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新たな一歩
(……つまりどういうこと?)
識が丁寧に解説してくれた後で僕が彼の念話に対して返した答えがそれだった。
いや、まとめに入った二割がよくわからなかっただけなんだ。
一応かなり頑張って聞いたし理解も出来てはいたんだよ。
魔王と魔将の方は何やら指示を飛ばすのに忙しいようで、特にこちらに割く余裕はないみたい。
だからか識からの提案もあっさりと通った。
彼らは被害を減らす方向で動き出していて、僕の行動にデメリットはないと判断してくれた。
よって行動するのに問題はない。
と識に言われた。
(やる事のみを申しますと、つまり魔術としてではなく物質として魔力を昇華させれば、より若様の魔力量を活かせるということです)
(魔力体を物質に変えろってこと?)
今も魔術として発現させる限界で運用しているから術として完成させるなら簡単だけど……物質ねえ。
難しそうだ。
(はい。細かなサポートなどは私がしますから、若様はただあのルト殿の攻撃を余波なく受けるイメージを強く持って集中して頂ければ)
余波なく、ね。
となると盾とかドームとかのイメージがいいのかな。
こういう時に理屈から説明されても即座に飲み込むのは難しい。
はっきり言ってしまえば、なになにをしろ、とシンプルに言われた方がずっと助かる。
識の考えに乗る意思はもう見せているんだから、なおさらだ。
なんにせよ、ルトの馬鹿げたブレスへの対策は決まった。
澪にやってもらうことはもう決まっているし。
「じゃあ、とにかくやってみるよ。駄目もとでも挑戦する意味はあると思うし。澪はあの攻撃を僕に集中するように歪めてね」
「やれそうなら消しても構いません?」
「もちろん。できる分だけ無理せずに、ならね」
「わかりました。全力でやりますわ」
可愛らしくガッツポーズを作る仕草はあまり澪には見られないものだったけど、良い感じに僕の体から緊張感による体の硬さを抜いてくれた。
実に頼もしい。
(ご歓談中申し訳ないんだけど。そろそろ威力の上昇も限界。次のフェイズに移るね。あと少しで撃つよー)
気楽な念話は神々しい光の中にいる竜、ルトからだ。
(……撃つよーじゃないわ! この空気の読めない変態め。どうせ消えるからって気楽すぎるだろうが!)
(悪いとは思ってる。かなり本気で。このままじゃ紅璃がまた死にそうだし? 今回のは真君に相当な借りを作っちゃうな、とかも思ってる。でもね、僕自身でも抗えない極めて強い強制力を持たせる事で、このブレスは僕が対多数に放つものとして最上級の威力を持つ凄い逸品なんだよ。実際使うその時が来るなんて思ってもなくて……少しはワクワクもするじゃない?)
前半はまじめだった口調が後半で開き直った。
本格的にこいつ駄目だな。
うん。
再確認した。
ここから紅璃の卵を届けた山までどれだけ距離があると思ってる。
最早召喚獣とかいうレベルじゃない効果範囲だぞ。
(せめて詳細を言っていけ!)
(さっきも話したけど六属性混合の散弾だよ)
(なら何でお前は上向いてるんだよ?)
ブレスならこっちに口向けてどかーんだろうが。
なのにルトは口を上に向けている。
開いた口の先端付近にあった弾けんばかりの光球は少しずつ口から離れて上昇していっている。
かなり不穏だ。
(それはね、より範囲を広めるためだよ)
(……なら何でお前の口元に別の力が生成されていってるんだよ)
(それはね、最終的な攻撃力をより高めるためだよ。竜との対峙に咆哮はつき物だからね)
(……それ咆哮の準備かよ)
そう言えば上位竜の咆哮って……グロントさんのしかまともに受けていない気がするな。
ジンたちは底辺の竜の咆哮ですらトラウマになっていたみたいだけど、実際ルトだと威力はどんなもんになるんだ?
(ついでに演出としてもっと盛り上げたいから時間差攻撃も採用してるんだ。荘厳にいきたかったんだよ、これはね。つまりはついつい飛ばさずに見てしまう、そんな攻撃を目指したのさ!)
(お前の旦那、今心底殴りたい)
どこまでもゲームのノリで戦略級の破壊を撒き散らすのかと。
!!
ルトの翼が光の中で一層強い輝きを纏った。
(……あれで君と話が合いそうなナイスガイだったんだ。悲しい事言わないでよ。じゃあ、打ち上げ花火の“始まり”だ。真君達をどうこう出来る威力じゃないから、まあゆっくり楽しんでいってね)
ルトが最初に作り出した虹色の球が上昇を続けて雲の中に消えたその時。
一帯に振動が伝わっていく。
体の中に響く、重低音の中にいるような震え。
同時に、全身を凄く不快な何かが包み込んでいった。
少し遅れて突風と一緒に荒れ狂う獣の叫び声が僕の耳に届く。
確信する。
これがあいつの咆哮か!
(澪、識、大丈夫?)
(もちろんです)
(……少し、きついですね。凄まじいプレッシャーと絶え間ない状態異常付与の嵐、これは抵抗が弱まればそれだけで死に至りそうです)
……。
自覚できないからか、僕にはこれがそこまでの脅威だとは思えなかった。
識に言われて焦りを覚える。
コレの効果範囲次第では状況は更に悪くなってしまう。
こういう感覚が常人と違うのが僕の弱点でもあると思う。
(ルト! この咆哮の効果範囲は!?)
(……)
(おい、無視か!)
(……)
ちっ!
トランスでもしてるのかルトは空の一点をみつめて口を開いたままだ。
何の反応も、動きもない。
最後に言ったのが打ち上げ花火とかどれだけふざけてるんだ、あいつは!
打ち上げ花火って、あの最初のやつを言ってるつもりか?
ん。
待てよ。
もしそうだとするならあの球はこれから、ドーンと花開くのか。
……散弾として!?
タチ悪っ!!
(澪、済まないけどあいつのブレスとやら、かなりの範囲に落ちかねない。対処は後手になるだろうけど、よろしく頼むよ)
(はい、お任せあれ)
で、識にそろそろ……。
え、ゼフから念話?
(陛下、どうされました?)
ルトの次の動きを警戒しながらゼフに応じる。
指示で忙しいのはゼフの方がそうだろうに、一体何の用なのか。
(ライドウ殿。万色の竜の咆哮だがそちらで対処は出来そうか?)
(いえ。私どももアレの次の動きに警戒しておりますので咆哮を止めさせる手立ては……)
(……いや。抵抗できるかという意味だったが。余計な心配だったようだな。何をする気がわからぬが、少しでも成果をあげてくれればそれだけでも英雄的な行為だ。何憂う必要もない、存分にやってほしい)
改めて許可をもらった。
安心だな。
(やれるだけの事はやってみます。それでは)
(ああ。忙しい所済まなかった。威圧、麻痺、石化、恐慌想起、衰弱属性レベル5相当の呪病、精神疾患属性レベル6相当の呪病、身体能力低下、魔力効果減衰……まだまだあるが把握できただけでも馬鹿げた数の効果を持つ咆哮だ。既に犠牲者も出ている。十分に気をつけてくれ。ライドウ殿達は無理をせず自らの安全を最初に確保してくれて構わない。健闘を……祈る)
(……ええ。お気遣いありがとうございます)
……ルト。
お前、随分とふざけた攻撃をしてくれるじゃないか。
咆哮に呪病を織り込むなんて。
お前が僕が呪病をどれだけ嫌いか知っていたか、そんなことは知らない。
でも。
僕は今、お前の攻撃を絶対に潰してやろうと思ってるよ。
気合、かなり入った。
(では、若様。集まってくるルトの攻撃を止めて散らすイメージをそのまま魔力体に伝えてください。ただ一心にそれを強く想って下されば後追いで私がサポート致します)
(了解。澪は攻撃への備えと周辺情報を把握の上、僕と識にリンクして伝えて。識は、そのサポートとルトの攻撃の分析を。僕は界も使って術にだけ集中する)
頷く二人を見て、僕は安心して自分と魔力体にだけ意識を向ける。
全てを僕の内にだけ向ける。
得意な分野だ。
イメージ。
集まる攻撃を抑えきるイメージ。
「第九階梯“ジェミニ”解放。“補い満たす者”」
「空糸よ、満たしなさい。“黒網天羅”」
ごく近くで力の発動を感じる。
識がジェミニを使って二人になった。
澪は空に網を張った。
真上を見た時に見える位の範囲の空に、澪の力が展開されたのがわかる。
僕は静かに自分の中に潜る。
より強くイメージする。
魔力体を変質させ作り出す、物質を。
盾……違う。
網……違う。
鏡……違う。
どれも、何かしっくりこない。
もっと強い力の具現。
どんな攻撃をも“握り”潰せるような……強大な物。
攻撃を破壊する。
それこそが今ふさわしいと考えている。
そうだ。
力の象徴とも言える四腕の巨人の姿、その腕に装着されている腕甲を思い出す。
あれだ。
腕。
力強く、無骨で、そしてどこか無機質で。
イオの腕のような、見ていて頼もしい豪腕。
腕甲と一体化した人型兵器の腕を思わせるそれ。
それをもっと大きく。
そして強く。
掌の間に捕らえた如何なるものも消し去るような……そんな腕を出そう。
決まった。
次は魔力体の腕をそのまま肥大させて、そして形にする。
後はただ、深く深く。
戦いに没入した時に酷似した状態に自分を連れて行く。
かなり後方から識の詠唱を感じる。
僕が心のままに通ってきた獣道みたいな路を舗装しながらついてくる識の詠唱。
一人じゃない。
識はジェミニと足並みを揃えて三倍速で処理を進めていた。
声に出して長い長い詠唱を続けている様子は二人で合唱しているようでもある。
身代わりみたいに使う以外にも、ジェミニは解放段階でその能力を分けられると言っていたけど今回のは呪文の処理能力を上げるタイプなのかもしれないな。
(若様、よろしいですか?)
