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仕組まれた決断、砂漠の夢
「次は是非、出店の相談をしてくださると期待しています」
「検討させて頂きます。リリ様は大事なお客様だと考えておりますので。勇者様は今日はお見えにならないようですが、これにて失礼致します。お招きありがとうございました」
「その言葉、信じましょう」
わざわざ転移陣まで見送ってくれたリリ皇女に挨拶を返し、別れを告げる。
実のところ帝国に店を出す気なんてまるで無かったけど、否定は口にしないでおいた。
ランサーの卵を、暴れて落ち着いたグロントに渡した後。
夕暮れを少し過ぎた頃に僕は帝都に戻っていた。
まさか上位竜が年齢に触れられて怒るとは、そりゃあ思いつかないよ。
だって何百年とか千年とか生きてて、生まれ直すのにも慣れた竜だ。
事実上ずっと生きるんだから年齢の概念も既にないだろうと思ってた。
ブレスやら咆哮やら尻尾やら。
ついでに砂漠の地形を活かした強力な魔法から。
随分と暴れてくれた。
やり過ごして彼女を無力化した後でやっと話をさせてもらって、改めてグロントさんに謝罪して。
話してみると年頃の女性みたいな若さも持ち合わせていた竜だった。
長生きしてると、精神的な部分は人それぞれに止まるものなのかもしれない。
歳の割に、とかオバサン、とかお婆ちゃん、とか。
そういう言葉さえ口にしなければ温厚だったな。
ルトから言われた竜の社会見学については、恐らく自分については砂海を見せるのがそれだろうと話していた。
見た目これ以上ない程に幻想的な白い砂漠も、その砂は相当な血も吸っているし人と竜の歴史の舞台でもあるらしく、いくつか話を聞いた。
他の上位竜は眷属がいたり世話役がいたりするから、まずは歴史を見せようとしたんだろうと。
悪趣味なやり方だと思ったのは僕ばかりじゃなく、グロントもルトに文句を言うと怒っていた。
大事にならなくて何より、ではある。
ルイナスに戻ると辺りはもう暗くなってはいたけど、巴と識は荷造りを終えて待ってくれていて、僕らは今予定通り帰るところ。
巴と識が僕に合わせて頭を下げるのを見て、頭を上げる。
それじゃあ、帰ろう。
「御用の際はロッツガルドにご連絡下さいませ。当方で用意できる物でしたら、喜んで納めさせて頂きます」
「また必ず連絡を。それでは、道中お気をつけて」
リリ皇女の顔から思惑は見て取れない。
彼女は何か考えがあって僕と勇者を会わせたんだと思うけど……。
ここにいない智樹といい、グリトニアはどうも行動が読めない。
単に魔族との戦争に勝つだけじゃない複雑な目的があるのかもしれないな。
彼らにとっての時が来れば、明らかになるか。
少なくとも僕らが帝国にどう思われているのか、それはなんとなくわかったし、僕が取るべき姿勢も決まった。
その点で、帝国に来たのは凄くプラスだったと思う。
転移の光に包まれて景色が変わる。
さっさと移動してロビンを出てしまおう。
そうすれば気兼ねなく亜空に戻れる。
ロッツガルドに戻ったら今度は魔王様のとこか。
ケリュネオンから少し行った所でロナと待ち合わせるんだったな。
場所の指定は巴がしていた。
ケリュネオンの話は出るだろうから、そちらのケリもつけてしまう気らしい。
僕としても願ったりだな。
何にせよ、疲れる帝国行きだった。
さっさと帰ってぐっすり寝たいね。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「そう、ならライドウが砂海に何の用があったのかはわからないのね?」
「申し訳ありません。とんでもない速度で砂漠を切り裂くように行ってしまったので、とても後は……」
「グロントが何をするとも思えないけど、ファルスの人脈は本当に得体が知れないわね。上位竜とも知己だなんて。ライドウは砂海に用事があるから好きにさせて欲しいとは言われているけど、まさかそんな行動に出るとは盲点よね。やられたわ」
