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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

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神々からの贈り物

「おはよー」

 起きてすぐ、日課の弓をやってから屋敷に戻ると、玄関に巴と識がいた。
 魔力を思いっきり消費した後遺症か、まだ少し頭が重い。
 弓を引いていた時にはスッキリしていたんだけど、終えたらまただるさを伴う感覚が戻ってきていた。
 二人に挨拶しながら頭をぐるぐるさせるも、あまり変化はない。

「おはようございます、若。まだ少し顔色が優れぬようですが……弓は若にとって薬ですかな」

「おはようございます、若様」

「薬というか、自分の一部というか。自重しなくていいと言われたし、ね」

 僕の手にある弓を見て二人は表情に苦笑を浮かべる。

「講義は明日、と聞いておりますが今日はどちらかに行かれるのですか?」

「? いや、まだ決めてないよ。ロッツガルドに少し用事があるから、店には一度顔を出そうと思っているけど……そのくらいかな」

「では、少々一緒に来て頂けますかな。ちと、亜空に変化があったようで」

「っ。ならすぐに着替えるよ。澪はもう、そっちに?」

 廊下を歩きながらついてくる巴に聞く。

「いえ? あれは今日珍しく早起きしておりましてな。器を見てくるとエルドワの窯に行っております」

「器……ああ、料理の。陶芸もすっかり亜空に馴染んだもんだねえ。一部の趣味で終わると思ってただけに意外だ」

 エルドワに窯を作らせて陶芸をやる。
 もちろん、巴の提案だった。
 随分前の話になるけど、陶芸とそれによって作られた陶器はすっかり亜空の人に気に入られていた。
 面白い事に、ハイランドオーク、ミスティオリザード、アルケー、ゴルゴン、翼人。どの種族にも気に入る人が出てきている。
 当初金属器と木器が主流だった亜空の食器事情も、最近ではすっかり陶磁器一色だ。
 自分達の使う食器は自分達で作るのが当たり前になっている。
 僕は部屋に戻って着替えを済ませ、再び二人を従える。
 朝食は後回しだ。
 亜空に何かあったなら最優先で知っておかないと。

「陶器は商会の挨拶や商談をする時などの土産物としても、大変重宝しております。今のところ類似品など出ていないところを見ると、誰もが魔術による再現に固執しているようですね。我々にとっては希少価値も出てありがたい事ですが、製法を教えこそしていませんが隠しもしていないというのに間抜けなものです」

 再開した話題も、まだ陶器だった。
 識は早くから陶器の“価値”の方を重視していた。
 だからか、商談の場だとかお得意様とかに贈り物として渡し始めた。
 これも最近ではクズノハ商会の代名詞の様に周知されている。
 ……闇取引で高くやり取りされている実態もあるんだとか。
 遠からずリミアやグリトニアでは作られ始めると思うんだけどなあ。
 それにローレルだって僕らの世界の知識があって、しかも一部で既に実用されてもいるんだから注目されてもおかしくないのに。
 うーん。
 識も言った様に僕らは製法を明らかにすることは一切していないけど、隠しもしていない。
 だから今まで真似をされていないのは不思議に思えた。
 店の方でもエルドワ、森鬼、識が作った器を本人がお客様に配ったりしている。
 一定以上のお得意様限定で、と伝えた上であとは個人の裁量で。
 ちなみに出来としてはエルドワのが一番だと思うんだけど、何故かアクアとエリス、識の作の方がお客様の多くに人気がある。
 だからかエルドワが対抗心から更に腕を上げてそれを一部の好事家に高く評価されるというよくわからない良循環? をしていた。 

「まあ、そのうちに王国と帝国では流通するんじゃない? あそこは勇者がいるし」

「ですな。まあ、我々のスタイルとしては既に大分知れ渡りました。別段困りはしません」

「そうだね。で、巴? 変化って?」

「はい。翼人からの報告で……なんでも北東の方角に巨大な湖が見えると」

「湖?」

 地形が増えたってことか?
 でも、従者も増えてない。
 自然に湖が形成されるには一日は幾らなんでも短いけどここなら……ありえる?
 あ、巨大って言っているようだから亜空でも流石にないな。

