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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

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歓迎と謁見

 パレード……。
 本当にありました。
 祭りの御神輿かって位に目立つ装飾が施されたオープンカーならぬオープン馬車で、都の門からお城まで。
 この世界に来て一番の羞恥プレイだった。
 今日ほど仮面を持ってくれば良かったと思う日はないだろうって思う。
 先頭はイオが、彼のサイズに合った黒○みたいな巨馬に乗ってゆっくりと進み。
 晒し者の僕らの横にはロナが。
 そりゃこの人らは自分の国だし、身分も魔将なんだから多分こういうのも慣れてるんだろうよ。
 でも僕は日本では一般市民、こっちでも商人なんだからこんなイベントに即座に対応するのは無理だ。
 引きつる顔を何とか無表情にまで戻して、悟りを開こうと無心になる事しか出来なかった。
 驚いたのは澪と識だ。
 澪は澄ました顔で何事もないように落ち着いた様子だったし。
 識に至っては向けられる歓迎の言葉ににこやかに応じて手を振ってもいた。
 凄い。
 この人たちも素直に凄い。
 あと、魔族の人たちの価値観というか、人への評価というか。
 そういうのも新鮮だった。
 パレードが始まってすぐ、当然、広い通りの両脇に青い人だかりから僕らに視線が集まる。
 僕は魔力体を見えないように隠蔽している関係で魔力そのものが普段、限り無く他の人に気付かれにくい状態になっている。
 それがあって配置として目玉であろう僕には奇異の目、澪には不思議そうな目、そして識には感嘆の溜息が向けられた。
 僕ら三人で一番力が表に出ているのは識だ。
 そしてしばらくもしない内に澪にも識に向けられるような感嘆や尊敬といった目が向けられ。
 最後に二人に挟まれている僕にも、多分その二人を従えているという所からキラキラした目を向けられるようになった。
 十分もしない内に、黄色い歓声は僕にも降り注いだ。
 素顔なのに。
 魔族にとっては容姿は二の次で、力をどれだけ持っているのかが人を評価する基準なんだと納得したね。
 魔族であり青い肌、頭部に角を持つ彼らだけど、あの女神が生み出しただけあってみんな整った顔をしてる。
 一体どういう触れ込みで僕らを紹介されているんだと恐くも思ったものの、美形集団に歓声で迎えられるのは何とも居心地の悪い気持ちになった。

「ふふふ、本当にやりましたな。昨夜の集落での歓迎も実に大仰なものでしたが、ここまで念を入れるものかと思わなくもありませんな」

 そびえるような城に入り、僕らは広々とした部屋に通された。
 識、笑い事じゃないんだよ。
 気疲れで溜息が止まらないんだ、こっちは。
 気を抜くと無意識に腹の底から深い息が漏れる。
 この部屋には盗聴や覗きの心配はないと澪のお墨付きとは言っても、溜息連発は控えないとな。
 情けない。

「何軒か美味しそうなお店もありました。後で行ってみます」

 そう言えば、あのケバブみたいなのは美味そうだったな……。
 じゃなくて。
 外に出ていいか、まずそれを聞く必要があると思うんだ澪。
 ふぅ……。

「外ね。出れないか後で聞いてみるよ澪。でさ、そう言うって事は昨夜の集落での歓迎もやっぱり向こうの策なの識?」

 識の言葉を確認する。
 確かに吹雪に耐えて存在していた集落は、僕らを手厚く迎えてくれた。
 魔王の関係者、それも魔将が来たからだろうと思っていたんだけど、何か裏があるのかねえ。
 精々、魔王ってのは集落の人からも支持されてんだなあ程度にしか僕は思わなかったけど。

「当然でしょう。都以外の場所でも魔族は一枚岩であり魔王は善政を敷き支持も得ていますよ、とアピールしていたのかと。パレードもその一環ですな。恐らく魔王が招いた客人であれば歓迎は当然と、かの王への信頼を見せたかったのですよ」