クズノハ商会が転移を始めたと報告を受けたリリはギネビアを部屋に呼び、事の詳細を聞いていた。
とはいっても、さしあたって彼女が戻ってすぐなされた報告に多少の説明が加わっただけで要旨は大きく変わらないものだった。
ライドウに砂海で撒かれて何をしていたのかわからない。
遠方で何か大きな音が響いていたがおさまり、ライドウは数時間で戻った。
一応グロントの無事を確認する為に今連絡をつけているところ。
以上だった。
「巴と識、あの従者二人も城下で行方を見失うし。相手はリミアでも魔族でもなく商会だというのに、本当いい様にされること」
「……リリ様はあの者らをいかがお考えですか?」
「クズノハ商会? そうね……得体が知れない、敵か味方がはっきりしない連中、かしらね。ライドウについては智樹様曰く日本人、つまり異世界人らしいけど」
「異世界人!? で、ではあの者も智樹様と同じく勇者!?」
ギネビアは信じられないと言わんばかりの、驚きを隠さない表情で言った。
「とは限らないわね。智樹様とリミアの勇者響は女神の神託を受けて現れた。でも、そうでない異世界人もこれまでに何人もいるから」
「初耳です。そのような者らがいたとは」
「ローレルが他国に一応隠しているからね。彼らの社会には溶け込んでるみたいよ? 賢人って聞いた事あるでしょ?」
「賢人……。確か特殊な知識や能力を持つローレルの特権階級」
「と他国には知られているけど。実際には異世界人を保護してローレルが特権を与えているの。それが賢人。今は一人もいないけど彼らの子孫はいるし、その特殊な知識はあの国を一種触れ難いものにしているわ」
「……」
「ともかく。ギネビア、今日はご苦労様。下がっていいわ、もう休みなさい」
「はっ。失礼致し――」
「ああ。今日も智樹様の所へ行っては駄目よ? まだお一人にして差し上げて」
「っ!? わ、わかりました」
ギネビアの退室を見届けて、リリはその顔から笑顔を消す。
ライドウと商会の中心的な人物を帝国に呼ぶことはできたものの、その先に狙っていた目的が“殆ど”達成できなかった。
彼女にとっては面白くない結果だ。
リリとて、この初回の会談程度でクズノハ商会を取り込めるとは思っていなかった。
が、それでも彼らの情報や、出来れば帝都内に一つ、クズノハ商会の店を誘致したかった。
店を出させれば商品の分析は出来るし、これからの干渉も容易くなる。
用事がある度にロッツガルドまで行くのはリリから見てあまり好ましくない。
それに、現状では可能性は低いものの、ライドウがロッツガルドの店を閉めてしまえばツィーゲなどというとんでもない辺境まで行かなければならなくなる。
連絡は行かずとも取れるかもしれないが、行き来は不便になること確定である。
(出来たのは精々、智樹とライドウの接触だけか。そちらは思った結果になってくれたようだけど。あそこでライドウが異世界人だという情報が望外に得られたのが後の帳尻合わせにでもなったかのような結果ね。異世界人、それにしてはライドウから女神の力を感じないのだけど。勇者ではないことと関係しているのかもしれないわね)
リリは今回ライドウが異世界人、日本人であることを知った。
智樹の言いがかりのような強引な推理に、ライドウはあっさりとそれを明かした。
(ヒューマンではありえない無様な容姿、亜人じゃない。ただそれだけの根拠で適当に言ったかもしれない言葉だったのに。……っ、そうか、側近の者も慌てていなかった所を見るとあれはもしや偽りとも考えられるか。確かにあの時点で己の素性を明かす事に利は少ない筈。あの巴と識、相当頭は切れそうだものね。ロッツガルドでもライドウはあれらを相当頼りにしていたように見えた。でも……日本人だと出自を偽るメリットは何がある? 智樹との関係が私の推測通りなら、彼に取り入る意思はライドウには無いと見るのが妥当……)
「ふぅ」
