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交渉決裂
「もちろん、タダじゃないぜ? おい」
「……」
巴を、よこせだ?
こいつは確かにそう言った。
魅了の力があってそれで円滑にやってきてるみたいだけど。
おもちゃを欲しがる子供じゃあるまいし。
その魔眼で手に入らなかった巴がどうしても欲しくて、僕に巴を差し出せと。
そういうことか?
「そいつら、元は帝国貴族の娘。だけど戦闘技能にそれなりの適性があってさ、俺が鍛えた」
「……」
ふざけた発言から少し唖然としたものの。
今は多分冷静。
あいつの、智樹の合図で頷いた三人の女性があいつの方から僕の両脇と背後に移動してきた。
「レベルは三人とも四百オーバー。顔やスタイルはまあ、見た通り。こっちでもそれなりに通用するナリだろ? ま、日本に比べたらこの世界の連中は誰でも美形だけどな、はは!」
「……」
両脇の二人は僕と同年代くらい、か。
綺麗な雰囲気の子と可愛い雰囲気の子だ。
もう一人、背後から身を少しかがめて僕の顎に手を当ててくる女性は少し年上に見える。
リリ皇女が僕の好みでも伝えたのか、それとも単にこいつの趣味かはわからない。
可愛い方の子が膝に置かれていた僕の手を自分の胸に持っていく。
直球な誘惑だなあ。
まあ、“そんなこと”は。
どうでもいいんだ。
「巴のレベルについてはリリから聞いてる。単純に足しても少し足りねえし、何ならもっとつけてやる。後で俺のハーレムに案内するから適当に何人か選んで連れて帰ってくれていい」
「……」
どこまでもふざけた奴だ。
どんな経緯であれ、自分を慕う女性たちなんだろうに。
それにだ。
巴は僕の家族同然。大事な存在だ。
物をトレードするように人をやり取りしようとする奴に渡す気なんてまるでない。
「だんまりかよ。ああ、緊張か? ……わかるぜ、あんた経験ないだろ? 心配するなよ、こいつらは俺がきっちり調教してある。初めはこいつらに任せておけば大丈夫だって。俺が命じれば誰の所にでもいくし、誰にでも従う。さっきも言ったが人並み以上に戦闘だってこなせる。お前に尽くすようにちゃんと言い聞かせて引き渡すと約束する」
「……」
魅了で支配して、訓練を積ませて戦闘でも使う。
ルトの言ってたワルキューレってこの娘たちのことか。
それとも、智樹のハーレムの女を全員ワルキューレと呼ぶのか。
どちらにしても随分と慣れた態度だ。
人を物扱いする、日本人で、ここに来た時には中学生だった奴がよくもここまで平然と。
日本のことなんて、もう忘れたとでも言うつもりなのか。
いつまでもしがみつく僕は、そんなにおかしいかよ。
「おい、何か言えよ。お前の希望! 女は何人欲しい? 金か土地、商売の権利が欲しいならそれでもいいからよ。なに黙ってんだ」
息を深く吸う。
さてと。
「……断る」
「あ?」
聞き返される。
小さい声で言ったつもりはない。
聞こえていて、こいつはそうしているんだろう。
僕を威圧しようとしている。
ザラさんに比べたらそよ風みたいな薄っぺらいもので。
「断ると言った。巴は僕にとっても商会にとっても替えがきくような人じゃない。諦めろ」
「……それ、本気で言ってんの?」
「諦めろ。巴はやらん。それが僕の希望だ」
はっきりと。
あからさまに威圧し、こちらを黙らせようとする気配を放つ智樹に答えてやる。
「……お前さ。女神から大した力ももらってないだろ? さして強くもない。巴と、あのもう一人の男は相当強いけどよ。ここにあいつらはいない。リリが応対に行ってるからな」
「それで?」
「俺はお前の能力についてある程度の察しはついてるんだよ。お前は俺には勝てない。力でわからせないと、頷けないのか、お前。馬鹿なのか? ここは防音も完璧だぞ?」
「……ロクに呼ばないなら、名前を教えた意味もあまりないな。初対面でどうやって能力の推測なんて出来るんだ? 勇者っていうのはハッタリが特技なのか? 威張るだけで実は喧嘩も出来ないタイプかお前は」
察しがつく、ねえ。
先輩でさえ僕の力にはあまり気付いた様子もなかったのに、こんなのにわかるとは思えない。
例えあのクレーターを作ったのがこいつでも、あの程度、脅威でも何でもない。
智樹が何かしらの道具を使って僕の力を測ったのはわかっている。
これは一応、根拠があっての強気なんだ。
「てめえ。どうやら、自分が置かれた状況もまともにわかってないみたいだな」
智樹の言葉を受けて瞬時に。
僕の首と心臓、それに手首付近に刃物が当てられた。