「アピールするって事は実際はそうじゃなくて圧政を行なっているとか?」

「いえ。魔王は間違いなく魔族にとっての、いえ亜人にとっての善政は敷いております。この都でも魔族が最も多いのは間違いないですが亜人の姿も普通に見受けられたでしょう? パレードを迎える民衆にも普通に混じっていましたし」

「ああ、確かに。それなら別にアピールしなくても見ればわかるのになあ」

「……。ごく短い我らの滞在の間に少しでも魔族の事を理解して欲しかった、といったところでしょう。これで良い部分だけを見せる輩なら……まだやりやすいのでしょうが」

「え、何か面倒な感じ?」

 識の言葉が詰まるのをみて、不穏なものを感じる。

「いえ。どうやら魔族側としては、若様に自分たちをしっかりと見定めてもらう気もあるようで。この分なら我々を分断するような策を弄する事はないでしょう。もちろん、私も気を引き締めてサポート致しますが」

「ええ頑張りなさい識。そちらは任せますよ」

 ……澪。
 そちらを任せるとお前は何をやってくれる気なんだ。

「若様の護衛と無茶を見せるのは澪殿に任せますので、よろしくお願いします。ラルヴァとして私が力を振るわずにいれば、奴らも多少こちらの底を深く見てくれるでしょうからな」

「……二人とも、よろしくね」

 澪も働いてくれる気はあるみたいだ。
 ひとまず安心。
 あー、何か緊張してきたな。
 ロッツガルドで国のお偉方に会った時は非常時だったのもあってそんなに緊張もしてなかったと記憶してるんだけど。
 こんな風に招かれてパレードなんて洗礼を受けて、というのは流石にね。
 帝国は緊張する前に色々事態が動いたし、智樹が良い感じに緊張をほぐすというか、まあそんな感じにしてくれたから。
 ノック。
 うお、来た。

「失礼致します。クズノハ商会代表ライドウ=ミスミ様。謁見の準備が整いました」

 凛とした声。
 キビキビとした言葉に緊張も高まってきた。
 深呼吸深呼吸。

「あ、はい! すぐに行きます!」

 識に扉を開けてもらい、廊下へ出る。
 そこには武装した兵士が二人と、身なりのよい二人の魔族。
 お出迎えが四人?
 いや、でも二人は武装もしていないし……文官の人も来たとか?
 つい見つめてしまった僕の視線に気付いたのか、二人はペコリと頭を下げた。
 でも何も言わない。
 アクアとエリスみたいな身長差の二人だった。
 大きいほうは短く切りそろえた藍色の髪、立派な山羊みたいな角を生やした男の人。
 歳は、僕よりは流石に上だけど若いと思う。
 二十代半ば? かな。
 物腰は柔らかくて穏やかな笑顔を浮かべている。
 もう一人の小さい方は女。
 というか少女。
 長いストレートの金髪に、まだ未熟な一本の角。
 口元は笑っているものの、目は何というかこちらを観察するようなそんな色の光をしていた。
 ……エリスみたいな企んだ感じじゃないだけマシか。
 うーん、まあ後で説明もあるか。
 謁見の準備が出来たと迎えに来てもらっているのに、ここで話し込むのは失礼だろうし、識が言うには魔族は騙し討ちもしてこないようだからここは従おう。
 これが魔族の作法かもしれない。

「では、ご案内致します」

「お願いします」

 武装した二人の内一人が間を見計らって僕に声を掛ける。
 頷く。
 今は間違いなく昼なのに灯りをつけた廊下を歩く。
 ずっと夜だもんな、ここ。
 常夜の都とか何かかっこいいよね。
 向かいから歩いてくる人は身なりに関係なく両脇に避け頭を下げて僕らを見送る。
 うーん、むず痒い。
 でもそんな時間は長くも続かず。
 かなり大きな、門みたいな扉の前に辿り着く。
 見ただけで毛色の違いがわかる屈強な兵士さん、いや騎士さんか? が両脇を固めている。
 それまで静かに後ろを歩いていた二人も、先導してくれていた兵士二人と一緒に門に近付き何やら話している。
 やっぱり、身なりのいい二人の方が立場は上なのかな。
 そんな事を思っているとでかい扉が開く。
 淡い光を帯びているから何かしらの魔術でもかかっていたのかもしれない。
 音もなく開いていく扉から紅い絨毯が伸びているのが見える。
 おお、まさに謁見の間っぽい。
 促されて近付くも、部屋に入る前にふと思う。
 何か作法があるんじゃないかと。

