の感嘆の吐息には僕も同感だ。
 巴のお気に入りなだけある。
 でも、追撃でアウトだなこれは。

「見事。驚いたぞ」

 淡々と呟くアガレス。
 今更だけど共通語話しちゃってるけど大丈夫かな。
 リザードマンと合わせて無口でいくべきだったかな。
 と、ミスラの横方向からアガレスのハルバードが迫る。
 まあ、もう動けないだろうから回避は到底無理……。
 後方のシフとイズモが術を、アベリアが弓を番える中。

「みんな、まだだぞ!!」

 ミスラが後方の気配を予想外の言葉で制する。
 そしてダメージなんて無かったかのように、だらりと下げていた大剣を振り上げハルバードを受け止め、そして弾いた。
 おいおい。
 内臓とか、ちょっとリバースじゃ済まない位のダメージを受けている筈だぞ?
 ミスラは学園祭の段階でダメージの無視、というか一時的な痛覚の麻痺を習得して危険な相打ちを切り札にしていた。
 でもあれを使っても今回の場合、体がいう事をきかないだろうに。
 一体どんな手を使ったのか。

「今だ!!」

 僕が驚いていると、ミスラのその一言が一帯に響いた。

「む――」

 アガレスが足元の異変に気付いた時には既に遅く。
 大地が波打ってアガレスの全身に絡みついて、エマの掛けた支援魔術を打ち消した上で動きを拘束した。
 シフか。
 ミスラがその援護を受けて、軽い動きで大きく後退した。
 次いで風と炎が巻き上がりアガレスを炎の竜巻が襲う。

「ぐ」

 イズモとシフの協力魔術……。
 辛うじて土の拘束を振り払った上半身でアガレスがハルバードを振り回して炎と風を散らそうとしている。
 そこに狙いすました矢が吸い込まれていく、も。

「っ」

 それはハルバードに阻まれた。
 流石アガレス。
 まだまだ余裕のタフネスだね。
 その後は識のお株を奪うような術式付与の矢の爆発。
 あそこにもシフが関係してるな。
 自分の火力を他者に分け与えてより強力なものにしてる。
 一人で合成魔術を撃つよりも燃費も威力も上、って訳か。
 畳み掛けるね。
 あの矢は確かイルムガンドを仕留めたやつだ。
 アベリアもすっかり自分の引き出しに加えてるんだな。
 よく考えて戦ってるし、何よりも本気で勝とうとしている。
 思ったよりもずっと、みんな成長してる。

「術師だからって遠慮はしないっ」

 っ。
 回復に努めているかと思ったジンとダエナがエマ目掛けて突っ込んでいた。
 あの合図はジンとダエナにも向けてたのか!
 既にダエナは、詠唱を許さない距離まで迫っていてジンは少し下がった場所で止まっていた。
 凄い。
 基礎能力もだけど、ジン達は本気でミスティリザードトリオに勝つ気で自主練してたんだろう。
 だからいきなり相手が変わってもここまで策を用意したり出来た。
 本当に、凄い。

「動きは俺が封じる! ダエナ、決めろ!!」

 ジンが何か見えにくい術を展開した、気がする。
 妙に気配が薄くてよくわからないけど。

「当然……とった!!」

 ダエナの短剣がエマに迫り、そして……空をきる。

「……はっ?」

「幻!?」

 水面に浮かんだ景色が波紋で消えるように。
 エマの姿がかき消えた。
 大健闘だ。
 いや見応えあった。
 学園祭で覇者になったシフは元々だけど、これを見学していた学生が噂を広めればジン達はまとめて世紀末学園の覇者だな。

「ヒューマンも、侮れない存在ですね。勉強になりました。ですが、学生さん? 野戦では迷彩の類はまず疑わないといけませんよ? 不自然に動いていない相手などは、特にね」

『っ!!』

 声は突進したアガレスのいる場所から少し離れた場所から聞こえた。
 そこにはエマがいる。
 実際のところ彼女はアガレスにくっ付いて途中まで一緒にいた。
 轢かれて吹っ飛んだ時点でジンとダエナはエマの実体を捉えていなかった。
 しかし迷彩とかいってもねえ。
 気配つきの幻なんてそうそう見抜けるもんじゃないし。
 見晴らしの良い平原でも景色に隠れる迷彩とか、もう迷彩と呼んでいい代物でもない気がするし。
 解除しなきゃジン達にはわからないって。
 亜空の万能魔法使いエマさんだもんな。
 絶好調だ。
 既に彼女の周りには幾つもの魔法陣が展開されている。
 手遅れ。
 ジンが見えない複数の何かに殴られつつ空中に持ち上げられ、ダエナが一瞬で氷漬けにされた。
 ミスラの足元が液状になり首から下が埋められたかと思うと元の硬い大地に戻って拘束、イズモが静かに仰向けに倒れて眠った。
 残るはアベリアとシフ、それにユーノか。
 あれ、そういえばユーノって?