言うまでもなく、女性たちの仕業だ。
ただ直接触れたりはしてない。
薄いとはいえ、魔力体を切り裂く程の力は彼女たちには無いから。
だから当然、警戒する必要もない。
でも智樹の顔が笑みに歪む。
「これでもまだ、舐めた口をきくか? ライドウ殿?」
「……」
とことん、神経を逆撫でしてくれる男だ。
大概のヒューマンよりも鬱陶しいな。
「俺は相手の力がある程度わかるんだよ。方法は企業秘密だけどな。お前はその三人の誰にも勝てない程度の力しか持ってねえ。で、それなのに巴を従えられる理由は」
「……」
「お前の能力が強力なテイム能力だからだろうよ。お前は魔物や竜をかなり強力な力で支配できるはずだ」
……全然違う。
どうしてその結論になったかはわからないけど、議論をする気もおきない。
なにより、刃物を出して脅してくれたことが有り難い。
手を出したのは、そっちが先。
少しばかり気も楽になる。
もうグロントの居場所だけ巴に探らせて速攻で用事を済ませよう。
こんな国に長居したくない。
いや、出来れば二度と来たくない。
「それはそれは。まさか見破られるとは思わなかった。勇者とは侮れない存在みたいだ」
心にもないことをいいつつ。
元々部屋に施された防音結界を更に強化。
壁を硬化、扉にもロックを施す。
おしまい。
「だからお前に巴を譲らせれば、あいつは俺に従わざるを得ない。そうだろ?」
「なるほど、なるほど」
三人娘が手にした刃物を無視して立とうと足に力を入れる。
「おい、おま――!」
甲高い音と短い女の悲鳴が智樹の言葉を遮る。
刃物の一つが僕と智樹の間にあるテーブルに落ちて音を立て、僕を拘束しようとした女が関係なく立ち上がる僕に驚いて声を上げた。
未だ座った状態の智樹を見下ろす。
「この程度の女を積み上げた位で巴を手に入れようなんて、随分と僕の従者を甘くみてくれたもんだ」
「ここは帝国の中枢だぞ。ここで俺と揉めるのがどれだけお前に不利か、わかってんのか?」
智樹は僕の視線に構わず、むしろ背もたれにふんぞり返って僕を見返してくる。
そして。
「ああ、わかってる」
「なんだと?」
「頑張って揉み消さないといけないな」
「ふっ、ブラフは止めろよ。たった一人の従業員で大国であるグリトニアの庇護が約束される。しかも人材は増えるんだぜ? 良く考えろよ商人。お前はそこそこの商会の主なんだろうが。交渉で一々熱くなってんじゃねえよ」
「生憎、代表といっても僕はお飾りみたいなものでね。肩書きを持て余しているくらいなんだ。もしお前が僕にそんな冷静さを求めたなら、計算違いだったよ。ウチはちょっと特殊でね。今お前を殴っとかないと、多分後で僕が巴に怒られる。まあ、それがなくてもやるけどさ」
智樹が僕の気配の変化に気付いたらしく。
「お前らっ! その男を――」
僕から少し距離を取っていた三人娘に指示を出そうとする。
でも、遅い。
「寝てろ」
魔力体の手を伸ばして女どもの体の動きを封じ、そこから直で眠りの術を叩き込む。
傍目には僕の言葉に呼応して、娘たちが脱力して絨毯に沈んだように見える。
離れた所にいたメイドもついでに眠らせておく。
「っ! がっ」
テーブルを蹴り飛ばして路を作る。
そのまま智樹の方に突進してこめかみを掴んだ。
座ったままの智樹の抵抗は弱く、勇者としての実力を疑うほどだった。
条件付きで強くなるタイプなんだろうか。
かと言って、やることは変えない。
そうなった時に実力を発揮できないのはそいつが悪い。
掴んだ顔を絨毯の床に叩きつけてやる。
大きな動きで足を後ろに持ち上げ、そのまま頭を蹴り飛ばす。
結構な勢いで勇者が吹っ飛び、壁にぶち当たる。
が、外の様子は特に変わった風もない。
防音と硬化は十分に効力を発揮しているようだ。
急がず、距離を詰めていく。
「ん」
足を止める。
智樹から何かが飛んできた。
術じゃない、道具、武器か。
投擲用のナイフ、三つ。
普通のナイフではなさそう、だけど気にしない。
再び歩き出し、飛来する刃物を魔力体で受け止める。
衝突の瞬間に強く輝き、爆発するナイフ。
だからどうした。
構わず距離を詰めていくと、ギラギラした眼で僕を睨む智樹が今度は術を撃ち出してきた。
チカッと光ったかと思えば何かが魔力体を撃った。
速い、けど非力だ。
怯ませたいなら、せめてソフィア位の火力は見せてみろよ。
避けるまでもない攻撃を全部受け止め、魔力体の手で智樹の体を持ち上げる。
未だ憎憎しげに見てくる目は変わらず。
ふぅん。
巴を物扱いしたんだ。
それなりの覚悟はあるよな?