「あの、何か最低限のしきたりとかあったら教えてもらいたいのですが」

 話しやすそうな笑顔を浮かべていた男の人に近付いてそっと伝える。

「どうぞ、そのままで構いません。魔族の礼法などご存知でなくて当然です。もし我が王に敬意を抱いて頂けるのなら、ライドウ様がそう思う形で示してくださればそれで十分です」

「そ、そうですか。わかりました」

 知らないなら無作法でも咎めたりしませんよ、って意味だよね。
 よし。
 行こう。
 覚悟を決めて前を向く。
 僕に説明してくれた男の人と、一緒にいた少女は紅い絨毯の脇を奥に進んでいった。
 謁見に同席する人なのか。
 そういう人がああ言ってくれたなら心強いな。
 真っ直ぐ敷かれた赤い絨毯に乗って進んでいく。
 澪と識が数歩下がって後に付いて来る。
 正面には赤い絨毯の続く階段があり、その先には玉座。
 誰かがいるのは見える。
 ……っていうか。
 立ってるな。
 玉座に座ってないぞ?
 いやいやいやいや!?
 それどころか階段降りてきてる!?
 ええ!?
 魔族の王様ってそういう事をやるの?
 駄目だ、混乱するな。
 これも相手の手かもしれない。
 早足になりそうだったけど、何とかこれまでのペースで前に進む。
 多分、止まる所まで行けば階段の手前に整列している誰かが止まる様に指示してくれるだろう。
 ゆったりとしたペースで僕は歩く。
 内面はもう混乱極まってるけど。
 多分魔王であろう人も足を止める事なく階段を進んでいる。
 どんどん距離が詰まる。
 予想外、予想外だよー。
 キョドるのはこの際仕方ない。
 せめて噛まないように気をつけよう、うん、そうしよう。
 部下の人、止めろよー!
 王様と初対面の商人が至近距離になっちゃうぞ?
 まずいよね?
 でも僕の心の声は最後まで虚しい叫びに終わった。
 足が止まる。
 これ以上は進めないからだ。
 真正面に魔王がいる。
 豪奢なマントが体の前面にもかかっている。
 僕の目線の高さだと彼の胸板位を見る事になるから、先にマントが印象づいた。
 毅然と立つ魔族の王を見上げ、顔を間近で見る。
 そして、想像よりもずっと若い。
 まだ四十になったかならないか位の見た目だ。
 男として、脂が乗りきっている、そんな年齢に見える。
 短かめに刈った金髪は、更に額にかからないように上げられていて、両耳の上辺りから羊みたいな曲がりくねった太い角が生えている。
 目が合い、お互いの顔を見つめた。
 彼は王だと、一目でそれがわかる。
 凄い迫力だ。
 戦えば、多分勝てる。
 でも、何と言うか。
 そう、それ以外の全てで勝てる気がしないひとだと思った。
 射抜くような鋭さじゃなく、包むような大らかさを感じる瞳。
 その彼の顔が満面の笑顔になった。
 けれどそれは。
 親しみを感じるどころか一層彼を大きく感じさせるもので、僕は気圧されるような気持ちになった。
 後ずさりしそうになっていた足の動きに気付いてそれを押し留め。
 ふと気付く。
 魔王から差し出された右手。
 握手を求められていると思って反射的に僕も右手を差し出し。
 予想通り握り締められた。
 大分強い力で。

「よく参られた。ようこそ魔族の都へライドウ殿。余は魔族の王、世では魔王と呼ばれる者だ。名は長く面倒なのでな、ライドウ殿にはゼフと覚えてもらえればよい」

 よく通る声で魔王は初めて口を開いた。

「ゼフ、様。私はライドウ=ミスミ。クズノハ商会という名で商売をしている商人です」

 へ、変な事は言ってないよな。
 大丈夫だよな?