リリの口から小さく息が漏れた。
その足は部屋を出て智樹の私室に向かっている。
ライドウとの話し合いの後、智樹は自室に篭り、食事も取らずに一人でいた。
彼自身がそれを望んだ為、パーティメンバーも入室できず、そしてリリもそれを禁じていた。
(まずは智樹を確認するのが先か。それでライドウが何をしたのかもわかる。奴の力も少しは底がわかるかもしれない)
コンコン。
丁寧なノックの後、反応がない事を確認したリリ。
「……智樹様、リリです。クズノハ商会は帰路につきました。先日の事、どうか私にお聞かせ下さい」
「リリ。今は、会えない。もう少し、もう少しだけ一人でいさせてくれ」
弱々しい声。
自信に溢れていた智樹のそれとは思えないほどだった。
しかしリリは全く驚いた顔をしていない。
想定の内であると言わんばかりだ。
「一体何があったのですか? 彼らは私が招いた客人。ライドウが何かしでかしたのならそれは私の罪でもあります。智樹様、どうか部屋にお入れ下さい」
それから、リリは智樹を持ち上げ、徹底的に慰めた。
自らを卑下し、智樹を立てるその様子はリリが智樹の扱いを熟知していることを示している。
しばらくの後、静かにゆっくり開かれた扉が何よりの証明だった。
「……入ってくれ、リリ」
「智樹様っ。一体どうされたのですか、そんなにも落ち込まれて!」
それまで能面の様だった顔を泣きそうなものに変え、全身から智樹への労わりを見せるリリ。
部屋に入り、寝台に腰掛けた智樹の隣に腰を下ろすとリリは、ライドウと智樹の間に起きた事を彼の口から相槌を打ちながら親身に聞いた。
不意をつかれ、善戦はしたが及ばず彼の脅しの暴力を受けたと。
巴を譲り受ける事が叶わなかったと。
(智樹がこう言うの……。ならワルキューレもまるで歯が立たずに退けられた挙句、智樹自身もライドウに完封されたって所でしょうね。ソフィアを退けたあの攻撃は室内では使えないし戦闘用の装備は最低限にしかしていなかったから考えられた内ではあるわ。ただ、ライドウ自身も武器らしいものは何も所有させなかったのだけどね。奴は術師か元々戦士の修練を積んでいたか、か。智樹の話を聞く限りなら両方と考えるのが無難なラインかもしれない。身のこなしを備えた術師か、面倒なタイプね。それも、不完全な状態ながら智樹を圧倒するとなると、予想以上に厄介な存在、か)
智樹の話から脚色であろう部分を削ぎ落としてライドウを分析するリリ。
優しく智樹の手を握る所作とは裏腹に、その脳裏は冷たくただ冷静だった。
(ソレに加えて巴、識、澪。三人の側近も実力は一線級。魔族を皆殺しにする思想さえ持っていてくれるなら、コレを捨てて乗り換えたいレベル。私の引きが弱いのかしら……いえ、違うわね。響が私の思惑通りに動いたとはとても思えないし。ライドウの亜人どもへの態度を見る限り、こっちも望みは薄い。戦争をする一点でなら、コレはむしろ一番当たりだ。何の躊躇いもなく奴らを殺し回ってくれるのだから)
響、ライドウのどちらかを引いていたならと考えたリリだったが、すぐにその考えを打ち消す。
もしもそうだとしても、自分の考えの邪魔になると容易に推理できたからだった。
「智樹様、あのライドウは恐るべき力の持ち主なのですね。どう致しましょう? 彼を私どもの仲間に引き入れるべきでしょうか? もし智樹様がお望みになるなら私……」
「あいつ、真、いやライドウを仲間に……?」
「はい。智樹様も、お力をお貸し下さい。礼を尽くし立場を用意し、彼の望みを我々が従順に叶えるならがそれも可能やもしれません」
「あいつに、頭を下げろって?」
「……他ならぬ、智樹様の御為です。奴が敵に回れば全てを滅茶苦茶にしかねません。それ位ならば私やギネビア、ユキナツ、それにモーラや皆が少しだけ我慢をするだけの事でございます」
ライドウが女を望むかどうかなどわからない。
いや、直接話した智樹ならその可能性は低いとわかっただろう。
冷静に考えられれば。