澪から念話。
元々ルトの咆哮の所為で声なんてまともに聞こえない状況だから連絡も念話になるのは当然のこと。
識の詠唱も魔力の動きを見て判断しているだけで実際には聞こえないし。
(……なに?)
(あの変態の咆哮です。あれ、魔族の街だけじゃなくてもっと広がりそうな勢いです。この分だと攻撃も……)
(ルト、迷惑も極まれり、だな。一般人だと即死な勢いだって話だし、もう被害は出ているって言うし。わかった。僕が何とかやってみるよ)
街の人も力の理に従う魔族だから死んでも文句は出ないのかもしれないけど、街は無事でも人は全滅ですなんて面白くもない。
既に効果を発揮している咆哮を消せるのかはわからないけど、少し手立てもあるから試してみよう。
(いえ。攻撃の範囲が広がりそうなので私がカバーしきれるかわかりませんの。それで、もしよろしかったら若様のお力を少し頂けないかと)
澪は街への被害などどうでもいいとばかりにあっさりと僕の言葉を否定した。
代わりに彼女が言ったのは、僕の力を借りていいかとのこと。
(力って魔力?)
(はい。そうすればもっと強い力でも使えますから。もちろん、若様のご負担になってしまいますからご許可頂ければの話ですが)
魔力なら別にいいや。
特に僕が何かしないといけないならともかく、使い切れずに溢れている代物だもんな。
役に立つなら使ってもらって大いに構わない。
(いいよ、幾らでも使って)
(ありがとうございます!! で、では私に向けて……そうですね弁を開けるとでも申しましょうか。あ、そうです! 私と若様とおまけの識でしているこのリンク。私と若様の間でより太くそして開放するイメージをお願い致します!)
(わかった)
妙に高揚して喜ぶ澪に疑問を抱きつつ。
腕の生成に変な圧力も感じていた僕は澪からのお願いを先に済ませる事にした。
言われたように、澪が僕と識と彼女で繋いでくれた周辺情報のリンク。
そのラインを意識して澪に向けて魔力を開放、というか流し込むようにイメージする。
(ふ……うふふ! きました、若様の魔力! 最高です……美味しくて気持ち良いです……。これで出来ぬ事など、何がありましょう!)
……。
まあ、深くは聞かないでおこう。
強くなれたというなら問題ないや。
(……申し訳ありません、若様。私もそれをお願いしてもよろしいでしょうか?)
(識も?)
(ルト殿の咆哮への抵抗が思ったよりも辛く、詠唱によるサポートが遅れております。万全の備えをして臨みたいので)
(いいよ)
識にも澪と同じように魔力を流し込む。
栓を開けるって感じだから共有に近いかもしれないな、これ。
(これはっ……。助かりました、若様。これで十分にサポートできます!)
(と言っても何やら腕を作ろうとすると邪魔が入っているような……変な感じがあるんだけど。これも識のサポートが遅れているから?)
魔力体の腕はもう一回りは大きくなっている。
他の部位よりも密度も濃くて、さらに僕がイメージした造形を輪郭としては整えてきている。
ただこれをもっと明確に……物質としてイメージしようとすると、断続的に変なノイズが入る。
集中を乱されて、思うように進めない。
詠唱を雑にして集中の深度を第一にして、細かいことを識に任せている反動かな?
(ノイズ……。ええ、恐らくはそうでしょう。若様、もう一歩です。深く強くその腕を具現なさって下さい)
(わかった。ただ他にやることが出来たから少し速度は緩めるよ。で、識もルトの攻撃の分析を進めてね)
(わかりました)
識の詠唱による僕のサポートが一気に加速した。
まだ僕の集中よりは遅いけど、これから僕が少し遅くなるから少し識の方が早くなるかも。
ふと周りを見る。
地下に建造されていた建物は崩れ始めている。
僕らは上に何もないところにいるし足場はきっちり確保してあるからともかく、逃げた人とかは大変だっただろうな。
ゼフは魔将たちと一所に集まり、既に自分達を守る障壁は展開済みのようだ。
ロナはかなり深い傷を負ったのか術に参加している様子はなく横たわったまま。
他三人と魔王で術を展開していた。
更に念話が飛び交っていて、流石にこの状況で内容まで探ろうとは思わないけど状況が混乱しているのは十分伝わった。
よし、やるか。
僕はだらんと自然体のままにしていた自分の手を上げる。
拳を作って握り締めていた手を開いて、そこに武器を呼ぶ。
程なく両手に、ようやく馴染み始めた感触があらわれた。
弓と、打根。
右手に現れた打根を腰に吊るし、左手のアズサだけを構える。
ルトに向けもせず、ただ前に。
先生に教えてもらったとはいえ、あくまで儀式的なもの。
細かい作法は忘れちゃってるしなあ。
どちらかと言えばこれに魔力をのせて実際の効果を見込んでいるんだけど。
出来るだけ広く届くのを意識して矢を番えずに弓を引き、弦を鳴らす。
弦の震えが落ち着いたらもう一度。
計三度、繰り返した。
鳴弦の儀。
効果はどれだけ見込めるだろうか。
そんな事を思っていると、識が術をサポートする速度が格段に速くなった。
はっきり言って僕よりも明らかに速い。
おお?
(ルト殿の咆哮、最早この身に何の効果ももたらしてはおりません! やることとはコレの事でしたか若様!)
とりあえず、間近にいた識には効果があったみたい。
今は界も全部、腕の生成に向けているから街の様子もよくわからないけど向こうまで届けばいいな。
よし、じゃ識も追いついてきたことだし、ノイズなんて気にしないで一気にやっちゃいますか。
ゼフからの念話という面倒が飛んできたけど集中していますから、って体で無視して腕の生成を目指す。
コレを止めて、そんで無事だった人で呪病に冒された人がいたらちゃちゃっと助けて。
ロッツガルドに帰――
「っ!?」
ルトの口から紅璃のレーザーみたいなブレスが吐き出された。
雲を派手にぶち破って少し上にあった虹色の光の球を貫く。
久しぶりに見る青い空。
そして、貫かれた球から本当に打上げ花火のように降り注ぐ散弾、散弾、散弾……。
これは……思っていたよりも遥かに数と範囲が!
厚い雲が次々に破られて、青い空から大地に虹色の自称ブレスが降ってくる。
こんなの、ブレスというより火山の噴火だろうが!
「やることだけは流石にまともですわね、変態! それでも、今日の私を出し抜くのは不可能と知りなさい!」
澪が空に張った蜘蛛の巣、いや網を降り注ぐ散弾の範囲に合わせて一気に拡張した。
僕の魔力が澪に流れていくのがわかる。
それほどの量でもないから気にならない程度だけど。
空一面に黒い糸の網が広がって散弾を受け止めた。
網の間に降った塊も不思議な光の紋様がそれを受け止め、一つたりとも地面に落ちはしなかった。
「あっ!」
え。
澪の声と一瞬間の抜けた表情。
彼女の視線を追うと遥か彼方。
一つだけ網を逃れた虹色の球が地平線の方に落ちた。
あっちは行った事がないから何があるのか知らないけど……。
少なくとも魔族の街でも紅璃のいる山でもない。
(澪、気にしなくていい。今はあの網の維持と、僕に向ける事だけ考えてくれればいいから)
(あぅ。申し訳ございませんでした……)
立ち上がる光の柱がここからでもしっかりと太さを伴って見える。
遅れて響いてくる振動と音。
一発で、アレか。
数百発とある上空のやつが一斉に大地に落ちたら、草木も残らずどころか大地も残らないんじゃないか?
もう既に姿を消したルトの洒落にならない攻撃に心底あきれる。
何、きっとロッツガルドで僕らよりも先に巴が折檻していてくれる。
あいつへの説教は後だ。
それよりも。
もう猶予がない。
しかもさっきからどんどん酷くなるノイズ。
ラジオだったらもうとっくに聞くのを諦めているレベルの、テレビなら砂嵐になる少し前というレベルのそれ。
物質の生成そのものに関係する弊害なんだろうか?
原因はどうあれ、本腰を入れて集中してイメージを強めないと。
魔力を物質に変換するのって結構きつい。
(識、どうにもノイズが酷い。一気に進んでみるけど大丈夫?)
