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狂祭神殿
「精霊の乱痴気騒ぎだね、これは」
「酔っ払ったかのような有様ですな」
「五月蝿いです」
僕らの感想はこんな感じだった。
歪んだ空間の中に入った後。
内部は特に魔物がいるでも魔族の人が震えているでもなく。
代わりに地と火の精霊が踊り狂って騒ぎまくっていた。
ただ、何の力もない人が踊って騒いでいるならともかく、属性の塊みたいな精霊たちがそれをやっているから安全じゃない。
石やら金属が球や突起物と化して空を乱舞しているし、それらを取り巻くみたいに色とりどりの炎が新手のアートみたいに派手に暴れている。
かすかに人を象った赤や黄色の光、自我を持たない下位の精霊が現れては消え。
かと思えばカナヘビよりも一回り大きいサイズのトカゲが体に火を纏ってちょろちょろする。
白雪姫の小人みたいな格好のちっこいのがハンマー片手にそこらじゅうを叩いて回る。
この辺は中位の精霊だったと思う。
自我を持つ個体もいたりいなかったりするらしい。
……ここにいるのは全部正気じゃなさそうだから分けるのは無理そうだけど。
「何を呑気なことを!」
「精霊神殿に明らかな異常が起きている。内部、大祭壇まで急がないと」
ルシアさんとサリは結構真剣になって精霊達に対処している。
四方八方からの無軌道な攻撃を払いながら、歩くような速度で前進中。
僕らはその後ろで彼女らの後をついて進んでいるという訳。
……いや、守ると言って聞かないからさ。
実質後方からくる攻撃や進行妨害については識と澪が無効化しているんだけど、それは言わぬが華ってやつだと僕にもわかる。
「あのお、このペースだと神殿に入るどころか途中の階段で野宿になりそうなんですが」
一応、今のペースについて言及しておく。
神殿に近付けば近付く程精霊の動きは活発になっていく。
少なくとも、今までの具合と先の様子を界で見てみた所ではそう予想できる。
どうやらルシアさんにはイオみたいな反則じみた再生能力はないみたいでダメージ無視の特攻は出来ないみたいだし。
サリの術は臨機応変で魔力量も豊富だけど迎撃する攻撃の物量が多すぎて後手後手だし。
やっぱり一回戻った方がいいのかもと思えてきた。
魔将の人を呼ぶとか、あるいは部隊をちゃんと組めば何とかいけるんじゃないかと。
「こうも攻撃が止まぬのでは仕方あるまい! いくつか策を考えてはいる、しばしこのまま待て!」
ルシアさんは余裕ないです。
怒鳴られてしまった。
レフトって魔将は確かカウンターの名手だったんだっけ。
イオ譲りの力の戦法から相手の急所を見出す部分を継承し、レフトから後の先でも学んでいるだろう戦法を取っている。
バランスの良いタイプだと思う。
イオの戦い方をそのまま継承するならあの防御力と再生能力も必須になるもんな。
あれは反則だ。
ジ○にマジ○ガーの真似は出来ない。
ガ○ダムには時々そういう輩もいるから一応変えておこう。
「姉様、これは難しい。私も一応考えてみたけど撤退が一番という結論になる」
サリは結構冷静。
まあ、一発大技使ってもすぐに波が再開するから消耗する分不利だし、これ以上速度が出せないならジリ貧だ。
僕でもわかる。
「なら撤退しましょう。思ったよりも状況は悪く、またそれを報告することが出来るのだから十分役割は果たしたのでは?」
「……ところが撤退するための出口を作る余裕がない」
あらら。
僕らが通ってきた入り口はもう閉じてしまっているし、あそこまで戻ってもう一回サリに集中してもらうのは結構大変だ。
「仕方ありません。入り口まで戻ってウチの者にもう一度開けさせますから。ルシアさん、サリさん。無理はいけません」
「まるで! それがっ! 容易いことの様に言ってくれるな!」
体力にはまだ余裕があるようだけど、ルシアさんも精神的な余裕がいつまでもつのかわからない。
なんと言うか、しっかりしているようで、やはりまだちゃんと“子供”な所もあると安心もした。
「ひよっ子の貴女たちと一緒にしないで下さいな。この程度、準備体操にもなりませんわ。退くも進むも何の苦にもなりません」
「……言ってくれる。なら、是非そのお力を見せて頂きたいな! ただし、前に進む方でな!」
前って。
責任感強いのか、それともこれも魔王の差し金か。
そもそもこの異変自体あの人の企てってこともある気がするんだけどねえ。
「ライドウ殿。私も、出来ればそのお力拝見したい。退くも進むも同じ事と言える程のお力なら勉強させて欲しい」
「勉強と言われましても。それですとお二人の申し出とは逆になってしまいますが? その様な自分の都合で物を申されては若様も我々も困るばかりですよ」
「識殿。私の見通しが甘かったのは素直に認める。けれどこのような状況、神殿内で精霊に仕える者らの安否も一層心配。私と姉様がそのような者に息があれば保護するという事で一つ、お願いする。もちろん、この事は陛下にも申し上げて必ず報いる」