「リリ……」
「それに、クズノハ商会をこちらに引き入れれば、結果的に巴も同じ陣営になります。智樹様のお望みにも適います」
「とも、えっ!」
「はい。それでは私、すぐに彼らに使いを出し――」
「駄目だ!!」
智樹は腰を上げようとするリリを怒鳴り止める。
「智樹様?」
(そうよね、お前にはそんな我慢など出来るはずがない。ライドウを実質上においての勇者になど耐えられる訳がない。響なら、必要ならその位のことを笑顔でやってのけるだろうけれど、ね)
リリは心の中で嗤う。
上に誰かを置くなど許せない智樹はライドウに帝国に“来てもらう”事など到底出来ない。
では、どうするのか。
ソレがリリの目的だった。
ライドウを使って、智樹を、一度は彼が渋ったその決断に導くこと。
今の智樹にはそれは地獄に垂らされた蜘蛛の糸の如く見えているだろうとリリは想像する。
そして、その想像は寸分間違っていなかった。
「あんな奴は、いらない。俺は勇者だ。魔族を討ち、魔王を討ち、世界を統治すべき者なんだ。同じ日本人とか関係ねえ。あんな奴に、頼ってたまるか」
勇者の役割は、少なくとも女神がその名に課したのは魔族を撃退する事だけだ。
最後の統治云々はリリが智樹に時間をかけて植えつけたものに過ぎない。
「……でも。彼は強く、このままでは障害になるかもしれません」
後はゆっくりと寄せていくだけ。
リリは落ち着いて、彼を結論に導いていく。
「なら、もっと俺が強くなればいいんだ。そうだよ、悩む必要なんかあるか。それだけのことだ」
「そんな。智樹様はあのような命を削る力まで身に付けて魔族との戦いに臨んでいらっしゃるのです。これ以上一体どんな力をその身に宿すと仰るのですか?」
智樹が得た新しい力。
それは竜殺しと呼ばれる世界有数の猛者を一撃で倒した強力な魔術だとリリは聞いていた。
極めて広い範囲に、一切の威力の減衰無く最高威力で発動する輝く炎。
しかも万が一助かっても特殊な毒を付与するという、戦争には凄まじく有効な力。
智樹は命を削る代償を話し、それ故に乱用は出来ないとも言ったが、いざという時に今の彼は躊躇わず使うとリリには確信がある。
リリにしても、智樹の新たな力にはこれ以上ない喜びを覚えたものだった。
もっともそれが原因で智樹は更なる力の獲得を悩んでいる。
いや、正確には力の獲得に伴うリスクを恐れていた。
ただでさえ命を削る術を習得したのに、更に命に影響を及ぼすかもしれない力に手を出す事が恐いのだろう。
「リリ。ロッツガルドに行く前にお前が言ってたアレ。まだ準備できるよな?」
「っ、智樹様。あれはお体に毒です。我等帝国が魔族に対抗すべく行なった人体改造に関わるもの。あの素晴らしい力を得た智樹様にはもう無用のものかと」
「いや。結局俺の魅了も、巴には効かなかった。でも……足りないなら増やせばいいんだ。あいつは竜だ。ならモーラみたいな竜召師の因子とか、テイマーの因子を移植すればあいつだって抗えない魅了の力を得られる! それにもっと、色んな適性の力を得ていけば攻撃力に直結もする。剣技でも術でも何でもいい。強くなる因子を片っ端から俺に入れてくれ!」
「智樹様、駄目です! 魔族を倒したとして、その後の治世を行なう命を残さずして何の意味がありましょうか。どうか、お命を大事になさってください」
「……俺は、勝つんだ。戦争も、何もかも。勝って終わらなきゃ何の意味もないんだ。もう自分を誤魔化して生きるなんて御免だ。俺は、俺のやりたいように後悔しないで生きる! ライドウも魔族もぶっ潰す。巴は俺のものにする。諦めて、たまるかっ! リリ、お前が協力してくれないなら、俺は一人でもその方法を実行するぞ。絶対に辿り着いてやる!」
智樹の目が危うい光に満ちる。
「そこまで、思いつめていらっしゃるなんて……」
顔を背け、感極まったように震えるリリ。
「頼む。一度は断っておいて虫のいい話だとは思う。でも! 俺に力を貸してくれ! 俺は力が欲しいんだ。初めて、本気で努力したんだ。諦めたくないんだよ!!」