持ち上げて壁に押し付けた智樹を。
顔、体満遍なく。
途中から数えるのもやめてひたすら殴った。
初めの一発以外は死なないように加減をして。
何を言われても無視した。
何をされても防いだ。
その方が効果的じゃないかと思ったから。
口を開いた時は顔を狙うようにしてみたら、じきに黙った。
殴り続ける内にスッキリするかとも思ったんだけど、そんなこともなく。
最初の一発以外はあまりそういった発散はなかった。
巴に二度と手を出そうと思わない様にさせないと、とただそれだけで暴力を繰り返していた。
やがて意味ある言葉を話さなくなった智樹を下ろす。
「良かったな、僕が弱くて。この程度で済むんだから」
答えず、体を丸めて両腕で頭を抱える様子はどこか……僕にあることを想像させた。
「……今度はお前がだんまりか、智樹。なあ勇者なんだろ、やられる時も、もう少し堂々としたらどうだ? お前その格好さ、何かいじめられてる奴みたいで滑稽だぞ?」
いじめという言葉にビクリと智樹が震えたように見えた、けど。
そんなこと掘り下げる意味ない。
智樹の胸倉を自分の手で掴み引き寄せる。
魔力体をごく小さく絞って、代わりに界を回復に変換して智樹の傷を癒す。
結構な早さで治癒が進んでいく。
魔力体の隠蔽が解けた事で僕の周囲に魔力の光が漏れだす。
案外、この状態で智樹が僕を測れば、僕に実力行使をしようとは思わなかったかもしれないな。
あまり強者に挑むようなタイプには見えないし。
先輩にしろ、智樹にしろ、こと戦う力にかけては大した事がない。
いや、はっきり言ってしまうなら。
戦争自体が僕やクズノハ商会、亜空にとって脅威ですらない。
だから巴にしろ識にしろ、あまり僕に五月蝿く言わないんだろう。
どう転ぼうが左足で小石を蹴るか、右足でそうするかだけの違いでしかないんだから。
“わずらわしいから”あまり関わりたいものでもないけどね、戦争なんて。
外傷の跡を消し終わる。回復し終わったか。
僕よりも背の高い智樹を引き摺るように彼の掛けていたソファまで連れて行き、放り投げた。
界を隠蔽に戻して、蹴り飛ばしたテーブルも元に戻す。
どこか呆けた顔の智樹の頬を張って正気に戻してやる。
「っ」
意思のある目で僕を見る智樹。
ただその意思にはそれまでの強気と驕りに混じって確かに弱気と怯えが見えた。
「ちゃんと回復しておいたから魔族との戦争には支障ないと思うよ」
目をみつめ、笑顔で回復したことを伝える。
「それじゃあ、僕はこれで。帝国には別の用事もあってね。中々、忙しい。もちろん、勇者様ほどじゃないだろうけど」
忘れていた三人娘とメイドさんも僕が座っていたソファに話しながら並べて、座らせ。
僕は彼の横を通って部屋を後にするべく扉に向かう。
「ああ、それから」
扉のロックを解除して壁の硬化も解除する。
そして取っ手に手を掛け、肝心な事を彼に背を向けたままで伝える。
「二度と巴を……いやクズノハの全てを欲するな。次は、事故だろうと故意だろうと許さない。お前が魅了を好きに使うのは構わないしどうでもいいけど、それは僕らに関わらない範囲での話だ。忘れるなよ」
そう。
手を出すなら容赦はしない。
皇女にも、他の国の人にも。
ちゃんと言っておかないから、こんな馬鹿らしいことになるんだ。
やっぱり、主に僕が隙だらけに見えるのが問題なんだよな。
それがクズノハ商会を美味しそうに見せている。
だから、どこもちょっかいをかけたがる。
僕らが譲る気がない最低限のことを、しっかりと相手に伝えておこう。
それで生じる摩擦は、もう代償と諦めるべき。
うん。
今後も妙な駆け引きを要求されたらたまったもんじゃないよ。
亜空だってスサノオ様たちのお土産が何だかはっきりしてないし、ルトのお使いもまだある。
リミアと魔王との謁見だって残ってる。
そう思えば。
ここで智樹に教えてもらったことは結果的にはプラスかも。
帝国に来た意味も少しはあったな。
廊下に出て部屋の警備をしている騎士さんらしき人に話が終わった事を伝え、巴たちと合流したい旨を伝える。
誰か案内の人を寄越してくれるかと思ったら騎士さん自らが僕を案内してくれるらしく先導してくれた。
巴と識も暴れてなけりゃいいけど。
……あの二人なら心配いらないか。
はぁ。
両手をぐーぱー開いてそれを見ながら、決して後悔からじゃない溜息を一つ。
柄にもなくバイオレンスな事をしたもんだ。
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