負傷者か。
実はいくつか魔族らしい命の場所を把握していたりする。
……ついでに命が少し前まであった場所も。
「ふむ……次代の魔族を担う一人である貴女がそこまで仰いますか」
「……」
サリは黙っちゃったな。
この感じだと多分、もっと強力な精霊が暴れているだろう神殿の内部は更なるカオスだろうし、いっそ帰ってもらって任せてもらった方が楽……。
と、駄目だな。
ここは魔族領だし、僕らだけで勝手な事をしたいと思われるのも駄目か。
あの魔王様はどうにも油断できないお人みたいだからなあ。
「若様、ここは一つ恩を売りたいと思いますが」
「いいんじゃない?」
「若様は魔族の願いに甘すぎます。識、お前もですよ」
「そう言わないでよ澪。昼食までには帰りたいでしょ?」
「それは……そうですけど」
「なら少し我慢。神殿の大祭壇まで行けば原因もわかるみたいだからさ」
「……ふぅ。そこの二人、下がりなさい。交代です」
澪が扇を開いて識を伴って前にでる。
前衛に澪と識。
真ん中に僕。
後衛にルシアさんとサリ。
……あれ?
僕が魔族のお守り係ポジション!?
おおう。
「お手並み拝見といこうかライドウ殿。父と師が認めた力、従者からでも窺えようからな」
ルシアさんには、なんと言うかすっかり嫌われたっぽい。
「大口を叩いておいてすまない。ライドウ殿、せめて貴方は我々で守る」
「いや、この際気を遣わないで下さい。何人かまだ無事な人もいますから、その人の保護方法でも考えておいてくれると助かりますよ」
魔力体で包んでおけばいいや。
聞かれたら障壁ですって言っとけ。
「!? 無事な者の位置がわかるのか!?」
「っ、ライドウ殿!」
「神殿に向かう前にそちらから回りましょう。四箇所ほどです。澪、識、場所はわかるな?」
「はい、順番に回りますわ。ですけど、若様が行かれることはありません」
「澪殿の言われる通りです。あの階段の所でお待ち下さい。我々で集めてきますので」
「そう。じゃ、頼むね。待ってるから」
数百メートル先の大きな階段の下を見る。
後ろでルシアさんとサリがぎょっとした気配になったのがわかった。
順番に四箇所回って何人か死なせちゃうよりは澪と識に任せた方がいい。
「では、ちょっと静かにさせますわね。識、お前が残りをおやりなさいね」
「お任せを」
澪が自分を中心にして蜘蛛の巣みたいに見えない網を広い範囲に張り巡らせた。
言葉はなく、静かに眼を閉じている。
あれが澪なりの詠唱みたいなものなんだよな。
何もしていないと思っているといきなり大技が飛んできたりするんだ、これが。
識は澪の様子を見て、何やら詠唱を始めている。
周囲に小さな、砂粒みたいなオレンジの光が点在、拡散を始めていく。
気を払わなければ見逃しそうな識の領域が完成していった。
「じゃあ、行きましょうか。軽く走るくらいのペースにしますので付いて来てください」
「いや、軽く走るってライドウ殿? 一体どうやって」
「すぐにわかりますよ。あ、ほら」
未だ地と火の精霊が暴れ狂う空間を指して戸惑うルシアさん。
彼女に答えた僕は澪の力の発動を感じてそう言った。
パチンッ
澪の扇が良い音を立てて閉じられた。
瞬間。
地震を想起させる揺れが一帯に響いた。
大きく、一回だけ。
そして静かになった。
僕らには特にそれだけの事だった。
ただ暴れる精霊たちにとっては……。
「多少残りましたね。小物ばかりですしあまり美味しいものでもありませんが、分を弁えずに若様の前で狂う者にはこの位で丁度良いですわね」
ボトボトと。
静かになった一帯でそんな音がして、火と鉱物が次々と地に落ちていく。
それらに加えてトカゲや小人も、体の大部分を大きな口で食いちぎられたような傷を負って倒れ傷から広がる闇に侵食されて消えた。
何割か、まだ地で動く精霊や、空を舞う力の発露もあったけどそれも……。
「では、残りは私が」
識が黒い杖で地面を突く。
識の術の発動では結構定番だ。
ああいう好みの所作なんかが術の威力を上げたりもするから侮れないんだけど、識の場合はあれがその一つだね。
ちなみに、詠唱は「地は風に塵と化し、火は水に灰に」なんて挟んでいたから澪と違って属性の違う精霊それぞれに対処する術を組み立てたんだろう。
「あ」
サリの言葉、いや呆然とした声を合図にして少しばかり残っていた精霊が凍って散り、ズタズタに引き裂かれて無くなった。
お見事。
「では、すぐに戻ります」
澪と識が一礼して反対方向に散った。
「じゃあ、そう言うことですから。私達も急ぎましょう。一掃しましたけどまたすぐに湧いてきますよ、この分だと」
「……」
「……」
あれ、なんか二人ともここに入った時みたいな変な感じだ。
この位、多分魔将クラスなら出来ると思うんだけどな。
イオとかならダメージお構いなしでもう神殿入ってると思うし?