「ロケットキーーーック!!」

 ……は?
 術を複数展開するエマ目掛けて、何かが空から降ってきた。
 アベリアとシフを仕留めようとしていたエマが素早く二つの術をキャンセルして飛来物から距離をとる。
 当たりはしなかったみたいだけど……。
 アガレスの後ろについたエマ。
 そして落下点にいたのは――。

『……』

 誰もが沈黙していた。
 当然だろう、妙な物体がそこに立っているんだから。

「なんで、ソレがユーノの所にいってる……」

 思わず声が出た。
 搾り出すように。
 一瞬過激グラビアバージョンの響先輩が脳裏に浮かんだ。
 だけど、それよりも。
 その真紅のスーツに頭痛を覚えた。
 ユーノが装着すると赤なのか。
 じゃなくて!!
 試作品はあれ一個じゃなかったのか澪ぉぉ!?
 趣味丸出しの全身を覆うスーツ。
 空から一気に加速して落下したのにピンピンしてる無駄な耐久力。
 大地をかなり抉るだけ、ふざけた技名にそぐわない威力を備えた攻撃力。
 僕が、リミアで装着して二度と着るまいと思ったものが、そこにあった。

「クズノハ商会製の装備でも使用可ですよね、先生! 私これ気に入りました! メイン装備です! ちょっと装着時に大量の魔力がいりますけど」

 勘弁、してくれ。

「さあ、いくよ! お母様秘蔵の書物と引き換えに手に入れたこの力。成果を出さなきゃ後がない!」

 出しても駄目だろ。
 ふぅぅぅぅぅぅぅ。
 ため息一つ、同時に現場に足を向ける。
 アガレスも拘束から抜けてピンピンしてるし、エマも体勢を立て直してる。
 彼らに任せてもいいんだろうけど、いややっぱりここは僕が出よう。
 識も頭痛を抑えるように額を押さえている。
 気持ちは凄くわかる。

[ユーノ。それは澪から?]

「はい。澪様からです、べレンさんを通じて頂きました! 汎用攻性全身鎧試作型『ユンボ』です!」

 ユンボ……。
 重機か。
 てかそれ、本当にその位の事出来ちゃうぞ?
 べレンも関わっているなら性能は抑えていてくれると信じてるけど!
 それ以前に見るだけで僕が悶えるわ!
 羞恥で死にかねん。

[奥様の本は何を出した?]

 お返ししておかないとな。
 澪にはお説教しておかないとな。

「ローレル地方料理考察全四巻です。埃、かぶってましたし……」

 少しテンションが落ち着いてきた。
 僕のこれからの行動が推測できたからだろうか。
 分かったところで許してあげないよ?

[ユーノ]

「は、はい」

[反省!]

 ヘルメットをどつく。
 どつく。
 どつく。
 どつく。

「きゃー! 先生、埋まる! 埋まります!」

[暗いところで反省。むしろ埋まれ]

 わきゃー、とか聞こえたけど無視。
 強めに埋める。
 いやどつく。
 無事ユーノが杭のように地面に沈んだ。
 終了。

「エマ、悪いけど澪の持ってるらしいその本探しといて。返しに行くから」

「あ、はい」

 すっかり戦闘モードではなくなったエマが了解してくれた。
 確かに、努力は認める。
 ジン達は強くなってる。
 それに僕にも何をしているのかわからない箇所がいくつかあった。
 あとで聞けばいいことだけどね。
 一芸においては学生レベルじゃなくなってると言えるかもしれない。
 しかしそれよりも恐ろしい事を考えてしまった。
 あのシリーズ、まさかいくつかこの世界に流出してるのか?
 クレーンとかショベルとかあるのか?
 だとしたら恐ろしい汚染が始まりかねない。
 何としても回収だ。
 全部回収しないと。

「あの、若様」

「識?」

「リミア王国から連絡が入っているようです。商会にお戻り下さい。あとの反省と検討は私がやっておきますので」

「リミア……リミアね。正直それどころじゃないけど……わかった」

 模擬戦の途中から歓声さえなく見入るだけになった見学の学生が僕に気付いて道を開ける。
 まさかリミア王国には……ないよな。
 大丈夫だよな?
 商会に戻る途中、そんな不安を覚えた。

  
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