(……はい。どうぞ、お力のままに)
(ありがと)
目を閉じる。
深く自分の中に入る。
頻繁に邪魔をしてくるノイズを片手で全部切り裂いて黙らせる。
残る手でイメージにかかったモヤを払ってその全貌を露出させるべく励む。
その作業だけに集中する。
ノイズを黙らせるのは、それにきちんと意識を向ければ簡単だった。
中々晴れないモヤ、掴み取るにはあまりにも曖昧な影のような腕の全貌が強敵だった。
必死に、深い水の底に潜るような気持ちで、遠い影を掴み取ろうと全力を注ぐ。
識がどこまで付いて来てくれているかもよくわからない。
だけど、その時は来た。
僕には凄く長く感じた時間。
きちんと攻撃を抑えていてくれた澪に改めて感謝する。
いける。
凶々(まがまが)しささえ感じるごつい両腕。
正にロボットの手。
過度に装飾された機械の手。
有機的な雰囲気を感じない。
さあ、触れよう。
これを作り出そう。
僕は白銀に輝くその腕に、静かに触れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
きた、と思った。
若様が目を閉じてしばらくして。
魔力体にイメージされ、巨大化し複雑な輪郭を持っていた両腕が魔力体から切り離された。
同時に悲鳴のような激しい軋みが鳴り渡る。
ルト殿の咆哮と違って効果を持たぬそれは、純粋に耳障りな響きとしてだけその場で鳴っていた。
これが何か、私は知っている。
程なく、若様は目を開けられた。
成功を目で私に伝えてくる。
詠唱で口が塞がっている私は頷いて応じ、残りわずかなサポートの完遂に力を注ぐ。
念話なら言葉で応じる事も出来たが、今はそれに割く力すら惜しかった。
もうじき、恐らくこの世界の誰も見たことのないものが見れるのだから。
若様は、妨害のようなノイズ、とあの方が称されたものを突破してこの術、いや行いの道筋を掴まれた。
その妨害のようなノイズが何かも、見当がついている。
素晴らしい。
後は私が詠唱によるサポートさえ終わらせれば事は成る。
指輪の力によって分身を作り出した私は、今回は術の支援を行う能力を付与した。
二人分以上の処理能力を持って偉大な行いに僅かな助力をする。
難しい魔術ほど、最初の道筋が重要だ。
若様はよく、綺麗に均す作業を担当する私を凄いとお褒めになるが実際に恐ろしいのは若様の方だ。
暗中模索の中、道なき道を掻き分ける。
それを躊躇いもなく突き進むのだから。
既に道として在るものを均して機能を向上させるのは、必要な事ではあれど技術さえあれば誰にでも出来ること。
若様のお手伝いが出来るのは、私にとって毎回が驚きの連続であり、そして何ものにも換え難い勉強の機会でもあった。
そして、ついに私も全ての補助を終えた。
この場にいることができた魔王と魔将はなんと幸運なのか。
この場にいながら意識のないロナは、なんと不運なのか。
さあ、見るがいい。
我が主の新たな一歩を。
魔力体から切り離された両腕の指先から、変質が始まる。
感動が身を包むのがわかる。
変質、とは誤魔化した言い方はもう必要あるまい。
若様のご負担にならないよう言い方を変え、より単純にご説明したが。
「成った。神ならぬ身で……人とはどこまでいける存在なのか」
グラントなどでもなく。
ただヒューマンとして。
幾らかの助力はあろうと。
我らの内にはどれほどの可能性が眠っているというのだろうか。
興味が尽きん。
これだから、若様に仕えるのはやめられん。
「創造。それもイメージを具現した器の創造」
白銀に輝く腕を見て、泣き出したい気持ちがこみ上げてくる。
耳障りな響きは世界の悲鳴。
妨害のようなノイズとは恐らくは世界の抵抗。
資格もなく力任せな魔力と術理による異物を、世界が拒絶していたのだろう。
だが。
それも若様が潰した。
黙らせた。
個人の意思と力だけで。
なるほど、かような方だから女神に相対しようと思うことが出来るのだろう。
そんな方の従者である我が身を光栄に思いながら偉業を果たされた若様を見る。
「っ、若様!?」
「若様! どうされました!?」
今まさに、若様が膝を折って倒れかけた!
私の声と澪殿の声が重なる。
(大丈夫! ちょっと疲れただけ。二人とも気を抜かないでくれ)
土気色の顔、大量の汗を流す姿はとても大丈夫だとは思えない。
が、この方はそれを口に出す方ではない。
本当に辛い時には本音を隠す、そういう方だ。
だから後で万全のフォローをしなくてはいけない。
今は主の偉業と、それを使った仕事に集中しなくてはいけない。
私も、まだ主から仰せつかった仕事を残している。
(澪、攻撃全部を僕に向けて通過させてくれ)
(お体は……いえ。わかりました)
三人の間でオープンになった念話で若様の言葉を私も聞く。
いよいよ、あの腕を使われるのだな。
(識は急いでその攻撃の分析。まあ間近にあるから識なら大丈夫だと思うけどね。で、それを消滅させる対になる混合属性を作り出して)
ルト殿のブレスの対になる混合属性!?
あの空で澪殿の網に防がれているとはいえ、芸術的と言うべき完成度のあれの!?
不可能だ。
それはどうやっても出来ない。
即席で出来ることではない。
(若様、申し訳ありませんがそれは無理です。急いで分析は致しますが良く出来てもあれの劣化版にしかなりません)
(なら、対じゃなくても何でもいい。あれを消滅させるだけのものでも構わない。力は足りなくても僕が担当する。識は属性のバランスだけでいい。あれをゼロにするような調整を見つけ出して)
む、無茶をおっしゃる。
それでも。
確かに一撃を一方的に消すような属性バランスなら不可能ではない。
完全な対属性となると芸術品である必要があるが、打ち消すだけの代物なら兵器でいい。
それなら情報さえあれば何とかなるかもしれない。
しかし、力が足りなくても僕が担当する、とは一体……。
(……やってみます)
ともあれ主の意向には従うのみ。
しかしどこまでやれるか。
(何なら澪みたいに僕の魔力を使ってジェミニのパワーアップとかしてみてもいいから)
(明らかにお疲れの若様から更に魔力を頂くなど)
ご負担になるとわかっていてとなると更にやりにくい。
(僕が良いと言っているんだから気にしないで。この腕にも仕事をしてもらうし、僕も仕事があるから)
また仕事と。
まだ何かがあると察しておられるのか。
っ。
そうか、ルト殿の時間差攻撃とやらがもしかすると。
咆哮からのブレスがそれだと私は考えたが何も時間差が一回だけとは言っていない。
(若様、では落とします。防いでいる間に十発ほどは食べ、いえ消しましたけどこれ以上は難しく。お言葉に甘えることにしました)
流石は澪殿だ。
あの距離で展開した術を更にカスタムしてあの光球を処理していたとは。
澪殿の使われる術は全てが彼女のオリジナルでその詠唱もまるで意味がわからないものが殆ど。
時折若様が澪殿と詠唱の話をされているが、未熟な私には謎の会話にしか聞こえん。
つくづく特化した才能や能力が羨ましくもなる。
(いいよ、たまには甘えてもらうのも。皆にはいつも甘えてばっかりだしね。やって)
「黒網天羅、歪曲透過」
澪殿の言葉で空一面、それこそ全てを覆っているのではないかという黒網が、空に薄れるように見えなくなっていった。
そして芸術的な混合属性の散弾はその全てが我々、正確には若様の元に進路を歪められて再び落下を始めた。
一点に降り注がんとする虹色の散弾。
その光景は幻想的であり、落下点で見つめる私もまたその美しさに息を呑んだ。
しかし、この場の主役は残念ながら違う。
若様の数メートル前で宙に浮く、二つの腕だ。
まるでドワーフの作った武具のように美しく輝いている。
拍手を打つ前のような、手と手の間に広い空間を開けた状態で静止している。
その空間を目掛けて、とうとうルト殿のブレス、その一発目が飛び込んできた。
!!
凄い……。
両腕の間には何もない。
何もないというのに。
領域に到達する少し前に散弾は吸い寄せられるように手と手の間に向かい、そしてそこで人の拳大に圧縮されて留まっていた。
二発目、三発目、四発目……。
次々に飛び込んでくる散弾は漏れなく同じ末路をとり百を超える散弾は一つに、徐々に大きくはなっていてもまだ人の頭を少し超える程度のサイズでその場にあった。
最初の私の予想では巨大な盾かマントのような物をイメージされると思っていた。
が、実際には巨大なガントレットのような腕で。
そしてそれは散弾を信じられない方法で一箇所に留め、周囲に被害も出さずに抑え込んでいる。
ああ、そうか。
これは先ほどの魔将との戦闘で見せた溶岩の球を握りつぶしたアレに似ている。
あれは片手だったが、若様は散弾の全てをあの空間に収めて、その上で両手で潰すおつもりなのか。
(識、成功に喜ぶのはわかるけど見とれてないで分析を進めて。やってる?)
(た、ただいま!)
(よろしくね。識の分析が終わったらとりあえずこれを消してみる。そこまで出来て成功だと思うし、多分、ルトの事だからここまでやっておいてトドメの一撃とかやると思うんだよね)
(ルト殿はそこまで執拗なタイプではないようにも思いますが)
(ルトがどうこうよりも、問題は参考にした資料の方だよ。くどい位に演出を重ねるのが多い傾向があるからさ)
(はあ……)
若様の根拠はいま一つわからないが、だが分析を急ぐ。
火水風土、それに光に闇。
相反する属性もあるというのに、互いが互いを高めあう異様なバランスの元で調整されて一発で街や城を灰燼に帰す威力を生み出している。
こんなものが降れば本当に何もかもがなくなる。
ルト殿も意地が悪い。
どれほどの可能性からこれを引き当て敵を滅したとしても、結局は術者自身をも含み全てが滅ぶのだから。
これが女神を信奉するエリュシオンの神器であったと考えるとその意図はいかなるものなのか。
もしもエリュシオンがあれに頼り幾度も幾度も竜の力に頼り使い続けた結果、最後にはアレが発動したかもしれないとすると……。
エリュシオンは魔族によってではなく自らの神器によって滅ぶことになった可能性も……。
いや、深くは考察しまい。
未来ならともかく過去は既に決定された事なのだから。
私はただ、これの天敵になる属性を探せばいいのだ。
「全部、捕まえた。後はこれを……!」
若様が両腕の間を徐々に狭めていく。
ルト殿の散弾の集合体も抵抗でもしているのか所々弾けたり膨張したりしているが、捕らわれた領域からは微塵も外に出られていない。
「これ、物凄く疲れる……! でも!」
正直、私には創造がどれだけの魔力を消費する行いかは知らない。
まさか若様の、異界の神々も認めた魔力で足りぬことなど有り得ないだろうと今回の事件を若様のステップアップに利用する事を思いついたが。
何か手違いがあったのか?