◇◆◇◆◇◆◇◆
神殿内部は嫌がらせのように迷路化していやがりました馬鹿野郎。
僕はこういうの嫌いなんだよね。
ついでにジメジメした洞窟とかも正直言うとあまりいきたくない。
観光地化された鍾乳洞で限界。
地底の神秘には惹かれるものもあるけど、湿度とか温度とか地下水脈とか考えると現実的に洞窟は……。
この世界でも本格的なのに潜る羽目になっていなくて本当に良かった。
つまり今結構辛い。
「もうさ、目星つけてぶっ放しとかダメ?」
「もう少しだと思いますから、ご辛抱下さい」
上位精霊が二匹? 二人? まあいるのはわかる。
そこまでの直線を横穴でドーンと開けてしまいたい衝動から出た言葉に識が反応した。
……ダメか。
「若様、内緒でやれば大丈夫ですわ。やってしまいましょう」
「思いっきり口に出して識にも聞こえてるよ澪。もう内緒じゃないじゃん」
「識は大丈夫です。聞いてない事にさせます」
「澪殿、いくらなんでもそれは無茶です……。精霊神殿の異常を調べるのが目的ですから、どうか力技はご遠慮下さい」
流石の澪の力技も、今回は識に分があるみたいだ。
ん?
(姉様、これは本物です。クズノハ商会は大国並みの軍事力をここにいる三人だけで保有しています。それどころか上位精霊が絡むかもしれない事態に関わりながら危機感などはまるでありません)
(わかっている。だが、サリ。実際このライドウ自身が強いかどうかはまだ定かではなかろう)
(これほどの強者二人が血や権力で主人を決めるとは私には思えません。父上も危惧されていたように、ライドウは決して対面に回して良い相手ではないと私は判断します)
静かだと思ったら念話か。
上位精霊の位置を確認しようと界を展開したら偶然聞こえてきてしまった。
ロナの使っていたのは解析済みだから内容を聞く位なら出来ちゃうんだよな。
最近は探索の界を展開する時に念話の内容がちゃんと隠せているかチェックする癖がついてきたのが、幸いした。
……いや盗聴はまずいか。
でも情報戦ならこれは覗かれた方が悪い訳で。
ロナもそう思っているからセキュリティを気にした念話を作り使っているんだし。
うん、罪悪感は脇に置いておこう。
(……となればだ。この事態が父上に対立する阿呆の仕業でも、父上が仕組んだ事でも、それ以外の理由によるものでも。私達には価値ある事件だったと言う訳か)
(これは父上のなさった事ではないと思いますが。ライドウの力を少しでも測るために敢えて私達に任せている事にして動かないというのはあるかもしれませんね)
(上位精霊をダシにして、私達の命も差し出してか?)
(精霊についてはともかく、私と姉様ならライドウの力と傾向を少しでも測れると言うのなら父上はきっと……)
(……そうだな。どの道、私たちは魔王に選ばれる可能性は低い。能力はあれど、女には……他の使い道も多い)
(魔族を支えつつ、いずれ政情の安定か有力な他の亜人との友好の為にどこかに嫁ぐのが定めでしょうね)
(ああ。我らにも女王はおらぬではないが、少ない。兄上達は特に政治に優秀だし、やはり、サリもそう思うか)
何かヘビーな念話してるな。
結局ここまでで十人弱の生存者を保護しているけど、もう生存者はいない。
全員に結界を張って安全を確保して二人も気が抜けているかもしれない。
ここから先は上位精霊との遭遇含めて戦闘力がものを言う段階ではないと思っているかもしれないしね。
少なくとも、この二人は上位竜とか上位精霊とかと渡り合える実力はまだないから。
(ライドウ、これだけの力を有するならば。これまでの所作は全てフェイク。深謀をもって我らとの接触に臨んだと見るが妥当か)
ルシアさん、本当に僕を警戒してるよね。
……フェイクはフェイクだけど、多分ルシアさんの想像とは逆にフェイクだと思うんだよ。
情けないけど。
(さて、それはわかりませんが。覚悟は、必要かもしれません)
(今日案内役を命じられたのは、父上に昨夜ライドウへの嫁入りをどう思うか聞かれた時の答えが原因か、サリ?)