「はい。初めて見るほどの大きさで果てが見渡せないと。全てが水で初めての匂いを風が運んでくると申しておりまして……実際に見てみぬ事にはわかりませんが」

「果てが見渡せない広さで、初めての匂い? それって、もしかして」

「はい。儂もまさかと思い、識を連れて見てこようとした折に若と会った訳ですな」

「私は最近、時間を見つけては澪殿と港町に行っておりました。海も見慣れておりますので」

 識が港町と口にする。
 やっぱり僕が思った事は二人も考えていたようだ。

「海、か」

「そのようにも受け取れます。現に翼人に海かと尋ねたらそれは何かと聞き返されましたからな」

「しかし、海となると。若様に従者が増えた訳でもありませんし、単に広がっただけの結果とも到底思えません。何かの前兆かもしれません」

 確かに。
 これまで亜空は僕の魔力の増加にあわせて広さを拡張してきている。
 でも大きく新しい地形が出てくることはなかった。
 そういった事が起こるのは澪や識といった従者となる人物が新たに加わった時だけだ。
 ここ最近で一番の変化と言えば、昨日のサリくらい。
 魔族は初めての因子だけど、大した力もない彼女が加わったくらいでここがどうなるとも思えない。
 彼女以上の実力を持つ他の亜人や魔物、ヒューマンが入っても特に変化もなかったのだから考え難い。

「とにかくすぐに確認したいね。巴、場所はわかってるんだよな?」

「もちろん。一応皆には近寄らないように伝えてあります」

「じゃ、行こう。転移でいける?」

「はい」

 巴がすぐに霧の門を出す。
 脅威は流石にないと思うけど初めての事態。
 少しばかりの警戒を抱きながら霧に入り、そして。
 ザザーン、と。
 真っ白な砂浜とそこに波打つ水、水、水。
 一面の水と果てに見える地平線。
 南国旅行のカタログにあるような見事なビーチ。

「……」

 言葉を失う。
 これは、海だ。
 実際に見た事のない種類のだけど、これは海だと確信する。
 元々毒は殆ど効かないのが実証されているから、僕はあんまり警戒もせず波打ち際まで行って水をひと舐め。
 うん、しょっぱい。
 海水です。
 巴と識も同じような事をして、頷いている。

「海だね、これは」

「海ですなあ、妙に穏やかですが」

「間違いありません」

 港町で色々やっていたらしい識は心なしか興奮しているようだ。
 界で現在位置と海の果てを探す。
 島がいくつか、それにかなり先の方に霧の壁がある。
 ただ、視界にはないから相当先だ。
 蜃気楼都市からは……どうだろう、馬車なら大分かかるだろうなあ。
 ひとつきか、ふたつきか。
 急げばともかく輸送となるとなあ。
 あ、自然と馬車とか荷物運ぶ前提で考えてた。
 人の移動だけならもう少し速いかな。
 特に翼人ならかなり速くなると思う。
 でも現実的に行き来するには転移できるようにするのが一番か。
 特に敵もいない亜空なら転移陣を設置するにしてもそんなに気がかりな事もないんだし。

「そういえば、後ろは……っ!?」

 砂浜のど真ん中に出て、驚きのままに海に進んだからか砂浜が幅としてどの程度あるのか見てなかった。
 そう思って後ろを見る。
 そこには砂浜がしばらく続き、そして陸地になる。
 それは界である程度わかっていた事だったけど。
 実際に目にして身体が固まる。
 しばらくの間続く白砂の浜の向こう。
 そこには乾いた土地があった。
 まばらに草が生えているものの、点々と木が生えるだけの土地が続いている。
 超がつく程に質の高いビーチの向こうにあるには少々殺風景とも言えた。
 でも僕が驚いたのはそこじゃない。
 界には全く反応しなかった物体がそこにあったこと。
 それが一つ。
 もう一つは、点在する木だった。
 テレビで一度みただけの、でも忘れられない形の樹木がそこにあった。

「む、あそこに何か立っていますな。看板? この亜空に?」

 巴もその存在に気付いたようだ。
 彼女は木にはまだ注意を向けてないのか驚いていない。
 僕は巴が指摘したその、界に反応しなかった、でも目には見える立て看板に近づいていく。
 魔力体を展開、更に界を強化に転じた上での接近。
 かなり警戒していた。
 近づき、そして看板に書かれた内容が読み取れる距離まできて……。