それとも創造したものがまずかったのか?
……若様の魔力が。
まったく天井知らずだったそれが。
私の計測できる範囲にまで量を削られている。
それでも我々から見れば遥か雲の上の領域だ。
だが私が測れる範囲になった事などこれまでに一度もない。
私の中に焦りが生まれる。
これは悠長にしている時間はないのではないかと。
その焦りが集中を乱すところに到達しそうになるのを止めることが出来ない。
(識。落ち着いて。大丈夫、うまくいってるから)
若様の言葉と、同時に大量の魔力が体に流れ込む。
心地よく、独特の多幸感が身を包み、焦燥がかき消されるのがわかった。
(若様は今魔力が相当に減っているはずです。このようなことをして頂かなくても!)
(確かに、あの腕を作った時に一気に半分位持っていかれたし、今人生で一番魔力が無くなってると思う。学園の生徒から何回か聞いた、魔力が枯渇しかけた時の体調不良とかも実感してる。でも今回の主役の識に焦ってもらうことじゃないよ。僕の仕事なんてもう殆ど終わってるんだから)
(主役だなどと!)
(わかるんだよ。この腕は長く使えない。コンバットプルーフのないものを実戦投入するなんて、とエリス辺りに後で突っ込まれそうだけど)
コンバット……?
いやそれはともかくとしてとにかく急がなくては。
頂いてしまったものは仕方がない。
若様から流れ込んできた魔力を既に展開してしまったジェミニにではなく、私自身に、正確には十三階梯の基本の指輪に流し込む。
ただでさえ支配の契約によって何よりも馴染む主の魔力が、指輪に増幅されて身体に行き渡る。
万能感が全身に溢れ、属性の分析が一気に進んだ。
光と闇を勾玉のように組み合わせたような不思議なバランスで土台として構成、互いを交わらせて相乗。
そこに四属性を乗せている。
水が風を、風が火を、火が土を、土が水を補助する様に高め、高められた属性が更に補助となり威力を螺旋のように上げ続けている。
見れば見るほどに芸術品だ。
だが、壊すだけ。
無に返すだけならば。
光と闇の土台を破壊する両属性のバランスを探る。
そして同時に最初の基点になっている水、それを受ける風を打ち消す属性も探る。
急げ、急げ。
焦りではなく、合理的に分析速度を高め消滅を見込める属性の模索を続ける。
光と闇、そして火、補助的に残る三属性。
見つけた。
この割合ならあのブレスを消せる筈だ!
「若様! 出来ました!」
「これで! 消えろぉ!!」
私の言葉を待っておられたのだろう。
すぐに若様の声が響いた。
白銀の両腕が拍手を打ち、虹色の光球はどこに炸裂する事もなく消滅した。
息を荒げて、けれどもう膝をつくこともなく若様は次の行動に入る。
本当に、あの防御を抜けて一撃を入れた後にこのように粘り強い相手だとわかった敵対者に同情を覚える。
そしてこの方が味方である事に深く感謝した。
(澪、どう?)
(上昇が止まりました。きます!)
(やっぱりか!!)
若様と澪殿の会話で、私は初めて二人が意識を向けるソレに気が付いた。
意識さえ向けていれば私とて繋がっていたのだからわかったであろうに、不覚だ。
散弾を生み出した、ルト殿の放ったレーザーのような一撃。
それは星空の高さにまで到達して、そして落下を始めた。
あれにも、散弾に仕込まれていたのと同様に核のようなものがあって。
それによって上昇から落下に転じたのだろうか。
だが、若様にはあの腕が……。
落ちていた。
白銀の腕は両方とも動く気配もなく地に落ちていた。
そこには何の力も感じない。
長くは使えない。
若様の言葉を思い出す。
次善の策である私の属性分析が完了したから、そちらに切り替えねばならない程に若様は消耗している可能性がある。
私の責任は重大だ。
しかし、私の作る属性のバランスだけではルト殿の最後の攻撃を止められはしない。
後一手が必要だ。
(加速具合から見て、ここまでは三分といった所でしょう)
(三分か。澪、ごめんだけどもう少し時間を稼いで。僕の魔力なら気にしなくてもいいからさ)
(……わかりました。あの網は強力な一撃にはあまり向きませんけどやってみますわ)
(よろしく。識は僕の矢にその属性で作った術を付与してね)
若様がアズサを構えておられた。
その右手にはウチネと呼ばれていたひも付きの短剣のような武器がある。
右手をアズサに向け、弦に手をかけると紐は芯を通した様に一直線に伸びてまるで矢のようになった。
頭上でそれらの作業を済ませた若様はゆっくりと、弓を引きながら照準をつけていく。
力を僕が担当する、とはこれか。
そうか。
最後の一撃は受け止めず、消し去る気でおられたのか。
この極限状況での視野。
戦闘以外にも発揮されればどれほどの人物にもなりそうな気がする。
……ふ、そうならぬからこそ我が主真様か。
三分という時間は私にとっても短い。
即座にジェミニも利用して出来るだけ早く、だが属性を崩さぬことを第一に付与魔術を組む。
若様は術を付与と言われたが、若様が引く矢に付与する以上、より威力の向上をさせる為の術の付与よりも最初から付与魔術を組んだ方が良い。
元となる攻撃が強力無比なら威力の上乗せなどさして必要ない。
最悪でも属性だけを正確に付与できれば良いのだから。
ふと、若様の存在感が希薄になる。
何度見ても、心臓に悪い感覚だ。
弓を持つ若様が集中を深めてきた証だ。
「時間通りですか。若様がもう少し待てと言っているのですよ!」
澪殿が空に張った黒い網を範囲を狭めて再展開した。
そこに図太い虹色の光条が突き刺さる。
あれは、流石に威力は先ほどの圧縮されたものよりは低いようだが、それでも……。
単発の威力は比較にならないほど強い。
「くぅぅぅっ!!」
あれだけの攻撃を受け止めても平然とあった網が光条に押し込まれて形を崩している。
澪殿も苦悶の表情を浮かべていた。
これは破られることも有り得るか?
「識、失礼な事を考えてましたねっ!? 後でお仕置きです! この程度、若様からお力を借りている今日! 女の意地にかけても絶対にっ!」
……毎回思うが、私はポーカーフェイスには自信がある方だ。
なのに何で澪殿や巴殿には毎回毎回あっさりと色々読まれてしまうのか。
もしも今日仕置きだの説教などされようものなら本当にあの世が見えかねんのだが。
それに、どう考えてもあれは力負けしている。
一時的にでも抑えられている澪殿が驚異的なのであって、本来歪める事も破られずに耐える事も容易ではない。
「大人しく、なさいっ!!」
押し込みが、止まった。
これだけの距離であれだけの術を展開するだけでも非常識だと言うのに。
若様どころか、先輩の追うべき背中すらここまで遠いか。
感嘆と尊敬の念を持って澪殿を見る。
空を睨み付けるその姿は、いつもとは少し違っていた。
「澪殿、その髪は?」
詠唱の途中ながらつい尋ねてしまう。
後ろ髪が腰まで流れる長髪になっていた。
さっきまではいつもの彼女であったのにだ。
「あら、伸びましたわね。まあ些細な事ですわ。それよりも識、急ぎなさいな」
些細、か?
「それにお前の髪も、生意気に私や若様と同じ黒髪になってるじゃありませんか。どちらにせよ、後で気にすればいいんです。私が持ちこたえている間に失敗でもしたら……本当にわかってますね?」
髪?
私の?
黒?