ぶっ!
よ、嫁入り!?
(私は保留し、姉様は断固拒否されましたね)
保留……。
ほりゅう。
こたえをきめないでのばすこと。
否定ではない。
否定じゃない!?
マジか……。
でも流石にちびっ子は無理だ。
倫理的に無理。
二次元でも正直避ける事が多かったルートだよ。
実際想像して見ても……うん、無理。
(嫁になる気がないならせめて情報集めの役には立て。いざとなればライドウの盾にでもなって死に魔族への心証を良くせよと、そういう事か)
(あるいは、その力を目にして考えを改めよ、かもしれません)
(ふっ、確かに非常識だな奴は。私が逆立ちしても勝てぬのはわかった。いや、わかっていた。構え一つ取らせられず、その前に影も残さず消されるとな。だが奴の、自らの力を軽んじるような態度がどうにも……な)
(ライドウは力を軽んじているとは少し違うような……力だけを得た極めて普通の人であるように、私には思えましたが)
(だとすれば余計に危険だな。一日一日を生きる者の発想でこれだけの力を振るわれたらたまったものではない)
(ええ。ですから、ライドウには必要なのです。彼を、その力を、魔族に向けない為の存在が)
(……それが私かお前という訳か? だが……年恰好を考えてもライドウが余程特殊な性癖を持っていない限り、それは私になる気がするのだが?)
持ってないわ、そんな性癖!
……ん、あれこの反応って。
(姉様は次代の軍を担う方。出来る事なら私に反応してくれると万事上手くいくのですけど……)
(サリとて、内政外交ともに情報が重要になる今後、ロナと双璧となってもらわねば困る人材ではないか。それに比べればイオ、レフトとわが師が統率する軍の方が憂いは少ない。……いずれ后という名の政治の道具にされるなら、いっそ覇王に等しき力の持ち主にもらわれるというのも悪くは――)
向こうから、来た!
念話に向けていた精神を高速で迫る反応に向ける。
「澪、識! あっちから来てくれたみたい」
「あら、識を黙らせる手間が省けました」
「なんと……。しかし出来る事なら大祭壇の方が広い場所の筈なので色々とやりやすいのですが」
なるほど。
だったら。
「なら、移動経路はわかってるから押し戻そう。僕がやるよ」
何とか動いた軌跡は覚えている。
こっちは地の精霊神殿だから迫ってきているのは地の上位精霊だと思う。
まあどっちでもいいか。
「私がやりますのに」
「デカブツみたいだからね。二人はルシアさんとサリさんをよろしく」
結構大きい。
蜘蛛だった時の澪か、もう一回りは大きい程度かな。
大型トラック強ってとこ。
姿は見たことないけど、この大きさなら間違える事もなさそうだ。
「あの辺りの壁をぶち破ってくるよ。って、牛!?」
でかっ!
いや、予想はしてたけど、牛!?
僕らの姿を確認したソレは地面を前脚で蹴り始めた。
動きも牛かよ。
でも……ところどころは違うな。
一番近いのは牛だけど、タテガミはあるし蹄じゃなくて凶悪な爪もある。
サーベルタイガーみたいなごっつい牙だってある。
全身は黒くてツヤツヤした硬そうな皮膚、牛に似ているものの、より太く鋭い角。
眼は爛々と輝き、あまり正気は感じない。
上位精霊もこれか。
ここまでに出てきたの全部話できないのばっかりじゃないか!
っ。
奴の目が一層強く輝く。
げ!
「澪、消せ!」
「はい!」
出来るかどうか確認する間もなかった。
一応全員を保護する障壁を張、ろうとしたら識がもう動いてくれていた。
出来た部下がいて僕は幸せだ。
床とか壁が色を黒く変えて鋭い突起となって突き出されてくる。
も、澪が閉じた扇でその一つに触れると、その全てが四散した。
ギリギリで間に合わせてくれた!
流石は澪。
「識、二人を保護しながら殿。澪、僕の後についてあいつが何かしてきたら発動前に打ち消せ!」
「御意」
「お任せ下さいな、若様」
辛うじて指示が間に合う。
闘牛よろしく予備動作を終えた上位精霊は頭を少し下げた。
鋭い角が生き物のようにうねり、前方、僕の方に捻れながら伸びる。
うお、カッコイイ。
あれ可変式なの……って!