「……はぁ?」

 思わず間抜けな声を出してしまう。
 巴と識もこちらに駆け寄ってくる。
 砂を蹴るたびにキュキュっと音がして、どこか緊張感がわかない。
 まあ、この内容を見る限り、それも必要ないか。
 最後まで読み進めると看板は一瞬強く光を放って真上に飛んでいった。
 そう、黒ヒ○危機一髪のように。
 ……はぁ。

『よく魔力を高めたな、真。 これは俺からの贈り物だ。兄貴にも少し手伝ってもらったが、ずばり海だぞ! ちなみにこれは中継で大黒の爺さんの贈り物はもちっと先にある。これからも励め。あと、この看板はお前が読み終わると花火になる。意味はない   スサノオ』

 ってな事が書かれていた。
 何事かと思っていれば。
 そういえばあの神様たちが来た時に贈り物がどうとか言っていた。
 ……大黒天様の贈り物のせいであの変な夢を見ていたようだし、この分だとあと一回振り回されそうな気がする。
 それが何なのかはわからないけど、多分もっと魔力を高めていって亜空を広くするとわかるって仕組みか……。
 海。
 海か。
 凄いサプライズだな。
 島とか城とかもらうお金持ちはいるらしいけど、海をもらうのは中々レアだと思う。
 ドーンと。
 祭りを知らせる花火の音が、空で響いた。

「若、何事ですか?」

「お怪我はありませんか?」

「ああ、大丈夫。神様からね、海あげるってさ」

「……」

「……」

「どうやらこの海の一件、あとは好きに使っていいって事で解決みたいだ」

「海とは、もらえるものだったんですな」

「いくら亜空とはいえ……非常識な」

 識の声は少し掠れている。
 何となく、識の非常識なって言葉に僕まで入っていそうだった。
 勘弁してくれ。
 僕も気持ちはわかる。

「しかしあの木といい、看板には書いてなかったけどアテナ様も関わっているんじゃなかろうか」

「木? あの点々とある樹木ですか。確かに変わった形はしておりますな。やはり若の世界のものですか」

「うん。僕も直接見るのは初めてなんだけどね。あの奇形だろ? 流石に見間違えはしないと思う」

「神が関係する樹木なのですか。つまりは神木の類ですか。そういえば神社なる場所にはそういったものがよくあるのだと巴殿から聞かされました」

 識が僕の言葉を勘違いしてあの木を神木と勘違いしている。

「いや神木とは、いわれのあるものであったり長寿であるものをそうと見立てる事が多かったはずなんじゃが」

 巴が識と何やら議論を始める気配だ。
 まあ、そんなものをするまでもなく巴の方が解釈は正しい。

「識、そういう意味じゃないよ。僕が神様の名前を出したのはあの木が本来生えている場所がその神様が信仰されていた辺りだったからってだけ」

 地中海だったと思うんだよな、記憶では。

「形はキノコのようにも見えますな」

 そう。
 キノコやブロッコリーのような見た目。
 幹の一定の高さから枝が数多く出て伸び、上に葉の緑が広がる。
 幹がまっすぐ伸びているならキノコのようで、途中で枝分かれしている場合にはブロッコリーのように見える。
 名前が印象的で、その後に画像で見た実際の姿がさらに奇妙だったからよく覚えてた。
 いつか見に行きたいと物凄く漠然と思っていたけど、こんな形で叶うなんてなあ。

「竜血樹っていうんだ。ドラゴンの血の樹って書く」

「……随分と物騒なネーミングで」

 巴が若干苦い顔をした。

「僕のいた世界では竜は実在なんてしなかったから、実際には竜は無関係だと思うよ。確か幹を傷つけると出る樹液が真っ赤で、それが薬になるらしいんだよ。それが竜血とかって言われて出回ったから竜血の木って事で竜血樹だった、筈」

 神様がいたんだから竜もどっかにいたかもしれないけど、まあ僕の常識ではそれらはいなかったわけだし。
 確かこんな解説だった気がする。
 実際にあの木に竜が絡んでいたならそれはそれで面白いけど、今はどうでもいい。
 確認のしようもないし。