「……」
「リリ!」
「わかり、ました。どうぞ、今夜はもうお休みを。手配を、致しますので」
「ありがとう! ありがとう、リリ!」
「お体に不調があれば必ず私にご報告下さいませ、よろしいですね?」
「ああ。俺、絶対に帝国に勝利をもたらしてみせるからな!!」
「その日を、心待ちにしております。それでは、お休みなさいませ智樹様」
智樹の言葉を背に受け、悲痛な覚悟を固めた決意の表情をした皇女が振り返り頭を下げてみせた。
彼の部屋を退室してしばらく。
リリは自室に戻るまで厳しい表情を貼り付けたまま、廊下を歩いた。
ただ事でない皇女の様子は城内に知られ、いくつかの憶測を呼んだ。
そして。
自室に戻り、部屋のセキュリティを就寝用に固めた彼女は天蓋のついた寝台に身を投げ、仰向けになった。
右腕で目を隠し、口元は笑みに歪む。
「くっ、ふふふ、あはは! うふ、あはははっ!! どこまで、簡単な子かしらね。戦争に勝ち抜いても、もう智樹には平和や享楽を楽しむ時間も無くなるというのに。よくあの子の最後の躊躇いを断ち切ってくれたわ。ライドウ、ありがとう。貴方をダシにすれば、今後智樹はとことん力を求めてくれるでしょう。最低限の仕事はしてくれたわ、うふふっ」
笑いを交えた皇女の独白は続いた。
智樹に更なる力を。
魔族に更なる被害を。
戦争により大きな戦火を。
智樹に、ではなく戦争に魅了されたかのような皇女は狂ったような大笑いを繰り返す。
「……本当に、理想的な勇者。私達は、やはり出会うべくして……出会ったんでしょうね智樹。ライドウでもなく響でもなく貴方こそが私の望みを叶える勇者。そういうこと……。そういうことなのね、女神?」
ただ一度。
冷たく遠くを見た彼女がその瞳に何も映さずに虚ろに呟いた。
その後もしばらく彼女は哄笑を続け、やがて寝息を立て始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ええっと。
砂漠か。
今日は確かに砂漠にいったもんな。
亜空に戻って僕は巴や識から、何やら帝国の人体実験やらそれによる戦闘技術、それにワルキューレの情報、そして銃の研究について報告を受けた。
街の雰囲気については調査を頼んだけど、二人は随分深い情報まで手に入れてきたみたいだ。
僕が気になったのは一点。
銃だ。
智樹からその概念を聞いたリリ皇女がそれの再現に熱心“だった”ようだ。
ただ暴発率やサイズの問題をクリアできず、結局智樹が知るような銃の形で再現できたのは魔力を多量に必要とする出来になり、金属の弾を飛ばす事も満足に出来なかった。
裏を返せばそれなりの力を持った術師なら護身用の武器として使えない事はないレベルのものが出来上がったようだ。
コストにはまるで見合わないし、実戦経験も浅い、というか殆ど無い武器になった訳で。
巴曰く今後のコンバットプルーフも期待できないだろうとの事だった。
しかしリリ皇女は転んでもタダでは起きない人らしい。
暴発の被害から火薬の可能性に目をつけ、彼女は爆弾にその利用法を絞って研究方針を変えたのだとか。
こちらは魔力を利用して威力を上げることも可能な、でも一般の戦士や市民にも一定の威力を生める道具としてそれなりの形になってきている。
まさに執念だな。
爆弾とヒューマン。
あまり良い取り合わせではないと思う。
銃と爆弾、どっちが危ないのかは、ちょっと僕には判断出来ないところだ。
とまあ、帝国についての報告への所感なんだけど。
僕は今砂漠を見ている。
白の砂海じゃない。
僕は亜空で寝たんだからさ。
……。
なるほど。
つまりこれは夢か。
今回はクォータービューだ。凝ってる。
「砂漠の月はこの世でも最も美しい月だと思うが、お前はどう思う?」
声。
低く、渋い。
壮年の男が発する声に聞こえた。
「はっ、それをお前が言うか。ここで。ええ。真?」
真?