い、いや。
今はただ術の完成を急ぐ。
「識。術が出来たらすぐにお願い。澪はもう少しだけ耐えてね」
「ぎ、御意!」
「後何時間でもお任せくださいな」
その言葉の後の澪殿のひと睨みは、一刻も早くという意図だ。
わかる。
若様は光条を見て静かに弓を引いた状態で静止されている。
既に準備は出来ておられるのだろう。
ほどなく。
私も術を完成させ、そして若様の矢と化した打根に付与魔術を施す。
「じゃあ、澪。解除を」
「はい!」
「ふぅぅ……」
無言のまま、長く息を吐いて若様は矢を放った。
光条と同じく虹色でありながら一筋の光に過ぎない一撃が、落下を再開した同色の光条に狙い違わずに突き進み、重なった。
呼吸を止めて緊張のままそれを見守っていた私は、図太い光が一瞬で消滅し空に虹色の一閃だけが残るのを見て深く安堵する。
良かった、成功した。
「流石は識だね。でも打根は消し飛んじゃったなあ。エルドワに謝ってまた作ってもらわないと……」
「はい、私の付与した矢を外すことなく命中させた若様には敵いませんが」
これだけの事をやったなら、武器の一つや二つ壊れてもエルダードワーフも何も言うまい。
むしろ満面の笑みで迎えてくれることだろう。
「お見事でした。それにしても、上位精霊どもに手伝わせればもう少し楽だったのですけど。まったく口だけなんですから」
「澪殿。彼らも自らの神殿が街にあるのですから。少しでもその周囲を守ろうとするのは仕方ない事かと」
フェニックスもベヒモスも、協力の要請を却下した。
若様には特に求められていないが私も澪殿も彼らに協力を頼んだのだ。
だが返答はノーだった。
理由は自分の神殿も攻撃範囲に入っているから。
ごく限られた範囲になるがこちらの守護を優先したいとのこと。
私も澪殿も彼らを支配している訳ではないから、用事があるから無理というのは至極道理に適った理由だ。
しかもこれだけの攻撃の範囲に自らの神殿も含まれているとなれば尚更。
実際、ルト殿の咆哮についても神殿内に逃げ込めた者らなら何とか助かっているだろうし、避難先として機能しているのは間違いない。
あの散弾の直撃に何発耐えられるか疑問の残る避難所だが、結果論になるが無理に呼ばなくて正解だった。
「まあ、死は終わりじゃないし」
「死んでも生きられない事はない」
何度でも復活するらしい不死鳥と、アンデッドをも統べる土の化身が言ったその言葉は彼ら独特のものだと思う。
脱力感の中、魔王の方を見る。
彼らは言葉もなく、ただ空を見上げていた。
無理もない。
人の考える戦争以上の事が起これば、な。
若様は大分お疲れだ。
出発日をずらしてでも今日はお休み頂いて、私が当面の事後処理をする事にしようか。
その位はやってさしあげても問題はあるまい。
後は、この両腕とあそこで無様に転がっている神器も回収しておくか。
悪用されたらコトだからな。
エルドワが喜びそうな白銀の両腕と、神器の王笏を亜空に転送する。
魔王らから何か言われたら腕は消えた、王笏は見てないとでもとぼければいいだろう。
強めの風が頬を撫でる。
髪が頬の汗で顔にはりついた。
不快感から頬を拭うと視界に髪の色が映った。
本当に黒い。
若様から力をもらった副作用だろうか。
こちらも調査をしなければいけないが……今は行動を始めた魔王の対処が先だな。
ゼフを先頭にこちらに歩き出した一団を見て、私は当面の行動を決めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「これで、ライドウは私達魔族の英雄になった」
「国の危機を救ったのだから、当然だな。商人として立ち回るにしても敵なしであろう」
「あの桁外れの咆哮を途中でかき消したのもライドウの仕業だとか」
「あれで搦め手の戦法も多くは通じないと知れた。正攻法などもってのほか。つまりお手上げだ、最早笑うほかない」
魔王と魔将、それに客人だったライドウと従者二人が街に戻った。
あの後、ゼフと話す内に突然ひっくり返って倒れたライドウだったが、魔力の減少による気絶だと診断された。
そのライドウは今魔王ゼフに抱きかかえられており、ゼフから彼はじきに目を覚ます事、そしてその尽力について語られた。
僅かな沈黙の後で沸き上がった民衆の歓声は、ルトの咆哮のように街中に響き渡った。
突き上げられた民衆の手、その熱狂はこの歴史ある街から魔族の土地に波及し、今後ライドウとクズノハ商会にどれだけの貢献をするかわからない。
その様子を城の窓から見ていたサリとルシアは慌しい城内ながら静かにその事を話していた。
「二人とも、陛下がお帰りだ。忙しくなるが、とにかくお迎えに出るぞ。急げ」
「わかりました。先に行っていて下さい。我々もすぐに向かいます」
「俺達に遅れるのは構わないが、陛下と客人の到着に間に合わないのだけは許されんぞ」
「わかっています、お兄様」
二人の兄に返事を返すと、サリとルシアはもう一度熱狂する民衆と魔王達を、正確には魔王に抱きかかえられたライドウを見る。
「あの戦いを見て、そして今回の功績を見て。私も心底から納得した。アレは敵に回せない。その為になら何の犠牲を払っても良いと思える」
「うん」
「だからサリ。やはりお前でなく私がその役を引き受けよう。今の私は心からあの男の為に生きて良いと思っている」
「ううん、ルシア姉様では駄目。私のような見た目の方が彼らには拒否されない」
「だが」
「それにもう……ほら」
「っ!! そうか。だがもしこちらに連絡をつけられるようになって、私の力が必要なら。躊躇わずに頼れ。わかったな、サリ?」
「ありがとう。その時は遠慮しない。約束する」
「しかし本当に行動が早い。一体いつの間に……その儀式には対象の身体の一部が必要だと言うのに」
ルシアがサリの胸元を見る。
ほら、といってサリが見せたのは胸元のアザ。
よく見ると細かな文字を含めて複雑な模様が形成されている。
遠目には楕円のように見えるが、実際には首輪に鎖と文字が絡みついた、趣味が良いとは言えない代物だった。
特殊な儀式の結果刻まれるもので、ルシアもその意味を知っていた。
だから「手遅れ」である事を理解して、それ以上サリに交替を求めるのを止めた。
「ライドウはそういうのには凄く鈍感。神殿の帰りに白髪がありますよ、と言ったらすぐに抜かせてくれた」
「……普段は、本当に扱いやすい方だな」
「うん、楽勝。でもそれだけに怖い人。まずは信頼を、それから少しでも魔族を彼らの中に入れるのが先決」
「うむ。といって私は成功を祈る事しか出来ぬが。では、そろそろ我々も向かおう。陛下と救国の英雄を出迎えできなかった、となれば民衆の反感を買う」
サリとルシアは駆け足で出迎えに加わるべく急ぐ。
「……私の役目は重大。ここにも、もう戻ってこれない。でも……少しだけ楽しみでもある。何がライドウを育て、彼は何を考える人なのか。興味は尽きない」
小さく零れたサリの独白は、彼女の内に消えていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ライドウが目を覚ましたようです」
広間に戻ったロナがゼフの隣に腰を下ろし、そして報告した。
「一日半。随分と回復が早いのね」
「あの者なら納得できるがな」
即座に反応したのは巨躯をもつ二匹。
フェニックスとベヒモスだった。
その場にはゼフとロナ、そして上位精霊だけがいた。
イオとレフトはそれぞれに混乱の収拾に動いていてこの場にはいない。
むしろ、ロナもその立場なのだが彼女はゼフと同席していた。
つまりイオとレフトが欠けている事よりもロナがいる事が不自然と言えた。
ちなみにモクレンは絶対に必要な会議以外は滅多に出席しない。
研究こそが彼の目的であり、また国に貢献する最大の手段でもあった。
「お二方は、あの者をどう見ますか?」
「取り込もうと思っているなら止めておきなさい。あれは鞘のない剣。それも何でもかんでも真っ二つにする程の、ね」
「うむ。どれほど大きな力だろうと、手違い一つで国が滅ぶならそのような力は持つべきではない。最後には必ず危険を抱えきれなくなる。人という種ならばな」
「つまり、触れるなと?」
「そういうことね。思考の誘導はやりやすそうな子だから色々考えているかもしれないけど。全部を手に入れるか何もかもを失うか。そんな博打は何度もやるべきじゃないわ。貴方達は女神への反逆、そしてその手段において既に種族ごと賭けを始めてしまっているのだから」
「我らも魔族にのみ味方する存在ではない。この地の全ての種族に力を貸すのが本来の姿。その立場からの助言でもあるがライドウを戦争に利用するな。さもなくば、我らもお前達に対して沈黙せねばならんかもしれん」
「……地と火の精霊様は亜精霊などと非難されながらも我ら魔族に助力を続けて下さる存在。ライドウについては概ねそのように致します。彼を戦争に参加させる、そして利用するような事は致しません」
ゼフの言葉で上位精霊に安堵の雰囲気が生まれた。
ロナはそれに驚く。
人を超えた存在である上位精霊が、人の行いに一喜一憂する。
ライドウという存在への不安が一層に高まるのを彼女は感じていた。
「なら良いの。ゼフ、女神様は今非常に動き難い状態にあるわ。この情報は貴方の英断へのご褒美ね」
「確かに英断だ。ライドウには触れぬが最良。我らのこの意、女神様にも伝えたい所だが、な。耳を傾けて下さるかどうか……」
上位精霊はその巨躯を揺らがせて消えた。
亜人と精霊の話し合いは終わった。
「精霊ですら恐れ、女神に助言をしたくなる存在か。最早余の理解を超えるが、となればライドウがあれほどまでに消耗して出したあの腕。やはり……召喚ではなく創造なのか?」
「力ある魔道具の召喚、にしては魔力を消耗しすぎていたとお聞きしました。しかし創造は神の御業。ライドウが為したとなれば、あの者は人の領域を超え始めているという事になります。流石に考えすぎではないかと」
「ふっ。普通はそうであろうな。だが、竜群王笏のような一件があると、どうしても少ない可能性にも目を向けてしまう。王としてすべき考えではなかった、許せ」
「王笏の発動がまさかルトを呼ぶとは私も調査不足でした。彼らが縋るのに丁度良く、また余計な連中を一掃する良い機会にと思った物でしたが……」