突進!
でも力勝負なら問題ない。
祭壇まで寄り切りといかせてもらおうか!
「ば、あれを受け止める気か!?」
「無茶……」
娘さん二人の声は無視して、突進してくる超牛(仮称)にこっちも突進で応じる。
魔力体を展開して奴よりも少し先に立ち止まった。
そして突進してくるその先端、鋭い二本の角を……その両腕で掴む!
加速しながら突っ込んできた超牛が僕の前に震え、止まった。
「いや、あの巨体だぞ? ありえんだろう……」
「術式一つ展開しないで、動きを?」
「さて、上位精霊殿。お部屋にお戻り頂きましょうか!」
前進してみる。
ち、流石に四本足。
粘る。
でもこんなのは綱引きと一緒。
均衡が崩れれば後は一気だ。
「動きが、止まった。いや少しずつだが、押している」
「あ、もしかしてロナたちの報告にあった魔力の物質化・可触化による構築体。見えなくしている状態でも……あそこまでの強度があるの?」
角を掴まれているのが気に入らないのか、嫌がって頭を振るう超牛。
でも離してやらない。
構わず押し込む。
崩れてきた。
こうなればもう、後は後退するだけ。
僕の方はまだ余裕がある。
よし!
「澪、識、ルシアさん、サリさん。一気に押し込みます。祭壇までついてきてください」
足に力を込める。
いくら動かそうにも動かない頭、どれだけ地を蹴って勢いをつけても徐々に下がっていく躯。
奴の目にそんな焦りが浮かんだ瞬間、僕は溜めた力を解放して奴を来た道に押し戻していく。
ゆっくりと、じょじょに加速して。
最後には奴の最初の突進を思わせるほどの速度で。
大祭壇に超牛を寄り切ってやった。
一つのことをやりきった達成感が身を包む。
「寄り切りー! なんてね。巴がいたら喜んだかも」
「確かに。お見事でございました」
「広いといっても、それほどではありませんわねえ。コレを始末するには少し狭いかもしれません」
わいわいとやっている僕らに対して、魔族のお二人はもう口数がゼロ。
念話で何か話しているかもだけど、今は戦闘中だし覗きはしない。
超牛は超牛で起き上がって相変わらずこっちを睨んで何かしている。
けど、澪が片っ端から無効化しているから何ら発動していない。
「よし、識は調査ね。僕がルシアさん達を守ってるから澪はその上位精霊を少し落ち着かせて、何か興奮しているみたいだからさ」
「わかりました」
「わかりました。でも若様、倒してしまっても良いのでしょう?」
「ダメ、絶対。正気に戻るくらいにしばくだけにしといて」
「……そこは構わない、と言って欲しかったです」
言うか!
精霊だぞ?
上位精霊なんだから多分凄いんだぞ?
一応、ちゃんと話を聞いた後どうするのか決めないとまずいのはわかる。
女神になんぞ言われても面倒だし。
そういやあいつ、最近本当に大人しいな。
スサノオ様たち、一体どんな説教と制約をしたんだろ?
……考えるだに恐ろしいな。
一番下っ端みたいにかいがいしく動いていたアテナ様であの強さだし。
結局スーツ姿のあのお方に身動きできないレベルで叩きのめされたんだった。
神様マジこええ。
虫除く。
「わ、若様!」
「識、どうした?」
「隣からも来ます!」
隣?
「火の上位精霊まで!?」
あ、ルシアさん喋った。
「ベヒモスだけでなくフェニックスまで……? これは、都が灰になりかねない。少なくとも上位精霊までは狂っていないから歪み程度で済んでいて、私達だけでも対処可能かと思ったのに」
サリも喋った。
ああ、あれベヒモスなんだ。
超牛とか。
すいませんでした。
でもそっか。
フェニックスね。
このダンジョンをもう一回やらなくていいなんて……ラッキー。
上位精霊としか説明がないから詳細がわからなかったけど、名前がわかってちょっと得した気分だ。
「ラッキーだね。じゃ、識がフェニックスの方を――」
「識、お前があの牛をやりなさい。私は鳥をやります」
「澪?」
突然の澪の乱入。
牛の、いやベヒモスの相手はどうした。
あ、何か黒い網みたいのを……引き千切った。
余計怒っただけじゃん。
識、あそこからバトンタッチしろって言われても困るだろうに。
「あ、いや。どちらかと言えば若様と澪殿で相手をして頂けた方がより確実かと……」
ああ。
識、そう言えばランサーとかの時も結構必死だったって言ってたな。
調査もお願いしたいし、だったら僕が片方やった方がいいか。
「私、牛より鳥の気分なんです。はい交代」
「いいよ、識。片方が僕がや――」
「識。ギリギリまでやる良い機会じゃありませんか。それとも? 従者のお前が若様に面倒を押し付けるんですか? ここらでもう一皮剥けてみなさいな」
「……!」
「いや、識には原因調査をお願いして――」
「若様、私にお任せ頂けますでしょうか。地の上位精霊、相手に不足はありません。是非!」
最後まで喋れない!