「うむ。本当に、厳しい路を歩かせてしまい申し訳ない。何分にも戦争の最中さなか、許されよ。その分、この都におられる間は何一つの不自由もさせぬと約束する。過日の部下の非礼を含め、十分に償いもさせてもらおう」

「ありがたき御言葉、感謝いたします。ただ、魔将の方との一件につきまして戦争ゆえの不幸なすれ違いだったと考えております。どうか償いなどとお考えにならないで下さい」

「戦争ゆえ、と。そう考えてくれるか。まこと、有難い。しかしもてなしについては客人に対して当然の事だ。是非楽しんでもらいたい。して、そちらのお二人がライドウ殿の部下、商会の一員の方かな?」

「あっ、申し訳ありません! 男の方が識、女の方が澪。どちらも私を助けてくれている従者の者です」

 僕の言葉に澪と識が幾分下げていた頭を上げて、王に向けて一礼した。

「識と申します。クズノハ商会の一員として主の供で参りました」

「同じく、澪です」

「ほお……。お二人とも実にお強いようだ。ライドウ殿が羨ましい。いや羨ましいなどと言っては失礼か。ライドウ殿自身も相当なお力をお持ちなのだろうな、なればこのお二人を従えるは道理。余の失言であった、許されよ」

「私など。いつも二人に助けられている身ですので」

「済まぬ。しかし、貴殿の強さを測れぬ我が身が口惜くちおしいな。隠しているのなら、余では見抜けぬ程の力の持ち主だという事。どうやら此度クズノハ商会を招く事が出来たのは、魔族にとって僥倖だったようだ」

「勿体無いお言葉です」

「ふふふ。いや、謁見などと肩肘の張る行事はライドウ殿には疲れるだけだな。では場所を変え、ゆるりと世の話などしよう」

 っ!?
 まだ終わらないのかよ!

「はい、わかりました。あの、従者の者も同席させて構いませんか?」

「無論、構わぬとも。お連れの方もご一緒にな。そうだ。余も身内を、子を何名か同席させようと思う。ヒューマンの、それも商人から話を聞く機会など早々あるものでもない。良いかな?」

「お子様ですか、私は構いません」

 魔王の子供って事は王子様と王女様か。
 そう言えば僕は、グリトニアのリリ皇女といい、リミアのヨシュア王子といい、結構王子様王女様とも顔見知りだったりするんだな。
 何か、商会と僕が妙に有名になってきているんだなと実感する。

「では行こうか」

「っ、ゼフ様が自ら案内を!?」

 つい語気が強くなる。

「なに、すぐそこだ。……ああ、都に到着してまだ腹に何も入れておらぬだろうな。そちらも何か軽く用意をさせよう」

 ゼフさんがちらりと澪を見た?
 澪を見る。
 別に空腹で不満そうでもない。
 今は何かつまめると聞いてどこか嬉しそうにも見える。
 マントを翻して僕らが通った扉の方にゼフさんが歩いていく。
 うおう。
 置いていかれるのは流石にまずい。
 駆け足にならない程度の速度で慌てて彼の後を追った。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「さて、クズノハ商会。面白い者たちだ。お前たちはどう考える?」

 会議に使用される一室。
 大きなテーブルには皿があり、手で持てる軽食が盛られていた。
 魔王をはじめ、その場にいた魔族の前にあるそれらは量も残っていたが、今は空席になっている三つの席にある皿はどれも綺麗になくなっている。
 ライドウ、澪、識との歓談を済ませた後。
 この部屋の状況はそれを示していた。