「そこもな。ライドウは一目でアレをルトと呼んだ。つまり奴は竜の頂点とも繋がりがある可能性がある。もっとも、現時点であれがルトだという確証はなにもない。そうそうあのレベルの攻撃が出来る竜もいないと思うが」
「ルトの外見については既に調査を始めています。仮にライドウがルトと知己であったとしても、奴の脅威はすでに最上位。今の我々にライドウを排除する手段がないのには何の変化もなく、あれがルトであるかどうか以上の情報にはなりえませんね」
「で、あるな。まったく頭が痛い」
「……」
ゼフの言葉が途切れ、ロナは沈黙。
ライドウの話題はあまり好転しそうにない雰囲気だ。
「時にロナ。今回の一件、ご苦労だったな。最後に負傷させてしまったのは余の油断だった。済まぬ」
「この身の全ては陛下のものです。お気になさらないで下さい。陛下がお手を汚すべきでない件は、私が全てこの手で。その汚れは私の誇りです」
「……お前にだけ甘えてよい道理など無い。余の未熟がお前を傷つける。それが、どれほどの痛みか」
「私は陛下のお作りになる国をもっと見たい。貴方が喜ばれる事をしたい。それだけです。私は……魔族にでも魔王にでもなく。ゼフ様にのみお仕えしております。陛下に甘えて頂けるなら願ってもない事」
ロナはゼフの謝罪の言葉に明るい笑顔で応える。
状況に応じてどんな相手にでもあらゆる表情で応じる彼女が、ゼフにだけ見せる至上の笑顔だった。
二人の間にある関係がただ王と臣下であるにしては深すぎる。
見る者にそう思わせる表情だ。
「……ならば。余の思う国を少しでも実現する事で報いる他ないか。余は厳しい臣下を持った」
「良き様にお使い下さいませ」
「では。ロナよ、反乱分子の現状は?」
「はい。先日の陛下襲撃の一連の動きで、過激派の主だった者は皆死にました。見事に炙り出されてくれました」
「あの男も、余の力になってくれれば頼れる者だったのだがな」
「懐柔は不可能でした。あの男には陛下への深い憎悪が根付いていましたから」
「うむ。で、今のお前の“反乱分子の中での立場”はどの程度まで上がった?」
「主だった者が排除されましたので、意思決定する立場の中でも一番手、二番手にはなれるかと思われます。あと数ヶ月頂ければ頭になれるかと。なにぶんにも今回魔将としての立場を活用して情報を流し、失敗したとは言え陛下の喉元まで後一歩の所まで刃を届かせましたから」
「ライドウが魔族の英雄なら、お前は反乱分子の英雄か」
「陛下が彼らの一人に放った攻撃を私が受けて見せたのも良かったようです。意見を別にする者でも同胞を守ろうとする、そんなイメージを持ってくれたようで」
ロナは口元に笑みを浮かべて報告していく。
ゼフが以前に口にした情報漏洩の元はロナだった。
しかも、王はそれを知っている。
反乱勢力がこの会話を知れば、どれほどの絶望を、そしてゼフとロナへの憎しみを募らせるか想像するだけで恐ろしい。
「咄嗟に急所を外したとはいえ、あれは中々に肝が冷えた」
「あの場にはモクレンもいましたから。私が死ぬ事はないと確信しておりました」
「魔将という余の側近が自分たちのエースであり、魔王の首を獲る機会は十分にある、か。彼らにとってさぞ頼もしい存在であろうなお前は」
「かと思われます。実際には反乱の勢いをコントロールし、決して陛下の邪魔などさせませんが」
「盾だけで身を守るには限界がある。一番良いのは盾と剣を持って自演することだからな。汚い役どころだがロナよ、これからも頼む」
「はい。まずは反乱分子のリーダーに。全て陛下のお心のままに進めます」
広間に二人きり。
魔族の中でも最高機密にあたる会話は静かに終わった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ぶっ倒れて魔王様にお姫様抱っこされて、挙句に一日半とか寝てたライドウです。
かっこよく〆たつもりだったのに、最後の最後で全部ぶち壊しだよ。
巴には嬉しそうに早く帰って来いと言われるし、澪は目が覚めたらベッドの中にいるし、識は目の下にクマとか出来る位頑張ってくれていたみたいだし!
何という失態か。
あ、澪のロングヘアバージョンは目が覚めたらおかっぱに戻ってた。
識の黒髪も紅色に戻ってたな。
あの変化は一時的だったらしい。
魔族の街は結構無事で、建物とか人とかある程度の被害は出たようだけど、早くも活気があった。
ゼフから民にはきちんと偉業を説明しておいた、と言われて何のこっちゃと思ったけど、実際に散歩で街に出たらその意味がわかった。
揉みくちゃにされて屋台の食べものが全部タダ、どころか殆ど無理やり口に詰め込まれた。
凄い拷問、いや歓迎だった。
気づけばお土産持たされて城門の前にいたし。
凄かったな。
しかもあれだけ大人数に囲まれて何がなんだかわからなくなっていたのに、財布もすられてない。
魔族の街って治安はそこそこだった筈なのに。
とにかく感謝しているぜこの野郎、って感じだった。
まあ。
ルトのブレスをきっちり抑えたんだからこの位は役得でいいかと納得することにした。
戻って夜に催された宴の席では、城下町でも連動してお祭り騒ぎが起こって盛大に夜を明かした。
僕が病み上がりだと伝えられていたからか、特にゼフや魔将以外から接触される事もなく、遠目に注目を集めるだけで済んだ。
済んだ、と言っても個人的には視線が苦痛だったけど。
宴の席での挨拶の代わりに翌朝識から見せられたのは、山の様な書状。
どれも領地を拝する魔族からの書状で、ぜひうちの領地へ商売に来てくれ、みたいな事が書かれていた。
森鬼やゴルゴン、それに翼人を数人で組ませて順番に回ってもらうのもいいかなと思う。
もちろん、店を持てば僕も適度に顔を出さないといけないだろうから、実際に店を作るのはあまり急いで決めない方がいいと頭に置いておく。
しばらくは行商主体でも問題ないだろうし。
そんな訳で最後にしまらない事をしながらも無事に魔族の街を去る日を迎えた僕らなんですけど。
あ、もちろん帰りは護衛とかいらないと伝えました。
ただでさえ帰りが遅れているのに、帰りまで何日もかけて移動させられたら講義にも商会にも困った影響が出る。
吹雪に紛れたら即行で亜空に帰るって寸法だ。
「では陛下。長々と滞在してしまいましたがこれで失礼致します」
「残念だ。ライドウ殿には他の街も色々と見て回って欲しかったのだがな」
未練ありそうに話すものの、ゼフは結局ルトの一件以来結婚話もしてこないし、大概の話を識としてくれるから僕にとっては凄く楽な人になった。
これも社交辞令だろう。
「ぜひ、次の機会にはそうさせて頂きます。熱烈な招待状も何通か頂いておりますので少し雑務を片付けましたら領内を回らせて頂こうと思っています」
「それは皆も喜ぼう。雑作をかけるが頼む」
「はい。過分な歓待、このライドウ心に刻みます。失礼致します」
よし。
家に帰ろう!
「ああ、待ってくれライドウ殿」
ゼフが僕を呼び止める。
「最後に一つだけ、魔族からの贈り物がある」
……。
もういいよね?
ええ。……ああ、最後に一つだけ。
って件に似た状況に何となく嫌な予感がする。
「なんでしょうか陛下」
「……サリ」
「はい」
そういえば今日は姿を見てなかったサリが人の間を縫って姿を見せる。
「……サリ殿?」
その姿に違和感を覚えて思わず名前を呼ぶ。
何というか。
冥土服。
いやメイド服だ。
魔族でもいわゆる女中さんが身に着けるもので、飾り気はあまりなく僕が想像したようなフリルはなかった。
結構地味な印象をもった服だ。
フリル付きのは今、商会で金曜日にアクエリアスコンビがメイドデーとか銘打って着ていたりする。
たまにパジャマデーとかに変わるから結構適当みたいだけど。
って、それはどうでもいい。
何でサリがそんな服を着ているかが問題だ。
「ライドウ殿。いえご主人様。お約束通り、この身を貴方に捧げ一生を侍従としてお仕えする事を誓います」
……。
ハイ?
「……若様、これはどういうことでしょうか?」
澪がゴゴゴって背景を背負っている。
しかし、僕も全く状況がわからん!
「……。ええっと。いや、さっぱり」
辛うじてそれだけ言う。
「ではこの娘の気が触れたのですね。すぐ始末します」
「お待ちください、澪様。私からご主人様に申し上げた“約束”は澪様もお聞きになっています」
「全く記憶にありませんわね。出鱈目を言うのも――」
躊躇いもせずに膝を折り頭を下げたサリが顔を上げて澪に応じる。
あ、一瞬止めるの忘れてた。
澪が物騒な事を言っていたのに。
魔族の要人が目の前で僕の従者に殺される所だった。
完全にフリーズしてたな。
「私は精霊神殿の暴走の際、己の力を弁えずご主人様達に無理なお願いをし、しかも『必ず貴方方は無傷でお返しすることを私の名と命にかけて約束する』とまで申し上げておきながら結局は守って頂きました。よって名と命をかけこのサリは今日よりご主人様の物でございます」
「な、な、な!」
一息に話したかと思うと、サリはいきなり襟元から服をはだけて胸元を露出させた。
……いや、そうは言っても彼女はまな板ボディーなので?
それほど欲情はしませんが。
純粋に焦る事は焦る。
「これは」
サリが胸元の楕円の輪みたいなものを指差す。
刺青か?
「ライドウ様を主としてその命に服従する事を誓う証。魔族に伝わる儀式によって既に効力を発揮しています。私はご主人様の為に魔族の情報を流す事は出来ても魔族の為にご主人様の情報を流す事は出来ません。裏切りの心配なく便利に使える駒としてお使い頂けます」
「なら魔族に戻ってこれからも今まで通り……」
「それは出来ぬよ、ライドウ殿。その儀式は解除できん。命に根ざす最古の儀式を連綿と改良し続けている魔族の自慢の儀式だ。比較する訳ではないが、ライドウ殿たちの間で結ばれている支配の契約を遥かに上回る緻密さで組まれている。その解除は必ず被術者の魂を消失させる。余程の重罪を犯した者にすら施術を躊躇う代物だ」
「いや別に解除できなくても僕の命令でそういう事にしておけばですね」
「ライドウ殿の言葉一つで魔族を必ず裏切る者を魔王の子として所属させ続ける事は不可能だ。残念だが政務に関わる部分には一切彼女は置いておけん」
「ぐ……」
だからといってだ。
魔族のメイドさんなんて連れて帰るのは常識的に無理だろう?