やりたいなら、まあ任せるけど。
何かあったら助ければいいし。
んじゃ、予定通りルシアさん達を僕が保護するって事で。
「それでいいのです。さっさと私たちに並びなさい。では若様、私は自分で焼けてくれている鳥を食し、いえ落ち着かせ? とにかくやってきますね」
……。
不安だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
戦闘開始直後。
私、サリはライドウとクズノハ商会の戦いぶりをただ見つめていた。
魔将とか、父上とか。
その物差し自体が、彼らを測るには不十分なものだったとすぐに知れた。
そもそも地と火の上位精霊を一人で受け持って戦闘している輩がいる時点で理解が追いつかない。
頭で想像できる強さと、実際に目にしてわかる強さは違う。
今と似た例で言うなら。
少し前まで魔族と寝食を共にしていたソフィアという冒険者がいる。
あれも強さが掴みにくい者だった。
数人で上位竜に立ち向かい、討ち取ったらしいが、私の目には魔将イオを相手にしても奥の手を残して立ち回る猛者としかわからなかった。
私が主に魔将でも諜報や工作を得意とするロナに師事していた所為もあるが。
ルシア姉様などは私よりも個人の強さを見抜くのに長けているものの、あのライドウ自身については良くわかっていないようだから強さの物差しというのは結局、どこまでいっても自分の強さに引きずられてしまうものなのかもしれないと思った。
「ほらほら、動きが鈍いですよ、鳥!」
空中を滑るように移動しながら黒髪の女、澪がフェニックスを相手に空で暴れている。
何でも識というもう一人の者が地上でベヒモスの相手をしやすいように、だそうだ。
フェニックスは別名不死鳥とも呼ばれる存在で、実際に不死なのかどうかはともかく魔将イオを超える最高クラスの再生を備えているらしい。
現に、澪の振るう扇に翼を何度も裂かれているのに、瞬時にそれは再生している。
でも観察しているとその動きは澪の指摘のように徐々に鈍くなっているように見える。
もしそれが弱っているからだとすれば、澪は上位精霊を圧倒していることになる。
穏やかな性格と父上に教えられたフェニックスとはかけ離れた攻撃的な振る舞いだったが、まごうことなき上位精霊。
どんな生物であれ個体が挑む相手ではないのにだ。
「これも駄目か! 地属性の頂点というだけでこうもやりにくいとは!」
識の言葉は、彼の魔術がベヒモスの近くで散じた時に放たれた。
ある意味では、こちらの方が澪以上に驚きだ。
ベヒモスは地の上位精霊。
識が口にしているように、地属性にまつわる全ての頂点。
ロナからの報告ではあの識の力の源は、彼女も知るリッチ、ラルヴァ。
リッチはアンデッドでは最高位の一角だが、そのアンデッドは地属性の存在。
つまりベヒモスと勝負できるアンデッドなど本来はいない。
仮に軍団を組んだとしても咆哮一発で土に還る羽目になるだろうし、剣だろうと魔法だろうとその体を傷つける事も出来るはずがない。
だというのに、威力は大分殺されているようだが、いくつかの術を通し、傷も負わせている。
世の常識をひっくり返す一戦と言えた。
魔術に関わる身として、彼の健闘が信じられない。
「十三階梯! 第一から第四階梯まで解放。“杖”、“剣”、“杯”、“硬貨”」
!?
識の力が膨れ上がった。
それも、存在する力そのものが強化されたようなかなり高位の力の発動。
四つの言葉があった。
つまり四種の強化を一度に付与したの?