ってことは僕?
っ!?
ええー!?
声を追って探してみると、夜の砂漠には二つの人影があった。
「白の砂海で見たのとしか比較できないからか。生憎、地球の砂漠には行った事もない。確かに、俺なんぞが言う事じゃないかもしれんな」
……髭。
僕が俺になって髭はやしとる。
これ、どこのライドウさんだ。
「馬鹿か。お前が作った砂漠で、ほざく事かと言ってんだよ」
「誰が作ろうと、砂漠は砂漠だろう? 智樹」
智樹。
ああ、確かに。
智樹だ。
面影は十分ある。
うん。
「人の事を散々狂ってるだなんだと言ったがよ。お前の方が余程狂ってるぜ。普通、国を丸ごと砂漠に変えるかね。それもただ一撃の魔術で」
「智樹とて、核を真似た術なんぞ使っていたじゃないか? あれも非人道的だと思うぞ。十分、狂気の沙汰だ」
「一緒にするなよ。俺のは自分の命を削るデメリットがあって、相手に恐怖を与えることが目的で使ってる。それ一発で投降してくれるのならその後の戦争で無駄な命が散ることだって防げる」
「……物はいいようだな。お前のその力がリリの狂気を余計に加速させたんだ。それが、全てを戻れなくさせた」
核とか砂漠を作るとか。
なんていう物騒な会話だ。
この前の先輩の出てきた夢もそうだけど、バイオレンス過ぎるだろ。
僕、危ない思想でもあるのか?
気が付いてないだけで、疲れてるのかな……。
「戻れなく? ヒューマンは魔族を滅ぼさなくちゃいけなかった。響が早々に死にやがったせいで負担はグリトニアにかかりっぱなしだったんだ。戦争の加速を嘆くなら、あの無能な響を責めろよな」
「先輩か。あの人も、俺とお前が助けに行けば救えた可能性はあった。むざむざイオに殺させずに済んだかもしれん」
「たらればの話は止めろよ。あの時は自国の守りを固めるべきだった。それがリリの判断でもある。それに、仮定の話をするならよ。世界の果てで死に掛けてたお前を俺が拾ってやらなかったら。お前は今ここに存在すらしないんだぜ?」
「随分昔の話をする。その事は一応感謝はしている。あの荒野を一週間以上も彷徨って、死を覚悟した俺をお前達は保護してくれた。……諸々振り返るなら、あそこで死んでいた方が幸せだったとも思うがな」
「けっ。その割にゃ随分な事をしてくれたじゃねえか。何だよ、この様は? これが恩人に対してする事か!?」
「別にお前の命令には背いてないだろう? リリの遺言だ。だから俺は今日までお前に逆らわずにきた。それこそ、俺に危害を加えるような指示さえ従順に聞いてな」
「……ローレルを手に入れろと、俺は言ったぜ?」
「だから、その正気を疑う様な命令を果たして、手に入れてやっただろう? ここがローレルだ。好きにしろ。人も歴史も知識も全部塵に、いや砂にしてやったがここは間違いなくローレル連邦だ」
「一緒に入ったワルキューレたちはどうした?」
「残念ながら犠牲になった」
「殺したんだな?」
「人聞きが悪い。作戦に巻き込まれて死んだだけだ」
す、凄いな。
状況を推測するに、この一面の砂漠はローレル連邦だった土地?