果てのベースならまだしも。
ロッツガルドもツィーゲもちょっと辛い。
ツィーゲならとも思うけど、レンブラントさん個人はOKかもしれないけど街全体だと駄目だろうしな。
商会に置けない人をもらっても正直困る。
その上人生もう決まっちゃいました的に言われても……。
「やはり死んでもらいましょう。それが本人にも私達にも魔族にも。一番の選択ですわ。来世では勇み足のないことを祈ってあげれば安心して死ねます、きっと」
「……それはご主人様のお考えでしょうか?」
「若様、言ってあげてください。邪魔だと」
澪の提案をサリが受け止めて、それを澪が僕に振ってくる。
なんて無茶な事を僕にやらせるんだ。
どうする?
儀式の解除を狙うか?
それを前提でしばらく預かっておくだけ、ってのは……。
「……識、この儀式解除できる?」
「それが問題の解決になるかはわかりませんが、一応時間をかければ解除は可能でしょう。様は手順をとにかく面倒に面倒にしただけのようですからこの娘も死なずに済むでしょうが、十年ほどは解析にかかるかと」
なっが。
「その期間に何を話したかわからぬ以上、やはりサリは魔族に戻ることは出来ぬであろう。その時も魔王が余であれば匿い、隠居暮らしをさせる位は約束するが」
うんって言うなよ、なオーラがぷんぷんする。
最後にこれを残していたのか、ゼフ。
「もしもご主人様が死ねと仰るならば、ここで果ててご覧にいれます」
あ。
カチンときた。
さっきから死ぬ、死ぬって。
随分と簡単に言ってくれる。
そりゃ人なんて簡単に死ぬけどさ。
約束とかどうとかで命を容易く投げ出すのは何か違うって思うんだよね、僕は。
「そう簡単に死ぬと口にするものじゃないですよ、サリ殿」
「ですが私はもうご主人様のものです。苦しめといえば苦しみ、死ねと仰せなら死にます。約束を守れなかった私には似合いの姿です」
「あのような約束一つで捨てるほど貴女にとって命は軽いものだったのですか?」
「私にとってはあのような、と軽く考えられる約束ではありませんでした」
「ならば。そんな人は私には必要ありません。私は自分と暮らしを同じくする人には長生きしてもらいたいので」
「……わかりました」
「!?」
サリが。
素早く取り出した短剣で自らの首を突き刺した。
おい!
死ねとは言ってないのに!?
「サリ殿!?」
返事はない。
そりゃあ、そうだけど。
というか、変だ。
ゼフも、魔将も、誰も動かない。
「識、助けられるか!?」
「お助けになるのですか? 不要といった者を?」
「あのな。僕が要らなくても死んでいいって話にはならないだろう! 大体、この娘は魔族では重要な――」
「重要な存在ならば、我々が動くまでもなく彼らが動いているでしょう。つまりサリ殿は、もう既に魔族の中での立場を完全に失っています。引き取る気がないのでしたら澪殿が申されたようにこのまま死なせてあげるのが彼女の為です。碌な暮らしは待っていないでしょうから」
ゼフを見る。
いや、睨む。
仮にも娘の一人として育てていた子だぞ?
それをこんな簡単に見捨てるのか!?
「ライドウ殿。言いたい事はわかる。だがサリは誰にも相談せずに一人でライドウ殿から毛髪を手に入れて儀式を行ってしまった。そしてこの儀式は魔族では最低の烙印の一つだ。我らにはサリを救う事はできぬ。この場合余の個人的な感情は、種族の意思の前では無意味だ」
魔族は誰も動かない。
それだけ、この儀式には絶対の意味があるってことだ。
ルシアは唇をかみ締めていたけど動く事はない。
代わりに僕を睨んでくる。
くそ、睨まれる筋合いはないぞ?
勝手に儀式をして隷属したのはサリなのに!
澪も、識も静観している。
どうする?
このまま、死なせるのか?
サリとは大した面識はない。
子供っぽさが足りないとは思うが、だから子供らしさを教えようと思ったりもしていない。
背伸びした魔族なんだな、ってくらいだ。
なら、別に面倒なだけなら見捨てても……。
「ライドウ殿。その奴隷の事はともかく、少し言い忘れた事がある。今、良いかな」
ゼフがサリの横を通り過ぎて僕の近くに来た。
あの血の量、そろそろまずいかもしれない。
こんな時に、ゼフは何を。
「しかし陛下、今は少し」
「良いから。少しの間の事だ」
優柔不断に判断を迷っている僕をゼフが連れ出す。
少しだけ離れた場所に。
群集も、サリも、澪と識も見える場所だ。
(実はなライドウ殿)
そうやって距離をとって更に、ゼフは念話を使って話しかけてきた。
(サリは、魔王の子の中で唯一余の血を引いた娘だ)
っっ。
血の気が引くのがわかった。
実の父親で、ずっと父として接した上で。
ゼフはサリにあの態度をとるのか。
王としての立場を貫き続けるつもりなのか。
(一時の愛人が産んだ子で、本人も知らぬ事だ。余は結婚をしておらぬし、実子はいない事になっているからな)
(貴方は、実の子を見殺しになさるのですか)
(先ほども言ったが、自ら最低の奴隷としての烙印を押した以上、庇う手段がない。例え実子でなくとも魔王の子である以上最大の庇護はする。だが、今回はそれを逸脱した案件なのだよ)
(なら、実子である事を僕に伝えた意味は!?)
(……あれをライドウ殿にもらって欲しい。結婚などは望まぬ。あの烙印もあることだしな。ただ傍に仕えさせてやってほしいのだ。どんな辛い仕事に就かせても構わぬ。それはあれの望みでもあろうしな。ただ、一度だけ。遅すぎるが父親として娘の我がままを叶えてやりたい)
(あんな望みでも、ですか。陛下、それはずるい! ずるいでしょう!?)
(無論、承知している。幾ら軽蔑されようと仕方ないと考えている。余は王である事を辞める事はできん。だから、このように姑息に頼む。話は、それだけだ。時間をとらせて悪かった)
僕の身体を解放すると、ゼフは元の場所に戻っていった。
サリの姿は一瞥さえしない。
くそ。
くそ!!
僕は……。
……。
…。
「多分、サリは後悔するよ。その烙印を早まって押した事を」
「いえ。一生しないと思います。ご主人様がそう命じられない限り」
「……その話し方は、やめてくれ。一番話しやすい話し方でいいから」
「……わかった。そのようにする、ご主人様」
吹雪の中、僕らは立ち止まっていた。
もう魔族の目も届かない。
視認されなければ識が魔術的には妨害してくれるから安心だ。
だからこんな所で立ち止まっているんだけどね。
「若様は優しすぎますわ。犬や猫じゃないんですからぽんぽんと拾われては困ります。そんな娘、ものの役にも立ちませんのに」
「私は何となく拾われるだろうとは思いましたが、どうなされるおつもりです? 魔族では店員をさせるのも難しいですし」
考えた。
考えて考えて結局。
あの場での判断は助ける、だった。
見捨てる、も十分あったし。
実際凄く悩んだけどね。
ただ今後の生活が魔族の一員として励んできたサリにとって居心地が良いとはとても思えない。
だから彼女には辛い人生が待っているかもしれないと思う。
それは覚悟してもらう。
僕の言葉で本当に死を選ぶ位なんだから、文句は言わせない。
「ロッツガルドも、ツィーゲも駄目ならもう一箇所しかないじゃない」
「ああ、ケリュネオンですか。あそこなら魔族でも、まあ第一号として頑張ってもらう手はありますか」
識がケリュネオンの事だと思って賛成する。
違うよ。
ケリュネオンじゃ、明らかに浮くでしょうが。
あそこに魔族を住まわせる話もゼフからちらっと出たけど、やるならある程度の人数を同時に受け入れるのを最初にするつもりだからサリ一人での第一号はない。
将来的にも……多分ソレは無理だろうなと思う。
「いや、亜空に連れて行く」
『!』
「そう決めた」
「若様、しかしあそこでもこの娘は一人きりですよ? 他に魔族はおりませんし」
「それに、クズノハ商会にとって機密も機密。儀式に何か細工がなかったか調べるまでは避ける方が無難と考えますが」
「いいんだ。サリはあそこから一生出さない。だから何を知ろうが掴もうが意味は無い。絶対に脱獄できない座敷牢で一生内職して生きてもらうようなものなんだからね」
「私はどこに連れて行かれようとご主人様のする事に反論はない」
「ああ、わかってる。今から連れて行くよ。サリの……終の棲家になる場所にね」
せめてそこで彼女が魔族での立場を忘れて何か生きがいでも見つけてくれれば、僕の罪悪感も少しは薄れるだろう。
見捨てる事も出来ず、でも真正面から受け止める事も出来ず。
生殺しのような判断だと自分でも思う。
少なくともサリの行動に魔族の組織的な意図はない。
儀式への反応からそう判断する事はできた。
それだけは救いだけど……。
まだまだ甘いんだろうな、僕は。
正直、腕を作った時に深く潜りすぎて変な感じだったのもある。
だからサリをかわいそうだと思う感情に従いたかったのかもしれない。
久々の亜空への帰還、それも新たな住人を連れて戻るっていうのにな。
何とも重い気分だ。
これは気分転換が必要だな。
まだ魔力も回復しきってないし、しばらくは骨休めしよっと。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ああ、やってしまった。
最悪かもしれない。
僕は夢を見ていた。
“あの”夢だ。
相当疲れていたんだから、今日は亜空じゃなくロッツガルドで休むべきだった。
迂闊だったなあ。
真っ暗な空間で直感であの妙な夢、巴にも調べられない本当に奇妙なそれを見ている事に気づいて内心頭を抱える。
今回はまだ何も見えないけど、またそこには僕じゃない僕がいるんだと思う。
……はぁ。
(憎い)
ん?