あれだけ高威力の術をあんな短い詠唱で。
識だけじゃない。
クズノハ商会の三人は皆、異様に詠唱が早い。
あの技術の一端でも魔族にあれば、もっと複雑で幅広い戦術が可能になると断言できる。
こともなげに、奴らはそういう事をやってみせる、
識の手にいつの間にか指輪がはまっている。
四つ。
つまりあの術の結果、だろう。
「第七階梯“ヘル”解放、及び発動! “霧の神殿”、奴を食らい尽く……っ!?」
膨大な力が識に集まって解放されようとしたその時。
ベヒモスがその角の形状を変えて二本が一本により合わされるようになった。
輝く眼。
識の小指に指輪らしき光が生じたけど、それは光のまま砕けて消えてしまった。
多分、術の失敗だ。
もしくは妨害による不発。
「あらら、あれで砕かれちゃうとしばらく使えないぞ。本能で動いているだろうにあの精霊、危ないのはわかるんだな」
ライドウだ。
私には識がかなり危険に見えるんだけど、ライドウには危機感が相変わらず見えない。
狂った精霊の領域に入ってから、彼が都合が悪そうな顔をしたのなんて私が見る限り神殿が迷路になっていた事に対してだけだ。
「肉弾戦など、こちらがとても考えられぬような巨体の癖にやる事が細かい! まともな術も軒並み打ち消してくれるしなぁっ!」
そう言いながら、識はベヒモスに突っ込んでいく。
明らかに術師の識に、アレとの接近戦はいくらなんでも無茶だ。
ライドウのアレは特殊な例だ。
あんな事が出来る術師など、世界に二人といない。
断言できる。
「アスカロン!」
識の短い詠唱は妨害を受けずに成立したのか、手にしていた黒い杖が大剣に姿を変えた。
あまり慣れぬ手つきで剣を握り、ベヒモスの角に一撃を叩き付けた。
甲高い音で弾かれる黒剣。
でも識は笑っている。
「第六階梯“フレイ”解放。“剣帝憑依”」
識の動きが一瞬で変わった。
野性的で荒々しい、直感に頼るような生粋の戦士の動きになった。
……馬鹿げている。
最初の一撃は何だったというのか。
けれど以降の識が見せた剣の扱いは隣にいたルシア姉様が見惚れて言葉を失う程の凄まじさだった。
私も、初めて見る美しく苛烈な剣技に引き込まれそうになっていたと思う。
このスイッチによって識の攻撃はベヒモスに少しずつ手傷を負わせていった。
とは言っても、フェニックス程ではないけれどベヒモスにも再生能力はある。
治る方が早く、このままでは識が体力を失うだけ。
……ここまで本能では戦ってなさそうだった識だから、考えはあるのだと思う。
彼の戦い方は策によるもの。
それは私と基本的には同じだから何となくわかる。
あの剣技については本能的な代物だから、もしかしたら識が自棄になって一番得意な事に賭けた可能性もある。
時折確認できるあの瞳は冷静、だから自棄にはなっていない筈だけど。
「術式つきの指輪は使わせてもらえんが、これならば!」
脚、牙、角。
それに体当たり。
どれも即死クラスの攻撃。
そこに殆ど無詠唱の各種魔術。
識はそれらを何とかいなして攻撃を続ける。
?
おかしい。
識の指輪が彼の宣言した数よりも多い。
一つは潰されたはずなのに、あれ、数が……。
カキィィィン!!
っ。
識の黒剣がベヒモスの角に挟まれた。
動かせない絡め取りをされた形だ。
まずい!
ライドウを見る。
動く気が無い!?
触手みたいに自在に動く鋭くて硬い角。
何て厄介な!
ベヒモスの大きく開いた口。角に負けない鋭い牙が識に、食い込むっ。
「第八階梯“ラグナロク”解放」
そこまで呟いた識の身の何割かが食いちぎられた。
うっ。
どうして、どうしてライドウは仲間の危機でもこんな平然としている!
私の見立てではお前は身内とみなした者にこんな対応は絶対にしないと……。
「決まりか。でも危なかったなあ。先にジェミニを使ってなかったら相打ちだった可能性もある」
え?
「第一鎖」
その声は、ベヒモスの真横から聞こえた。
「ま、それも指輪の制御に心血注いで臨んでた下地があってこそ。地道な修練って結局は自分を一番助けてくれるよね、お疲れ識」
あ、識があそこに。
でも、今食われたのも……。
視線を戻すとそこには崩れ落ちる土くれ。
そしてレージングと唱えた識の声に呼応してベヒモスの体に幾重にも鎖が巻きついた。
動きを封じる術?
一体、識はこんな禁呪や古呪に相当するような強力な術を幾つ習得しているの?
話ではラルヴァはロナと互角らしいけど……ロナを師とする私から見ても、識はロナよりも何段階も上に感じられる。
ロナの知るラルヴァは過去。
あまり参考には出来ないのかもしれない。
「識、出し惜しみは駄目だ! 引き千切られるぞ!」
「ちぃっ!! 第二鎖! 第三鎖!」
ベヒモスの体の全てを鎖が覆う。
その鎖は宙から生えていて、その端は見えない。
物理的にだけじゃなく、特殊な力で行動を封じているのか最早ベヒモスは暴れもしなかった。
「はぁ、はぁ」
「お疲れ。第九のジェミニから第八も同時発動なんて凄いじゃない」
「……いえ、とにかく必死でした。術式つきのものは指輪でも使わせてもらえず……」
「いや、凄かったよ。属性が同じって相手が上位だとあそこまできつくなるもんなんだね。危なくなりそうだったら加勢しようと思ったけどせずに済んで良かった」
加勢なんてする兆しは無かった。
ライドウは識がベヒモスを制圧すると、大体わかっていたんだ。
それに、戦闘になった後のライドウは、どこかこれまでと違う。
特に傍にいて感じる安定感が。
ルシア姉様の言うように、これがライドウの本性なのか?