それを僕が何らかの魔術でこうした?
あの夢の僕は界を明らかに僕とは違う方法で扱った。
いや、あれが僕だったのかと言われると今も違和感が凄いんだけどさ。
「先に潜入したユキナツは?」
「さあな。逃げたならどこかにいるだろうし、逃げられなかったなら死んだのだろう。戦争とは人が死ぬものだ。敵も味方もな」
「それでも、後ろから味方を撃っていい戦争なんてものはない」
「ほお……皇帝とそれを支える一派を皆殺しにすれば、自分が次の皇帝だ、などと言ってのけた男の言葉とは思えんな」
「あの皇帝についた連中なんぞ少数派も少数派だっただろうが!」
「お前が殆どの連中を魅了しきったからな。残った彼らはそれにも惑わされなかった忠臣だった。魅了は、お前のしたことを正当化するものではない」
「……民衆も、官僚も、軍も。俺の皇帝即位を望んでいたんだ」
「それも魅了だ。俺にはどうしてお前がそんなに魅了を強化し、それに頼るのかがわからない」
「……なんだと?」
う。
この僕が今言ったこと。
実は僕もそう思う。
なんでこいつはここまで魅了に拘る?
これは夢だけど、帝国で会った智樹も異常なほどにそれに頼って多用しているようだった。
「お前を肯定し頼る思念を植えつける。それは、お前の思想に人を染めると言うことだ」
「それがどうした? 何が悪い。魅力を武器に世を渡るなんざおかしな事でもなんでもないだろうが」
「魅力ではない、魅了だ。それは他者にお前の意思を植えるということだ。言い換えればそれは、お前がお前に従うお前自身を量産しているだけの行為ではないのか。他人に自分への強制的な思慕を植え付け、虜にする。自己愛の強いお前なら気にならんのかもしれんが、それは俺から見れば結局のところ相互理解ではなく自慰行為に見えるよ」
「て、てめえは……!」
「響先輩のカリスマが正しくお前の魅了が間違っているとは言わない。対人関係の取っ掛かりにするならどちらも同じようなものだろうしな。だが、お前はそれに依存しすぎだ。結果、帝国はお前とお前の人形しかいない、さながらゾンビの国に成り果てた」
「黙れ。……そうしなきゃよ、てめえとか響みたいに、俺に口ごたえする馬鹿どもがわいてくるからだろうが!」
「自分に逆らう意思は不要か。なるほど、長年の疑問がこれで氷解した」
「……偉そうに。だったら、お前は何だよ? リリ、リリってよ。あいつだって俺の虜の一人だ。最初にそうしてやった女だ。それに執着して国を砂に変えるお前は何だよ。何とか言ってみやがれ!」
ぼ、僕はリリ皇女に恋をしている流れ?
いやこの僕がか。
何てファンタジー溢れる展開なんだ。
「リリは、お前の魅了になど掛かっていない。最後までな」
「……な、に?」
「お前の力を、利用していただけだ。リリは女神の沈黙の間に、母を失った。その悲しみを消化しきれず、その事実を受け止めきれず。そのまま彼女は帝国の政治の世界に生きた。その歪んだ気持ちに、勇者という存在はさぞ面白く映っただろうな。気紛れに黙ったり助けたりする女神が。母親を助けてもくれなかった女神が。今更に授けた勇者。お前のことだ、智樹。リリはお前を使い潰し魔族を皆殺しにし、そして母親を死なせたとして帝国をも滅茶苦茶にさせようとしていた。いや。結果としてそれも叶ったか」
「俺を、使い潰す? リリが? お前、真。何を言ってやがる……」
「せめて、俺がリリと会えていたなら。お前よりも先に彼女と出会えていたなら。彼女の狂気と悲しみをこれほど間違った結果に導かずに済ませられたかもしれない。優柔不断に彼女を失った愚かな選択、悔やみきれん」
「だから、俺に八つ当たりかよ。結局、お前は昔の事ばっかり気にして、これからの事は全く無視してるだけじゃねえか! ……こんな力があったなら、戦争だってもっと楽に終わらせられた筈だろうが。リリくらい、俺の中古で良けりゃ土下座すればくれてやったぜ」
「……仕方ないさ。俺が力に気付いたのは、魔王を殺した時だからな」
「……あ?」
っ!!