「……肉を食らう獣であれば、どれほど大人しくしていようと人を襲わぬ保証はありません。私は、クズノハ商会からそのような印象を受けました」

 魔王の言葉に最初に応じたのは、ライドウらを迎えに行った時にいた二人の魔族の内の一人。
 背の高い男の方だった。

「ロシェか。ふむ、ではお前ならライドウ、そしてクズノハ商会とどのように付き合う?」

「かの者の言葉から本質的な協力は不可能です。が、眠っている危険をわざわざ起こす事はありません。必要な時のみ関係を持ち、後は極力彼らの対面に立たぬ様に立ち回るが妥当かと。幸い彼らはヒューマンの為に尽力する様子もありませんでした」

「協力は不可能、か。確かに難しいであろうな。はっきりと、我々は戦争において如何なる勢力にも味方をしません、仮にどちらかの利益になる行動をしたとしてもそれは我々の利になる事として起こした行動であり反対勢力に敵対する意図のものではありません、と言いおった」

 ロシェは王の言葉に頷く。

「私は、そのライドウの発言が極めて危険に感じました。彼らは我らの命運を懸けるこの戦争に、ただおのが商会の利を目的に参戦すると、そう言ったように聞こえました」

「ルシア。お前にはクズノハ商会は第三勢力になると?」

 続いて発言したのは女。
 落ち着いた雰囲気を纏った、迎えに来た少女とは違う女性だ。
 真っ直ぐに魔王を見て、その瞳の色は揺らぎ無い。
 この中では唯一軽装ながら鎧を身につけているのも印象的だ。

「……今はまだそこまでは申しません。が、頭上に刃先を下に向けた剣がぶらさげられているような、落ち着かぬ気持ちを覚えております」

「……ライドウの言葉にあった、手を出すのなら報復する、というのが気になっているのか」

「はい。ライドウは身内に手を出すのなら許さないと、はっきり申しましたから」

「そこは彼の言葉足らずだったのではないかと余は思っておる。恐らくその根底には自分からはどこにも敵対しないが、というような意図があっての発言なのだろう」

「しかし! 陛下が仰ったように、ライドウは自分達が我らに敵対するような行動を取る可能性についても言及しました。しかも、それを見逃せというような趣旨を含ませて」

「ふむ……あの言葉も、ルシアの申したような見逃すであるとかは考えていなかったように思うが……ライドウの言葉に幾つか疑念を覚えるものがあったのは確かだな」

「私は、ライドウとクズノハ商会がその姿勢をきちんと示さない限り、白か黒かをはっきりさせぬ限りは親しく関係を持つのは反対です」

「なるほどな。よくわかった。セム、お前はどう見た?」

 ルシアの最後の言葉を聞いて、魔王はもう一人静かに話を聞いていた男に話を振る。
 長い銀髪を束ねた、眼鏡をつけた魔族。
 密かにライドウが、眼鏡仲間だと親しみを感じていた魔族でもある。
 もっとも、当のライドウは荒野で既にソレを外してしまっていたのだが。
 細い目を開いて、セムと呼ばれた男が口を開く。

「私は、兄上と似ておりますが、より踏み込んで彼らと関係を深く持つべきでは、と思いました」

「ほう、ルシアとは相当に違うな」

 セムがルシアを見る。
 彼女は自分の意見とは真逆に近い意見を述べたセムに不愉快な表情を見せるでもなく、目を閉じて静かに席についていた。

「元々異なる立場ですので。軍に属し国防を第一に考えるべきルシアの立場なら恐らく私も同じような考えを抱いたと思います」

「外交を主務するお前の立場としては、違う意見があるのだな。聞こう」

「はい。残念ながら私の質問にはライドウ殿はあまりお答えにならず、識殿が主にお答えくださいましたが、これをクズノハ商会の意見として考えます。まず彼らには、恐らく我らを遥かに超えるレベルでの物資輸送能力があります」

「……根拠は?」

「彼らはここまでに魔族の領での過酷な移動を経験しています。もっとも、ここは魔族領でも今や相当に過酷な環境の一つではありますが。相当に領地も広がりましたから」

「セム、答えになっておらん」

「っと、申し訳ありません。つい話が長くなる。私の悪癖でございました。つまり、それだけの移動を経験したはずなのに、例えば商売でこのような物は用意できますか届けられますかと聞いてみても、識殿も大抵は頷かれていましたし価格も実に適正。純粋に仕入れ値に利益を乗せた値段を参考として示されました」