「まだ、第十以降は発動すら不安定ですし、これからも全力で精進、します」
「今は休みなよ。ま、澪の方ももう終わりそうだから落ち着いたら調査をよろしくね」
澪。
そうだった。比較的静かだったからあんまり見ていなかった。
「流石は澪殿です」
「アレで決めるんだろうね。フェニックスってね。見てたんだけど羽を攻撃に使えるんだよ。羽ばたきで炎の羽が散ってね。それでほら、高速で一帯に降り注ぐんだ。これまでは澪が全部網の障壁でガードしてたけど、今回は」
ライドウの解説通り、フェニックスの羽ばたきが何百もの炎の羽を散らさせ、それが宙に留まり輝きを強めている。
あれを……毎回障壁でガード?
私なら全力で一回が精一杯だと断言できる。
それさえも無傷で、とはとても言えない。
チカッと、目を灼く強烈な光が発された。
凄まじい数の攻撃が澪と私達の方に降り注ぐ!
「歪めて」
「全部自分へ、ですか。あれには最悪の思い出がいくつかございます」
最悪がいくつかって。
どれだけ悲惨な思い出なの。
ライドウと識の言葉通り、降り注ぐ全ての攻撃がその軌道を変えて澪一人に向かい、そして全弾が命中する。
なのに。
澪の姿は原型をとどめたまま。
焼かれて溶けて何も残らない攻撃だったはずなのに。
「味付けをして、お返しです」
澪の言葉。
そしてフェニックスの悲鳴。
翼が、いやその全身が黒い炎が突き刺さって燃えていた。
……カウンターマジックの一種?
魔将レフトもあんな感じの事をするけど、自分に攻撃を集中させたりはしない。
滑る様に地上に戻ってきた澪の後を追うように、フェニックスがもがきながら錐もみ状態で落下してきた。依然黒い炎に纏わりつかれたまま。
小さくもがくだけになったフェニックスを一瞥すると、澪はライドウに一礼した。
こちらに戻ってきて正面を晒す澪。
思わず息を呑んだ。
そこにはいくつ受けたのかわからない程の攻撃の跡があった。
やはり、あの攻撃は全部澪に命中していたのだ。
それ以外にも何発も。
さほど丈夫には見えない生地の服は、どれほどの防御力があるのかところどころはほつれていたものの目立って破れたりはしていない。
受けた攻撃をアレンジして相手にも返す。
そんな所だろうか。
圧倒的な防御力があれば、あるいは実戦的なのかもしれないけど。
自身の防御力の低さから必死にカウンターを極めたというレフトとは対極にいる思想だ。
「お疲れ、澪。識も頑張ったからさ、調査なんだけど識の助手として手伝ってあげてくれる?」
「後で一緒に鳥を食べに行ってくださるなら」
「ん、いいよ。教えてもらっておくから一緒に行こう」
「楽しみです! さ、識! 遠くを見てないでさっさと済ませますよ。若様と軽食に行くんですから!」
ああ。
彼らにはこの程度は日常レベルなのか。
だから慌てもしない。
危機感を抱きもしない。
信じ難いし、多分今すぐには信じられないけど。
ライドウは魔族と全面戦争になったとしても、今よりも少し困った顔をして準備を始めるだけだろう。
そして魔族は……。
最悪の存在だ。
女神やそれに準じる力が、ふらふらと世界を彷徨っている。
そう看做して良い。
父上がライドウをどうしてここまで厚遇するのか、少しは理解できた気がする。
協力したい、利益を得たい。
それはあくまで二次的なものに過ぎなかった。
最大の原因は、敵対したくない、だったんだ。
彼を敵にすれば、魔族は今後のいかなる計画も予定も進められないし消化も出来ない。
魔族の悲願や憎しみを押し殺してでも、今は彼と握手しなければならない。
よくわかった。
そして、私の行く道も。
魔王でも后でもない、私にしか選べないだろう道が見えた。
魔王の子供として扱われ、皆に良くしてもらえたこの人生に、文句などは無い。
我が身、我が心は我が物にあらず。
精霊神殿が通常の状態に戻る頃、私はもうすぐ見られなくなるかもしれない都の景色を胸に刻み帰路についた。
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