魔王を、殺した!?
思ってない。
皇女に恋心も持ってないし、魔王を殺したいとも思ってないぞ。
僕は全くこんなこと考えてない!!
リリ皇女は、そりゃ年上の綺麗な女性で。
多少好みではあるけど!
「あの時初めて力を渇望した。無様にお前が転がる横でな。その結果の覚醒、まったく有難くも上手くないタイミングだ。もう全て遅いのだから。お前の言う通り、せめてこうやってお前に八つ当たりをして、ついでに音沙汰もないあのクソ女神に喧嘩を売るくらいしか思いつかなかった」
「魔王は、俺が、俺があの術で殺し」
「お前は、魔王を本気にさせただけだ。お前が気持ちよく寝ている間に俺が殺したんだ。魔王も、魔族も。で、これからお前を殺す」
「なにを、言って?」
「そうすれば、女神も出てくるだろう。出てこなければ、もう一つ二つ、砂漠を増やすさ。世界の果てが広がるようなものだな。果たしてどこまであの女神が黙っているか、見物だ」
「この世界は、ようやく争いを終えたんだぞ!? これからは平和を作ってくのが普通だろう? お前、完全に狂ったのかよ……」
「戦争が終わったら平和になるなど、誰が決めた? 戦争が終わったら次の戦争になる。そういうことだってある」
「……本当に、あの時お前を助けるんじゃなかったな。わかった、ここで引導を渡してやる。言っとくが、俺にお前の術は効かないぜ。一方的になるだろうが、文句は言うなよ」
「夜の間は、だろう? お前の不死、それもあの女神からもらった力だろうが。構わない。朝まで殺し続けてやる。日の出と同時にあの世にいけ……」
おいおいおい。
戦いになるのか?
でも、この僕がどう戦うのか、少し興味もある。
だって砂漠を作っちゃうほどの一撃を扱うんだから。
それに手に持っている剣も気になる。
僕に剣の心得なんてない。
でもこの僕にはあるんだろうか。
あるなら、一体どんな剣を振るうんだろうか。
見たい。
見届けたい。
前の夢は途中で自分が一杯一杯になったけど。
今回は……。
って。
なんだ、視界が薄れて……。
対峙する二人が遠のいていく。
空に持ち上げられていくような視界の変化。
砂漠がどんどん広大な全貌を見せて、あ……。
「……くっそ、やっぱり夢か。帝国とかロッツガルドじゃ見ない夢なんだけどな」
仰向けに寝ていた僕は静かに目を開けた。
「しかし、随分と厳しい顔したおっさんになってたな、僕。俺とか言っちゃってさ。例によって巴たちは誰もいないし」
それに、荒野に一週間以上? だったか。
そんなにふらふらしてたら確かに死にかねないよな。
あの時、僕がどっちに踏み出したかであり得たかもしれない状況だったりして。
背中がぞっとするな。
「亜空で弓をやるのを習慣にしてから、なのかなこのタイミングって。予知夢とかじゃないのはわかるんだけど、どうも後味が悪いんだよな」
寝付けないから弓、というのもアリだと思いながら。
何となく起き出す気にもなれず。
僕は無理やりに毛布を被り、眠ろうと目を閉じた。
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