「……続けよ」

「はい。つまり、この地への移動でかかるであろう諸費用をあまり考慮していない値でした。危険への保険で値段はもっと高くならないとおかしいのに、です。更に言えば青果や肉類でも問題ないような口ぶりでした。こちらはライドウ殿がぽつりとお話しになった事ですが」

「だからクズノハ商会には物資を確実に相手に届け、しかもそれを危険ともしない手段があると?」

「そう考えます。もしも遠方からでも欠損なく物資を運搬してくれる商会だとするなら。その利用価値は計り知れません。これ以上ない“貿易”の相手として成立します。問題は我々の市場が彼らにとって魅力的かどうか、ですが。こちらもあまり問題にならないかと思います。彼はヒューマンであり、魔族領の特産などは彼にとっても珍しく価値のあるものの筈です。無論、彼から他のヒューマンに流れる事を考えるとあまり機密に関わるようなものは扱えないと考えますが」

「では魔族を潤す相手として、彼と関係を持つべきと言うのがお前の意見か?」

「はい。我ら魔族と、共存を選んでくれた亜人は豊かな国の地盤を築きつつあります。しかし、広大になった国土に対して未だ物資の動きは鈍く。クズノハ商会と上手く経済上の協力関係を作る事は、国土に行き渡っていない物流を大きく手助けするものになり得ます。例えるなら全身に血を巡らせる血管の様に」

「今の魔族は末端まで血を通わせられぬ、か」

 魔王の言葉が自虐的な声色になる。

「急速な発展は必ずどこかにひずみを生みます。私の力が及ばないが故の事ですので、本来なら外部に頼るべき事ではないかもしれません。しかし、それでも彼らの存在は今の魔族には必要と判断しました」

 セムはそう、言い切った。
 クズノハ商会の存在はセムにとって救いの手のように思えたのかもしれない。

「わかった、参考にしよう。さて、残るはサリか。余はお前が最初に意見を述べると思ったがな。最初に同席を望んだのもお前ゆえ、な」

「……」

「クズノハ商会を目にして、そして話して。お前が感じた事を余に教えてくれ」

「……はい」

 最後に王が話を振ったのは少女。
 ライドウを迎えに行った内の一人。
 深く、本当に深く物思いに沈んだ顔をしていた少女はようやくに口を開いた。
 短く返事をして、口元に当てていた手をどけ、サリは顔を上げる。

「あの者たちは、いえ正確にはライドウは、極めて危険です」

「……ふむ」

 ルシアと同じ方向の意見か、と魔王は思った。
 興味を持った割に普通の見方におさまったと、意外な気持ちをサリに抱いてもいた。
 彼女は続ける。

「本来の私の見方は情報の分析ですが、この様に彼らと対面した上で、今回は敢えて直感も交えて話します」

「構わぬよ。どう感じた?」

「無軌道な力、と。それも、圧倒的なまでの」

 サリの抽象的な言葉に一同が目を細めた。

「随分と抽象的な言い方をする。珍しいな、サリ」

「申し訳ありません陛下。しかし、結論としてまとめるならば、その様になってしまいました。力ある存在としてクズノハ商会は確かに無視できる存在ではありません。それは私も兄様たちと同じ気持ちです」

 サリの言葉にロシェ、セム、ルシア。
 三人がそれぞれに頷く。

「ロナの報告にあったように、彼らは魅力的です。私たちにとってひどく魅力的で、しかも強く。翻ってそれはあまりにも危険で我ら魔族を脅かす存在にもなり。つまり、その、上手く言葉として表現するのが難しいのですが。持てる力の割に、あまりにも不安定であるように思えたのです」

「不安定……」

「今の私見を無理に言葉にするのなら、そうです。不安定、しかも制御不能な不安定です。ライドウは戦争において誰にも協力はしない、肩入れはしないと言いました。それは、ルシア姉様が言ったように頭上に剣を吊るされている様なものです。でも、セム兄様の言ったように、その力は魔族が抱えているいくつかの問題の特効薬にもなります」