「薬にもなる赤い樹液、それは興味深いですね」

 識がこれまでとは違う目で竜血樹を見て呟く。

「うん。軟膏みたいに使うだけじゃなくて、飴みたいに固まる性質もあるみたいで錠剤としても使われていたみたい」

「……私が調べても構いませんか?」

「いいよ。植物関連だしアルケーと森鬼にも声をかけてあげてね」

「はい!」

「若、儂としては海そのものを調べたいのですが。澪も使って構いませぬか?」

「いいよ」

「……ただ海は儂も澪も専門ではありませんからなあ。できれば海、それも海中を良く知るような者がいれば助かるところ」

「確かにね。そんな人いたかな」

「いませんな。……どうでしょう若。亜空も相当広がっておりますし、久々にまた住人の選定でもおこなっては」

「新しい住人か。ゴルゴンと翼人の様子を見ていると、お前達が絞り込んでくれた人たちなら問題ないかな……」

「無論、若の最終面談はしますぞ」

 う、バレた。
 まだ何も提案してないのにバレた。
 ん?
 あ!

「ん、それはやるけどさ。なあ巴、前の面談の時に結局移住しなかった小さい人たちがいたじゃん?」

「小さい……。ああ、おりましたな。エマを怒らせて話が流れた妖精だか精霊だかが」

「うん、彼ら……あれ? なんて名前だったっけ?」

 ア、ア……アーー。

「アントニオだっけ?」

「確かそんな名前でしたな。アなんとかだと」

「彼らはどうなってるの? 今回は水関係が欲しいんだろうけど、一応それも調べさせてくれる?」

「……若様、巴殿。アルエフェメラ、です。精霊を一部支配する妖精族の変り種」

 識が何事もなく進もうとしていた僕と巴の会話に割って入ってきた。
 おお。
 そうだ。
 確かそんな名前だった!
 賑やかさしか覚えてなかったよ。

「おお、アルエフェメラか。ちまっこい連中としか思い出せなんだ」

 巴も似たようなもんか。
 あれは誰が担当してくれたんだっけ。
 やっぱり細かい部分は思い出せんな。

「ありがとう、識。アルエフェメラね。じゃあ巴は選定を始めさせてね」

「……いや、移住の希望者は殺到しまくってますぞ? 選定するというか、行列の前にある門がようやくもう一回開くというか。まあそんな感じですのでさほど時間はかかりません。儂らが何度か面談して種族の詳細調査をさせる位ですから……遠からず若に面談していただくことになるかと」

「……殺到? そう。種族の数とか規模はまあ、任せるよ」

 巴と識が早速念話を始めた。
 僕はといえば海を見る。
 見れば見るほど服を脱いで飛び込みたくなるビーチだ。
 夜の星空と月もかなり期待できそう。
 この広さなら、少々プライベートビーチをもらっても文句は出ないよな。
 期待が膨らむ。
 それにしても新しい住人に、識が気にする研究素材か。
 魔族領への営業も含めてやる事が満載になってきたな。
 多分ロッツガルドにいったらリミアに行く話も出るし先方が早く形にしたがるだろうしなあ。
 帝国に行ったのは知られてるから断れないにしても、実際いつなら行けるんだろうか。
 澪と先輩が何かあまりよくない雰囲気出してたから出来れば澪はおいていくか、先輩が出払ってる時にお邪魔して帰ってきたいんだけど。
 この辺りも予定を確認しないと。
 今日一日休んで明日から働く気でいたのは少し温かったかも。
 平和に波を重ねる海を眺めて、案件がどんどん浮かんでくるのに苦笑する。
 うん、今日から動こう。
 ロッツガルドに行く用事なんて、巴から教えてもらった弱っているルトを眺めるだけのつもりだったんだけど。
 あの馬鹿、文字通り力の全てを叩き込んだブレスを吐いた反動で寝込んでいるんだとか。
 本格的に馬鹿だ。
 ルトの……見舞い? にいくつかの用件を上乗せして、僕は今日から働く事にした。
ご意見ご感想お待ちしております。
活動報告でもあげましたが、extra28のゴルゴンの名前を変更する予定です。
また書籍二巻の増刷が決まりました。ありがとうございます。
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