(憎いんだ。俺は全部が憎い。女神もこんなくそったれな世界も、そこに住んでる奴も。善人面して人を利用するだけ利用したあの女も、ハーレム作って人のものにまで手を出そうとした色ボケのガキも。全部吐き気がするんだ!)
随分と、また極端な考えだな。
女神と世界の酷さについては肯定するけど、善人面した女ってのは……もしかして先輩?
色ボケのガキは智樹だろうな。
これまでとは全く違うパターンで視界も一切無いんだけど、多分これは僕の思考だと思う。
勇者二人も憎いと思うほどの何かがあったのかな?
事情も状況も、正直僕とはかけ離れているだろうから想像もできないけどさ。
(……なのに)
あれ?
何か、様子が変だ。
というか、何かが僕の中からこみ上げてくる。
これは、初めてだ。
(どうして殺しても殺しても殺しても殺しても何も感じないんだ。復讐が成ったなら、仕返しをしたのなら。もっと充足感があるはずだ。どうして俺は奴らをいくら殺しても全く、何も、喜びを覚えない?)
ううっ!
気持ち、悪い!
腹の中に手を突っ込まれてぐちゃぐちゃにかき回されながら目隠しをされてぐるぐるバットでもしているみたいな……。
駄目だ!
酷い嘔吐感のまま、僕は口を開ける。
何もでない。
そりゃあこれは夢だろうから。
そういうものかもしれない。
でも寝室の僕はきっと……気分は最悪だ。
僕は敗北して、嘔吐感のまま口を開けたのに、奴はまだ許してくれない。
依然として変わらぬ最悪を僕に提供し続けてくれる。
これはたまらない。
本当に、地獄だ。
勘弁して欲しい。
(もっと、殺せばいいのか? 女神も世界も、そこに生きてるクズどもも。皆殺しにすれば、少しは俺は嬉しくなれるのか?)
ヤメロ。
お前の声は僕をもっと気持ち悪くする。
加速する嘔吐感を少しでも抑えたくて、聞こえてくる独白に向けて止めろと願う。
(俺はもう帰れない。味方も誰もいない。皆敵だ。だったら、敵意には死を与えるべきだ。そうすれば危険が減る。人は皆殺しだ。子供は大人になるし女は子供を産む。そうだ、情けは俺を殺す。殺される前に捨ててしまわ――)
止めろおおおおお!!
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!
誰でもいい!
この吐き気を!
いかれた夢を消してくれ!!
「すまなんだな、坊。儂の贈り物がちと悪さをしたようじゃ」
「あ、え?」
僕の心の限りの叫びを聞き届けてくれた存在がいた。
「久しい、という程ではないが。また会ったの、坊。儂の事は覚えておるか?」
「あ……大黒天様?」
「うむ。覚えていてくれて嬉しいぞ。ここ最近妙な夢を見ておったろう?」
「……はい」
「内容はどの程度覚えている?」
「どれも、別の僕が誰かと話していたと」
「……ふむ」
「あれは、何でしょう。僕の未来ですか? この先あのいずれかになるという様な」
「ふふ、坊。それはずるい聞き方じゃ。既にお前はそうではないと推測を得ておる」
「それは……」
「よい。儂の手違いには違いないのじゃからな。あれはお主の思うように別の進み方をしたお主の姿じゃ」
「つまり、この世界ではない僕の話ですか」
「……そうであってそうではないが。まあ詳しくは説明しても理解できぬであろう。なに、その程度の認識ならば気にするまでもない。坊は何も気にせずこれからも生きれば良い」
大黒天様はそういうと穏やかな表情を崩さずに、僕の正面にいる。
あの暗闇と逃げられなかった嘔吐感、鈍い頭痛は全部一緒に消え去っていた。
当然、あの声もだ。
朝日は見えなくても明るくなり始めた早朝みたいな薄闇が辺りを覆っている。
だから大黒天様の姿もはっきりとは見えない。
表情やわずかな装飾品が見えるだけで、あとはうっすらとしている。
僕の顔も涙とか鼻水でぐちゃぐちゃだろうから明るい所はちょっと恥ずかしいか。
そんな事を思える程度には思考が回復してきていた。
「でも今の吐き気は一体」
「今回は、かなり坊と近い存在と繋がったんじゃろうな。だから“見る”のではなく“感じて”しまったんじゃな。あの者の感情を」
「あれが、感情?」
そんな生易しいものじゃなかったぞ!?
「……人はそれぞれに経験を重ね、様々な想いを抱えて生きる。あの者はあの場面で、感情を高めに高めていた。何も感じぬと考えながらな。戸惑いや絶望や怒りや悲しみ……色々な感情が一まとめになって渦巻いておった。そこへ何の経験も共有していないまっさらな坊がいきなり入り込んでそれを味わえば、処理などできよう筈もない。それが、坊の不快感の正体じゃな」
「安心せい。あのような状況になる可能性は今のところ、相当低いわい」
大黒天様が見ていて安心する笑みを浮かべてくれた。
神様のお墨付きか、有難いね。
でも……。
「ありがとう、ございます」
「口でだけそう言われても説得力が無いぞ坊。あまり別の世界の事など話すものではないが、詫びを兼ねて少し教えてやろう。よいか、坊だけじゃ。創造、などやってのけた深澄真という存在は坊だけなんじゃよ。つまりあの瞬間。あの腕を創造した瞬間に、坊は別世界のあらゆる深澄真とは異なる道を歩き出したと言ってよい。これまでに見た夢など忘れてしまっても問題ないわ。むしろ下手に参考にして引きずられる方がもったいない事じゃぞ?」
創造?
あ、あの白銀の腕か。
識が亜空に運んでくれたやつ。
巴が久々に興奮してたな。
でもあれは、魔力を物質化しただけで創造とは違うような。
「創造? いえ、あれは創造ではなくてもっと強引な違うものだと思うんですが?」
「創造に強引も柔軟もないわ。魔力を使い世界に存在しない物を一から産み出す。それは即ち創造じゃ。坊は世界誕生のような荘厳なもんを考えとるかもしれんが、小石ひとつでもこの世に“増やした”ならそれは十分に創造なんじゃぞ?」
それって、かなり凄い事のような。
だって月読様だって創造の力は特別のような事を言っていたし。
僕がやったのは魔力の物質変換みたいなものだと思ったいたのに。
「あの、だとすれば僕はとんでもない事をしたのでは?」
「おう、したぞ。神ですら限られた存在にしか行使できぬ力を人の身で為したのじゃから。女神も儂らの首輪がなければお前の所に飛んでいってすぐにでも戦争を始めておったじゃろうな」
あ、危ねえ。
すっごい危なかったじゃないか。
「それも儂らが命じた弓の修練と魔力の増大が原因の一つでもあるからのう。まさかアレほど力任せに創造の筆おろしをしようとは、いやはや恐れ入った。久方ぶりに血が滾ったわい」
……大黒天様は血が滾ると危険だと思います。
すごく。
「まあ、良い傾向じゃよ。真、お前はな。理を育てて王道を行ってはいかん。情を育てて覇道を進むのもいかん。ゆっくりじゃ。ゆっくりでいいからその時その時に考えて決断してお前が良いと思う事をするのじゃ。お前は自分でも既に気づいておるかもしれんが、本来は目を覚ます事もなかった筈の厄介なモノを抱えておる。ソレに呑まれず、ゆっくりと人として前に進め。良いな、ただ破壊に逃げるでないぞ。その点では、あの魔族の娘への決断は中々じゃった。王としての判断なら不合格じゃが人としては悪くない」
「……よく考えて動きます。すみません」
「っと、説教ではないのにすまんの。元々は儂が種を蒔いた迷惑じゃった。竜に蜘蛛に、骸か。既に実に面白い下僕を得ているが、次も……」
「次?」
「あ……くく、しもうた。いかんな、坊と話しているとどうにも口が軽くなる。とにかく、もうあのような夢は見ぬようにしておく。一度起きて、顔でも洗ってまた休め。朝からはまた忙しいぞ」
「朝?」
「ふ、もう喋らんでおくかな。ではな坊。……いずれあの白銀の腕で儂のピナーカも受け止めておくれ。生きて再び見える事を期待しておるぞ」
余韻を残しもせず。
大黒天様の姿は掻き消えた。
そして、僕はベッドで上半身を起こしている。
寝ゲ○はしてなかった。
良かった。
何度か瞬きをして、それから顔を洗いにいった。
時間はまだ零時ほど。
寝たの早かったからなあ。
次の従者とか、朝から忙しいとか。
不吉な事も色々聞いたけど。
あの悪夢を止めてくれたのも同じ大黒天様だ。
思えば何の用でいらっしゃったのか。
まさか僕の為だけに?
いや、流石に神様がそんな事はしないだろう。
……そもそも神様の真意なんてわかるはずもないか。
寝よ。
神様がそう言ったんだし。
うん、寝よ。
大変お待たせしました。
ようやく復帰いたしました。
久しぶりの自宅ネットです。
すぐにPC取りにいってすぐにセットアップして一回だけ見直しして投稿というせめてもの最速仕様でお届けします。
詳細という程大した事もありませんが、詳しくは活動報告にて。
それでは久しぶりではありますが。
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