「ではロシェと同じ意見に落ち着くのではないか? リスクとして考えながら必要に応じて関係を持つ」

「……私はその先を案じております」

「先?」

「私はライドウを制御できない力と例えました。つまり、もし、ライドウが突然に我らの対面に回ってしまったならば……という時の事です」

「そうならぬように立ち回る、では駄目なのか?」

「制御できないものがどのように動くかなどわかりません。もし、我らがヒューマンとの戦争の最中、どこにあるかもわからない彼の逆鱗に触れた場合、彼は何躊躇う事なく魔族に牙を剥くでしょう。お聞きします陛下。陛下は、我ら魔族はクズノハ商会に勝てましょうか?」

 サリの言葉に場の空気が冷たくなる。
 無礼とも取れる発言だった。
 しかし、魔王はしばしの沈黙の後に声を荒げもせずに真っ直ぐサリを見た。

「……わからぬ。が、恐らくは」

「恐らくは?」

「勝てぬな。せめて負けぬように尽力するが最善であろう。何せイオとロナ、我ら魔族が誇る魔将二人を当然の様に同時に相手にする気でいて、事実イオを片手間で戦場から排除したような男だ。その側近も従業員も、まともではなかろうよ」

『!?』

「……」

 サリ以外の三人は魔王の言葉に目を見開き。
 サリは沈黙でその言葉を受け止めた。

「そうか、制御できない力と見たか。ライドウを評するには相応しいものやもしれん。余の私見としては、奴は眠れる竜だが。起こさぬ様にしているだけでは下策かもしれぬ……か」

「彼には首輪が必要です。それも、ただの首輪ではいけません。魔族と言う種の、保険にもなる首輪が要ります」

「制御できぬのに首輪、か?」

「はい。幸い、彼にはその意思を導こうとする存在はまだいないように思います。少なくとも、彼はヒューマンに渡せる人材ではありません。今というタイミングは我々にとって本当に幸運かと……やる価値は十分にあります」

「ライドウを魔族の飼い犬とする、か。だいぶ三人とは異なる意見よな」

「いいえ。全力で魔族には噛み付かないようにリードを引く、程度が最上の結果でしょう。彼は多分、飼い馴らせません」

「ふっ、ははは! そこまでライドウを見て、なおそう言うか。なに、まだ彼らは都に留まる。なれば。そう悲観に満ちた事ばかり考えずともよい。決して長くはないが……まだ時間はあるのだからな」

「……はい。ただ、これまでの彼の情報から見るに、ライドウに自分の立場や協力関係にここまで強く意思を見せる様子はありませんでした。この短い間に何かがあったのか……もしあったのなら私はその原因を恨まずにはいられません。以前のままならば、もう少し扱いやすい方と思っておりました故」

「あの強硬な態度は余も予想外であったよ。最初にきっぱりと言われたから、ただの心変わりではなかろうが……どこかで余計な真似をした者がいたやもしれぬな。困った事をしてくれる。さて、では解散とするか。忌憚のない意見を聞けて有意義であった。下がってよい」

 魔王が話を締めくくる。
 四人の魔族が部屋から退室し、魔王ゼフだけが部屋に残される。

「……ふ、中々頼もしくなってきておるわ。クズノハ商会さえ無ければ、今余がどうこうなろうと問題は無さそうだが……。やはり全てはライドウ、クズノハ商会か。ケリュネオン付近での待ち合わせも偶然とは思えぬし。どうやら、まだまだ驚かされる事がありそうだ。勇者に取り込まれる前に接触できたのは、本当に僥倖と言えような……」

 呟くような言葉の後。
 嬉しそうにしていた魔王の表情が一転、王からゼフという一人の魔族に変わる。

「ライドウ……いつ以来かの冷や汗か。俺が強ささえ測れぬほどとはな。少なくとも精霊以上……勇者どころか神に迫るかよ」

 一筋の汗がその頬を伝う。
 目を見開いたゼフはしばらく、部屋を動かなかった。
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